« ことしもチューリップ | トップページ | 初めて見た「グランディーバ」 »

2008年5月 5日 (月)

ひさびさの歌舞伎座

歌舞伎座「團菊祭」夜の部「青砥縞花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」通称「白波五人男」を見てきました。Imgp5290

歌舞伎座に行くのは去年の3月以来です。ずっとバレエに夢中で歌舞伎のことは忘れていましたが、3月にスーパー歌舞伎にはまって、また歌舞伎の世界もちょっと見てみたいなと思うようになりました。ホントは大阪に「ヤマトタケル」を見に行きたい!だけどその分の交通費で、今月は歌舞伎座と新橋演舞場の両方で「通し狂言」をやっているので行ってみようと思いました。

まず歌舞伎を見てみようと思ったら、やっぱり「通し狂言」からですよね。歌舞伎は、人気のある一部分(「御存じ○○!」みたいなところ)だけを組み合わせて上演することも多いのですが(見取り狂言)、まずは「通し」で見ないと全体のつながりがわからない。それで、地方の農村歌舞伎などでもよく上演される、五人が番傘をさして勢揃いした場面が有名な「白波五人男」を見ることにしました。

最初にお断りしますが、私は歌舞伎について、お芝居が「好き」という範疇を出るものではなく、個々の役者さんについてはほとんど知りません。バレエ鑑賞同様ただのミーハーですので、あくまでもミーハーの目で見た勝手な感想になります。その点どうぞよろしく!

プログラムによると、この演目は文久2年初演だそうです。文久2年というと江戸時代末の、ペリーが浦賀に来て9年目、新選組が結成される1年前のことですね~。世の中は攘夷か開国かでゆれる時代。そういう時期の民衆の世界が垣間見られるようで面白かったです。

「白波」というのは泥棒のこと。大泥棒や大悪人がカッコいいというのは、歌舞伎独特の世界だと思います。これが、バレエばかり見ているととても違和感のある世界なのですよ。だって、バレエのテーマはいつも「愛」だから。それは、王侯貴族の庇護のもとにあったバレエと違い、歌舞伎が民衆サイドのものだったからなのでしょうね。歌舞伎のテーマは権力に対しての暗なアンチテーゼ。義理人情であったり、主従のしがらみであったり、没落するものの哀れであったりと、もっと多彩になります。

「ヤマトタケル」に違和感なく夢中になれたのは、そこに「愛」が色濃くあったから。父帝への愛、兄への愛、后たちへの愛。そして流浪する英雄の孤独があり、涙があり、信ずべき正義があり、そして心を動かす大きな感動がありました。

だけどこの「白波五人男」には「愛」はありません!もう、名優のオンパレードで、七五調のかっこいい台詞あり、華麗な立ち回りあり、がんどう返しや大ゼリを使ったスペクタクルありで、まるで錦絵を見るような豪華な舞台ではあったけれど、「愛」はないです。ゆすり、たかりの世界だから「正義」なんてものははなっからない!お話も韓流ドラマも真っ青の「実は○○」だったり、どんでん返しに次ぐどんでん返し。面白いには面白いけれど、深い感動とか、そういうものはなかったですね。それがまた、この作品がつくられた当初の民衆の要求するものだったかと思うと、さもあらんと思ってしまうところがあったりしました。

序幕第一場「初瀬寺花見の場」
美しいお姫様が腰元たちを連れてお花見に来る華やかな場面。このお姫様には親同士が決めた許婚者がいたのですが、お互いの家は没落しており、その許婚者も行方知れず。そこへ従者を連れた美しい若者がやってくる。話を聞くとその人こそ許婚者の信田小太郎であった!(そんなことってあるかいな!)

小太郎は許婚者の千寿姫に偶然出合って驚くが、お家再興を果たすまで結婚はできないと言う。ところが、姫は、腰元頭に恋の手管を耳打ちされたのか、結婚がかなわないならここで死にますと言って、いきなり懐刀を取り出したので、小太郎は驚いて態度を変え、まわりのとりなしもあって、二人で茶屋に入っていく。(どうしていきなり~!)

歌舞伎を見てると、意外にも若い娘やお姫様がかなり大胆に男に迫ったりするんですよね。これが当時の貞操観念に縛られた人々の憧れであったかどうかはわかりませんが、その結果はみんな悲劇的だったような気がします。

その間に寺への回向料を盗んだり取られたりがありますが、省略。茶屋から出てきた姫は小太郎にお屋敷に連れて行ってくれと頼みますが、人目を忍ぶ身の上で連れて行く屋敷などはないというのに、またここでも「それなら死にます」といって刀を出すので、仕方なく姫を連れて行くことに。

序幕第二場「神輿ヶ嶽」~第三場「稲瀬川谷間」
二人はだんだん人気のない険しい山道に入っていきます。小太郎は姫の手を取って恭しくエスコートしているけれど、山中のお堂の前まできたときに、態度が豹変。小太郎とは真っ赤な偽り。小太郎は放浪の途中で死に、実はそれに成りすました弁天小僧という盗賊だったのです。弁天小僧は姫に女房になれと迫りますが(これはこれで筋がとおってるよね)姫は盗賊の女房になどなれぬと、いきなり谷から飛び降りてしまいます。自分で勝手についてきたのに、本当に歌舞伎に描かれる若い娘や姫は大胆でわがままでエゴイストですよ!

ここで一部始終を聞いていた日本駄右衛門という大泥棒がお堂の中から登場!面白いのはその前の回向料の取ったり取られたりもそうだけど、まんまとせしめたと思ったら、さらにもっと上手が現れること。あっけらか~んとしちゃいますね。ここで弁天小僧は日本駄右衛門の手下になります。連判状をカッコよくばっと広げたところで舞台がぐぁ~っとせり上がり、場面は谷の下へ。

谷の下では死にきれなかった姫と、先ほど回向料を盗もうとして失敗した元信田家(小太郎の家)の家臣赤星十三郎が、困窮して泥棒に身を落としたことを恥じて死のうとしているところ。お互いの素性の偶然を驚きあって、一緒に死のうというところへ、姫はさっさと川に飛び込んでしまいます。赤星のほうは先ほど回向料を最後に奪っていった浪人、実は日本駄右衛門の手下、忠信利平という盗賊に助けられます。もうすでにわけがわからない状態なんだけど、実は話をするとこの忠信利平は元武士で、赤星の家来筋に当たるということで、奪った回向料を赤星に差し出す。赤星はどうせならというので、忠信のとりなしで日本駄衛門の手下になることに!(武士が簡単に盗賊の仲間になっちゃうなんて、本当にわけがわかりませ~ん!)

ここへ先ほどの日本駄右衛門と弁天小僧と、小太郎の家来に扮していた南郷力丸が加わって「五人男」が揃うのですが、すでに真夜中。闇の中で手探り状態の「だんまり」が演じられます。ここがまた絵のように美しいシーンなのかもわかりませんが、ストーリーの展開上からすると「何で??」なんだよね~。この無理やり見せ場をくっつけたようなわけのわからなさがまたいいところなのかしら??

二幕目第一場「雪の下浜松屋の場」
ここが有名な弁天小僧のゆすり騙りの場面です。若い武家の娘に化けた弁天小僧。あの~「若い娘」というところが、演じる菊五郎さんには無理があるかと‥。この役は本当に何度も演じている当たり役だそうですが、何も知らない素人の目から見ると正直、ちょっと‥です。多分どの方の感想や批評を見ても素晴らしいとしか書かれないと思うのですが、家の芸とか伝統芸能というところを離れて、例えば外国人の目で見たらどうでしょうか。オペラグラスなんかで見ちゃうからさらにいけないんでしょうけどね。

呉服屋浜松屋に訪れた娘と従者(実は弁天小僧と南郷力丸)は、婚礼の準備だと言っていろいろ品物を選ぶ途中、懐から布を取り出し、商品の中に混ぜてしまう。そして、それをわざと店の者に見えるようにまた懐に。帰ろうとする娘を番頭は万引きだと言って引き止めます。ところが懐から出てきたのは違う店で買った品物。どうしてくれるんだと言いがかりをつけ、まんまと百両せしめようとしたそのとき、奥から立派な侍が出てきて、二人を見破ってしまいます。ここで開き直った弁天小僧が、肌脱ぎになって刺青を見せ、有名な「知らざあ言って聞かせやしょう」の台詞となるわけです。こういう開き直りや居直りが何とも粋でカッコいいっていうのは、ほんとに爛熟した江戸文化の倒錯した世界ですよね~。

二幕目第二場「浜松屋蔵前の場」
もう、何でこんな手の込んだ芝居を‥と思うくらいですが、店の危機を救ってくれた武士、これがいかにも怪しい奴なんだけど、お礼に一献差し上げたいということで、舞台が回って店の奥でのシーンになります。

ここで早くも怪しい侍、実は日本駄右衛門が正体を現し、店の有り金全部出せと脅します。そんなら最初からそうすりゃいいのにさ~。まあ、変な突っ込みは別にして、先ほどの弁天小僧と南郷も戻ってきて、出さないと命を取るぞと脅すと、浜松屋の主人は息子だけは殺さないでくれと頼みます。実は息子は17年前に闇の中で取り違えた赤ん坊で、他人様の預かりものだからと明かします。すると‥‥何とそれは日本駄右衛門が17年前、生活に困って捨てた赤ん坊だった!それじゃあ、本当の浜松屋の息子は、となったときに‥‥‥。もう、そんなバカな~の連続ですわ。だとしたら弁天小僧は17歳だったんですね~!(唖然)

さらに浜松屋はもと小山家(最初の千寿姫の家)に仕えていた武士だと明かす。びっくりしたのは弁天小僧。親の主筋の千寿姫を死なせてしまったのだから。浜松屋は有り金全部渡すから、足を洗って堅気になれと一同を諌めますが、追っ手がきたということで逃げていきます。

二幕目第三場「稲瀬川勢揃いの場」
これからそれぞれ詮議の網をかいくぐって落ちていこうというときに、何もわざわざ目だつように演歌歌手顔負けのハデハデ着流し姿で勢揃いしなくてもいいじゃないですか。雨も降らないのに番傘さして、しかもご丁寧に「志ら波」なんて大書してあるし~!きっと歌舞伎の世界は理屈じゃないのよね。ここでの一人一人の決めポーズと台詞が大きな見せ場です。ここは皆様、さすがに豪華名優ぞろいですから見事カッコよく決まっていました。

だけど、昔はもちろん歌舞伎は「民衆の娯楽」であったわけだから、多分このシーンも、今で言うジャニーズ系の「かっこいい若衆」を並べたイケメン軍団。それを町娘たちが「きゃ~っ!!」とばかり騒ぎ立てる、そんなものだったような気がします。それが「かっこいい若衆」どころか、皆様軒並み50以上の方々であらせられますなぁ~。失礼ながら役者さんたちの年齢を調べてしまいました。團十郎(61)菊五郎(65)左團次(67)三津五郎(52)時蔵(53)‥‥余計なお世話かもしれませんが、30年前に見たかったかも~。

でも、さすがに團十郎さんは化粧栄えというか、舞台栄えというか、すごい存在感です。ビジュアル的にも美しいです。弁天小僧が17歳!というのはきついけど、菊五郎さんもいなせな若衆姿が(オペラグラスで見なければ)よく似合う。左團次さんは大柄で見栄えがするし、三津五郎さんはさすがに最年少、若々しいです。時蔵さんは絵に描いたような優男。いいにはいいのですけど、日本の歌舞伎界は伝統の芸を重んじる余りか、すべてがこの調子なんですよね。若いファン層、ミーハー層が近寄れないわけだ~。

初代弁天小僧の五世菊五郎は初演当時19歳だったそうです。歌舞伎が「伝統芸能」ではなくて、生きた「民衆の娯楽」であった時代は、やっぱり歳相応の役者さんが演じていたはずです。一度彼らの息子さん達の代に、若いうちから勢揃いさせてあげたらどうなのでしょうか。そしたら歌舞伎座に来るお客さん層も変わってくると思いますけどね。

大詰第一場「極楽寺屋根立腹の場」
本当の親である浜松屋の主人(実は小山家の家臣)に、せめて千寿姫からせしめた重宝「胡蝶の香合」を返そうとした弁天小僧だけれど、極楽寺の山門の屋根の上に追い詰められ、大事な香合を川に落とされてしまいます。斜めになった屋根のセットの上で、華麗な立ち回りが演じられますが、もはやこれまでと悟った弁天小僧は立ったまま腹に刀を突き立てます。ここで「がんどう返し」という大仕掛けが働き、屋根が向こう側へ倒れていって、山門の楼閣がせり上がってきます。立腹を切った姿のまま、倒れるぎりぎりまで元の姿勢を保っている弁天小僧がすごかった!

大詰第二場「極楽寺山門の場」~第三場「滑川土橋の場」
あ~ここは例の石川五右衛門が「絶景かな!」という、南禅寺の山門の場面にそっくりです。「楼門五三桐」(さんもんごさんのきり)という演目。この時代は著作権などないですから、そういう名場面の写しをちゃっかり入れちゃうということがよくあったようですね。山門の下では捕り方が、なぜか川に落とした小銭を探していたら、例の「胡蝶の香合」を拾ったという。(そんなばかなぁ)。。

もはやこれまでと悟り、潔くお縄につこうという日本駄右衛門に、下にいた役人の青砥左衛門藤綱は(題名についている「青砥」はここからきているそうです)情け深く見逃して、後日を約して別れていく‥‥何でよ~?どうせなら今捕まえなさいって~!でも、そういうあとにつながる余韻を残すところが歌舞伎のお約束なのかもしれません。他にも、「今ここのところで討ち取っては」などといって、「さら~ば~」と別れていっちゃうのがいっぱいありますからね。「巡礼に御報謝~」ではないけれど、上と下できれいに決まって幕となりました。

面白いということでは本当に面白かったです。まさに見せ場満載の娯楽大作という感じでした。だけどね~、涙するとか、感動とか、そういうものではありませんでした。もう何も考えずに純粋に、型の決まりのカッコよさ、台詞回しの妙などを楽しむ演目でしょうね。回り舞台やセリなどの舞台装置をふんだんに使って、題名のとおり錦絵のような舞台、華麗な衣装、花形役者さんたちの美しさを見せるものだと思います。これはこれで楽しかったけれど、ミーハーとしてはああ、そういうものね、という感じだったかなあ。

私が「ヤマトタケル」を3回見たという、その感動とはまた全く別のものでしたが、久々に歌舞伎座の楽しい雰囲気に浸ることができました。

| |

« ことしもチューリップ | トップページ | 初めて見た「グランディーバ」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ことしもチューリップ | トップページ | 初めて見た「グランディーバ」 »