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2008年10月17日 (金)

前進座「解脱衣楓累」

初めて前進座の公演を見ました。吉祥寺の前進座の劇場は以前、子供が歌舞伎保存会に入ったばかりのころ、そこを使って公演をしたことがあって、そのときに舞台裏や楽屋はお手伝いをしながら面白く見させていただきました。小さいながら花道やスッポンなど、伝統的な設備がそろっている劇場です。でも、ここを拠点に活躍されている前進座さんの公演は見たことがありませんでした。

それが、何のきっかけでつながりができたのか、何と、8月の末に前進座の役者さんが「あきる野座」の練習を見に来てくれたのです。保存会なんていうけど素人ばかりの集まりなのに、プロの役者さんがいらっしゃるなんて、ほんとに緊張しました。来ていただいたのは藤川矢之輔さんという前進座の中心的な役者さんです。

矢之輔さんは私たちのつたない稽古をひととおりごらんになり、それからいろいろ気がついたことを教えてくださいました。セリフの言い方、刀の扱い方、見得の切り方など。それはほんのワンポイントアドバイス程度でしたが、プロの役者さんのさすがのご指摘、とても勉強になりました。

そして、最後に「何かやってください」という私たちの厚かましいリクエストに応えて、10月に舞台を控えた「解脱衣楓累」のクライマックスの部分をちょっとだけ見せていただきました。元は武士だけれど、百姓になって幸せに暮らしていた男が、突然現れた主筋の野望に巻き込まれ、女房を殺さなければならなくなったというくだりです。鎌を持って追いかけるところ、それから殺したあと女房は怨霊になり、逃げるところを妖力で引き戻されるところなど‥‥‥。それはすごいものでした。

凄惨な殺しの場面にもかかわらず舞踊の要素が濃く、何もない稽古場で浴衣姿なのに、体の動きを通して人物の情念や背景までぐいぐい伝わってきました。それに圧倒されて、私たちそろって10月公演のチケット買ってしまったわけです。Simgp6393

それで先日、みんなで見てきました。だけど最初の感想は「何これ~?!」何も知らないで行ったけれどその内容に唖然  こんなに怖いお話(怪談)だったんだ~!歌舞伎入門トークをやったり、25歳以下を3000円にしたりして新たな客層を開発しようとしているようだけれど、こんなの子供に見せていいの??というくらいスキャンダラスでグロテスク。それとこの太っ腹な若者割引は大丈夫?と思ったけれど、25歳以下って、見渡す限りうちの高校生の息子と、一緒に行った保存会の小6の男の子だけだった!(若い客層の確保というもくろみは見事はずれているようです

「解脱衣楓累」(げだつのきぬもみじがさね)という演目は、「四谷怪談」などをつくった四世鶴屋南北の作で、江戸時代後期に町人文化が栄えた文化・文政の時代のもの。意外でしたが「四谷怪談」よりも10年以上も前の作品だったようです。江戸の市村座で上演されるはずが、未上演のまま戦後になって台本が発見され、それを前進座が24年前に「初演」したという異色の作品。以来前進座のレパートリーとなり、今回が3回目の上演になるそうです。

でも、はっきり言って「四谷怪談」よりずっと怖い~!ここにはモラルというものはないのか~だから江戸時代に上演されなかったんじゃないの?と思うくらい。しかしながら、その時代は人心が荒廃し、人々は欲得だけで動き‥と思っていたけれど、まだ現代よりは常識的だったかもしれません。毎日びっくりするような殺人事件のニュースが報道され、半年前の事件も「ああ、そんなことがあったっけ」という感じですぐ忘れてしまうような昨今。そういう、感覚が麻痺したような現代にあっては、この程度の話はどうってことないのかなと思ったりもします。

かなり年齢層の高い観客は割と平気でこれを見ていたし、ときおりギャグ(それが多分古くて私にはよくわからないのだけれど)に笑ったりもしていました。だけどせっかく格安料金で入ったうちの息子と小6の保存会のホープは、怖いところは全部目をつぶっていたらしい‥‥ とくに小6の子はこれが初めての歌舞伎見物だったので、これで歌舞伎が嫌いにならないといいけれど‥‥

この物語は二つの下敷きがあって、お吉と破戒僧空月の話に、「累もの」といわれる累(かさね)伝説をもとにした話をくっつけたものだそうです。累と与右衛門の話はこの時代よりさらに100年以上前の話。舞踊の「かさね」など、いろいろな作品に取り上げられている題材です。武家娘のお吉と百姓の女房の累が姉妹だなんて設定はかなり無理があるけれど、これを河原崎國太郎さんが二役で演じ分けていました。

もう時間がたってしまったので忘れたところもあるけれど、一応備忘録としてストーリーを記しておきます。20日までやっているけれど(その後浅草公会堂で25日まで)前進座のお客様でこれを見る人はまずいないだろうからネタばれ云々はOKよね‥?とはいえ、前進座を見たことがない方も、松竹歌舞伎とはまた違う味わいだし、このサイズの劇場ならではの迫力もあるので、おどろおどろしい南北作品に興味のある方にはお勧めします。(怖いですよ~!)

発端(鎌倉放山の場)
鎌倉の修行僧だった空月は、お吉との仲をとがめられて追放され、旅立ったところ。そこへお吉が追いかけてくる。お吉はお腹に空月の子がいることを告げ、一緒になれないなら死ぬと言い出し短刀を出して自害しようとします。ところがそれを止めようともみ合っているうちに誤ってお吉を刺してしまう‥‥こうなったら一緒に心中しようとお吉の首を斬ったとき、雷が鳴って‥‥空月はにわかに心変わりをします。お吉の持っていた短刀は宝刀で元武士の証。出世の種になると思ったのです。

第一幕(江戸池ノ端茶見世の場)
いろいろと人間関係が複雑でわかりにくいので、要点だけかいつまんで。弁天様を望む茶店で働く小三はもと遊女で、呉服屋の番頭に身請けされたにもかかわらず、すぐに金五郎と駆け落ち。金五郎はお吉、累と3人姉弟という設定です。そこに江戸見物にやってきた累が立ち寄ります。そこで空月と行き会うのだけれど、空月はお吉にそっくりの累をみてびっくり!思わず言い寄りますが相手にされません。

何と空月は殺したお吉の首を持ち歩いています。お吉の首がそうさせたのか、空月と累の荷物が入れ替わり、荷物から出て落ちてきた例の短刀が累の足に突き刺さり、累はあとあとまでびっこを引くような大怪我をしてしまいます。

一方、小三は義父の勘次に見つかり、身請け主の番頭のところに連れ戻されそうになります。それで、またまた勘次と金五郎が小三をめぐって争ううちに誤って(これが多すぎない?)勘次を刺してしまう。金五郎は小三を連れて姉の累がいる下総に逃げていきます。

第二幕第一場(下総国羽生村西瓜畑の場)
小三を追ってきた番頭は西瓜を盗んで百姓たちにつかまっています。ここの場面がちょっと一息笑える場面。そこに旅の古道具屋?の助七がやってきてこの場をとりもつ。そのあと累がびっこを引きながら通りかかり、助七に例の短刀のことを話し、自分にとっては忌々しい短刀だけど銘に「南無阿弥陀仏」と書いてあるのでお寺に納めようと思うと言うと、その短刀を見た助七(実はもとお吉の家の家来で、お吉が殺される場面も見ていた!)は、累のほしい鏡と交換し、さらにお金を払うと言います。同じお寺に納めるならお金のほうがいいと累も思い交換します。

第二幕第二場(下総国飯沼草庵の場)
なぜか(なぜなんだ~!?)空月は累のいる隣村の荒れ寺の庵主に納まっています。お吉の四十九日の念仏をあげていたのだけれど、何と厨子の中にはお吉の首。これがまた何かするとパカ~っと厨子が開いて本物の役者さんの首と入れ替わり、笑ったりするから怖~い!殺しても首は生きているようにいろんなことを空月に要求する‥‥異常な悪趣味です。

そこへ累がお布施をもって現れる。またまたびっくりの再会。空月があのときの短刀はどうしたと聞くと、古道具屋に売ったという。あれは大事な刀だから取り戻してくれと頼む空月。そのあとお尋ね者の小三と金五郎が逃げてくる。二人は赤ん坊を連れているが、これが何と死んだお吉の腹の中から取り出した赤ん坊‥‥!何てグロテスクな話。。それにどうしてこの二人が預かってるの??よくわからないけど、事情を知っても空月は知らん顔。やがて川止めで戻ってきた累と会い、三人は累の家へ向かう。

うちの息子が見ていて「何でこんな中途半端なところで幕になるんだ?」と言っていたけれど、こうやって書いていてもそう思うよね~。歌舞伎って必ず何かの「決め」があって幕になるんじゃないのかな。。。これは初めから通しで上演することだけでつくられた作品なのか、ほかの作品があとになって幕ごとの上演ができるように、最後の場面が決まるようにつくり直されたからなのか。とにかく何でここで幕なのよ~?みたいなところがありました。

第三幕(羽生村与右衛門内の場)
田舎で仲むつまじく暮らす与右衛門と累。奥の部屋では小三と金五郎を匿っているけれど、赤ん坊に乳をやるために乳母を頼まなければならず、乳母はもしかしたらこの二人はお尋ね者で、番屋に突き出せは金がもらえるかも?と思っている。ここによくわからない累の家の元の主の家中の者が雨宿りにやってきたり、例の厨子を背負った空月が来たり、それから刀を取り替えた古道具屋の助七も、しつこく小三を追ってきた番頭一行も、この狭い百姓屋へ全員集合!もう何が何だかわからない~!

大事なことだけ書くと、空月は与右衛門に自分は元の主家筋だから従えと言う。この赤ん坊はお家再興のときまでお前が大事に養育しろと。ま~なんて自分勝手。そして助七は実はお吉、累、金五郎の家の家来だったので、短刀を金五郎に渡し仕官の手立てにしてもらおうと思っているわけ。もちろんお吉殺しの仇、空月の敵討ちもするつもりなのです。

居座った空月は累と二人きりになると、お吉が死ぬときに着ていた形見の着物を累に着せ、もうたまらん、女房になれと抱きつく。ほんと、倒錯した世界だよね~それに何か、それまで田舎女風に元気だった累だけれど、このあたりから無表情になり、ボ~っとした感じに‥‥実はここからが怪談なんですよ~ いくら似ているからって妹に言い寄るなんてと怒ったお吉の霊は、累に乗り移り、恐ろしい声で今までの恨みを述べ立てる。驚いた空月はお吉の生首を取り出して、庭先の井戸に投げ込んでしまう。すると井戸からびっくり箱のようにまた首が飛び出す!(ちょっと笑っちゃうほどおどろおどろしいです)空月はその場にあったかんざしで生首の目を突くと、わっと叫んだ累の目から血が流れ出したのですお~怖!

大詰(絹川堤の場)
空月は大きなつづらを背負ってやってくる。つづらの中には小三(まさか~)。小三をさらって番頭に渡せば大金がもらえる。例の宝刀とその金を手づるに出世は思いのままだ~と言う(まさか~×2)そこへ助七が追いついて、さらに金五郎も来て姉の仇!と立ち回りになる。あれほどの大悪人もここで討ち取られる。

このあと追いかけてきた与右衛門はさらわれた赤ん坊を取り返したけれど、お吉の霊がのり移った累は「仇の胤は根絶やしにせずにおくものか!」といって赤ん坊を川に投げ込んでしまいます。それを見た与右衛門は、自分の女房が主から預かった大事な世継ぎを殺したとあっては武士の面目が立たぬ(あなた、お百姓でしょ~が?)。殺すしかないと鎌を振り上げて、片足が不自由で、片目も醜くつぶされた累を追い回すのです。

ほんとにこの最後の部分、例の稽古場で見せてもらったこの部分がやはり全編の圧巻でした。何と舞台上に本水の雨がザアザア降り注ぎ、その雨の中、逃げる累の帯が解け、雨にぬれて水を含んで重くなっている帯を累はバシャリバシャリと振り回して応戦する、とても凄惨な立ち回り。

舞踊の「かさね」と同じ場面だけれど、あの与右衛門は色悪。でも、ここではそれまで平和に暮らしていた善良な百姓というところがよけいに痛ましい。突然現れた空月のために、最愛の女房は足が悪くなり、目もつぶれ、とうとう殺さなければならなくなってしまう。元武士ということにがんじがらめになった人間の悲しさ。濡れてびしょびしょになりながらの矢之輔さんの熱演は、そんな情念も見えてすごかったです。

鎌でようやく累を殺したけれど、そのあと怨霊と化し、さらにものすごいことに 逃げる与右衛門を累は霊力で引き寄せてしまう。操られてくるくる回る与右衛門。そして最後は二人の(何て恐ろしい形相)決めのポーズで幕。内容はともあれ、その最後のクライマックスは本当に息を呑む凄さでした。とにかく矢之輔さんがすばらしかった。

何か、凄いもの見ちゃった!って感じでしたが、やっぱり内容はかなり後味悪くて、子どもたちは「夜寝れない~」と言っていました。私は帰ってから口直しに(?バレエは平和でいいよね~常に「愛」がテーマだから)コジョカルの「眠れる森の美女」のDVDを見たけれど、やっぱこのものすごいインパクトは消せない~!これを書いた鶴屋南北がすごいのか、上演した前進座がすごいのか、数日たった今でも怖さは尾をひきます~だけど、色欲や出世欲などドロドロの人間の心の闇の部分を捉えて、人間的な感情よりも主従関係に縛られる武士のあほらしさや、運命に翻弄される人間の悲しさまで正面きってお芝居にしてしまう、歌舞伎というものの持つエネルギーの凄さを感じたこの日の観劇でした。

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