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2011年7月11日 (月)

2011年前半観賞記録(歌舞伎ほか編 その2)

こちらは申しわけありません、ミーハー観劇記です。好きな役者さんが出ているかいないかでこんなに違うのかというくらい見方が違っていて‥‥だから真面目に書いていません。バカですね~。これでもちょっと前までは歌舞伎というジャンルで「ミーハー」が存在するとは思っていませんでした。でも本来、江戸時代なんかは女子供が芝居小屋に群がってジャニーズ状態だったのでは?とか勝手な想像をするわけですが。昔はいざ知らず、いつの間にか人間国宝なんていうのが現れ、歌舞伎は高尚で年寄り臭い、一般人にはとっつきにくいイメージになってしまったようです。だけど、好きな役者さんが出ていると、何かルンルン(死語?)で別世界 時に「激萌え」とか見苦しい言葉も吐くかもしれませんが、どうか御容赦を。

≪1月 三越劇場「初春新派公演」日本橋≫
Rimg0432 えらく昔のことのようで恐縮ですが、今年のお正月の話です。ミーハーな私は初日の鏡開きに初詣かたがた出かけていきました。ピンボケですが(笑)これはそのときの写真です。新派初主演を前に、緊張した面持ちの段治郎さん。実は春猿さん、笑三郎さんを見に浅草の鏡開きにも行ったのですが、新春浅草歌舞伎のほうは結局、バレエ鑑賞のほうも忙しいのでパスしてしまいました。浅草の演目はあとでwowowで見させていただきました。

新派の公演を見たのは昨年の「滝の白糸」に続いて2回目です。前回は春猿さん目当て、そして今回は段治郎さん目当て。「滝の白糸」というのも何だかよくわからなかったのですが、同じ泉鏡花原作の「日本橋」も同様「何でこうなるの?」というところはあったけれど、爽やかなロマンチストの段治郎さんを堪能しました

歌舞伎の題材はほとんど江戸時代以前のものですが、そこにある忠義や義理人情は「そんなバカな!」って思っても、大体理解できるんですよ。でも、明治時代、特に鏡花作品の主人公の心情ってよくわからない。今や明治・大正のほうが難解になっているんでしょうか?‥‥と思うほど、ツッコミどころが多くて楽しめました。

Img_0002日本橋架橋百年記念という今回の上演、場所もレトロな内装の三越劇場で、大正初期のハイカラな雰囲気を満喫できるお芝居でした。

主人公の葛木(段治郎)は医学博士で、大学でも重要な存在でしたが、実は学問一筋のお坊ちゃまではなく、苦学して今の地位を手に入れた人でした。

父母を早く亡くし、親代わりの姉が、好きな人を諦めて資産家の妾に入ることで学費を出してくれたのです。その姉は葛木が医学博士になると同時に身を恥じて行方知れずに。彼の姉に対する思慕は尋常ではなく、姉によく似た雛人形を飾り、 雛祭りの日には、姉がそうしていたようにサザエとハマグリを供えて祝っていました。そして、姉の面影がある芸者清葉(高橋惠子)に思いを寄せていました。

ひな祭りの翌日、葛木は7年越しの思いを清葉に打ち明けますが、清葉は旦那持ちで身持ちが堅く、それは叶わずに終わります。その夜、ひな祭りに供えたサザエとハマグリを川に放したのを警官に見とがめられ、面倒なことになったところを同じ日本橋で清葉と張り合っていた芸者、お孝(波乃久里子)に助けられます。

そんなこんなで葛木とお孝は馴染みになりますが‥お孝には五十嵐(田口守)という男がいたのです。お孝は次第に五十嵐がうとましくなり、別れ話を切り出しますが‥‥殺されかけたときの啖呵がふるってる。「葛木という字に刻んでおくれよ」‥一瞬「へ?」(どうやって?殺す方も当然ひるむ

その前に、真面目な顔をした医学博士が研究室にひな人形を飾り、サザエやハマグリをこっそり川に放すということだけでも変だよねえ。突然大学やめてお遍路さんになっちゃうところも唖然‥‥まあそういうお話だからしょうがないけど。

歌舞伎の女形さんはある程度のお年でも、化粧してしまえばそれなりに見えるというか、お約束ですから観客もそういうふうに見るわけですが、新派の場合、女優さんだとそのまんまの年齢に見えてしまって、お孝が「あたしゃ28」‥‥とか何とかいう台詞があったときには「ええっ!?」‥‥冗談かと思いました(ごめんなさい

清葉も本当は葛木が好きなのに、奥ゆかしく笛に思いを託したりしているのだけれど、私はどちらかというとお孝のほうに激しく共感してしまいました。というのは、お孝が「ミーハー」だから!

巡査の手帳に「妻」と書かれて喜んでる。あんなに気風のいい売れっ子芸者さんが、女学生みたいに他愛ないじゃないですか。何かすごくかわいいのですよ。だから愛する人を失って気がふれてしまったのもすごくわかる。最後は葛木の腕の中で死ねて幸せだったよね~と涙、涙‥‥でした。

段治郎さんは袴姿に山高帽、マントにマフラーといった和洋折衷スタイルがすごく似合うもちろん洋装のスーツ姿も超素敵でした。他の同僚は鹿鳴館みたいに見えちゃうのに、段治郎さんだけは決まっているんですよ~。ソファーに座った時の脚の長いこと。お声も素敵。台詞がちょっと宝塚っぽいところが、ダイコンでも(コラコラ)また素敵

清葉は憧れの人だったけれど、やっぱり葛木が本当に愛していたのはお孝だったんですね。それで五十嵐の存在がどうしても許せなくなった。あるいは、五十嵐と同じで自分も愛欲に溺れて、そんな対象としてしかお孝を思っていなかったのが許せなかったのか。どうしていいかわからず感情を爆発させ、やんちゃ坊主が暴れまわるみたいに激しくお孝を攻め立てる段治郎さんの熱演ぶりがすごくて‥‥舞台上のお孝はとてもかわいそうなんだけれど、精神が壊れるほど、今の地位も生活も捨てなきゃいけないほど、あんなに思われてるなんてうらやましいと、つい思ってしまいました

≪2月 ル・テアトル銀座「二月花形歌舞伎」第一部≫
Img_0003 第一部は「於染久松色読販」(おそめひさまつうきなのよみうり)通称「お染の七役」。2回見てしまったほど面白かったです。もちろん、私のお目当ては笑也さんだったのですが、笑也さんのお役は直接ストーリーには関係なくて、長~いお話の終わり近くになって出てくる、バレエの「眠れる森の美女」でいえばフロリナ王女みたいな感じで、その10分ほどの踊りを見るために、長く複雑なお話を見るのもまたいいものでした。

登場人物もストーリーもとても複雑なのですが、その中心は久松(亀治郎)のようです。親がとある殿様に仕えていたのですが、重宝の刀紛失のために切腹。それで油屋という質屋?に奉公に出ているのです。そしてその家の娘お染(亀治郎)と恋仲になる。でも、久松にはお光(亀治郎)という許婚がいたんですね。

実は久松は奥女中として奉公している姉(亀治郎)とともにその紛失した刀と折紙(鑑定書)の行方を捜していて、姉はその資金に百両工面してほしいと、かつて自分の下で奉公していた土手のお六(亀治郎)に頼むのですが‥‥実は刀を盗んで質屋に売り飛ばしたのはお六の夫、鬼門の喜兵衛(染五郎)だったのです。それはこのときはわからないんですけどね。

その金のために、お六と喜兵衛の夫婦は、偶然やってきた嫁菜売り(門之助)の話を聞いて、丁稚の久太(弘太郎)を身替りにして、百両手に入れようと油屋をゆすりに行くのですが、このあたりがとても面白いんですよね。亀治郎さんもお六が一番楽しそうでした。また、意外でしたが門之助さんの嫁菜売りがいい味出していて、弘太郎さんの久太も最高でした!結局このゆすりは失敗に終わりますが、ドリフのコントを見ているみたいにゲラゲラ笑ってしまいました。

そんなこんながあったけれど、やっぱりお染と久松は駆け落ちするしか道がなく‥‥こっそり家を抜け出したお染は喜兵衛に見つかって連れ去られ、久松は喜兵衛が蔵から盗み出した刀が主家の重宝だとわかると、見事喜兵衛を討って刀を手に入れ、お染を追っていきます。

一方許婚のお光は、久松をとられたショックで気がふれて、狂い笹を持ってさまよい歩きます。そこへ船頭と女猿回しの夫婦がやってきてお光をなだめるという、その舞踊の場面に笑也さんが登場します。船頭(亀鶴)は笹を納め刀に見立てて、お光の回復を祈って踊ります。女猿回し(笑也)は、竹のカスタネット?を両手に持ち、それでリズムをとりながら踊ります。何かこの二人の並びはとってもきれいだったなあ~。二人とも最初は狂ったお光に迷惑そうな顔したりするんだけど、その踊りはしっとりと優しくて、ずっと見ていたいくらい素敵でした

そのあとは、お染と久松が追手に阻まれたところを、土手のお六が大立回りの末二人を救い、奪い返した折紙を出して、これで長年の夢だった久松のお家再興が叶う‥‥というような、これで合っているのかな?かなりはしょってしまったけど、大体そんなお話でした。七役を演じた亀治郎さん、キャラの解釈が現代風で面白かったです。お染は大店の娘らしくおっとりと鷹揚な感じ、お光は田舎娘らしく一途な感じだと思うのだけれど、それぞれしっかり自己主張をしてて、若い娘らしい華やぎと、気が強くておきゃんな感じが加わってかわいいなと思いました。土手のお六は一番はまっていて迫力がありました。楽しいお芝居でした。

≪3月 南座「三月花形歌舞伎」獨道中五十三驛≫
Img_0001 震災後、精神的につらかったときに、矢もたてもたまらずに京都まで見に行ってしまいました。2年前に見たときは何だかごちゃごちゃしていて、ストーリー的に大していい演目とも思わなかったし、今回は段治郎さんも出てないから、見る予定はなかったのに‥‥とにかく、何でもいいから好きな猿之助一門の人たちの奮闘する舞台を見たくなってしまったのでした。

京都駅を降りてみると、電力不足で薄暗い東京とは全く違って、どこもかしこも、街じゅうがキラキラと輝いて見えました。南座に行く前に白河のあたりを歩いたのですが、もうすぐ始まる桜まつりのために、ライトアップの電球を取り付けている最中。ああ、いいなあ。東京にいると、地震や原発事故で日本全体が大打撃を受けたように思われ(ある意味そうですが)たまらない重苦しさでしたが、まだまだこんなに普段と変わらないところがあったんだ‥‥と思って、気持ちが楽になりました。こんな時期に‥‥とは思ったけれど、思いきって出かけてよかった。お芝居も手放しで楽しめました。

最初に京都特別ヴァージョン「京都四條南座芝居前の場」が付いていました。話題のゆるキャラ「まゆまろ」くんも登場し、かわいらしく見得を切ったりしていました。

前回は善玉側が段治郎さん、悪玉側が右近さんと分かれていたけれど、今回は両方とも右近さんがやるので、混乱するかなと思ったけれどさほどでもありませんでした。もともと猿之助さんはこれを一人でやっていたのだから大丈夫なんでしょうね。何かかなり前回と変わったような気もしましたが、今となっては記憶のかなたにすっ飛んでしまいました。

ただ、やっぱり最初のほうの石山寺のところは、あそこをカットしちゃいけないでしょう!とは思いました。五十三次を双六で進んでいくような趣向だったはずなのに、肝心の双六の場面がなくなってしまっていました。あの場面は「重の井子別れ」のパロディなのだから、あそこで双六をやらなきゃ、わざわざ与八郎が馬子の姿で出てくるわけがわからないじゃない‥‥などというのはさておいて、ここで勘当されていた父親の横死を聞き、主家再興のために奪われた重宝と親の仇を追う与八郎の旅が始まるのでした。

あるときは海の中でヒトデや魚と戦い、あるときは化け猫となって空を飛び、今回は本水ではなかったけれど、大滝の中で立ち廻りを演じ、右近さん大活躍!‥ただ、やっぱり最後の方の観客おいてきぼりのやけくそのようなパロディ&早替わりはあまり意味がないことのように思えてしまいました。早替わりなんてばかばかしい芸は、スター性のある役者がやるから面白いのであって、右近さん、お疲れ様という感じはありました。でも、これもまあいいです。あの時期、東京から見に行ったという意味は十分にありました。

笑也さんのきっぱりした姿は、お姫様でなくなって村娘に身をやつしても素敵忠臣蔵6段目のパロディ?のような、自ら身売りして駕籠に乗る場面では、最後に意を決して簾を下ろすところなど、うるうるしちゃうほど素敵でした。殺されるシーンも、最後の力を振り絞って滝つぼに身を投げるシーンも、あとで滝の中から現れるシーンも、どれもとても美しかったです。見に行ってよかった~

最後の右近早替わりショーですが、前回はわからなかったけれど、前月に「お染久松~」を見たので、あの商家の娘と丁稚というのはそのパロディなんだなとか、「おもだかや」と書いた傘の立回りは「土手のお六」だったとか、わかったことがたくさんありました。そして、今回は与八郎を右近さんが演じるので、笑也さんが演じることになった「先代萩」のパロディのようなお殿様。こちらもなかなか素敵でした。ほんの一瞬だったけれどお家再興が叶ってめでたしめでたし。

そのほか、笑三郎&春猿コンビの、どこまでが台詞でどこからがアドリブなのかわからないような漫才風熱演も楽しかったし、化け猫に翻弄される猿琉さんのおくらちゃんもとてもかわいく、アクロバットはすごかったです。門之助さんと笑野さんの夫婦も並びが美しく、久しぶりに澤潟屋一門の舞台を堪能しました。欲を言えば、やっぱり段治郎さんが見たかったかな‥‥あ、割と真面目にできましたね。ミーハー観劇記でした。

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