2011年前半観賞記録(バレエ編その2)
前回の続きで、ことし上半期に見たバレエのおくればせながらの記録です。
5月は待望のイリーナ・コレスニコヴァを見ることができました。延期になっていたサンクトペテルブルグ・バレエ・シアターの「白鳥の湖」(5月8日)です。これもどうせなら2回ぐらい見たかったけれど、ちょうど5月の栗さまイベントの最中だったので、1日だけでした。
ところが、もう一目見て彼女(コレスニコヴァ)が大好きになってしまいました。そのくらい魅力のあるバレリーナだったのです。第一このチラシのオディール‥‥とっても悪そうな表情ですが、これ見ただけでもうゾクゾクしますよね。本当にこのとおりの、久々にゾワッとくる魅惑の舞台でした。
プロフィールを見ると、イリーナ・コレスニコヴァは98年ワガノワ卒なんですね。98年組というと、レニングラード国立バレエではペレン、シヴァコフ、プハチョフ、ステパノワなど、まだまだいると思いますが、かなりの主要メンバーがみんな同級生なんですよ。マリインスキーでは誰がいるのかわかりませんが(イリーナ・ゴールプ?)この年はすごい年だったんですね。
チケットの先行販売特典でもらったDVD(中身は販促・宣伝映像でした)によると、サンクトペテルブルグ・バレエ・シアターは、ロシアでは唯一の民間のバレエ団ということです。設立者でオーナーのタッチキン氏は実業家で、バレエ畑の人ではなかったというのも驚きでした。ロシアの伝統として伝わるクラシックバレエ、それをそのまま海外に持って行けばうまい興行になると思いついたようです。
そして最も驚きなのは、このバレエ団の看板はイリーナ・コレスニコヴァただ一人。このイリーナを「発見」したのが一番の収穫とタッチキン氏が自ら言うように、彼女は逸材には違いないと思います。ただ、毎回毎回主役を踊り、2007年などは看板の彼女が妊娠で踊れなくなったために来日公演自体が中止‥‥これには驚きましたね。でもそうやって絶賛される彼女のオデット&オディールをようやく見ることができてよかったです。
何たって、彼女は「白鳥の湖」を700回以上踊っているというのです。途中まで数えていたけど、もう数えられなくなったと言っていますが、これは絶対ギネスブックものでしょう。何かの映像の中でプリセツカヤが、政府の高官や外国の要人の前で「白鳥の湖」を何百回も踊らされたと言っていたのが印象的でしたが、それは否定的な意味で、同じ作品をそんなに踊るのはもううんざり、新しい作品を踊りたくて仕方がなかったという話でした。ところがイリーナは、何度踊っても新しい発見があり、飽きることはないと言っています。そのとおり、まだ30そこそこだと思うのに、彼女の踊りはもう「自在の境地」なんですよね。驚きました。
これは素人受けのする古典作品しか上演しない民間のバレエ団だからこそでしょう。マリインスキーなどにいたらとてもありえません。第一層の厚さが全然違うし、現代作品など、いろんな作品を上演しているから、たとえロパートキナだって一人でそんなに白鳥を踊ることはできませんよね。
一方で、多分イリーナの体型からいって、どんなにテクニックが優れていてもマリインスキーではプリマにはなれなかったんじゃないかなという気もします。マリインスキーでは、ロパートキナ、移籍したザハロワ、テリョーシキナ、ソーモワなどのように、長身でありえないくらいすらっとした姿態と、長い首と手足のラインが要求されると思うのです。イリーナが体型的に劣っているというわけでは全くありませんが、そういうタイプではないということ。どちらかというと彼女の濃い演技力からいって、マリインスキーに入っていたらキャラクターダンサーになってしまうところだったんじゃないでしょうか。
彼女の踊りは、見るほうも物語の中に深く浸ってしまって、言葉では言い表せません。こんなオデットも、こんなオディールも見たことない!って感じ。ただ、腕の可動域が恐ろしく大きく、背中が柔らかく、腕は骨がないと思うくらいクネクネ。自在に身体で語ることができるのです。これには絶対好き嫌いがあるでしょうが、本当に「ヤバいっ」てほど。多分クラシックバレエの規範から外れるぎりぎりのところまでいっている表現なのでしょう。オデットは清楚なのに恐ろしく官能的。一人で立っているのもやっとなくらい王子にしなだれかかり、離れるときはもうそのまま息絶えそうなくらい。観客は完全に感情移入してしまい、身を切られるようなせつなさを味わうことになります。
そしてオディールの何という妖艶さ!毒を持ったものの絶品の味とでもいうのでしょうか。王子だけでなく、ぐいぐいと観客の心まで引きずり込んでいく自信に満ちた表情。テクニックもまたすごくて、特にグランフェッテは全盛期のニーナ以上の超高速で、しかもフィギュアスケートでよくやる、回転しながら手を上にひらひらっと上げていくような技も見せ(そんなことしても低速では全く意味がありません‥)完全にオディールの魔力のとりこになってしまいました。
それほど知名度はないかもしれないけど、ロシアの民間バレエ団にこんな素晴らしいプリマがいるなんて、本当にすごいと思いました。才能ももちろんですが、その環境によって育てられた奇跡のプリマ。願わくはタッチキン氏、連日彼女ばかり酷使してダンサー生命を縮めないように、それだけは切にお願いします。
私が見に行った日、サイン会がありましたが、さっきまで舞台で踊っていたイリーナが、そこに並んだ200人あまりの一人一人に、DVDとプログラムの両方にサインをして、握手をして、一緒に写真まで撮っての大サービスをしていたんですよ。私も1時間以上並びましたが、もうかわいそうになっちゃって、DVDも買ったけれどサインはプログラムだけにして、握手や写真のかわりに一言「ありがとう」というのがやっとでした。舞台上では妖艶だけれど、素顔はとても気さくでかわいらしいイリーナ、大好きです
作品自体はマリインスキー版に近い、ごくごくオーソドックスなものでした。王子役のオレグ・ヤロムキンは若くてとってもかわいい子なのに、立派にイリーナとわたりあっていたし、このときはロットバルトで顔はわかりませんでしたが、DVDでは王子役を踊っているドミトリー・アクリ―ニンも素晴らしい美形。二人とも、もっと違う演目でも見てみたいと思ったほど素敵なダンサーでした。パ・ド・トロワを踊ったのが元レニ国にいたルダチェンコだったのにはびっくり。相変わらずな雰囲気ではありましたが、彼も頑張っているんだなとほほえましかったです。(DVDでは逆にレニ国に移籍したヤパーロワとヤフニュークがトロワを踊っていて、これも儲けものでした。)
公演が延期になって、連休中になってしまったこともあり、残念ながらキャンセルした人も多かったのではないでしょうか。私も2回見る予定が1回になってしまったし。それで空席も目立っていましたが、これに懲りずにぜひまた日本に来てほしいと思いました。
そしてバーミンガム・ロイヤル・バレエの「眠れる森の美女」(5月21日)。実はこれ、震災の影響等もあるし、本当に日本に来るかわからないからチケット買ってなかったんです。前回の来日の時の「美女と野獣」で、最後の最後に着ぐるみから出てきて素足で踊る王子あれ一発で魅了されてしまったツァオ・チーがようやくまた見られるというのに、何だか触手が動かなかったんですよね。
そうしたら渡りに船というか、○+の特別企画のご案内メールがきて、このツァオ・チー主演の公演と、彼の出演する映画「小さな村の小さなダンサー」の上映会+トークショー付きという割引セット企画があるとのこと。思わず飛び付きました。そして、今までこういう限定企画に応募しても当たったことがなかったのに、めでたく抽選に当たりました
映画は昨年の公開時に見ていたのですが、バレエファンの友人と行ってツッコミながら「バレエの映画」として見てしまったので、舞踊シーンなどちょっと不満なところもありました。でも、今回の上映会では、ツァオ・チー本人のトークの後に、純粋に映画として物語そのものを見ることができ、改めて感動してしまいました。どちらかといえば主人公より、彼を育てたお母さんや先生に泣けるのです。いい映画です。これは7月にDVDも出るんですよね。バレエの公演会場で先行販売として売っていましたが、ブルーレイのほうに特典映像(ツァオ・チーと、自叙伝を書いたリー・ツンシンのインタビューなど)が入るということだったので、ブルーレイが出るまで私は待ちます(笑)
公演のほうはA席といいながら、例の1階左右の三角の端の見切れるような場所でしたが、割引だから我慢できました。ピーターライト版の「眠れる森の美女」は、DVDが出ているオランダ国立バレエのものと衣装や舞台美術がほぼ同じで、金色を基調としたとても豪華なものでした。
プロローグのあと休憩が入り、そのあと1幕と2幕の間に休憩はなく、3幕の前のオーロラが目覚めるところまでぶっ通しの構成。全体的にはとてもオーソドックスでしたが、他の版と違っていいなと思ったのは、オーロラが目覚めたあとに周りの人々が全部いなくなって、二人だけのパ・ド・ドゥが入るところです。音楽は普通(カットされることも多いけど)2幕の終わりの場面転換に使われる間奏曲‥‥あのせつないヴァイオリンの音色にのって、目覚めさせてくれた王子とだんだんに心を通わせていくのがわかる素敵なパ・ド・ドゥでした。他の版だと、まあこれはおとぎ話だからしょうがないとは思うけれど、目覚めてすぐに結婚式でめでたしめでたしっていうのはあまりに唐突ですよね。その部分はとてもよかったと思います。
ただ、オーロラ役の佐久間奈緒さんの表情が気になりました。テクニックは十分で、バランスも優れているのだけれど、1幕の登場の瞬間、嫁に行き遅れたようなオーロラって‥‥ふつう1幕のオーロラ姫といったら、もうはじけんばかりの若さと無邪気さ、いかにも大事に育てられてきた姫のおおらかさと、この王国全部を包むようなあふれる幸福感が必要なんじゃないの?と思うけれど、このお姫様ときたら、4人の王子の中から結婚相手を選びなさいと言われた途端、不機嫌な顔に。ローズアダージョはいろんな人のを見たけれど、あんなに嫌そうなローズアダージョって初めて見たというくらい変わっていました。
途中でもらった花を王妃に渡す場面では、「お母様、結婚なんて私、嫌だわ!」と言っているように首を横に振っていましたから。このあとカラボスが出てこなかったら、オーロラは4人の王子の誰かと無理やり結婚させられてたのね。気の進まない結婚を避け、理想の相手が現れるまでリラの精が眠らせてくれたってこと?‥‥何だか違う話になってしまいそうです。
王子役のツァオ・チーはとてもシャープな踊りで素敵でした ちょっと振付が地味で王子の見せ場はあまりなかった感じですが、3年越しでいいなと思っていたダンサーが見られてよかったです。トークショーでも素顔を間近で見られましたしね。
しかしながら作品としては、全体的にとても豪華な舞台だったのに、「こんなもんか」と思う程度で感動がうすかったのはなぜだろう‥‥思うに「眠り」という演目は、何よりも主役ダンサーの華が大事な演目だったんじゃないでしょうか。オーロラほどダンサーの資質が問われる役はないと思います。テクニックとか表現とかはあとまわしで、やはりこの豪華な舞台美術、きらびやかな衣装に負けないような主役オーラが不可欠なんですよ。
だから主役が辛気臭い表情をするなんてもってのほか。コジョカルみたいな、ニーナみたいな、もうそこにいるだけで会場のすべての人が幸せになっちゃうくらいのバレリーナが踊ってくれないと。観客はあの甘美なメロディとともに、あふれんばかりの幸福感を見たいのです。前に見たコジョカルなんか、あのマラーホフ版の悲惨な衣装、コンパクトな振付の中でさえ、最初の登場シーンからアポテオーズまで、途切れることなく観客に「愛」を振りまいて輝いていたんですよね。
別の日のキャストだったタマラ・ロホは、はなっからオーロラなんて似合わない(?)と決めつけていましたが、意外にも、見た友人の話ではすご~くよかったと言っていました。ことさら若さやはつらつとした雰囲気を出さなくても、テクニックを前面に出してひけらかさなくても、やはりいるだけで「オーロラ姫」を感じさせるものがある。これが重要だったんですね。
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このあとバレエを見る予定は7月の「バレエの神髄」までありません。楽しみにしているその「バレエの神髄」は、会場の一つだった新宿文化センターが、震災後の点検で改修が必要になったということで使えなくなり、結局、代替の会場が見つからないまま中止となってしまいました。あれだけいいダンサーが集まるのに、東京では文京シビックホールの1公演のみで、あとは名古屋、大阪の計3公演だけなんてもったいなさすぎです。私も最高の席がとれていたのに本当に残念 払い戻してもらったお金で何か見ようかなと思っても、いまのところ考えつきません。ロベルト・ボッレもニコラ・ル・リッシュも来なかったのが軽くショック。ABTは1公演だけ見る予定です。
そんなこんなで次は「バレエの神髄」の東京1回に全面期待ということで、上半期のバレエ編のまとめでした。
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