秋川歌舞伎あきるの座

2010年3月12日 (金)

秩父歌舞伎を見てきました。

2月最終の日曜日、埼玉県の秩父市まで秩父歌舞伎を見に行きました。Simgp8468

秩父は母の実家が近くて、子供のころよく遊びに行った懐かしい場所です。池袋から西武線の特急があるので、大人になってからも太極拳グループ(以前やっていた)の合宿で、10年ぐらいの間毎年訪れていました。

最近ではなかなか行く機会がありませんでしたが、私の所属する農村歌舞伎の会に、こちらの秩父歌舞伎正和会(しょうわかい)さんから公演のご案内をいただいたので、良い機会と思って見に行ったのです。

全国に地芝居、農村歌舞伎を保存している会はたくさんありますが、遠いし、交通の不便なところも多くてなかなか見に行く機会がありません。他の会はどんなレベルでどんな芝居をやっているのか、もちろんとても興味がありますが、今まで見たのは農村歌舞伎のグループが集まる合同公演のようなものばかりでした。昨年3月、横浜まで「かながわ伝統芸能祭 地芝居2009」という公演を見に行ったことは、このブログにも書いたとおりです。

そんなわけで、その会の本拠地に行って見るというのはこれが初めてでした。秩父地方には有名な小鹿野歌舞伎を初め、ほかにもたくさんの地芝居がありますが、ご案内をもらってもなかなか行けませんでした。今回は西武秩父駅から徒歩3分の場所だったので、ちょっと行ってみようかという気になりました。

公演はとてもよかったです。同じ素人の演じる歌舞伎ですが、やはり伝統のあるところは違うなと思いました。いただいたパンフレットによると、秩父地方の歌舞伎は江戸時代からの歴史があるそうです。明治になると小鹿野町や長瀞町にセミプロの一座が現れ、それが周辺の神社の氏子などを指導して回ったので、各地で素人芝居が行われるようになりました。秩父歌舞伎正和会は戦後間もなく発足し、途絶えてしまったそれらの地芝居の復活に貢献してきたそうです。中でも有名な「秩父夜祭」の際に曳山屋台の上で行われる「屋台芝居」は、祭を華やかに彩っているということです。

年に1度の定期公演の舞台は3幕構成でした。最初は仮名手本忠臣蔵「進物の場」から「松間刃傷の場」まで。最初出てくる中間と鷺坂伴内の「エヘン、バッサリ」のとぼけた場面は、くそ真面目に演じているのがかえって面白く、田舎芝居の雰囲気も持ちながら慣れた演技でした。師直の駕籠が、大名のはずなのにかなりみすぼらしかったのがご愛敬‥‥かな。。Simgp8434

「松の廊下」のほうは、顔世の手紙を判官が持ってくるのが??でしたが、師直にねちねちといじめられ、我慢に我慢を重ねた末の最後の刃傷の場面は迫力があり、見ごたえがありました。私たちの会も「松の廊下」を上演したことがあったので、大変興味深く見ました。

二幕目は地元小学校の「歌舞伎クラブ」の5年生、6年生の部員による「曽我の対面」でした。小学校に歌舞伎クラブがあるなんてすごい!これが何と役者は全員女の子なのです。やはりどこでも女の子のほうが元気ですね。それとも男の子は野球だのサッカーだのにとられちゃうのかな。男の子は4人だけで、みんな裏方に回っていました。Simgp8443

さすがに子供なので、演技というよりは型をちゃんと覚えているというだけですが、発声が皆しっかりと訓練されているので、どの子も台詞がよく聞こえて上手でした。声がよく通るのである程度棒読みでも芝居としての内容は伝わります。本来古典歌舞伎は個々の役者の演技力というよりは、決められた所作や型をこなすことで役の心情が伝わるようにできているのですよね。子供たちが基本をきちんと押さえているので、それなりにきちんとしたものになっていてよかったです。どこも後継者難の中、これだけやれる子供たちがいるというのはうらやましいと思いました。Simgp8456

三幕目は「義経千本桜」伏見稲荷鳥居前の場。これは私たち秋川歌舞伎でも重要なレパートリーになっているものです。元は同じものだと思うけれど、伝わった時代が違うのでしょうね。それか、地方で独自に発展してきたものなのか、台詞も義太夫も少しずつ違うところがあって面白かったです。多分うちの版のほうが遅くに(栗沢師匠が戦前、都内の役者さんに教わったものだと思うので)伝わっているので、現在の大歌舞伎に近いのだと思います。こちらのほうが伝わった時代は古いと思われるのに、農村歌舞伎らしくわかりやすい台詞になっているようでした。

鳥居前といえば、早見藤太と家来とのやり取り。うちはこの「チャリ場」を御当地アドリブも入れてだらだらと長くやるのですが、ここはオーソドックスにさらっとやっていましたね。もうちょっととぼけてくれると面白かったんですが。この家来たちと忠信の立ち回りがあって華やかでした。うちは、この花四天が年寄ばっかりで無理だわ‥ 一度子供がやったときに立ち回りを入れたことはありますけどね。その子供もなかなか人数がそろわないのが悩みの種です。

皆さん上手でしたが特に、忠信を演じた方が一番役者らしく格段にかっこよかったです。衣装は自分たちのところでつくっているのでしょうか?忠信の仁王襷も大刀もないのですが、それでも貫禄があり、狐六法もばっちり決まって迫力がありました。

舞台セットも手作りのようですね。鳥居も大きくて立派。遠見も色鮮やかでした。多分スタッフの人数がうちの会の2倍、いや3倍くらいいるのでしょうね。会自体にとても活気の感じられるよい舞台でした。秋川歌舞伎保存会で行ったのは私も含めて4人でしたが、もっとみんな他の会の舞台も見ればいいのにといつも思います。予定ではこの次は4月29日に、秩父市影森の諏訪神社境内で上演するということです。これは野外の舞台のようですね。また機会があればぜひ見てみたいと思いました。Simgp8461

久しぶりの秩父は、雨上がりの澄んだ空気の中にほんのり山の匂いがしました。石灰岩の露天掘りが進んで、まるでピラミッドのようになってしまった武甲山は痛々しいけれど、市内のどこにいても見えるこの山は秩父のシンボルで、地元の人同士のあいさつに「きょうは山がよく見えるねえ」というのがあると、前に聞いたことがあります。こんな山が迫った風景もどこか懐かしい気がしました。

秩父に来たら駅前で「くるみそば」を食べるのがいつものパターン。すりつぶしたくるみが入ったたれでいただくおそばもまた懐かしの味でした。

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2009年11月10日 (火)

ことしの「民家園」公演

S2009_1103_141017ts3i0010 記事の順番が前後してしまいましたが、去る11月3日に川崎市の日本民家園「船越の舞台」にて、秋川歌舞伎保存会の公演がありました。ことしは子供歌舞伎による「絵本太功記二段目本能寺の場」を上演しました。

私は今回は裏方だったので気が楽でした。ただ、何と言っても子供歌舞伎ですから、それこそ学芸会レベルにも達しているかな?という‥‥この民家園のお客様は、普段歌舞伎を見ている方もたくさんいらっしゃるので、それだけが心配でした。ところが、帰りのバスの中で回収したアンケートをざっと見せてもらったら、意外に評判がよかったのでまずはホッとしました。

やはり多少下手でも、子供が重いかつらや衣装を付けて、きちんと一人前の化粧をして、一生懸命演じている、そのことだけで人を感動させる何かがあるのでしょうね。また義太夫狂言だと、セリフは棒読みでも、所作がある程度できればあとは義太夫さんが語ってくれるので、その点でもよかったのだと思いました。

「本能寺の場」というのは、言わずと知れた本能寺の変を描いたものです。天下を掌握した小田春長(織田信長)が、京都の本能寺で側室の阿能の局、側近森蘭丸とともに酒宴を催しているところから始まります。夜も更けて一同奥に下がりますが、残って宿直(とのい)をする蘭丸のもとに腰元のしのぶがやってきて蘭丸を口説きます。

この場面、小学校5年生の蘭丸と、4年生のしのぶ(男の子が演じてます)ではどうなることかと思っていたら、意外にもこれがお客様にすごく受けていました。恥ずかしげな所作にもかかわらず、大胆なしのぶの行動に、時折会場から笑いが出ていました。歌舞伎の所作というのはよくできたもので、特に本人に「演じる」という思い入れがなくても、義太夫の語りにぴったり合っていればそれなりに伝わるものなんですね。

しのぶと蘭丸が奥へ引っ込むと、外の様子に気づいた春長(中1)が起きてきて、急ぎ物見をしろと命じると、阿能の局(中2)は早速薙刀をとって戦場に出ていきます。森蘭丸も、戦況を伝えに戻ってきた弟の森力丸(小3、蘭丸役の子と本当の兄弟です)とともに走り去ります。

その後、負傷して戻ってきた阿能の局に春長は小田の御旗を預け、守り役の僧儀坊(7歳女子)、子の三法師丸(人形)とともに落ちのびるように促しますが、阿能の局は「君のご最期よそに見て何とこの場が」とただ泣くばかり。そこへ蘭丸が討取った敵の首をかかえて戻ってきて戦況を伝えます。春長がいよいよ討ち死にの覚悟を決め、女子供が落ちて行こうとするとき、局のお伴のしのぶに蘭丸が声をかけるのです。

S2009_1103_141758ts3i0011 「しのぶ殿にはお伴はかなわぬ」「すりゃまたどうして」「そちにお咎めなけれども、そちの兄斎藤内蔵助は光秀一味の反逆」‥‥‥。
しのぶは何も言わずに懐剣を取り出しその場で自害します。
「兄斎藤内蔵助と一味でないとの身の潔白、女ながらもあっぱれ‥‥心残さず成仏いたせ」
義太夫にのって蘭丸が恋人しのぶの介錯をするせつない場面。ここは小学生には難しい演じどころですが、何と、うまい下手じゃないんですね~。お客さんにもちゃんと伝わったようで、こちらも見ていてウルウルきちゃいました。

最後、残った蘭丸と光秀の家臣安田作兵衛(小3)の一騎討ちは、最初に軍兵(5歳)がかかっていってでんぐり返しを披露して拍手喝采。槍と刀の立ち回りの後、見得を決めて幕。まあまあよくできてほっとしました。

S2009_1103_125153ts3i0008 去年までは花道と舞台前にマイクを立てましたが、今回は子供だということでそれぞれピンマイクを付けました。ところが、このピンマイクがやはり曲者で、音が入ったり入らなかったり。おまけに衣装のガサガサいう音まで拾ってしまうものもあって、やっぱり駄目でした。お客さんからのアンケートにも、マイクが残念だったという感想がたくさんありました。ピンマイクって本当に難しいです。

S2009_1103_125302ts3i0009 これで今年の公演はすべて終了しましたが、まだ今月は地元の小学校のワークショップと、保育園でのワークショップが残っています。小学校では総合学習の時間を利用して、希望者に実際に化粧をしたり衣装を着せたり、またツケや下座などの体験、簡単な演技などを体験させるものです。保育園には今回の子供たちが訪問し、実際に子供歌舞伎を上演することになっています。それで今年は終わって、来年からはいよいよ新しい演目(寺子屋)に挑戦する予定です。

毎年せっかく民家園に行っても、舞台があるのでゆっくり中を見て回ることもできませんが、ことしは少し時間に余裕がありました。でも‥‥あいにくカメラの電池切れ。それで、今回は携帯で撮った写真ですが。こうやって見るともうすっかり秋なんですね~。

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2009年10月30日 (金)

キララホール公演無事終了

2009_1025_151500imgp8097 秋川歌舞伎あきる野座のメイン、地元キララホールでの公演が25日(日)、無事終わりました。

ことしは数年ぶりの子供歌舞伎で「絵本太功記二段目本能寺の場」と、若手座員中心の「絵本太功記十段目尼崎閑居の場」を上演しました。

私は、最初の二段目のときはまだ着付けのお手伝いをしていたので見れなかったけれど、十段目のほうはひさしぶりに客席で見ることができました。ことしは役者もぐっと若返ったせいか、とてもフレッシュな舞台でした。2009_1025_160819imgp8104

一昨年も取り組んだ十段目ですが、前回は時間もない中かなり大変な思いをしました。十段目も、しばらく前座長が大幅に改訂したものを上演していましたが、座長が交代したのを機に、発足当初栗沢師匠に指導されたままのものをもう一度再現しようと、いろいろ昔のビデオなどを見て研究し、ようやく上演までこぎつけたのです。

ことしはもう台本もありますし、型もわかっていますから、その点では楽でした。2009_1025_163006imgp8109

ことしは、以前子供歌舞伎をやっていた子たちが何人か戻ってきてくれて、主要な役を演じてくれました。大人になっても子供の時に覚えたことは忘れてないんですね。また、子供のころはわからなかったけれど、今ならわかるという役の解釈も加わって、見ごたえのある演技になりました。こういう、他にはない珍しい経験は、やはり大人になっても残っていくんですね。

道具は幾つかリニューアルしています。まず、庭先の夕顔棚が加わりました。(一枚目の写真)だけど、これいくら何でもなりすぎじゃない?上演中にヘチマが1個、2個と落ちてきて、私はひやひやしてしまいました。1個落ちる分にはクスクスぐらいで済むけれど、棚ごとおちたらそれこそ大笑いというところでした2009_1025_163351imgp8110

あと、左の写真で、中央の鴨居の部分がちょっと不自然ですけど、これは背の高い役者さんが演じると、この部分でせっかくの刀が隠れてしまっていたので、改良?したそうです。

ほかには、光秀が松の木によじ登って「寄せたりな、寄せたりな」と言う、その松の木がちょっとちゃちだったのですが、ことしはかなり大きいものを作成しました。松の木に登るんじゃなくて、根元がお立ち台のようになっていて、そこに立ってセリフを言う光秀はちょっと変わってましたね2009_1025_122736imgp8093

今回はまた、子供歌舞伎ということで、子供を中心にテレビの取材が入りました。10分程度のニュース番組と聞いていますが、その10分をつくるのに、普段の練習からリハーサル、本番の舞台、楽屋まで密着して、実に長々とカメラを回しているんですね。取材の方々もお疲れ様でした。どんなものができるか楽しみです。

その子供歌舞伎のほうは本番、見れませんでしたが、どうだったんでしょう。心配していたような大きな失敗はなかったみたいで一安心。リハーサルは見ていましたが、やはり今の子供たちは、ちゃんとせりふや所作は覚えるけれど、どことなく覇気がない。せっかくの機会なのだから、もう少し意欲が見えてもいいのになと思ったりしました。ちょっと心配だったけれど、本番ではよくできたかな?

子供歌舞伎はあと、11月3日の川崎市日本民家園での公演もあります。ギリギリの人数でやっているので、一人欠けても上演できなくなってしまいます。ことしはインフルエンザが心配ですよね。あと1週間、どうか頑張ってほしいです。

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2009年9月12日 (土)

ほっとひといき。

二宮神社のしょうがまつりの公演が無事終了しました。090909_171201

毎年このお祭りに行っているのに、歌舞伎に関わっているため、時間がなくてめったにショウガを買うことができないのですが、今年は少し早く行ってちゃんと買いました。何年か前に買ったときはすごく立派なもので、生で味噌をつけて食べるには大きすぎる感じでしたが、今年買ったのはちょっと小ぶりでした。でも、辛い!いくつか生で味わって、あとは刻んで佃煮にすることにします。甘酢に漬けてもいいけど、私は佃煮の方がご飯がすすむのです

この縁起物のショウガを食べると一冬風邪をひかないとか。新型インフルには効くかな?屋台でショウガを売っていたお兄ちゃんについそう言いかけたけど、ちょっとコワモテ風のお方で、冗談が通じなかったら恐ろしいのでやめました。

私ったら、せっかくの屋台の写真を撮っていませんでしたね。ショウガがいっぱい積まれた夜店というのも珍しいので、ご紹介すればよかったのですが。かわりにショウガの写真でお茶を濁しますけど、ごめんなさい090909_223401

今回は私も歌舞伎に出演させてもらったので、実は舞台の写真もありません。見ていたスタッフもいたのに、誰も撮ってくれなかったみたい。まあそれも毎年のことですね。

今年は「義経千本桜」の「鳥居前の場」で、地元の小学校の先生が、初舞台にもかかわらず「狐忠信」を熱演して一躍人気者?になりました。保存会では、市の伝統芸能体験モデル校となった学校を、昨年、一昨年と訪問してワークショップなどを行っているのですが、そこの学校の先生が究極の?挑戦をしてくれたわけです。忙しい中、難しい役を短期間で頑張って練習して、本番ではかなりノリノリで演じていましたね~。会場にはその学校の生徒さんや保護者の方がたくさん詰めかけ、最後の狐六法では盛んに黄色い声援が飛んでいました。

おかげでとても盛り上がったのですが、お芝居の出来としては、70点?というところだったかな。このお祭りの舞台は野外で、かなりザワザワしているので、このときだけはさすがに一人一人ピンマイクをつけないとダメなのです。でも、これが毎年課題で、狭い舞台にたくさんマイクを付けた人がいるので、ハウリングを起こしたり、裏で台本を見ながらスイッチをON,OFFしているのですが、それがうまくいかずに舞台裏に引っ込んでからの声が入ってしまったり‥‥‥と毎年何かしらトラブルがあるのです。

今回は重要な役の人(藤太)が、何と全然音が入っていなくて、途中黒子が出てきて機械を取り換えるというハプニングがありました。お芝居は上手くできたのに残念~。ピンマイクも、1年に1回しか使わないので、市の備品を借りているのですが、それが電池切れだったみたい扱うほうも素人だし、年に1度じゃなかなか上達しないんですよね~。

というわけで、いろいろあったけれど、盛況のうちに終わることができました。これでことしの私の出演は終わりで、あとの10月と11月の公演は着付けや化粧などの裏方に回ります。出番が終わっSimgてほっとしたけれど、裏方は裏方でまたとても大変なんですよ。

特に今年は「伝統文化子ども教室事業」に参加しているため、久々の「子供歌舞伎」をやるので、それがけっこう大変です。大人は大体自分で化粧をしますが、子供はスタッフが顔を描かなくてはいけないし、着付けだけでなくもろもろのお世話が必要です。

うちの子供たちも小学生の頃からこの保存会に入っていましたが、なぜか子供だけの「子供歌舞伎」には出たことがありません。「子供歌舞伎」でなら、小さい時から大役を任されるチャンスがあったのかもしれませんが、ちょうどうちの子の入った頃は人数がそろわなくて「子供歌舞伎」ができなくなっていた時期でした。でも、軍兵や花四天の役ばかりでも、稽古に通ううちにいつの間にか他の人のセリフもちゃんと頭に入っていたんですね。だから今、急に大きな役をふられても慌てることなくできるのだと思います。

一方、今回の「子供歌舞伎教室」で初めて参加した子どもたちは、それは大変な思いで大役を務めることになるでしょう。いくら教えてもらっているとはいえ、今まで見たこともないものを演じるというのは大変なことだと思います。毎年見に来られている方もいらっしゃるでしょうが、どうぞ今年は暖かい目で見守ってやってくださいませ。

10月25日のキララホール公演のチラシができました。(クリックすると大きくなります)出しものは子供だけの「絵本太功記二段目 本能寺の場」と、大人中心の「絵本太功記十段目 尼崎閑居の場」です。二段目は「子供歌舞伎教室」の発表会のような感じですが、十段目のほうは、保存会の発足当時に子供歌舞伎をやっていて進学や就職などでしばらく遠ざかっていた人たちが今ぽつぽつと戻ってきつつあり、そういう青年座員を中心に、ことしはフレッシュな舞台が展開しそうです。

うちは上の子が受験生でことしは不参加。下の子も子供歌舞伎ではなくて大人のほうに出演します。11月の民家園公演は「子供歌舞伎」を上演するので、ことしは1回の公演でおしまい。新型インフルなどもあるので、ほんとはまだまだ気が抜けないんですけどね。とりあえず一つ大きなイベントが終わってほっとしました。

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2009年8月31日 (月)

しょうがまつりとこれからの予定

またこの季節がやってきました。家族ぐるみでかかわっている農村歌舞伎保存会の活動が忙しくなる時期です。毎年1月から練習を始めて、9月9日の二宮神社のしょうがまつり、10月のキララホール、そして11月の川崎民家園の公演と続くのはここ数年同じです。ことしは息子が受験生なので参加できませんが、娘は初女形(?)にチャレンジなので、毎週休まずに練習に行っています。Simg

この時期になるとぽつぽつと「しょうがまつり」とか「秋川歌舞伎」とかのキーワードで検索があります。相変わらず他に記事を書いている人がいないのか、このブログの過去の記事を読んでくださる人がいるんですね。

「しょうがまつり」については毎年書いているとおりです。境内に縁起物のショウガを売る屋台がひしめき合う、全国的にも私はあまり知らない、珍しいお祭りなのかな?今年は記事を書く代わりに、チラシをもらったので載せました。クリックすると拡大して文字も読めると思います。10年近くこのお祭りに関わっているのに、こんなチラシをいただいたのは初めてのことです

奉納歌舞伎のことは上の右下に載っています。上演は9日の本祭りのほうです。時間が午後7時30分となっているのは、祭の進行具合によるものです。神輿が下の道から急な階段を上がってきてからがスタートとなります。Simg_2

埼玉の私の実家のある町にもけっこう賑やかなお祭りがありますが、それは各町内の山車が街中を練り歩く、結構広い範囲のお祭りです。それが、このお祭りは神社の境内とその石段下の道路、道の反対側の公園だけという狭く限られた場所だけ。そこにショウガの束をうず高く積み上げた屋台や、ほかの食べ物などの露店がところ狭しと立ち並ぶさまはちょっと壮観です。

そして、特設の舞台では、歌舞伎のほかにも夕方から地元の人々のカラオケ、御神楽、舞踊などの催しを行っていて、近隣の人々が集まって来る、いかにも田舎なところがまた風情あっていいお祭りです。駅から近いというのもいいですよ。

歌舞伎は、今年は「義経千本桜鳥居前の場」です。昨年も取り組んでいた演目ですが、ことしはまた役者が変わっています。ことしは狐忠信の役に、地元の小学校の先生が挑戦してくれました。

毎年11月、公演が終わってひと段落という時期に、会では地域貢献として地元の小学校で歌舞伎のデモンストレーションを行っています。あきる野市の伝統芸能体験モデル校になっている学校を訪問して、「総合学習」の時間を使って、化粧、衣装、下座などのワークショップをしているのですが、昨年、一昨年と訪問した学校の、20代の若い男性の先生が、ことしは「しょうがまつり公演」に参加してくれることになりました。

その先生は、もちろん歌舞伎を演じるのは初めてです。最初は長いセリフや難しいこなし、見得などを覚えるのがとても大変そうでしたが、さすがは学校の先生。この2か月ほどで見違えるほどよくなりました。身長が184センチあるそうで、とっても迫力ある忠信になりそうです。当日は会場に教え子がつめかけるのかな?そうしたらその中には先生の雄姿を見て、子ども歌舞伎に入ってくれる子も出てくるかな?と期待しているのですが、子どもたちにはまだ何も言ってないそうです先生!しっかりしてくださいよ!

この間のリハーサルでは、初めて化粧して衣装も着て奮闘していました。いつも学芸会などの指導で、子どもたちには演技を大きくとか、声を大きくとか指導しているのに、実際に自分がやる立場になったら大変なんですね、なんて言っていました。多分、本番も頑張ってくれると思います。

そんなわけで9月9日(水)は上述の二宮神社のしょうがまつり

次は10月25日(日)、五日市線秋川駅下車徒歩2分の「キララホール」での公演。
演目は「絵本太功記 二段目 本能寺の場」(子ども歌舞伎)と「絵本太功記 十段目 尼崎閑居の場」です。

最後は11月3日(日)川崎市日本民家園、船越の舞台での公演。民家園は小田急線向ヶ丘遊園駅下車徒歩15分ほど(入口まで)です。船越の舞台までは園内に入ってからさらに徒歩20分ぐらいかかるかな?距離はそんなにないのかもしれませんが、道が狭くて、各民家を縫うようについていて、おまけに上り坂なのでそんなに早く歩けないからです。それでものんびりいろんな民家を見学がてら歩けば、なかなか楽しいですよ。
演目は「絵本太功記二段目」(子ども歌舞伎)です。

演目は今まで取り組んできたものばかりですが、これは来年初挑戦の「寺子屋」を控えているため、ことしは今までの総まとめになりました。「寺子屋」はかなり以前に取り組もうとしていたところ、酒鬼薔薇事件などが起こり、子供の首を差し出すなどという演目を上演するのはいかがなものかというようなことで中止になったと聞きました。そのときはキャスティングまで決まっており、当時まだ子どもだった座員も既に社会人。でも、あえてできる限りそのとき決まったままのキャストで、長年のリベンジをするという、言ってみれば「夢」ですね。この機会に、離れていった青年座員を呼び戻したい。そういう「夢」でもあります。すでに当時つくりかけた衣装や道具に加え、新しい衣装の制作も進んでいます。

あと、「太功記二段目」のほうは、久々の「子供歌舞伎」になります。ことし、会では東京都の伝統文化子ども教室というのに手をあげました。子どもを集めて、と言ってもこれがなかなか所定の人数集まらなくて大変だったのですが、何とか集まり助成金がいただけることになったそうです。その成果の発表としての公演になります。

もともと「あきる野座」にいて、すでに何回も舞台を踏んだ子もいますが、子どもだけということで今までにない大役がついていますし、この教室から初めて参加した子たちはまだどんな舞台になるのか想像もつかないでしょう。そういうわけで、まあへたくそでも、ぜひ暖かい目で見守っていただけたらと思っています。

まずは来週に控えたしょうがまつり公演ですね。境内につくられた野外の舞台ですからお天気だけが毎年心配なのだけれど、ここのところ2年続けて恵まれました。今年もまた無事できますように。

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2009年3月22日 (日)

市民歌舞伎

もう先週のことになってしまいましたが、15日に、調布の市民歌舞伎の定期公演を見てきました。時間がたってしまいましたが、順番に書かないと頭がごちゃごちゃになってしまうので‥‥思い出せる範囲で

私は農村歌舞伎の保存会に入っていますが、全国にたくさんある農村歌舞伎も東京都には一つしかありません。そのかわり地芝居というのとは別に、歌舞伎の上演をする会は、子ども歌舞伎も含めていくつかあるようです。調布市民歌舞伎もその一つで、農村歌舞伎の伝統はありませんが、プロの役者さんから本格的な歌舞伎を習っているグループです。

平成8年から5年間続いた市民カレッジの「歌舞伎教室」受講生が、講座終了後も活動を続けたいと立ち上げた市民歌舞伎。市民カレッジ時代が5年、その後の市民歌舞伎の活動が8年で、合計13年の歴史があるということです。

発足当初からの人もかなりいるようで、公演の最後に、指導をされている二代目中村芝喜松さんのお話にあった「当初から比べると見違えるほどうまくなりましたね~」という言葉がすべてを語っていました。歌舞伎は好きだけれど全くの素人という人たちを、一から指導してきて13年。そんな重みを感じる言葉でした。

農村歌舞伎と違って、大歌舞伎を手本とした趣味の会なので、お稽古ごとの発表会のような雰囲気もありますが、みなさんとても真摯に取り組まれていて、奥女中や腰元の一人一人に至るまで、声の出し方から身のこなしまできちんとしていて、レベルは高かったです。指導に当たっては「芸」の性根の部分を特に強く指導しているとおっしゃっていたとおり、皆さんの真剣な様子が舞台に現れていました。

≪加賀見山旧錦絵 営中試合(竹刀打)の場≫
大名家のお姫様の御殿が舞台。ここでは源頼朝の息女大姫ということになっているのですが、許婚者の義高が非業の最期を遂げたことで、姫は出家したいと申し出ているという設定になっています。

実は、私はこの演目、見たことがなかったのですが、主からの信頼厚い中老尾上を、お家乗っ取りをたくらむ一味の局岩藤がいじめ抜き、尾上は屈辱に耐えかねて自害。その仇を召使のお初が討つという、「女忠臣蔵」とも言われるお話だそうです。これはその一部分。

出家を許された大姫から、大事な仏像を寺に奉納する役を尾上が仰せつかったのが気に入らない岩藤は、尾上に言いがかりをつけます。さらに町人出身の尾上に武術の心得がないとみた岩藤は、竹刀での試合を持ちかけて困らせます。そこへ召使のお初が名乗り出て、代わりに試合に挑み、岩藤はじめ奥女中たちをことごとく打ちすえてしまう、何とも胸のすく展開でした。この場面は御殿の緊張感もありますが、ユーモラスな部分もあわせもって、華やかな場面になっているところです。

最初に尾上付きの腰元たちが姫に桃の花を献上するところから、3月にふさわしいお芝居であるとの説明がありました。女性が多いこのグループにあって、岩藤役は男性が演じていました。大歌舞伎でも「加役」といって、立役の役者が演じることが多いそうです。憎々しくてもどこか抜けた感じがあって、いい味を出していました。お初はちょっとおっとりした垢ぬけない召使という感じでした。もう少しきびきびした利発な感じがほしかったかな~?でも、立ち回りのシーンなどはとてもお上手でした。尾上付きの腰元は若手を、対する岩藤付きの奥女中は年配の方をそろえ、中には男性もいたのでしょうか、いかにも意地悪そうな演技が面白かったです。

≪白波五人男 稲瀬川勢揃いの場≫
調布市民歌舞伎では、週に1回の練習ながら、毎年新演目に挑戦しているそうです。今回の新演目は1幕目の「加賀見山」でした。一方で、この「白波五人男」は毎年上演していて、もう誰がどの役になっても上演できるほどになっているそうです。
それでも、やはりそれなりにその役に合った方が演じられていました。こちらはとても慣れているという感じでした。

どの演目も衣装は松竹から借り、大道具は歌舞伎座の道具方を動員し、カツラや小道具もプロ仕様ということで、とても豪華で本格的な舞台でした。お金もかかるんだろうな~と思いましたが、プログラムに書いてある「会員募集」の欄には、個人負担は月1万円、公演費は2万5千円ぐらいだそうです。ほかには助成金、賛助会費、入場料、広告収入などで公演を賄っているそうです。

≪お祭り≫
舞踊ものですが、こういう演目にも取り組んでいるんですね。(すみません、寝てしまいました)多少お金はかかりますが、日舞を習うとなるとこの何倍もお金がかかりますから、こんなふうに演技も舞踊も習えて、本格的な舞台を経験できるのはとてもお得な気がします。この演目で初舞台を踏んだという小学2年生の子がかわいかったです。

今まで取り組んだ演目を見ても、地芝居でもよくあるものから珍しいものまで実に多彩で、興味深い活動だと思いました。プロの指導者と接することで、作品や役に対する理解も深まり、鑑賞する立場になっても役に立つでしょうし。何より師匠と弟子という師弟関係の緊張感と、まじめに取り組んでいる皆さんの姿勢が舞台に現れ、農村歌舞伎とはまたテイストの違った、きちんとした立派な舞台を楽しむことができました。

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2009年3月12日 (木)

神奈川の農村歌舞伎

この間の日曜日(8日)は久々に横浜まで行き、「かながわ伝統芸能祭 地芝居2009」というのを見てきました。神奈川県には農村歌舞伎が5団体もあり、それぞれの公演活動を行うほかに、毎年交代でこの催しに参加しているそうです。Simg

昨年は相模原市の藤野歌舞伎、横浜市泉区のいずみ歌舞伎がそれぞれ出場。そしてことしは座間市の入谷歌舞伎、綾瀬市の目久尻歌舞伎、海老名市の大谷歌舞伎が出場しました。毎年とても人気がある公演で、入場は無料ですが、往復ハガキを出して当たらないと見られないそうです。今回はたまたま、私が関わっている秋川歌舞伎保存会の方がお手伝いをしている関係で、席を用意していただき、見ることができました

実は2003年に、かながわドームシアターで行われた「相模・武蔵の農村歌舞伎」という公演に、わが秋川歌舞伎も出演したことがあります。そのときに埼玉県の秩父歌舞伎とともに、入谷歌舞伎と目久尻歌舞伎も出ていて、うちがトップバッターだったこともあり、終わってから秩父歌舞伎と入谷歌舞伎の舞台を見たのです。歌舞伎保存会などに入って活動していても、なかなか他の団体の演技を見る機会はないもので、本当に今回はその時以来の他団体の鑑賞だったわけです。

素人の演じる歌舞伎ですが、プロの先生に習っている(?らしい)ようで、うちよりやっぱりお上手だし、それなりに見ごたえがありました。その団体ごとにそれぞれ思い入れがあり、それがそのまま芝居に現れているのが面白かったです。多分うちの団体もはたから見たら変なところや変わったところがいっぱいあるんだろうなあ~。

最初の入谷歌舞伎は、菅原伝授手習鑑の「寺子屋」でした。ここは立役は男性、女形は女性が演じています。女性の役者さんはみな日舞の素養があるようで、こなしがきれいで感心しました。これは男性もですが、セリフがきちんとしていて声も聞きやすかったです。最後の、再び松王丸夫婦が来てからはやはり泣けました。農村歌舞伎としては洗練されていてよかったです。

ただ、次世代育成に取り組んでいるという割には子役がいまいち。何か子どもはみんなどこからか連れてこられて、昨日セリフを覚えたばかり~みたいな感じなのです。なぜか全員女の子。今どきの男の子は野球やサッカーにいってしまうから仕方ないかもしれないけれど。少なくても管秀才役の子と、小太郎役の子にはもう少しきちんと演技指導をしてもいいと思うのに。声もよく出ていなかったのが残念です。大人の役者さんは皆うまいけど、子供に教える気がないというか、大人が楽しんでいるだけという感じもしないでもありませんでした。

男性は男役、女性は女役、子供は子役、よく考えるとあたりまえですね。それに比べるとわが秋川歌舞伎は、大人も子供も入り乱れているし、女性が男役をやることも多いし、実に変わった変な歌舞伎なんでしょうね~ 

目久尻歌舞伎は、狂言芝居の「棒しばり」でした。出演者3名、後見2名。結構難しい演目ですが、しっかり演じていました。普通はもう少し狂言風のイントネーションというか、独特の言い回しがあってわかりにくいことがあるのですが、こちらは普通の歌舞伎風(?現代風)のセリフでわかりやすかったと思います。それと、やっぱり皆さん、きちんと舞踊を習っているのでしょうね‥‥。

大谷歌舞伎は仮名手本忠臣蔵から「祇園一力茶屋の場」でした。結構席が遠かったのですが、あいにくオペラグラスを忘れてしまいました。なのでよくわからないのですが、こちらの役者さんはかなり高齢の方ばかりだったのでしょうか?この演目は床下を使うので、二重が普通より高くなっています。それで階段が5段ぐらいあるのですが、由良之助はそこを一段ずつ降りていましたそして、2階からおかるがはしごで降りてくるときはハラハラしてしまいました~!立ち居振る舞いもよっこらしょという感じで‥‥でも、そこがいかにも農村歌舞伎?という感じでよかったです。

ここは大人だけで子どもはいませんでした。(演目が演目なので、子供は出てこないだけなのかもしれませんが。)大人だけの趣味の会というのもいいかもしれないけれど、それも何か物足りないような気もします。後継者という面はどういうふうに考えているのでしょうね。

こういう活動をやっていて一番考えるのはそのことです。でもこうやって他団体を見ていると、うちはその中でも多分平均年齢では一番若いし、歌舞伎が大好きというやる気のある子どもがたくさんではないけれどいます。今まで子供歌舞伎から始めた子たちが社会人になって、またぽつぽつと戻ってきつつあるし、こうやってみると後継者もちゃんと育てているんだなと、改めて頼もしく思いました。

それと、今回の舞台はセットも衣装もとてもきれいでした。でもプログラムを見ると、衣装やかつら、裏方など、ほかの団体(プロ?)からの応援が少なからずあるようです。その点、予算がなくてちゃちではありますが、衣装もかつらも、そして舞台セットも全部手作りをしている秋川歌舞伎はやっぱりそれなりにすごい集団なのかなと、ほかの歌舞伎グループを見て、初めて自分のところのよさがわかったような気がしました。もちろん、演技などは比べてしまうと未熟なところがありますが、それはこれから‥‥ということで

あきる野座では、来年を目標に「寺子屋」を上演しようと、今少しずつ衣装や背景を制作しています。なので、ことしの演目は今までのレパートリーの繰り返しですが、できるだけ今まで演じたことのない人に役をつけようと、昨年度やった「絵本太功記二段目」を子供歌舞伎(ほんとに子供だけ!)で上演する予定です。子どもたちがどこまでできるか未知数ですが、それなりに面白い試みだと思っています。

「寺子屋」は以前、上演しようとして、衣装も道具も途中までつくりかけたものがあるそうです。私が入る前のことなのでいきさつはよくわかりませんが、たぶん師匠の栗沢氏が亡くなられてしまったからかな‥?今度、以前上演をやめてしまった理由を誰かに聞いてみたいです。

ほんとはこういう子どもを身代りに(それも他人の子を勝手に!)犠牲にするなんていう話は好きじゃないのだけれど、各地の農村歌舞伎で人気の演目という「寺子屋」は、それなりに農村歌舞伎に向いていて、「太功記十段目」同様、素人ながら観客を泣かせることができる演目なんですよね~。今回入谷歌舞伎さんの舞台を見て、うちも来年の上演を目指して頑張りたいと思いました。Simg_0001

実はまた次の日曜日(3月15日)に、今度は東京都調布市の市民歌舞伎の公演を見に行く予定です。こちらは農村歌舞伎ではなくて、歌舞伎の市民講座というのがあって、その修了生たちで構成している団体だそうです。そういう意味では「保存会」ではなくて、純粋な趣味の団体ですね。市民歌舞伎といっていますが、実際は調布市民でなくてもだれでも参加できて、プロの指導のもとで舞台経験ができるそうです。私はあきる野座の人が加わっている関係で見に行くのですが、まだチケットはあるようなので、よろしかったら問い合わせてみてください。(こちら)演目は「加賀見山旧錦絵の営中試合の場」「白波五人男稲瀬川勢揃いの場」「お祭り」です。

農村歌舞伎の保存会というと、地域とのつながりが強いように思いますが、そんなことはありません。うちもそうだし、今回の神奈川の団体もみな、新会員を募集していました。別に地元の人でなくても全然いいようです。私もあきる野市民ではありませんし。ただあまり遠いと練習に通うのも大変なのでほどほどの所がいいですけどね。私が歌舞伎保存会に入っているという話をすると、たいていの人がそういうものが身近にあっていいねといいますが、意外に、知られていないだけでこういう団体はたくさんあるし、誰にでも門戸を開いているものだと思います。

調布の市民歌舞伎のように、農村歌舞伎の伝統はなく、大歌舞伎をお手本にしている趣味の団体も、ほかにも結構あるように思います。ただ、やはり広くPRしていないので、実際に見る機会が少ないのは残念ですけどね。

今回は他団体の活動を通して、自分の加わっている団体のよさを再確認することができた、本当にいい機会になりました。もちろんお芝居も楽しかったです。

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2009年2月10日 (火)

東京都民俗芸能大会

2009_0210_093452imgp6779 日曜日に、地元多摩で「多摩のちびっ子大集合」という???なサブタイトルの付いた「東京都民俗芸能大会」があり、私の関わっている秋川歌舞伎保存会あきる野座も参加しました。

東京都の民俗芸能大会に招かれたのは2001年に東京芸術劇場で、八王子の車人形と一緒の公演をやって以来でした。あのときはかなりの盛況だったのですが、今回は会場が田舎なせいか、あるいはこのちょっとずれたサブタイトルのせいか、はたまた宣伝不足か、せっかくの東京都の「都民芸術フェスティバル」事業の一環なのに、お客さんが少なくてちょっと残念でした。

東京都指定の無形民俗文化財は、和太鼓、獅子舞、お囃子、盆踊り、木遣、神楽、民謡、手踊りなど、さまざまな団体がありますが、農村歌舞伎は「あきる野座」だけです。「ちびっ子大集合」なんていうけれど、農村歌舞伎の場合、参加する子どもは年々少なくなって、全く貴重な存在なのです。今の子は塾だの習い事だのに小さい頃から忙しく、また、それをサポートするお母さんたちも共働きだったり、子どもが小さいうちからパートに出たりして忙しくなっているので、なかなか新しく入ってくれる人は少ないのが現状です。だから、後継者不足は深刻です。

それで、他の団体はどうかな?と思ったのですが、二日に分けた公演の一日目に出た6団体はわかりませんが、今回一緒になった獅子舞の団体は、もううらやましくなるくらい子どもがいっぱいいました。多分神社の氏子が中心になってその地域の子どもたちを(半強制的に?)集めているのでしょうね。東京都でも古くからの地域はそういうものが残っているのでしょう。一方、農村歌舞伎のほうは一度廃れてしまってからの有志による復活なので、好きな人の集まりだから楽しいけれど、土地に根付いているわけではないので人集めは難しいかもしれません。

私が子どものころも地域の神社に獅子舞がありました。それには父も祖父も囃子連として参加していましたが、「神事」なので入れるのは男の子だけ。私の弟は小学校1年生の時から参加して、最初は御幣束を持って歩く先導の役、次は金棒引き、ほら貝吹き、ササラっ子など、年々出世していって、中学生になると棒使い、獅子などの花形を任されるようになるのです。ほかに大人の、一枚歯の高下駄をはいたちょっとコワい天狗様とか、ユーモラスなヒョットコとかがいました。あの懐かしい獅子舞は、今でも女人禁制なのかしら?

一緒の日に公演した昭島市の獅子舞は、女の子もたくさんササラ(漢字が変換できない!)などで参加していました。ピンクのかわいい振袖を着て、塗盆を伏せたような笠の上に花が高々とついているいでたちは、私の実家のまちの獅子舞と同じです。獅子の周りを取り囲み、竹のササラをすり合わせて「チャッ」という音を出す。私もとてもやりたかったけど、昔はあれも男の子しかできなかったのよね~。その獅子舞の舞台も見たかったのですが、今回は私も出演するので見られませんでした。S2009_0208_141531imgp6748

肝心の農村歌舞伎の公演ですが、昨年取り組んだ演目そのままの上演だったので、もう3回の舞台を重ねているし、練習の期間もあったのでまずまずの出来でした。今回はサブタイトルのように子どもをとにかく前面に出し、「千本桜」の四天王も小学生を中心にしたので、小学生はみんな2演目に出演する大活躍。それから「軍兵」役には今回新たに加わった2歳半の子も、黒子のお父さんと一緒に初舞台を踏みました。もちろん、出てきただけで大受けでした。 貴重な子どもたち、どうか勉強や部活が忙しくなってもやめないで続けてほしいと思います。S2009_0208_160230imgp6767

例年の活動だと、9月、10月、11月に1回ずつ公演を行って、毎年暮れに次の年に取り組む演目や配役を決めるのだけれど、ことしはこの公演があったのでまだ決まっていません。さっそく今月中にも決めてまたことしの公演に向かって練習が始まります。素人ですから、週に1回程度の練習で何とか9月10月の公演にもっていきます。また新たな気持ちで取り組みたいと思っています。

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2008年11月 5日 (水)

民家園「船越の舞台」公演

S2008_1103_135729imgp6517 秋川歌舞伎保存会の、川崎市の日本民家園「船越の舞台」での公演も、今回で7回目。11月3日に、ことしも無事終了しました。演目は「義経千本桜鳥居前の場」です。

兄頼朝と後白河上皇の策略の間で翻弄され、ついに都を落ちざるを得なくなった義経一行。そこへ弁慶が追いつきますが、忠義ゆえ頼朝の家来の土佐坊に抵抗してしまった弁慶を、鎌倉への恭順の意もむなしくなったと、義経は激しく打ちすえる。さらに追いすがる静に「初音の鼓」を与え、梅の木に縛り付けて泣く泣く去っていくつらい場面です。S2008_1103_140726imgp6520

そこへ義経追捕の藤太一行がやってきますが、ここは「チャリ場」といって、家来とのコミカルなやりとりが続きます。大歌舞伎ではあっさりめですが、農村歌舞伎なので、当地の名物などを織り込んでだらだらとやります。ここは長くて退屈じゃないの?と思っていましたが、今回はなぜか受けていましたね。やっぱりこの場所ののんびりした雰囲気に合っているのでしょうか。客席からも結構笑いをいただきました。

縛られた静をみつけ、藤太一行は静を連行しようとしますが、そこへ忠信が現れます。実はこの忠信は、静の持っている鼓を慕ってやってきた狐の化身。この鼓は桓武天皇の御代に禁裏で雨乞いをしたときに、霊力のある狐の皮を張ってつくったものだったのです。そして忠信に化けた狐はその鼓の子供‥‥というファンタジックな物語。S2008_1103_143236imgp6527

藤太をやっつけて静を助けたところへ、再び義経が現れます。義経は忠信の働きをめで、源九朗義経という姓名を与え、静を守護して都に戻るように命じ、再び九州を目指して落ちていきます。

なおも追いすがる静をなだめながら、鼓を追って狐六法の引っ込みで幕となる、ストーリー的には単純なお話。でも、正義の味方の豪傑が狐の化身だなんて、兄頼朝に疎まれて落ち伸びていく義経のつらい話なのに、どこかほのぼのとしていて、農村歌舞伎にはぴったりの演目ではないでしょうか。S2008_1103_134553imgp6513

この日は天気がよく温かかった例年と比べ、あいにくの曇り空で気温も低かったので、お客さんの入りを心配していました。ところが、思いがけなく多くの方にご来場いただいて、今回は開演と同時に入場制限になってしまったほどでした。これもそれまで不定期だったものが、2年前から11月3日の民家園の無料の日になったことが定着したからでしょうか。

昨年までは座って見る人のほかに、通路を通り過ぎる人も入れて延べ来場者600人といっていましたが、今回はほとんどの方が座ってごらんになっていたので、たぶん300人も入れなかったと思います。演じたほうとしてはうれしいですが、入場制限で入れなかった方々には申し訳なかったと思っています。S2008_1103_110325imgp6508

今回も民家園のボランティアの学生さん、学芸員を目指す大学生の方々が、会場の設営等、とてもパワフルに動いていただいて助かりました。今回の道具は鳥居と梅の木だけで、二重がいらないので楽でしたが、なにせ江戸時代のままの機構ですから、幕を吊るのも上げ下げもコツがいるんですよね。

古い舞台ですが、ここで演じるのは本来の農村歌舞伎が思い起こされて、ホールなどよりも気分が盛り上がります。私は昨年1回だけここの舞台に上がりましたが(ことしは裏方)、やっぱりいいですよね~。S2008_1103_121044imgp6509

最初はとても上演などできないほど荒れていて、楽屋などは物置のようでした。今はきれいに整備されてちゃんと使えるようになっています。あとはトイレがあるといいんですけどね。普段の民家園の展示だと、こんなところにトイレはいらないんですが、上演するとなるとね‥‥みんなこの顔のまま一旦園路に出なければいけないので、通行人にギョッとされてしまって恥ずかしいと言っていました。

これでことしの公演は無事終了しました。あとは来年2月に東京都の民俗芸能を集めた催しで、(2月8日昭島市民会館)この間のキララホールと同じ「太功記2段目」と「千本桜鳥居前」をもう一度上演する予定です。その後は来年の秋に向けて、また新たな演目の練習に入ることになります。民家園さんがこの素敵な「船越の舞台」にまた来年も呼んでくれますように。

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2008年10月 8日 (水)

公演無事終了

私がお手伝いさせていただいている農村歌舞伎保存会「あきる野座」の、毎年地元の秋川キララホールで行っている公演が10月5日、無事終了しました。

ことしは、原点にかえって発足当時の演目の再演をする試みの2年目になります。演目は「義経千本桜 伏見稲荷鳥居前の場」と、「絵本太功記二段目 本能寺の場」の2演目。数年前にも取り組んだ演目ですが、そのヴァージョンではなくて、15年前、最初に栗沢師匠から伝えられたものを再現するということで、当時の子供歌舞伎のビデオ、また師匠の教えている現場のビデオなどをもとに、ことし1月からずっと取り組んできました。

特に「二段目」はとても面白いビデオが残っているのです。栗沢師匠が最初から最後まで、すべての役を一人で演じて見せているビデオです。稽古場の壇上に座って春長のセリフを言ったと思ったら、義太夫をうたいながら壇の下へ降りて行って今度はお局様のセリフを言う。そしてまた上にあがって春長、それから鼻歌でチャンチャカチャカチャンとかいって口三味線をうたいながら刀をさして今度は蘭丸。80近いおじいさんが、もう、立ったり座ったり、男になったり女になったりつまり義太夫から三味線、全部の登場人物のセリフと動きをそのままそらんじていたのです。そのビデオを見た時は本当にぶっとびました。

そう、全部口伝なんです。千本桜のほうも残っているビデオでは、子供に稽古をつけながら全部の役の所作はもちろん、やっぱり義太夫から三味線まで口でやっている! ビデオなんかなかった時代の人はすごいんだなあ~。農家のせがれだけど農作業は家人に任せて、全盛期には1年の半分以上あちこち興行してあるいたというから、農村歌舞伎といっても半分プロみたいなものだったんでしょうけどね。それにしても、それをやらなくなってから何十年もたっているのに、まだまるごと覚えていたなんてすごいことだと思いました。

栗沢師匠は同じビデオに残っているインタビューで、子供のころのことも話しています。演技は座員が本業の役者さんのところに習いに行っていたそうですが、関東大震災の時には、家を失って都内から避難してきた大歌舞伎の役者さんたちを住まわせ、食べさせるかわりに、父親と一緒にいろんな演目を教えてもらったのだとか。その中には今回の「太功記二段目」のように、今では本家の大歌舞伎でほとんど演じられることがなくなったものも含まれていて、この型が一つだけでも「あきる野座」に残ったのは意義深いことだったと思います。

そのビデオから台本を起こし、ビデオに写ってないところは子供歌舞伎のビデオも参考にし、再現したものは、確かに古臭くて退屈なところもあるように思われました。前座長がより面白くスピーディーな展開に変えたくなったのも頷けます。でも、稽古を進めていくうちに、もとの作品の持つおおらかなよさもわかるようになりました。それで例年になく稽古に熱が入り、皆さん本当に一丸となって一生懸命演じることができたのでよかったと思っています。

私もことしは舞台に上がり、普段あまり使わない(?)集中力をかなり使ったので、終わってからしばらくは放心状態のようにぼーっとしてしまいました舞台は見るのも大好きですが、一つの舞台を皆でつくりあげるのは本当に大変だけれど、楽しい経験でした。

昨年は友人のご主人が、すばらしい写真をたくさん撮ってくれたので、それをアップさせてもらったのですが、ことしは残念ながらありません 多分誰かしら撮ってくれているので、もらったらまたアップしたいと思っています。

今回は息子が、今まで一度も呼んだことがなかった(歌舞伎をやっているなんて極秘だった?)学校の友達に自分から声をかけ、何人かが見に来てくれました。部活をやめてからずっとぐうたらしていた息子ですが、何かが少しずつ変わってきたように思います。まあ、演技はへたくそでしたけどね。

来月もう1回、11月3日に川崎民家園の「船越の舞台」での公演があります。そのときは「義経千本桜鳥居前の場」のみの上演で、今度は私は裏方に回り、客席で写真も撮れると思うので、その時はまたここにも載せたいと思っています。だけど、自分は出番が終わってホッとしてしまいましたが、まだ千本桜が残っていたんですね‥‥

11月3日は午後1時半から、川崎市立日本民家園(というのが正式名称だそうです)です。当日は「民家園まつり」ということで、入場が無料になります。もちろん歌舞伎のほうも入場無料です。

「船越の舞台」は江戸時代に三重県にあって実際に使われていたものを移築したものだそうです。入口からは一番奥になるので、ゆっくり歩くと30分以上かかってまるで山登りみたい!でもその途中の道筋に、まるでパノラマのように次から次へ日本各地の民家が現れるのが楽しみでもあります。宿場の宿屋から合掌造りの農家、藁葺きや茅葺きの重厚な民家など。ただ、丘陵地帯にあるため、遠景や全体の写真が撮りにくいのが難点かな‥‥。実際は平地にゆったり建っていたのでしょうから。

現在「船越の舞台」は、9月末から11月19日までの土日祝日に、内部を特別公開しているそうです。(11月3日は農村歌舞伎上演のため公開はないと思いますが)ご興味があればぜひ。なかなかいいところですよ。

ともあれ、来月まだ公演が残っていて、ほんとは地元ではない、外に出てのこの公演が一番緊張するのですが、地元では一段落。無事に終えることができてほっとしました。

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