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2011年7月 4日 (月)

2011年前半観賞記録(歌舞伎編その1)

ずっと感想をサボっていた2011年上半期の舞台鑑賞の記録(歌舞伎・その他編)です

バレエ以外の歌舞伎、その他の舞台の感想は、今まで見ていても書かないときがあったので、こんなに律儀に振り返らなくてもいいのですが、乗りかかった船で、乏しくなった記憶をたどってみることにしたいと思います。なりゆき上、昨年12月から。

12月 国立劇場「仮名手本忠臣蔵」
1月 松竹座「寿初春大歌舞伎」夜の部
1月 三越劇場「初春新派公演」日本橋
2月 ル・テアトル銀座「二月花形歌舞伎」昼の部
3月 新橋演舞場「三月大歌舞伎」昼の部・夜の部
3月 南座「三月花形歌舞伎」獨道中五十三驛
5月 国立劇場「前進座創立八十周年記念公演」
5月 明治座「五月花形歌舞伎」夜の部

‥‥と見ています。そして都合上、順番関係なく「ミーハー分類」でいきたいと思います。つまり、好きな役者さんが出ている舞台は「その2」にて(爆!)

≪国立劇場「仮名手本忠臣蔵」≫
Img 娘の学校のPTA歌舞伎観賞会の団体割引で見てきました。時代劇などで誰でも知っているお話なので、参加者も例年より多くて、一部貸切で用意した席は全部埋まり大盛況だったようです。

昼夜通しでも抜粋になってしまう大作の「仮名手本忠臣蔵」を、1回の公演でいっぺんにやってしまおうというこのとき限りの特別ヴァージョン。こういう企画は初心者にはありがたいかもしれないけれど、何だかせわしない気がして、同じ役者さんが違う役で何度も出てきたりするのも初めて見た人にとっては驚きだったようで、結局わけがわからなかった人もいたみたいですよ。

構成は、いきなり「松の廊下」から始まって「判官切腹」「城明渡し」と続いたあと、お軽と勘平の「道行」があって‥‥その後5、6段目はなく(つまり勘平はこのときしか出てこない)前半をばっさりカットして手紙を読むところから始まった7段目。そのあと「討ち入り~引き上げ」に続くコンパクトで超ハイスピードな忠臣蔵だったと思うのですが、11時に始まって終わったのが4時半。皆さん口々に「歌舞伎ってこんなに長いものとは思わなかった‥」と言っていました。

意外でしたが、幸四郎の師直も染五郎の判官も初役だったそうです。「松の廊下」の前に、これはオリジナル脚本だと思いますが、師直のところにいろんな大名が進物を持って挨拶に訪れる場面が加わっていました。師直はその進物をいちいち値踏みするのですが、これがあるから、倹約家で事情をよく知らない田舎者の判官は気にくわなかったんだろうな、というのがよくわかります。その上に、タイミング悪く顔世御前の返歌が届き、遅れてきた判官をねちねちといじめ始めるという、途中から始まっても一連の流れがよくわかる演出が面白いと思いました。

続く「判官切腹」の場に駆け付けたのは、何とさっきまで判官をいたぶって斬りつけられた師直‥‥じゃなくって、同じ幸四郎演じる由良之助。でも、この二役は全く性格も扮装も違うので初めて見る人も混乱はなかったようです。ここの緊迫した場面は見応えがあり、続く城明渡しも、幸四郎の鬼気迫る重厚な演技はさすがでした。

顔世御前だった福助がお軽‥‥というのは、気付かない人もいたみたいだけれど、塩冶判官だった染五郎が勘平になってお軽と駆け落ちし、そのあとに今度は弟の平右衛門になって出てきて、勘平が死んだことを告げるんだから、ここは初めて見た人は混乱したと思います。初心者向きになっているようで、ちっともなっていない(笑)特に、判官切腹でお家はお取りつぶしという悲惨な状況の時に、のんびりした「道行」の踊りが入ることが奇異に思えたようです。

一般人がイメージする「忠臣蔵」と、歌舞伎を見慣れている人がここぞと思う「忠臣蔵」の場面はかなりかけ離れているんだなと感じた公演でした。途中、はしょった部分を講談の人に語らせるといった演出も、いいようで実は唐突感が果てしなく‥‥まあいいですね。そんな工夫もして、一度に大作の「忠臣蔵」を見せてくれた試みはユニークでした。

≪松竹座「寿初春大歌舞伎」夜の部≫
Img_0001 西宮までバレエ公演を見に行った翌日、大阪観光と歌舞伎鑑賞を楽しみました。

大阪では午前中から観光であちこち歩きまわっていたので、席に座ったとたん疲れが出て爆睡!最初の「八陣守護城~湖水御座船の場」(はちじんしゅごのほんじょう)は初めて見る演目でしたが、内容はほとんど記憶がないのです(ごめんなさい)ただ立派な御座船のセットの上に、五月人形のように居並んだ時代物の扮装の威容だけが目に残っています。続く「廓文章」もウトウト。これは以前歌舞伎座で見たときも眠くてよく見れなかったんですよね。リベンジかなわずまた寝てしまいました。続く本命、このときにはすっかり目が覚めて、ばっちり見ることができました。

3幕目は「江戸宵闇妖鉤爪」(えどのやみあやしのかぎづめ)という、江戸川乱歩作の「人間豹」をベースにした新作歌舞伎。実は、乱歩の世界って子どもの頃から好き(でも「人間豹」は読んだことなかった)でした。初演のとき見逃してしまったので、大阪で見ることができてよかったです。

最初の場面から、「どんな女でも百夜目に思いを遂げる」なんて不気味なことを言う蕎麦屋が出てきて、何だか怪しげな雰囲気。そしてその夜、染五郎扮する芳之助と逢引をした商家の娘お甲(扇雀)が無残な殺され方をしてしまいます。

1年後。「ウズメ舞」で評判の女役者お蘭(扇雀)と恋仲になった芳之助は、一座の鼓の奏者になっています。そのお蘭の楽屋に毎日生きた鯉を贈ってくる客がいて、それがちょうど百日目というのでこれも不吉な予感。そして、お蘭はこともあろうに舞台上で、観客の目の前でまるでショーのように殺されてしまいます。

恋仲になった二人の女を続けて殺された芳之助は心を病み、同心明智小五郎の家にかくまわれていました。明智(幸四郎)は殺されたお甲とお蘭の容貌がよく似ていたこと、傷口も似ていたことなどから同一犯とみていました。そして‥‥(今となってはかなり忘れているのですが)その犯人が次第に姿を現してくるのです。

人魚の肉を食べたために不老不死となった百御前(確かこんなの「陰陽師」に出てきたよね)、その息子で半人半獣の容貌を持った恩田乱学(染五郎)、そして見世物小屋に出すために、百御前が赤子をさらって来て特殊な育て方をし、怪物に育て上げられた人間たちなど、とてもおどろおどろしい世界が展開していきました。クライマックスは、殺されたお甲・お蘭によく似た明智夫人のお文(扇雀)がさらわれて、何と見世物小屋で黒豹の毛皮を着せられ、檻の中で猛獣ショーが繰り広げられるという‥‥乱歩のちょっと西洋がかった妖しい世界を歌舞伎で、しかも江戸時代という設定にして、どう表現するのかなと思っていたら、案外違和感なかったです。

ラストは、世間から虐げられ世に恨みを持った者たちの代表としての恩田と、それでも残っている人間性を信じるという明智との問答の末、悪を貫くと言い放って闇の中に飛び去っていく人間豹。ちょっとグロテスクで後味がいいとはいえなかったけど(それは原作のせいかな)その独特な世界に引き込まれました。

≪新橋演舞場「三月大歌舞伎」昼の部・夜の部≫
Img_2 特に見ようと思っていたわけではないのですが、見る予定だった国立劇場の「絵本合法衢」(えほんがっぽうがつじ)が震災で中止になってしまったので、心にぽっかり穴が開いてしまい‥‥。震災後、国立劇場の歌舞伎のほか、国立演芸場、国立能楽堂、国立文楽劇場、新国立劇場のオペラやバレエまで、3月中の興行が中止になってしまったことにはかなりのショックを受けました。計画停電があり、交通網もまだ混乱して大変な時期だったので、やはり「国立」と名が付く上は仕方がないことなのだとわかってはいても、何だか芸術の灯が消えたようで悲しくなってしまいました。

一方、新橋演舞場のほうは、震災後の対策を立てるために数日休演したものの、その後上演を再開したと聞いた時には本当に光明を見るようでうれしかったです。地方から来る人には東京の状況や原発事故の影響を考えて取りやめる人も多かったでしょうが、そんな空席の目立つ中でも頑張って興行しているということを知り、もう何でもいいから行きたいと思って行ってきました。

最初、昼の部に行った日(20日)は、ガソリン不足の最中だったこともあり、銀座3丁目交差点ががらんとしていて、車がほとんど走ってないという信じられない状況を目の当たりにしました。そんな光景を初めて見て、日本はどうなっちゃうんだろう?と不安になりましたが、1週間後の夜の部に行ったときには、車も人通りもほぼ元通りになっていてほっとしたのを覚えています。歌舞伎やってるんだから、日本は大丈夫だよ!と励まされた公演でした。

昼の部の「恩讐のかなたに」は、内容は知っていましたが見るのは初めてでした。主人公の市九郎(松緑)、不義の相手お弓(菊之助)、そして親の仇を討ちにやってくる旧主の子息実之助(染五郎)の3人の演技が秀逸でした。

菊之助の悪婆は、きれいなだけによけい凄惨なものを感じました。罪の上に罪を重ねる生活があさましく、ただ逃げるばかりだった気弱な市九郎が、僧了海となって一念を貫こうとする後半は感動的で、実之助も次第に心を一つにしていき、最後は敵味方も忘れて完成を喜び合う二人にとても泣けてしまいました。今が旬の役者さんたちの渾身の舞台。本当に自粛せず上演していてくれてよかった。あの時節柄一番の勇気をもらいました。いいなあ、お芝居は

2幕目の「伽羅先代萩~御殿、床下」は、六世中村歌右衛門の十年祭の追善としての上演だそうで、1階席入り口に肖像が飾ってありました。私はほとんど役者さんの系図なんて知らなかったのですが、歌右衛門丈の得意とした演目をゆかりの人々が集まって演じるという趣向でした。

政岡役の魁春さんは、外見はとても小さい子の母親になんて見えないんだけれど最後、千松にすがって泣くところは、義太夫の力もあるのか、本当に若い母親に見えてきて泣けました。もちろん役者さんもですが、これは特に作品自体が素晴らしいのですね。今までじ~っとこらえてきたものが吹き出したように、これでもかとたたみかけるように嘆き悲しむ政岡に、こちらも号泣。

一方、梅玉さんの八潮はメイクだけは般若みたいだけど、ちっとも怖くないの(笑)仁左さまのとんでもなくなりきった八潮を見ちゃったからでしょうか。芝翫の巴御前を初め、幸四郎の仁木まで、一体平均年齢いくつなんだよ?という感じでしたが、重厚で見応えのある舞台でした。

3幕目の「御所五郎蔵」は、とにかく菊五郎がかっこよくて、いくつになっても絵になる人というのはいるんだなと関心していました‥‥が、前の2演目で連続大泣きしてしまった私は、つい睡魔に襲われてよく覚えていません朦朧としたまま、節電で薄暗い新橋演舞場をあとにしました。

昼の部はとにかく泣かされましたが、夜の部は面白いというか、爆笑というか‥‥楽しい演目ぞろいでした。

「浮舟」は、源氏物語の宇治十帖をもとに書かれた作品で、戦後の作品だから新歌舞伎とは言わないようで、源氏物語を題材にした北條秀司作の一連の作品は「北條源氏」と呼ばれているそうです。何だかよくわからない宇治十帖の話ですが、登場人物一人一人に明確な性格付けをすることによって、近代的でわかりやすいものになっているとのこと。そのとおり、匂宮の異常なプレイボーイぶりといい、薫のエゴとも思える潔癖さ加減といい、下品でめちゃくちゃな浮舟の母といい、時に笑いが出るほど漫画チックで、漫画以上にわかりやすかったです。

浮舟(菊之助)は都育ちでない分、無邪気で天真爛漫。そういうところを薫(染五郎)も匂宮(吉右衛門)も愛したのでしょうが、綺麗な夢ばかり追っていつまでも待たせる薫より、優しくて、まめに手紙をくれて、アタックしつづけてくる匂宮のほうに、わかっていてもグラッとくることがあるかもしれません。(ど~でもいいが匂宮、年取りすぎなんだが)その一瞬の心の隙と、ありえない母親(魁春)の手引きによって、抗いきれず崩れてしまう薫との絆。美しいだけでなく、豊満な色香も感じる菊之助の浮舟は、そんな境遇にぴったりで見惚れてしまいました。

しかし、薫って何て馬鹿ロマンチストでエゴイストなんでしょう!歯の浮くような台詞ばっかり言っておいて、いざ浮舟があんなことになってしまったら許せずに悩み苦しんで‥あんたのエゴが浮舟を殺したんだわと思っちゃいましたよ。

好きな役者さんが出ていないからあっさり見ることができたけれど、これが例えば段治郎さんと笑也さんだったら(春猿さんでも)とても冷静には見ていられなかったことでしょう。書かれた時代もあるけれど、多分に翻訳ものみたいな、聞いてて恥ずかしくなるようなわざとらしい台詞は、彼らにこそぴったりくると思うんですけどね。ああ、やっぱりミーハー、想像するだけで幸せ

2幕目「水天宮利生深川」(すいてんぐうめぐみのふかがわ)は、典雅な王朝の雰囲気とはうって変わって、とってもとっても悲惨な、これでもかこれでもかという貧乏話なんだけれど、そのどリアルさについ笑ってしまって、非常に楽しかったです。特に二人の子役がかわいくて、いじらしくて泣け‥‥じゃなくて、笑えました。

明治に入ってからの世相を反映させた「散切物」と言われるお芝居の一つだそうです。禄を離れて職を失った武士幸兵衛(幸四郎)が、内職をしながら生計をたてていたけれど、貧乏の末妻が亡くなって男やもめの上、盲目の姉に年端もいかない妹、おまけに乳飲み子までいるというダブルパンチどころじゃないトリプルパンチ。そこへ非情な借金取りまで押し掛け、せっかく善意でもらったものまで奪い取っていく。

ついに苦しさと口惜しさに一家無理心中しようと決意するも、どうしても子供たちを殺せずに、最後は水天宮の額を持ったまま発狂して走り去ってしまう。幸兵衛が川に身を投げたとき、水天宮のご利益があって助かり、姉娘の目も見えるようになってめでたしめでたし。何か、あまりのことに驚いちゃったけど(こんなお芝居もあったんだ)すごく面白かったです。

3幕目の「吉原雀」は六世歌右衛門追善の演目。梅玉さんと福助さんの二人の華やかな踊りでしたが、踊りはよくわからなくて、やはり1幕目、2幕目と笑いのツボにはまりすぎた挙句の撃沈‥でした。

≪国立劇場「前進座創立八十周年記念公演」≫
Img_0002 なぜかお付き合いでチケットを買うことになって、久々に前進座の公演を見ました。前進座劇場ではなく、今回は創立80周年ということで国立劇場で行われました。本当にご贔屓のお客さんばかりのようで、客席の年齢層の高さといったら‥‥私がやっぱり最年少??ぐらいじゃなかったでしょうか。それでも、こんなにご高齢のお客様ばかりわざわざ押し掛けてくるような晴れ舞台。拍手も掛け声もまたひときわ多くノリの良いお客さま方に気持ちよく観劇することができました。

1幕目「唐茄子屋」は、新派のような感じで女優さんも出て、歌舞伎の世話物というよりは人情時代劇のような親しみやすい舞台でした。放蕩の揚句親に勘当された大店の一人息子を、その伯父が立派な商人に鍛えてやろうと一から修行させるお話です。今まで箸より重いものを持ったことがないお坊ちゃまに、天秤棒かついでカボチャを売りに行けなんてめちゃくちゃなんですが、そんなスパルタ教育?で難儀しているところを、貧しい長屋の人達が哀れに思って買ってくれるという、心温まるお話。おかしくて、笑って、最後にホロリ。これこれ、お芝居ってこういうものだよねって思いました。

続いて今まで前進座を支えてきた役者さんや、第2、第3世代の花形役者さんたちがそろっての口上。一口に80年といってもその苦労は大変なものだったと思いますが、皆さん晴れやかに口上を述べられていました。

続く「秋葉権現廻船噺」(あきばごんげんかいせんばなし)は、善人方と悪人方に別れてのお家騒動もので、「白波五人男」の日本駄右衛門がお家を乗っ取る大悪人として現れ、石川五右衛門みたいでもあるし「先代萩」の仁木弾正みたいでもあるし‥‥何か人物の関係が複雑でよくわからなかった‥ということにしておこう(笑)時代物ということもあり、やたらと大仰で古臭い感じもしないでもなかったけれど、いかにも歌舞伎らしい舞台ではありました。

≪明治座「五月花形歌舞伎」夜の部≫
Img_0003 何と、ありえないことに、国立劇場と明治座を同じ日にハシゴしてしまったのですよ。今までも何回か昼夜通しで見て、疲れて懲りているのに、それも忘れて同じ日なら一石二鳥と軽く考えていたんですよね。いや、大変でした。地下鉄の駅は節電で半分ぐらいエスカレーターが動いてなくて、階段を駆け上ったりして明治座に着いたのは見事に10分ほど遅れていました。いきなり勘太郎さんが落語家として幕前でしゃべっているのでびっくり。お父様かと思ってしまいましたよ。よく似てきましたね。

「牡丹灯籠」は初めて見ましたが、こんなに面白い演目とは知りませんでした。ハシゴで疲れていても眠るところなんてありませんでした。映画などで話は知っていたけれど、下駄の音がカラーン、コローンという、美人幽霊が恋しいイケメン浪人のもとに通い、ついにはとり殺すという怪談話というのは、そのほんの発端でしかなかったんですね。ほんとはもっと長い長い、落語をもとにしたお話だったのです。

そう、どちらかというと幽霊よりも、その周りの人々のその後の物語が中心だったのですね。主人新三郎(染五郎)の身の回りの世話をし、同じ敷地内に住まわせてもらっている伴蔵(染五郎)とお峰(七之助)の夫婦と、こがれ死にしたお露(七之助)の父の妾お国(吉弥)と、ひそかに不義をはたらいている隣家の源次郎(亀鶴)。この二組の男女のドロドロの愛憎劇をパラレルで追っていくうちに、幽霊になっても愛する人と添い遂げたお露、また幽霊と知りつつとり殺された新三郎の二人のことが、あとでとてもきれいなもののように思えてきてしまいました。

伴蔵は、新三郎に逢いたいからお札をはがしてくれと懇願するお露の幽霊に、お峰の入れ知恵で百両くれるならと約束し、新三郎は殺されることに。伴蔵は幽霊からもらった百両を元手に、知らない土地に行って商売をして成功するけれど、主人を裏切った罪の気持ちはぬぐうことが出来なくて、いつのまにか茶屋遊びでそれを紛らわすようになります。

一方、主人(お露の父)を殺して二人で逃げたお国と源次郎も、伴蔵夫婦とほど近いところに流れていきますが、主殺しのときの傷がもとで脚が不自由になった伴蔵は働くことができず、茶屋で働くお国のヒモとなってみじめに暮らしています。そのお国はこともあろうに羽振りのいい伴蔵と馴染みに‥‥何か、二組とも因果応報というか、みんなそれぞれ幸せを求めているはずなのに、結局犯した罪の清算をさせられ、無残な最期を遂げるという、何ともせつないお話なのですが、実は怖いのはお化けよりも人間だったのかなとも思います。

演出といい、内容といい、とても洗練された感じでした。登場人物の心情も現代的で、ちょっと幽霊話としては情緒が薄いかなと思うくらい。そして染五郎と七之助の演技がとにかくすごかった。特に七之助はもしかして天才?と思ったほど、ごく普通の女の愛情、嫉妬、不安が余すことなく出ていてうなりました。ヴィジュアルからいって全然ファンじゃないけれど、あの若さで女の可愛らしさから優しさ、恐ろしさ、欲深さ、愚かさなど、本当にいろんな面を演じ分けていて素晴らしかったです。

最後の、雨の中の殺しのシーンも圧巻。死んだあとも沼からぬ~っと手を出して染五郎を引きずりこむ女の執念‥‥あ~恐ろしや でも、これって究極の愛情なんでしょうね。愛する人を絶対に離したくないという。お化けよりもすごいものを見てしまったという気がします。

2演目目、勘太郎が下駄でタップダンスを踊るという「高杯」(たかつき)は、「牡丹灯籠」があまりに見応えあったので、ごめんなさい、よく覚えていません!何か、私って集中力がそんなにもたないのか、歌舞伎は幕見でもいいかもですね

「その2」(ミーハー歌舞伎編)へ続く。

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