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2007年3月24日 (土)

「義経千本桜」昼の部を見ました。

いろんな意味で興味があって、見たいなあと思っていた「蓮絲思慕曼荼羅」は、やっぱりチケットは取れずあきらめました。ちょっと公演情報を知ったのが遅すぎたようです。それと小劇場でチケットの絶対数が少ないから。普通に買うのでも大変だったでしょうね。

Kabukiza_2 そのかわりと言っては何ですが、歌舞伎座の「義経千本桜」を見てきました。これは多分私が初めて見た歌舞伎の演目だったかも。

中学生のとき、交換日記をしてた親友が、当時20歳前後だった坂東玉三郎の大のファンでした。(玉三郎が20歳の記念に出したレコードというのを、彼女はまだもっているかしら。もしあったら激レアだよね~)彼女からいろいろ歌舞伎の話を聞かされたので基礎知識はつきましたが、まだ自分で見ようというほどではありませんでした。

高校生のとき、なぜか文楽と猿之助のファンという同級生がいました。突然歌舞伎調でしゃべりだしたり、やたら見得を切ったりして、すごく変わった子でしたね。それでちょっと猿之助に興味を持ちました。ちょうど「宙乗り」が大ブレイクしてたときでした。その当時、全く歌舞伎を見たこともない若い女性たちが歌舞伎座に殺到したとか、歌舞伎座への問い合わせの電話で「“さるのすけ”の宙乗りは、いつやるんですか?」というのがあるとか、そんなことが話題になった時代でした。私が歌舞伎を初めて見たのもこの頃です。たちまち「ケレン」とか「荒事」の世界に魅了されました。

その後も細々ですが歌舞伎は見ていました。「千本桜」の通しは、猿之助バージョンの忠信編は何回か見たけど、大物浦とかすし屋も入ったのは私は久しぶり。昼の部だけでしたが、春休み中の息子がごろごろしていたので連れて行き、楽しみました。

「鳥居前」は、「あきる野座」のレパートリーで、息子も義経役をやらせてもらったりしたことがあります。(ほんとは忠信がやりたかっただと?ならやってみなさいよ!)そんなに深い内容はなく、何も考えずに見れるというか、立ち回りなど華やかな要素もあって、視覚的にも美しく、最初を飾るにはいい演目です。

息子は台詞をまだ覚えていたので、面白い発見もあったようです。「あきる野座」バージョンは大正・昭和初期に多摩地域で活動していた農村歌舞伎の人たちが、大歌舞伎を勉強しに行ったりしてつくり上げたものを継承しています。比べてみると台詞などは田舎の人にもわかりやすくなっていて、表現もちょっと多摩地域向けだったんですね。「あきる野座」の忠信が「この忠信がめェりしうえからは、大船に乗ったとおぼしめせ」とか、「汝らがぶんぜェ(分際)でこの鼓をしようたァ、胴より厚きつらの皮、いざ踏み破ってくれッべ~か!」などというところがずいぶんお上品だったので、逆に笑ってしまいました。多摩の人はきっとあれでは燃えません。狐六方での引っ込みも「あきる野座」ではただただ勇壮で、とにかく勢いが大事。壁でもぶち破るつもりでやれとか言われて、揚幕めがけて突進していくような感じなのですが、ずいぶんおとなしめだったので、うちの子(彼も多摩人)には物足りなかったようです。でも、ほんとはただ勇壮なだけじゃだめで、狐の怪しげな雰囲気というのが(妖気?)出ているのが正しいのかなとも思いました。

それと「あきる野座」では農村歌舞伎らしくチャリ場をだらだらとやるのですが、これはさらっと済ませてすぐ本題に戻ったので、すっきりしてよかったと思います。でも、これはまた「道行」でも同じようなのが出てくるからということだったんですね。

「渡海屋」になると息子はもう寝ていました。ここが聞かせどころだったのに!何年か前に発行された本で「市川染五郎と歌舞伎へ行こう」という本があります。この中で染五郎さんが最も演じたい役の一つとして知盛が挙げられ、まだ演じたことのないあこがれの知盛の扮装をした写真まで載せてありました。本当に若々しく美しい「悲劇の武将」姿です。プログラムの公演記録を見ると、その後もまだ染五郎さんは知盛役をやっていないようですね。今回お父様の幸四郎さんが演じるので興味深かったのですが。(染五郎さんに)やらせてあげればいいのにとか思ったけど、やっぱりこの役は難しい!

最初は船宿の主という世話物っぽいところ。まずここがめっちゃかっこよかった。若く美しい息子より多分かっこよく演じてる父って、すごいですね~。それから白糸縅の鎧姿に着替えてからは貴人としての気品の上に凄みもあり、よかったです。ただ、あの白いボアスリッパみたいなのと、うさちゃんの太刀カバーみたいなのって何??そこだけやたらかわいくて笑ってしまったんだけど。

「渡海屋」「大物浦」を通して、藤十郎さんの典侍の局がすごくよかった。化粧の目元の赤が落ちて、赤い涙を流しながらの熱演には感動して、こちらも泣けてしまいました。

「大物浦」の場面で、あのかわいいボアスリッパも、ほわほわの太刀カバーも血と泥に汚れた姿で再登場した知盛は、すごい迫力でした。全身燃え上がらんばかりの怒りと恨み。去年だったか、歌舞伎の「恨み」の表現には、現代ではちょっと違和感を感じるなあと思ったこともあるのですが、これはそうではありませんでした。弁慶から出家を勧められ、首にかけられた数珠を引きちぎるところなど、すごかったです。でもかきくどく台詞の中から、徐々に父清盛公の横暴の因果だとか、覚悟の言葉に変わっていき、最後は安徳帝を義経にたくして碇もろとも、もんどりうって海へ。こういうところの幸四郎さんの魅せ方はすごいなあ。これじゃなかなか染五郎さんにまで回ってきませんよ。

滅亡する平家と、それを討った義経。その義経も今は兄頼朝に追われる流転の身の上。この定まりなき世に敵味方を超えた感情が通い合い、最後に義経は知盛の入水した岩を見上げて合掌し、安徳帝を抱きかかえて花道を去っていく。いいお芝居でした。

「道行初音の旅」は、やっぱりちょっと寝てしまいました。どうも舞踊ものは苦手です。それと私は歌舞伎でもオペラグラス派で、役者さんの細かい表情を見たい方なので、大変失礼ながら、いくら人間国宝の役者さんでも余りお年を召していられると、恋しい人を慕って舞う姿にはどうしても見えないので、何となくうつらうつらとしてしまいました。いや、私、実は玉三郎丈が踊ってても寝ちゃうんですよ、もったいないけど。バレエは好きだけど、日舞はどうもね、どこが見所なのかわからない。

ここでは仁左衛門の藤太がよかった。本当に歌舞伎の役者さんは何でもやるんですね。昨年見た「先代萩」では、見るからに(笑えるほど)悪そうな八汐と、弁舌さわやかに名裁きをするヒーロー、勝元公の二役を同じ昼の部でやってのけたし、今回も、昼で藤太をやって、夜はいがみの権太ですよ。バレエだったら王子や姫役(プリンシパル)がロットバルトをやったり、カラボスをやったりすることはありませんから、それを考えるとすごいです。仁左衛門さんのように細川勝元がよく似合う人が、あの端正な顔で八汐や藤太や権太をやって、それでまたサマになってしまうんですからね。(権太は見てないけど)

今回ちょっと不思議に思ったんだけど、バレエではキャストが日替わりになったりしますよね。主役ペアが入れ替わるのは当たり前です。これが歌舞伎ではどうしてないんでしょうか。1ヵ月ずーっと同じ役者さんが演じるんですよね。考えてみれば大変なことです。それを週がわりでも、この日だけというのでもいいから、例えば知盛の役が染五郎さんの日があるとか、静御前をほかの役者さんがやる日があるとか、そういうのがどうしてないんでしょうね。

いろいろ見比べたいお客さんもいるだろうし、若手の養成にもなって歌舞伎の未来的にはいいと思うんだけど。人間国宝の至芸が見たい人は、人間国宝の役者さんが出演される日に行けばいいし、若い役者さんの「時分の花」を見たい人だっているはずです。バレエファンは同じバレエ団の同じ演目を違うキャストで何回も見たりします。歌舞伎ファンだってキャストが変わればまた劇場に足を運ぶんじゃないでしょうか。Kabukiza

帰りがけに携帯で歌舞伎座の写真を撮るために振り返ったら、何とぞろぞろ出てくるのは年配の方ばかり。どう見てもうちの息子が最年少かな?本当に、あの頃の猿之助の時代のように、若い世代が歌舞伎座に押しかけるようにならないと、歌舞伎の未来もわからないなと思いました。それを息子に言うと、「大丈夫、また次の(爺さん婆さんの?)予備軍がいっぱいいるから!」それってもしかして私のことでしょうか。。。?

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コメント

あなた、歌舞伎とバレエが同じ種類の演劇だとでもおもっているのですか?
だとしたらもっと歌舞伎の勉強したらどうですか?
第一、同じ役を日替わりで違う役者さんが演じるとしたら、それに付き合う周りの役者さん達をどう揃えるつもりですか?
歌舞伎の演出と言うのは、演じる人が(特に主役)変われば、周囲全部が変わると言っても過言ではないくらい、複雑なものなんです。
義太夫の間から相手方との間合いまで・・・・・。
バレエと比べるなんてナンセンスもいいところです!

投稿: ビックリしたなもーーーー | 2007年3月25日 (日) 00時27分

すみません、私もびっくりいたしました。

私は単なる夢を書いたつもりです。

それが大変なことかどうかはわかりませんが、
事実現在行われているパリ・オペラ座公演では
団十郎さんと海老蔵さんが親子で弁慶と富樫を
日替わりでやられているのではないでしょうか。
外国でできるのだから、と思いました。

バレエでも主役が変われば全く違うものになります。
物語そのものが、違う意味を持ってくるほど。
だから何回でも見たくなるのです。

投稿: 友香梨 | 2007年3月25日 (日) 10時33分

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