« 民家園「船越の舞台」公演 | トップページ | 庭の侵入者 »

2008年11月11日 (火)

久しぶりに歌舞伎座。

081106_1050001 歌舞伎座の吉例顔見世大歌舞伎、昼の部を見てきました。歌舞伎座の正面には櫓が上がっていました。

この建物も、1年半後の再来年4月から建て替えに入るそうです。この芝居小屋風の雰囲気を残した重厚な外観が、風情があってよかったんですけどね。防災上のこともあるでしょうが、お客様は年配の方が多いのに段差が多くエレベーターもないので、昨今のバリアフリーの観点からも建て替えが必要になってきたのでしょう。ビル型の複合施設に建て替えられるのだろうと思いますが、この東銀座に忽然と建つ白亜の殿堂?みたいな、独特の存在感が失われるのはちょっと残念です。

昼の部の演目は通し狂言の「盟三五大切」(かみかけてさんごたいせつ)。この間前進座で見たのと同じ鶴屋南北の作で、またまた殺人だらけのR-15指定!?みたいなものでした。こちらはお化けは出てこないですけどね。お化けより生きた人間の情念のほうがずっと怖い、そんなことを思わせる演目でした。「東海道四谷怪談」がヒットしたので、その続編的に書かれて、「四谷怪談」のあとに初演されたそうです。

その後、暗い陰残な内容のためか評判は思わしくなく、ずっと上演が途絶えていて、昭和51年に復活上演され、それ以降は何年かおきに上演されているようです。これがとても面白かった。仁左衛門さんが冷徹な殺人鬼、裏切られた男の狂気を演じてすごかったです。

序幕(佃沖新地鼻の場~深川大和町の場)
プロローグは佃沖に浮かぶ3艘の舟。最初に船ごとに大方の登場人物の関係を説明してしまうのが粋な趣向です。1艘目は悪事に加担して、あとで殺されてしまう人々。2艘目は三五郎(菊五郎)とその女房の小万(時蔵)。三五郎は父から勘当された身だけれど、父の旧主に金を用立てることで勘当を解いてもらおうと思っています。そのために女房を芸者に売って、客から金を巻き上げようとしているのです。

月が出て、辺りが明るくなり、3艘目の舟が現れます。乗っていたのが小万にぞっこんの浪人の源五兵衛(仁左衛門)。実は彼は塩冶(赤穂)の侍だったけれど、公金を横領した咎でお家を追放された身の上。(それってどこかで聞いたような?四谷怪談の田宮伊右衛門も同じ設定だよね?)横領した金を返せば討ち入りに加えてもらえるということらしいのです。だけど、そんな志があるのに何で芸者に入れあげてるのか全くわからないよ~

源五兵衛の家は遊興費にあてた借金のかたに鍋釜や畳まで持っていかれてしまって、一枚の布団しかありません。それでも「ここに小万がいてくれたらなあ」なんてのんきなことを言っているのです。若党の八右衛門は主人思いなだけにあきれ顔。

そこへ小万一行が家に押しかけてきます。大体こんな何もないボロ家を見れば、巻き上げる金なんて一銭もないのは一目瞭然なのにどうしてでしょうね~?(それがいつも歌舞伎の不思議ワールドですね~。)小万が腕の「五大力」と彫った刺青を見せると、ますます源五兵衛はのぼせあがります。五大力とは、五大力菩薩の加護という意味で、手紙の封などに書いて無事に届くようにするおまじないや、遊女などが一人の男に誓いを立てた証の言葉だったそうです。ここでの源五兵衛はまだ、貧乏してても何かのんびりした感じの浪人者なのですが‥‥‥。

そこへ叔父の助右衛門がやってきます。助右衛門は源五兵衛のために百両を工面したと言って、その金を渡します。あら~そんなとこ小万一行に見られちゃっていいのかな~と思っていたら、やっぱり。「それきた(カモ)!」と思われてしまいましたよ。

2幕(二軒茶屋の場~五人切の場)
茶屋では、客が小万を身請けしようとしていて、小万は腕の「五大力」を見せて必死で断わっています。これは実はみんながグルになって一芝居打っているのです。そこへ源五兵衛が来て、しつこく言い寄られて嫌がる小万の姿を目の当たりにします。お前に身請けなんかできないだろうとバカにされ、悔しがる源五兵衛。必要な金は百両。このままだと小万は身請けされてしまう。今ちょうど懐に百両あるけれど、これは叔父が用立ててくれた、帰参に必要な金。渡すわけにはいきません。ところが、自害までしようとする小万を見て、ついに我慢しかねた源五兵衛は百両を出して自分が小万を身請けすると言ってしまいます。

まんまと罠にはまった源五兵衛が小万を連れて帰ろうとすると、三五郎が呼び止め、実は小万は自分の女房で、今のはみんな金を巻き上げるための芝居だったと嘲笑する。怒りに震えながらじっと耐える源五兵衛。

その夜、源五兵衛をだました連中が集まっている家で、三五郎は小万の刺青の「五大力」に加筆して「三五大切」(三五郎命)と書き換えたりしていちゃついています。そしてみんなでここへ泊ろうということになり、夜が更け‥‥。

そこへ源五兵衛が昼間の恨みを晴らそうと忍び込むのですが、暗闇の中、いきなり無言のまま次々と、ほとんど無差別に人を斬っていく凄惨な場面となります。でも、様式的なせいか思ったほど生々しさはなくて、時代劇などでリアルにばっさばっさと人を斬るシーンに比べれば、割とあっさりとしている感じがしたのですが、テレビの見すぎかな~?

これは、実話をもとにした「五大力恋緘」(ごだいりきこいのぶうじめ)という演目があって、それをベースにしているのだそうですが、五人斬りなんてテレビの時代劇では毎回やっていて珍しくもないのに、実際は芝居になるぐらいのすごい事件だったんですね。江戸時代は武士と称する人々がいつも腰に凶器を差していて、斬捨て御免。そんな物騒な時代だと思っていましたが、案外太平の秩序が保たれていたのかな?そういう意味では現代のほうが物騒な時代なのかもしれませんよ。

肝心の三五郎と小万はこの惨劇から命からがら逃げ出し、幕となりますが、この陰残な殺傷劇を見たあとで休憩となり、平気な顔で弁当を食べてるのもね~と思ったのは私だけでしょうか?

大詰(四谷鬼横丁の場~愛染院門前の場)
お昼の休憩が終わって、後半はちょっと滑稽な場面から始まります。四谷にある長屋はちょっと前に「四谷怪談」のお岩が殺されたその家だそうで、そこにはお岩の幽霊が出るらしい‥‥それで、店子が入ってもすぐに出ていってしまうので、大家はそれで(1泊でも1月分の家賃が入るから)儲けているらしい??そこへ三五郎と小万が引っ越してくるのですが、何とその大家は小万の兄。

そこへ偶然三五郎の父、了心が現れたので、三五郎はようやく百両が手に入ったからと、源五兵衛から巻き上げた百両を封をしたまま渡します。父は喜んで旧主に引き合わせてやろうと言って帰っていきます。

さて、詐欺に加わった生き残りの一人を脅して、源五兵衛が居場所をつきとめてやってきます。花道に立った源五兵衛は、最初ののんきな浪人者とはうって変わって鬼気迫る形相。怖がる二人に、引っ越しの祝い酒だ、と言って酒を置いて行くのですが‥‥。いろいろとややこしいので要点だけにすると、その酒には毒が入っていて、そこにやってきた大家(小万の兄、弥助)がその毒の酒を飲んでしまいます。そのあと、実は塩冶家の御用金を盗んで父の旧主(実は源五兵衛なのだが)を陥れた張本人はこの弥助だったとわかり、三五郎は弥助を斬り殺してしまう。。。そこへ了心が戻ってきて、三五郎を自分の寺に匿まおうと、樽の中に入れて運んで行くのです。

小万一人になった所へ再び源五兵衛が現れます。小万は三五郎と夫婦だった上に子供までいたのだ‥‥!改めて裏切られた恨みが込み上げてくる源五兵衛。そして腕の刺青を見ると、何と自分に操を誓っていたと思った「五大力」の文字が「三五大切」に書き換えられているではないか。自分を騙しただけでなく、そこまで愚弄していたのか!源五兵衛は狂ったように小万に何度も斬りかかり、果ては小万に刀を握らせて赤ん坊まで刺し殺してしまいます。例の「五人切り」は無表情であっさりとしていたけれど、ここは本当に恨みがこもったねっちりとした凄惨な殺し場でした。

小万を殺したあとの源五兵衛は、小万の首を切り落とし、帯でそれを丁寧に包み、さもいとおしそうに懐に抱いて雨の降る中を破れ傘をさして去っていきます。自分で殺していながら小万の首に頬ずりせんばかりの様子に、ああ、こんなにも小万を愛していたんだなあと‥‥‥。それはそれは仁左衛門さんが美しいだけにぞっとするような光景でした~

仮住まいの寺に戻った源五兵衛は、小万の首を正面に置き、その前で食事を始め「お前とこうやって水入らずで飯を食べたかったなあ」などとつぶやく。何という倒錯した世界‥‥!そして、箸を近づけると小万の首がぐわ~っ!と真っ赤な口を開ける!!怖っ!(というより笑ってしまう?かな)

そこに三五郎の父(了心)がやってきて、先ほどの百両と高家(吉良家)の絵図面を渡し、これを持って仇討ちに加わってくださいと言います。ところが源五兵衛は、三五郎という夫婦に騙されてたくさんの人を斬ったので、もう仇討ちには加われないから、ここで腹を切ると言う。びっくりしたのは了心と、それから樽に隠れていた当の三五郎でしょう。その三五郎はわが倅だと明かされて、驚いた源五兵衛が今渡されたばかりの百両の封を切って見ると、それは最初に叔父が持ってきた刻印の押されたものだった。

叔父のくれた百両を三五郎にだまし取られ、それがまた回りまわってここにある。すべてがわかったとき、樽が割れて中から腹に包丁を刺して血まみれの三五郎が現れます。息も絶え絶えの三五郎は、源五兵衛が人を斬ってしまったのもすべて自分のせいなので、その罪を全部引き受けるから、どうか仇討ちに加わってくださいと頼むのです。

最後に、今晩吉良家に討ち入りをするという赤穂浪士たちが駆けつけ、源五兵衛を迎えに来たと告げます。三五郎は息絶え、源五兵衛は意を決して仲間に加わり、出立していくのでした。。

ざっとあらすじを書くつもりがとても長くなりました。全編を通して際立つのは仁左衛門さん演ずる源五兵衛の怖さ、哀しさ、冷たい美しさです。本当に小万をどうしようもなく愛してしまったのだなあ‥‥騙されても、むごたらしく殺してしまっても、やっぱり愛していたんだなと。愛することで鬼にもなってしまう人間の恐ろしさ。そんなものをとても感じました。

そして、やっぱり本来のテーマは武士というものの不条理さなのでしょうか。そこまでして旧主に尽くさねばならないのか。それから、世にカッコいいとされている赤穂浪士だって、中身はこんなにドロドロの世界なんだと。一皮むいてみれば武士なんてそんなものだという風刺も含まれているのかもしれません。

江戸時代にはあまり人気がなかったようだけれど、何かとても現代に通じるものがあるような気がします。先月見た前進座と、南北つながりで見に行きましたが、南北のおどろおどろしい世界は荒唐無稽なだけじゃなく、ものすごく現代性を持ったものだと思いました。

もう一つ、休憩はさんで「郭文章 吉田屋」というのがありましたが、短い舞踊ものかと思ったら結構長くて、ところどころ寝てしまいました どうもこの「上方和事」というのが、どこが面白いのかよくわかりません。主人公は遊興に明け暮れ莫大な借財をして勘当になった大店の倅(藤十郎)。今は一文無しで紙衣(かみこ)を着るくらい零落しているのに、ちっとも物おじすることなく立派な遊郭に入っていき‥‥‥。そのセレブ感、鷹揚さが当時の庶民のあこがれだったのか??

今の不況の世の中でも全く動ぜずに、このお話のように最後は勘当を解かれてハッピーエンドになればいいんだけど。陰残な殺しの物語を見た後で、甘~い「上方和事」のお口直しでほんわかした気分になって帰っていただこうという趣向なのでしょうか?私は何だかあの凄い感動のまま帰りたかったような気もしましたが‥‥。

歌舞伎座の建て替えに伴い、来年~再来年の3月まで「さよなら公演」と銘打って、今までの人気演目が次々と上演される予定だそうです。その中で観客からもアンケートで好きな演目を募集するというのがあったので、さっそく私も書いてきました。アンケート用紙の裏にずらっと参考演目が載っているのですが、やっぱり有名なところは黙っていても上演されるよね~。だから、今まで見て面白かったけどあまり上演されてなさそうなところを書いたほうがいいかなと思い、結局「里見八犬伝」などと書いてしまいました。「椿説弓張月」でもよかったかな?あはは、趣味丸出しでしたね

| |

« 民家園「船越の舞台」公演 | トップページ | 庭の侵入者 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 民家園「船越の舞台」公演 | トップページ | 庭の侵入者 »