ノイマイヤーの「ロミオとジュリエット」 1
何かと忙しいせいか、なかなか書けなくて忘れてしまいそうですが、デンマーク・ロイヤル・バレエの最終日(24日)の「ロミオとジュリエット」を見ました。「ナポリ」は、「感動」という面ではいまいちだったけれど、こちらはもう、すごく感動しました。「ロミオとジュリエット」は好きな演目で、DVDもあわせていろんな版を見ているけれど、このノイマイヤーのものは表現が自然で、現代的で、直接心に響くものがありました。
2月のハンブルク・バレエ(ノイマイヤーの「人魚姫」と「椿姫」)を見なかったことを後悔しています。まあ、私は1月に舞台を見すぎたせいもあるし、子どもの受験もあったので仕方がなかったけれど、あとで見た人たちにその素晴らしさを聞かされて、しまったと思ってしまいました。「椿姫」のほうはガラで部分的に見ているので大体想像はつくのですが、「人魚姫」はあの不気味な白塗りメイクのチラシ写真で引いてしまったので、あれがそんなに感動的だったなんて‥‥!
「人魚姫」を見た友人が言うには(その人から聞いた感想です。私は見ていないので。)いわく、バレエというのは人間の理想の肉体、理想の美しさを表すものだと思っていた。それが、それまで自由に海の中を泳ぎまわっていた人魚姫が、人間の足をもらったとたんに、醜くてぎこちなくて、滑稽で、かわいそうな存在になってしまったことに衝撃を受けた‥と。それから、人間たちのきれいな色彩にあふれた活気ある世界とは対照的な、静かだけど暗く冷たい単色の海の世界。その鮮やかな対比がすごく印象に残ったということでした。愛ゆえに、安住の地を捨てて、ぶざまな姿になってまで飛び込んで行ったのに、結局受け入れられなかったなんて、そんな話聞いただけで涙出ちゃいますよね。
同じノイマイヤーの作品でも2005年の「人魚姫」と違い、「ロミオとジュリエット」は1971年で30年以上も前。ノイマイヤーがまだ29歳の時の作品だそうです。当時、ノイマイヤー自身もクランコ版の「ロミオとジュリエット」を(何の役かわからないけど)踊っていたらしいし、とにかく若く、振付家としてもまだ駆け出し時代のものだったと思います。それなのに、これを見ながら友人の言っていたずっと後年の作品、「人魚姫」の感想を思い出して、やっぱり共通するものがあるように思いました。あ~見ればよかった![]()
≪第1幕≫
幕が開くと、舞台奥の階段の下でロミオが眠り込んでいます。早朝、ロレンス神父は薬草を摘んで帰ってきたところで、ロミオを見つけて揺り起こします。
まず驚いたのはロレンスの若いこと!普通は分別ある中年男か、老神父だよね。それがここでは神父じゃなくて修行僧みたいです。そしてロミオの親友という設定のせいか、やけにべたべたと仲良し。(神の道に外れるんじゃ‥?というくらい
)そして、目覚めたロミオの様子を見てまずあれっ?と思いました。動きがバレエじゃないんです。普通の、演劇のようなというよりも、さらに自然な若者らしい動き。そうですよね~寝込みを起こされたばかりの若者が、いきなりバレエ的な引きあがった立ち居振る舞いというのは不自然です。へろへろしてたりぎこちなかったりするのは当然でしょう。
「ナポリ」のときは見渡す限り美形ダンサー(!)は見当たらなかったのに、このロレンスはムダに美形。不思議ですね~。この若さと美しさで、ロレンスは神に身を捧げ、精進潔斎して薬草を摘む毎日。薬草って、このあとジュリエットを怪しい薬の実験台にする伏線なんでしょうね~。一方ロミオはというとそれほどハンサムじゃなく、ごく普通のボンボン。名家の御曹司のくせに、敵対関係の家のロザライン(ジュリエットの従姉妹)に熱を上げて、朝までキャピュレット家の階段の下でストーカー行為をしているという情けない奴‥‥![]()
街には旅芸人の一座がやってきて、馬車の荷台を舞台に芝居をしています。ロミオの親友マキューシオは旅芸人の一人?おどろおどろしい死神の扮装は何か意味ありげです。一座が演じているのは恋人同士が引き裂かれ、最後にお互い刺し違えて死んでしまうという悲劇でした。まるでこれからの運命を暗示するような‥‥‥。以後、この旅芸人たちの寸劇が、ストーリーテラーとしてずっとこの物語を引っ張っていくことになります。
広場には人がいっぱい、ごちゃごちゃとあっちこっちでいろんなことをしています。これも「ナポリ」同様、どこを見ていいかわからないくらい。ほんとに一度じゃ細かい所がよくわかりませんね。その群衆の中にジュリエットの乳母もいて、何か手紙のようなものを持っていますが、これがいろんな人を経て、最後にロミオの手に渡ります。それには、今夜キャピュレット家で舞踏会があって、お目当てのロザラインも出席するというようなことが書かれていたのでしょうか?その後広場で両家の人々のいざこざ、ヴェローナ大公に戒められるシーンに続きます。
一方、ジュリエットの家では一人娘ジュリエットが、翌日の舞踏会で社交界デビューするためか、はたまた婚約者のパリスと引き合わされるのか、入浴中なのに、母のキャピュレット夫人がやってきます。ここで登場したジュリエットのみずみずしさといったら!タオルを身体に巻いただけの姿で、裸足で従姉妹たちとはしゃぎまわるジュリエットは、少女というよりまだほんの子供。キャピュレット夫人は、ジュリエットにペンダントのようなものを渡し、早速レディ(淑女)指南?を始めます。
このキャピュレット夫人は若くて美しく、ものすごい存在感がありました。それもそのはず、プリンシパルのギッテ・リンストロムという人でした。キャピュレット夫人役にプリンシパルなんて、そんなの聞いたことがありません。これがまたたくさん踊る!洗練されて無駄のない動き。正確で鋭いステップは、強く、威圧的でさえあります。
一方ジュリエットは身体にタオルを巻いただけ、髪はバラバラ、ほんとに生まれたままのピュアな存在として描かれています。彼女の自由で無垢な魂は、まだ何の穢れも知らない。キャピュレット夫人と同じ動きをしようとしても、ぎこちなくてぶざまで、よろけてしまったりしてうまくできません。まだ何にも縛られない、限りなく自由なジュリエットには、このきっちり型どおりの、キャピュレット夫人の踊りの真似はとてもできないのです。この風呂場のシーンだけで、そういうことをはっきり印象付けてしまうところがすごい。
そして、舞踏会の日。紛れ込んだロミオは、そこでジュリエットに出会い、お互いに惹かれあうことになるのですが、ロザラインはどうなったの?このいい加減な軽い男!ここで登場したパリスがまたとても若くて美形なんです。ロミオよりパリスの方がいい男なんて、その時点で物語が崩壊していません?私は何度も「パリスの方がいいじゃん‥」と思ってしまいましたよ。
舞踏会のシーンはちょっと異様でした。キャピュレット家の人々、貴族の人々はほとんどが黒を基調にした衣装。最初の街のシーンは、みんな柔らかいベージュや茶、グレー、エンジなどのアースカラーでしたが、ここは全く対照的に重々しい黒の世界です。それがあの有名な曲に合わせて、しゃちこばったような踊りを踊るのです。街の自由さに比べ、型にはまったような貴族の世界。中でも、ティボルトとキャピュレット公の間で踊る美しいキャピュレット夫人が、攻撃的なまでに脚を高々と上げ、無表情に踊るのがちょっと怖かったです。
このまま重厚な貴族の世界で押しつぶされてしまうのかしら。ときどきつまづきそうになりながら父母と同じステップを、パリスと型どおり踊るジュリエットはまさにそんな感じ。そこへ突然ロミオが現れるのです。
バルコニーのシーンは本当に若々しいスピード感にあふれていて感動的でした。あの重苦しい貴族の踊りと比べ、何という対比。ジュリエットを自由な世界にはばたかせてくれる人が今現れた。このまま二人でどこへでも飛んで行けそうな、そんな感情の高まりを感じる素敵なパ・ド・ドゥに涙~![]()
≪第2幕≫
幕が開いてもしばらく音楽がない無言劇。まず音楽あり、というバレエでこういうシーンは何か新鮮です。広場で子供たちが遊んでいるところをたしなめられ、そこにぞろぞろと神に祈る人々が入ってくる。そして、音楽とともにお祭りが始まったのでした。このお祭りの最中、ロミオにジュリエットの手紙が渡され、二人はロレンスのもとで秘密の結婚式を挙げる。その帰り道に、また広場のシーンがあり、ここで事件は起きるのですが。全くロミオって何て軽率な奴なんだ![]()
ここでも旅芸人たちが大活躍。賑やかな音楽とともに広場奥の回廊の上から無数のビラがまかれます。これから一大芝居の始まり始まり!それが、現実もまるで芝居の中かと思われるような、混沌とした舞台なのです。
下手ではずっとティボルトが娼婦を相手に酒を飲み、酔っ払い、昼日中からいちゃいちゃしていて、通りかかったロミオにも因縁をつけます。ティボルトだって貴族だし、良家の跡とりでしょ??それがまるでヤクザみたいなんだよね‥‥
ロミオは、このジュリエットの従兄弟に、今までと違ってなるべく平和的に接しようとするのですが‥。
マキューシオとティボルトが喧嘩になり、マキューシオが倒れるところ、ここは一つの見せ場ですね。先ほどまかれたビラが足もとにざわざわと舞い上がり、埃っぽいほどの臨場感。そして、マキューシオはまるで劇中劇のように、いや、誰もお芝居だと思って疑わないくらい、満場の観客の中彼一流の冗談のように死んでいく。(ちょっとオジサンなマキューシオでしたが)それがまたロミオにはたまらなかったのでしょうか。いきなり現実に戻された広場で悲劇は起こります。
迫力ある剣戟の末、ティボルトは倒れますが、そこへ駆けつけたキャピュレット夫人の、ありえないくらいの嘆きよう!前にクランコ版を見たときに、同じく尋常じゃないキャピュレット夫人の様子に、ティボルトは息子じゃなくて甥でしょ。大事な跡とりを失ったから?と不思議に思いましたが、やっぱり1幕の舞踏会のシーンなどで暗示されているように、ティボルトとは愛人関係にあったと考えるのが自然なのかな?(それにしちゃこのティボルトは安っぽいごろつきみたいだし‥。夫人は悪趣味だったのか
)この人ももとはジュリエットと同じように情熱的な女性で、それを押し殺して貴族の奥方に収まるために、ティボルトのような愛人を持つことで精神的な均衡を保っていたのでしょうか?
ロミオは即刻追放になって、旅芸人の一座にまぎれて街を去るのですが、ここまでが一気に進み、ほんとに見入ってしまって、あっという間でした。
長くなってしまったので、いったん終わりにします。続きはこの次に。



























































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