歌舞伎鑑賞

2013年4月12日 (金)

こんぴら歌舞伎初日

Photo 前日の「お練り」見学に続いて、こんぴら歌舞伎の初日の舞台を昼夜で楽しみました。

最近では初日に観劇するなんてあまりなくて久しぶりだったのですが、やはり初日の緊張感はいいですね。特に、私にとっても初めてのこんぴら歌舞伎。当日は大荒れの天気予報ながら、琴平は曇り空に小雨が時折という感じで風もなく比較的おだやかな朝でした。

10時開場ということだったので、本当はその前から並んでいたほうがよかったのかもしれませんが、せっかく来たので朝から本宮まで登ってお参り。その帰りに、途中にあったお洒落なカフェで遅めの朝ごはん。かなりのんびりしてしまいました。

石段を下っていくと偶然にも、毎年こんぴら歌舞伎に来ている人で、この日は夜の部から見ると聞いていた友人にバッタリ。今到着したばかりでこれから奥の院まで行くとのことでした。もう開場している時間なのにのんびり歩いていた私を見て怪訝そうな顔。マス席の中は早いもの順だから早くから並んで場所を確保したほうがいいよというアドバイスをせっかくもらっていたのに‥‥ごめんなさ~い!

金丸座に行くとまだ長蛇の列。その最後に並んで中に入りました。前述の通り、一枠5人はかなり狭くてびっくりしましたが、脚のやり場に困りながらもお芝居はとても楽しめました。

昼の部
「鳥辺山心中」

タイトルに「心中」と付くと近松の心中ものを思い浮かべますが、こちらは大正4年に初演された岡本綺堂作の新歌舞伎。義太夫が付いて所作をする場面など古典的な趣もありますが、古典と違って「家」や「忠義」にがんじがらめになるようなことはなく、「純愛」を描いているところが新歌舞伎らしいところです。

ときは江戸時代初期の寛永年間。将軍家光とともに上洛した旗本の半九郎(愛之助)は、祇園の遊郭でその日初めて廓に出たばかりのお染(春猿)と出会って一目惚れ。以来逢瀬を重ねてきたのですが、将軍が江戸へ戻ることに決まり、半九郎も京を去らなければならなくなります。このまま京を去れば、お染は今度こそ本当に遊女になってしまう。家宝の刀を手放してもお染を自由にしてやりたいと思う半九郎でしたが‥‥。

ふとしたことで同僚の弟の源三郎(猿弥)と口論になった挙句、鴨川の河原で決闘となり、ついには源三郎を斬ってしまったのでした。そこへ駆けつけたお染。切腹するか、源三郎の兄に討たれるしかないという半九郎に、それなら自分も一緒に死ぬと告げ、二人で正月用に誂えた晴れ着を着て、鳥辺山へと向かって行くのでした。

という、あらすじだけだと非常に単純な物語なのだけれど、お芝居はこれだけではありません。最初に二人の晴れ着を持ってやってくるお染の父の与兵衛を寿猿さんが好演していました。親のために遊里に出されてしまった娘だけれど、幸いにもお客とはいえ相思相愛の人に巡り合い、おそろいの晴れ着も用意することができた。そんな娘の幸せそうな顔を見て心から喜ぶ姿。いいなあ寿猿さん。遊女ではあるけれど、清らかな娘心を残した春猿さんの美しさ。そして終始酔っ払ってる感じだったけど、愛之助さんの若々しいかっこよさ。

彼の純粋さに対比させるように、世慣れた遊び人の右近さんと、無粋で血気盛んな猿弥さんの兄弟。またウブな春猿さんに対して先輩遊女の笑三郎さんの老成した雰囲気など、脇役まで適材適所の澤瀉屋ならではでうれしくなってしまいます。

家宝の刀も惜しくない、ただ京の鶯を自由にしてやりたいだけ。一見いい加減な男のように思えるけど、半九郎のこの思いは、たとえ身請けしても江戸に連れ帰って奥方にすることなんかできっこない時代、お染に対する精いっぱいの「純愛」だったと思うのです。それを痛いほどわかっているお染。ならば私も一緒に死にましょうというのは当然だったかもしれない。でも、お父さんのことを考えなかったのかなあ。二人にとってはそれがすべてだけれど、観客には最初のうれしそうなお父さんの姿が印象的に残っているから、お父さんのことまで考えちゃって涙・涙の道行ですよね。四国の田舎町の小屋全体が、完全に鳥辺野を望む京都の鴨川のほとりになっていました。

美男美女の道行は美しいですねえ~ でもこんなにビジュアルがよすぎると歌舞伎というより(春猿さんは今や新派の花形だし、ラブリンは商業演劇にも出るスターだし)どこか大衆演劇っぽくて、私にはそこがかえってツボでした。いいお芝居でした。

Rimg1621 幕間、客席があまりに狭いので、少し運動したほうがいいかなと思って外へ出ました。休憩中も花道の上は通れないので、平均台のような板の上を歩いて仮花道まで出て、そこから外へ出ます。外はかなり雨が降ってきていました。トイレは外なので雨が降ると困ります。建物は文化財なので、建物に続けてトイレをつくったりはできないのでしょうね。

何と、気がついたら一番後ろの二階席の下にはちょっと殺気立つぐらいにカメラの三脚が林立し、報道陣がひしめいていました。外ではお客さんをつかまえてインタビューしていたり。こういうのも初日ならではなのでしょうね。

「義経千本桜~川連法眼館の場」
前回の御園座では2回見ながら何だかあまり感動がなかった「四の切」でしたが、今回は全然違いました。
劇場の持つ特性というのでしょうか、それが新・猿之助の芸風とぴったりとマッチした感じで、増幅エネルギーがすごかった!

とにかく、ちょっとしたことですぐ笑いが出たり拍手がわいたりで客席の反応がストレートなのです。もうこうなったら四代目の独壇場でしょう。舞台と客席が近いというのはこういうことなんですね。彼の一挙手一投足に客席が大きく反応して、一体となって盛り上がっていく楽しさはここでしか味わうことができないものでした。演じるほうも役者冥利というか、それはそれはやりがいがあったのではないでしょうか。

先月の御園座には姿を見せていた川連法眼役の段四郎さんですが、今月は休演だそうで心配です。かわりを寿猿さんが務められました。寿猿さんと竹三郎さん、ぴったりのいいご夫婦です(笑)義経は愛之助さん。イケメンなので義経は合いそうに思ったけれど、貴種流離譚の主人公としてはその気品・哀愁が不足気味。まあ初日なので仕方ないでしょうか。静御前はもうおなじみの秀太郎さん。静役は昨年6月からの襲名披露で初めて演じたそうですが、見るたびに深まって、心に沁み入る、まさに名静御前になっていました。

今回駿河二郎が月乃助さんで亀井六郎は弘太郎さん。毎回少しずつ配役が変わっているんですね。一旦御簾が降りて腰元たちが現れて後半へのつなぎとなりますが、この腰元たちが今回は笑野さん、喜昇さん、猿紫さんなどのおなじみの「オモダカ’s」(勝手に言ってます)登場でうれしかったです。それも今回の演出は花道と仮花道の両方に別れて、手燭を持って「探索」に出てこられたので、会場からも拍手が。お客さんからすれば、とにかくすぐ近くまで顔を見せに来てくれたという感じ。腰元たちが盛大に拍手をもらうのは珍しいですよね。これも金丸座ならではのことでしょう。

再び御簾が上がって後半へと移りますが、ここはもう先ほど書いたように源九郎狐の独壇場。も~う、いつもの何倍もノリノリでいらっしゃいました そして、江戸時代からある仕掛で、この金丸座にも残っていた「かけすじ」という機構を使っての古風な宙乗りは本当に感動しました。下から見上げると、上に二人の黒子さんがいて操っているのがわかります。ワイヤーを操ったりコマを押して進めたりするのが全部人力。(復元の際、安全上縄からワイヤーにせざるを得ず、それを巻きとるのはモーターだそうですが、それが金丸座唯一電動の舞台装置ということでした)それも天井に渡した狭い板の上でやっているのですよ。移動するのは花道の上だけだし、それほどの高さもないのですが、こんなに興奮した宙乗りは今までなかったんじゃないかなと思うくらい、感動しました。そして、会場もわきにわきました。最後は花道揚幕から布の囲いが出てきてそこからたくさんの桜吹雪が吹き出す中、狐さんは満面の笑みで去っていきました。あ~楽しかった!

小屋を出ると雨が上がって空は明るくなっていました。外には夜の部を待つ人の長蛇の列。これはもう早く並ぶとかの話ではありません。幸い今度は2階席。ゆっくりと敷地内のお土産コーナーなどを見ながら時間を過ごして、列が短くなってから後ろに並んでまた入場しました。

夜の部
「京人形」

一昨年の10月に新橋演舞場で見た「京人形」が面白かったので、何とかしてもう一度見れないものかと思っていましたが、ここ金丸座で実現。小さな芝居小屋には向いている演目かもしれませんね。奴照平(月乃助)以外は多分同じキャスト。

日光東照宮などの彫刻で有名な左甚五郎のお話です。島原の太夫に一目ぼれした甚五郎ですが、まだ無名の職人の身では廓に上がって太夫に会うことなど夢のまた夢。とうとう甚五郎は太夫そっくりの人形をつくってしまいました。花道から登場する甚五郎は花を持っていますが、何とそれは自分で作った人形のため。家に帰ったら早速、大事にしまってある太夫の人形のふたを開けて酒を飲もうというところでした。

女房役は笑三郎さん。こんな変態(?)ダンナを怒りもせずに、自ら仲居役をひきうけて自宅を廓に見立てて太夫との酒宴をもりあげようとする、いい女房ですよねえ。そして、女房が引っ込むと、何が起きたのか、人形が動きだすというファンタジー。

笑也さんの美しい京人形がまた見られて幸せハート達(複数ハート)演舞場のときは、ふたが開いたとたんに客席がざわざわっとなり、「ジワ」と呼ばれるような現象が起こったものでしたが、今回はそれはなかったものの相変わらずびっくりするほどきれいでした コミカルな動きは先月の御園座でのおばあちゃんになった「るん」を思い出しちゃう。変だけどかわいいの(笑)

人形を相手に酒を飲むシチュエーションは、ローラン・プティ版の「コッペリア」でコッペリウスが人形をテーブルに座らせてシャンパンをあけて乾杯したり、人形と一緒に踊ったりするのとよく似ています。(あれは本物の人形だったけど)「京人形」はまさに「和製コッペリア」ですね。そうそう、人形振りというのは日舞でもバレエでも何となく共通点があるのを前回発見しました。

甚五郎の動きをまねて男っぽく踊ったり、太夫の魂が入ったときは急に女っぽくなったり、メリハリがあって楽しい踊りです。上手くても下手でもわからないお得な踊り(?)それにしても、まばたきをしない笑也さんはすごいです。前に見たピーターライト版の「コッペリア」では、人形のふりをしてる吉田都さんのスワニルダが全くまばたきをしないので驚いたことがありましたが、それに匹敵するすごさ。(まばたきって無意識にやっちゃうけれど、訓練でやらないようにできるのかしら?)まさに名匠のつくった「京人形」そのものでした。

後半、突然お家騒動ものに切りかわり、甚五郎の家に匿われていたお姫様(春猿)のピンチ。お姫様を助けに来た奴(月乃助)が誤って甚五郎の大事な右手を傷つけてしまい‥‥それでも左手で器用に大工道具を使いながらユーモラスに追手をやっつけるという場面。甚五郎は左利きだった、ということかも。猿若さんや猿琉さんなど「チームおもだか」(勝手に言ってます)の息の合った立ち廻りがテンポよく演じられます。人間カンナがけやのこぎりのまた裂きなど(初めてこれを見た友人はそりゃないぜと言ってましたが・笑)そんな笑いも随所にあって楽しかったです。しかし‥‥美しい春猿さんとカッコいい月乃助さんの出番はこれだけ?‥‥って、みんな思ったでしょうね。

Rimg1630 口上
金丸座にもこのおなじみの祝い幕が登場しました。あれ?と思ったら、今まで見た襲名披露の幕は猿之助さんだけでなく中車さんと猿翁さんの名前もありましたよね。こちらは猿之助さんだけの一人ヴァージョンなんですね。

それほど広くない金丸座の舞台に座りきれないほどずらっと並んだ役者さんたち。今回は秀太郎さんが紹介役です。新顔は愛之助さんだけであとはおなじみの面々。

寿猿さんが「この金丸座がまだ琴平の町中にあったときに子役で出演したことがあります」と言ったら、さすがに客席のあちこちから「ほぉ~」という声が。そうですよね。50年前の先代猿之助の襲名披露のときにもいたという寿猿さん。まさに澤瀉屋の生き字引です。

「奥州安達ヶ原~袖萩祭文」
先代猿之助が地芝居に残る型を取材し取り入れたという作品。昨年BSで再放送された1980年の「猿之助奮闘」という番組にその時の様子が出ていました。地芝居の師匠がやって見せている型を見ながら、三代目は小型テープレコーダーを回しながら逐一その動きを言葉にして実況中継みたいにしてマイクに入れている‥‥そんなのを見ていたのでとても楽しみにしていたのですが、ここでついに眠気がきてしまいましたあせあせ(飛び散る汗) 昼の部の窮屈な枡席と違い、二階の椅子席で楽になったこともあるのでしょうが‥‥二階はよく見えるけど臨場感という点ではやっぱり‥‥だったかもしれません。

眠くなったのはよくわからなかったということでもあります 難しいお話なんですよ。時は平安時代の前九年の役とか後三年の役とかの時代。頼朝から数えると5代前ぐらいの八幡太郎義家が奥州の豪族安倍氏を討伐した時代のお話です。源平時代と比べるともともと馴染みの薄い時代かもしれませんね。

場所は帝の弟宮である環宮の邸宅。雪は降っているけど奥州?ではないみたいです。平傔仗直方(猿弥)は環宮の養育係でしたが、宮が誘拐された責任をとって切腹しなければならない状況に陥っていました。それをどこで聞いたのか、娘の袖萩(猿之助)が一目会いたいと父の元を訪れます。

袖萩は親の反対を押し切って浪人と駆け落ちし、勘当されているという状況のようです。夫ともはぐれ目も見えなくなり、家々の門口で祭文を唱えてわずかな銭をもらって歩くような境遇に身を落としていますが、それでもせめて切腹する前に父親に会いたくて、幼い娘に手をひかれてやってくるのですよ。しかし、やっとの思いでやってきた袖萩を、傔仗は会おうとしないばかりか、冷たく追い返します。母(竹三郎)は娘の変わり果てた姿を見て悲しみ、中に入れるよう夫に頼みますが、聞き入れられません。

降りしきる雪の中、寒さに耐えながら三味線を弾き、祭文を歌い、今までの親不幸をわびる袖萩。それを甲斐甲斐しく世話する娘のお君。そう、この子役のお君ちゃんが大活躍なの。セリフもたくさんあるし、とにかく舞台の上でいろんなことをしなければならない。そのけなげさがばっちり観客を泣かせます。プログラムを見ると子役は二人交代で務めているようですが、何てかわいくて賢い子役ちゃんなんでしょう。癪をおこした母親に、自分の着ていたものを脱いで掛けてやるシーンなど涙・涙。

そして、何と客席の天井、網状に組まれた「ブドウ棚」から客席にまで雪が降ってきたと思ったら、あとからあとから観客の上に降り積もります。ああ、こんな時こそ二階席じゃなくて平場にいたかったわ(笑)‥‥古い芝居小屋でも、客席の上にまでブドウ棚があるのは珍しいということです。その珍しい金丸座の特性を生かした雪の演出は、まさに客席まで全部悲劇の舞台になったみたいで圧巻でした。

猿之助さんのコッテリ濃い芝居はここでも冴えわたり。。。しかし二階から見ると(平場より客観的に見える)やっぱり演技過剰に思えてしまう。けなげな子役、父も母も娘に、孫に会いたい、中に入れてやりたい、それなのに立場上できないその状況。寒さに震えながら雪は降る降る雪は降る、あとからあとからどっさりと‥‥こんなただでさえ「泣ける」芝居をさらに泣かせようとするやる気満々の猿之助さんでした。

で、いつの間にか眠気がきて‥‥知らないうちに場面はすっかり変わっていました(爆)その間のことを「筋書き」から拾うと‥‥袖萩のところに夫の弟である安倍宗任(愛之助)がやってきて父を討つようにと懐剣を渡す‥‥ほっといても父はこれから切腹するんじゃないの?という突っ込みは寝ていた私にはできませんね(爆)

そう、袖萩の夫というのは戦いに敗れ行方知れずになった安倍貞任だったのです。父を討たれた復讐と安倍家の再興のために環宮を誘拐したのはまさに彼の仕業。傔仗が切腹しなければならないのはそのためで、完全に敵味方に分かれてしまった親子。しかし、袖萩は夫のためとはいえ自分の親を殺すことなどできません。思いあまった袖萩はとうとうその懐剣で自害するのでした。(お君ちゃんかわいそう

その、いつの間にかやってきた宗任ですが、なぜか館の奥から義家(門之助)が現れて手形を与えて逃がし‥‥そして父傔仗は梅の枝で切腹()そこへ傔仗の切腹を見届けにきたという桂中納言教氏(猿之助)が登場。貴族の格好をしているのですが、これが実は安倍貞任だったのです。義家に見破られて正体を現すところは派手な衣装のぶっ返りでまた会場が沸きました。後日の戦場で雌雄を決しようといって全員そろって華やかに「さらば、さら~ば」で見得を切って終わるラストはいかにも地芝居っぽくてかっこよかったです。最後は何が何だかわからなかったけれど、ま、いいか。二度三度見ればわかるようになるかも‥‥でした(爆)

外へ出たら雨はやんでいました。タクシーを拾う人、ぞろぞろと駅や旅館へ向かって歩く人。まだ6時過ぎというのに、もうお店は閉まっているところばかりで、私も早くどこかで夕ご飯を食べなきゃ食いっぱぐれてしまいます。それくらい琴平の夜は早いのでした。

そう、ここでは絶対食事付きの温泉旅館に泊まるべきでした。それが私はいつも通り(大阪や名古屋に行った時みたいに)安いビジネスホテルにしてしまったのです。町の中ならどこでも外食できるだろうと思いきや、ここではそうはいかないみたい。幸いうどん屋さんが一軒開いていておいしい讃岐うどんにありつくことができましたが、今度来るときは高くても温泉旅館にしようと思いました。 澤瀉屋の皆さん、また近い将来ぜひぜひこんぴら歌舞伎やってくださいね!!初日見た後にもう「次」のことなんて気が早すぎですが、金丸座はいいな~。またここで澤瀉屋の芝居が見られるのを楽しみにしています。昼夜通しはちょっと疲れたけど、遠征した甲斐あって本当に楽しい芝居見物でした。

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2013年4月 1日 (月)

御名残御園座三月大歌舞伎

Rimg1455 名古屋の御園座に行ってきました。初めて行ったのですが、建て替えのためこの3月公演が最後になるのだそうです。劇場自体は旧歌舞伎座や南座ほど老朽化しているようには思えず、とても見やすいいい劇場だと思ったのだけれど‥‥昭和38年に開業ということなので、かれこれ50年。新しい歌舞伎座のように再開発して多目的ビルにでもするのでしょうか。最初で最後でも、行くことができてよかったです。Rimg1459

昨年6月の新橋演舞場からスタートした猿之助・中車・猿翁の襲名披露興行は、1月の松竹座の次がこの3月の御園座。千本桜の「四の切」や「小栗栖の長兵衛」など、この襲名披露でおなじみになった演目が並んでいますが、その中で今回初お目見えだったのは中車さんと笑也さんがともに初役で臨んだ「ぢいさんばあさん」‥‥もう、とにかくこれが見たい一心で行きました。

Rimg1460 しかしながら、予定が決まってからチケットをとろうとしたら、御園座は他とは方式が違うようで、web松竹では席が選べないばかりか全然いい席が出てこない。迷っているうちに完売(涙)そうこうするうちに御園座のオンラインチケットも夜の部は完売になってしまい‥‥結局昼の部だけ手配して、夜の部は当日券で見ることになってしまいました。迷わずにweb松竹で出た席を買っていればもう少しいいところで見れたのにというような、一等席なのにほとんど末席に近いような感じの席しかありませんでしたが、ともあれ見れてよかったです。

もう忘れてしまったことも多いのですが、一応どんなものだったかだけの感想です。

昼の部
「小栗栖の長兵衛」

これを見るのは昨年6月の演舞場、ことし1月の松竹座、そして今回ともう3回目です。これだけやっているので、中車さんはじめ回りの面々もかなり手慣れてきた感じで、テンポよく進みます。中車さんも自在に暴れ者を演じていました。脇を固める人たちもほとんど全部(月乃助さんだけ1月はお休み)一緒で、息の合ったところを見せてくれました。皆さんの適材適所ぶり、キャラ立ちっぷりが改めて素晴らしく、澤瀉ファンには楽しくうれしい一幕でした。昨年はみんなで一生懸命中車さんを盛りたてているように見えたけれど、今回はすっかり溶け込み、よりパワーアップした長兵衛になっているのがわかりました。

「黒塚」
去年の7月に東京でこれを上演したときは、阿闍梨役は團十郎さんだったんだ‥‥あの、そこにいるだけで周囲を威圧するような存在感なのに、懐の大きさ、優しさが漂う姿は忘れることができません‥‥合掌。

私は舞踊や能ベースの演目がもともと苦手なのだけれど、「黒塚」はストーリー性があり、変化に富んだ舞踊や、ひな壇に並んだ「邦楽オーケストラ」のような演奏が面白くて、好きな作品でした。が‥‥今回この「黒塚」で爆睡してしまって、我ながらショック。猿之助さんは熱演しているのだけれど、何か引き込まれるものがなかった気がします。なぜなんでしょう?鬼になってからの迫力も、身体能力もすごいと思ったけれど‥‥眠けには勝てず、ごめんなさい

「楼門五三桐」
久吉役は猿翁さんでしたが、初日よりずっと休演で、とうとう千秋楽まで中車さんがつとめました。しかしねえ‥‥何て薄っぺらい久吉‥‥(ごめん)中車さんは「小栗栖」のような新歌舞伎ではあんなにいい味を出しているのに、時代ものとなるととたんに借りてきた猫のように(すみません)なっちゃうのはどういうわけか。そういえば発声もやっぱり違うし、姿もさまになってない。理屈ではない古典歌舞伎の雰囲気というのがあるんでしょうか。古典の雰囲気を身にまとえるのはどのくらいの年月必要なんでしょうかねえ。ただ、顔はさすがに親子、よく似ていてびっくりです。だけど猿翁さんがこのくらいの歳のときはもっときれいな顔してたよね(爆)

右近さんの五右衛門はさすがの貫録。安心して見ていられました。天下に名をはせた国崩しの大悪人が山門の上で悠々と春の眺めを楽しんでいる、まさにその大きさが出ていました。

夜の部
「春調娘七種」

舞台中央から三人がせりあがってくると、まずその美しさに目を見張ります。右近の曽我五郎、笑三郎の曽我十郎、そして中央に春猿の静御前。曽我兄弟+静御前?と不思議に思うけど突っ込んではいけないようです。舞踊ファンタジーですからね(笑)静御前はカゴを持って若菜を摘んでいます。一方五郎は早くかたき討ちをしようといきり立っている。それを止めて心を鎮めようとする静御前。

やがて三人でかわるがわる若菜を叩くしぐさをします。お正月に春の七草を摘んで、それを粥に入れて食べる、その七草粥ですが、叩くというしぐさで天下泰平・五穀豊穣を願うおめでたい踊りなのだと思います。目にも美しく一服の清涼剤となりました。

「ぢいさんばあさん」
号泣です。これを見るためにチケットもないのに名古屋に行ったのですが、本当に行ってよかった。当日券は高いのに(一等席のみで安い席はなかった)全然よくない席で、それをカバーするため(?)2日連続で見てしまいました。最初は1階最後列、翌日は2階サイド。でも、どんな場所から見てもいい作品だなあ~。素晴らしかったです。

このデフォルトは玉三郎&仁左衛門だから、すごくハードルが高いのですよ。中車さんの伊織は、そりゃニザさまに比べればひどく不細工(爆) 笑也さんのるんは、最初の若い頃は、ちょっと剣のある感じの玉さまよりもかなり温かみのある雰囲気で、弟を諭す姉としても優しくて、柔らかでかわいい若妻って感じがありました。でも、ばあさんになってからがやっぱり‥‥。

まず、じいさんもばあさんも異様に老け過ぎ。そもそも若夫婦のときは、最初の子が生まれたばかりなら、昔だったら二十歳そこそこじゃないでしょうか?多く見積もっても20代後半。それから37年たったといってもまだ60代。いくら江戸時代でもあのよぼよぼさ加減はないでしょう。ニザ&玉はあそこまでよぼよぼじゃなかったし(笑)その辺は役者の演じ方というよりも、演出としてそうしたのかもしれないけれど。

それに、るんはただのおばあさんじゃないですよ。歳をとったとはいえ黒田家に奉公して二代の奥方に仕えたキャリアウーマンです。玉さまのるんはそのあたりの気丈さや気品、きりっとした感じを上手く出していました。笑也さんのは‥‥ただのかわいいおばあさん しかも90か100ぐらいの(爆)

曲がった腰を伸ばすしぐさ、縁側から座敷に上がるときの大仰すぎる様子、いちいちメガネを取り出さなきゃ字も読めない。まるでコントみたいな二人のすごい老けっぷりに会場から始終笑いがたらーっ(汗)‥‥でも、その決して上手くないおかしな芝居の中から真実が見えてくるのです。

年月とは何と残酷なものなのか。若いおしどり夫婦だった二人が引き裂かれ、再会したのは37年後。祝言の年に植えたという庭の桜は見事な大木となったけれど、二人の姿はすっかり変わってしまった。この木の下で満開の桜を二人で何度となく眺められたはずなのに‥せつないね。

でも、留守中にこの家を守ってきた甥夫婦は、二人を見て言うのです。
「私たちも変わるまい、いくつになっても」
「あのおじさまとおばさまのように‥」
もう、その前から泣ける台詞満載なんだけれど、この一言で我慢していた涙線が決壊

甥夫婦は若かりし日の二人を彷彿させる美しい二人でなければいけません。そのとおり、笑野さんと月乃助さんの爽やかな美しさといったら。特に月さまハート達(複数ハート) ああもう、彼の歌舞伎らしからぬ宝塚調の台詞に超萌え。たまりませんわ(爆) 古風な笑野さんの声とは全くちぐはぐなんだけれど、そんなところもまた素敵。柱にもたれかかって短冊に歌を書くくつろいだ姿。満開の桜の枝に短冊を結ぶ‥‥その指先に散りかかる桜。甘美な春爛漫の月乃助ワールドでしたわハート達(複数ハート)

そんな何気ない日常が美しくいとおしい。るんと伊織みたいに、会わないまま年月が過ぎてしまっても、これからまたそんな美しい日常をかさねていけばよい。希望とともに幕が閉まる‥‥涙、涙。

中車さんと笑也さん、そりゃニザ玉に比べてしまったら学芸会レベルかもしれないけれど、芝居は決して上手くなくても感動はもらえるのですよ。「両澤瀉!」という珍しい大向こうもかかっていました。私も叫びたかったです。見てよかった、行ってよかった。心のこもった、あたたかい、いいお芝居でした。

Rimg1482 「口上」
御園座にも福山雅治さんから贈られた祝い幕が掲げられました。みんな携帯やら何やらで撮影しているので私もパチリ。ついでに御園座の客席も記念に。私がいるのはこの写真の真正面の壁にへばりついているようなところのちょうど反対側です。こんなところでも一等席なの?と思いましたが、意外に舞台に近くて花道も全部見えるいい場所。同じ当日券の一等席でも、1階席後ろよりいいかもと思いました。Rimg1483

2階席と3階席はつながっていて大きく広がっているので見やすそうです。特に宙乗りは見ごたえがあるでしょうね~。

さて口上ですが、相変わらず役者さんたちが大勢並んだ様は圧巻。最初に藤十郎さんが猿之助と中車の襲名を披露。次に秀太郎さんが中車の名跡の重要さと、亀ちゃんとの仲の良さを語りました(笑) 門之助さんは初舞台以来の亀ちゃんをよく知っていて「芝居好きのやんちゃな子どもでした」と言った後、「ちなみに私は芝居好きの大人しい子どもでした」と言って笑いを取る。寿猿さんが50年前の三代目猿之助の襲名披露に列座したことを話すと、「大番頭!」という大向こうが飛んでいました。竹三郎さんは、亀ちゃんと共演するときは大抵おばあさんの役で、亀ちゃんからは「竹ばあ」と呼ばれていますなんてかわいくお話されていました。梅玉さんは襲名披露では今回が初めての共演。まるでアナウンサーのように軽快にペラペラしゃべる口上は意外でした(笑)

下手側に並んだ弟子のほうは短めの挨拶。右近さん、猿弥さん、春猿さん、月乃助さん、笑三郎さん、笑也さんの順でした。月乃助さんは膝が治って口上の席にも列座することができて、本当に晴れ晴れとしたいい姿でした。笑也さんは、何と「笑也」を名乗ってからの初舞台が三十数年前のこの御園座、腰元役でのデビューだったそうです。皆さんとてもいい口上でした。

「義経千本桜~川連法眼館の場」
これももう3度目です。新猿之助はこの公演中に狐忠信の宙乗り100回目を迎えたそうです。亀治郎時代に「亀治郎の会」と明治座で上演したのを入れて早くも100回。これこそ「猿之助」の代表的な演目。先代はこの役を1000回以上上演しているので、それでもやっと一合目なんですね。

最初見たときは何か嫌だな~源九郎狐はこんなドヤ顔じゃないよなんて思ったけれど(爆)だんだん見ているうちに慣れてきて、1月の松竹座ではまあまあ私の中では亀ちゃんの「猿之助」を受け入れた‥‥と思っていました。しかし「黒塚」同様、これもなぜか今回、2回見たのに2回とも全然感動がなかったんですよ。やっぱり技巧に走りすぎ?というか、私の好みのタイプじゃないのかも。

先代は平気で何役も早替わりとかをやって見せていたけれど、はっきり言えばどこを切っても金太郎、じゃなくって猿之助(笑)だったような。でも、観客はそれを承知で熱狂していました。新猿之助はそんなことなくとても器用だし、細部へのこだわりもすごいし、何でもそつなくやってのけ、既に先代を超えてるような部分もある。でも、何だろうな、人に感動を与えるのはそういう所じゃないと思うのです。

上手いけど、計算が感じられて引き込まれない。理が勝ち過ぎるとそれはやはり「お芝居」(つくりもの)であり、そこから語られるべき「真実」からは遠くなってしまう。肝心なのは役の心なのに。一般的には下手と言われている(爆)笑也&中車の「ぢいさんばあさん」であれだけ感動してしまったあとなので、余計にそう感じられたのかもしれません。

一方で、藤十郎さんの義経は素晴らしかった。お声がだいぶ細くなっているのは心配だけど、情感のこもった素晴らしい義経でした。幼くして両親と別れ、頼みとしていた兄頼朝にも疎まれ、肉親の縁薄い義経が、狐の親を思う情に心を打たれて涙する、その心がしっかりと伝わってくるのです。一度狐が去ってから、静に向かって「それ呼び返せ、鼓、鼓」というところも、あんなに狐を思ってくれてたのね~と涙。。。

また秀太郎さんの静も、何て優しい静なの~!狐の身の上話に同情し、鼓が別れの悲しさに鳴らなくなったことを悲しみ、そして義経が鼓をやると言った瞬間に我がことのように喜ぶ‥‥誰の静を見てもそこまで「情」を見せることはなかったと思うような。計算ではない心情、それが人を感動させるのだと思うのです。

大御所お二人に見送られて飛び立っていく新猿之助。素晴らしい身体能力と、細部にまで行きとどいた緻密な演技力を持っているのだから、どうかそれがこのお二人のように、役の心となって深く人の心に届く、そんな役者さんになられますように。それを観客としてどこまでも見届けていけたらうれしいです。

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2013年2月 6日 (水)

巨星逝く。

二度の白血病を克服した不屈の精神力、誰にも真似できない歌舞伎十八番のスーパーヒーローぶり、最強の歌舞伎役者と言ってもいい市川團十郎さんが亡くなられました。勘三郎さんに続いて、またまたすごいショックです。66歳‥‥歌舞伎界ではまだまだ一花も二花も咲かせられる年齢だったのに。

ファンだなんていうのはあまりにおこがましいから誰にも言いませんでしたが、実は私、團十郎さんが大好きでした。といっても、笑也さんや澤瀉屋の人たちが好きというのとは全然違っていたし、仁左さまが好きというのとも全然違ってました。 何だろう‥‥一番近い表現でいえば‥‥そうだなあ、言ってみれば「ミスター歌舞伎」! 長嶋さんが「ミスタージャイアンツ」なら、團十郎さんは「ミスター歌舞伎」と呼べる人でした。

上手い役者は山ほどいる。でも、この人を見ているとホントは歌舞伎って演技力も小細工も何もいらないんじゃないかと思わせる。 いるだけで、存在そのものが歌舞伎なんだから。私の好きな「ケレン」なんて、この人の前ではくそくらえ(爆) 役者は色気と愛嬌と思うけど、この人の場合はそれを通り越して「キュート」!

台詞を言えば何を言ってるのかわからない。人はこれを「口跡が悪い」という。しかし、何言ってるかわからなくたって、何だかすごくありがたいような気になるから不思議。
そんな役者ほかにいません。荒事の主人公は「神」に等しいのです。そのとおり、そこにドカンといるだけで山のような存在感。拵えをした姿は誰とも比べられないほど立派で、そのおおらかさ、明るさ、大きさは「これぞ歌舞伎」といえるような役者さんでした。

最後に観たのは昨年7月の澤瀉屋の襲名披露のとき。あのときは最前列で「将軍江戸を去る」を見ました。 性急にたたみかけるような中車さんを広い懐で受けとめ、地味な演技ではあるけれど最後の将軍慶喜の鬱屈した心情を映してあまりある姿に感動してしまいました。 そういえばその前年の海老蔵復帰公演の「江戸の夕映」もすごくよかったのです。家の芸を立派に守った人だけれど、新歌舞伎でもその大きな存在感を発揮する人だったのですよね。3月に予定されていた「オセロ」も、実現していればきっとスケールの大きなすごい舞台になっていたことでしょう。 もっともっと見たかった‥‥残念です。

歌舞伎界は相次いで二つの「巨星」を失いました。勘三郎さんが稼働域の広い人気者なら、團十郎さんは動かない大黒柱。 全く対照的な個性のなくてはならない二人がいない歌舞伎界はどうなってしまうのでしょう‥‥。

勘三郎さんのときは、冗談でしょ?って、本当に信じられなかった。今でも舞台袖やスッポンから変幻自在に「ばあっ」と出てくるんじゃない?勘三郎さんの「狐狸狐狸ばなし」というお芝居を見たことがあるけれど、狐や狸より人間のほうが人を化かすもの‥‥あんな感じでまだ勘三郎さんに化かされているような気がしています。

團十郎さんは、白血病を乗り越えた壮絶なドキュメンタリーを見ていたから、風邪による体調不良で南座を降板したあと、肺炎で入院していると聞いた時は「もしや‥」と思わないでもなかったのだけれど‥‥それでもまた絶対復帰してくれると信じていました。

思えば白血病で闘病中といわれていたとき、私はまだ子育てが大変で歌舞伎を見る余裕もありませんでしたが、当時歌舞伎ファンの知人が「危ないかも」と言っていたのを思い出しました。あのとき「無間地獄」から復活してくれたからこそ、私は團十郎さんの歌舞伎を見ることができたのですよね。あの弁慶も富樫も、日本駄右衛門も、河内山宗俊も、仁木弾正も、「南部坂雪の別れ」の内蔵助も、「関の扉」の関兵衛も‥‥そう考えるととても有難いことでしたが、でもやっぱりまだまだこれからすごい円熟の境地があっただろうと思うし、もっともっと見ていたかった。

勘三郎さんにしても團十郎さんにしても、それまでめいっぱいの活躍をしてきた人ほどあっけなく逝ってしまうものなのでしょうか。いち歌舞伎ファンとして残念でたまりません。謹んで御冥福をお祈りいたします。

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2013年2月 1日 (金)

松竹座1月「壽初春大歌舞伎」(ファンの覚書)

25_2  大阪まで遠征してきました。道中携帯でもアップしたとおり、行ってよかった見てよかった素晴らしい公演でした。

昨年の東京で見逃した襲名披露公演の千穐楽を大阪でぜひとも!と思ったのだけれど、チケットを買うタイミングが少し遅れたら、土曜日ということもあってもう千穐楽の26日はそれほどいい席は残っていませんでした。しかし、一日前の平日なら花道横の最高の席が!

何を隠そう私は市川笑也さんのファンなので、とにかく笑也さんの出る演目を見るのがまず第一の目的。それで昼の部だけでもその最高の席にしようと、休みをとって行くことにしたんですよ。千穐楽の興奮は夜の部で味わえればいいと思って。それが‥‥何と千穐楽昼の部のカーテンコールに体調不良で休演していた猿翁さんが出てきたというじゃないですか。(こちら)昨年7月以来の團子ちゃんも!うわあ~失敗したぁ

写真には載ってないけど、「五三桐」のあとだから多分舞台上には澤瀉屋の美女腰元三人衆、黒四天姿の立役衆もいてさぞ賑やかだったことでしょう。それに比べると夜の部のカーテンコールは地味だったかも。とはいえ、写真で見るようなお痩せになられた猿翁さんの姿をまのあたりにしたら、私はきっと涙・涙だったかもしれません。‥‥まあ高額チケットですから、昼の部と夜の部を一度に続けて見て居眠りでもしたらもったいなかったし、その時間友人たちにも会うことができたのでいいとするか

それより、私は思いもかけないことで前日青くなっていました。天気予報を見たら岐阜県と滋賀県に雪マークが付いてるじゃないですか この時期雪で新幹線が遅れることがよくあるのですよね。一昨年のバレエ遠征のときも、ちょうど関ヶ原のあたりが雪で徐行運転になっていたのです。私は朝早い新幹線だったので1時間ぐらい遅れてもどうということはなかったのですが、ゆっくり出て来た人は開演に間に合わなかったでしょう。冬の道中の天候は要注意でしたね。

今回、うかつにもそれをすっかり忘れていました。バレエだったら大抵夕方からだからいいけれど、歌舞伎で出かけたすぐその日の昼の部なんて、朝早く出ても万が一1時間以上遅れたりしたら11時の開演に間に合いません。笑也さんが出るのは昼の部の最初の演目で(夜の部は口上のみ)しかも20分と短いのです。これを見るためにいい席を選び、休みまでとったのに、見逃したらもともこもありませんものね。かなりヒヤヒヤものだったのですが、幸い天気予報ははずれて雪は降らず、無事時間通りに大阪に着きました。ほっ(笑)

≪昼の部≫(25日)
「正札附根元草摺」
その期待の演目。松竹座の昼の部はお正月らしい華やかな舞踊で始まりました。血気にはやって敵討ちに向かおうとする曽我五郎を、小林朝比奈の妹舞鶴が止めに入る場面だそうです。舞鶴は女ながらに大力の持ち主で、頭には触角みたいな「力紙」を付けています。そう「暫」の鎌倉権五郎が挿してるみたいなやつです。その怪力女が五郎の持つ赤い鎧(胴には「逆さ澤瀉」の紋)の「草摺」という、裾のピラピラした部分を引っ張って、五郎と引き合いをする舞踊です。ものを引っ張り合う「
引合事」というのはおめでたいものだそうで、「曽我もの」ということもあいまって「壽初春大歌舞伎」の幕開けにふさわしい演目でした。

しかし‥‥こんなにコロコロして福々しい五郎って初めて見た(笑) 二つに分かれた独特な前髪の鬘にむきみ隈‥‥猿弥さんのお顔はもっとすごい筋隈でもまだまだ描くところ(面積)がいっぱいあるぞって感じ。姿はコロンとしていても、きびきびした動きが気持ちのいい五郎でした。五郎って「寿曽我対面」などでもいきりたつばかりの役だけれど、その勢いの中でも見せるところはたっぷり見せる余裕が感じられるのはさすが。

笑也さんは立派なこしらえに負けないくらい美しい!昨年の「女伊達」に続いて、最近は「強い女系」なのでしょうか?もう少し笑顔を見せてほしいんだけれど、力比べはあきらめて色気でくどく段になっても相変わらずのツンツンおすまし顔で、「女伊達」同様観客へのアピールが足りない感じ。いつも思うけど、舞踊って飛びぬけて上手いか飛びぬけて下手なら私にもわかるのだけれど、笑也さんの踊りは正直上手いのか下手なのかわからない。下手でも大衆演劇みたいに観客へのアピールがふんだんにあれば(流し目とか)楽しめるものになるのでしょうが‥‥そんなお下品なことはなさらず、笑也さんはどこまでもお上品でちょっとつまんない(爆)一体何年歌舞伎界にいるの?‥‥って、ファンだから言うけど(すみません)きっと何年いてもこのまんまなんだと思う。その何物にも染まらないクリスタルのような硬質の美しさがきっと笑也さんなんだ。私はそういうところがたまらなく好きなんですよ、きっと。

と思っているうちにあっという間に終わってしまいました。うふふことし初めての笑也さんを前列花横の手が届きそうなところで堪能いたしました。

歌舞伎十八番の内「毛抜」
右近さんが初役で臨んだ粂寺弾正は、最初かなり硬い印象だったけれど、美形とみれば男でも女でも手当たり次第にちょっかいを出すあたりから何だかかわいいオヤジ風になってきました。春猿さんに振られ、笑三郎さんに「びびびびび~」と言われ、「面目ない面目ない」というところがまたかわいい 昨年は「熊谷陣屋」や「傾城反魂香」など古典演目の主役が続き、今回はまた古典中の古典の歌舞伎十八番。これは右近さんの持ち味なのか、古典の味わいの上にまるで探偵ものでも見るような、次々と謎を解き明かす名探偵弾正‥みたいな面白さがあって飽きずに楽しめました。

今回名題披露の笑野さんのお姫様がきれい。同じく名題に昇進した喜昇さんも独特な存在感で光っていました。逆にえ?今まで名題じゃなかったの?と思った弘太郎さんもお似合いの赤っ面で出ていましたね。澤瀉屋の層は厚い!

え~、私今回発見したんですが(真面目に読んでくださっている方には申しわけないけど、実は全編単なるミーハー話です)秦民部役の坂東薪車さんが超かっこいい!今まで澤瀉屋の芝居にもよく出演されていましたが、初めてみめうるわしい歌舞伎王子として認識しました。竹三郎さんのご養子とか。私は下手側に座っていたので、ホントに真ん前。なので薪車さんに目は釘付け(右近さんごめんなさい)今回は月乃助さんが出ていないので、完全にポスト月乃助でしたわ。知的で涼しげで古風な雰囲気、台詞がないときもいるだけで存在感があって素敵でした。思わず舞台写真買ってしまいました(笑)

この話をしたら友人たちに爆笑されちゃったのですが、私は舞台写真買うのは一回に4枚までと決めているんですよ。歯止めがないといけないから。その厳選の4枚のうちの一枚が薪車さんでした(爆)笑也さんの写真は今回1枚。(何枚買っても同じ顔で違うのは着物の模様だけと娘に言われている)あとは春猿さんに迫っている右近さんと、それから猿弥さんのどアップ写真を買いました。(むきみ隈の参考になればと思って)‥‥いや、しょうもない話ですみませんすっきり美形の薪車さん、今後の活躍が楽しみな役者さんだと思います。舞台写真は見染めた記念に‥‥なりました(笑)

義経千本桜「吉野山」
藤十郎さんの静は花道の登場ではありませんでした。以前観た「吉野山」では、花道から出てきた芝翫さんの静が遠くの桜を眺めるように客席を見渡して‥‥あのときは不思議、歌舞伎座全体が満開の桜の谷に見えました。玉三郎の静を見たときは海老蔵との並びがすごく美しくて「歌舞伎はヴィジュアルだ!」と思ったことでした。右近&笑三郎でも見たことがあったっけ。舞踊の演目って眠くなって意識が朦朧として覚えてないことが多いのです。だから大昔に観た三代目猿之助の「吉野山」を覚えているはずもないのですが、きりりとした四代目の忠信を見ると、ああそうそう、こんなだった!と思って、改めて「血」のすごさを感じました。

四代目の踊りはとにかく手が美しい。描く軌跡がすっきり一つの線に決まっていて無駄がなく端正。そしてスピード感。立ち廻りも素晴らしい。静に見えないところで狐の本性がチラリチラリと出るのも面白く、目が離せません。以前、海老・玉で見たときは主従でありながら恋人同士のような艶っぽい感じがまるで「海賊」のアリとメドーラねと思ったけれど、今回はメルヘンチックな、昔話の絵本を見るような春爛漫の世界が広がっていました。

驚いたのは藤十郎さんの静御前。ほとんど動かないときでも、そのたたずまいだけでじわじわと思いが伝わってくるのがすごい。もう1年も義経に会っていないんだなとわかる全身に漂う淋しさと心もとなさ。そして義経が吉野にいると聞けば、女の身で深い山奥まで分け入る気丈さとひたむきさ。それでいてとても柔らかで可憐なのです。何だかいじらしくて涙が出てきちゃう。これが芸の力というものでしょうか。きょう藤十郎さんの静が見られて本当によかった‥‥そんなふうに思った貴重な「吉野山」でした。

「楼門五三桐」
「絶景かな、絶景かな~!春の眺めが値千金とはちいせえちいせえ」いいねえ~。昔?この演目の通しをテレビで放送したことがあったと思うのですが‥‥当時はビデオなどは持っておらず、役者が一体誰だったのか記憶がさだかでないのが残念です。確か五右衛門と久吉が幼馴染ということがわかって、二人で仲良く腹這いになって話をする場面があったような‥‥あれは三代目猿之助だった?もう一度見てみたいです。

石川五右衛門は実は明国の臣宋蘇卿の子で、父は久吉に殺されるという‥‥何だか昨年11月に上演した「天竺徳兵衛」と似たような話ですねえ。同じような山門の場面もありましたが、こちらが本家本元でしょう。私も昨年・一昨年と二年続けて南禅寺山門に登りましたが、思わず「絶景かな」なんて言ってしまいたくなるような眺めでした。でも、実際の南禅寺山門は五右衛門の時代より後にできたものだそうですよ。

短いけれど印象的な一幕です。7月の新橋演舞場で上演されたときは海老蔵の五右衛門でした。極色彩の楼門の上にビロードのどてらと大百日の鬘という、このハデハデさに負けないくらいの役者の貫録が必要な場面。中車さんはどうかというと、枯れてかすれた声がこのひと月の頑張りを物語っているよう。テレビで見た初日のガチガチの様子からすればずいぶんと慣れてきた感じがしました。猿翁さんは休演。今回は体調がおもわしくないのでしょうか?残念ですが、代役の新猿之助の久吉の、五右衛門と好対照のすっきりとした姿もまたよかったです。

楼門の五右衛門のもとへ一羽の鷹が血で文字の書かれた片袖をくわえてきます。それによって養父光秀の仇である久吉が、また実父である宗蘇卿の仇でもあったことを知り‥‥折しもそのとき、山門がせりあがり、下には巡礼姿に身をやつした久吉が現れます。久吉は手水鉢の水に楼上の五右衛門が映っているのを見、五右衛門の投げた小柄を柄杓で受け止め「石川や、浜の真砂は尽きぬとも、世に盗人の種は尽きまじ」という五右衛門の歌を口ずさみ「巡礼に御奉謝~」で天地の見栄を見せて華やかに終わります。

前楽でもカーテンコールが1回ありました。見ごたえのある昼の部でした。

≪夜の部≫(26日)
「操り三番叟」

いろんなパターンがある三番叟ものの中でも、これは初めて見ましたが、面白いです。お人形になりきって踊るものだけれど、後見に動かされているような「人形振り」というのとは違って、手足に糸がついた操り人形の振りなのです。ふわふわと体重がないような軽い動き、手と足の糸が同じ棒についているかのような連動感などが絶品。

最初に藤十郎さんの「翁」が登場してゆったりとした典雅な舞を、次に吉太郎くんのかわいらしい「千歳」が面の入った箱を持って現れ、さわやかな舞を披露。それから、下手側に置かれた大きな箱から後見(薪車)が翫雀さんの三番叟人形を取り出して操り始めます。途中で糸が絡まって後見がそれを直したりする場面もあるのですが、最後は後見の肩に手をかけ、葛桶の上に片足で立って決まり。本当に糸に吊られているような浮遊感がすごい。楽しい舞踊でした。

「小栗栖の長兵衛」
中車さんは昼の部の「楼門五三桐」では
初めての古典演目、しかもただただその威容と存在感だけが求められる(得意の演技力はいらない)石川五右衛門役。あの緊張感は演じるほうも見るほうも大変なものでしたが、それに比べるとこういう新歌舞伎ならお手のもの。2度目の上演とあって縦横無尽に暴れまくっていました。

何が楽しいって、周りを固めるのはほとんどが父猿翁の育ててきた澤瀉屋の役者さんたち。彼らのキャラ立ち加減というか、配役の適材適所というか、その多彩さ層の厚さはすばらしい。それが全員一丸となって主役の中車さんを盛りたてているのだからいいですよね~。澤瀉屋一人一人の活躍は見ていて楽しく、やたらテンション上がってしまいました。

お話の内容は、村の迷惑ものの長兵衛をみんなでこらしめようとするのだけれど、そこへ久吉の家臣堀尾茂助(翫雀)が現れ、前日の合戦で敵の大将光秀を竹槍で仕留めた者を探しにやってきます。それが長兵衛だとわかると村の人たちの態度がコロリと変わるというお話。権力に弱い民衆を風刺したものというけれど、チームワークのよい澤瀉屋の面々が演じるとまた違った味わいがあります。新しい看板である中車さんをみんなで盛りたて、中車さんもその中に溶け込んでいくという‥‥最後の「ひとっ走りだ~!」はそんな新しい澤瀉屋の未来図を想像させてファンにはうれしい一幕だったと思います。

「口上」
昨年6月の東京での襲名披露のときと同様、最初に藤十郎さんが襲名の運びとなったことを披露。今回は新猿之助には大学の先輩にあたるという扇雀さん、翫雀さんも加わり華を添えていました。「竹ばあ」と呼ばれているという竹三郎さん、「秀太郎のことは嫌いになっても猿之助を嫌いにならないでください」なんて珍しい?挨拶をされた秀太郎さん、それぞれの愛情が込められた言葉に、居並ぶ一同の打ち解けたあたたかさを感じる口上でした。

「義経千本桜~川連法眼館の場」
先代が宙乗りの演出を加えて有名になったこの演目、新猿之助はこれを襲名披露の間ずっと上演し続けるということです。2010年の「亀治郎の会」で初めて四の切を上演し、2011年の明治座、そして昨年6月の襲名披露と狐忠信を演じてきて、これから3月の御園座、4月のこんぴらと続くので、そのうち「またか」ということになるかもしれませんが(笑)

上演記録を見ると昭和42年から平成12年まで、この演目は先代猿之助がぶっちぎりで上演し続け、猿之助といえば四の切、四の切といえば猿之助というくらい大切な演目なのですよね。これを襲名披露にもってきて上演し続けるというのは、やはり「猿之助」になるための儀式のようなものだと思うのです。事実、これで4回目だと思いますが、もうすっかり狐忠信が新猿之助のものになったような気がしました。

WOWOWで放送していた一昨年の明治座の「四の切」を見ましたが‥‥失礼ながら、あの妙なカメラワークのせいもありますが、第一印象は「何かヤだな」(笑)‥‥なんて思っちゃったりしました

これはいちファンの勝手な思いですが、私って多分「上手すぎる人」が好きではないのです。うまい人は理が勝って嘘っぽく見えるというか、ここで人が感動するだろうというツボをちゃんと知って押さえているでしょっていうあざとさが見えるというか。先代の狐はもっとじかに心に迫ってきたと思うのですが。姿はとても似ていながら、右近さんが、師匠が好きで好きでたまらずについそっくりになってしまうというのとは違って、あまりに簡単に、器用に似させているように思えて。

でも、今月の狐忠信は全く違いました。余分なものがとれたというか、力が抜けてきたというか。やはりこちらの勝手な見方にすぎないのでしょうが、狐の思いがストレートに伝わってくるように思いました。そして、その狐がかわいいというかいじらしいというか、特に「あ~」とか「はぁ~」とかため息ともつかぬ声をあげるところとか、「牡狐、雌狐」というところでプルっと鼻先を振るところとか‥‥かなりの萌え系狐ですねえ(爆) そうなると今まであまり好きではなかったこの人得意の「ドヤ顔」とやらまでが小気味よく思えるから不思議です。今までことさら「私は三代目猿之助のファンです」とか、「先代の弟子のファンです」とか言っていたけれど、わはは、これでついに四代目に陥落か(笑)

襲名とは、名前を背負うということはすごいことなんだと思いました。役者は芸の成長に応じてその名前を変えていく。一生この名前でいいと思っても周囲がそれを許さないこともあるし、一旦名前を背負ったからには、名前だけで中身は変わらないと本人が思っても、その名前にふさわしい姿におのずとなっていくんだなと。それは生まれ変わるのと同じぐらいにすごいことじゃないでしょうか。そして、他の誰の襲名よりも猿之助の襲名でそれを強く感じました。観客の反応をみてもわかります。みんな長い間、こんなにも「猿之助」の登場を待ち望んでいたんだ!‥‥今「猿之助」という名前は「ヒーロー」と同義語かもしれません。素晴らしい襲名披露公演でした。

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2013年1月16日 (水)

歌舞伎マンガも好き(笑)

大人になってからはそれほど漫画を読んでいませんでしたが、子どもが小学生ぐらいになったとき、そういえば私は漫画に育てられたようなものだった(知らない世界のことはみんな漫画に教わった)と思い、漫画を読まなきゃ人生損だわなんて思って、自分の子どもにも読ませようと、漫画の古典ともういうべきものを図書館で借りてきたり、自分で懐かしがって買ったりしました。それは私が昔読んだ「巨人の星」や「ブラックジャック」、はたまた「ベルサイユのばら」だったり「サイボーグ009」だったり、まあいろいろ。「漫画ばっかり読んでないで勉強しなさい」というべきところを、「社会勉強になるから読みなさい」なんて、私もよほど変な母親だったなあと思います。おかげで今、子どもは二人とも「部屋は漫画本でいっぱい」な奴らになってしまいました

私もその頃からまた少しずつ新しいものを読むようになりました。その中でもバレエを扱った作品が面白かったので、以前「バレエマンガも好き」というタイトルでここでもいくつかご紹介したことがありました。見てみたらそれは1~5まで続き、2009年で途絶えています。そのとき取り上げた作品はその後も続巻が出ているので、今度また久々にバレエマンガについても書いてみようかな~。

というわけで、久々に新規カテゴリー「漫画も好き」を追加しました(笑)バックナンバーもこのあと追々このカテゴリーに入れていくつもりです。まあ、そんなことはどうでもいいですね。で、バレエに次いで興味のある歌舞伎。そう、歌舞伎を題材にした漫画もあったんです。

漫画に登場する歌舞伎役者といえば、昔大好きだった「野球狂の詩」に出てくる国立玉一郎。歌舞伎界の御曹司で野球選手という「スラッガー藤娘」がいましたね。守れば「蝶が舞い蜂が刺す」華麗なる守備、打てば四番打者で、打席に入ればその姿の美しさだけで「国立屋!」と大向こうがかかる。野球で培ったたくましさで、見事女形から転身?して「勧進帳」の弁慶を堂々と演じるような立派な役者に成長したんでしたっけ。

Rimg1311 で、今回は人気の歌舞伎マンガ?「ぴんとこな」を読んでみました。2011年の「小学館漫画賞」の少女向け部門に選ばれた作品ということで、前から興味があったんですよね。このお正月休みに現在出ている1巻~8巻を大人買いして(爆)一気に読みました。最初はもろ少女漫画という感じでかなり引くところもあったのですが、これがだんだん面白くなってきて

ぴんとこな‥‥とは、辞書によると「歌舞伎の役柄の一。二枚目の和事役のうち、多少きりりとした性格をもつもの。『伊勢音頭恋寝刃』の福岡貢など。」とあります。(デジタル大辞泉)ネットで検索すると「文化デジタルライブラリー」の「歌舞伎事典」にいきつきますが、それにも「やわらかな色気を持ちながら『つっころばし』のように女性的にならず」云々と書いてあります。(こちら)

上方和事の二枚目といえば「つっころばし」という、女や金にだらしない大店のボンボンとか、吹けば飛ぶような頼りない奴ばっかりなんですよね。勘当されて紙衣をまとっていても育ちの良さは一目瞭然。どこまでも浮世離れしててお上品。「色男 金と力はなかりけり」って、それが一種上方の「美学」のようですが‥‥そういうんじゃない現代風なイケメン‥‥ということなのか。しかし、「伊勢音頭」の福岡貢以外の「ぴんとこな」を私は知りません(爆)

そんな題名なので「ぴんとこない」方もいるかもしれませんが、歌舞伎大好きな女の子を中心にした青春ドラマで、これが実によくできてるというか‥‥いや、最初はこの作者、「鏡獅子」ぐらいしか見たことないんじゃないの?と思ったくらい突込みどころ満載だったのですが‥‥その後どんどん面白くなっていきました。以下~~~内はネタばれ注意です。別に、ざっと内容を紹介するだけだからいいと思うんだけど、一応。

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中心になるのは三人、あやめ、一弥、そして恭之助。その三人それぞれのいろんなからみがありますが、誰が主人公っていえば基本はあやめでしょうね。あやめは小学4年生まではすごいお金持ちのお嬢様だったようです。大体小学校の新入生歓迎会の出し物で歌舞伎やるってすごくない?‥‥衣装はパパがポンと用意してくれるってどんだけよ‥‥まあマンガですからね。日舞初めてという小学生がちょこっと教わったくらいで「鏡獅子」ができるとも思えないけど、これもマンガですからね。‥‥とかいうのはもうよしにして(笑)

その小学生の時の「鏡獅子」をきっかけに、あやめに「歌舞伎役者になって」と言われ、後に師匠に弟子入りして歌舞伎の世界に入っていくことになる一弥。一方あやめは父親の会社が倒産し、一転して超貧乏になり、一弥の前から姿を消したのでした。

一弥とは離れ離れのまま月日が過ぎ、あやめは歌舞伎界の御曹司も通うような私立高校の特待生になっているのだけれど、生活のためバイトに明け暮れる毎日。勉強している場面なんかほとんど(1か所あった?)見たことないのに特待生やってられるってこの子超頭いい?あるいは相当なバカ学校なの?(ごめん)

その同じ学校に通う御曹司の恭之助は顔よし家柄よし、ファンもいいお役もついているのだけれど、なぜかやる気は全然なし。あるときあやめに手痛い指摘をされた恭之助は、逆にあやめに一目ぼれ。彼女のためなら何でもやるけなげな男に変身してしまったのでした。しかし、それほどまでにあやめに夢中になるって‥‥一体どこがそんなにいいのか?肝心のヒロインの魅力が全然わからないのですよ。まるで「残菊物語」みたい‥‥ちやほやされてばかりで芸に身が入らない名門の跡取りが、子守女に率直な指摘をされたことから身分違いの恋におちていくというのと似ているような。

そうそう、横道にそれますが去年、映画「残菊物語」を見る機会があったんです。多分3回ほど映画化されているのですが、見たのは先代猿之助の若い頃のもの。決してイケメンではないですが、一途なところがかわいい非常にレアな映画だったと思います。最後の船乗り込みのシーンは思わず泣いてしまいましたよ。

で、その先代猿之助のお弟子さんたちのファンである私の立場(?)としてはもう当然、門閥外ながら努力と才能で頭角を現してくる一弥を応援したいところなのですが、こいつがまた曲者なの!(笑)まだ中学生のころから、師匠の娘と結婚して婿養子になれば師匠の名跡も継げるしいいお役がつく‥‥とかそんなことを考える奴で。事実お嬢さんには好意以上のものを持たれ、師匠にも期待されて全くの据え膳状態なんだけど、芸のためとか打算とかで簡単に関係をもっちゃうアンタ、一体何なの!それでいて、本心はいつまでも小学生の頃好きだったあやめのことを思っているなんて。

一方、そういう家柄だから仕方なく歌舞伎をやっていたような恭之助ですが、一弥とのライバル意識もあって次第に芸に身を入れ始め、歌舞伎の面白さに目覚めてくるのですよ。そう、読んでいくうちにだんだんとこの子がすごくけなげでかわいいと思えるようになってきて‥‥第一好きな女の子のためとはいえ、バイトをかわってあげたりしますか?ライバルが舞台で失敗して歌舞伎をやめそうになったとき、家におしかけて世話をやいたり、お掃除してあげちゃったりしますか?もうかわいさ満開の胸キュンキャラです

一弥も、恭之助も、あやめのことが好きでずっとこの三角関係は続くのかと思いきや、あやめは一弥の将来を思って身を引き、一弥もこの世界で名を上げるためには「家」と後ろ盾が不可欠と観念し、師匠の婿養子になると決意してあやめのことは諦めようとする‥‥その頃から、一弥と恭之助は恋のライバルから一転してお互いをなくてはならない存在として意識する間柄になっていくのでした。

一方であまりの貧乏生活をみかねて恭之助の家に無理やり連れて行かれ、居候となったあやめですが、クールなあやめが少しずつ「女の子」に変化していく?いや、最新刊ではどうもあやめを抜きにして二人の芸道バトルにスイッチしていきそうな予感。大人の読者からすれば、ラブコメよりそのほうが断然いいですけどね。しかし、それがちょっといきすぎて一弥は恭之助を夢中にさせているあやめを疎ましく思い始め‥‥何て勝手な野郎なんだ!?

家柄、天性の華‥‥何もかも最初から揃っている恭之助は、ただやる気になりさえすればいい。しかし、門閥外の人間はいくら努力しても、どんなに実力があっても御曹司にはかなわない世界。そこを一弥が今後どうやって切り開いていくのか。

しかし‥‥一弥の付き人になった山本(こんなへらへらした奴即刻クビだと思うんだけど)とか、今までも何かとたくらみの多い研修所出身?の梢六とか、いろいろ一弥の足を引っ張りそうなキャラも登場してきてとても一筋縄ではいかなそう。そして「お嬢さん」の女の子らしい愚かさ(イライラするんだけど)を見ると、このまま大丈夫なはずはないよねえ‥‥恭之助のお父様の健康状態も心配、というか‥‥御曹司といえども後ろ盾をなくしたらどうなるのか。いやいや、これからますますスリリングになる気がします。次巻発売が待ち遠しい漫画の一つになりました。

肝心の歌舞伎シーンですが、6~7巻の「野崎村」は芝居の役柄と実際の登場人物の心情がオーバーラップして圧巻!‥‥ここが最初の山場になっていると思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

というわけで、一気読みできるほど面白かったです。絵もきれい。でも高校生という設定にちょっと無理があり(いくら御曹司でも高校生でそんな役つかないだろうって突っ込みが随所に)前半は恋愛中心で、歌舞伎のことよりも学校や家でのことのほうが多くて何だかな~という感じ。そういうところが少女漫画なのか‥‥って、いや、これって少女漫画だよねえ? 最近の少女漫画ってこんなにラブシーン多いの?どう考えても不必要な描写まで(爆)‥‥という「ぴんとこな」でした。

もう一つ、歌舞伎漫画で忘れてはいけないのは「かぶく者」です。こちらはもう連載終了してしまい、続編も出ないようなので残念‥‥主人公のその後がぜひとも知りたいのですが。これは一昨年だったか、やはりコミックを全巻大人買いして一気読みしました。少年漫画らしくスポ根ものに近い感じですが、息もつかせぬ超絶芸道バトルの連続で非常に面白かったです。これも機会があればまた読み返してご紹介したいと思っています。

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2013年1月 5日 (土)

ことしの舞台鑑賞

タイトルは「ことしの」ですが、まずは昨年の記録から。

【1月】
レニングラード国立バレエ「新春特別バレエ」
レニングラード国立バレエ「海賊」×3
レニングラード国立バレエ「白鳥の湖」
ル・テアトル銀座 坂東玉三郎初春特別公演「妹背山婦女庭訓」
松竹座 壽初春大歌舞伎 昼の部
松竹座 壽初春大歌舞伎 夜の部
浅草公会堂 新春浅草歌舞伎 夜の部「敵討天下茶屋聚」

【2月】
ボリショイ・バレエ「スパルタクス」
ボリショイ・バレエ「ライモンダ」
アリーナ・コジョカル・ドリーム・プロジェクト Aプロ
アリーナ・コジョカル・ドリーム・プロジェクト Bプロ

【3月】
南座 秀山祭三月大歌舞伎 昼の部

【4月】
新橋演舞場 四月花形歌舞伎 昼の部「仮名手本忠臣蔵」序幕~四段目
新橋演舞場 四月花形歌舞伎 夜の部「仮名手本忠臣蔵」五段~十一段

【5月】
新橋演舞場 五月花形歌舞伎 夜の部「椿説弓張月」
さくらホール 市川月乃助「土御門大路」


【6月】
シュツットガルト・バレエ「白鳥の湖」
グルジア国立バレエ「白鳥の湖」
新橋演舞場 猿之助襲名披露公演 昼の部
新橋演舞場 猿之助襲名披露公演 夜の部「ヤマトタケル」

【7月】 
グルジア国立バレエ「特別プログラム」
キエフ・バレエ「華麗なるクラシックバレエ・ハイライト」
新橋演舞場 猿之助襲名披露公演 昼の部「ヤマトタケル」
新橋演舞場 猿之助襲名披露公演 夜の部

【8月】
世界バレエフェスティバル Aプロ
世界バレエフェスティバル Bプロ
新橋演舞場 昼の部「桜姫東文章」×2
新橋演舞場 夜の部「伊達の十役」
国立劇場 稚魚の会・歌舞伎会合同公演

【9月】
東京バレエ団「オネーギン」
松竹大歌舞伎(巡業)×2
紀尾井ホール 市川月乃助「武士の尾」

【10月】
三越劇場 新派公演「葛西橋」

【11月】
マリインスキー・バレエ「アンナ・カレーニナ」
マリインスキー・バレエ「ラ・バヤデール」
ダニールシムキンのすべて「インテンシオ」
明治座 花形歌舞伎 昼の部×2
明治座 花形歌舞伎 夜の部「天竺徳兵衛新噺」×2

【12月】
スターダンサーズバレエ団「くるみ割り人形」
キエフ・バレエ「ジゼル」
新橋演舞場 十二月大歌舞伎 昼の部

バレエ 21公演  歌舞伎 23公演  その他 3公演
合計  47公演

何と、昨年はとうとうバレエより歌舞伎のほうが多くなってしまいました。バレエ・歌舞伎以外は月乃助さんの公演‥‥月乃助さん、早く歌舞伎に帰ってきてくださ~い!

バレエでは、ボリショイとマリインスキーの両方がやってきた昨年、とにかくボリショイの圧倒的な迫力にやられました。2つの演目を一回ずつしか見なかったけれど、もっと見ておけばよかったと後悔するくらい。特に「スパルクス」は圧巻でした。マリインスキーも、コールドの隅々まで超バレリーナ体型のダンサーを並べて、それはそれは美しかったけれど、心を突き動かされるという面でやっぱり私はボリショイが好きかな~と思った今年の来日公演でした。ガラでは「アリーナ・コジョカル・ドリーム・プロジェクト」が本当にキュートで洗練されていて、素敵な公演でした。

歌舞伎は、猿之助襲名披露公演の熱狂が今もずっと続いている感じです。でも、澤瀉屋以外も結構見ました。

通し狂言の好きな私ですが、演目的に面白かったのはやはり「椿説弓張月」。歌舞伎のいろんな要素が詰まっていて、ドラマチックで見ごたえがあって、もっと上演されていい演目ではないでしょうか。4月の忠臣蔵の昼夜通しは今までにないフレッシュな顔ぶれで楽しめました。8月の「桜姫東文章」も面白かった。

贔屓の澤瀉屋は‥‥昨年上演された猿之助四十八選の「敵討天下茶屋聚」と「天竺徳兵衛新噺」は悪人が主人公のためか、うわべは面白くても後味が悪くいまいちのれませんでした。例えば「獨道中五十三驛」などものれない通し狂言ですが(笑)‥‥ばかばかしいくらいの早替わりも、パロディも、数々のケレンも、宙乗りも本水も、先代がやればこそだったと思います。これからはそんなに「奮闘」しなくてもお芝居の中身、特に四代目は器用なので、泣かせる芝居、ドラマチックな芝居‥‥一昨年の「當世流小栗判官」みたいに根底に「愛」があるようなお芝居をやってほしいなあ。スーパー歌舞伎ももっと見たいです

4月からは新しい歌舞伎座の開場もあり、6月までは東西の名優による有名古典演目がずらっと並びますが‥‥3部形式で時間が短いにもかかわらずチケット代がバカ高い!そして私の愛する澤瀉屋は蚊帳の外のようで

そう、澤瀉屋ファンは、ことしは遠征ばっかりで大変ですよねえ。それでも、4月のこんぴら歌舞伎は澤瀉屋一門としては初めて?だと思うので本当に楽しみです。6月は博多‥‥もうわき目もふらず遠征します。私が新しい歌舞伎座に行けるのはいつになることやら(笑)

バレエでは、今のところチケットを買っているのは3月の日本バレエ協会の「白鳥の湖」。元レニングラード国立バレエにいた大好きなバレリーナ、エレーナ・エフセーエワがオデット/オディールを踊ります。昨年11月のマリインスキーの来日公演では、オスモールキナの代役で急遽ガムザッティ役を踊るというので、あわててチケットを買って見に行きました。もう何年見ていないんだろう‥‥と思ったけれど、彼女はいい意味でも悪い意味でもあまり変わっていなくて、でも、私は好きだった彼女が見られて幸せでした。そのエフセーエワが今度は「白鳥」、しかも去年来なかったシヴァコフとなのでとても楽しみです。

もう一つ、3月に行われるチャリティ・バレエ「グラン・ガラ・コンサート」にもエフセーエワが出演するのですね。しかもパートナーはコールプ。これも楽しみ これにはほかにキエフ・バレエのハニュコワ、それからシュツットガルト・バレエのアレクサンドル・ザイツェフも出演するそうです。ハニュコワは2010年の夏ガラで見たことがある、とてもかわいらしいバレリーナ。それからザイツェフは2008年のシュツットガルト・バレエ来日公演で見て一目ぼれ(笑)するも、その後全然見る機会がなかったのですが、昨年9月の東京バレエ団の「オネーギン」で、ラドメーカーの代役としてレンスキー役を踊ったのが見れてうれしかった。そのザイツェフがまたやってきます。

でも、チケット買ってあるのはこれだけ。ことしは「マニュエル・ルグリの新しき世界Ⅲ」や「マラーホフの贈り物・ファイナル」があるけれど‥‥例によって歌舞伎の遠征があるので見れるかどうかわかりません。まだ詳細はわからないけれど7月には久々の「ルジマトフのすべて」もあるようですし。

ええ、ルジマトフ!これだけは絶対、何があっても見ますよ!今でも私の一番の王子様です 去年あんなに素敵なコンラッドを見せておいて、夏に来なかったなんて!‥‥苦節何年じゃないけど、1年何ヵ月も見れなかったこの「ルジ枯れ」感は相当なものですから(笑)ルジさまにも覚悟して来日してほしいです。

話は変わりますが、昨年末の中村勘三郎さんのご逝去‥‥まだ50代で、あまりに早すぎて信じられない、すごいショックでした。芝居の神はかほどにこの役者を寵愛し、そばに置きたくて地上の観客から奪ったのか‥‥いや、芝居の神がいるとしたら、この世での依り代をそう簡単になくするはずはない。今までのご活躍もさることながら、これからの歌舞伎界を中心になって牽引していくべき人だったのに。ご本人が一番悔しい思いでしょう‥謹んでご冥福をお祈りいたします。

私が最後に見たのは一昨年の12月、平成中村座の舞台でした。5月までのロングランで毎月大役を務め、特に5月は「め組の喧嘩」「髪結新三」と昼夜にわたる大活躍。でも、私はwowowで見られるからいいやなんて思って見ていなかったんです‥‥それから半年足らず。まだまだこれから、いつでも見られる人だと思っていました。

自分もこれから同じような年代に入っていくにつれ、やはり明日はわからないかもしれない。いや、病気だけでなく、日々気をつけて穏やかに暮らしていても、いつ大地震が起こるか、いつトンネルが崩れるか、わからない世の中じゃないですか。私の同年代の知人には「もうこれからは見たいと思ったら見れるうちに我慢しないで見ることにした」という人もいました。私は、あまり我慢してないように見えるみたいだけど(爆)舞台はやはりその時限りの一期一会。これからも一つ一つを大切に見ていきたいと思います。

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2012年9月12日 (水)

新橋演舞場八月花形歌舞伎昼の部

Photoもう先月のことになっちゃいましたが、「桜姫東文章」の通し上演を見てきました。のっけからBL心中あり、幽霊あり、濃厚な濡れ場あり、残忍な殺しありの盛りだくさんなお芝居でした。いや~歌舞伎ってすごい。よく考えたらひどい話なんだけど、めっちゃ面白かった!

歌舞伎の感想を書くのは久々ですが、前から見たいと思っていて機会がなかった演目を見ることができたので、せっかくだから頭を整理するために記録してみたいと思います。

この作品は文化14年(1817年)に四世鶴屋南北によってつくられ初演されました。それ以前から「隅田川物」とか「清玄桜姫物」というのがお芝居の素材としてあって、能楽など関連する作品がたくさんあったそうです。これはさらに娯楽性が増して、南北らしい荒唐無稽な面白さ。初演以来上演されなかったものを昭和になって復活させ、以来人気演目となったようですが、回数としてはそれほど上演されているわけではないのですね。まずは物語から。

発端 江の島稚児ヶ淵の場
幕外、二つの寺の僧侶たちが、魔除けの鐘や太鼓をたたきながら失踪した清玄と白菊丸を捜しにやってきます。彼らが去ると、花道を清玄と白菊丸が登場。二人は道ならぬ恋のために駆け落ちしたのでした。互いの名前を記した香箱の蓋と身をそれぞれ握りしめて、来世で夫婦になろうと海へ身を投げるはずが‥‥白菊丸が先に飛び込んだものの、清玄はどうしても飛び込むことができずに生き残ってしまいます。

序幕 第一場 新清水の場
幕が振り落とされると桜満開のきらびやかな新清水の舞台が現れます。新清水は鎌倉時代に京都の清水寺をまねてつくられた寺だそうで、舞台上手に音羽の滝もちゃんとあります。長谷寺のことだとか、寿福寺のあたりにあったとか、いろいろですが、お芝居には絢爛豪華な場所として時々登場するようです。その舞台の中央に桜姫、周りにあまたの腰元や家来が控えた華やかさ。そこへ清玄一行の僧侶たちが花道から登場してきます。

稚児ヶ淵から17年、死にきれなかった清玄はその後一心に修行にはげみ、今では長谷寺の高僧となっていたのでした。一方京都の公家の吉田家の息女桜姫は、父と弟を殺され、家の重宝を盗まれ、さらに生まれつき左手が開かない障害から縁談も破談になってしまいました。不幸な運命から世をはかなんで、いっそのこと剃髪して尼になりたいと清玄に願い出るのですが、弟子の僧たちに修行はそんなに甘くないと諭されます。

そこで清玄が念仏を唱えると、今まで開かなかった桜姫の手が開き、不思議や、握りしめていた香箱の蓋が現れたのでした。桜姫一行は、手が開くようになったからには縁談は思いのまま、どうか出家を思いとどまるようにと口々に言いますが、やはり桜姫の意志は固いようです。一方驚いたのは清玄。自分の名を記した香箱の蓋を持っていたということは、桜姫は白菊丸の生まれ変わりに違いありません。出家のことはのちほど草庵にてと言い置いてその場をあとにします。

その後現れたのが桜姫との縁談を断った入間悪五郎と、吉田家の家臣松井源吾。この二人こそ実は吉田家を乗っ取ろうと手下の権助に桜姫の父を殺害させ「都鳥の一巻」を奪わせた張本人。このお話の根幹はお家騒動なのですね。悪五郎は一旦は縁談を断ったものの、桜姫の手が開いたことで状況が変わり、ほかから縁談でもきたら困るので権助に復縁の手紙を届けさせることにします。

第二場 桜谷草庵の場
出家を待つ桜姫のもとへ権助が悪五郎の手紙を持ってやってきますが、桜姫はもとより読むつもりはありません。ところが、権助の腕の彫り物を見て急に態度が変わり、腰元たちを下がらせ、突然権助に熱烈アプローチ。(あれあれ、出家はどうなったの)実は桜姫は先年吉田家に押し入った盗賊に強姦されたにもかかわらず、その相手が忘れられず、彼の腕にあった刺青と同じものを自分の腕にも彫っていた‥‥何て大胆で不良なお姫様!おまけに彼の子どもまで密かに産み落としていたというびっくりな展開。信じられな~い!桜姫は恥ずかしがるふりをしながらもデレデレで大胆にもするすると帯を解き、権助の帯まで‥‥とんでもないお姫様ですこの「濡れ場」は聞いたとおりの妖艶さでした。

ところが、そこへ僧の残月がやってきます。残月は常々清玄を追いおとして自分がその位に着こうという野望を持っていました。それで、桜姫の腰元の長浦に近づいていろいろ画策していたようです。(この二人がこのあとも道化役として関わってきてなかなか面白いのですよね。)その残月がこの現場を見てしまい、寺で不義密通とは何事!と桜姫を捕えます。権助は逃亡。そこへ清玄がやってきますが、桜姫の持っていた香箱の蓋に清玄の名が書いてあったことから、悪五郎や残月たちに桜姫の不義の相手にされてしまうのです。忍び込んだ悪党が相手だったとは言えない桜姫を気遣って?弁解しない清玄はこの後百叩きにあって寺を追放されてしまうのでした。

このあと「稲瀬川」という段が間に入るそうなのですが、ここではカット。そのかわりに幕前で桜姫の赤子を預かっていたという夫婦が「養育費を払わないから赤子は返した」とか話す場面がありましたが、これだけではつなぎがよくわからないのでちょっとこの間の話を調べてみました。

二人は追放されて放浪の身となってしまいます。清玄は前世からの因縁(白菊丸の生まれかわり)を桜姫に話して激しく迫りますが、姫はそんなこと知ったことではありません。そこへ悪五郎が現れて赤子と姫を連れ去ろうとしたとき、清玄はそれを止めようとして川に落ちてしまいます。で、清玄は一命をとりとめますが、姫のちぎれた片袖と、なぜか混乱にまぎれて赤子が清玄の手に残った‥‥というお話のようです。

二幕目 三囲の場
隅田川のほとりの三囲神社、中央に鳥居と石段。そして上手の土手から零落した桜姫、下手に桜姫の赤子を抱いた清玄が雨の中、たき火で暖をとろうとしています。お互いに気付くのかなと思いきや、雨と闇の中、気付かないですれ違うのですね。静かな舞踊のようなせつない一場面です。

三幕目 岩淵庵室の場
さて、不義を理由に清玄を寺から追い出した残月ですが、落とした手紙を吉田家の忠臣粟津七郎に拾われ、長浦との関係がばれて、残月もその場で寺を追放されてしまっていました。今は地蔵堂の堂守としてその脇の汚い草庵で長浦とともに暮らしています。実はここにはまた衰え果てた清玄が桜姫の赤子とともに転がり込んでいました。そこへ疱瘡で子どもを失ったという葛飾のお十という女が、子どもの供養として地蔵堂にやってきます。泣く赤子の声を聞き、お十はみかねて死んだ子の代わりに自分が預かって育てましょうと申し出ます。それですぐに赤子を渡してしまう不思議(笑)

清玄はいまだに桜姫への妄執が消えず、例の香箱を取り出しては大事そうにしているので、それを金子だと勘違いした残月たちに、青トカゲの毒を無理やり飲まされて殺されてしまいます。そこへなぜか穴掘り人足?になった権助がやってきて、清玄を始末する穴を掘っているところへ、僧衣をかけて笠をかぶって変装した桜姫が人買いに連れてこられるのです。女郎として売り飛ばそうとした残月ですが、桜姫だと気付くと態度を変え、長浦が以前拝領した小袖を着せてお姫様の姿に戻し口説こうとします。そこへ権助。桜姫と自分の腕の彫り物を見せ、因縁をつけて残月と長浦を追い出してしまったのでした。

権助と再会してほっとする桜姫ですが、今度は権助が桜姫を売り飛ばそうと(?)女郎屋に算段に出かけてしまいます。桜姫が一人で薄気味の悪い庵室で留守番をしていると雷が落ち、その衝撃で何と清玄が生き返ったではないですか。(ギョッ!)清玄は桜姫に迫りますが聞き届けられないので、桜姫を殺して自分も死ぬと言って襲いかかります。が、権助が掘った穴に落ち、持っていた出刃包丁が刺さってまたあっけなく死んでしまいます。(踏んだり蹴ったり‥)そこへ話をまとめて帰ってきた権助とともに桜姫もこの場を出て行くのでした。

四幕目 山の宿町権助住居の場
もうこのへんまでくるとわけがわからなくなっていますが‥‥その後、権助は桜姫を女郎屋に売った金を元手にして長屋の大家に収まっていました。なぜかお十が預かった桜姫の子は夫の仙太郎に捨てられてまたここに連れて来られ、そのことで権助が仙太郎をゆすっています。結局、乳母代わりに女房のお十をよこせとか何とか‥‥(?)

そこへ桜姫が人買いに伴われて戻ってきます。一時は人気の女郎だったにもかかわらず、夜な夜な枕元に清玄の亡霊が出るので、気味悪がって客が近づかなくなってしまったので返すとのこと。桜姫を返すから金を返せと言われても、権助にはそんな金はありません。それじゃあ代わりにお十を女郎屋にやるという話(めちゃくちゃ)になりました。ところが、お十はすぐに承諾しただけでなく、なぜか夫の仙太郎もお十に去り状を渡す‥‥実は、仙太郎もお十も吉田家の家臣で、これは桜姫のために仕組んだことだったようです。

久しぶりに権助と二人になった桜姫は、だらしなく布団に寝転んでしゃべり始めます。女郎に身を落とした桜姫が、伝法な言葉とお姫様言葉をごちゃまぜにした台詞を言うのがこの場面です。それはある意味壮絶。しかし、これからいいところというときに、寄り合いの誘いが来て権助は出かけてしまいます。

一人残った桜姫のところに清玄の亡霊が現れますが、桜姫は怖がりもせず相手にもしません。もはやこうなると清玄がかわいそうですねえ。これほどまでに姫に執着しているのに姫は平気の平左。清玄はそこにいる赤子が桜姫の子だと告げて去っていきます。そこへ権助が酔っ払って帰ってきて、自分は実は以前吉田家の当主(桜姫の父)を殺害して家宝の都鳥の一巻を奪った張本人で、さらに桜姫の弟の梅若を殺し、お家乗っ取りを企む入間悪五郎まで殺したと話して、そのまま寝入ってしまったのでした。

驚いたのは桜姫、何という因果の恐ろしさ!自分を強姦した男を愛してしまうというありえない設定もさることながら、その上にそれがまた父と弟を殺し、家宝を奪った仇だったとは。すっかり下賤のなりわいがしみついてしまったすれっからしのお姫様が、急転直下の大変身。ここでいきなり元の「名家の息女」に戻るのです。

何と、自分の産んだ子でありながら仇の血を引くものとして赤子を手にかけ(しかし、年月がたってもこの子はちっとも大きくならないんだな‥)さらにはあれだけデレデレに好きだった権助を殺して、親の恨みを晴らすという‥‥。すごいです。すさまじいまでの流転と人間の業。それでも中身はやっぱりお姫様だったんだ

大詰 浅草雷門の場
最後は華やかに、雷門前での大立ち廻り。つかず離れず姫を守護していたと思われるお十とその夫で実は家臣の粟津七郎、奴の軍助らに守られてつづらの中から現れる桜姫。そして都鳥の一巻が戻りお家再興ができることになった弟の松若、お偉いさんまで現れて‥‥もちろん桜姫はもとのさやに収まり、万事めでたしめでたしの華やかな終わり方でした。

しかし、何という桜姫のたくましさ、したたかさ。あれだけのことがあったにもかかわらず元通りのお姫様だなんて、これでいいの????これは結局お家騒動もので、最初の清玄と白菊丸のBL話や生まれ変わりの因縁、亡霊になってまで付きまとう清玄の執念なんかほとんどどうでもいい感じ。桜姫に何とも思われてない清玄さんが実にお気の毒です。最後はまったく狐につままれたようなありえなさ。(笑)でもあり得ないから歌舞伎(傾き)で、あり得ないから面白い。そんなすごいお話でした。

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ストーリーをかいつまんだだけでもこんなに長くなってしまいました。これを演じた役者さんですが、桜姫役の福助さん、もうこのキモかわいい姫キャラはこの方以外にはできないでしょう。高貴さと下品さを併せ持った業の深い女。遊女言葉と姫言葉をまぜこぜに使う場面などは、開き直ったすごみすら感じられました。流転するばかりと思ったら、ここぞのところできりっとなって思い切った決断をする。その転換が素晴らしかったです。しかし、この方はオペラグラスなどでアップにして見てはいけませんね最初の花道での白菊丸を見て無理があるなあと思ってしまいました。あくまでも遠目で美しく。(以下自粛)濡れ場の、お姫様をかなぐり捨てたウハウハな感じのリアルさも相当なものでした。

清玄役の愛之助さんは最初その美しさにうっとりするくらいしかし‥‥亡霊になってまでもストーカーに走る激しく一途な気持ちというのはよくわかったけれど、高僧に上りつめるまでに至った17年間の修行も全部無駄になったような、煩悩によってどんどん落ちぶれていくとても情けない役なんですよねえ。第一僧侶が成仏できないってどうなの?いや、発端で怖くなって死ねなかった時点からず~~っと情けない役で本当にお気の毒でした。

権助役の海老蔵さんは、夜の部では十役早替わりを演じる大活躍なのに、昼の部でもしっかり活躍していてすごいなと思います。夜の部の十役の中には、合わない役?で客席から笑いが出ていたりしましたが、この権助ははまり役。ただ声がもうちょっと歯切れいいといいのだけれど。ヴィジュアル的には申し分ない権助。桜姫がバカ惚れするのもわかります。これだけの色気と華とヴィジュアルを持った役者さんはほかにいないのではと改めて思いました。ただ「悪の華」というまでにはまだすごみが‥‥「チンピラ」程度かな。やっぱり課題は「声」ですね。

私のおめあての澤瀉屋の方々もそれぞれに活躍していました。右近さんの折り目正しい忠臣ぶりに、弘太郎さんの一生懸命な奴姿、それぞれに見せ場がありました。そして笑也さん演じる葛飾のお十も、お家再興に画策する女スパイ?みたいにきりりとしていてなかなか素敵でした。三人が揃って見得を切るところなど澤瀉屋ファンにはうれしい場面だったと思います。

あと、妖しげでいかにも南北チックな味を醸し出している市蔵さんの残月と萬次郎さんの長浦が最高でした。

実は、4月から新橋演舞場に毎月行っていました。4月は若手花形による「仮名手本忠臣蔵」の通し上演を昼夜。5月は夜の部だけですが通し狂言「椿説弓張月」。そして、6月7月は澤潟屋一門の襲名披露公演。8月はこの「桜姫東文章」、夜の「伊達の十役」と、5ヵ月連続で楽しませてもらいました。9月以降はおなじみの古典演目がずらっと並びますが、今のところ行く予定はないので、これでまたしばらく演舞場はご無沙汰かもしれません。

途中、歌舞伎座の前を通るたび、だんだん姿を現してくる新しい歌舞伎座の建物を定点観測のように写真を撮ったりしていました。
次に来るときはもうかなり出来上がっているでしょうね。そんなことを考えながら真夏の銀座をあとにしました。

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2011年12月18日 (日)

2011年後半観賞記録(歌舞伎編その1)

歌舞伎の観賞記録、どこまで書いたんでしたっけ?確か6月まで書いたはずです。だから7月から。ああ、ずいぶん長い間感想も何も書いていなかったんですね。しかし、時のたつのは早いです。7月なんてついこの間のような気もするし、遥か昔のような気もするし(笑)この半年ほどで見たのは以下のとおりです。私はバレエを見る人だったはずなのに、ことしはなぜか歌舞伎熱が出てきてしまったようでこのありさま。といってもミーハーな私は広く何でも見るわけではなくて、特定の役者さんが出るときしか見ていないのですが

7月 新橋演舞場「七月大歌舞伎」昼の部
    新橋演舞場「七月大歌舞伎」夜の部 

8月  国立劇場「稚魚の会・歌舞伎会合同公演」 

9月  松竹座「九月大歌舞伎」昼の部
    
松竹座「九月大歌舞伎」夜の部
    
新歌舞伎座「九月松竹大歌舞伎」昼の部
    巡業「松竹大歌舞伎」(アミュー立川)
 

10月 新橋演舞場「芸術祭十月花形歌舞伎」昼の部
    新橋演舞場「芸術祭十月花形歌舞伎」夜の部
 

11月 巡業「松竹花形歌舞伎」(日本青年館&町田市民ホール)
    平成中村座「十一月大歌舞伎」昼の部

12月 平成中村座「十二月大歌舞伎」昼の部
    国立劇場「元禄忠臣蔵」
    日生劇場「十二月歌舞伎公演」夜の部(予定)

この中でも、やはり一番わくわくして一番楽しんだのは10月の新橋演舞場でした。このときばかりは昼2回、夜3回見てしまいました そして、ああ~やっぱり私は澤潟屋が好きなんだなあ~と実感しました。すりこみ?と言うべきか、三つ子の魂百までと言うべきか。

はるか昔の高校時代、農協だか信用金庫だかのバスで行く観劇会に、母のお供で行ったのが「猿之助奮闘公演」。その後も何回か同じ観劇会に便乗して行かせてもらったけれど、それがいつも7月の歌舞伎座でした。歌舞伎ってこんなに面白いものだったんだと思いましたよ。あの頃から私は猿之助の世界イコール歌舞伎と思い込んでいたのかもしれません。その後、叔父が勤務する学校の観劇会(保護者の?)で団体券を買ってもらって何年か続けて行ったけれど、それが12月の歌舞伎座。これも例年猿之助が出演する公演でした。

子育て中はほとんど歌舞伎など見ていなかったけれど、だんだん子どもの手が離れてきて、やっと最近見れるようになったと思ったら‥‥猿之助は病気に倒れ、猿之助一門の方々も、何だか見る機会が少なくなってしまっていたんですね。

それが何と、あの9月の突然の記者会見!あれは本当に驚きました。香川照之の歌舞伎界進出と、亀治郎の四代目猿之助襲名はダブルでびっくり。一体なぜ?どうして?猿之助ファンとしては嬉しいニュースのはずなのに、最初は釈然としませんでしたよ。

だって、猿之助といえば、家柄門閥問わず梨園の出身でない人の中からでも魅力のある人を見出して、チャンスを与え、育ててきた人なのですから。舞台で、いつも観客に持てるものすべてを惜しげもなく与えてきたように、自分のつくりだしてきた世界を、血縁にこだわらずあのお弟子さんたちに継承させていくんだろうなと勝手に思っていました。それが、やっぱりつまるところ血のほうが大事だったのか‥‥なんてね。

何より、私の大好きな「チーム澤潟」(勝手に言ってます)、右近さんや笑也さん、段治郎さんたちがどうなるのか、そればかりが心配でした。だけど、そんないちファンの心配など、あの10月の公演を見たらいっぺんにふっとんでしまったのです。以下、某SNSに書きこんだ、2日目を見てすぐの私のつぶやきです。

きょう新橋演舞場夜の部を見てきました。
もう、すっごく面白かった!
昔心躍らせた猿之助の時代が帰って来たような、嬉しいような懐かしいような気持ちです。早替わりや宙乗り、スペクタクルな演出、そしてスピーディーな展開。
猿之助の残そうとしている宝は大丈夫、ちゃんと次世代に伝わっていくと確信しました。
最後に澤潟屋の役者が勢揃いするのを見たらウルウルきてしまいました。
最高です!

今見ると節操無く舞い上がっていて恥ずかしいのですが。線が細く感じていた亀治郎も、小栗判官の衣装を着たら昔の猿之助そっくり。声も、馬に乗った時のあの得意顔も。そして、かなり無理して声を張り上げているなあ、あれで1ヵ月もつかしら?と思った漁師波七も、花道での見得を真横から見たとたん、私の中にずっとあったかつての猿之助のシルエットとピタッと重なってしまったんですね。これはもうしょうがないや。やっぱり「血」ってあるのかなあ。右近さんがどんなに師匠に傾倒してそっくりに演じても、それは「真似」としか見られないけれど、亀ちゃんは本当に姿かたち、声まで同質なんだもの。そしてそれだけではない「何か」も確かに感じられて、もうどうにも有無を言わせぬものを見せられてしまった気がしました。

また、右近さんも師匠のやっていない「京人形」のような演目で持ち味を生かした新境地を開いた感があり、笑也さんも次世代猿之助の相手役としてまずまずの及第点?笑三郎さん、猿弥さん、春猿さんなど芸達者で個性的な面々もそれぞれ持てる力を発揮していて、澤潟屋大好きな者としては本当にうれしい1ヵ月でした。

ああ、やっぱり歌舞伎好きだ~。ずっとファンでよかった(笑)
では、忘れていたことを思い出しながら順を追って。

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【新橋演舞場「七月大歌舞伎」】
Shinbashi201107b謹慎中だった御曹司の復帰公演ということでチケットは完売。特に私が行った日は有名人の方もちらほら見受けられて、とても華やいだ雰囲気でした。

昼の部
「義経千本桜~鳥居前」

よく見れば、門之助さんの義経以外は、前の月に名古屋で「新水滸伝」をやっていた方々ばかりで、澤潟ファンにはうれしい一幕でした。

笑也さんの静は、私は「鳥居前」では初見でしたが‥‥鳥居前の静って、密かに都落ちした義経をすぐさま追いかけてきて恨み事を言ったり、連れて行ってくれと駄々をこねたり、それが叶わぬと「死ぬる、死ぬる」と泣いたり、かなり「ウザい女」なんだけれど、笑也さんたらサラッとしたツンツンお姫様で、品はあるけれど、あまり義経への愛が感じられない(爆)ま、それでもいいじゃない。硬質な美しさだけ。それも個性で私は好きです。濃厚な「ウザい女」を見たいなら、やっぱり春猿さんが一番ね

猿弥さんの弁慶、寿猿さんの藤太、右近さんの忠信のほか、四天王にも花四天にも「チーム澤潟」(勝手に言ってます)の人がたくさん頑張っていて、私的にはかなりツボで、まるで運動会で自分の子どもを探すみたいにキョロキョロしてしまいましたよ。それも、どこを見ていいかわからず目がたくさんほしい~と思いました

歌舞伎十八番の内「勧進帳」
前の幕の「鳥居前」が義経の流浪の始まりとしたら、この「勧進帳」はその流浪の果ての緊張感高まる一番の見せ場。かたや義太夫ものの古典歌舞伎。かたや能をベースにした格調高い松羽目物。雰囲気は全然違うけれど「義経」ということでつながりがあるのですね。「鳥居前」は図らずも海老蔵復帰の目玉の「勧進帳」の前座になってしまったみたいです。

流浪の旅の苦労のためか、休憩の間に義経はずいぶん老けてしまっていました(笑)海老蔵の富樫が出てくるともう会場騒然、拍手の嵐。「待ってました!」の声もかかりました。やっぱり見ばえがよくきれい。そして、スターなのですねえ。颯爽として美しい富樫でしたが、ただちょっと硬い感じがしました。この人、ルックスはとてもいいけど声がよくない。

團十郎の弁慶も、これはこれで完成品なのでしょうが、私にはロボットが動いているようにしか思えず‥‥台詞も相変わらず何言ってるのかわからなくて。すみません私は最初に書いたように特定の「すりこみ」があって、「歌舞伎とは」というそもそものところから違っているので、こういう演目は条件反射的に眠くなってしまうのです もちろん、これがこの「七月大歌舞伎」の目玉で、皆さんこれを見に来ているのだから寝ている人なんか私以外一人もいなかったでしょう。ごめんなさ~い!

大佛次郎作「楊貴妃」
最近、新歌舞伎や新作歌舞伎がよく上演されますが、流行なのでしょうか。しかし‥‥これってギャグ?というくらい面白かったです。楊家の4人姉妹の一番下の妹である楊貴妃がなぜか一番ふけてる(爆)‥‥3人の姉にきれいどころを集めてしまったので(笑三郎、春猿、芝のぶ)期せずしてハードルが上がってしまったんですねちょっとお気の毒。目の周り真っピンクの中国雑技団みたいな化粧も、新作ものならあれでもありなのか?妖艶は妖艶でしょう、毒々しいくらい濃厚に(笑)

それに対する海老蔵の高力士(宦官)が意外にすごくよかった。美しくて冷たくて、従順でいながら心の底にやりどころのない恨みを抱えているような。何を考えているかわからないあの屈折した不気味な美しさを出せる人はそうそういないのではないでしょうか。

細かいことはもうよく覚えてないけれど、楊貴妃は最初は彼が好きだったのに、彼女は皇帝の目にとまってしまい、輿入れの使者となってしまった高力士。二人の複雑な愛憎劇はその後、楊貴妃が皇帝の寵妃として栄華を極めたあとも続きます。自らの権勢と美貌で高力士を誘惑し、その困る顔を楽しみ、もてあそび、突き放し、なぶりものにする楊貴妃。そのおごりたかぶった姿は(まあ「美貌」というところには「?」が3個ぐらいついてしまうのだけれど)福助さん、威厳があってとてもよかったです。

そして、安禄山の乱で都を追われた後、国を傾けた張本人として民衆が楊貴妃を差し出せと騒ぐ中、自ら謀反人たちの前に赴こうとする楊貴妃。高力士は、獣のような奴らに踏みにじられ、辱められるぐらいなら、いっそ皇帝の手で殺すのが情けだと進言します。しかし皇帝は最愛の楊貴妃を殺すことなどできないといって、高力士に殺害を頼む(‥なんて情けない皇帝)。このときの海老蔵は生きた人間とは思えないほど妖気が漂っていて、すごかったです。

民衆に引き渡すこともできず、自ら手を下すこともできず苦しむ皇帝をよそに、楊貴妃に対しても、皇帝に対しても、まるで今までさげすまれてきたことへの復讐でもあるかのように、「あなたを誰の手にも渡したくない」と言いながら、逃げる楊貴妃を追いかけていって抱きしめ、さもいとしげにとどめを刺す。薄笑いさえ浮かべながらああ、この人は古典歌舞伎より絶対こういうほうがいい!親譲り?の「怪優」ぶりに驚いた、鬼気迫るラストでした。

夜の部
「吉例寿曽我」

澤潟屋の方々が多数出ていて、私の夜の部の目玉だったはずでしたが、何か華やかさに欠けてぱっとしない‥‥背景が地味だから?いや、やっぱりストーリー性が薄いからでしょうか。
それでも幕前での猿三郎さんと猿四郎さんの古風なやりとり、石段前での右近さんと猿弥さんの立廻りとがんどう返しの大仕掛けは面白く、笑也、笑三郎、春猿、弘太郎と澤潟屋の面々がずらっと並んだだんまりも目に美しかったのですが‥‥‥。

一番まずいのは中心である工藤(梅玉)に全然覇気がなかったこと。敵役なのに、この方はどこまでも品のよい貴公子なのですよ。そして、肝心の曽我五郎と十郎に全く華がない。十郎は笑也さんですたらーっ(汗)確かにすっきりと美しくて和事系の二枚目もOKかもしれないけれど、この人の立役はおとなしすぎです。五郎(松江)に至っては終始ボール投げの標的の鬼みたいに突っ立っててたらーっ(汗)ただ力んでいればいいってもんじゃないと思うのですが。そろって貧弱でした(ごめん)

五郎十郎が全くかすんでしまったのには理由があって、笑三郎さんと春猿さんの二人の花魁があでやかで、華やかで、妖艶で、とにかく素敵でしたハート達(複数ハート)楊貴妃の姉たちの役もよかったけれど、この花魁も美しい。立派すぎる女形の面々に食われてしまいましたね。

歌舞伎十八番の内「春興鏡獅子」
舞踊ものは苦手であまり覚えてないのですが、海老蔵の白拍子はとにかく「デカイ」‥‥でも何だかかわいい。(?)いつもの目をむいた見得の顔とは違って、始終伏し目がちで目が開いてるんだか閉じてるんだか。それでも、獅子頭を持って踊り始めると、突然獅子の精が乗り移る、このあたりのスピード感はよかったです。

一度引っ込んだときに出てくる子役の「胡蝶の精」の二人がとても器用に踊るので感心してしまいました。平成二桁生まれの玉太郎くんと吉太郎くん。かわいい

後シテの獅子の拵えはさすがに立派でカッコよかったです。毛振りは雑な感じもしたけれど、ダイナミックでスピードがありました。100回とか?数えていた人もいたみたい(笑)

大佛次郎作「江戸の夕映」
これも「楊貴妃」と同じく大佛次郎の戦後の新作歌舞伎。これはとても感動的でした。

明治維新直後の江戸、突然入ってきた薩長新政府の横暴を腹立たしく思い、旗本八万騎がいながら何もできなかったことを不甲斐なく思う民衆はまた、町人ながら江戸っ子としての誇りを持ち続けている人々でもありました。一方、旗本の中でも、時代の変化に適応していく者、馴染めずに抗おうとする者、そして時代が変わっても何も変わることなく人としてのまことを貫こうとする者。そんな人間模様が暖かく描かれている作品でした。

團十郎扮する旗本、堂前大吉は早々と武士を捨て、芸者のヒモ?になって調子よく暮らしています。一方同じ旗本でも海老蔵扮する本田小六は、あくまでも幕府に殉じようと、沖に停泊する軍艦に乗って蝦夷に向かいます。そして大吉の伯父(左團次)と、その娘で小六の許婚であるお登勢(壱太郎)は、困窮しても武家としての誇りを忘れず、一家でつましく暮らしています。

何か、海老蔵はこういう役がすご~くいい。黒羽二重の浪人姿もカッコいいし。もともと見栄えがいいから映えるのです。変な声で古典歌舞伎なんかやってないで(ごめん)合った役だけやっていても十分、そのほうが素敵だと素人は思うのですが、何分御曹司ですから「家の芸」を守っていかなきゃいけない立場があって、やっぱり大変なんですね。時にはグレたくもなるというものなのでしょう。(すみません、個人の感想です)

左團次さんがいいですね~。痩せても枯れても大身のお旗本。そして壱太郎さんはなぜか一人だけ古典歌舞伎みたいな堅いセリフ回しなんだけれど、それがまた武家娘らしい節度ある雰囲気をつくっていて、せつなく、いじらしい。この父娘が、離縁状を残して蝦夷に行ってしまった小六のことを「冬になったら寒かろうと思い、夏になったら暑かろうと思って、いつも気にかけていてやろうよ」などと話しているところなど、思わずうるうるきてしまいました。

そして後の場面、蝦夷から帰ってきた小六に思いがけなく会った大吉は、「おめおめ生き残って、去り状やった許婚のところへ今さら帰ってきましたなどど、どの面下げて行けというのだ」という小六を必死の思いで説得します。そのうちに、話を聞いた芸者おりきがお登勢を連れて大急ぎでやってくる‥‥。

新歌舞伎に多い理屈っぽさや説教臭さが一切なくて、ただただ情緒で見せるところがいいなあ~。雨上がりの夕映えの中、何も言わず、ただ見つめ合っているだけのラストには、涙、涙。静かな感動がありました。この月の演目ではこれが一番よかったです。

【8月国立劇場「第17回稚魚の会、歌舞伎会合同公演」B班】
澤潟屋ファンとすればA班を見るべきだった?のでしょうが、イヤホンガイド主催の「合同公演応援倶楽部 イヤホン付き観劇会」に参加したので、申し込む時点でもう既にA班はいっぱいだったのです。
何か、とても暑い日でボーっとしてしまって公演自体はよく覚えてないのだけれど(こらこら)開演前の楽屋訪問、終演後の座談会など、普段目にすることのできない楽屋裏や、公演を終えたばかりの役者さんたちのお話が聞けて、とても有意義な一日となりました。

「稚魚の会、歌舞伎会合同公演」というのは、国立劇場の養成コース出身者をはじめ、歌舞伎の世界で活躍している若いお弟子さんたち、普段は縁の下の力持ちの方々の勉強のための会なのだそうです。毎年この時期に国立劇場で行われているのですが、行ったのは今回が初めてでした。私はたまたまイヤホンガイドのイベントを知って「面白そう」と思って参加したのですが、とてもよかったので毎年こういう会があるならまた見てみたいと思いました。

演目は「寿曽我対面」「一條大蔵譚」「戻駕色相肩」の3本。どれも熱演でした。最初に出てきた渡り台詞の大名たちは現在研修中の人たちだったそうですが、見て思ったのは、農村歌舞伎のほうが上手いじゃん(爆!)‥‥でも、こういう若い人たちが、伝統芸能の保存と発展に貢献する一人前の役者さんに育っていくんだなあと思ったら感無量でした。

歌舞伎というのは世襲の世界だから、主役級はほとんどいい家柄の御曹司です。でもそれだけじゃ芝居はできません。立ち回りの場面で次々とトンボを切って活躍する花四天や僧兵たち、御殿の場面で後ろに控える華やかな腰元たち、そういう、バレエでいえばコールド・バレエのような「その他大勢」がいるからこそ、歌舞伎の舞台は豪華絢爛なものとなるのです。そういう方たちも、実際は出ずっぱりでとてもハードな舞台生活を送っているようですが、その忙しい中でも、やはり大きな役を経験して研鑽を積むこのような機会が必要なんですね。

実は私は、歌舞伎を見ていてもこの「その他大勢」の子たちを片端からオペラグラスで眺めているようなおかしな観客なのです。(結構なイケメンくんもいますし)だから私にはまたとない機会(笑)で、とっても楽しみにしていました。

参加者は20名ほどだったでしょうか?集合場所に集まって説明を聞き、国立劇場の楽屋口から入りました。案内された楽屋へ入ると、5~6人の役者さんが化粧をしているところでした。何と市川猿琉さんが化粧のことや衣装のことなどいろいろ説明をしてくれました。短い時間でしたが質疑応答などもあって、その場にいた役者さんたちとの交流が楽しかったです。

終わったあとの茶話会では、今出演したばかりの5人の役者さんがスーツ姿に着替えて参加されました。残念ながら澤潟屋の人はいませんでしたが、みな20代の若手です。あらかじめ募集した質問事項を中心に話が進みましたが、話の端々から皆さんの芝居好きが伝わってきました。世襲ではないのにあえてこの世界に入って、人一倍の努力をしてきている方々ですから、本当に好きでなくてはできないと思います。好きだからこそ、大きな役をする機会さえあれば立派にその役を務めることができるのですよね。中にはとてもうまくて華のある役者さんもいました。

それでも謙虚というか何というか、ある意味現代っ子なんですね。言うことがとても現実的。「これからどんな役がやりたいですか」という質問に、皆さん欲がないわけじゃないだろうけど、真面目なんですかね?今の自分の立場でできる範囲のことしか言わないのですよ。

もっとでっかいこと言う子はいないの?一人ぐらい大ボラ吹く奴がいてもいいのにと思っていたら、いましたっ 何と「女殺油地獄の与兵衛をやりたい!」って言ったんですよ。それこそ選ばれた家の選ばれた御曹司でもなきゃできない役ですよ。それも、言ったのはその中では一番新米の一番どうでもいい役だった(ごめん)子で、確か研修所出身じゃなくて「何かカッコいいことやりたい」といって直接役者さんに弟子入りしたという子でした。その一言をきいて何かスカ~っとしましたね。こういうことを言う子がもっといてもいいと思うのです。彼がカッコよく主役を張れるような開かれた歌舞伎界にぜひなってほしいなと思いました。(一応お弟子さんですから、師匠の手前お名前は伏せますが、私はしっかり記憶しましたよ。頑張ってください!)

普段は縁の下の力持ちですが、歌舞伎を愛することにかけてはひけをとらない、礼儀正しく謙虚で爽やかな若者たちと交流した1時間あまり、本当に楽しかったです。

9月以降は、いよいよ私の歌舞伎熱炎上?続きはまた次にて。

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2011年7月12日 (火)

6月中日劇場「新・水滸伝」

Shinsuikoden_ll 今年前半の観劇記録を書いて、やっとこれが書けます。といってももうかれこれ1ヵ月近くたってしまったんですね‥早い!

もう~すっごく面白かった!3年前「ヤマトタケル」を見て「この面白さヤバい!」と思ったその感覚がまたよみがえってきたようでした。あの「ヤマトタケル」で本当にはまっちゃったんですよねえ、私。こんな面白いもの何でもっと早く知らなかったんだろうと、今でも後悔しきりです。

それでこの「新・水滸伝」も同年の初演のときに見ていたのですが、「ヤマトタケル」ほどは面白くなかった‥‥というか、あのときはまず段治郎さんにやられていたので、段治郎さんが出ない二十一世紀歌舞伎組なんて‥‥というのがありました。

もう一つ、笑也さんと猿弥さんの美女と野獣カップルに激しく拒否反応を起こしてしまい‥‥(爆!)だって、だって、あの設定は絶対男性側のくそくらえな理屈で(男は顔じゃない、心だ!とか、一生懸命アタックすれば気持ちは通じるとかいう)あれって女性の夢とは全く違うところのものなんですよね(わはは)また、男以上にきりっとかっこよく勇ましかったくせに、いきなりかわいこぶりっこに豹変する笑也さんにも耐えられなくて‥‥それほど見て満足できる作品とは思えなかったのです。

でも、ここのところの澤潟渇望症で、もう何でもいいからとにかく見たいと思って名古屋行きを決めて見に行ったのが初日あけてすぐ。そうしたら‥‥何とすご~く面白いじゃないですか。絶対もう一回見たい!と、一般公演の最終日に日帰りで2回目を見てしまいました。

何だろう、彼らの会場いっぱいのパワーに、今一番ほしいものをもらった!そんな気がします。元気とか勇気とかそういうありきたりな言葉でもいいんだけれど、何かこの閉塞感漂う時代の中で、最初に首領の晁蓋(ちょうがい)が言う言葉は「こんな国はぶっ潰してやる!」ですよ!痛快じゃないですか。思わず「そうだ!そうだ!」って、一気に物語の世界に引き込まれました。初演のときとは見違えるほどパワーアップして、血湧き肉踊る作品に生まれ変わっていたと思います。

1幕の最初は初演時になかった部分、今にも首をはねられようとしている林中(右近)を、梁山泊の晁蓋一味が救い出す場面から始まります。晁蓋(笠原章)は林中をムササビという大凧に乗せて逃がし、縁があれば梁山泊に訪ねて来いと言うのです。アクロバットも交えたスピード感あふれる殺陣がまず痛快でした。

初演のときの林中は、ただの飲んだくれたすね者のいや~な奴だったけれど、この最初のシーンが付け加えられたことで、罪を着せられてはいるけれど、かつては国を憂える有能な人材だったということがわかり、存在が重みを増していました。助けられた林中が故郷に帰ってみると、帰る家も妻も既になく、絶望の中、とにかく晁蓋に礼を言うために梁山泊にやってきたのでした。

しかし、晁蓋は留守。飲まずに正気でいられようかという林中の気持ちは前回ははっきりわからなかったけれど、今回はよくわかりました。林中は「官」のエリートだったのです。兵学校の教官を務め、正義とは何か、国を守るとは何かを説いてきたのです。だからどんなに腐りきった世の中でも「賊」となり「国をぶっ潰す」という気にはどうしてもなれなかった。今回はそんな林中の苦悩と、それを気遣い、軽々しく「仲間になれ」などと言わない晁蓋の将としての思いやりをとても感じました。

そしてもう一つ初演のときと違うのは、皇帝の右腕として権力をほしいままにしている高俅(こうきゅう/欣弥)が、最初から梁山泊に林中がいると知っていて、皇帝の意にそむいてまでも私的に軍を動かして林中を討とうとしかけてくるところですね。これで悪のスケールも一周り大きくなったようです。

衣装や化粧が派手になったとか、各登場人物のキャラがグレードアップしたとかのマイナーチェンジはいっぱいありましたが、骨組みは初演のときと変わらず、それに前後のエピソードが加わった構成になっていました。廻り舞台を使った場面展開がスピーディーで、会場の左右の出入口を使って、通路まで役者さんが通る演出で、会場全体が戦場になったような臨場感が楽しめました。

物語は、最初の林中を凧で逃がしたシーンのあとに、初演ときの始まりのシーン、姫虎(笑三郎)とお夜叉(春猿)が湖を眺めるシーンに続いていきます。対岸の独龍岡との小競り合いで朝廷軍が加わっていることを知り、危ないところを退却してきた梁山泊軍ですが、その中で、敵将の許婚という青華(笑也)に出会った王英(猿弥)は、こともあろうに一目ぼれをしてしまいます。

今の状態ではここを守りきれないと、姫虎は林中に協力してくれるように申し入れますが、林中は相変わらず飲んだくれたまま。そんな中で、王英とお夜叉は青華に捕えられてしまいます。二人と引き換えに林中を差し出せという敵方に、林中は自ら出向いていくのでした。ところが‥‥それは敵の罠で、独龍岡に来ていた朝廷軍というのは、林中の宿敵である高俅が率いていたのです。

梁山泊の仲間たちは3人を救出するための戦いに出ます。林中の働きによって敵を殲滅し、ついに高俅を追い詰めますが‥‥林中は梁山泊を守るために復讐を断念してしまうのでした。林中はこれを境に梁山泊の仲間たちの信頼を得ていくのですが‥‥。

このあとは初演にはなかった部分になります。梁山泊といっても所詮はあぶれ者の吹き溜まり。人数がふえていけば明日の食糧にも事欠く始末。そうなったらまた盗賊を働くしかありません。飢えて盗みを働いた子どもを見て、林中は自から盗賊になることを決意します。折しも、朝廷への貢物を積んだ隊列が通ると聞き、晁蓋らはそれを襲いに出かけます。しかし、それは罠で、実は朝廷軍の精鋭がついていたのでした。

危機を救いにやってきたのは大凧に乗った林中!見る間に敵をやっつけ、そして今度こそ憎っくき高俅を倒した林中は、梁山泊の仲間とともに生きることを「替天行道」の旗のもとに誓うのでした!

ざっとこんなストーリーでしたが、初演の時よりスピード感が増し、皆さんのキャラクターがとても光っていました。クライマックスはやっぱり猿紫さん扮する楽和(がくわ)が、出陣前にいきなりミュージカルのように歌い出し、それが大合唱になっていくところでしょう。あれは初演にはなく、本当に会場全体のボルテージがどんどん上がっていくのがわかりました。そこがクライマックスになっちゃったので、最後のほうで林中が宙乗りで現れるところがちょっと‥‥何か、あの宙乗りはあまりイケてなかったかな。右近さん5等身(ごめんなさい)で何だかギャグマンガみたいだったし、あの飛び道具はガドリング砲かっ?!というツッコミも‥‥いやツッコミはともかく、本当に楽しかったですよ。

初演のときのテーマは、一人の英雄、林中が梁山泊の仲間を得て、閉ざされた心を開き、再び生きる情熱を取り戻していく再生の物語だったと思うのです。今回もその大枠は変わらないと思うのだけれど、全体を流れるもっと大きなテーマ‥‥最初のところで湖に映った梁山泊を見て「何かが始まる気がする」と姫虎が言った、その何だか大きなことが始まる予感。そしてファンとしては、ここからまた何かが始まってくれたらいいなという期待。それから、今のこの停滞した世の中もどこかで何かが始まって変わっていくんじゃないかという希望。そんなもろもろが一緒になって力強く訴えかけてきた今回の舞台でした。

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ここまでは普通の感想で、このあとはミーハー話ですが‥‥申しわけありません とにかく何が面白いって、皆さん本当にキャラが立っていて素晴らしいの一言でした。ではお一人お一人見ていきましょう。(いらないって?)なお、文中に出てくる台詞などは、うろ覚えなので実際と違うかもしれませんがお許しください。

春猿さんのお夜叉は威勢がいいばっかりと思っていたら、結構かわいかったんですね。「あんたは心が縛られちまってるんだよっ!」という青華(笑也)への啖呵、「ありがとうございます、お月さま」と手を合わせる、王英(猿弥)に対する姐御肌な心遣いなど、いろんな場面でジ~ンと来てしまいました。いい味あるなあ~。それから姫虎姐御のかっこいいこと!前回もかっこよかったけれど、今回は女ボスとしての存在感が増し、輪をかけてかっこよかったです。最前列で思わず「えみさぶろ~っ!」って叫んでしまいましたよ。

笑也さんは、何か最近時々立役も見るので、私の中でそのイメージも入ってしまったのか「正義を貫きたいのじゃ!」なんて叫ぶところは男に見えちゃって‥‥男のように育った女といっても、単なる「オスカルさま」じゃなくって、女としての引け目や虚勢の裏返しのりりしさだから、難しい役ですよねえ。逆に、笑三郎さんなどはどんなに凄みのある太い声を出しても女にしか見えないのはすごいななんて感心してしまいました。

変わったといえば、弘太郎さんが演じる彭玘(ほうき/この字、ちゃんと表示されるかわかりません‥)が、同じ路線だけど今回は全然違っていました。「先生が悪党の巣窟である梁山泊にいらっしゃるなんて、信じられません!」なんて、事情も汲み取らずにひたすら言いたいことだけ叫ぶキャラはそのまま。「大和はうそつきの国だ~!」と絶叫するヘタルべに相当するような、結構うるさくて面倒くさい奴なんだけど、これが、牢に入れられた林中が身の上を語るのを陰で聞いていて‥‥そして、あとで悪者に囲まれてピンチのときに飛び出して、林中を守って敵の刃に倒れるという、超カッコいい役に大変身。このあと師弟の泣き場になって感動シーンをつくりだしているんだけれど‥‥ここで死んじゃうことになったので、その後の彼の台詞は大幅カットで、同じ内容は別の教え子たちが言うことになるんですよね。

猿紫さんも前回とはかなり変わった一人。琵琶を奏で、そのバチが武器にもなって戦うカッコいい役。歌もすごくうまかったです。仲間のために、力を合わせて権力に抵抗しようというみんなの気持ちが一つになるいい場面でした。

猿琉さんも変わりましたね。最初、わからなかった。せっかくのイケメンが赤っ面で、しかも林中の伝言も覚えきれないようなボケキャラなんだもの。だけど、林中にはとっても忠実で「動くな!」と言われればお座りしたまま「兄貴~!」と叫んで追って行くこともできない(笑)これ、超ツボでした。一番の笑いは、最後のほうで、いきなり矢が刺さって「なんじゃこりゃ~!」こんな古いギャグ高校生とかにわかるの?と娘に聞いたら「一般常識」ということでした。恐れ入りました。今回高校生の貸切も何回かあったようで、うちの娘などはしきりに羨ましがっていました。

あと、メイクがすごくなったのが喜昇さん。見るも恐ろしい怪獣のようなおばちゃんになっていました「こうなりゃぶっ殺してでも花嫁にしてやる」ってとっても怖いです。もともと愛嬌あるキャラだったんですけどね同じくおばちゃんず(?)の笑子さんも、どの演目のどこにいてもすぐわかる強烈な個性の持ち主で、実はひそかにファンなんですけど2役ともとっても素敵なおばちゃんを演じていました。

前回許せなかった笑也さんと猿弥さんの「美女と野獣カップル」ですが、この王英と青華(扈三娘・こさんじょう)の話はちゃんと原作にあるそうですね。私は原作なんて読んでなくて、昔、横山光輝の漫画で読んでも右から左に抜けて頭に入ってこなかったし、3年前に北方水滸伝を読み始めるも途中でギブアップだったので、全然知りませんでした。

今回も「まったく、何でこの二人くっつくの~」だったけれど、最終日のお客さんのノリはちょっと違っていました。
「王英様といるとなぜだか心が落ち着くんです」
「それはわしが不細工だからじゃろう。人に安らぎを与える姿形なのじゃ」
ここで普通は笑ってあげるはずですが、誰も笑いません。何で?
「いいえ、王英様は男前にございます」
ここでどっと笑いが‥‥え~っ?そんなところで笑ったらギャグになっちゃうじゃない。
続く、青華が王英の膝に手をのせ、王英がその手をとるところでまた笑いが。そうなんです、ギャグとして見れば全然OKだったんですね。そのあと二人で手を取り合って階段を駆け下りて、青春ドラマよろしくぱあ~っと走って行っちゃうところは、最初見たときは唖然としたけれど、最終日は私も他のお客さんとともに心おきなく笑ってしまいました。(ごめんなさい

最後に主役の右近さん。萌え対象じゃないということもあると思うのですが、何か主役としては地味なんだよね。それでも、3月の「獨道中~」のときは勝手に一人でどんどん突っ走っちゃう感があったけれど、今回は一人のヒーローをほかの個性豊かな仲間たちがみんなで盛りたてていくという構図になっていて、とても感動的でした。

お芝居以外ではちょっと言いたいこともありました。まずプログラムですが、3年前と同じ写真じゃん‥。あの全員黒シャツのプロフィール写真は、黒スーツ姿で並んだ若手歌舞伎俳優のポスターとかのように、最近流行りのスタイルなのかもしれませんが、やっぱり役の扮装をした写真がメインにほしかったです。今回脇役の方々がとても光っていたので、その全員の役の姿と名前が一致するように。それから、前回上演時の舞台写真ももう少したくさん載せてほしかった。それに、何で会場で舞台写真を売らないんでしょうか?あれが楽しみで行くというのもあるのに。

あと、お土産売り場。やっぱり観劇の記念に何かほしいじゃないですか。今回来れなかった友人に何かお土産をと思っても、あまり欲しいものがない。澤潟屋の役者さんたちの名前を書いた手拭いとクリアファイルぐらい。あと、役者さん別の紋の入ったミニタオルとティッシュケースがありましたが、あれは普通に見たら何だかわからないし、おばさんっぽくてNG。ミーハーが欲しいのは各キャラのフィギュアとか(爆)写真入りの団扇とか、メモ帳とか卓上カレンダーとか‥‥そうそう、DVDは絶対欲しいですよね!ぜひいろんな作品をDVD化してほしい。東宝ミュージカルや宝塚のお土産売り場のめくるめく世界に比べれば全然インパクトなくてちょっとがっかりでした。

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一般公演最終日にカーテンコールがあり、猿之助さんが舞台に現れました。かつて舞台狭しとほとんど出ずっぱりで駆けまわっていた猿之助さん。私も昔、その全盛期の姿を見ていたからこそ、今の歌舞伎好きにつながっているのです。今、弟子たちとともに一つの舞台を完成させ、満面の笑みで客席に花を投げる猿之助さんを見ることができて、うれしくてうるうるきてしまいました。名古屋まで行って本当によかった。こんな素敵な作品が、これからまたいくつも生まれますように。この二十一世紀歌舞伎組の舞台がもっともっと見られますように。                

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2011年7月11日 (月)

2011年前半観賞記録(歌舞伎ほか編 その2)

こちらは申しわけありません、ミーハー観劇記です。好きな役者さんが出ているかいないかでこんなに違うのかというくらい見方が違っていて‥‥だから真面目に書いていません。バカですね~。これでもちょっと前までは歌舞伎というジャンルで「ミーハー」が存在するとは思っていませんでした。でも本来、江戸時代なんかは女子供が芝居小屋に群がってジャニーズ状態だったのでは?とか勝手な想像をするわけですが。昔はいざ知らず、いつの間にか人間国宝なんていうのが現れ、歌舞伎は高尚で年寄り臭い、一般人にはとっつきにくいイメージになってしまったようです。だけど、好きな役者さんが出ていると、何かルンルン(死語?)で別世界 時に「激萌え」とか見苦しい言葉も吐くかもしれませんが、どうか御容赦を。

≪1月 三越劇場「初春新派公演」日本橋≫
Rimg0432 えらく昔のことのようで恐縮ですが、今年のお正月の話です。ミーハーな私は初日の鏡開きに初詣かたがた出かけていきました。ピンボケですが(笑)これはそのときの写真です。新派初主演を前に、緊張した面持ちの段治郎さん。実は春猿さん、笑三郎さんを見に浅草の鏡開きにも行ったのですが、新春浅草歌舞伎のほうは結局、バレエ鑑賞のほうも忙しいのでパスしてしまいました。浅草の演目はあとでwowowで見させていただきました。

新派の公演を見たのは昨年の「滝の白糸」に続いて2回目です。前回は春猿さん目当て、そして今回は段治郎さん目当て。「滝の白糸」というのも何だかよくわからなかったのですが、同じ泉鏡花原作の「日本橋」も同様「何でこうなるの?」というところはあったけれど、爽やかなロマンチストの段治郎さんを堪能しました

歌舞伎の題材はほとんど江戸時代以前のものですが、そこにある忠義や義理人情は「そんなバカな!」って思っても、大体理解できるんですよ。でも、明治時代、特に鏡花作品の主人公の心情ってよくわからない。今や明治・大正のほうが難解になっているんでしょうか?‥‥と思うほど、ツッコミどころが多くて楽しめました。

Img_0002日本橋架橋百年記念という今回の上演、場所もレトロな内装の三越劇場で、大正初期のハイカラな雰囲気を満喫できるお芝居でした。

主人公の葛木(段治郎)は医学博士で、大学でも重要な存在でしたが、実は学問一筋のお坊ちゃまではなく、苦学して今の地位を手に入れた人でした。

父母を早く亡くし、親代わりの姉が、好きな人を諦めて資産家の妾に入ることで学費を出してくれたのです。その姉は葛木が医学博士になると同時に身を恥じて行方知れずに。彼の姉に対する思慕は尋常ではなく、姉によく似た雛人形を飾り、 雛祭りの日には、姉がそうしていたようにサザエとハマグリを供えて祝っていました。そして、姉の面影がある芸者清葉(高橋惠子)に思いを寄せていました。

ひな祭りの翌日、葛木は7年越しの思いを清葉に打ち明けますが、清葉は旦那持ちで身持ちが堅く、それは叶わずに終わります。その夜、ひな祭りに供えたサザエとハマグリを川に放したのを警官に見とがめられ、面倒なことになったところを同じ日本橋で清葉と張り合っていた芸者、お孝(波乃久里子)に助けられます。

そんなこんなで葛木とお孝は馴染みになりますが‥お孝には五十嵐(田口守)という男がいたのです。お孝は次第に五十嵐がうとましくなり、別れ話を切り出しますが‥‥殺されかけたときの啖呵がふるってる。「葛木という字に刻んでおくれよ」‥一瞬「へ?」(どうやって?殺す方も当然ひるむ

その前に、真面目な顔をした医学博士が研究室にひな人形を飾り、サザエやハマグリをこっそり川に放すということだけでも変だよねえ。突然大学やめてお遍路さんになっちゃうところも唖然‥‥まあそういうお話だからしょうがないけど。

歌舞伎の女形さんはある程度のお年でも、化粧してしまえばそれなりに見えるというか、お約束ですから観客もそういうふうに見るわけですが、新派の場合、女優さんだとそのまんまの年齢に見えてしまって、お孝が「あたしゃ28」‥‥とか何とかいう台詞があったときには「ええっ!?」‥‥冗談かと思いました(ごめんなさい

清葉も本当は葛木が好きなのに、奥ゆかしく笛に思いを託したりしているのだけれど、私はどちらかというとお孝のほうに激しく共感してしまいました。というのは、お孝が「ミーハー」だから!

巡査の手帳に「妻」と書かれて喜んでる。あんなに気風のいい売れっ子芸者さんが、女学生みたいに他愛ないじゃないですか。何かすごくかわいいのですよ。だから愛する人を失って気がふれてしまったのもすごくわかる。最後は葛木の腕の中で死ねて幸せだったよね~と涙、涙‥‥でした。

段治郎さんは袴姿に山高帽、マントにマフラーといった和洋折衷スタイルがすごく似合うもちろん洋装のスーツ姿も超素敵でした。他の同僚は鹿鳴館みたいに見えちゃうのに、段治郎さんだけは決まっているんですよ~。ソファーに座った時の脚の長いこと。お声も素敵。台詞がちょっと宝塚っぽいところが、ダイコンでも(コラコラ)また素敵

清葉は憧れの人だったけれど、やっぱり葛木が本当に愛していたのはお孝だったんですね。それで五十嵐の存在がどうしても許せなくなった。あるいは、五十嵐と同じで自分も愛欲に溺れて、そんな対象としてしかお孝を思っていなかったのが許せなかったのか。どうしていいかわからず感情を爆発させ、やんちゃ坊主が暴れまわるみたいに激しくお孝を攻め立てる段治郎さんの熱演ぶりがすごくて‥‥舞台上のお孝はとてもかわいそうなんだけれど、精神が壊れるほど、今の地位も生活も捨てなきゃいけないほど、あんなに思われてるなんてうらやましいと、つい思ってしまいました

≪2月 ル・テアトル銀座「二月花形歌舞伎」第一部≫
Img_0003 第一部は「於染久松色読販」(おそめひさまつうきなのよみうり)通称「お染の七役」。2回見てしまったほど面白かったです。もちろん、私のお目当ては笑也さんだったのですが、笑也さんのお役は直接ストーリーには関係なくて、長~いお話の終わり近くになって出てくる、バレエの「眠れる森の美女」でいえばフロリナ王女みたいな感じで、その10分ほどの踊りを見るために、長く複雑なお話を見るのもまたいいものでした。

登場人物もストーリーもとても複雑なのですが、その中心は久松(亀治郎)のようです。親がとある殿様に仕えていたのですが、重宝の刀紛失のために切腹。それで油屋という質屋?に奉公に出ているのです。そしてその家の娘お染(亀治郎)と恋仲になる。でも、久松にはお光(亀治郎)という許婚がいたんですね。

実は久松は奥女中として奉公している姉(亀治郎)とともにその紛失した刀と折紙(鑑定書)の行方を捜していて、姉はその資金に百両工面してほしいと、かつて自分の下で奉公していた土手のお六(亀治郎)に頼むのですが‥‥実は刀を盗んで質屋に売り飛ばしたのはお六の夫、鬼門の喜兵衛(染五郎)だったのです。それはこのときはわからないんですけどね。

その金のために、お六と喜兵衛の夫婦は、偶然やってきた嫁菜売り(門之助)の話を聞いて、丁稚の久太(弘太郎)を身替りにして、百両手に入れようと油屋をゆすりに行くのですが、このあたりがとても面白いんですよね。亀治郎さんもお六が一番楽しそうでした。また、意外でしたが門之助さんの嫁菜売りがいい味出していて、弘太郎さんの久太も最高でした!結局このゆすりは失敗に終わりますが、ドリフのコントを見ているみたいにゲラゲラ笑ってしまいました。

そんなこんながあったけれど、やっぱりお染と久松は駆け落ちするしか道がなく‥‥こっそり家を抜け出したお染は喜兵衛に見つかって連れ去られ、久松は喜兵衛が蔵から盗み出した刀が主家の重宝だとわかると、見事喜兵衛を討って刀を手に入れ、お染を追っていきます。

一方許婚のお光は、久松をとられたショックで気がふれて、狂い笹を持ってさまよい歩きます。そこへ船頭と女猿回しの夫婦がやってきてお光をなだめるという、その舞踊の場面に笑也さんが登場します。船頭(亀鶴)は笹を納め刀に見立てて、お光の回復を祈って踊ります。女猿回し(笑也)は、竹のカスタネット?を両手に持ち、それでリズムをとりながら踊ります。何かこの二人の並びはとってもきれいだったなあ~。二人とも最初は狂ったお光に迷惑そうな顔したりするんだけど、その踊りはしっとりと優しくて、ずっと見ていたいくらい素敵でした

そのあとは、お染と久松が追手に阻まれたところを、土手のお六が大立回りの末二人を救い、奪い返した折紙を出して、これで長年の夢だった久松のお家再興が叶う‥‥というような、これで合っているのかな?かなりはしょってしまったけど、大体そんなお話でした。七役を演じた亀治郎さん、キャラの解釈が現代風で面白かったです。お染は大店の娘らしくおっとりと鷹揚な感じ、お光は田舎娘らしく一途な感じだと思うのだけれど、それぞれしっかり自己主張をしてて、若い娘らしい華やぎと、気が強くておきゃんな感じが加わってかわいいなと思いました。土手のお六は一番はまっていて迫力がありました。楽しいお芝居でした。

≪3月 南座「三月花形歌舞伎」獨道中五十三驛≫
Img_0001 震災後、精神的につらかったときに、矢もたてもたまらずに京都まで見に行ってしまいました。2年前に見たときは何だかごちゃごちゃしていて、ストーリー的に大していい演目とも思わなかったし、今回は段治郎さんも出てないから、見る予定はなかったのに‥‥とにかく、何でもいいから好きな猿之助一門の人たちの奮闘する舞台を見たくなってしまったのでした。

京都駅を降りてみると、電力不足で薄暗い東京とは全く違って、どこもかしこも、街じゅうがキラキラと輝いて見えました。南座に行く前に白河のあたりを歩いたのですが、もうすぐ始まる桜まつりのために、ライトアップの電球を取り付けている最中。ああ、いいなあ。東京にいると、地震や原発事故で日本全体が大打撃を受けたように思われ(ある意味そうですが)たまらない重苦しさでしたが、まだまだこんなに普段と変わらないところがあったんだ‥‥と思って、気持ちが楽になりました。こんな時期に‥‥とは思ったけれど、思いきって出かけてよかった。お芝居も手放しで楽しめました。

最初に京都特別ヴァージョン「京都四條南座芝居前の場」が付いていました。話題のゆるキャラ「まゆまろ」くんも登場し、かわいらしく見得を切ったりしていました。

前回は善玉側が段治郎さん、悪玉側が右近さんと分かれていたけれど、今回は両方とも右近さんがやるので、混乱するかなと思ったけれどさほどでもありませんでした。もともと猿之助さんはこれを一人でやっていたのだから大丈夫なんでしょうね。何かかなり前回と変わったような気もしましたが、今となっては記憶のかなたにすっ飛んでしまいました。

ただ、やっぱり最初のほうの石山寺のところは、あそこをカットしちゃいけないでしょう!とは思いました。五十三次を双六で進んでいくような趣向だったはずなのに、肝心の双六の場面がなくなってしまっていました。あの場面は「重の井子別れ」のパロディなのだから、あそこで双六をやらなきゃ、わざわざ与八郎が馬子の姿で出てくるわけがわからないじゃない‥‥などというのはさておいて、ここで勘当されていた父親の横死を聞き、主家再興のために奪われた重宝と親の仇を追う与八郎の旅が始まるのでした。

あるときは海の中でヒトデや魚と戦い、あるときは化け猫となって空を飛び、今回は本水ではなかったけれど、大滝の中で立ち廻りを演じ、右近さん大活躍!‥ただ、やっぱり最後の方の観客おいてきぼりのやけくそのようなパロディ&早替わりはあまり意味がないことのように思えてしまいました。早替わりなんてばかばかしい芸は、スター性のある役者がやるから面白いのであって、右近さん、お疲れ様という感じはありました。でも、これもまあいいです。あの時期、東京から見に行ったという意味は十分にありました。

笑也さんのきっぱりした姿は、お姫様でなくなって村娘に身をやつしても素敵忠臣蔵6段目のパロディ?のような、自ら身売りして駕籠に乗る場面では、最後に意を決して簾を下ろすところなど、うるうるしちゃうほど素敵でした。殺されるシーンも、最後の力を振り絞って滝つぼに身を投げるシーンも、あとで滝の中から現れるシーンも、どれもとても美しかったです。見に行ってよかった~

最後の右近早替わりショーですが、前回はわからなかったけれど、前月に「お染久松~」を見たので、あの商家の娘と丁稚というのはそのパロディなんだなとか、「おもだかや」と書いた傘の立回りは「土手のお六」だったとか、わかったことがたくさんありました。そして、今回は与八郎を右近さんが演じるので、笑也さんが演じることになった「先代萩」のパロディのようなお殿様。こちらもなかなか素敵でした。ほんの一瞬だったけれどお家再興が叶ってめでたしめでたし。

そのほか、笑三郎&春猿コンビの、どこまでが台詞でどこからがアドリブなのかわからないような漫才風熱演も楽しかったし、化け猫に翻弄される猿琉さんのおくらちゃんもとてもかわいく、アクロバットはすごかったです。門之助さんと笑野さんの夫婦も並びが美しく、久しぶりに澤潟屋一門の舞台を堪能しました。欲を言えば、やっぱり段治郎さんが見たかったかな‥‥あ、割と真面目にできましたね。ミーハー観劇記でした。

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