「百段階段」の歌舞伎衣装展
「猿之助歌舞伎の魅力」展に行ってきました。題名はそうだけれど、目黒雅叙園の「百段階段」という長い階段でつながった豪華なお座敷群に、猿之助歌舞伎で使われる衣装の数々が展示されているという、そういう催しです。歌舞伎の衣装というのは、多分舞台のほかは見る機会もないものだと思います。このような催しも今までなかったらしく、ほとんどの衣装が舞台以外では初お目見えということでした。もちろん、猿之助一門のファンならば、あの時に見たあの衣装が間近で見られるということで、2倍にも3倍にも楽しめるに違いありません。
目黒雅叙園の「百段階段」は、東京都の有形文化財に指定されている昭和初期の建築物です。木造の階段の途中の踊り場から廊下が横に伸びていて、そこを曲がっていくと高さの違うそれぞれのお座敷に通じているのですが、外から見るとどんなふうになっているんでしょうね?多分、山の斜面のようなところに日本家屋が段々になって何棟か建っていて、それがまっすぐな「百段階段」によってつながっているんじゃないかと思うのですが、外からは眺められないので何とも言えません。
普段は非公開だそうですが、年に数回このような催し物をやっていて、その際に見ることができます。催しも、この衣装展の次は刈谷崎省吾さんの個展、その次は「坂本竜馬」展と、割と頻繁に行われているようです。とにかく行ってびっくり見てびっくり。戦前、昭和の‥それも今にも戦争に突入せんとする時代に咲いたあだ花のような、デコラティブでキッチュな世界。当時の一流の画家や工芸家の作品をちりばめ、これでもかとばかりに贅を尽くした装飾の数々。センスがどうとかいうものではありません。とにかく一度は見る価値があると思います。
とはいえ、目黒雅叙園といえば、目白の椿山荘と並ぶ有名な結婚式場ですが、私にはここで結婚式を挙げるような友人や親類はなく、行ったことがありませんでした。だからこの催しもただの展覧会と違って、何だかドレスコードでもありそうな感じで敷居が高かったんですよね。
先月末(今月初め)には、ここで澤潟屋の役者さんたちによるトークショーもあったのです。ただ、それがお食事付きでかなり高価。値段はともかく、お食事付きというのは、お連れ様がいればいいけれど、お一人様には酷だよね~ ‥‥どんなに豪華なお料理でも一人じゃ全くさまになりません。すごく行きたかったけれど、連れが見つからないため泣く泣く断念しました
実際に行ってみたら、新館というか、新しい高層ビルがドーンと建っていて、イメージと違って全く近代的なホテル&結婚式場でした。(もちろん服装も普通で大丈夫でしたよ。)ロビーに入るとそこには懐かしい「ヤマトタケル」の、踊り女に化けて熊襲を討ちに乗り込んでいくときの、あの真っ赤な衣装がお出迎え。もうこれだけで敷居の高さも何のその。その世界にすぅ~っと誘われた気がしました。
エレベータで会場へ。そのエレベータがまた、内部が螺鈿を施したピカピカ黒漆塗りで「昭和の竜宮城」へ誘うには十分すぎるものでした。さて「百段階段」に差し掛かると、何とも不思議な世界に迷い込んだかのようでした。ケヤキの階段には赤絨毯が敷かれ、天井には杉板に描かれたさまざまな日本画。そして、やはりその階段よりは、そこから入っていく一つ一つのお座敷が素晴らしい。
下から見ていくと、最初の間は猿之助に縁のある紋や文様をあしらった衣装が飾られていました。私が見たことがあったのは「四谷怪談忠臣蔵」の暁星五郎と、「伊達の十役」の荒獅子男之助。また、実際に見てはいないけれど「夏祭浪花鑑」の団七九郎兵衛の、役者の紋(澤潟)が大きく襟周りに描かれた「首抜き」の浴衣が目を引きました。
次の「漁樵の間」は一番豪華でゴテゴテしたお部屋。人物像が立体的に浮き彫りになった極色彩の柱がすごい 四方の欄間にも四季の花々と華麗な衣装の人々が描かれて、とんでもなくカラフル!このお部屋に飾られてもかすまないものといえばもうこれっきゃないでしょう!‥‥ということで、ここにはスーパー歌舞伎の「ヤマトタケル」の中の敵役の人々の衣装が展示されていました。そう、熊襲兄弟の超豪華な立体タコ、カニですよ!(重そう
)それから伊吹山の山神夫婦の、あのいろんな柄の布が優勝旗みたいにビラビラついた衣装。思わず「ヒ・ヒ・ヒ・ヒ・ヒ~!」と高笑いしたくなりました。
次の間は、「南総里見八犬伝」の衣装が多く飾られていました。見たのはかなり前なので衣装までは覚えていなかったけれど、笑也さんが着た犬塚信乃の衣装もあって‥‥あ~もう一度見たいものです あと、「四谷怪談忠臣蔵」で、斧定九郎が女賊に化けたときの、猪と斧をあしらった粋な衣装は、あの衣装が気に入って春猿さんの舞台写真を買ったほどだったので見られてよかったです。
次は今までとはうって変わって、正面に三日月をいただいた渋~い「黒塚」の世界。先月見たばかりの「黒塚」の荒涼たるススキの丘が目に浮かぶようでした。その次の間は、どれも私は見たことがなかったと思われる、「日本振袖始」の岩長姫ほか女形の美しい衣装が並んでいました。そしてその上のお座敷には、見慣れた「吉野山」の狐忠信の源氏車をあしらった衣装もありました。印象的だったのは「浮世風呂」の「なめくじ」の、何と肩に立体的な大なめくじが貼り付いている不気味な衣装。こんなのがぬっと現われたらぎょっとするでしょうね。それが色っぽい女ならなおさら。
最上階の「頂上の間」には「猿之助歌舞伎の歩み」と題して上演年表や台本が展示されていました。こうやって見ると、私は猿之助の狐忠信の宙乗りを見た昔から、全く舞台というものを見ていなかった時期にも年に1度だけ見るのは決まって猿之助‥‥という感じで、年数がある分、その一部にせよ結構見たものもあるんだなあと思った次第です。それにしても、ここに名を連ねたスーパー歌舞伎10作品を、一昨年「ヤマトタケル」を見るまで一度も見ていなかったというのが何とも悔やまれます。どうか再演がありますようにと祈るばかり。
「猿之助歌舞伎の魅力」展は、意匠を凝らした歌舞伎装束だけでなく、猿之助のこれまで歩んできた道のりの偉大さが思われました。そして、目黒雅叙園の豪華絢爛な内装も見ることができてよかったです。いよいよ今週いっぱいです。
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