2009年11月 5日 (木)

「傾城反魂香」by澤潟屋

Photo ことしの松竹大歌舞伎の秋の巡業は、猿之助門下中心の「傾城反魂香」(けいせいはんごんこう)というお芝居です。その初日の埼玉県の飯能市民会館に行ってきました。この会場は駅からかなり遠くて、車かバスでなければ行けません。(そんなど田舎なのに、前にレニングラード国立バレエも来ているんですよね。)うちから行きやすいところでは府中とか中野にも来るので、そっちに行こうと思っていましたが、実家が近いので、せっかくだからと母と一緒に行きました。

私は、この演目を今まで見たことがありませんでした。最初、春猿さん扮するお姫様に、笑也さん扮する元信という美男子の画家が口説かれるお話があったり、その元信がお家乗っ取りをたくらむ悪家老(猿弥)に陥れられて囚われの身となり、ふすまに血で虎の絵を描き、それが抜け出して悪者と大立ち回りになるなど、澤潟屋得意のスペクタクルを楽しめる演目かなと思っていました。その後、お姫様を逃がすために、元信の弟子(猿四郎)が群がる敵と戦うシーンも、まるで「義経千本桜」の小金吾のような派手な立ち回りを見せ、息つく暇もなく楽しめました。

ところが、そのあとに続く「土佐将監閑居の場」は、それまでの華やかで勇壮な舞台とはうって変わって、しんみりというか何というか。絵師の又平(右近)は、師匠の名前(免許?)をもらいたいけれど、生まれついての吃音の障害ゆえにかなわず、旅人に大津絵を売って暮らしている。若い弟弟子にも先を越され‥‥といういきなりのシリアスドラマ。実はこっちのほうがメインだったんですね。「傾城反魂香」というのは長~いお話だけれど、長らくこの「土佐将監閑居の場」だけしか上演されていないものだったそうです。それを猿之助がその前の部分の話を復活させることで、よりこの「土佐将監閑居の場」がわかりやすくなったというふうに、チラシには書いてありました。

しかし‥‥何という脈絡のなさ‥‥。それまでの話と全く違うじゃないの!お姫様は?それから元信は一体どうなったの??とってつけたようで私には全然理解できないこの構造。それも、ようやくお墨付きをもらって、これから姫の救出に向かうというそのところで、「目出度うひとさし舞うて立ちゃれ」とか何とか言って踊りになり(踊っている場合じゃないだろう)ようやく出かけたところでブツッと終わり。お話はこれからじゃないの?それなのに他のお客様は皆、楽しかったと満足のご様子。皆さんどうしてこれが理解できるんでしょうね~?これはこういうものだとすんなり受け入れられる寛容な人々なのかなあ。それともあまり深く考えちゃいけないのだろうかsweat02

そんなことが見てすぐの感想でした。coldsweats01 さて、実は私、今回は久々に段治郎さんが見られるということでとても楽しみにしていたのです。それが、1週間ぐらい前に「松竹のHPに載ってるよ」と友達に教えられて見たら、何と段治郎さんは体調不良のために休演!もうすごいショックでしたよcrying

代役に立った猿四郎さんも、端正できれいな立ち回りでかっこよく決まっていました。猿四郎さんは立(殺陣)師をやられていたんですね。道理で、急な代役でもお上手なはずです。またお顔もなかなか涼しげで、最初からそうだったように役によく合っていました。だけど、やっぱり段治郎さんの、あの袴の裾をからげた白塗りの生脚が‥‥実は最前列だったので、あれが段治郎さんだったらきっと鼻血ものでしょうね(こらっ!)

家に帰ってプログラムを読んだら、かなり詳しい説明がありました。「傾城反魂香」という題名は、最初に元信が土佐将監の娘という傾城(って遊女でしょ?)から絵を伝授された折に、夫婦になる約束をして別れた‥‥それがのちに亡霊となって絵の中で元信と道行をするということからきているそうです。(このことは今回のお芝居には出てこないけれど)

「反魂香」というのは、漢の武帝が幻術師に調合させたお香で、その香を焚き、死んだ妃の幻影を見たという伝説があり、それを死してなお元信を慕って現れる傾城になぞらえたのだということです。なるほどそんな話だったんですね。(なのに、騙されたとはいえお姫様とホイホイ祝言してしまう元信って、「ジゼル」のアルブレヒト以上にいい加減な男だなあsweat02

覚書ついでにメモしておくと、これは近松門左衛門の初期の浄瑠璃作品で、宝永5年(1708年)初演というから(もちろん、浄瑠璃が歌舞伎になったのはもっとあとだと思うけど)歌舞伎としてはかなり古い時期のもののようです。

このあと、師匠の土佐の姓を許された又平が、言葉は不自由だけれど、その絵の才能で大活躍をする痛快な展開となるそうです。又平が鬼や藤娘を描くと、それが次々に絵から抜け出して敵を惑わせ、最後はお姫様も元信も助かって、師匠の土佐将監も帝に許されてめでたしめでたしのハッピーエンドという、実に壮大な物語だったんですね。そして、舞踊の「藤娘」というのはこの一場面が独立してできたものだそうですよ。

何か私には辛気臭い「土佐将監閑居の場」より、このあとの物語のほうがずっと面白そうに思えます。猿之助さんもどうせ復活させるなら通しで復活してくれればよかったのに。絵から抜け出た鬼や猛獣、美女たちの繰り広げるミラクルワールドは、それこそ澤潟屋向きの世界だと思います。これからでもぜひ。。happy01

春猿さん、笑也さんは相変わらずとてもきれいでした。笑也さんは6月の「西遊記」の三蔵法師、7月の「夏祭」の磯之丞と立役が続きましたが、男になっても女になってもいつもきりりとお美しいheart01そしてきれいなお声。立ち回りをして見得を切るのはあまり見たことがなかった(八犬伝ぐらい?)と思いますが、それもまた素敵でした。血で虎を描くところは‥‥見せ場のはずですが、微妙。(だって後ろ向きできれいなお顔が見れないんだもの)

着ぐるみの虎と悪代官の立ち回りは勇壮で、またちょっとユーモラス。会場からも絶えず笑いと拍手が沸き起こっていました。そのあとの雅楽之助と捕り手たちの立ち回りは、きれいな型の中にスピード感もあってよかったです。

そのあと2幕目の「土佐将監閑居の場」では、師匠の将監のご機嫌伺いに来た又平夫婦の様子が面白い。笑三郎さんの勝手にしゃべり続ける世話女房ぶりはさすがばっちりはまっていました。一方、いつもは立て板に水のセリフ回しを得意とすると思われる右近さんが、口が回らなくてうまく思いを伝えられない悲しさ、もどかしさを、これでもかというくらい演じます。

だけど、私はこういう芝居がかった芝居は苦手なんだよね。題材も好きじゃない。障害のために師匠の名前を継げず、弟弟子にも先を越された悔しさで、こうなったら死んで贈り名でもいいから土佐の名字をもらおうという‥‥それも理解できない。「手も二本、指も十本ありながら」というセリフが泣かせるそうだけど、何だか障害者差別のようで引っかかりました。大体、言葉が不自由なだけなのに、あの描き方では知的障害もある感じ。まあ、江戸時代のお芝居ですから、そんなこと言っても仕方ありませんが。

でも、その一念から奇跡が起こって、師匠が又助の絵の開眼をたたえ、裃を与えて送り出すところで、舞台上で袴と肩衣を着せるところには思わず注目してしまいました。最初は後見さんがいたけれど、あとはずっと笑三郎さんが右近さんの後ろでペラペラと長ゼリフをしゃべりながら手際よく着付けをして、右近さんも自分でするするとひもを結んであっという間に出来上がり。(まったく、農村歌舞伎の裏方で、素人の私たちがあんなに苦労して着付けをしているのは一体何なんだろう?)その鮮やかな手際には呆然としました。coldsweats01

最後、幕が閉まってから客席に又平とおとく夫婦が降りてきたのはとても受けましたね。地方であれをやってくれると、本当に親しみがわいてよいと思いました。右近さん、大熱演で汗びっしょりsweat02

会場は、そんなに広くはないのに後ろ4分の1は人が入っていなくて、それがちょっと残念。でも、あのど田舎によくこれだけ集まったというくらい、お着物の方もいらっしゃったし、年配の方もたくさん見えていました。やはり普段あまりお出かけの機会がない人たちも地元で本物の歌舞伎が楽しめる、こういう巡業というのはいいですね。まだまだ今月末までいろんなところを回るようです。澤潟屋の皆様、頑張ってくださいね~。

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2009年10月19日 (月)

舞台稽古見学

先週、歌舞伎保存会の関係で10人ほどで出かけて行って、前進座の舞台稽古を見学させていただきました。(歌舞伎ではないのですが、「演劇」のカテゴリーはつくってないので、「歌舞伎鑑賞」のカテゴリーに入れてしまいました。)

舞台稽古といっても、途中で止めてダメ出ししたりはせず、本番の舞台と同じにカーテンコールまで全部やっていました。ほかに来ていた方々を見ると、多分支援者向けの内覧のような?映画でいえば試写会のようなものだったと思います。演目は「さんしょう太夫」といい、よく知られた「安寿と厨子王」のお話です。これは本拠地の前進座で公演を行うのではなく、これから11月12月と地方公演に持って行くものだそうです。今までも前進座の代表的レパートリーとして各地で公演を行っていた演目のようでした。

舞台は最初から幕が開いたまま。中央にお堂のようなものがありますが、これが山椒大夫の屋敷になったり、国分寺になったり、いろいろと変化します。会場の後ろから左右の通路を通って笠をかぶり旅装した僧侶の行列が声明のようなものを唱えながら入ってきます。やがて舞台に差し掛かると、照明に浮かび上がった経典の文字が、僧侶の衣、背景などに写って一種異様な雰囲気を醸し出します。僧侶がそろうと、みな衣を脱ぎ、ある者は登場人物に、ある者は左右に並んだ楽器を演奏する楽員になります。

そんな印象的な演出で始まりました。というのも、これは中世の説教節から出たお話なのだそうです。説教節というのは、経典を理解できない庶民のために、わかりやすい民話の形で仏教の教えを説いたものなのだそうで、その説教節の語りのように物語が始まっていったのでした。

左右にいる楽師が、太鼓や鉦などの古楽器を奏でながら、出番になったら役者になり、役がすんだらまた楽器の所に戻るという面白いスタイル。また、能や狂言のように、具体的な小道具・大道具がなくて、見えないけれどそこにその「もの」があるとして演じることが多く、例えば一行を別れ別れにした二艘の船なども、実際船はないのに、その船に揺られている演技で船があるように見せる手法をうまく使っていました。

お話は人買いに騙されて親と別れ別れにされ、丹後の山椒大夫のもとに売られた安寿と厨子王の兄弟が、慣れぬ潮汲みや芝刈りにこき使われながらもお互いにいたわり合って耐え忍ぶ物語。やがて他の奴婢たちの協力で厨子王を京へ逃がし、そのかどで姉は責められて死んでしまう。京にのぼった厨子王は、のちに出世して帝に丹後の国をもらい、国司として赴任して今までの敵を討つ。そして、佐渡に売られた母を訪ねて再開するという、簡単に言えばそんなお話です。

お話としてはかなりありがちな話で、「おしん」よろしく、これでもかこれでもかというほどいじめ抜かれるんですよ。それが微に入り細に入りですごくかわいそう。あと、火責め水責めで安寿を殺すところも残酷だし、山椒大夫を竹ののこぎりで首をひいて処刑するのも妙にリアル。「さんしょう太夫」ってひらがなの題名だから子供向け?かと思ったら、うわ~shockというくらい怖いシーンもありました。また演じる役者さんの熱演ぶりも真に迫ってすごかったです。突込みどころもあったけれど、ご好意で見せていただいたのに申しわけないのでやめておきますcoldsweats01 最後の変わり果てた母との再会は、さすがにちょっと泣けました。

地元前進座でやらないのはなぜでしょうね?でもこういうものは地方のほうが受けるのだと思います。昔子供のころに親しんだ物語で、懐かしがる御年配の方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。ベタではあるけれど大衆演劇とはまた一線を画す端正なせりふ回し、文学的な香りもあり、楽器や歌の使われ方もよくて、久々に歌舞伎以外の演劇を楽しむことができました。本番さながらの役者の皆様の迫力、奮闘ぶりにも圧倒されました。

「説教節」ということから、もともとは因果応報とか、一心に仏を信仰すれば救われるという「教え」がこのお話のもともとのテーマだったと思いますが、奴婢に落ちてみて初めて奴婢の辛さがわかったという安寿の言葉のように、現代にも通じるものがあると思いました。凄惨ないじめ、虐待のシーンは世の不条理を写すものとして。そして、自分が犠牲になっても一人を救うことで、のちにその一人がみんなを救ってくれるかもしれない。そんな、辛くても希望を持って懸命に生きようとする人々が報われるお話はいいものです。劇中では命からがら逃げて行った厨子王が、あまりに早く出世して、すぐに舞い戻ってきて山椒大夫を成敗するので「うっそ~!」と思ったりもするのですが、そこはお話だからまあいいかcoldsweats01 単なる勧善懲悪ではない、人間のはかなさや運命の哀しさもよく出ていました。

HPに名古屋(16~18日、既に終了)以外の地方公演の予定が書かれていないのは、クローズドの「芸術鑑賞会」とかが多いからでしょうか?今までの様子ではかなりいろいろなところで連日公演をされているようです。前進座の皆様、どうもありがとうございました。これから2か月の長い地方公演、気をつけて行ってらっしゃいませhappy01

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2009年7月15日 (水)

7月歌舞伎座 夜の部 その2

引き続き、先週の観劇の感想。興行はまだあと2週間あるので、これからご覧になる方にはネタばれになってしまうかもしれません。

≪天守物語≫
大正9年に発表された泉鏡花の戯曲ですが、鏡花の生前には上演されることはなく、初演されたのは発表から34年もあとの昭和26年だったそうです。この作品への鏡花の思い入れは一方ならぬものがあったそうですが、初演後も、この現実離れした世界は理解されることがなく、不人気に終わっていたようです。昭和52年に、当時27歳の坂東玉三郎が富姫役を演じてから、その後はずっと玉三郎によって演じられて人気を博している演目。私はもちろん、鏡花作品自体見るのは初めてでした。

【前半】
幕が開くと、そこは夕焼け空の上にぽっかり浮かんだような、天守閣の最上部。童女たちの歌う「通りりゃんせ」のもの悲しい響き。そこには魑魅魍魎というか、下界とは切り離された天空の住人たちの世界が広がっています。それぞれ秋の花の名前が付いた美しい腰元たちは、雲の上から釣り糸を垂れ、露を餌に下界の花を釣っている。それを中央に祀った獅子頭に供えるために。最初から何という突拍子もない世界!‥‥これは姫路城に伝わる伝説をもとにしたファンタジーだったのです。

やがて女主の富姫(玉三郎)が帰ってきます。急な雨に「案山子から蓑と笠を借りてきたの」というその姿は、浮世離れした美しさの上に、俗世の蓑笠をまとった何とも不思議な光景。そこへ天を飛ぶ駕籠に乗って、妹の亀姫(勘太郎)が遊びに来ます。これがまたほわんとした、天然入ってるお姫様。そして「はい、お姉さまにおみやげ。きっと喜ぶわ」と言って持ってきたのが何と生首。それが血で汚れているというので、一緒にやってきた舌長姥がぺろぺろなめてきれいにするのです。再会を喜ぶ美しい姫二人の前に供えられたむさい男の首。。。それをおっとりと笑いながら眺める姫たち。ま、こんな怪奇も入った不思議世界ですsweat02

富姫は妹のために用意した土産の兜が、実戦に使われたものではないために、妹の素敵な?お土産に比べたら見劣りがしてしまうと言いだし、ひとしきり遊んだあとで、下界の鷹狩りの様子を見て、亀姫が「きれいな鷹」と言ったその鷹を、天守閣まで呼び寄せて、亀姫へのお土産に持たせて帰してしまったのでした。

【後半】
夜になって、闇の中からこの最上階に珍しく人間の姿が現れました。花道のスッポンのところが階段になっていて、そこを上ってくるのですが、姫路城でも松本城でも、大阪城のようなコンクリートでない、本物の?城に行ったことがあればすぐにイメージがわきますね。最上階に上るのは、決まってあんな感じの狭くて急な階段だから。

二代前の藩主の時、美女の呪いを封印した?といういわくつきの天守閣に、久方ぶりにやってきた人間は、若く美しい図書之助(海老蔵)でした。海老さま、「夏祭」の大阪弁の侠客は相当無理してつくり込んだ感じでしたが、こういう役はもうそのまんまですね~。そのまんまがいいということではないですが。歌舞伎は今までそんなに回数見てないので、どんな爺さんでも白塗り化粧をすれば「姫」になれるのを、半ばうんざり、半ばあきらめで見ていましたが、昨年の7月歌舞伎で、海老&玉の「吉野山」を見てから、役者のヴィジュアルがいいとこんなに素敵なんだ~lovelyと認識を新たにしたところです。またその「最強の並び」というところでしょうか。

図書之助は、例の、鷹狩りの鷹を富姫が呼び寄せ、亀姫へのお土産に持たせてしまった‥‥その鷹を藩主の命で探しに来たのだと言う。人が恐れて近寄らぬこの場所に一人で来たのは、既に閉門蟄居を言い渡され、切腹を命じられている身だからですと告げます。富姫は図書之助の言葉に、下界の人間にはないさわやかさを感じ、この後どんどん彼に惹かれていく、と思ったのですが‥‥「切腹させたくない」と言いながら図書之助を返してしまったり、一度下の階まで行きながら、化けものたち?に明かりを消されてしまい、また戻ってきた図書之助を「帰したくない」なんて言いながら秘蔵の兜を与えてまた返すところなど、よくわからないことばっかり。

一体この姫は図書之助に恋したのでしょうか?日ごろ上から眺めて、馬鹿にしていた下界の人間たち。その中にも図書之助のように、美しい姿、美しい心を持った人間がいたのだ‥‥そういうシチュエーションはわかるのだけれど、実際の行動が不可解でわかりにくいのです。それが鏡花ワールドなの?兜なんか持たせて帰すものだから、下界は大騒ぎになり、図書之助はかえって追い詰められ、それなら富姫に殺されるほうがいいとまた天守に登ってくるのです。

今度はたくさんの追手がやってきて、二人は獅子頭の中に隠れるのですが‥‥動き出した獅子頭に蹴散らされた追手は獅子の目を狙い、目を傷つけられると、獅子はその場で霊力を失って倒れてしまい‥‥。富姫が、先ほど亀姫からもらった例の生首を追手の侍たちに突きつけると、それは藩主の弟の首で、藩主にそっくりだったところから、侍たちは驚いて首を持って逃げ帰ってしまいます。だけど、そんなことをしたらよけい大騒ぎになってしまうじゃないですか。

その後、獅子頭から出てきた図書之助と富姫は、目が見えなくなってしまっていたのでした。いきなりの弟の首に驚いて、やがてまた追手がやってくることでしょう。このKYなお姫様がやることは、下界の汚れた世界の人間にはみんな裏目に出てしまうのです。下界にもこんな汚れない心の持ち主がいるというのに、それを救うことができない自分を悔しがる富姫。図書之助は後悔もなく、富姫とともに死ねるなら‥‥と二人はここで初めて心が通い合ったのでした。

そのとき、どこからともなくこの獅子頭を彫り上げた名工の翁が現れ、傷ついた獅子頭の目を彫り直すと‥‥‥不思議や、二人は再び目が見えるようになり、お互いの無事を喜び合うのでした。

美しいファンタジーですね‥‥‥恋が成就した?二人はこのあとどうなったのでしょう?地上の若者と、天上の姫、というより、妖怪?に近い姫じゃないですかsweat02‥‥そういうのは考えないで、お伽話的に、二人はいつまでも天上で幸せに暮らしたのでした。めでたしめでたし、でいいのかもしれませんね。

ただ、玉三郎の姫が、あまりに「格」がありすぎて、こんな下界の若造をどうして好きになったのかその過程がよくわからないのです。最初に出会ったとき、「何と涼しい声」というようなセリフもあったようですが、惹かれたようには聞こえなかった。あと、お互いの姿の美しさに恋したのなら、もっとじっと見つめあうようなところがあってもよかったのに、私、見逃したのかな?ほとんどなかったのですよ。

図書之助のほうも、姫をそんなに見つめたりしては恐れ多いと思うけど、それでも目が見えなくなる前に好きになったというのがはっきりわかるような何かがほしかった。とても真面目な堅物の印象で‥‥というか、やっぱり姫が立派過ぎなのかな。

富姫は、セリフを聞いている限り決して取り澄ました姫などではありません。藩主が鷹狩りなんかしてうるさいから「夜叉ヶ池のお友達に頼んで大雨を降らしてもらったわ」とか、「急な雨にみんな逃げ惑って面白いこと」とか、またそうやっていたずらで降らせた雨なのに、自分で濡れて帰ってきちゃうような、そんなお茶目なところもあると思うのに。何だか玉三郎の硬質な冷たい美しさのせいか、かえって近寄りがたい雰囲気が出てしまっているのです。

だから人間に恋しちゃったというのがあまりにも唐突に思えてしまいます。うっそ~!?みたいな。もうちょっと見ている者の心まで熱くなるような恋物語にしてくれたらよかったのに。と、鏡花作品は何も知りませんが、日ごろバレエなどで恋物語ばかりに浸っている?私としては、あまりのあっさり感に拍子抜けしてしまったのでした。

歌舞伎だって濃厚に恋心を表す場面があると思います。やっぱり印象深いのは、「ヤマトタケル」で、夫の仇として追ってきたのに、話すうちにどんどんヤマトタケルに惹かれていって、ついには殺すことができなくなってしまう兄橘姫とか‥‥あの場面何度見ても(3回見たけど)胸キュンでしたheart04スーパー歌舞伎とは違う文学作品だから、もっと崇高さを大事にしていて、そこまではあからさまにしないのかもしれないけれど、何か素人の、鏡花作品初体験の私にはとても物足りなく感じてしまったのでした。二人の役者さんのヴィジュアルがよかっただけに。

今月の夜の部はとても面白かったです。最近、歌舞伎を見ると眠くてしかたなくなる時が1か所は必ずあって、どうしたものかと思っていたのですが、今回そんなことはなく、両方とも本当によかったです。もう一度ぐらい見たいけれど、来週からのバレエ鑑賞のスケジュールを考えると無理ですね(残念!)

「夏祭」のほうは、合わない町人姿と大阪弁で奮闘していた海老さま。家柄、容姿、体格などすべてに恵まれて、今後何十年にもわたって歌舞伎界に君臨していく人だろうと思うから、若いうちから様々な役に挑戦し、体験することができているのは素晴らしいことだと思います。でも、彼って本当はオールマイティな役者を目指すタイプではないような気がするのですが。勘三郎や仁左衛門など、どんな役をやってもさまになる、そういう役者になるのでしょうか?わかりませんが、無理にイメージ外の役をやらなくてもと思うのは余計な御世話ですね。

一方、玉さまの方は、今までそれこそいろんな役を演じてきたと思いますが、一貫して冷たいほどの美しさの女形。鑑賞歴が乏しいのでわかりませんが、おきゃんな町娘ってないよね?マリインスキーのプリマ、ロパートキナがオーロラ姫役を踊ったことがないというのを聞いて、意外な気がしましたが、合わない役はやらない、そんな姿勢があると思うのです。(それにしちゃテリョーシキナはオーロラ踊るsweat02)玉三郎はライフワークとして、これからも鏡花作品に取り組んでいく意欲を示しているようです。そうやって自分に合った方向性を見出していくのもまた素晴らしいと思います。

ファンというほどではありませんが、今後も美しい海老&玉を見ていきたいと思いました。

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2009年7月13日 (月)

7月歌舞伎座 夜の部

Photo 歌舞伎座さよなら公演が続いていますが、今月の筋書きの表紙を1枚めくった写真‥‥何かこんな光景を見るとせつなくなりますね。あと10ヵ月、この入口を何度入ることができるでしょうか。

7月はバレエ公演が多いので、歌舞伎は行かないつもりでした。でも、せっかく澤潟屋の方々(笑也、春猿、笑三郎)が歌舞伎座にご出演なので、見られるうちにと、先週初めに行ってきました。

今回の夜の部は海老蔵が大活躍。2演目とも面白くて退屈することはありませんでした。ただ、私が行ったのはまだ初日から間もなかったので、セリフをかむ人、止まる人もいてありゃりゃ‥‥(まあ、聞き流せばわからない程度ですが)若手中心はいいけれど学芸会みたいだなと思っていたら、釣舟の三婦(さぶ)役の市蔵さんは前日からの急な代役ということでした。もともとの猿弥さんは病気休演とか。猿弥さんの恰幅のよさそうな三婦も似合っていると思ったのに残念です。

よく思うけれど歌舞伎って、1ヵ月の興行が終わって次の初日まで1週間ぐらいしかありませんよね。朝から晩まで舞台はお客さんが入っているから、リハもゲネプロもないという話は聞いたことがありますが、公演中に次の公演の稽古もして、間の数日で合わせるのでしょうけど、すぐ初日になってしまう。だから最初のほうと後のほうは違うのは当然?‥‥といっても私などは1回しか見に行かないのでわかりませんが。

よくテレビのドキュメンタリーなどで見ると、終演後のロビーにゴザを敷いて稽古していたりして、ホントかなあと思うけど、歌舞伎ってそういうものなのでしょうか。その上さらに急な代役なんて、多少なりとも素人芝居に関わっていたりすると、もう信じられません。プロはそれを当然のこととしてずっとやってきているのだからすごいなあと思います。

≪夏祭浪花鑑≫
現代でも人気のこの演目は江戸時代中期、享保の改革のあとの時代、有名な「菅原伝授手習鑑」や「仮名手本忠臣蔵」よりちょっと前に初演されたものです。実は私は生で見るのは初めてでした。勘三郎さんのはテレビで2種類(勘九郎時代のニューヨーク版と、昨年のベルリンでの録画)見ていますが、とても面白いお芝居ですよね。

序幕:住吉鳥居前の場
最初は、まず主要な登場人物が次々に現れる趣向。喧嘩沙汰で投獄された主人公、
団七九郎兵衛(海老蔵)が釈放されるというので、住吉大社の前まで来て待つ釣舟の三婦(市蔵)。そこへ駕籠に乗った磯之丞(笑也)がやってきて何やら駕籠かきとトラブルに。それを納めて磯之丞を先に茶屋にいかせると、今度は団七が役人に連れられてやって来る。

団七は罪人の扮装で、ひげも月代も伸び放題。そのむさくるしい姿で、「おありがとうござりまする」なんて言うのだけれど、あまりの似合わなさにまず会場から笑いが‥‥。そのあと、床屋に入ってすっきりした姿で出てきたときは、普通はかっこいい!となるのだろうけれど‥‥イケメン俺様な外見のためか、町人も大阪弁も似合わないんだよねsweat02この大阪弁も何日かすれば滑らかになっていくのでしょうか?(初役ではないはずだけど)どうもこの役は、勘三郎さんの軽妙洒脱な味がスタンダードになっているので、変な感じでした。

恋仲の磯之丞を追ってきた傾城琴浦(春猿)。春猿さんは相変わらずきれいlovely団七は琴浦を横恋慕する悪者から救い、磯之丞のところへ向かわせる。そのあとまた、琴浦を返せと一寸徳兵衛(獅童)なる者が言いがかりをつけ、派手な喧嘩になるんだけど、それを住吉大社のお参りを済ませて出てきた女房お梶(笑三郎)が仲裁する‥‥という、ごちゃごちゃとわかりにくいのですが、要するに、ここでひととおり登場人物の紹介をしたというわけですね。笑三郎さんのきっぷのいい世話女房役は合っていますね~。

徳兵衛はお梶に恩があるということがわかり、さらにこの夫婦と縁がある磯之丞は自分にとっても主筋‥‥ということで、さっきまで大立ち回りをしていた二人なのに、ここで片袖を交わして義兄弟の仲となるのでした。

二幕目:難波三婦内の場
定式幕を閉めただけで休憩なしで次の場面へ続きます。難波に住む釣舟の三婦(さぶ)のところに磯之丞と琴浦がかくまわれているのですが、二人は大変な状況もどこ吹く風で、仲良さそうに痴話喧嘩などをしています。私は笑也ファンなので、笑也さんの立役姿を見たかったというのが、今回これを見た第一の理由。きりっとした女形が素敵な笑也さんが、こんなふわふわした女以上に頼りない若殿役なんて~と思ったけれど、貴人特有の鷹揚で、どこか放っておけないところがある、そんな「つっころばし」の雰囲気はうまく出ていました。

この磯之丞の親の殿さまは、よほどいろんな人に恩をかけている大人物なのでしょうね。こんな、遊女にいれあげ勘当されるようなダメ息子でさえ、たくさんの人が助けてくれる。それどころか、このあと、こんなバカ殿のために庶民が血みどろになって殺し合いまでしてしまう‥‥その馬鹿らしさ悲しさが、一つのテーマかと思われます。

祭りにかこつけて様子をうかがいに来る悪者もいて、ここでは安心できないので、三婦の女房は訪ねてきたお辰(勘太郎)が国元に帰るというので、しばらく磯之丞をかくまってもらえないかと頼みます。お辰は二つ返事で引き受けるのですが、三婦は、突然任せられないと言い出す‥‥ここからがお辰の見せ場。

勘太郎さんはさすがに昨年の海外公演やコクーン歌舞伎などでお辰を演じ続けていたので、めちゃくちゃこなれていて、もうそこだけ別世界というくらい濃い演技をしていました。テレビでは見ていましたが、本当にうまかったです。これでは代役にたったばかりの三婦はたじたじ。顔に焼きコテを当て、傷をつくってまでやり通そうという女の心意気。ハラハラしながらも胸のすくような思い。すごかったです。引っ込む時の「ここでござんす!」にはもう大拍手でした。

そのあと、義平次が駕籠で迎えに来て、三婦の女房をだまして琴浦を連れて行ってしまう場面~団七がそれを知り、一大事とばかり追いかけていく場面は、とてもスピード感のある展開でした。

大詰:長町裏の場
そして、この演目の最大の見せ場。義父の義平次が意地悪く団七をいじめ抜き、それにじっと耐え続ける団七。義平次役の市蔵さんは、代役の三婦と大変な二役。三婦のほうは少し貧弱で物足りない感じがしたけれど、本来の役の義平次はもうこのねちねちといやらしい感じがすごかったです。

団七は磯之丞と琴浦のことを引き受けたのに、ここで琴浦を連れて行かれたら男が立たぬと訴え、必死で義平次に駕籠を戻すように懇願するのだけれど‥‥う~ん、海老さま、やっぱりこういう役は合ってないかな‥‥。

ところが、雪駄で額を割られ「男の生き面を!」とキレるところからはすごかった。やはりルックス、体格ともに恵まれているので、このあとの殺し場、様式美を見せる見得の数々は、どれもすごく決まっていて、カッコよかったです。

逃げる義平次を執拗に追いかけて殺すシーンは、一見残酷なように思えますが、誤って付けてしまった刀傷でも、親を手にかけることは当時としては最も重い罪。殺したあと、井戸の水で刀を洗うところ、足が震えて滑るところ、最後に「悪い人でも舅は親、親父殿、許してくだんせ」と言うところなどが、凄惨な殺し場だけれども、平気で人を殺したわけではないことも見ての通り。侠客というか、チンピラのような男でさえことさら節にこだわり義を重んじる‥‥何か、現代のちょっとのことで平気で人を殺してしまう事件などとは違うと思いました。

表通りの神輿を担いだ若い衆がなだれ込んで、祭りの喧噪の中で逃げ惑う団七。最後まで息つく暇もなく見入ってしまいました。よくできたお芝居、とても面白かったです。

長くなってしまったので、もう一つの「天守物語」はまたこのつぎに。

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2009年6月24日 (水)

6月 歌舞伎鑑賞教室

もうちょっと前になりますが、国立劇場の「華果西遊記」を見てきました。毎年6月、7月に行われる国立劇場の歌舞伎鑑賞教室は今回で75回目ということです。そうですよね、私の学生時代からありましたもの。学生料金がとても安く設定されていたので、私も昔よくお世話になりました。

子どもが小学生になった頃、学校から夏休みの「親子で楽しむ歌舞伎教室」のチラシが回ってきました。それ以来また、子どもと一緒に何度か見に行っています。確か「親子」企画の期間中は「親子」という限定ながら、さらに安い価格で見られ、パンフレットも特に子ども向けにつくられているんですよね。通常は一般3,800円、学生1,300円です。それでも安いのに、夏休みの期間に入ると親子割で、親2,000円、子1,000円なんですよ。子は18歳までというから、まだうちの子でも大丈夫!

内容は、前半は解説、後半はお芝居。いわゆるスターは登場しませんが、若手、中堅どころの実力ある役者さんたちの熱演を見ることができます。ただ、演目によるところが大きいのだけれど、ごくオーソドックスな古典演目が多いので、これが初めて見る歌舞伎だったらちょっとかわいそうかな‥‥と思ってしまったことも中にはありますけどね。子どもには退屈すぎるものもあって、うちの子などは半分以上寝ていたこともありましたsweat02Imgp7749

今回は猿之助一門が登場する「華果西遊記」ということで、絶対退屈はしないでしょう!まだ夏休みじゃないので、久々に1人で見に行きました。昼の11時と2時30分の2回上演なので、平日お仕事をされている方は、土日または2回設定されている午後7時からの「社会人のための~」というのしか見れない設定です。それで、普段はどんな人が来るかというと、ほとんどが中学生・高校生のようでした。

学校で行う芸術鑑賞会というのに団体で利用されているんでしょうね。私が行った回は、1階席は全部高校生の団体。一般は2階席でした。高校生たちと見た歌舞伎。これがまた独特な雰囲気でおもしろかったです。

≪第1部:解説 歌舞伎のみかた≫
3月の「獨道中五十三驛」以来の春猿&笑三郎のコンビによるテンポのいい解説は、実演も交えてとても楽しかったです。歌舞伎の三つの要素である「歌(音楽)」「舞(舞踊)」「技(歌舞伎独特の見得や舞台の決まりごとなど)」をわかりやすく説明していました。何度か見ているので重複するところも多々あるのですが、初めて見る人にはとても親切だと思います。

音楽では、下座と義太夫、常盤津の違いなど。下座では、太鼓でいろんな自然現象を表現する方法を実演していました。ドロドロで、春猿さんがいきなりお化けになってスッポンから登場したのでびっくりしました。あと、今回の「華果西遊記」では義太夫と常盤津のかけあいがあるということで、義太夫と常盤津の違いを笑三郎さんも一緒に実演してくれました。ある動作に対して、義太夫はナレーション的に、常盤津はBGM的にという、その違いが面白かったです。

舞踊では春猿さんが素踊りを披露。解説の笑三郎さんが「化粧してなくても十分きれいでしょ」というので、うん、うんとうなずいてしまいました。女形の技の実演で、ぐっと肩甲骨を寄せ、肩を落としてなで肩の形をつくるというのを春猿さんが実演すると、客席から「キャ~」という声が‥‥高校生には何が受けたんでしょう?続いて膝を付けて内またにする、という実演で、春猿さんが袴をめくっておみ脚を見せたのでまた「キャ~!」

女形は「お○マっぽい」イメージがあったのかもしれませんが、衣装もかつらも化粧もなしに、姿勢を変えるだけで、表情まですっと女形に変身して、そのまま華麗に舞う春猿さんの技に、やっぱり純粋に驚いたことでしょうね。それから黒衣の役割。舞台上で黒は見えないという約束事などの説明。差し金の使い方の実演で、しばし客席とバレーボールに興じ、高校生大受けでした。

あとは笑三郎さんの見得の実演と、最後に「もうこれで皆さんとは顔見知りになったわけですから、あとのお芝居で私たちが登場したら盛大な拍手をお願いしますね」なんて言ってしめくくっていました。うまい!

≪第2部 華果西遊記≫
「華果」とは猿之助の俳号だそうです。孫悟空が生まれた山も確か「華果山」といいましたね。明治11年に初演された歌舞伎の「西遊記」は、のちに初代、二代目の猿之助が演じて猿之助の家の芸になりました。それを平成12年に「華果西遊記」として再演したもの、いわば「猿之助版西遊記」というところです。

何年か前に確かテレビでも放送してましたよね。その時の録画、探しても見当たらないんですがcrying‥‥確か段治郎さんの沙悟浄と、猿弥さんの猪八戒、右近さんの孫悟空が3人で宙乗りしたりしていました。今回はその一部なので宙乗りはなしです。

第1場 西梁国智籌殿の場
経典を求めて天竺へと旅を続ける三蔵法師が通りかかったのが、女ばかりで男はいないという国。最初に花道から、笑也さん扮する三蔵法師が登場したとき、何とまた会場から「きゃ~!」という声!何??何?私は2階席だったので揚幕が見えないんです。わけのわからない高校生たちの反応に一瞬何が起こったのかと思いました。笑也さんがそんなに美しかったのかしら??

そのあと花道の七三まできて立ち止まり、こちらを振り向いた笑也さんの美しさに納得。安珍もかくやという美僧姿。これを見るために来たので、これだけでもう十分満足でしたheart04いつものまるで女優のお声が‥ちゃんと男の声だわ。でも、姿は夏目雅子のような若く美しい三蔵法師でした。

続いて御簾が開いて女王(笑三郎)が登場すると、お約束通りの熱い拍手。高校生諸君、忘れていませんでしたね。

お芝居の方は全くの荒唐無稽。だけど、高校生たちには格式高い古典よりもこっちの方が面白いよね。意外なところで受けるので面白かったです。猪八戒と沙悟浄のやりとりで、「女ばかりの国では子ができないだろう」「まさか我々を種馬にしようというのではあるまいな」などと言ってニヤッとするところで男子生徒たちのげらげら笑う声が聞こえます。

のどが渇いた猪八戒が飲んでしまったのは、飲むと子が授かるという不思議な泉の水。それを聞いたとたんに猪八戒はにわかな腹痛に七転八倒!「ややっ、もしや子ができた?」でまた大笑い。このあと孫悟空(右近)が登場して、手品のようなことをして観客を楽しませながら「子だね」を取り出す「手術」が始まります。ばかばかしいんだけど、こんなことも高校生には受けるんですね。元気になった3人の披露する棒の技も面白かったです。猪八戒は猿弥さん、沙悟浄は今回、段治郎さんではなく弘太郎さんでした。それぞれキャラがたっていてよかったです。

一方、三蔵法師はというと‥‥。女王の「妹(春猿)が恋煩いで死にそうだから、ご祈祷して治してほしい」という言葉に、それならばと奥に入ってみると‥‥。春猿さん登場でまた大拍手happy01 それにしてもこの春猿さんのあでやかなこと。りりしい笑也さんとの並びがまた美しいlovely 妹姫は三蔵法師を見るなり、「2年前にお見かけしてから私がずっと恋こがれているのはあなたです!」といきなりの猛アタック。困る三蔵法師。でも、まんざらでもなさそうな、ちょっと色っぽいやり取りにドキドキしちゃいました。

ところが、そこへ孫悟空が駆けつけ、女王と妹が妖怪だと見破ると、たちまち美しかった二人は恐ろしい蜘蛛の精に姿を変え、次々に糸を投げて三蔵法師をとらえて連れ去ってしまいます。客席まで飛んでいく蜘蛛の糸も華やかだけれど、この衣装のぶっ返りを使った変身も見事でした。一方、侍女たちの歓待を受けて鼻の下を伸ばしていた八戒・沙悟浄も、にわかに変身した侍女たちにからめとられてしまいました。

第2場 雲中の場
ピンチ!‥‥のはずなのに、けっこう落ち着いていておどけた感じの孫悟空。「きんと雲」に乗って様子をうかがううち、二手に分かれた三蔵法師と猪八戒・沙悟浄のどちらも急いで助けなければいけないと悟ります。そこで頭の毛を抜いて分身の術をつかうと、あらまあ不思議、孫悟空そっくりのかわいい子猿たちが現れました。5~6歳から10歳ぐらいまでの子どもたちでしょうか、子猿のいでたちで揃って「かっぽれ」を踊ってかわいいこと!こんな演出、今まで「歌舞伎鑑賞教室」にあったでしょうか?今月これを見た中高生たちも、これで一気に歌舞伎の世界が身近に感じられたことでしょう。

分身の子猿たちを八戒・沙悟浄の救出に向かわせたあと、悟空は急いで三蔵法師の捕らえられている盤糸嶺に向かうのでした。

第3場 盤糸嶺山頂の場
幕が振り落とされ、そこは恐ろしい妖怪たちの住む岩山。化粧が恐ろしくて、とてもさっきの美しい笑三郎さんと春猿さんには見えませんがcoldsweats02‥‥ここでまた大量の蜘蛛の糸は投げるわ、「千本桜」の「小金吾討死」みたいな縄の(蜘蛛の巣にも見えますね)立ち回りはあるわ、息つく暇もなく楽しませてもらいました。ほんとに、子どもが寝ちゃうような演目もあるのに、今回の鑑賞教室で初めて歌舞伎を見たという中高生は幸せでしたね。

戦いの末、見事魔物をやっつけてめでたしめでたし。三蔵法師一行はまた天竺目指して旅を続けるのでした。

いつも、ケレン満載の猿之助歌舞伎は結構突っ込みどころもあるのだけれど、今回は本当に面白く、楽しんで見ることができました。ワタクシ的には笑也さんが素敵で、もう満足~heart04 笑也さんは女形も美しいけれど、立役もりりしくて好き。実は「南総里見八犬伝」の犬塚信乃役で、私は笑也さんに陥落したのでした。あれからかなりたつけれど、「八犬伝」の再演もぜひお願いしたいものです。

意外なことに立役も素敵な笑也さん。来月は歌舞伎座でまた立役じゃないですか?7月はバレエ鑑賞が忙しくて行けないかもしれませんがcrying 秋には巡業?の「傾城反魂香」でまた立役。楽しみです。私は行けませんでしたが、先月の名古屋の「東海道中膝栗毛」でも、見た友人の話では「イケメン気取りの田舎役者」の役だったそうで、ことしはなぜか立役づいていますね。

そういえば大河ドラマの「天地人」で武田勝頼公を演じていました。私は言われるまで全くわかりませんでしたが‥‥あとで録画を見てみると‥‥え~!「美青年」じゃなくて「オジサン」じゃんcoldsweats02 ちょっとショックかも。でも、高慢で神経質そうな役の雰囲気を上手に出していました。

きのう、娘のバレエ教室についていったら、一緒の教室の子で「明日、学校の芸術鑑賞会で、国立劇場に歌舞伎を見に行くんだよ~」と言っていた子がいました。「いいね~。すごく面白いよ。素敵な三蔵法師が出てきたら、たくさん拍手をしてあげてね」と言っておきました。三蔵法師が素敵だなんて想像もつかない様子でしたが、彼女も今頃はきっとびっくりして見ていることでしょう。

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2009年3月24日 (火)

3月歌舞伎座「元禄忠臣蔵」

Img_0001 これも先週のことなのですが、「元禄忠臣蔵」を見てきました。10篇で構成されている真山青果作の「元禄忠臣蔵」のうち、昼夜で6編を上演するというのはたぶんまたとない機会だろうと、思いきって1日で夜の部、昼の部通しで見てしまいました。ところが‥‥緊迫したセリフ劇が延々と続くこの演目では、やっぱり見るほうにもかなりの緊張感と集中力が必要で、昼夜通しというのは相当きつかったです。

今まで昼夜で見たのは猿之助の「義経千本桜」の通しと、「當世流流小栗判官」の通し上演のとき。「千本桜」はかなり昔ですが、通しでも疲れたという記憶は全くありませんでした。若かったから?それとも、面白かったからかな?

何年か前の「當世流小栗判官」は国立劇場で、昼の部と夜の部の間が2時間もあいていたのです。歌舞伎座周辺ならいくらでも時間はつぶせますが、喫茶店も少ない国立劇場周辺で2時間うろうろするのはとても大変でした。内容がどうだったかすぐには思い出せないくらいなので、多分その間の2時間で疲れてしまったのか、つまらなかったのか。

そして3度目の挑戦!どうせなら1日で両方!と思ったのは、やっぱりもったいなかったかな~。というのも‥‥昼の部は3編とも最高に感動したんですよ!happy01 小難しいセリフの応酬と思いきや、それが極めて格調高く、志高く、感動の嵐で、毎回幕ぎれごとに号泣状態!crying 見てよかった~!ほんとにこんな経験は初めてでした。

それが夜の部になると‥‥‥。まず昼の部が終わって夜の部が始まるまで30分しかないんですよ。ほとんど入れ替え時間だけ。外にお弁当を買いに行っただけで、すぐ夜の部が始まってしまいました。夜の部は三人の当代の名優による、三人三様の大石内蔵助が見ものなのですが‥‥それまで休む間もなく緊張の連続のようなお芝居を見ていたので、夜の部の最初の幕が始まってすぐに眠くなってしまいました。せっかくの團十郎さんの大石内蔵助も、うつらうつら状態sweat02のまま終わってしまい、あれ~今のは何だったんだろう??よくわからなかったわ~。ちょっとショックでした。

気を取り直して次を見よう!と意気込むも、幕間にお弁当なんかを食べたものだから、次の仁左衛門さんの大石内蔵助も、立て板に水の長ゼりフが耳を素通り‥‥これじゃいかん!と思っても集中できず、またうつらうつら状態。だけど何でこんなに眠いんだろう。昼の部はあんなに感動したのにちっとも感動できない。どこが面白いのかもわからない。焦りましたcoldsweats02 

そして最後の幸四郎さんの大石内蔵助は、内容もちょっと緊張を和らげた雰囲気なので幸四郎さんには合っていましたが、福助さん扮するおみのという娘が何か変。何でそこにそんなエピソードを持ってきたかわからないし、またお風邪でも召されたか、声がかなりキモイsweat02‥‥(ごめんなさい!)そして、何でそこで自害するのか全く分からず。すみません、それであっけにとられているうちに終わってしまいました。全然感動の「か」の字もなかったです。

これは無理やり昼夜通しで見ようとした私のコンディションが悪かったせいなのか、よくわかりません。昼の部は毎回泣きっぱなしの感動で、夜の部は3編ともわけがわからないまま終わっちゃった。私の周りは通しで見た人かそうでない人かはわかりませんが、昼の部は「よかったわね~!」「すごかった」などという声もそこここから聞こえてきました。でも夜の部はみんな何も言わずサーっと帰ってしまった感じです。どうだったのか、他の人のお話も聞いてみたい気もします。

それで今週は夜の部リベンジ!と思ったのですが、つまらなかったものをわざわざまた見に行くのもなあ~。どうせ見るなら超感動した昼の部をもう一回見た方がいいよね。それならまた昼夜通し?いやいやそれじゃまた同じことになっちゃう!ということで、かなり迷ったのですが、行かないことにしました。次回いつ上演されるかわかりませんが、またぜひ見たいと思います。

それでは、どこまで覚えているかわからないけど、感動した昼の部だけでも、内容のおさらいをしておこうと思っています。次へつづく‥‥‥。

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2009年3月15日 (日)

面白いだけでは‥。

新橋演舞場の「獨道中五十三驛」(ひとりたびごじゅうさんつぎ)を見てきました。2009_0316_003743imgp6954

ちょうど一年前にスーパー歌舞伎の「ヤマトタケル」を見て感動して、一気に澤潟屋ファン(もともとですが)になってしまったので、今回の上演もとても楽しみでした。猿之助歌舞伎のケレン満載の派手な舞台、宙乗り、本水、早替わりという大じかけが見どころの、息もつかせぬ演目とあって、本当に期待して行きました。

で、まあ面白かったし、すごかったのですが‥‥。何か感動するものがあったかというと、それはどうだったか。私は笑也さんと段治郎さんのファンなので、それはそれで素敵な姿が見られて満足なのですが、特にこれといった役者さんのファンでない方はどうだったんでしょうね?新聞でもテレビでも「面白い」ということしか聞きませんが、私には何か、ファンじゃなければ見れなかったかもsweat02‥‥という気がしてしまいました。

バレエでもそうですが、やっぱり私はストーリーがしっかり構築されていて、登場人物の性格や心情がきちんと表現されてないと、ただきれいだとか、技術がすごいというだけでは感動できないのかもしれません。そういう意味ではもうメチャメチャだったんですよ~。

こういう演目ですから、はじめから筋だったものを期待していたわけではないのです。でもあまりにも大風呂敷を広げすぎて収集がつかなくなったみたいな、えらくとっちらかった内容で、ホント説明不能。もうどうしましょう!?という感じでした。

「獨道中五十三驛」は文政10年(1827年)に四世鶴屋南北によってつくられた作品です。こういうときに、こんなブログですが、いちいち拙い感想を残しておいたのがちょっとは役に立つもので、昨年見た南北作品の「東海道四谷怪談」が1825年、「盟三五大切」がそのすぐあと、とちゃんとメモしてありました。そして2年後にこの作品と、売れっ子作者が次々と奇抜な作品を発表していった様子がわかります。

当時の歌舞伎は古典芸能などではなく、全くの生きた芝居だったはずで、他の人気芝居があればそれのパロディをいち早く盛り込み、時事ネタをちりばめ、それこそありとあらゆる手を使って観客の好むものをつくっていたのだと思います。それだから、一度流行から外れると、それっきり上演されなくなってしまうものも多かったのではないかなと思います。

この作品も同じで、ずっと上演されていなかったものを昭和56年に猿之助が復活させたのだそうです。何と、初演時の初日は延々7時間に及んだそうです!見るほうもやる方もへとへとだったでしょうね。(事前のタイムテーブルがなかったのかしら??)あまりの長さに、その翌日は大幅にカットして(だから初日しか出番がなかった役者が続出!初日見た人は超お得だったのか、お疲れ様というべきか?)4時間に収めてしまったという、とてつもない作品ということでした。

私はよく知らないけれど、猿之助さんは歌舞伎界では多分異色の存在です。早くに後ろ盾をなくし、さぞ孤軍奮闘されてきたことでしょう。そんな中で、明治以来だんだんと腹芸中心、内容も難解になり、伝統芸能化してしまった歌舞伎を、元の江戸時代のように庶民が手放しで楽しめるものにしようと、このような奇抜な作品を復活上演させることに心血を注いだのだと思います。そのとおり、腹芸などというものとは対極の、ケレンをちりばめたスペクタクルでスピーディな作品になっているのですが、肝心のストーリーがその中にうずもれてしまったみたいで、私にはちょっと残念でした。

江戸時代の歌舞伎見物は朝から晩まで、弁当を食べながら丸一日かけてののんびりしたものだったと聞きます。これはたぶん、その時代であればこその演目で、それを現代に持ってきて休憩を入れて4時間ぐらいでやろうとするから、大幅にカットした部分と、見どころだけ無理やり突っ込んだ部分とができて、こんなにわけのわからない話になってしまったものと思われますwobbly

とても説明しきれるものではないのですが‥一応内容をかいつまんで。(ネタばれ注意です!)

この演目では、右近さんの宙乗りや早替わりが売り物になっていますが、一応お話としての主人公は段治郎さん扮する与八郎でしょう。父の仇を追って東海道を旅しながら、主家の由留木(ゆるぎ)家再興のための重宝を手に入れんとする役どころ。そこに笑也さん扮するお姫様が絡むのですが‥‥。

≪序幕 京都三条大橋~岡崎≫
京の三条大橋の下で主人公の父親が殺され、主家に伝わる「宝刀雷丸」を悪者に奪われたところから始まるこのお話。悪者はもう一つの重宝を探しに、東海道を下っていきます。

次が近江の石山寺。出家すると言ってきかないお姫様をなだめるために、侍女たちが連れてきたのが馬子の姿をして馬まで連れた与八郎。何でお侍が馬子なの~?ってその程度のことで突っ込んでいたら最後まで続きません!(勘当されていたんですって!)馬子は道中双六を取り出して‥‥お姫様の名前は重の井姫。これって「重の井子別れ」の大人版ですか?そのためだけに馬子の扮装をしていたんですね。

双六の時にお互いの印に出した品から、2年前に暗闇祭りで契りを交わした仲とわかり、もういきなりのラブラブ状態。それに面喰っているとさらに、これから仇打ちに行くのに、「連れて行って」と言われれば「いいよ~」と即答sign01そして、そんな相思相愛の仲なのに、途中で姫がさらわれてしまっても別にうろたえる気配もない与八郎。。。??不思議です。

唐突な「だんまり」で、簡単に重宝の一つ「宝剣雷丸」を手に入れ、もう一つの重宝の「九重の印」を追って海の中まで大冒険sign01仇の兄弟だけでなく、海中でかぶりもののエビさんやタコさん、ヒトデさん(これがかわいかったhappy01)とも立ち回りを演じる奇想天外さ。そして九重の印は巨大魚に持っていかれてしまいます‥‥‥。

もしかして、これってすごくばかばかしくない‥?という思いも、命からがら小船に上がって、名古屋城を見上げる段治郎さんのカッコよさに、一瞬で吹き飛んでしまいましたheart04だけど、その「九重の印」が、あとで小田原の浜に上がって古道具屋に出ていたというんですから、ますます「うっそ~!」の世界でしょcoldsweats01

このややこしい話をうまく整理してくれているのが、狂言まわしというか、野次さん喜多さんの女房だという春猿さんと笑三郎さんの女漫才コンビです。ストーリーには直接関係ないのですが、東海道を一緒に旅しながら、客席の中に入って行ったり、幕前で場面転換のつなぎ役をやったり、内容も時事ネタ満載で面白かったです。

序幕の最後は何の脈絡もないような化け猫話。これもどこかで見たことが‥と思ったら、「南総里見八犬伝」でしたよね~。「魚のアブラ‥heart01」と言って、不気味なばあさんが行燈の油をなめるところ、化け猫に変身して、女を操ってアクロバットみたいなことをさせる場面もそっくり同じだったと思います。すぐには思い出せないけど、他にも何かでこの化け猫話を見たことがあったような。ここでは一応、化け猫のばあさんは由留木家に積年の恨みがあって、このとき宿を所望した旅の夫婦と赤子はそのご落胤‥‥?ということで、彼らを根絶やしにしようということだったらしいのですが‥‥何で??と思っても息つく暇はなく、さんざん怖がらせた末に化け猫は宙乗りして派手に去っていきました。

宙乗りというのは‥‥やっぱり源九郎狐にしても、ヤマトタケルにしても、物語の最後に主人公の美しい魂が昇華した、究極の感動の表現のように思っていたので、こうやってこけ脅し的に何でもかんでも宙乗りするのもねえ、という気がしないでもないのですが。おどろおどろしい化け猫が宙乗りしたって、感動も美しさもないですから。でもそれが、お客さんが喜べば何でもありという猿之助さんの精神なら、それを継承するのも一つの道かもしれませんけどね。

≪二幕目 宇津谷峠~箱根≫
悪者たちは峠に差し掛かる‥これがまたパロディ満載で、古いお堂から現れた与八郎は登場の仕方から衣装まで全部「白波五人男」の日本駄衛門です。そこを悪者に鉄砲で撃たれるのは忠臣蔵の
「山崎海道」みたい。そのあと悪者にさらわれていた重の井姫と再会するのですが、鉄砲で撃たれ、足が不自由になった与八郎を手引き車に乗せ、甲斐甲斐しく世話するあたりは全く「小栗判官」そのまま。その後ガラっと世話物風になって、薬代のために重の井姫が身売りするのは「忠臣蔵六段目」の世界ですよね。いや~、パロディというよりこうなるといろんな演目の寄せ集めですね。どうなってるの?って展開です。

病の印の紫の鉢巻をした段治郎さんがまたカッコいいのheart04情けないんだけどとっても素敵。献身的に尽くす笑也さんも素敵。でも、あの段治郎さんの乗った手引き車、花道でもかなりのスピードで爆走していました。コースアウトしないか、ひっくりかえらないか心配しちゃいましたよsweat01

そのあと、売られていく姫をつかまえて与八郎をおびき出そうと(そんなことしなくても、足が不自由なんだから、直接踏み込んだらいいのに!)さらに悪者が姫を狙います。この悪者は右近さんで、逃げようとする姫の長く解けた帯をつかんで、何度も執拗に斬りつけるところは「累」みたいです。

姫はさんざんに斬られ、もうこれまでと祈りながら滝壺に身を投げます。それまで与八郎の足が治るようにと99日間の水垢離をしていたので、祈りが通じて百日の満願叶い、姫を追ってきた与八郎に奇跡が起こり、与八郎はついに立つことができたのでした!‥‥あの、これって感動的なはずなのに、なぜか客席から笑いが‥sweat02すみません、私もちょっと声を出して笑ってしまいました。「アルプスの少女ハイジ」のクララみたいに?余りに唐突でわざとらしかったですからねえ。でも、そのあと滝がガバ~っと開いて、本水がどうどうと流れてきた勢いで帳消し‥‥でしたねbleah

この本水の立ち回りは、さすがに段治郎さん、ホントの水もしたたるいい男でございました。血がビューっと放水のように出るところなど(前にも何かで見たな~)くだらないんだけど、これもサービス精神なんでしょうねcoldsweats01水から上がって着物の裾と袖を絞る姿も粋でした。プルプルっとわざと客席にも水を‥‥。あのしずくを浴びたかったわ~heart04というファンの方もたくさんいらっしゃったでしょうね。さいごに滝の中から現れた白装束の笑也さんは美しくて、まるでアルブレヒトを守り抜いた「ジゼル」でした~lovely

≪大詰 小田原~江戸日本橋≫
これで終わりでも十分よかった?のですが、このあとが右近さんの早替わりを含め、さらにごちゃごちゃとわかりにくくなっていきます!

小田原の古道具屋の丁稚(右近)は親が由留木家に奉公していたということで、重宝の「九重の印」を持って逃げていきます。実は丁稚はその道具屋の娘(これも右近!)と恋仲で、追ってきた娘がさらわれそうになるのを止めようとして肝心の重宝を落としてしまいます。それを拾ったのが丁稚の姉の芸者(これも右近!)で、もうこの辺から何が何だかわからなくなってしまいました。

このあとは稚児姿の弁天小僧になって「知らざあ言って聞かせやしょう」と言ってみたり、土手の道哲(「伊達の十役」)になって「うかれ坊主」を踊ったり、「お祭り」の鳶頭になったり、果ては雲の上の雷様(なぜ??)になったり、川のほとりで「白波五人男」の勢揃いみたいなことをやったり(傘には「志ら波」ではなくて「おもだかや」と書かれていました!)もうハチャメチャ。さながら「右近早替わりショー」といった感じで、勝手にパッパパッパと替わりまくっていました。こんなの元ネタを知らなければ(私も半分ぐらいしかわからないsweat02)全くどうってことないもので、大変そうな割には面白くないというか、実に、お疲れ様でした。

最後は二つの重宝がそろって、お江戸日本橋で殿さま(これも右近よっ!)と奥方(笑也)も現れ、めでたく一件落着。その殿様がまるで「伽羅先代萩」の頼兼公で、最後の最後までパロディという感じでした。

来週分の得チケも出たので(一等席14,000円が9,500円です!)よかったらもう一度行こうと思っていたのですが‥‥かなりビミョーな状態です。笑也さんと段治郎さんを見るだけならいいけど、またあの化け猫と早替わりショーを見させられると思うと疲れそうsweat02‥‥というわけで、来週はやっぱり歌舞伎座でやっている「元禄忠臣蔵」を見ることにします。明治以降、歌舞伎が「芸術」となっていく過程の作品。多分このお芝居とは対極にあるものでしょうね。それもやっぱり疲れそうですけどsweat02

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2009年2月 7日 (土)

「義経千本桜」木の実~すし屋

1月はバレエ鑑賞に忙しかったのですが、実は歌舞伎も1回見ました。新橋演舞場の初春花形歌舞伎の昼の部です。どうしても昨年の8月以来の笑也さんと、9月以来の段治郎さんを見ておきたくて。もちろん夜と昼、両方見たいけど無理~!どちらかひとつといったらやっぱり昼だよね~。ということで終わるギリギリの前々楽に見てきました。

今さら‥‥なので、もう忘れてしまったsweat02ことも多いけれど、一応鑑賞記録として。(ミーハーです。)

猿翁十種の内「二人三番叟」
笑也さんの男装(?)久々に見た。りりしいですheart04翁の段治郎さん、踊るところは面をつけていて残念‥‥一体何を見ているんだか。結局私の見るところはそんなもんです。猿弥さんと右近さんは激しい踊りを鏡のようにシンクロしていてナイスでした。

口上~市川海老蔵「にらみ」相勤め申し候~
夜の部は後半得チケも出たけれど、この昼の部はずっと人気だったようです。でも、たまたま取れたのでラッキー!とばかり行ってみると、私の並びはなぜかスカッとあいている。‥‥どうして?と思っていたら、この口上の前になって一人、また一人と私の前を「すみませんっ」と言って通るじゃないですか。「三番叟」上演中にですよ。(全部女性!)それで、海老蔵の口上が始まる前までには、見事に全席埋まりました。そして、威勢良く「成田屋っ!」‥‥ええっ?

私のいた列は海老蔵ファンの方々が、それもリピーターの方々がずらっと並んでいたのでした。だから海老蔵の出ない最初の演目なんて見る必要ないから遅刻してくる。そして、見ている澤潟屋ファンの私の前を通って全員、ご登場までにちゃんと席に着いてました。こんなことってある?バレエだと、遅れたら拍手のタイミングのときにそっと入って、あとはその幕が終わるまで(または場面転換まで)後か端で見ているよね。ちょっとびっくりしました。海老様ににらまれて、今年一年無病息災‥‥はうれしいけど、マナーの悪いファンにはあきれました。

「義経千本桜」~惟盛編
この話、いがみの権太だのすし屋だのが義経とどう関係があるのかわからない~!何で義経も出てこないのに、これが「義経千本桜」なの?と最初は思いましたよ。不思議ですよね~。

この長大なお話には、義経を中心にした(でも主役は狐!)「鳥居前」~「川連館」と、知盛を中心にした「渡海屋」~「大物浦」、そして惟盛をめぐるこの「木の実」~「すし屋」の三つの系統のお話があるんですよね。兄頼朝から逃れてさまよう義経、その義経が滅ぼした平家の落人である知盛と惟盛。滅びゆくものの行く末がテーマなのでしょうが、最後にちょっと心温まる「義経編」、勇壮な「知盛編」と比べると、この「惟盛編」は何だか不条理でせつなくて、あまり好きではないのだけれど。

「木の実」
壇ノ浦で死んだということになっている平惟盛は、なぜか吉野のすし屋の手代に姿をやつしている。その噂を聞いて奥方である若葉の内侍と嫡子六代君、従者の小金吾が訪ねてくるというお話。茶屋で休んでいると、土地のごろつきの「いがみの権太」にからまれて、金をゆすり取られてしまう。それがこの「木の実」または「椎の木」と言われる場面です。

段治郎さんの小金吾、りりしい~heart04長身の段治郎さんが前髪の若侍って、ちょっと無理があるかもしれないけれど、あの「ヤマトタケル」のタケヒコのようなきりっとした感じで素敵。(ミーハーです!)それから、笑也さんの若葉の内侍もしっとりとした高貴な雰囲気が漂っていていい。笑也さんは姿も美しいけれど、とにかく声がきれいなのが好きです。キンキン耳障りなわざとらしい声や、おばあさんのようなガラガラ声を出す女形は全く興ざめですから。どちらかというとホントの女性のような低めのつややかな声ですよね。普段の声はどうなんだろう?それから、権太の女房小せんは笑三郎さん。澤潟屋大好き人間としてはうれしいlovely

いがみの権太といえば、私の初見は猿之助。あと、勘三郎もテレビで見ているので、ああいう軽妙洒脱な?ワルのイメージがあります。だから海老蔵の権太って想像がつかなかったのだけれど(夜の部の弁天も‥‥)そこは普通の俳優さんと違って、いろんな役ができなくてはいけない歌舞伎役者。けっこうすごみのあるマジなワルっぷりでした。姿形がきれいだから小悪党にしておくのはもったいないくらいなのですが、尻端折りや肩脱ぎで肌が見えるところなど、さすがに若々しくてカッコよかったです。権太という役にカッコよさが必要かどうかは別ですけどね。

そのちょっと見いい権太が、小金吾に言いがかりをつけて金をゆすり取るところは、吉野人というのにべらんめえ調の江戸弁炸裂の不思議。。coldsweats01 折り目正しい段治郎小金吾からは、侍としての誇りや、みすみすこんなごろつきに金を取られてしまう「世が世なら」という悔しさがすごく伝わってきました。若さゆえの血気と、追われる立場ゆえの抑制とがせめぎあって、どうしようもなくせつない小金吾でしたcrying

一方、そのあとの権太と女房小せん、倅善太郎との、短いけれど心温まる家族の場面も印象的でした。子役の子と笑三郎さんがいい味出していました。権太はけっこう年配の役者さんが演じたりするけれど、ほんとはこのくらいの子供がいる年齢(20代)なんだよね。実年齢に近い役者さんが演じるよさもあるなあと、そんなことを再確認しました。

「小金吾討死」
ここ!私はここが見たかったのです。期待どおり端正で美しい立ち回りheart04捕り手のクモの巣のような縄の上に乗るところは、段治郎さんの背が高すぎるのか、頭が縄からはみ出してましたcoldsweats01 特別手負いらしくよろめいたりはしなくて、終始スピード感のある動きで、華々しく討死する悲劇の若侍‥うう、満足lovely もう息を殺して見入ってしまいました。で、次の内侍と若君が来て泣き場になるところで、あれ?やけに静かだなと思ってふと周りを見ると‥‥‥。

え?

信じられないことですが‥‥両隣、4~5人先まで見えるのですが、ずらっと並んだ海老蔵ファンの女性(老いも若きも)の方々は全員寝ていましたcoldsweats02 私は夢中で気がつかなかったけれど、たぶんあのツケがバタバタとうるさかった時からもう寝ていたのでは?こんなに素敵な段治郎さんを見ないで寝ているあなた方って一体何者?

「すし屋」
間の休憩は5分しかなくて、ちょっと長いのがきつかったです。就寝中だった皆様方は、いがみの権太の登場とともに再びお目目ぱっちりで、また賑やかに「成田屋っ!」‥‥はい、もうわかりましたから。

すし屋の手代(弥助)となっている惟盛は門之助さん。かなりのヤサ男ぶり。片や春猿さんのお里はすごい積極的。何か漫才を見ているようです。弥助が重そうによっこらしょと運んでいたすし桶を、お里は軽々ひょいっと持ってしまいます。夫婦ごっこの掛け合いもおかしかった。でも、弥左衛門がやってきてひとたび「惟盛」となると、突然空気が変わったように高貴な雰囲気が漂ってくる門之助さんもすごいと思いました。

弥左衛門は以前、惟盛の父重盛に助けられた恩があるため、惟盛をかくまっていますが、詮議の手が伸びてきたので、惟盛を逃がして、来る途中で小金吾の死体からとってきた首をすし桶に隠し、身代りに差し出そうとしているのです。

片や権太は父親のいない間に母をだまして金をせびり、父が帰ってきたと知るやそれをすし桶の中に隠す。そして、あとで梶原景時が惟盛追捕に来ると知って、先ほど隠した金と思って、首の入ったすし桶を持って行ってしまいます。

梶原一行がやってきて、弥左衛門一家を詮議しているとき、権太が首の入ったすし桶と、内侍と六代君(実は女房の小せんと倅の善太郎)に縄をかけて引いてくる。梶原は権太に褒美の陣羽織を与えて、捕えた二人と首を持って帰っていきます。あまりのことに怒った弥左衛門は権太に切りつけ‥‥‥。

で、ここからあとが長いんですよ。ずっと前に誰だかのエッセイで、歌舞伎を初めて見たとき、「あ、刀が腹に刺さったまましゃべってる」‥と思ったとたんに眠くなって、だいぶたってから起きてみると、まだ刀が刺さったまましゃべり続けていた!歌舞伎の悠長さにびっくりした、という文章があって、「そうだよね~」と大いに共感したことがありました。私もこのシーン、時間計ったことがあるのですが、腹に刀が刺さってから約20分間、権太はしゃべりっぱなしです。途中でやっぱり眠くなって‥‥ふと左右を見ると、

ギョッ!

何と、小金吾討死のときに一列ずら~っと寝ていた人たちが、全員起きてるではないですか。目もらんらん、オペラグラスでずっと見続けている人もいます。私もびっくりして、寝ているどころじゃなくなって、とうとうあの長ぜりフを全部聞いてしまいました。不思議な体験でした。 coldsweats02

初めて(?)寝ずに聞いていると、ずいぶんひどい話だったんですね。悪者の権太は、実は、弥左衛門が命がけで守っている惟盛を逃がさなければと思い、母親からせびった金を逃亡の足しにしようとしていたのでした。だけど金と思った中身は首。すぐに弥左衛門の意図がわかったけれど、前髪があってはバレてしまうと思い、わざわざ月代を剃って弥助の首に仕立てて持ってきたのです。そして内侍と六代君は自分の女房子供を身代りにしたものだった!

善心に立ち返ってそこまでした権太だったけれど、当の惟盛は頼朝が憎いという。それならせめてこの頼朝の陣羽織を斬り裂いて憂さをお晴らしくださいませ、とか言われて惟盛がその陣羽織を見ると、裏地に「うちぞゆかしき」という歌が書いてある。不審に思って裂いてみると、中には数珠と頭巾が入っていたのでした。つまり、梶原は最初から全部お見通しだったわけです。その昔、平治の乱で捕らえられた頼朝の命が助かったのは、惟盛の父の重盛の進言のおかげだそうで、その恩があるので惟盛を見逃して出家させようとした‥‥らしい。

それで、今まで聞き逃していたけれど、権太は、それまでのゆすりかたりの悪行のむくいもあるが、最後は「逆に命を騙られた」と言っていました。武士の世界では武士同士で内々のやり方があり、結局それに巻き込まれた庶民がばかをみる。単に身代わりを差し出す自己犠牲というだけではなくて、さらに悲しい物語だったんだなあ~。手負いの権太が息も絶え絶えに合図の笛を吹いていた、音にならないその笛は、「木の実」のときに倅の善太郎が吹いていたものだったんですね。何か、海老様ファンの皆様のおかげで眠らずに見ることができて、初めて(!)このお話がよくわかって泣けました。coldsweats01 

「お祭り」
休憩のあとは短い舞踊ものでした。祭りの華である鳶と芸者が勢ぞろいして、華やかに昼の部を締めくくりました。恒例の?手ぬぐい投げがあって、海老蔵は何と3階に向かって投げて届いていました。すごっ!

バレエばかり見ていた1月。頭の切り替えもうまくできなくてごちゃごちゃだったけれど、まずは好きな澤潟屋の方々を見られてよかったです。私の並びは、たぶん招待席か何かの戻りが出た?のか?たまたまとれた席でしたが、お互い知らない人同士なのに、まわりがみんな同じ反応をするのにはちょっと驚きました。海老蔵人気のおかげで、歌舞伎ファンもずいぶん若返りが図れていると思うけれど、皆様のファンぶりのすごさにちょっと驚いた初春花形歌舞伎でした。

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2008年11月18日 (火)

フレッシュな「先代萩」

Simgp6563_2 新橋演舞場の花形歌舞伎を見てきました。

その前に、歌舞伎座の前を通りかかると、夕刻になってうっすらとライトに浮かび上がった歌舞伎座のきれいなこと。ちょっと前まではチンケな建物だと思っていたけれど、いや、なかなか重厚で味があっていいものです。思わず立ち止まって写真を撮ってしまいました。これがあと1年半で見られなくなると思うと本当に残念です。

今週半ばの新国の「アラジン」から、いよいよ楽しみにしていた私の冬のバレエシーズン(?)が始まるのですが、今月は歌舞伎で見たいものがたくさんあって困りました。

この間見た歌舞伎座の昼の部の「盟三五大切」はすごく面白かったし、浅草では平成中村座の「法界坊」、国立劇場では江戸川乱歩の「人間豹」の江戸時代版?を上演していて、本当にどれを見ようか迷ってしまいます。これからバレエが始まるからそんなに見れないのが悲しい‥weepSimgp6560_2

新橋演舞場では昼の「伊勢音頭」も見たかったけれど、やっぱり夜の部の「伽羅先代萩」にしました。というのも、一昨年に歌舞伎座で見た「伽羅先代萩」は團十郎の仁木弾正、菊五郎の政岡。それが、今回のは海老蔵の仁木弾正に菊之助の政岡なのです。ほかもみな若手揃いで、初役の人ばかり。一昨年の「先代萩」と上演する場面は同じだけれど、配役が一世代下ということで、興味を持って見に行きました。

こちらは新橋演舞場。上のほうは何になっているかわからないけれど、歌舞伎座もそのうちこんなそっけない複合施設のビルになってしまうのでしょうか?何だか淋しい気がします。Simgp6566_2

予想通りとてもフレッシュな舞台でした。観客も海老蔵目当て?か若い女性が多くてびっくり。歌舞伎って、ひどい時には周りを見渡すとじいさんばあさん(いや、おしゃれなおばさま方とかcoldsweats01)ばっかりで、もしかしてこの席あたりでは私が一番若い?なんてこともあるけれど、今回の花形歌舞伎はぐっと観客の年齢層が下がってましたね。私の両隣りはどちらも母子連れでした。親子で歌舞伎なんてうらやましいです。

序幕(鎌倉花水橋の場)
お家騒動の渦中にある殿様でありながら、伽羅でつくった下駄をはき、豪華ないでたちで廓通いする頼兼公。賊に襲われ駕籠かきはみな逃げてしまっても、恐れることなく扇子一本で優雅に賊をあしらいます。刺客たちのコミカルな動きも見もの。そこへお抱え力士の絹川谷蔵が現れ、素手でばったばったとやっつける気持ちの良いたちまわり。全体のストーリーには関係なさそうだけれど、この、ここだけしか出てこない廓通いの殿様が物語のそもそもの原因なのです。

この殿様が遊び呆けて幕府に隠居を命じられている一方で、奥向きでは家督を継いだ若君を守ろうと必死の攻防が繰り広げられ、はたまたお家を乗っ取りから守るため一身を投げ打って幕府に訴え出た忠臣の物語があり‥‥だけど当の殿様はそんなのどこ吹く風で、こんなふうにひたすら鷹揚なのでございました。

絹川谷蔵もここしか出てこないキャラ。力士ということで手足に肉を着てるんだけど、それがしわしわなのが気になりました。いまどきストレッチ素材だってあるだろうに‥‥これはリアルさなどを追及しないのだろうか‥‥‥?歌舞伎ってリアルなところは馬鹿リアルで、様式的なところは変に様式的で、基準がよくわからない??

二幕(足利家竹の間の場)
若君の暗殺を恐れ、乳母の政岡は「若君は病気」と称し、男性と会うのを嫌い、食事もとらなということにしています。食事は御殿の中で政岡が自らつくっているのです。その病気見舞いのため仁木弾正の妹八汐と、沖の井、松島の三人がやってきます。

八汐は悪者というのが見え見え。医者を連れてきて脈をみせようとしたり、賊をわざと天井に潜ませて、それをつかまえて「政岡に頼まれた」などと言わせたり、その一寸の油断もならない状況にひたすら耐え続ける政岡。

この政岡役の菊之助さんがすごくきれいなのshine。とても大変な役だけれど、やっぱり若君の乳母なんだから30前ぐらいの歳のはずだよね~。政岡ってひたすら強いオバサンという感じがしてたけれど、本来はこんなふうに若さとけなげさ、必死さがみえてもいいのだと思います。きれいで、けなげで、一生懸命で、つい「がんばれ!」って応援したくなっちゃう。だから門之助さんの沖の井が正義の味方っぽくて、観客の気持ちを代弁しているようでとてもよかったです。

三幕(足利家御殿の場~床下の場)
やっとのことで奥に下がったら、今度は栄御前の来訪で息つく暇もない政岡。栄御前は菓子を持参し、なぜ食べないのかと責めるのですが、そこへ奥から政岡の子千松が走り出て、毒入りの菓子を食べて菓子折をひっくり返してしまいます。とたんに毒に苦しむ千松。そのとき、毒が入っていたと悟られないよう、八汐が千松を捕えていきなり短刀を突き立てます。なんてひどい奴!

苦しむ千松を見ても、若君を守護したまま動じない政岡を見て、栄御前はこれは若君と自分の子を取り換えているのだと早合点し、お家乗っ取りの一味と見て、連判状を政岡に預けていくのです。

一同が去ったあとの政岡は、死んだ千松に駆け寄って抱き上げ、最初は気丈に、毒入りの菓子を食べて若君を守った千松をほめているのだけれど、だんだんと子を亡くした若い母親の嘆きに変わっていくのが圧巻。すごく泣けました。

そのあと八汐が現れて政岡に斬りかかるけれど、逆に政岡に討たれてしまいます。このときネズミが現れ、連判状をくわえていってしまうのです。

御殿がせりあがって居所変わりで床下の場へ。床下では荒獅子男之助が守護していたところへ大ネズミが現れたので、男之助は鉄扇で打ちすえますが、これは妖術でネズミに化けた仁木弾正でした。ここの場面、荒獅子男之助というのはここにしか出てこない人物で、ひたすら見得を切って「荒事」を見せるだけなんですよね。やっと登場した仁木弾正も、ひと言もセリフをしゃべらないまま不気味に引っ込むだけなんです‥‥。よくわからないけれど、仁木弾正の大悪人ぶりを無言のまま強調したような場面なんでしょうか。

猿之助さんの「伊達の十役」では、ここで長裃をさばきながら宙乗りするんですよね~。それというのも、この場面の演技は「雲の上を行くように」ということなのだそうです。それをホントに宙乗りで表現してしまうなんて、猿之助さんらしい。

さて、海老蔵の仁木弾正、目玉が飛び出さんばかりに目をむいた見得など、迫力万点なのですが、やりすぎのような?でも、花道を引っ込む姿は、歩きながら物音もせず膝を使ってゆっくりと上下をくりかえし、本当に雲の上を行くような悠然とした姿でした。

四幕目(問注所対決の場)
2度目の休憩の後は、御殿の中からがらりと雰囲気が変わって裁判のお白州です。足利家国家老の渡辺外記左衛門は、お家乗っ取りの悪だくみをする一味を幕府に訴え出ますが、評定をするのは一味に加担している山名公なので、いろいろ証拠の手紙などを提出してもどうにもなりません。もうダメかと思ったときに救世主細川勝元公がさっそうと現れます。

外記役の男女蔵さんですが、顔にしわは描いているものの、何か顔が若くてちょっと無理が‥‥。こういうところこそ味のあるベテランの出番だと思うんですけどね。それと松緑の勝元公‥‥ええっsweat01 松緑さんって丸顔で童顔だったんですね~。何だかさわやかな感じというより、お子ちゃまっぽくてギャグマンガ風。。。セリフも、ここって笑う場面だったっけ?というような‥‥sweat02「さあ、さあ」と追い詰めていく緊迫の場面も弁舌さわやかはいいんだけれど、軽かった。

でもまあこのギャグ殿様のおかげで国を揺るがす大悪人が悪事を認め、一同めでたしめでたしなのでした。よく考えると仁木弾正って腹ばかりで外見はあまり見せどころがない役。印を押すところも緊迫の場面なんでしょうが、若手役者が演じるには地味ですよね。

大詰(刃傷の場)
罪人となったはずの弾正が、あろうことか隠し持っていた短刀で刃傷に及び、外記左衛門が花道を逃げてくるところから始まります。衝立のかげに隠れる外記左衛門。追ってくる弾正の形相がすごい。これがまた限度というものがあるような気がしますけどね。

このあと外記左衛門を見つけて立ち回りになるのですが、考えてみると外記左衛門は高齢でしかも手負いなんですよ。その上武器もなく扇で応戦してるだけ。それなのに、大悪人の弾正がすごい迫力で襲いかかりながらなかなかとどめが刺せない。(外記左衛門は相当の武道の達人に違いない!)弾正が死ぬところもすごい形相で大熱演だったけれど、あそこまで派手にやっちゃうと、かえって妖術まで使える大悪人が何でこんな老いぼれに簡単に殺されちゃうんだろうなんて、素朴な疑問がわいてきませんか?coldsweats01

また猿之助の「伊達の十役」ですが、あれはすご~く荒唐無稽に脚色しているけれど、ここの部分は納得できるんですよ。弾正は簡単に死ぬはずもなく、妖術を使って巨大ネズミに変身して大暴れ!‥‥だったと思います。(DVD持ってるcoldsweats01)それで、その妖術を打ち負かすことができるのは子の年生まれの者の血を吸った刃物だけで、そこでそれを知っていた誰だかが腹を切って、その鎌で弾正をやっつける!そうだよね~。大悪人が簡単に死んだらつまらないもの。(あ~十役早替わりでなくてもいいから、猿之助チルドレンでこれを再演してくれないかなあ‥‥)

脱線しましたが、結構つっこみどころはあったけど、若手中心の華やかないい舞台でした。それでも、若手がやって映える役と、ベテランの渋い演技がほしい役があるのがよくわかりました。

このあと舞踊の「龍虎」がありましたが、やっぱり舞踊苦手。ただでさえ長い通し狂言に何でおまけのようにもれなく付いてくるんだろう?毛振りがあってけっこう激しい踊りですが、やっぱり私はバレエのような踊りが好きなので、体のラインが見えないと表現するものがよくわかりません。手先と足の運び、顔の角度などで表現するのでしょうけど、難しいです。(起きているのがsweat01

歌舞伎も見始めると面白くて、次々に見たくなります。今やっている国立劇場の「江戸宵闇~」もとても見てみたいlovely 実は私、その昔「乱歩大好き少女」だったのです。怪人二十面相と少年探偵団シリーズは小学生の時に読みふけりました。もうかなり忘れていますが、乱歩の戦後の少年向けのものでも、ちょっとハイカラな戦前の「帝都東京」の雰囲気があって好きでした。作品にちりばめられた「古い洋館」や「洋行帰りの紳士」「西洋の美術品」「宝石」などのアイテムが、見たこともない妖美な世界をつくっていて、子供心にもドキドキしたものです。そういうちょっとレトロでバタ臭い雰囲気が乱歩もののよさなのに、江戸時代に置き換えちゃったらどうなんでしょうね?明智小五郎が隠密同心ですか??乱歩と聞いたらこいつぁ一番のらざあなるめえ‥‥と思うけど、もう今月はバレエもあるので無理sweat01

来年1月にはまた初春花形歌舞伎で、今度は澤潟屋の面々が勢ぞろいします。これも見たいけどバレエも見たいし‥娘受験生だし。。。weepでも、受験も終わって3月にはまた猿之助歌舞伎の「獨道中五十三驛」があるので、楽しみですheart04

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2008年11月11日 (火)

久しぶりに歌舞伎座。

081106_1050001 歌舞伎座の吉例顔見世大歌舞伎、昼の部を見てきました。歌舞伎座の正面には櫓が上がっていました。

この建物も、1年半後の再来年4月から建て替えに入るそうです。この芝居小屋風の雰囲気を残した重厚な外観が、風情があってよかったんですけどね。防災上のこともあるでしょうが、お客様は年配の方が多いのに段差が多くエレベーターもないので、昨今のバリアフリーの観点からも建て替えが必要になってきたのでしょう。ビル型の複合施設に建て替えられるのだろうと思いますが、この東銀座に忽然と建つ白亜の殿堂?みたいな、独特の存在感が失われるのはちょっと残念です。

昼の部の演目は通し狂言の「盟三五大切」(かみかけてさんごたいせつ)。この間前進座で見たのと同じ鶴屋南北の作で、またまた殺人だらけのR-15指定!?みたいなものでした。こちらはお化けは出てこないですけどね。お化けより生きた人間の情念のほうがずっと怖い、そんなことを思わせる演目でした。「東海道四谷怪談」がヒットしたので、その続編的に書かれて、「四谷怪談」のあとに初演されたそうです。

その後、暗い陰残な内容のためか評判は思わしくなく、ずっと上演が途絶えていて、昭和51年に復活上演され、それ以降は何年かおきに上演されているようです。これがとても面白かった。仁左衛門さんが冷徹な殺人鬼、裏切られた男の狂気を演じてすごかったです。

序幕(佃沖新地鼻の場~深川大和町の場)
プロローグは佃沖に浮かぶ3艘の舟。最初に船ごとに大方の登場人物の関係を説明してしまうのが粋な趣向です。1艘目は悪事に加担して、あとで殺されてしまう人々。2艘目は三五郎(菊五郎)とその女房の小万(時蔵)。三五郎は父から勘当された身だけれど、父の旧主に金を用立てることで勘当を解いてもらおうと思っています。そのために女房を芸者に売って、客から金を巻き上げようとしているのです。

月が出て、辺りが明るくなり、3艘目の舟が現れます。乗っていたのが小万にぞっこんの浪人の源五兵衛(仁左衛門)。実は彼は塩冶(赤穂)の侍だったけれど、公金を横領した咎でお家を追放された身の上。(それってどこかで聞いたような?四谷怪談の田宮伊右衛門も同じ設定だよね?)横領した金を返せば討ち入りに加えてもらえるということらしいのです。だけど、そんな志があるのに何で芸者に入れあげてるのか全くわからないよ~sweat02

源五兵衛の家は遊興費にあてた借金のかたに鍋釜や畳まで持っていかれてしまって、一枚の布団しかありません。それでも「ここに小万がいてくれたらなあheart04」なんてのんきなことを言っているのです。若党の八右衛門は主人思いなだけにあきれ顔。

そこへ小万一行が家に押しかけてきます。大体こんな何もないボロ家を見れば、巻き上げる金なんて一銭もないのは一目瞭然なのにどうしてでしょうね~?(それがいつも歌舞伎の不思議ワールドhappy01ですね~。)小万が腕の「五大力」と彫った刺青を見せると、ますます源五兵衛はのぼせあがります。五大力とは、五大力菩薩の加護という意味で、手紙の封などに書いて無事に届くようにするおまじないや、遊女などが一人の男に誓いを立てた証の言葉だったそうです。ここでの源五兵衛はまだ、貧乏してても何かのんびりした感じの浪人者なのですが‥‥‥。

そこへ叔父の助右衛門がやってきます。助右衛門は源五兵衛のために百両を工面したと言って、その金を渡します。あら~そんなとこ小万一行に見られちゃっていいのかな~と思っていたら、やっぱり。「それきた(カモ)!」と思われてしまいましたよ。

2幕(二軒茶屋の場~五人切の場)
茶屋では、客が小万を身請けしようとしていて、小万は腕の「五大力」を見せて必死で断わっています。これは実はみんながグルになって一芝居打っているのです。そこへ源五兵衛が来て、しつこく言い寄られて嫌がる小万の姿を目の当たりにします。お前に身請けなんかできないだろうとバカにされ、悔しがる源五兵衛。必要な金は百両。このままだと小万は身請けされてしまう。今ちょうど懐に百両あるけれど、これは叔父が用立ててくれた、帰参に必要な金。渡すわけにはいきません。ところが、自害までしようとする小万を見て、ついに我慢しかねた源五兵衛は百両を出して自分が小万を身請けすると言ってしまいます。

まんまと罠にはまった源五兵衛が小万を連れて帰ろうとすると、三五郎が呼び止め、実は小万は自分の女房で、今のはみんな金を巻き上げるための芝居だったと嘲笑する。怒りに震えながらじっと耐える源五兵衛。

その夜、源五兵衛をだました連中が集まっている家で、三五郎は小万の刺青の「五大力」に加筆して「三五大切」(三五郎命heart01)と書き換えたりしていちゃついています。そしてみんなでここへ泊ろうということになり、夜が更け‥‥。

そこへ源五兵衛が昼間の恨みを晴らそうと忍び込むのですが、暗闇の中、いきなり無言のまま次々と、ほとんど無差別に人を斬っていく凄惨な場面となります。でも、様式的なせいか思ったほど生々しさはなくて、時代劇などでリアルにばっさばっさと人を斬るシーンに比べれば、割とあっさりとしている感じがしたのですが、テレビの見すぎかな~?

これは、実話をもとにした「五大力恋緘」(ごだいりきこいのぶうじめ)という演目があって、それをベースにしているのだそうですが、五人斬りなんてテレビの時代劇では毎回やっていて珍しくもないのに、実際は芝居になるぐらいのすごい事件だったんですね。江戸時代は武士と称する人々がいつも腰に凶器を差していて、斬捨て御免。そんな物騒な時代だと思っていましたが、案外太平の秩序が保たれていたのかな?そういう意味では現代のほうが物騒な時代なのかもしれませんよ。

肝心の三五郎と小万はこの惨劇から命からがら逃げ出し、幕となりますが、この陰残な殺傷劇を見たあとで休憩となり、平気な顔で弁当を食べてるのもね~sweat02と思ったのは私だけでしょうか?

大詰(四谷鬼横丁の場~愛染院門前の場)
お昼の休憩が終わって、後半はちょっと滑稽な場面から始まります。四谷にある長屋はちょっと前に「四谷怪談」のお岩が殺されたその家だそうで、そこにはお岩の幽霊が出るらしい‥‥それで、店子が入ってもすぐに出ていってしまうので、大家はそれで(1泊でも1月分の家賃が入るから)儲けているらしい??そこへ三五郎と小万が引っ越してくるのですが、何とその大家は小万の兄。

そこへ偶然三五郎の父、了心が現れたので、三五郎はようやく百両が手に入ったからと、源五兵衛から巻き上げた百両を封をしたまま渡します。父は喜んで旧主に引き合わせてやろうと言って帰っていきます。

さて、詐欺に加わった生き残りの一人を脅して、源五兵衛が居場所をつきとめてやってきます。花道に立った源五兵衛は、最初ののんきな浪人者とはうって変わって鬼気迫る形相。怖がる二人に、引っ越しの祝い酒だ、と言って酒を置いて行くのですが‥‥。いろいろとややこしいので要点だけにすると、その酒には毒が入っていて、そこにやってきた大家(小万の兄、弥助)がその毒の酒を飲んでしまいます。そのあと、実は塩冶家の御用金を盗んで父の旧主(実は源五兵衛なのだが)を陥れた張本人はこの弥助だったとわかり、三五郎は弥助を斬り殺してしまう。。。そこへ了心が戻ってきて、三五郎を自分の寺に匿まおうと、樽の中に入れて運んで行くのです。

小万一人になった所へ再び源五兵衛が現れます。小万は三五郎と夫婦だった上に子供までいたのだ‥‥!改めて裏切られた恨みが込み上げてくる源五兵衛。そして腕の刺青を見ると、何と自分に操を誓っていたと思った「五大力」の文字が「三五大切」に書き換えられているではないか。自分を騙しただけでなく、そこまで愚弄していたのか!源五兵衛は狂ったように小万に何度も斬りかかり、果ては小万に刀を握らせて赤ん坊まで刺し殺してしまいます。例の「五人切り」は無表情であっさりとしていたけれど、ここは本当に恨みがこもったねっちりとした凄惨な殺し場でした。

小万を殺したあとの源五兵衛は、小万の首を切り落とし、帯でそれを丁寧に包み、さもいとおしそうに懐に抱いて雨の降る中を破れ傘をさして去っていきます。自分で殺していながら小万の首に頬ずりせんばかりの様子に、ああ、こんなにも小万を愛していたんだなあと‥‥‥。それはそれは仁左衛門さんが美しいだけにぞっとするような光景でした~sweat02

仮住まいの寺に戻った源五兵衛は、小万の首を正面に置き、その前で食事を始め「お前とこうやって水入らずで飯を食べたかったなあ」などとつぶやく。何という倒錯した世界‥‥!そして、箸を近づけると小万の首がぐわ~っ!と真っ赤な口を開ける!!怖っ!(というより笑ってしまう?かな)

そこに三五郎の父(了心)がやってきて、先ほどの百両と高家(吉良家)の絵図面を渡し、これを持って仇討ちに加わってくださいと言います。ところが源五兵衛は、三五郎という夫婦に騙されてたくさんの人を斬ったので、もう仇討ちには加われないから、ここで腹を切ると言う。びっくりしたのは了心と、それから樽に隠れていた当の三五郎でしょう。その三五郎はわが倅だと明かされて、驚いた源五兵衛が今渡されたばかりの百両の封を切って見ると、それは最初に叔父が持ってきた刻印の押されたものだった。

叔父のくれた百両を三五郎にだまし取られ、それがまた回りまわってここにある。すべてがわかったとき、樽が割れて中から腹に包丁を刺して血まみれの三五郎が現れます。息も絶え絶えの三五郎は、源五兵衛が人を斬ってしまったのもすべて自分のせいなので、その罪を全部引き受けるから、どうか仇討ちに加わってくださいと頼むのです。

最後に、今晩吉良家に討ち入りをするという赤穂浪士たちが駆けつけ、源五兵衛を迎えに来たと告げます。三五郎は息絶え、源五兵衛は意を決して仲間に加わり、出立していくのでした。。sweat02

ざっとあらすじを書くつもりがとても長くなりました。全編を通して際立つのは仁左衛門さん演ずる源五兵衛の怖さ、哀しさ、冷たい美しさです。本当に小万をどうしようもなく愛してしまったのだなあ‥‥騙されても、むごたらしく殺してしまっても、やっぱり愛していたんだなと。愛することで鬼にもなってしまう人間の恐ろしさ。そんなものをとても感じました。

そして、やっぱり本来のテーマは武士というものの不条理さなのでしょうか。そこまでして旧主に尽くさねばならないのか。それから、世にカッコいいとされている赤穂浪士だって、中身はこんなにドロドロの世界なんだと。一皮むいてみれば武士なんてそんなものだという風刺も含まれているのかもしれません。

江戸時代にはあまり人気がなかったようだけれど、何かとても現代に通じるものがあるような気がします。先月見た前進座と、南北つながりで見に行きましたが、南北のおどろおどろしい世界は荒唐無稽なだけじゃなく、ものすごく現代性を持ったものだと思いました。

もう一つ、休憩はさんで「郭文章 吉田屋」というのがありましたが、短い舞踊ものかと思ったら結構長くて、ところどころ寝てしまいましたcoldsweats01 どうもこの「上方和事」というのが、どこが面白いのかよくわかりません。主人公は遊興に明け暮れ莫大な借財をして勘当になった大店の倅(藤十郎)。今は一文無しで紙衣(かみこ)を着るくらい零落しているのに、ちっとも物おじすることなく立派な遊郭に入っていき‥‥‥。そのセレブ感、鷹揚さが当時の庶民のあこがれだったのか??

今の不況の世の中でも全く動ぜずに、このお話のように最後は勘当を解かれてハッピーエンドになればいいんだけど。陰残な殺しの物語を見た後で、甘~い「上方和事」のお口直しでほんわかした気分になって帰っていただこうという趣向なのでしょうか?私は何だかあの凄い感動のまま帰りたかったような気もしましたが‥‥。

歌舞伎座の建て替えに伴い、来年~再来年の3月まで「さよなら公演」と銘打って、今までの人気演目が次々と上演される予定だそうです。その中で観客からもアンケートで好きな演目を募集するというのがあったので、さっそく私も書いてきました。アンケート用紙の裏にずらっと参考演目が載っているのですが、やっぱり有名なところは黙っていても上演されるよね~。だから、今まで見て面白かったけどあまり上演されてなさそうなところを書いたほうがいいかなと思い、結局「里見八犬伝」などと書いてしまいました。「椿説弓張月」でもよかったかな?あはは、趣味丸出しでしたねsweat01

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2008年10月17日 (金)

前進座「解脱衣楓累」

初めて前進座の公演を見ました。吉祥寺の前進座の劇場は以前、子供が歌舞伎保存会に入ったばかりのころ、そこを使って公演をしたことがあって、そのときに舞台裏や楽屋はお手伝いをしながら面白く見させていただきました。小さいながら花道やスッポンなど、伝統的な設備がそろっている劇場です。でも、ここを拠点に活躍されている前進座さんの公演は見たことがありませんでした。

それが、何のきっかけでつながりができたのか、何と、8月の末に前進座の役者さんが「あきる野座」の練習を見に来てくれたのです。保存会なんていうけど素人ばかりの集まりなのに、プロの役者さんがいらっしゃるなんて、ほんとに緊張しました。来ていただいたのは藤川矢之輔さんという前進座の中心的な役者さんです。

矢之輔さんは私たちのつたない稽古をひととおりごらんになり、それからいろいろ気がついたことを教えてくださいました。セリフの言い方、刀の扱い方、見得の切り方など。それはほんのワンポイントアドバイス程度でしたが、プロの役者さんのさすがのご指摘、とても勉強になりました。

そして、最後に「何かやってください」という私たちの厚かましいリクエストに応えて、10月に舞台を控えた「解脱衣楓累」のクライマックスの部分をちょっとだけ見せていただきました。元は武士だけれど、百姓になって幸せに暮らしていた男が、突然現れた主筋の野望に巻き込まれ、女房を殺さなければならなくなったというくだりです。鎌を持って追いかけるところ、それから殺したあと女房は怨霊になり、逃げるところを妖力で引き戻されるところなど‥‥‥。それはすごいものでした。

凄惨な殺しの場面にもかかわらず舞踊の要素が濃く、何もない稽古場で浴衣姿なのに、体の動きを通して人物の情念や背景までぐいぐい伝わってきました。それに圧倒されて、私たちそろって10月公演のチケット買ってしまったわけです。Simgp6393

それで先日、みんなで見てきました。だけど最初の感想は「何これ~?!」何も知らないで行ったけれどその内容に唖然 coldsweats02 こんなに怖いお話(怪談)だったんだ~!歌舞伎入門トークをやったり、25歳以下を3000円にしたりして新たな客層を開発しようとしているようだけれど、こんなの子供に見せていいの??というくらいスキャンダラスでグロテスク。それとこの太っ腹な若者割引は大丈夫?と思ったけれど、25歳以下って、見渡す限りうちの高校生の息子と、一緒に行った保存会の小6の男の子だけだった!(若い客層の確保というもくろみは見事はずれているようですsweat02

「解脱衣楓累」(げだつのきぬもみじがさね)という演目は、「四谷怪談」などをつくった四世鶴屋南北の作で、江戸時代後期に町人文化が栄えた文化・文政の時代のもの。意外でしたが「四谷怪談」よりも10年以上も前の作品だったようです。江戸の市村座で上演されるはずが、未上演のまま戦後になって台本が発見され、それを前進座が24年前に「初演」したという異色の作品。以来前進座のレパートリーとなり、今回が3回目の上演になるそうです。

でも、はっきり言って「四谷怪談」よりずっと怖い~!ここにはモラルというものはないのか~sweat02だから江戸時代に上演されなかったんじゃないの??その時代は人心が荒廃し、人々は欲得だけで動き‥と思っていたけれど、まだ現代よりは常識的だったかもしれません。毎日びっくりするような殺人事件のニュースが報道され、半年前の事件も「ああ、そんなことがあったっけ」という感じですぐ忘れてしまう。そういう、感覚が麻痺したような現代にあっては、こんな話はどうってことないのかなと思ったりもします。

かなり年齢層の高い観客は割と平気でこれを見ていたし、ときおりギャグ(それが多分古くて私にはよくわからないのだけれど)に笑ったりもしていました。だけどせっかく格安料金で入ったうちの息子と小6の保存会のホープは、怖いところは全部目をつぶっていたらしい‥‥wobbly とくに小6の子はこれが初めての歌舞伎見物だったので、これで歌舞伎が嫌いにならないといいけれど‥‥think

この物語は二つの下敷きがあって、お吉と破戒僧空月の話に、「累もの」といわれる累(かさね)伝説をもとにした話をくっつけたものだそうです。累と与右衛門の話はこの時代よりさらに100年以上前の話。舞踊の「かさね」など、いろいろな作品に取り上げられている題材です。武家娘のお吉と百姓の女房の累が姉妹だなんて設定はかなり無理があるけれど、これを河原崎國太郎さんが二役で演じ分けていました。

もう時間がたってしまったので忘れたところもあるけれど、一応備忘録としてストーリーを記しておきます。20日までやっているけれど(その後浅草公会堂で25日まで)前進座のお客様でこれを見る人はまずいないだろうからsweat01ネタばれ云々はOKよね‥?とはいえ、前進座を見たことがない方も、松竹歌舞伎とはまた違う味わいだし、このサイズの劇場ならではの迫力もあるので、おどろおどろしい南北作品に興味のある方にはお勧めします。(怖いですよ~!)

発端(鎌倉放山の場)
鎌倉の修行僧だった空月は、お吉との仲をとがめられて追放され、旅立ったところ。そこへお吉が追いかけてくる。お吉はお腹に空月の子がいることを告げ、一緒になれないなら死ぬと言い出し短刀を出して自害しようとします。ところがそれを止めようともみ合っているうちに誤ってお吉を刺してしまう‥‥こうなったら一緒に心中しようとお吉の首を斬ったとき、雷が鳴って‥‥空月はにわかに心変わりをします。お吉の持っていた短刀は宝刀で元武士の証。出世の種になると思ったのです。

第一幕(江戸池ノ端茶見世の場)
いろいろと人間関係が複雑でわかりにくいので、要点だけかいつまんで。弁天様を望む茶店で働く小三はもと遊女で、呉服屋の番頭に身請けされたにもかかわらず、すぐに金五郎と駆け落ち。金五郎はお吉、累と3人姉弟という設定です。そこに江戸見物にやってきた累が立ち寄ります。そこで空月と行き会うのだけれど、空月はお吉にそっくりの累をみてびっくり!思わず言い寄りますが相手にされません。

何と空月は殺したお吉の首を持ち歩いています。お吉の首がそうさせたのか、空月とお吉の荷物が入れ替わり、荷物から出て落ちてきたた例の短刀がお吉の足に突き刺さり、お吉はあとあとまでびっこを引くような大怪我をしてしまいます。

一方、小三は義父の勘次に見つかり、身請け主の番頭のところに連れ戻されそうになります。それで、またまた勘次と金五郎が小三をめぐって争ううちに誤って(これが多すぎない?)勘次を刺してしまう。金五郎は小三を連れて姉の累がいる下総に逃げていきます。

第二幕第一場(下総国羽生村西瓜畑の場)
小三を追ってきた番頭は西瓜を盗んで百姓たちにつかまっています。ここの場面がちょっと一息笑える場面。そこに旅の古道具屋?の助七がやってきてこの場をとりもつ。そのあと累がびっこを引きながら通りかかり、助七に例の短刀のことを話し、自分にとっては忌々しい短刀だけど銘に「南無阿弥陀仏」と書いてあるのでお寺に納めようと思うと言うと、その短刀を見た助七(実はもとお吉の家の家来で、お吉が殺される場面も見ていた!)は、累のほしい鏡と交換し、さらにお金を払うと言います。同じお寺に納めるならお金のほうがいいと累も思い交換します。

第二幕第二場(下総国飯沼草庵の場)
なぜか(なぜなんだ~!?)空月は累のいる隣村の荒れ寺の庵主に納まっています。お吉の四十九日の念仏をあげていたのだけれど、何と厨子の中にはお吉の首。これがまた何かするとパカ~っと厨子が開いて本物の役者さんの首と入れ替わり、笑ったりするから怖~い!殺しても首は生きているようにいろんなことを空月に要求する‥‥異常な悪趣味です。

そこへ累がお布施をもって現れる。またまたびっくりの再会。空月があのときの短刀はどうしたと聞くと、古道具屋に売ったという。あれは大事な刀だから取り戻してくれと頼む空月。そのあとお尋ね者の小三と金五郎が逃げてくる。二人は赤ん坊を連れているが、これが何と死んだお吉の腹の中から取り出した赤ん坊‥‥!何てグロテスクな話。。それにどうしてこの二人が預かってるの??よくわからないけど、事情を知っても空月は知らん顔。やがて川止めで戻ってきた累と会い、三人は累の家へ向かう。

うちの息子が見ていて「何でこんな中途半端なところで幕になるんだ?」と言っていたけれど、こうやって書いていてもそう思うよね~。歌舞伎って必ず何かの「決め」があって幕になるんじゃないのかな。。。これは初めから通しで上演することだけでつくられた作品なのか、ほかの作品があとになって幕ごとの上演ができるように、最後の場面が決まるようにつくり直されたからなのか。とにかく何でここで幕なのよ~?みたいなところがありました。

第三幕(羽生村与右衛門内の場)
田舎で仲むつまじく暮らす与右衛門と累。奥の部屋では小三と金五郎を匿っているけれど、赤ん坊に乳をやるために乳母を頼まなければならず、乳母はもしかしたらこの二人はお尋ね者で、番屋に突き出せは金がもらえるかも?と思っている。ここによくわからない累の家の元の主の家中の者が雨宿りにやってきたり、例の厨子を背負った空月が来たり、それから刀を取り替えた古道具屋の助七も、しつこく小三を追ってきた番頭一行も、この狭い百姓屋へ全員集合!もう何が何だかわからない~!

大事なことだけ書くと、空月は与右衛門に自分は元の主家筋だから従えと言う。この赤ん坊はお家再興のときまでお前が大事に養育しろと。ま~なんて自分勝手。そして助七は実はお吉、累、金五郎の家の家来だったので、短刀を金五郎に渡し仕官の手立てにしてもらおうと思っているわけ。もちろんお吉殺しの仇、空月の敵討ちもするつもりなのです。

居座った空月は累と二人きりになると、お吉が死ぬときに着ていた形見の着物を累に着せ、もうたまらん、女房になれと抱きつく。ほんと、倒錯した世界だよね~sweat02それに何か、それまで田舎女風に元気だった累だけれど、このあたりから無表情になり、ボ~っとした感じに‥‥実はここからが怪談なんですよ~coldsweats02 いくら似ているからって妹に言い寄るなんてと怒ったお吉の霊は、累に乗り移り、恐ろしい声で今までの恨みを述べ立てる。驚いた空月はお吉の生首を取り出して、庭先の井戸に投げ込んでしまう。すると井戸からびっくり箱のようにまた首が飛び出す!(ちょっと笑っちゃうほどおどろおどろしいです)空月はその場にあったかんざしで生首の目を突くと、わっと叫んだ累の目から血が流れ出したのですwobblyお~怖!

大詰(絹川堤の場)
空月は大きなつづらを背負ってやってくる。つづらの中には小三(まさか~)。小三をさらって番頭に渡せば大金がもらえる。例の宝刀とその金を手づるに出世は思いのままだ~と言う(まさか~×2)そこへ助七が追いついて、さらに金五郎も来て姉の仇!と立ち回りになる。あれほどの大悪人もここで討ち取られる。

このあと追いかけてきた与右衛門はさらわれた赤ん坊を取り返したけれど、お吉の霊がのり移った累は「仇の胤は根絶やしにせずにおくものか!」といって赤ん坊を川に投げ込んでしまいます。それを見た与右衛門は、自分の女房が主から預かった大事な世継ぎを殺したとあっては武士の面目が立たぬ(あなた、お百姓でしょ~が?)。殺すしかないと鎌を振り上げて、片足が不自由で、片目も醜くつぶされた累を追い回すのです。

ほんとにこの最後の部分、例の稽古場で見せてもらったこの部分がやはり全編の圧巻でした。何と舞台上に本水の雨がザアザア降り注ぎ、その雨の中、逃げる累の帯が解け、雨にぬれて水を含んで重くなっている帯を累はバシャリバシャリと振り回して応戦する、とても凄惨な立ち回り。

舞踊の「かさね」と同じ場面だけれど、あの与右衛門は色悪。でも、ここではそれまで平和に暮らしていた善良な百姓というところがよけいに痛ましい。突然現れた空月のために、最愛の女房は足が悪くなり、目もつぶれ、とうとう殺さなければならなくなってしまう。元武士ということにがんじがらめになった人間の悲しさ。濡れてびしょびしょになりながらの矢之輔さんの熱演は、そんな情念も見えてすごかったです。

鎌でようやく累を殺したけれど、そのあと怨霊と化し、さらにものすごいことにcoldsweats02 逃げる与右衛門を累は霊力で引き寄せてしまう。操られてくるくる回る与右衛門。そして最後は二人の(何て恐ろしい形相bearing)決めのポーズで幕。内容はともあれ、その最後のクライマックスは本当に息を呑む凄さでした。とにかく矢之輔さんがすばらしかった。

何か、凄いもの見ちゃった!って感じでしたが、やっぱり内容はかなり後味悪くて、子どもたちは「夜寝れない~」と言っていました。私は帰ってから口直しに(?バレエは平和でいいよね~常に「愛」がテーマだから)コジョカルの「眠れる森の美女」のDVDを見たけれど、やっぱこのものすごいインパクトは消せない~!これを書いた鶴屋南北がすごいのか、上演した前進座がすごいのか、数日たった今でも怖さは尾をひきます~sweat02だけど、色欲や出世欲などドロドロの人間の心の闇の部分を捉えて、人間的な感情よりも主従関係に縛られる武士のあほらしさや、運命に翻弄される人間の悲しさまで正面きってお芝居にしてしまう、歌舞伎というものの持つエネルギーの凄さを感じたこの日の観劇でした。

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2008年9月13日 (土)

化かし化かされ?「狐狸狐狸ばなし」

080911_1812001 まだ行ったことがなかった赤坂サカスの、赤坂ACTシアターに行ってきました。この劇場自体は、前に熊川哲也の「カルメン」を見に行ったりしたことがあったし、場所も地下鉄の駅を出てすぐの同じ場所なのでそんなに変わった気はしませんでしたが、あとで改めて周りを見たら、ここはどこ?状態でしたね~。

中村勘三郎の赤坂大歌舞伎「江戸みやげ狐狸狐狸ばなし」を見てきました。勘三郎さんも見たかったけれど、私のおめあては実は段治郎さんでした。演目については何の予備知識もなく、どうやら今までの段治郎さんのイメージとは違う役らしい‥‥ぐらいで。

行ってみたら、その変貌ぶりに驚愕!何だ~このやくざれ坊主は!今までヤマトタケルとか、義経とか、りりしく美しい悲劇の王子様shineばかりを見てきたので、いきなりのスキンヘッド姿は刺激が強すぎました。それに、このべらんめえ調に崩れたスケベな坊さんっぷりは一体何?ショック~!なんだけど‥‥‥。2008_0913_182949imgp6189

歌舞伎になる前にも、何度も上演された人気演目だそうですが、確かに面白い。歌舞伎というより、何だか昔のドリフターズとかを見ているような感じです。ただ、セリフがちょっと色っぽい内容なので、お子様にはどうかと思いますけどね。

まだあと1週間あるので、詳しいことは書きませんが、大体の内容は以下のとおり。勘三郎扮する伊之助と、その女房おきわ(扇雀)のドタバタなお話。おきわには浮気の相手の重善(段治郎)という若い坊主がいる。しつこい伊之助にはもう嫌気がさして、別れたいのだがそうもいかない。伊之助は浮気を知ってはいるが、おきわとは別れたくないので見て見ぬふり。

一方重善にはもう一人、成金の娘おそめに気に入られて追いかけられているが、これが「牛娘」といわれるいわくつきの娘。おきわは、重善に迫るおそめを追い払い、早く自分と一緒になってくれと頼むが、重善は不逞な奴で、伊之助を殺したら一緒になってもいいという。

おきわはフグ鍋の中に毒薬?の染め粉を入れて、フグにあたったとみせかけて伊之助を殺す。ところが伊之助は翌朝、何もなかったようにお化け(?)になって出てきて、一同をさんざん怖がらせるのですが‥‥‥。

という、もう次から次へどんでん返しに次ぐどんでん返し。その怖がりよう、怖がらせようが面白いし、普通の歌舞伎にはないアクティブな表現で、もうゲラゲラ笑っていました。内容はばかばかしいんだけど、勘三郎さんはチケット代分は必ず楽しませてくれますよね~。笑いながらも人間の心にあるエゴやしたたかさ、男女の思惑の違い、打算など、いろいろなものが見え隠れして、面白かったです。ただ結末がね~。あれじゃあ延々と化かし合いが続いていくような感じで落ちどころがないの。だからもう「こりこり」なのかもしれませんね。

赤坂ACTシアターは前5列ぐらいは平らだけれど、そこから後ろは結構傾斜があり、見やすい劇場でした。花道がないのでどうするのかなと思ったら、下手側の通路に降りていって、真ん中の横の通路を右左ともふんだんに使い、役者さんが時には踊りながら、時には全力疾走で駆け抜けていったりして、花道はないけれど客席の中に入って奮闘してくれました。

休憩はさんで「棒しばり」。こちらは狂言からとったお芝居&舞踊で、単純で上品な笑いで楽しませてもらいました。勘太郎、七之助兄弟がかわいいのheart01って、もうかわいいという年齢ではないと思うけど、勘三郎さんというスターの息子さんで、この道をひたすらまっすぐに歩んできたのねという、そういう一途さがほほえましいというか。もちろん二人の息もぴったりで、芸達者で明るくて、華やかで、本当にいい息子さんたちという感じなんだけど。スター性ということではどうなんでしょうね。あまりに勘三郎さんが大きな存在なので、いつもお父様と同じ土俵の上で、しかも二人ワンセットではちょっとつらいような気もします。

お目当ての段治郎さんはどうだったかというと、あんなに表情がころころ動くところを初めて見ました。とても楽しい役だと思うので、生き生きとやっていました。ふと、表向きの顔を見せるときはちゃんと端正できりっとした段治郎さんらしいところもあったしね。坊主のカツラで黒い僧衣姿なんだけど、長身で小顔の現代風のかっこよさ。おそめ役の亀蔵さん、顔が段治郎さんの2倍ぐらいありました!「何でこんなにモテるんだろう」なんていうところは、悪そうな表情が色っぽくて、思わずかぶりつきたくなっちゃったheart04(?)

ただこの坊主、本当に何考えてるのかわからない。心底おきわに惚れているのかというと、年増女と遊ぶのはいいけど、べったりされるのはいやいやながらみたいなところもあるし、かといって牛娘の婿になる気はさらさらないけれど、金持ちの娘とつきあうのもちょっといい、みたいな、打算ばっかりのしょうもない奴なんだよね。色男ってそんなものなのかな。(かえって嫌がられている伊之助のほうがおきわにぞっこんで、まめまめしくていい奴なんですよ)ほんと、ありえない性悪坊主なんだけど、悪い奴でもなぜか憎めない生臭坊主でございました。

両演目とも面白くて、楽しかったけれど、まあそれだけで、おうちへお持ち帰りするほどの感動はそんなにありませんでした。登場人物は自己チュー人間だらけで、愛も正義もさらさらないから感動しようがないんだよね~。

それでちょっと物足りなさを感じて、帰り、時間も早かったので少しその辺をぶらつくことにしました。赤坂はそんな変わりようでしたが、ちょっと外れて乃木坂のほうに歩き始めると、だんだんあまり変わっていない風景に。実は、昔仕事でこの辺にちょっと縁があったことがあって、そのころ行ったことのある食べ物屋、のぞいていたブティックなど、同じお店かどうかはわからないけれど、そういえばこんなところにこんな店があったな~と懐かしく歩いて行くうち、乃木坂駅まで歩いてしまいました。

あの頃はバブルの真っ盛りで、若者はみんな宵越しの銭は持たないくらいばかみたいに遊んでいたけれど、いい時代だったなあ。あれから間もなくバブルがはじけ、日本は大きく変わっていった。私は長男が生まれ、子育て戦争に突入し、こんなおしゃれな界隈には全く縁がなくなり、すっかり多摩のオバサンになって今に至っているのです。この18年あまり、私も変わったけれど、世の中も価値観も変わってしまった‥‥そんなことを考えながらちょっと懐かしい地下鉄の階段を降りていくと、駅はまだ9時過ぎなのに誰もいない。

何だか「地下鉄に乗って」という映画みたい。地下鉄に乗ってタイムスリップするというお話。あの結末は納得できなかったけれど、何か切ない話だったよね~。近未来的なエリアから思いがけず懐かしい道を歩いてきて、気分もあの頃にタイムスリップしたような状態で地下鉄に乗りました。そして、乗り換えの原宿駅も、何だ~昔と全然変わってないじゃない。そしてそのままの気分で家に帰ると‥‥‥。

あれ?私って、こんなに大きい子がいたんだ!?しかも二人も!

何だか見事に、赤坂の狐か狸に化かされて帰ってきたみたいですね。楽しい観劇でした。

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2008年8月21日 (木)

「懐かしきものが甦ってまいった!」

「新・水滸伝」初日を見てきました。実は私、笑也さんのファンといいながら、パルコ劇場(ル・テアトル銀座)の21世紀歌舞伎組公演を見るのはこれが初めて。

前に地方公演で「義経千本桜」の忠信編は見たけれど、21世紀歌舞伎組としてのオリジナル作品(しかも久々の新作)はこれが初めてだったのです。だからちょっと楽しみで、予習として北方謙三の「水滸伝」を読み始めました。ところが、これがまだ2巻で(全19巻!)止まっていてsweat01何しろ長~いお話なんですよね。昔、横山光輝のマンガを読んだけれど、これがまた絵柄が「三国志」とかぶって登場人物が覚えられなくて、ストーリーもほとんど覚えていません。あのとてつもなく壮大なお話の、一体どこの部分をとるのだろう??どうやって一つの舞台にまとめるの?と思ったけど、予習なんて全然いらなかった。水滸伝をベースにしていても、ほとんど創作といっていいものでした。

まだあと2週間あるので、ネタバレはどうかと思うけど、差し支えない範囲で。

何かね~。最初に言ってしまうと、満足度は低かったです。まず、休憩なしの2時間で終わりなんて知りませんでした。歌舞伎座行くみたいにお弁当を買って行ったのに、食べる時間がなかったわ~weep 歌舞伎だったら大体休憩2回入れて4時間ぐらいあるから、「え?これだけ?」という感はどうしてもありました。宝塚ならもう少しお安いチケット代で、これに歌と踊りのショーがついているよね~。

でも、笑也さんは期待どおりとっても素敵でした。今回はりりしい女戦士の役で、何だか昔見た「里見八犬伝」の犬塚信乃を彷彿とさせました。信乃はこれとは逆で、陰謀から逃れるために女の子として育てられた男の役だったけれど、こちらは子どもの頃に纏足をいやがって、女ながらに剣の修行をして育ってきたという役どころなのです。ともに男と女が交錯し、笑也さんのためにあるような役ですね~。きれい~heart01素敵~heart01かっこいい~heart01 もう思いっきり「笑也萌え」しちゃいました。大体、今回段治郎さんが出ないので、笑也さんだけを見に行ったようなものなので、これだけで当初の目的は達せられたといえばそうなんですけどね。

その笑也さん扮する女戦士がただの女になったとき、突然のすごいカマトトぶり!これは「みやず姫」の笑也さんのかわいさそのままなのだけれど、屈折した育ち方をしていたという設定からなのか、何だって男を(美醜を?)見る目がないのさ~?何と笑也さんのお相手は、猿弥さん演ずるむさい醜男!確かに心はきれいで頼り甲斐のあるいい奴なんだけどさ~。こういうのってミーハー的には許せなくないですか!?(別に猿弥さんが嫌いなわけではありませんが)

宝塚にしても何にしても、古今東西ヒロインとくっつくのはイケメン美男子って相場が決まっているじゃないですか!「美女と野獣」にしたって最後は魔法が解けて素敵な王子様になるでしょう?内面の良さがわかればいいんだというのは余りにミーハーの気持ちをわからなすぎ!現実にはそういうことはあっても、舞台を見るときは夢の世界でいたいわけよ~crying なんて、私って変なところにこだわりすぎですね。

でも、全体的に色気がないの。春猿さんはヤンキー?な姉御の役で、お姫様しか見たことなかった私はドキドキしちゃいましたけどね。美しいお顔で「アタシはね~○○なのさ」なんて言われると「オオッ」と思っちゃったり。最初にいきなり着物のすそをめくってチラッと細くて白いおみ足を見せたときはびっくりしたけれど、威勢がいいばっかりで色っぽい話のひとつもないのにはがっかり。

それではヒーローはというと、右近さん演じる林冲。これがまた、陰謀で役職を追われ、お尋ね者に身を落としたことを自嘲するばかりの、どうしようもない飲んだくれ。その林冲が、盗賊あがりの烏合の衆だった梁山泊の仲間達とともに団結し、再生していくお話なんだけれど、どうも私は右近さん、変なアクがあって苦手なのです。それに浮いたところがないので、うっとりする場面がないのはミーハーにはつらいsweat02

だけどこの話、段治郎さんがいたら一体どんな役だったんでしょう?これだと段治郎さんの役がない。新作だから、メンバーを見て脚本を書いてるのかな?これに段治郎さんが加わって(史進か何か?)両雄並び立つ感じになったら面白かったろうな~なんて、ずいぶん勝手なことを言っていますね。

初日ということで、皆さんけっこう台詞をかんでましたね。「替天行道」という旗をばっと出したら、字が裏側だったとか。そういうのは回を重ねるごとによくなっていくんでしょうけどね。初日に行ったのは、よかったらまた行こうと思ったから。でも‥‥私は今回はリピートしないと思います。。。そう、初日なのにぱらぱらと空席があり、舞台装置も何となく現代風に超簡素というか、面白みに欠けて少し淋しかった。何か、これを読んで「じゃあやめておこう」と思ったら本当にごめんなさい!ミーハーなので視点がちょっと違うのでsweat02

ただ、思いがけないサプライズがありました。ぎりぎりに行って急いで席に着いたので、最初プログラムを買っていませんでした。休憩もなかったから終わったあと買ったのですが、並んでいたのでちょっとロビーでゆっくりしていたのです。そうしたら吹き抜けになった1階上のロビーに、何と猿之助さんがご登場!もうお客さんも半分以上帰られたようなタイミングでしたが、そそくさと帰らなくてよかった~!こちらの拍手にこたえて何度も手を振ってくださいました。

「ヤマトタケル」のときは、千秋楽を含め数回、カーテンコールのときに姿を見せたと聞きましたが、私が行った3回とも当たりませんでした。猿之助さんは、私が歌舞伎に興味を持つきっかけを与えてくれた人です。宙乗りや早替わりなど、次々にびっくりするようなことをやってのけ、とっつきにくくすました伝統芸能の世界を一気にワンダーランドに変えてくれました。本当にあのオドロキは忘れられません。猿之助さんを見たのはいつが最後かなあ。2002年の「珍説弓張月」だったでしょうか。御年68歳。とはいえ歌舞伎の世界では、同年代の方々はまだまだ元気に舞台に上がっている年齢です。脳梗塞?で倒れて5年、もう舞台での姿は見ることはないのかなあと思ったら感無量でした。

加藤和彦の音楽は、「ヤマトタケル」を思い出させました。パルコ劇場はこじんまりして、どこに座ってもよく見えるし、舞台と客席がとても近くて、迫力があっていいこともあるけれど、やっぱり壮大な歴史絵巻のようなスーパー歌舞伎が見たいなあ~!

一方でよかったといえるのは、みんなで盛り上げていこうというエネルギーだったかな。「替天行道」の旗印のもと、烏合の衆だった連中が心を一つにしてまとまっていく姿は本当に21世紀歌舞伎組そのものだし、「懐かしきものがよみがえってまいった」という林冲の言葉は、舞台に対する猿之助さんの、再び湧き上がった熱い情熱のようでもありました。「新・水滸伝」はそんなヒーローの再生の物語だったのです。

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2008年7月14日 (月)

歌舞伎座7月昼の部

Img 玉三郎と海老蔵出演の7月大歌舞伎「義経千本桜」は、海老蔵の宙乗りもあって、早々にチケットが完売になったほどの大人気だそうですが、その公演に行ってきました。

実は私は海老&玉よりも「鳥居前」で義経を演じる段治郎さんと、静役の春猿さん目当てだったのですが‥。まあいいじゃないですか、こんな人がいても。

「義経千本桜」は古典中の古典でありながら、私が歌舞伎を身近に感じたきっかけとなった作品、というか、これで「荒事」とか「ケレン」の味を覚え、歌舞伎の古臭いイメージが壮大なスペクタクルというものに変わっていったのです。だからけっこう好きで、思い入れのある演目でした。

3月に「ヤマトタケル」を3回も見て、大ファンになった段治郎さんですが、4ヵ月のロングランを終えたばかりなのにもう歌舞伎座にご出演です。8月に予定されていた「新・水滸伝」を膝の治療のため休演ということですが、「ヤマトタケル」であんなに激しい動きを続けてきて、大丈夫だったんでしょうかね~。今回の(夜の部は知りませんが)昼の部の義経はほとんど動きがないので、膝に負担はかからないと思いますが。それでまた9月は赤坂ACTシアターにご出演と聞き、驚いています。9月も見に行きたいです。。

その「鳥居前」の場です。
わ~、4ヵ月ぶりの段治郎さんだわheart01なんて、歌舞伎に対してもこんなにミーハーになってしまってどうしましょう。
段治郎さんの義経は涼やかでまさに貴公子。平家を滅亡させた勇猛な武将、というよりも、兄頼朝に疎まれ、都を落ちてきた悲劇の御曹司の様相です。内に哀愁を帯びて節目がちなのもまた素敵。。でも、義経ってあまり出番ないのよね。weepもっとあの高貴でりりしい姿を見ていたかった‥!

春猿さんの静御前も、かわいらしくて一途な感じで素敵でした。姿だけでなく声もきれいですしね。この義経と静の並びは本当に美しかったです。

義経は都を落ちるときに、静御前に何も言わずに出て来てしまったのです。静は義経に追いつき、連れて行ってくれと頼みますが、落ちのびる先に何があるかもわからず、とても愛する人を連れて行ける情況ではありません。(この辺が「ヤマトタケル」とは違うのね~)別れるつもりで都を出たものの、追いかけてこられると心が動いてしまいます。郎党に諌められ、心を鬼にして、法皇から授かった大事な鼓を静に託し、すがる静をうち捨てて鳥居の内に入っていく義経。

あとを追ってこないように一人、梅の木に縛り付けられた(ひどいことをするものだ!)静のところに、変な追手の一団がやってきます。早見藤太とその家来たち。ここのチャリ場が、私の関わっている農村歌舞伎などではとても長いのですが、ここでは余計なことをせず、ごく古典的なノリの部分だけをさらっとやっていました。かなり間延びがしてる感じはしましたが、家来たちがよく揃っていて、それなりに面白かったです。さて、藤太一味に取り囲まれて静ピンチ!のそのとき。

「やあやあ~しばらく待て~!」と忠信が登場するのですが、揚幕の中での影台詞が結構長く、何を言ってるのかわかりませんでした。隈取を華やかに描いた海老蔵の忠信は、勇ましくてすごくカッコいい。やっぱりメチャメチャ華のある人ですね。そこでひとしきり立ち回りがあって藤太一味を追い払うのですが、時々狐の妖術を使います。(もうちょっと妖気漂う感じでもよかったけどな~)とにかく若々しくて力強く、よかったです。ただ、一言台詞が出てびっくり。こんなに甲高いすっとんきょうな声を出す人だっけ??そうかと思うと時々(団十郎さんのような)こもったような声になったり、声のトーンが変わるのが気になりました。ビジュアル的には申し分ないけど、声は好みじゃないわ。。

そこへ再び義経一行。故郷に帰っていた忠信が突如現われて、静を助けてくれたことを喜んだ義経は、愛用の鎧と源九郎義経という姓名まで与えて、静の守護を命じて再び落ちびていきます。静に思いをのこす義経を弁慶が間に入って促し、すがる静を押し戻す忠信。ここで静、忠信、弁慶、義経と並んだところは本当に絵のようにきれいでした。何だか久々にご高齢の方々じゃない、ビジュアル的にも満足のいく一幕でした。

「吉野山」の場
変わって満開の桜、春爛漫の吉野山のセットがとても美しい場面。あれから時がたち、九州に逃れようとした義経は嵐で断念。吉野に身を寄せていることを聞いた静が、忠信を伴って尋ねていく場面です。でも、この場面はほとんど舞踊なので、大体ここでいつも眠くなるのですよね。バレエと違って日本舞踊は退屈だし。特に去年見た「吉野山」は65歳の忠信と80歳の静御前だったので、もう寝るっきゃないという感じ。gawkだけど今回は玉三郎の静と海老蔵の忠信。「吉野山」で眠くならなかったのは初めてでした。それどころか、すごく幻想的で美しかった。

桜満開の吉野山に分け入って、忠信とはぐれてしまった静。でも、静が鼓を取り出して打ち始めると、どこからともなく陶酔したような忠信が現われます。「鳥居前」での豪傑の姿ではなく、すっきりとした優男ぶり。うう~やっぱりきれいです。玉三郎の静ももちろんきれい。美しい人が踊れば、退屈な吉野山もこんなに素敵な場面だったなんて

人気のない深山の桜の木の下に、忠信が義経から拝領した鎧を置き、その上に静が鼓を置いて義経に見立て、互いに義経を思いながら踊る踊りは、今まで寝ていてまともに見たことはなかったのですが、意外に面白かったんですね。二人で源平の合戦での出来事を踊りで語るところから、次第に義経恋しさの思いにつながっていく。恋人同士じゃなくて、主従なんだけど、かしずく忠信と視線を交わす静の間にさわやかな色っぽさがあって、ああ、バレエでいえば「海賊」のアリとメドーラだわ~なんて思ったりして一人悦に入っていました。

「川連法眼館」の場
川連法眼の屋敷にかくまわれている義経のもとに、奥州から帰ってきた本物の忠信が訪ねてきます。実は今までの忠信は、鼓の皮になった狐の子で、親の鼓恋しさに忠信に化けて静を守護して旅を続けていたのでした。そのあと静も到着し、再会のあと、またもう一人の忠信がやってきたとの知らせ。不審に思った義経は静に偽忠信の詮議を命じます。この場面の静(玉三郎)は本当にきりっとして素敵。門之助の
義経は見た目は‥‥だけど、愛情深い、優しい義経でした。

さて、一人残った静が鼓を打つと、どこからともなく、というか、いきなりすぐ近くに忠信が現われます。さすがに何回も(DVDも含め)見ているともう「出があるよ!」にはだまされませんね。階段のところから出てくる場面、ちょっともたついた感じがしましたが、鼓に聞き入りうっとりとしたような表情は、まさに狐忠信。だけどね~。きれいなんだけど、やっぱり声が、台詞が‥‥‥。

このあと静に見破られ、狐に早替わりして狐言葉になるのだけれど、時々変な調子になって会場からクスっと笑いが出るんですよ。確かに狐言葉はおかしなものだけど、今まで猿之助や右近の狐忠信を見ていても、ここで笑ったことはありません。何で笑いが出るの??それは時々狐じゃなくて素の海老蔵が出ちゃうからだと思う‥。姿に似合わずかわいい声が出るんでつい笑っちゃうけど、ここで笑われちゃホントはいけないですよね。狐そのものになっていなきゃいけないわけで。狐といっても、人間に化けて人間の言葉をしゃべっているのを見破られた狐、という複雑な情況ですからね。それが妙に甲高くてかわいかったりするので、変なのです。笑っちゃ悪いと思いながらところどころ笑っちゃいました。(そういえば「鳥居前」の大見得のカッカッカッと力むところでも笑いが‥sweat01

それと、やっぱり私の中では猿之助さんがスタンダードになっているので、違うんですよ。狐の本性が出て激しくクルクル回りだすところとか、ダイナミックだけど何か雑。若いから仕方ないのかな?親の鼓が恋しくて離れがたいことを切々と語るところなどは泣けたけど、それも門之助さんの暖かくて渋い演技があったこともあるし。鼓をもらったあとの喜びようもちょっとね~。宙乗りもきれいじゃなかったなあ。バタバタと動きすぎなのかも。姿はとても美しいのだけれど、すみません、この狐忠信はもうひとつ好みじゃなかったかなと。

というわけで、今回は珍しく「吉野山」の美しさに圧倒されました。そして、やっぱり歌舞伎だってビジュアル大事だよ~!と思った公演でした。歌舞伎も見始めるといろいろ見たくなります。夜の部の「夜叉ヶ池」にも段治郎&春猿がご出演なので見てみたいし、シネマ歌舞伎の「ふるあめりかに袖はぬらさじ」も、ちょうど今月やっているのでこれも見たい!だけど、もう7月はバレエ鑑賞でいっぱいいっぱいでこれ以上は絶対無理!残念だけど‥‥。ともあれ今月、思い入れのある「義経千本桜」、完売御礼の人気公演を見ることができて満足でした。

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2008年5月14日 (水)

東海道四谷怪談

この間見た「團菊祭」の「白波五人男」の話を、歌舞伎をあまり知らない人にすると、やっぱり「何それ~?五人男、歳行き過ぎ!」「どうせ勢揃いするならもっと若い子がいいよね」という反応でした。歌舞伎のことをよく知っている人だったら「すごい顔ぶれね」とでもいうのでしょうが。それでもまあ歌舞伎座のお客さんの年齢層(70代~80代もけっこういらっしゃるようですし)からすれば、50代~60代はまだまだアイドル?なのかもしれませんね~(?!)050

バレエのほうは、特に見たいというものも7月までないので、今月は勉強で?歌舞伎を見ようと決めました。今度は新橋演舞場の五月大歌舞伎夜の部「東海道四谷怪談」です。私は今まで歌舞伎は好きだけど、そんなにいろんな演目は見ていなくて、見たものもかなり偏っていました。なので、この機会に有名なものはとりあえず見ておこうと思ったわけです。特に「通し狂言」なら歌舞伎入門にはちょうどよいですから。

「四谷怪談」は言わずと知れたお岩さんのお話です。だからお化けの話、「うらめしや~」の世界だと思っていました。映画なんかで見るとリアルで、怖くて、もうやめて~!という感じだったと思いますが、歌舞伎では周囲のいろんな人間模様が描かれ、ただ怖いだけでなく現代に通じるところもあり、とても興味深く見ることができました。特に忠臣蔵の裏話として書かれているところ、その対比(忠義と非道)も面白いと思いました。

初演は先日見た「白波五人男」の37年前、文政8年(1825年)。異国船打ち払い令が出た年です。江戸の爛熟した文化にも影が見え隠れしだし、そろそろ幕末にさしかかろうという時期。そのあとに天保の改革、大塩平八郎の乱と続くように、もうどうしようもなく世の中が行き詰り始めた時代だったのだと思います。悪者がかっこいいという歌舞伎の世界で、特に「四谷怪談」の民谷伊右衛門は「色悪」の代表と言われていますが‥‥現代人の目からはどうでしょうか。多分もう、こんなの信じられな~い!という主人公像だと思いますよ。

そもそも何で今、夏でもないのに「怪談」なのか。見てみると、実際とんでもない話です。突っ込みどころが多すぎて、笑っちゃうくらいなところもあります。そうやって茶化してしまえばそれまでなんですけど、何だろう?これってすごく今の時代を映し出しているような、そんな気がして一瞬ゾッとしてしまいました。

実際ここ数ヶ月間、ものすごく世の中は揺れています。後期高齢者医療制度、道路特定財源、物価上昇‥‥そして中・高生を狙った犯罪や、相次ぐ自殺。私は最近ほとんどワイドショーとかを見なくなったのですが、どんなことが騒がれているのかを考えるとますます見る気がしなくなります。何だかいよいよ世の中が行き詰って「幕末」のような様相を呈してきたという感じです。人々が欲得で動き、刹那的に罪を犯し、それを毎日伝えるマスメディア。常識的な価値観が崩れて、なんでもありの世界になっている。そんな今の時代そのものが「怪談」のような世界なのかもしれません。

そういう意味ではとても面白く、今月は歌舞伎座の「白波」より、演舞場の「怪談」に、わたし的には軍配を上げちゃいました。とはいうものの‥‥‥。

「東海道四谷怪談」はベースに赤穂浪士の話があり、登場人物もやたら多く、関係も複雑で、人物相関図を見てもついていけなくてsweat01前回のような幕ごとのあらすじはあと2回ぐらい見ないと書けそうにありません。なので気が付いたところだけを重点的に書くことにします。

序幕 第1場浅草観音堂の場~第4場裏田圃の場
お岩の父、四谷左門は塩谷判官(赤穂藩、浅野家)に仕えていた武士で、お家断絶のあとは浪人して日々の生活もままならない。妹のお袖は昼は小間物屋で働き、夜は地獄宿(今で言うマンション何とかか?)に出て客を取っている有様。お岩自身は同じ赤穂出身の民谷伊右衛門と夫婦になり、お腹に子供までいるのに、伊右衛門が御用金を横領して逐電した悪者ということで父左門に連れ戻され、離縁させられています。(それなのに最初に出てきたときは、ゴザを持ってまるで「夜鷹」?みたいでしたけど‥)

伊右衛門は最初の場面でチンピラにからまれている左門を助け、お岩との復縁を願い出たりするのだけれど、悪事をなじられかっとなって左門を殺してしまいます。当の左門殺しの下手人のくせに、嘆くお岩に殊勝な顔をして「父の仇を討ってやるから」といって、二人はよりを戻します。

一方妹のほうは、やはり元赤穂の直助というもう一人の悪党に言い寄られています。お袖は相手にしないのですが、それならと、夜お袖が出ているという地獄宿にやってくる。わけがわからないのですが、地獄宿では客のダブルブッキングでトラブルになってしまいます。直助のほかに来た客というのが、最初暗くて顔が見えなくて、お袖は許婚者に操をたてるため客は取れないという(??)のだけれど、それがよく見ると許婚者の与茂七。お互いに「何でこんなところにいるんだ?」となってしまいます。(何で?とはこっちが聞きたいです。)直助のほうはお袖に振られたばかりか、与茂七にお袖との仲を見せ付けられ腹の虫が収まりません。直助は与茂七を殺そうとあとをつけていきます。

この与茂七は、商人に化けてはいるけれど、実は主君の仇を討とうと、高師直(吉良上野介)を狙っている一人なのです。この日も仲間と連絡を取るために町外れに行って仲間の庄三郎と落ち合うのですが、そこで気付かれないようにと庄三郎と着物を交換していきます。そこへやってきた直助は、与茂七と思いこんで庄三郎を殺し、証拠を消すため顔までつぶす残忍さ。よりによって伊右衛門に殺された左門と、直助に殺された与茂七(の着物を着た庄三郎)の死体が並んでいるところへお袖とお岩がやってきて、互いに泣き崩れるのです。

これだけで「そんなばかな~!」なんだけど、ここで仇を討ってやるとか何とか言いくるめられて、お岩と伊右衛門は復縁し、お袖は直助と仮の夫婦として暮らすことに。え~!?だよね。もっとよく調べなさい!って言いたいです。とっさにかっとなって、簡単に殺してしまうのは今もよくある殺人の動機。だけど当の下手人が、被害者家族をまんまと言いくるめて思い通りにしてしまうなんて、唖然です。

二幕目 第1場伊右衛門浪宅の場~第3場
伊右衛門とお岩が住むうらぶれた貧乏長屋。伊右衛門は浪人らしく傘貼りをしています。お岩は子どもを生んで、産後の肥立ちが悪くて臥せっている様子。離縁されているところをわざわざ親を殺してまた一緒になったのに、「面倒な餓鬼まで生んで」とはひどい言い草ですよね。どうやらお岩はあまり大事にされていないようです。

そこへ薬を盗んだといって小平が引っ張られてきたり、借金取りが来たり、いろいろ忙しいのだけれど、隣の伊藤家の使いも出産祝いを持ってやってきます。大体こんな超ボロい長屋と隣りあわせでお金持ちのお屋敷があるのも信じられないけど、そのお金持ちの家が、ただの浪人の伊右衛門に、酒や着物や産後の薬、お金まで出産祝いにくれるなんて、どう考えても変ですよね~。

伊右衛門はお岩に促されて隣の伊藤家にお礼を言いに行くことにします。このとき、粗末な着物では行けないと言うと、お岩は奥から羽織を出してきます。どんなに貧乏しても、何かあったときのためにこれだけは質に入れずにとっておいたというお岩。武士の女房としての心遣いがわかります。お岩は名前のとおりとても賢くて堅実な人なのです。それをまた伊右衛門はうっとおしく思っていたりするわけですが。

舞台が回って、隣の伊藤家の豪華なお屋敷。ほんとに貧乏長屋と背中合わせなんですね(coldsweats01)実は伊藤家は高師直の家臣なので、伊右衛門に近づいたのも塩谷の浪人の動向をうかがうためかもしれませんが、一番の理由は、何と孫娘が、隣の伊右衛門に惚れてしまって、もうどうしようもないというのです。孫娘かわいさにお岩と別れて婿になってくれという伊藤喜兵衛。もうむちゃくちゃ!でも、こんな常識はずれの溺愛親ばか(爺ばか)って、現代でもありそうですね。

伊右衛門は悪いやつだけれど、一応「お岩がいるからそれはできない」と言うんですよ。おやおや、根っからとんでもないやつでもないみたい。でも、それを言うと孫娘のほうは「叶わないなら私は死にます」といってまたまた刃物を出す!またまた、というのはこの間の「白波五人男」にも同じようなシーンがあったから。全く歌舞伎に登場する若い娘というのは、みんなどうしようもないわがまま自己チュー娘ばっかりです!

ところが、喜兵衛は「実はお宅の奥さんに、産後の薬だといって毒を盛ってしまった。今頃はその毒が効いて醜い姿になっているだろうよ」というの。驚いた爺さんです。あきれました。伊右衛門は覚悟を決めて娘の婿になるといいます。喜兵衛は喜んですぐに婚礼だといい、伊右衛門にお金を与え、仕官もさせてやろうといいます。貧乏浪人ゆえに金と仕官に目がくらんだ伊右衛門よりも、お岩に毒を盛って無理やり意を通そうとする喜兵衛のほうがずっと悪者だと思いませんか。

またまた年齢の話で申しわけないんだけれど、伊右衛門役の中村吉右衛門さんは63歳。何だかね~。いくら女房子持ちでも、隣の16の娘が死ぬほど惚れるくらいなんだから、どう考えても30以下の役だよね。吉右衛門さんはそれなりにかっこいいんだけれど、やっぱり年相応で、それほどまでの色男には私には見えないんだけどなあ。対するお岩役の福助さんはまだ40代なのにどうしてあんなに老けて見えるのかしら?産後すぐの若妻のはずなんだけどね~。(52歳のお袖役、芝雀さんのほうがずっと若く見える‥‥眉毛のせい?)まあビジュアル的にはいかんともしがたいので、もうそういうものとして純粋に「芸」を見るしかないですね。

伊右衛門の留守中に、お岩はもらった産後の薬を飲みます。私は実はこの薬を飲む場面に一番感動してしまいました。産後で具合が悪く、本当につらそうで痛々しいお岩の立ち居振る舞い。わらをもつかむ気持ちで、薬を押し頂き、ありがたがって、心底うれしそうに、感謝して飲むその姿はいじらしく、涙が出てしまいました。老けてるなんて書いちゃったけど、この場面は本当に福助さんが純粋無垢な少女のようで、かわいらしくすらありました。

ところが、薬を飲むとすぐにお岩は苦しみだします。この辺からがさらにすごいです。伊右衛門が家に戻り、お岩の変わりようにびっくりするのですが、悪に加担しているから、それは気付かないふりをしてるのです。もちろんお岩も自分の顔がひどくなったなんて気がついていません。変わり果てたお岩に、お前が死んだら若い妻を娶るんだとか何とかいって引導をわたし、さらに質草が必要だといってお岩や子どもの着物を剥ぎ取り、吊ってある蚊帳まで持って行ってしまう。蚊帳ばかりはと懇願するのは、弱い赤ん坊が蚊に刺されたら伝染病になったりするので、蚊帳は必需品だったのでしょうね。

お岩が泣くのも聞かず、蚊帳も奪い取ってしまいます。そのとき抵抗したお岩の爪がはがれて痛そう coldsweats02 かわいそう!本当に凄惨な場面です。伊右衛門はさっさと行ってしまいます。さっきあれだけお金をもらっておきながら、どうしてそんなにきれいじゃない着物や、ボロい蚊帳まで取りあげていくんでしょうね。大した金にもなりそうにないのに。まあ、そんなふうに突っ込んでも、歌舞伎はもう理屈じゃないんですね。そうやってどんどん悲惨な情況へと観客をいざなおうとしているのでしょう。だって、次の場面で鏡を見たりお歯黒をつけたりするんですよ。鏡や化粧道具のほうがよっぽど金目じゃないですか?だけど化粧道具を持って行かれちゃったらそのあとの話が成り立たないですからねcoldsweats01

外へ出て入れ違いに戻って来た宅悦という按摩。別に目が不自由な人ではありませんが、民谷家に出入りして何かと世話をしているような人です。伊右衛門はこの宅悦に金を渡し、お岩に不義をもちかけてどこかへ連れて行けと脅します。全く、自分で始末をつけない卑怯な男です。困ったのは宅悦。先ほどひどい形相のお岩に驚き、油を買ってくるといって逃げ出したのに、今度はそのお岩をどこかに連れて行けなんて、ひどすぎる。宅悦はお岩の変わりように改めて驚き、不義をほのめかしてもはねのけられ、困り果ててお岩に本当のことを話してしまいます。

びっくりしたのはお岩ですよね。ありがたい薬と信じて、拝む気持ちで飲んだ薬が毒薬だったなんて。そして伊右衛門の裏切り、隣家のひどい仕打ち。鏡を見て2度「ひぃ~っ」と声を上げて驚いたお岩。ここからはもう目が据わっていました。宅悦の止めるのも聞かず、伊藤家へ礼を言いに行くのだというお岩。そこで「せめて女のみだしなみ」と、通常産後はやらないというお歯黒をつけ、髪をすくのです。ああ、それが何とも恐ろしい!

最初は悲しげなのですが、髪がごっそりと抜けるたびに驚き、だんだんすごい表情になっていくのです。(「みだしなみ」というならやらないほうがいいのに‥‥coldsweats02)次第にお化けの形相に変貌していく様は、痛ましくかわいそうだけれど、放心したような哀しみの表情と交互に見せる恐ろしい恨みの形相に、伊右衛門への愛情の裏返しのようなすごさが感じられました。

このときの宅悦役の歌六さんもすばらしかった。まだそんなお年ではないのに、なぜか老け役が多い方のようですね。この味のある役が決まるか決まらないかで、お岩の印象もかなり変わってきてしまうと思います。宅悦は「いい人」ではありませんが、根っからの悪者でもありません。どんどん恐ろしくなっていくお岩への怖がりようもさることながら、お岩に対しての哀れみや同情の気持ちも多く出ているのです。滑稽さと悲しさ。もう、その演技にうなってしまいました。

お岩は宅悦ともみあううち、柱に刺さった刀で喉を突いて絶命してしまいます。帰って来た伊右衛門は先ほど来、縛って押入れに押し込めていた??薬泥棒の小平を引き出し、(これが福助さんの早替わり)お岩殺しの罪をかぶせて殺し、二人の死骸を戸板に打ち付けて川に流してしまいます。あらまあ、ずいぶんお仕事が早いのね‥‥‥。

そこへ隣の喜兵衛と嫁の孫娘が来て、今夜はここで新枕だというのです。も~、あんな立派なお屋敷に住んでいる人が何でわざわざこの汚い貧乏長屋に来るのさ??それもたった今お岩が憤死し、小平を殺した流血の現場でよ!この倒錯した感覚が信じられません。過保護の喜兵衛は屏風を立ててここで寝るといい、伊右衛門と娘はさっきまでお岩が苦しんでいた奥の間に入っていきます。信じられな~い!

ところがそこへお岩の怨霊が出てきます。今度はお化けみたい、じゃなくて本物のお化けになって。おのれお岩、迷うたな!と刀を振り下ろす伊右衛門。ところが落ちた首を見ると、それは花嫁の首でした。驚いた伊右衛門が喜兵衛のところへ行くと、今度は屏風の影から殺された小平の亡霊が現れる。また夢中で首を斬り落とすと、それは何と喜兵衛の首!あなおそろしや~!このときの伊右衛門、もっと強い恐怖と狂気が見えてもよかったなと思ってしまいましたが、意外に平静な伊右衛門でしたね。いや~この幕、息をもつかせぬ緊張感で、本当に面白かったです。

三幕目 隠亡堀の場
父と娘を伊右衛門に殺害され、お家はお取潰し。屋敷も取り上げられた伊藤家の後家お弓は、乞食に身を落として隠亡堀のはたに住んでいます。(しかし、極端だな~!)やはり常識というものはいつの世でも必要なんでしょうね。たとえ窮乏してもお岩の父、四谷左門は常識の人でした。だから伊右衛門を悪者だと思ったら、一切娘を近づけなかった。一方、伊藤喜兵衛のほうは孫を溺愛する余り、隣の浪人の妻に毒を盛ってまで性悪男を婿にしようとしたのです。大体そいつが婿にふさわしいかどうかなんて、顔見りゃわかるでしょうが!こういう常識を逸した行動が、お家の滅亡につながるのよね!(なんて、私が怒ってもしょうがないけど)
現代もそうですよ。常識を持たない人が跋扈する世の中。恐ろしいですね。

ここで最初に出てきた直助と伊右衛門が再会するのだけれど、実は直助とお岩の妹お袖の話も1幕分ぐらいあって、今度の上演では割愛されているので、直助とのことは置いておきます。直助は名前を変えてうなぎ掻きになっているのですが、ここでうなぎをとっていると、髪の毛やら、お岩が使っていたべっ甲のくしなどがかかってきて、気味の悪さをかもし出しています。

土手の上では喜兵衛殺しの下手人として追われている伊右衛門と、その母のやりとりがあります。何と母は、伊右衛門の名前を書いた卒塔婆を立て、世間に伊右衛門が死んだと思わせようとしているのです。ああ、ここにも一人常識を逸した親ばかがいましたね。母は昔、高家に奉公したことがあり、困ったときには頼ってくるようにという師直のお墨付を持っています。それを伊右衛門に渡し、これを持って行って仕官しろというのです。とんでもない親ばかですね。

このあとこの卒塔婆を見たお弓は、仇が既に死んでいたのかと悔しがりますが、すぐに伊右衛門に川に蹴落とされてしまいます。そのあと「首が飛んでも動いてみせるわ」の名台詞でしたが、どうなんでしょう。吉右衛門さんの伊右衛門はそこまで豪胆な極悪には見えませんでした。逃げたり、その場を取り繕ったりするために、成り行き的に人を殺してしまう、そんな感じでした。

そうこうするうち戸板が流れてきます。それを引き上げると(わざわざ引き上げるなよ~!)何とお岩の死骸が貼り付いていて「うらめしや~」と言います。驚いて裏返すと(裏返すなよ~!)今度は小平が「ソウキセイ(盗んだ薬)をください~」と言う。これが有名な「戸板返し」ですか。お岩と小平は早替わりです。一体どうなっていたのでしょうね。小平が消えると、今度は骸骨が現れて、それがばらばらになって川へ落ちて行きます。

このあとで直助、殺された小平の女房お花(福助早替わり)、与茂七がやってきて「だんまり」になります。この「だんまり」とか「蛇篭」の意味がよくわからないのだけれど、登場人物をスローモーションで見せるファンサービスと、手探りで戦ううち、必ず何かを取り違えるというのがお約束のようです。ここでは与茂七の持っていた廻文状と、直助のうなぎ掻きの棒がすりかわり、このあとのストーリーへと発展していくのですが、そこの部分は今回はカットされていました。

大詰 第1場蛇山庵室の場~第2場仇討ちの場
伊右衛門は、蛇山庵室に隠れ住み、お岩の亡霊に悩まされ、病の床についています。この場はただただお岩の亡霊が提灯抜けや仏壇返しなどをして、見るものを怖がらせるところですね。仕掛けが古典的すぎてそんなにコワイ!というものではないけれど、すっかり気弱になった伊右衛門がちょっとかわいそうな感じもします。因果は恐ろしい。

最後は錯乱した伊右衛門を捕り手が囲み、それを退けると今度は与茂七とお花が伊右衛門を捉え、見事仇を討つ、その手前のところで正座してごあいさつとなります。なぜかこういう終わり方もけっこうあるのですね。仇を討ったところで終わりにすると縁起が悪いからでしょうか??

この大詰のシーンは、お化けの話なので夏として上演されることが多いそうですが、本来は雪景色のシーンで、今回もラストは雪景色でした。なぜかというとこの大詰で悪人伊右衛門を討ったあとで、四十七士は高家(吉良家)へ討ち入りを果たすのです。非道の悪人の最期と、見事忠義の本懐を遂げた志士たちとの対比がすばらしい。やはりここは雪景色であるべきなのですね。

かなり長くなってしまいましたが、とても面白い演目でした。また意外にも外見老けてる(ごめん!)福助さんがすばらしい演技で堪能しました。何と、プログラムの上演記録を見ると福助さんのお岩は初めてだったんですね??とてもこなれていて、そんなふうには見えませんでした。

この上演記録というのが結構面白くて、今まで「四谷怪談」は数年置きに上演されていますが、一番多くお岩を演じたのは勘三郎さんで、伊右衛門は橋之助さんのようです。橋之助さんの伊右衛門はかっこいいだろうな~。それよりも、昭和58年に1度だけあったのが当時39歳の仁左衛門さんの伊右衛門と、当時33歳の玉三郎さんのお岩!これ、いい!すごく見たかったなあ。。きっと美しかったことでしょうね。こんなふうに若手が揃うのはあまりないことかもしれませんから。

今月は、いつも年1~2回しか行かない歌舞伎を2回も見に行ってしまいました。何だか見始めると楽しくてくせになりそうです。でも、スーパー歌舞伎にはまった!という感覚とは違います。やっぱりミーハーのエネルギーとは、どこか違うものがあるのでしょうね。ミーハーの私としては「ヤマトタケル」また見たい!来月の名古屋は、いつの間にか新幹線乗って見に行っているかも??です。そんな、恐ろしい‥‥‥。

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2008年5月 5日 (月)

ひさびさの歌舞伎座

歌舞伎座「團菊祭」夜の部「青砥縞花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」通称「白波五人男」を見てきました。Imgp5290

歌舞伎座に行くのは去年の3月以来です。ずっとバレエに夢中で歌舞伎のことは忘れていましたが、3月にスーパー歌舞伎にはまって、また歌舞伎の世界もちょっと見てみたいなと思うようになりました。ホントは大阪に「ヤマトタケル」を見に行きたい!だけどその分の交通費で、今月は歌舞伎座と新橋演舞場の両方で「通し狂言」をやっているので行ってみようと思いました。

まず歌舞伎を見てみようと思ったら、やっぱり「通し狂言」からですよね。歌舞伎は、人気のある一部分(「御存じ○○!」みたいなところ)だけを組み合わせて上演することも多いのですが(見取り狂言)、まずは「通し」で見ないと全体のつながりがわからない。それで、地方の農村歌舞伎などでもよく上演される、五人が番傘をさして勢揃いした場面が有名な「白波五人男」を見ることにしました。

最初にお断りしますが、私は歌舞伎について、お芝居が「好き」という範疇を出るものではなく、個々の役者さんについてはほとんど知りません。バレエ鑑賞同様ただのミーハーですので、あくまでもミーハーの目で見た勝手な感想になります。その点どうぞよろしく!

プログラムによると、この演目は文久2年初演だそうです。文久2年というと江戸時代末の、ペリーが浦賀に来て9年目、新選組が結成される1年前のことですね~。世の中は攘夷か開国かでゆれる時代。そういう時期の民衆の世界が垣間見られるようで面白かったです。

「白波」というのは泥棒のこと。大泥棒や大悪人がカッコいいというのは、歌舞伎独特の世界だと思います。これが、バレエばかり見ているととても違和感のある世界なのですよ。だって、バレエのテーマはいつも「愛」だから。それは、王侯貴族の庇護のもとにあったバレエと違い、歌舞伎が民衆サイドのものだったからなのでしょうね。歌舞伎のテーマは権力に対しての暗なアンチテーゼ。義理人情であったり、主従のしがらみであったり、没落するものの哀れであったりと、もっと多彩になります。

「ヤマトタケル」に違和感なく夢中になれたのは、そこに「愛」が色濃くあったから。父帝への愛、兄への愛、后たちへの愛。そして流浪する英雄の孤独があり、涙があり、信ずべき正義があり、そして心を動かす大きな感動がありました。

だけどこの「白波五人男」には「愛」はありません!もう、名優のオンパレードで、七五調のかっこいい台詞あり、華麗な立ち回りあり、がんどう返しや大ゼリを使ったスペクタクルありで、まるで錦絵を見るような豪華な舞台ではあったけれど、「愛」はないです。ゆすり、たかりの世界だから「正義」なんてものははなっからない!お話も韓流ドラマも真っ青の「実は○○」だったり、どんでん返しに次ぐどんでん返し。面白いには面白いけれど、深い感動とか、そういうものはなかったですね。それがまた、この作品がつくられた当初の民衆の要求するものだったかと思うと、さもあらんと思ってしまうところがあったりしました。

序幕第一場「初瀬寺花見の場」
美しいお姫様が腰元たちを連れてお花見に来る華やかな場面。このお姫様には親同士が決めた許婚者がいたのですが、お互いの家は没落しており、その許婚者も行方知れず。そこへ従者を連れた美しい若者がやってくる。話を聞くとその人こそ許婚者の信田小太郎であった!(そんなことってあるかいな!)

小太郎は許婚者の千寿姫に偶然出合って驚くが、お家再興を果たすまで結婚はできないと言う。ところが、姫は、腰元頭に恋の手管を耳打ちされたのか、結婚がかなわないならここで死にますと言って、いきなり懐刀を取り出したので、小太郎は驚いて態度を変え、まわりのとりなしもあって、二人で茶屋に入っていく。(どうしていきなり~!)

歌舞伎を見てると、意外にも若い娘やお姫様がかなり大胆に男に迫ったりするんですよね。これが当時の貞操観念に縛られた人々の憧れであったかどうかはわかりませんが、その結果はみんな悲劇的だったような気がします。

その間に寺への回向料を盗んだり取られたりがありますが、省略。茶屋から出てきた姫は小太郎にお屋敷に連れて行ってくれと頼みますが、人目を忍ぶ身の上で連れて行く屋敷などはないというのに、またここでも「それなら死にます」といって刀を出すので、仕方なく姫を連れて行くことに。

序幕第二場「神輿ヶ嶽」~第三場「稲瀬川谷間」
二人はだんだん人気のない険しい山道に入っていきます。小太郎は姫の手を取って恭しくエスコートしているけれど、山中のお堂の前まできたときに、態度が豹変。小太郎とは真っ赤な偽り。小太郎は放浪の途中で死に、実はそれに成りすました弁天小僧という盗賊だったのです。弁天小僧は姫に女房になれと迫りますが(これはこれで筋がとおってるよね)姫は盗賊の女房になどなれぬと、いきなり谷から飛び降りてしまいます。自分で勝手についてきたのに、本当に歌舞伎に描かれる若い娘や姫は大胆でわがままでエゴイストですよ!

ここで一部始終を聞いていた日本駄右衛門という大泥棒がお堂の中から登場!面白いのはその前の回向料の取ったり取られたりもそうだけど、まんまとせしめたと思ったら、さらにもっと上手が現れること。あっけらか~んとしちゃいますね。ここで弁天小僧は日本駄右衛門の手下になります。連判状をカッコよくばっと広げたところで舞台がぐぁ~っとせり上がり、場面は谷の下へ。

谷の下では死にきれなかった姫と、先ほど回向料を盗もうとして失敗した元信田家(小太郎の家)の家臣赤星十三郎が、困窮して泥棒に身を落としたことを恥じて死のうとしているところ。お互いの素性の偶然を驚きあって、一緒に死のうというところへ、姫はさっさと川に飛び込んでしまいます。赤星のほうは先ほど回向料を最後に奪っていった浪人、実は日本駄右衛門の手下、忠信利平という盗賊に助けられます。もうすでにわけがわからない状態なんだけど、実は話をするとこの忠信利平は元武士で、赤星の家来筋に当たるということで、奪った回向料を赤星に差し出す。赤星はどうせならというので、忠信のとりなしで日本駄衛門の手下になることに!(武士が簡単に盗賊の仲間になっちゃうなんて、本当にわけがわかりませ~ん!)

ここへ先ほどの日本駄右衛門と弁天小僧と、小太郎の家来に扮していた南郷力丸が加わって「五人男」が揃うのですが、すでに真夜中。闇の中で手探り状態の「だんまり」が演じられます。ここがまた絵のように美しいシーンなのかもわかりませんが、ストーリーの展開上からすると「何で??」なんだよね~。この無理やり見せ場をくっつけたようなわけのわからなさがまたいいところなのかしら??

二幕目第一場「雪の下浜松屋の場」
ここが有名な弁天小僧のゆすり騙りの場面です。若い武家の娘に化けた弁天小僧。あの~sweat02「若い娘」というところが、演じる菊五郎さんには無理があるかと‥。この役は本当に何度も演じている当たり役だそうですが、何も知らない素人の目から見ると正直、ちょっと‥です。多分どの方の感想や批評を見ても素晴らしいとしか書かれないと思うのですが、家の芸とか伝統芸能というところを離れて、例えば外国人の目で見たらどうでしょうか。オペラグラスなんかで見ちゃうからさらにいけないんでしょうけどね。

呉服屋浜松屋に訪れた娘と従者(実は弁天小僧と南郷力丸)は、婚礼の準備だと言っていろいろ品物を選ぶ途中、懐から布を取り出し、商品の中に混ぜてしまう。そして、それをわざと店の者に見えるようにまた懐に。帰ろうとする娘を番頭は万引きだと言って引き止めます。ところが懐から出てきたのは違う店で買った品物。どうしてくれるんだと言いがかりをつけ、まんまと百両せしめようとしたそのとき、奥から立派な侍が出てきて、二人を見破ってしまいます。ここで開き直った弁天小僧が、肌脱ぎになって刺青を見せ、有名な「知らざあ言って聞かせやしょう」の台詞となるわけです。こういう開き直りや居直りが何とも粋でカッコいいっていうのは、ほんとに爛熟した江戸文化の倒錯した世界ですよね~。

二幕目第二場「浜松屋蔵前の場」
もう、何でこんな手の込んだ芝居を‥と思うくらいですが、店の危機を救ってくれた武士、これがいかにも怪しい奴なんだけど、お礼に一献差し上げたいということで、舞台が回って店の奥でのシーンになります。

ここで早くも怪しい侍、実は日本駄右衛門が正体を現し、店の有り金全部出せと脅します。そんなら最初からそうすりゃいいのにさ~。まあ、変な突っ込みは別にして、先ほどの弁天小僧と南郷も戻ってきて、出さないと命を取るぞと脅すと、浜松屋の主人は息子だけは殺さないでくれと頼みます。実は息子は17年前に闇の中で取り違えた赤ん坊で、他人様の預かりものだからと明かします。すると‥‥何とそれは日本駄右衛門が17年前、生活に困って捨てた赤ん坊だった!それじゃあ、本当の浜松屋の息子は、となったときに‥‥‥。もう、そんなバカな~の連続ですわ。だとしたら弁天小僧は17歳だったんですね~!(唖然)

さらに浜松屋はもと小山家(最初の千寿姫の家)に仕えていた武士だと明かす。びっくりしたのは弁天小僧。親の主筋の千寿姫を死なせてしまったのだから。浜松屋は有り金全部渡すから、足を洗って堅気になれと一同を諌めますが、追っ手がきたということで逃げていきます。

二幕目第三場「稲瀬川勢揃いの場」
これからそれぞれ詮議の網をかいくぐって落ちていこうというときに、何もわざわざ目だつように演歌歌手顔負けのハデハデ着流し姿で勢揃いしなくてもいいじゃないですか。雨も降らないのに番傘さして、しかもご丁寧に「志ら波」なんて大書してあるし~!きっと歌舞伎の世界は理屈じゃないのよね。ここでの一人一人の決めポーズと台詞が大きな見せ場です。ここは皆様、さすがに豪華名優ぞろいですから見事カッコよく決まっていました。

だけど、昔はもちろん歌舞伎は「民衆の娯楽」であったわけだから、多分このシーンも、今で言うジャニーズ系の「かっこいい若衆」を並べたイケメン軍団。それを町娘たちが「きゃ~っ!!」とばかり騒ぎ立てる、そんなものだったような気がします。それが「かっこいい若衆」どころか、皆様軒並み50以上の方々であらせられますなぁ~。失礼ながら役者さんたちの年齢を調べてしまいました。團十郎(61)菊五郎(65)左團次(67)三津五郎(52)時蔵(53)‥‥sweat02余計なお世話かもしれませんが、30年前に見たかったかも~。

でも、さすがに團十郎さんは化粧栄えというか、舞台栄えというか、すごい存在感です。ビジュアル的にも美しいです。弁天小僧が17歳!というのはきついけど、菊五郎さんもいなせな若衆姿が(オペラグラスで見なければ)よく似合う。左團次さんは大柄で見栄えがするし、三津五郎さんはさすがに最年少、若々しいです。時蔵さんは絵に描いたような優男。いいにはいいのですけど、日本の歌舞伎界は伝統の芸を重んじる余りか、すべてがこの調子なんですよね。若いファン層、ミーハー層が近寄れないわけだ~。

初代弁天小僧の五世菊五郎は初演当時19歳だったそうです。歌舞伎が「伝統芸能」ではなくて、生きた「民衆の娯楽」であった時代は、やっぱり歳相応の役者さんが演じていたはずです。一度彼らの息子さん達の代に、若いうちから勢揃いさせてあげたらどうなのでしょうか。そしたら歌舞伎座に来るお客さん層も変わってくると思いますけどね。

大詰第一場「極楽寺屋根立腹の場」
本当の親である浜松屋の主人(実は小山家の家臣)に、せめて千寿姫からせしめた重宝「胡蝶の香合」を返そうとした弁天小僧だけれど、極楽寺の山門の屋根の上に追い詰められ、大事な香合を川に落とされてしまいます。斜めになった屋根のセットの上で、華麗な立ち回りが演じられますが、もはやこれまでと悟った弁天小僧は立ったまま腹に刀を突き立てます。ここで「がんどう返し」という大仕掛けが働き、屋根が向こう側へ倒れていって、山門の楼閣がせり上がってきます。立腹を切った姿のまま、倒れるぎりぎりまで元の姿勢を保っている弁天小僧がすごかった!

大詰第二場「極楽寺山門の場」~第三場「滑川土橋の場」
あ~ここは例の石川五右衛門が「絶景かな!」という、南禅寺の山門の場面にそっくりです。「楼門五三桐」(さんもんごさんのきり)という演目。この時代は著作権などないですから、そういう名場面の写しをちゃっかり入れちゃうということがよくあったようですね。山門の下では捕り方が、なぜか川に落とした小銭を探していたら、例の「胡蝶の香合」を拾ったという。(そんなばかなぁ)。。

もはやこれまでと悟り、潔くお縄につこうという日本駄右衛門に、下にいた役人の青砥左衛門藤綱は(題名についている「青砥」はここからきているそうです)情け深く見逃して、後日を約して別れていく‥‥何でよ~?どうせなら今捕まえなさいって~!でも、そういうあとにつながる余韻を残すところが歌舞伎のお約束なのかもしれません。他にも、「今ここのところで討ち取っては」などといって、「さら~ば~」と別れていっちゃうのがいっぱいありますからね。「巡礼に御報謝~」ではないけれど、上と下できれいに決まって幕となりました。

面白いということでは本当に面白かったです。まさに見せ場満載の娯楽大作という感じでした。だけどね~、涙するとか、感動とか、そういうものではありませんでした。もう何も考えずに純粋に、型の決まりのカッコよさ、台詞回しの妙などを楽しむ演目でしょうね。回り舞台やセリなどの舞台装置をふんだんに使って、題名のとおり錦絵のような舞台、華麗な衣装、花形役者さんたちの美しさを見せるものだと思います。これはこれで楽しかったけれど、ミーハーとしてはああ、そういうものね、という感じだったかなあ。

私が「ヤマトタケル」を3回見たという、その感動とはまた全く別のものでしたが、久々に歌舞伎座の楽しい雰囲気に浸ることができました。

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2008年3月26日 (水)

3度目!スーパー歌舞伎

きのう、ココログのメンテナンスがあったようで、それを知らなくて書き始めて、さてUPしようというときにUPできなくなっていました!あせりました。それで、昨日書いたのを別に保存して貼り付けたのですが、文中の「きょう」と「きのう」が、もう「きのう」と「一昨日」のことになってしまいました。。

この半月余りで、何が何だかわからなくなるほどスーパー歌舞伎に魅了されました。頭の中はいつもあの音楽が流れています。だけどそれも東京はきょう(25日)で千秋楽ですね。

昨日(24日)の前楽に行ってきました。今度は右近さんのヤマトタケル。いや~びっくりしました!主役が違うとこうも違うのかというくらい、全然違う舞台を楽しむことができました。やっぱりこんなふうに普通の古典歌舞伎もダブルキャストにしたら楽しいのに!昨年のパリ・オペラ座で団十郎と海老蔵がやったみたいに、親子競演できる役者さんがいっぱいいるのだから、楽しみも倍増じゃないかと思うのですが。

今回は同じ猿之助門下の若手(30代40代はバレエ界ではベテランだけど、歌舞伎界ではまだ若手)どうしのダブルキャスト、市川右近さんと市川段治郎さん。それぞれに違う味わいがあってとてもよかったです。全然関係ないけど、右近さんってかのルジマトフと同い年だったんですね!?へ~!バレエ界では芸術監督になったり、大御所などといわれ、そろそろ引退もささやかれる年齢なのに、歌舞伎界ではまだまだこれからですよね。(段治郎さんはまだ30代)頑張ってる同年代に拍手!同年代といっても、私は笑也さんのほうに限りなく近い?のだけど‥。笑也さんも信じられないほど美しくて素敵です~heart04

だけど最初は、右近さん登場の瞬間「うわっ、失敗した~」と思っちゃいました。人間やっぱり最初に見たものをスタンダードだと思っちゃうので、私の中ではもう、ビジュアル的にはヤマトタケル=段治郎だったんですよ。それが、8頭身の少女漫画の世界から、いきなり5頭身だ~ wobbly (ゴメン!)イメージ壊れる、見なきゃよかった?とは思いませんが、雰囲気からして別物でしたね。それから、最初の暗転での独白。段治郎さんみたいに宝塚調ではなく、「何だ、歌舞伎じゃん‥‥。」あの現代語の独白の部分は普通の演劇の感じで、ちっとも歌舞伎らしくないんですけど、3回目にはもう見慣れたのか、右近さんの現代語の台詞を「歌舞伎じゃん」と思えてしまったのが面白いです。

右近さんの立板に水の台詞回し、かなり早口のところと、アクセントをつけるところとの緩急の付け方がうまく、こなれています。芸だな~。声の調子はかなり猿之助さんを彷彿とさせるところがありました。私は猿之助さんの元祖スーパー歌舞伎は見ていないけれど(テレビではチラッと見ましたが)猿之助さんのヤマトタケルはこんなふう?と思わせる、そんな感じがしました。顔もドキッとするほど似ているときがありますしね。

でも、カッコいいのはやっぱり段治郎さんでした。タケヒコ役も映える!立ち姿が本当に美しいです。2幕で最初に登場したとき、右近タケルは富士山をバックに岩の上に立っているのですが、岩を降りて長身のタケヒコと並ぶと頭一つ分違う。。。(右近さん、ずっと岩の上にいて。。)タケヒコのちょっと笑わせる台詞も粋で素敵。右近さんのはべらんめえ調で、鶴太郎!という感じだったから。段治郎さんは手下の役をやっても端正です~ lovely それからびっくりなのが火に囲まれるシーンでの旗振り!もう「ドン・キホーテ」のエスパーダみたいで超かっこいい!あのまんま闘牛士の衣装着てマント(ムレタ)を振り回しててもバッチリはまる!あのシーンは本当に「キャ~heart04」でしたね。私はやっぱりミーハーです。ミーハー至福のとき。。

きのうは幕間に、めずらしく隣の席にいたご婦人が話しかけてくれたので、いろいろお話をしました。スーパー歌舞伎は初演のときから見ているそうです。お一人でいらしていて、今回でやっぱり3回目だとか。「段治郎カッコいいわよね~」と目がキラキラ。私の母ぐらいの年齢の方ですよ。だけど、話をするとずっと生き生きしてる。やっぱりミーハーは長生きの秘訣かも!です。うちの母は誘えばイヤとは言わないけど、たとえそれが面白かったとしても夢中にならないし、一人でなんか見に行かない。あのくらいの年齢の人は、行こうと言っても興味なければ絶対イヤだという人もいますし。(父がそうだわ‥‥)それが、その方は「私ね、明日も来るのよ~。明日の千秋楽はきっと猿之助がカーテンコールに現われるから」と満面の笑みで話してくれました。私もこんなおばあちゃんになりたいです~!そしたら人生楽しいだろうな。

一方、右近タケルについては5頭身だとか鶴太郎だとか、ボロクソに書いてるみたいですが、そうじゃないんですよ。やっぱり右近さんのほうが一枚上かも。今までにも段治郎さんよりはずっと多彩な役柄を演じてきたでしょうし、とにかくうまいというのかな。なにしろ今までちょっとクサイな~と思っていたところがクサくないの。あの1幕終わりの、一人で熊襲の城に乗り込んで行って、最後に日輪をバックに「勝った!私は勝ったのだ~!」というところも、2度見た段治郎さんのは「そんなこと言ってて、次の瞬間ボカッとやられるなよ~」みたいな突込みが自分の中にあったんだけど、全然そんなことはありませんでしたね。素直に感動しちゃった。うわ~猿之助ワールド!という感じ。こういう決め所が本当にうまいなあ~。歌舞伎の本質は傾く(かぶく)。生真面目な段治郎さんに比べ、右近さんはすごい傾(かぶ)いているんですよ、全編で。驚くほど軽妙洒脱だったり、逆に力入りすぎ~!みたいに決めるところは決めてたり。

見得がかっこいいです。それと立ち回りがスピード感あっていい。あと、聞かせどころはもう、過剰なくらい聞かせる聞かせる!伊勢で叔母のヤマトヒメに、父帝への思慕と、その冷たい仕打ちを切々と嘆くところも、もうヤマトヒメじゃないけど泣けちゃって、思わず抱きしめたくなっちゃいました。長くて退屈だと思っていた弟橘姫の入水シーンも、そのあと船がぐるっと回転して俊寛みたいに号泣するところも、思わず一緒に号泣しちゃったよ~。死ぬところがまた白眉でしたね。一途に故郷のヤマトを思うところ。あそこもかなり長いんだけど、まだ泣かせるのというくらい情感たっぷりに聞かせてくれました。段治郎さんだとあの鉢巻が素敵とか、私ったらそんなところしか見ていませんでしたから。

長生きできるという故郷の樫の枝を髪に挿す、そのしぐさの途中でヤマトタケルは息を引き取ります。それが、今回気がついたのは、フィナーレに現われたタケヒコもヘタルベも、それから兵士たちもみんな髪にその樫の枝を挿しているじゃないですか。それを見てまた泣いちゃいました。今まで2回見ても(段治郎さんと笑也さんのほかは見ていなかった?)気がつかなかったのに。そう、今回はまたいろいろ発見がありました。3回見たというとバカみたいですが、そういうリピーターの方がたくさんいられるのがよくわかりました。

笑也さんがやっぱり好き。きりっとした女の強さと、神々しいまでの気品heart04よいです~。それから笑三郎さんのヤマトヒメがすごく味のある演技でした。年齢のせいか一番共感する役どころでしたね~。(それってちょっと淋しいけどsweat02)それと悪者じゃないけど、成敗されるほうの熊襲や蝦夷、伊吹山の鬼たちがすごくかわいいキャラなの。何といってもあの1幕のタコとカニの豪勢な衣装は目を引きます。よく見ると衣装の柄がタコは魚、カニはエビ。熊襲がなぜに海産物?どういう意味かわからないけど、超豪華立体衣装でした。3幕の鬼たちはまるで仮面ライダーか、何とかレンジャーみたいじゃないですか。変だけど何となくかわいらしくて面白かった。

宙乗りも美しかったですが、感動するのはやはりフィナーレで、ヤマトタケルが帝の前にひざまずき、うやうやしく手をとるところ。生きているときにあれほど望んでやまなかった親子の和解。涙出ます~weep。右近さんは長い間帝の手をとって頭を垂れ、今にも頬擦りせんばかりでした。そして、昨日は一度幕が下りたあとも拍手が鳴り止まず、もう1度幕が開いたのです。(バレエなら何度も幕をあけてくれるのにね~)猿之助さんは出てきませんでしたが、このカーテンコールでは帝役の金田龍之介さん(ですよね?)が今度は右近さんの前にひざまずいて手をとったので、みんな白塗りの化粧が崩れんばかりに笑っていました。よい舞台でした。金田さんってお茶目!

今日で新橋演舞場の公演は終わりです。4月は福岡、5月は大阪、そして6月は名古屋と、まだまだ続くすごいロングランです。バレエと違って、一度見て感動してまた見たいと思ったときに見れるのはいいですね。私も忘れた頃にまたぞろミーハー心が頭をもたげ、名古屋あたりに行っていたりして??もう一応満足したのでそんなこともないでしょうけどね。でも、ほんとに豪華なスペクタクルで、これだけ見せてもらって一等席14,700円は全然高くない!(なんて、私は得チケフル活用なので大きな声では言えませんが)本当におすすめです。歌舞伎のことなんて何も知らなくても、全然OKですよ~。

最後にひとつだけ。私は最初笑也さん目当てで、どちらがヤマトタケルでもよかったのですが、多分行かれる方はどちらにしようか迷うと思うのです。ミーハーの琴線に触れるうっとり感を味わいたいなら断然段治郎さんのヤマトタケル!さわやかでしびれます~。そして正統派?スーパー歌舞伎なら右近さん。右近さんは独特のアクがあって前はちょっと苦手でしたが、やっぱりうまいわ。泣かせてくれます。どちらもそれぞれによい舞台でした。

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2008年3月21日 (金)

2度目!スーパー歌舞伎

何だかすっかりはまってしまったみたいです coldsweats01 また新橋演舞場に行ってしまいました~。しかもまた段治郎がヤマトタケルのほうです。もうホント、意外なカッコよさだったので!仕事が忙しいから、といって見たいと思っていたバレエを見逃したのに、スーパー歌舞伎は見たなんて。。。どう言ったらいいんでしょうね~。20083_021

2階ロビーで舞台写真を売っていました。思わず、ラストシーンの天女様のように美しい笑也さんと、火の中の戦いシーンの超・凛々しい段治郎さんの写真を買ってしまいましたheart04

「ヤマトタケル」やっぱり面白いです。2度目に見てもそう思いました。そして笑也さんもやっぱりとてもきれいでした。前回書いた兄橘がヤマトタケルを仇として追っていくシーン、やっぱりあそこが好き。殺せずに、反対にどんどん惹かれていってしまうところにもう胸キュンですheart02内面からの艶やかさ、気品、気丈さ、素敵だよね~。一方みやず姫のほうではただ、かわいい~!

2回目だと、前回見落としたことを幾つも発見しました。その中の最大のポカ。1幕の最初の見せ場であるはずの、双子の兄弟、大碓命と小碓命の格闘シーン。ここが何と一人で早替わりを演じていたんですね!こんな見せ場に気がつかなかった私って本当にアホ!いや、あそこのシーン、後ろの御簾から出たり入ったり、柱の周りを回りながらの格闘なんて、変だなと思っていたのですが、そういえば猿之助さんも蚊帳に出たり入ったりして早替わりをしてたっけと、気がついたのは家に帰ってからでした。鈍すぎ~。

それで、今回はじっくり見ました。まず大碓命が弟橘姫に迫っていて、そこが何ともワルカッコいいの。色悪っぽくてlovelyそれが御簾に引っ込んだら、すぐに小碓命となって登場する。ワルカッコいい兄と、心優しく純な弟。衣装だけじゃなくて演技も、声も、それが瞬時に入れ替わるのが見事!御簾のうちからの影台詞は録音ですね。弟が引っ込むと今度は兄が出てくる。すごい、どうなってるの!?そして格闘シーンはもう一人、背格好が非常によく似た人を使っています。それが交互に出てくるし、両方とも顔を見せないで戦っている場面もあったから、多分同じ身長の人を二人使っていることになるんですよね。前回も書いたけど、段治郎さんは際立った長身なんですよ。その長身の人を二人もそろえるのは大変でしょうね。それにしても瞬時に入れ替わるのはすごかったです。

これが猿之助さんや右近さんだったらすぐにわかったと思うのですが、気がつかなかったのはそれだけ段治郎さんの認識度が低かったんだと‥‥‥。多分、今まで何回か見ているはずなのですが、千本桜の義経役ぐらいしか思い出せないsweat01当世流小栗判官とか、南総里見八犬伝とか、少ないけど、私の見た演目にも絶対出ていたと思うのに、全然眼中にありませんでした。ゴメン!

段治郎さんのオフィシャルHPを見つけたのですが、そこに出ているレパートリー写真は、ほとんど白塗りの役。隈取描く役は一つだけしかありませんでした。バレエで言えば王子様タイプの人なんでしょうね。完璧なダンスール・ノーブルといったところだったかもしれませんが、歌舞伎ではこういう役ばっかりだと印象薄という感じかな~。でも、このヤマトタケルという役はとても合っていますね。本当にカッコいいんですよ~。

前回いい加減なことを書いちゃったかもしれませんが、ハーレムパンツみたいな衣装って、あれは膝から下を絞った袴でしたね。それにプリーツスカート?みたいなのを重ねていたりとか、昔のタケノコ族みたいな長いガウンを着てたりとか、そんな凝った奇抜な衣装が長身の段治郎さんにすごく映えるのです。衣装は毛利臣男さんのデザイン‥あのパリ・オペラ座のブルメイステル版「白鳥の湖」の衣装を担当した人ですよね。(あの悪名高き?キンキラ衣装‥‥!)

衣装といえばものすごいお召し替えの回数!裏方は本当に大変なことになっているでしょうね。それが、ヤマトタケルでいえば、あとになるほどどんどん衣装が豪華に、きらびやかになっていくのです。ちょうど主人公の心持ちが、謙虚さから自信、自信から慢心へと移り変わっていくように。それがまたどうしようもない人間の性(さが)を感じさせ、何ともいえず哀しく美しい。

そう、単なる勧善懲悪の話ではないのです。主人公が征伐をした熊襲も蝦夷も、それぞれの地を誇りを持って治め、大地を駆け巡り、幸せに暮らし、栄えていた。そこへ大和政権拡大のために?父帝に追われるようにして遠征していく主人公。圧倒的な武勇と知恵で戦いに勝っていくのだけれど、それが何ともつらい勝利のように思えるのです。熊襲や蝦夷の兄弟たちは、みな争わずに調和と共に暮らしていたのに。一方それを討ったヒーローは兄を殺し、父帝にも疎まれ、流浪する身。弟橘姫の入水のあと、「私は何のために戦っているのだろう。一番大切なものを失ってまで」というような台詞があるのですが、そんなせつなさ、やるせなさがこの物語の根底にひとつ、流れていると思うのです。

英雄であるが故の孤独。そして届かぬ父帝への思慕。それをいつも背負っている心弱さ。それから、名声を得たあとの慢心などの人間臭いところ。完璧なヒーローとはちょっと違うのですよ。弟橘を失ったばかりなのに、都に兄橘という后もいるのに、あっさりとみやず姫を后にしてしまうところなんか、ちょっと女性の視点からは眉をひそめちゃうところもあるんだけど、美しいものは美しいと言い、いとしいものはいとしいと言う。それは何だか忘れていた古代人の精神のような気もするし、そんなおおらかなところも、聖人君子でない素直な一人の人間としての、魅力的な主人公像になっているのだと思います。そしてそれを違和感なく爽やかに演じる段治郎さんがやっぱり素敵!

すごい場面というと、1幕の熊襲の館は圧巻でした!もう、舞台上に一体何人の人がいるのでしょう?豪勢な饗宴シーンにたった一人で女装して踊り女として乗り込む主人公。この踊りのシーンがまるでアメノウズメのストリップショーみたいに、次々と衣を脱いでいくのですが、一体何枚着ているの?盛り上がった頃にいきなり明かりが消えて「だんまり」の格闘シーンになり、それがやがて京劇隊のアクロバットを交えたすごい戦闘シーンに発展するのです。そして豪快な屋台崩し。でも、たった一人で乗り込んで行って首領を暗殺したからって、「勝った、私は勝ったのだ~!」なんて言うのはおいおい、って、ちょっと突っ込みたくなりましたねsweat02

2幕での圧巻はやっぱり火の海のところでしょうね。敵の火と味方の火が戦う珍しい?戦いシーン。ホント、ここでもアクロバット隊の活躍がすごかったです。一方、海が荒れて、海の神を沈めるために弟橘姫が入水するところはちょっと長くて、たぶん泣かせどころなのかもしれませんが、私は唯一、眠りかけてしまったところです。ここの弟橘の気丈に見せかけた哀しい長台詞はやっぱりくどい気がします。ストレートに、あなたのために飛び込みます、で十分なのに。自分はこのままおそばにいても大后にはなれないから、海の神の大后になるんだなんて、そんな強がり言わなくってもいいのにさぁ‥‥。それまでの展開が息をもつかせぬものだっただけに、ここで観客は(私だけ?)一休みしてしまったようでした。

でも、次から次へと、大掛かりな舞台装置を駆使しての物語の展開はスピーディーで、まさに「スーパー」ですね。それに現代語の台詞も、最初は違和感がありましたが(だって~白塗りの人たちがいきなり宝塚調でしゃべりだすんですよ~)慣れるとわかりやすくてなかなかいいものです。予備知識もなく、いきなり見に行っても、プログラムの解説を読まなくても、全部せりふの中で説明してくれるので、すごく楽チン。え?何で?っていうことも、現代語台詞が丁寧に理由を教えてくれますから。すぐにあ~そうかと納得できます。

バレエだったら、ある程度解説とかを読んでいないと、初めて見る演目はわけがわからないことがあります。言葉の説明はないから、それこそ見る人によって受け取り方も違うし、見るほうも何かを感じ取ろうと、けっこうな集中力をもってダンサーの指先、つま先まで注視していたりします。だけどここまで親切に解説してくれちゃうと、ほんとに映画でも見るように、ポカーンと口をあけていたって楽しめる。でも、大半の人はポカーンとはしていませんよ。けっこう息を詰めて、手に汗握って見入っちゃっていますから。ホント、猿之助さんは面白いものをつくってくれましたよね。

あと、楽しいのは、声をかけるのが「○○屋!」じゃなくて、ここでは「右近!」とか「段治郎!」なの。だって、みんな澤瀉屋(おもだかや・漢字変換できなくて、手書き入力しちゃった!)だものね~。ここに出ている人たちはほとんど、歌舞伎の家柄の人ではありません。国立劇場の養成コース出身だったり、直接弟子に入ったりしている人たちなのです。こういう逸材を猿之助さんが見出して、時間をかけて育てていったことは本当にすごいことだと思います。

ラストの宙乗りもブラボー!そして、またフィナーレで泣けましたよ。ほんとにこの甘美で哀切で、豪華絢爛な世界にすっかりはまってしまいました。今度は右近さんのヤマトタケルで、最後にもう一度見るつもりです。

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2008年3月14日 (金)

ヤバいほど面白すぎ!(スーパー歌舞伎)

新橋演舞場でやっているスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」を見てきました20083_020

歌舞伎を見るのは1年ぶりです。この1年、バレエに夢中になっていたら、歌舞伎はどうでもよくなっていました。でもバレエ鑑賞が一段落したので、好きだった市川笑也さんを久々に見たくなって、ただそれだけで出かけました。主役のヤマトタケルが右近と段治郎の日替わりだけど、誰の回かも特に興味なくて調べもせずに行ったのです。

スーパー歌舞伎はなんと初めてだったんですよ。何だこれ!?面白すぎ!ヤバいです。どうしよう、ハマってしまうかも‥‥!どうして今までこの面白い世界を知らなかったんでしょうね!突っ込みどころもいっぱいあるんだけれど、それだけに何だか思いっきりミーハー魂に火をつけられてしまった感じがしました。

笑也さんは普通の歌舞伎のときもきれいだけど、あのすごい衣装で飾りたてられても少しもかすむことなく、本当にフィナーレの白いお衣装なんて、観音様か天女様かと見まごうくらい美しかったです。笑也さん好きheart04といいながら、今まで一度もスーパー歌舞伎を見なかったなんて、私ったら何て片手落ちだったんでしょうね~。

本当に今までどうして見なかったんでしょう。ずっと以前、歌舞伎好きな友人に見に行った感想を聞いたら、歌舞伎に現代語なんて変!とか、オーケストラの音楽が(テープだけど)合わないとか、衣装がハデハデで趣味が悪い!などと言っていたので、がっかりするのがいやで多分見に行かなかったのでしょうね。それに一作目を見逃してしまうと、続く第二弾、第三弾というのは見たくないというか、変なこだわりがあって見れなかったのです。

今回、その第一作目の「ヤマトタケル」の上演です。(これで続くいろんな作品も見れるぞ~!)ここのところスーパー歌舞伎自体、上演されていなかったので、本当にいい機会でした。これからぜひ他の作品も順番に再演されることを望みます。

スーパー歌舞伎の生みの親、市川猿之助さんの宙乗りを、私は高校生ぐらいのときに初めて見ました。びっくりしましたね~。親の形見の鼓をもらったうれしさで、天にも昇らん気持ちで去っていく源九郎狐。奇をてらったものじゃなくて、その気持ちの高揚が宙乗りとなって表現されていて、泣けちゃいましたよ。忘れられません。そのあとも、そんなにいろいろ見たわけではありませんが、早がわりで一人で何役もこなしたり、舞台に水がジャージャー流れたり、ケレンというのか、本当にわくわくするような楽しい舞台ばかりでした。その行き着く先がスーパー歌舞伎の創作だったんですね。スーパー歌舞伎が始まって20年もたって、今さら言うのもなんですが、めっちゃ面白いですよ、これ!

初めて見たらほんとにびっくりします。まず幕が開くときに流れ出す西洋音楽。何じゃこりゃ~?そして後ろ向きに並んだ兵馬俑みたいな人たちが、舞台が回ると共に正面にきたと思ったら、帝や皇后などの宮廷の人物がドーンとせり上がってくる華やかさ。その衣装がまた超豪華。うわ~!最初から度肝を抜かれました。

そして登場したヤマトタケル!えっ?誰?と思ったら市川段治郎さんでした。今まで、多分絶対何度かは見ていると思うけれど、ほとんど気にとめてませんでした。(ゴメン!)義経千本桜のときの義経?というと少し思い出す程度。でも、猿之助門下にこんなに素敵な人がいたんですね!登場した瞬間、際立つスタイルのよさ。長身で手足が長く、すらっとした八頭身。まるでこれからバレエのヴァリエーションでも踊りだすんじゃないかと思うくらい、さわやかな王子様(皇子さま)でした。美しいshine

その王子がいきなり現代語でしゃべり始めるのですよ~。花道でスポットライトを浴びての宝塚調のモノローグ!きゃ~!そのお声はまるで宝塚じゃないの。もうそれだけでミーハー魂全開になってしまいました。

歌舞伎で長身というのはかえって欠点というのを聞いたことがあります。坂東玉三郎さんもかなりの長身で、お道具が小さく見えてしまうので、特別に大きくつくっているらしい?という話も。女形でなくても和風の衣装が似合うのは、どちらかというとずんぐりむっくりの人のほうがいいような気がします。顔も小顔というのは隈取が映えないから欠点かもしれません。(顔がでかくてもてはやされるのは歌舞伎界だけかも知れませんが??)それが、スーパー歌舞伎では、というよりヤマトタケルという役では、段治郎さんのプロポーションのよさがものすごく映えるんですよ。かっこいい~!です!

笑也さんの兄橘姫も、とてもきりっとした美しさ。私はこの方の声がとても好きなのですが、現代語の台詞の艶のあるしっとりしたお声。まるで女形じゃなくて女優さんの声ですよ~。もう、まったく女優さんだわ。一方みやず姫役ではトーンを上げた若々しい声で少女のお茶目さ、気の強さを表現していました。

びっくりしたけど、私は歌舞伎の役者さんが全力疾走で花道を走るのを初めて見ました!みんなよく走るんですよ~!笑也さんも走ってましたね。花道を風のように走ってきて、ばっとマントを脱ぎ、「夫の仇、覚悟!」と叫んでヤマトタケルに斬りかかったその衣装!袴の部分が黒の段フリルのスカートみたいになっていて、思わすその勢いでフラメンコでも踊りだすかと思っちゃいました。これもすっごくツボでした~heart04 笑也さん、フラメンコ似合いそう!

夫の仇のはずなのに、「どうぞ討ってください」というヤマトタケルを見つめるうち、亡き夫に瓜二つの姿や、その純粋な心に触れて殺すことができなくなり、急激に惹かれていってしまうさまが本当にせつせつと伝わりました。こんな表現は歌舞伎では見れませんよね~。ここはとても素敵な場面でした。

段治郎さんも走り方が颯爽としていてカッコいい!ヤマトタケルの白いハーレムパンツみたいな衣装は長い手足が映えるのですよ。動作が伸び伸びと大きくてうっとりしてしまう。今までの歌舞伎とは明らかに違う萌えポイントですね~!

基本的には現代語調で進むのですが、ところどころに大仰で歌舞伎チックな台詞回しもあります。それはそれでまたカッコいいのだけれど。それでも大見得をきってびしっと決めた直後に、突然宝塚調でキザに話し始めるのが最初すごい違和感でした。よくマンガで、劇画タッチでかっこよかった主人公が突然ギャグマンガ調になったりっていう、あの感じ。頭の切り替えも必要ですね。あと、「‥‥なのだぁ~!」と盛り上がったときに、ぐわ~っと音楽が入ってさらに盛り上げる。あの音楽の使い方ってまるで宝塚。そのあといきなり歌いだすんじゃないかと思っちゃいましたよ coldsweats01 (宝塚は台詞の途中で突然朗々と歌いだしたりするのが苦手sweat01

あと最後のシーンで、ピラミッドみたいな御陵の先端がパカッと割れて、白鳥となったヤマトタケルがせり上がってくるのですが、それがまるで紅白歌合戦の小林幸子状態!(小林幸子さんの衣装はスーパー歌舞伎と同じところで制作されていると聞いたことがありますが‥‥?)ロットバルトのようなすごい翼をつけて、豪華な羽を背負った宝塚のスターさんのように、これからこのピラミッドの大階段を下りてくるのか?と思いきや、ラ・シルフィードのエレベーターの仕掛けみたいにスーッとしずかに舞い降りました。

さあ、宙乗りです。サブタイトルの「天翔ける心、それがこの私だ!」のとおり、段治郎王子は優雅に豪快に、天翔けていきましたね。テーマと思われる英雄ゆえの孤独、求めてやまない肉親(父帝)への愛などが美しく哀しく表現されておりました。うっとり lovely フィナーレもとてもよかったです。最後に登場したヤマトタケルが父帝の前にうやうやしくひざまずき、その手をガシッと握るところ。本編ではかなわなかったその情景に、しばし涙でした~。

などなど、初めて見るといろいろびっくりしたり面白かったりすることがありますね!今、仕事が忙しいのだけれど、25日までやっているし、得チケも出ているので、ぜひもう一回見たいなあと思っています。どうしよう!ミーハーなだけにはまりそうでヤバいです~。でもやっぱりもう1回見たい。できればまた段治郎さんのヤマトタケルで!

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2007年3月24日 (土)

「義経千本桜」昼の部を見ました。

いろんな意味で興味があって、見たいなあと思っていた「蓮絲思慕曼荼羅」は、やっぱりチケットは取れずあきらめました。ちょっと公演情報を知ったのが遅すぎたようです。それと小劇場でチケットの絶対数が少ないから。普通に買うのでも大変だったでしょうね。

Kabukiza_2 そのかわりと言っては何ですが、歌舞伎座の「義経千本桜」を見てきました。これは多分私が初めて見た歌舞伎の演目だったかも。

中学生のとき、交換日記をしてた親友が、当時20歳前後だった坂東玉三郎の大のファンでした。(玉三郎が20歳の記念に出したレコードというのを、彼女はまだもっているかしら。もしあったら激レアだよね~)彼女からいろいろ歌舞伎の話を聞かされたので基礎知識はつきましたが、まだ自分で見ようというほどではありませんでした。

高校生のとき、なぜか文楽と猿之助のファンという同級生がいました。突然歌舞伎調でしゃべりだしたり、やたら見得を切ったりして、すごく変わった子でしたね。それでちょっと猿之助に興味を持ちました。ちょうど「宙乗り」が大ブレイクしてたときでした。その当時、全く歌舞伎を見たこともない若い女性たちが歌舞伎座に殺到したとか、歌舞伎座への問い合わせの電話で「“さるのすけ”の宙乗りは、いつやるんですか?」というのがあるとか、そんなことが話題になった時代でした。私が歌舞伎を初めて見たのもこの頃です。たちまち「ケレン」とか「荒事」の世界に魅了されました。

その後も細々ですが歌舞伎は見ていました。「千本桜」の通しは、猿之助バージョンの忠信編は何回か見たけど、大物浦とかすし屋も入ったのは私は久しぶり。昼の部だけでしたが、春休み中の息子がごろごろしていたので連れて行き、楽しみました。

「鳥居前」は、「あきる野座」のレパートリーで、息子も義経役をやらせてもらったりしたことがあります。(ほんとは忠信がやりたかっただと?ならやってみなさいよ!)そんなに深い内容はなく、何も考えずに見れるというか、立ち回りなど華やかな要素もあって、視覚的にも美しく、最初を飾るにはいい演目です。

息子は台詞をまだ覚えていたので、面白い発見もあったようです。「あきる野座」バージョンは大正・昭和初期に多摩地域で活動していた農村歌舞伎の人たちが、大歌舞伎を勉強しに行ったりしてつくり上げたものを継承しています。比べてみると台詞などは田舎の人にもわかりやすくなっていて、表現もちょっと多摩地域向けだったんですね。「あきる野座」の忠信が「この忠信がめェりしうえからは、大船に乗ったとおぼしめせ」とか、「汝らがぶんぜェ(分際)でこの鼓をしようたァ、胴より厚きつらの皮、いざ踏み破ってくれッべ~か!」などというところがずいぶんお上品だったので、逆に笑ってしまいました。多摩の人はきっとあれでは燃えません。狐六方での引っ込みも「あきる野座」ではただただ勇壮で、とにかく勢いが大事。壁でもぶち破るつもりでやれとか言われて、揚幕めがけて突進していくような感じなのですが、ずいぶんおとなしめだったので、うちの子(彼も多摩人)には物足りなかったようです。でも、ほんとはただ勇壮なだけじゃだめで、狐の怪しげな雰囲気というのが(妖気?)出ているのが正しいのかなとも思いました。

それと「あきる野座」では農村歌舞伎らしくチャリ場をだらだらとやるのですが、これはさらっと済ませてすぐ本題に戻ったので、すっきりしてよかったと思います。でも、これはまた「道行」でも同じようなのが出てくるからということだったんですね。

「渡海屋」になると息子はもう寝ていました。ここが聞かせどころだったのに!何年か前に発行された本で「市川染五郎と歌舞伎へ行こう」という本があります。この中で染五郎さんが最も演じたい役の一つとして知盛が挙げられ、まだ演じたことのないあこがれの知盛の扮装をした写真まで載せてありました。本当に若々しく美しい「悲劇の武将」姿です。プログラムの公演記録を見ると、その後もまだ染五郎さんは知盛役をやっていないようですね。今回お父様の幸四郎さんが演じるので興味深かったのですが。(染五郎さんに)やらせてあげればいいのにとか思ったけど、やっぱりこの役は難しい!

最初は船宿の主という世話物っぽいところ。まずここがめっちゃかっこよかった。若く美しい息子より多分かっこよく演じてる父って、すごいですね~。それから白糸縅の鎧姿に着替えてからは貴人としての気品の上に凄みもあり、よかったです。ただ、あの白いボアスリッパみたいなのと、うさちゃんの太刀カバーみたいなのって何??そこだけやたらかわいくて笑ってしまったんだけど。

「渡海屋」「大物浦」を通して、藤十郎さんの典侍の局がすごくよかった。化粧の目元の赤が落ちて、赤い涙を流しながらの熱演には感動して、こちらも泣けてしまいました。

「大物浦」の場面で、あのかわいいボアスリッパも、ほわほわの太刀カバーも血と泥に汚れた姿で再登場した知盛は、すごい迫力でした。全身燃え上がらんばかりの怒りと恨み。去年だったか、歌舞伎の「恨み」の表現には、現代ではちょっと違和感を感じるなあと思ったこともあるのですが、これはそうではありませんでした。弁慶から出家を勧められ、首にかけられた数珠を引きちぎるところなど、すごかったです。でもかきくどく台詞の中から、徐々に父清盛公の横暴の因果だとか、覚悟の言葉に変わっていき、最後は安徳帝を義経にたくして碇もろとも、もんどりうって海へ。こういうところの幸四郎さんの魅せ方はすごいなあ。これじゃなかなか染五郎さんにまで回ってきませんよ。

滅亡する平家と、それを討った義経。その義経も今は兄頼朝に追われる流転の身の上。この定まりなき世に敵味方を超えた感情が通い合い、最後に義経は知盛の入水した岩を見上げて合掌し、安徳帝を抱きかかえて花道を去っていく。いいお芝居でした。

「道行初音の旅」は、やっぱりちょっと寝てしまいました。どうも舞踊ものは苦手です。それと私は歌舞伎でもオペラグラス派で、役者さんの細かい表情を見たい方なので、大変失礼ながら、いくら人間国宝の役者さんでも余りお年を召していられると、恋しい人を慕って舞う姿にはどうしても見えないので、何となくうつらうつらとしてしまいました。いや、私、実は玉三郎丈が踊ってても寝ちゃうんですよ、もったいないけど。バレエは好きだけど、日舞はどうもね、どこが見所なのかわからない。

ここでは仁左衛門の藤太がよかった。本当に歌舞伎の役者さんは何でもやるんですね。昨年見た「先代萩」では、見るからに(笑えるほど)悪そうな八汐と、弁舌さわやかに名裁きをするヒーロー、勝元公の二役を同じ昼の部でやってのけたし、今回も、昼で藤太をやって、夜はいがみの権太ですよ。バレエだったら王子や姫役(プリンシパル)がロットバルトをやったり、カラボスをやったりすることはありませんから、それを考えるとすごいです。仁左衛門さんのように細川勝元がよく似合う人が、あの端正な顔で八汐や藤太や権太をやって、それでまたサマになってしまうんですからね。(権太は見てないけど)

今回ちょっと不思議に思ったんだけど、バレエではキャストが日替わりになったりしますよね。主役ペアが入れ替わるのは当たり前です。これが歌舞伎ではどうしてないんでしょうか。1ヵ月ずーっと同じ役者さんが演じるんですよね。考えてみれば大変なことです。それを週がわりでも、この日だけというのでもいいから、例えば知盛の役が染五郎さんの日があるとか、静御前をほかの役者さんがやる日があるとか、そういうのがどうしてないんでしょうね。

いろいろ見比べたいお客さんもいるだろうし、若手の養成にもなって歌舞伎の未来的にはいいと思うんだけど。人間国宝の至芸が見たい人は、人間国宝の役者さんが出演される日に行けばいいし、若い役者さんの「時分の花」を見たい人だっているはずです。バレエファンは同じバレエ団の同じ演目を違うキャストで何回も見たりします。歌舞伎ファンだってキャストが変わればまた劇場に足を運ぶんじゃないでしょうか。Kabukiza

帰りがけに携帯で歌舞伎座の写真を撮るために振り返ったら、何とぞろぞろ出てくるのは年配の方ばかり。どう見てもうちの息子が最年少かな?本当に、あの頃の猿之助の時代のように、若い世代が歌舞伎座に押しかけるようにならないと、歌舞伎の未来もわからないなと思いました。それを息子に言うと、「大丈夫、また次の(爺さん婆さんの?)予備軍がいっぱいいるから!」それってもしかして私のことでしょうか。。。?

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2006年11月21日 (火)

歌舞伎座で「伽羅先代萩」を見ました。

11月の顔見世大歌舞伎、昼の部は10年ぶりになる「伽羅先代萩」の通し上演です。ことし私は裏方でしたが、「あきる野座」で「先代萩」の評定(対決)と刃傷の場に兆戦したこともあり、ぜひ見ておかなくちゃと思っていたものです。

でも、やっぱり予定が立たないため、前もってチケットを買うことができず、当日券かなと思っていたら、ちょうどいいタイミングでネットオークションで、しかも安くいい席を手に入れることができました。何と初めての桟敷席体験

歌舞伎座では舞台の左右に横向きの席があって、二席ずつ一つの扉から入るBOX席になっています。テーブルがあって、そこでお茶を飲んだりお弁当を食べたりしながら見ている人々がいつもちょっと気になっていました。和服を着ている人も多いので、歌舞伎通かお大尽かしらと思っていたら、さにあらず。私の左右の人たちはみんなイヤホンガイドを使っていたので、通ではないなという印象。よく見ると結構若い人とか、親子連れもいます。一等席より2,000円高いだけなので、お誕生日とか何かの記念日にちょっとだけ贅沢に、ゆったりした気分を味わおうといった感じでしょうか。それにしても数が少ないから、なかなか手に入らないですよね。席は掘りごたつ式になっていて、足が伸ばせます。座布団と座椅子がついていて、快適でした。テーブルにはポットのお湯と湯のみ茶碗、ティーバッグのお茶が用意されていて、お弁当、葛きりなどを注文できるお品書きも置いてありました。あとは下駄箱と靴べら、ゴミ箱、鏡などが装備。面白かったです。1階でもちょっと高いところから見下ろすようで、申し訳ない感じ?も。横向きですが、意外に見やすかったです。

出し物の「先代萩」は、江戸時代の伊達家のお家騒動を、登場人物を室町時代の人の名に変えて、フィクションにしたものです。猿之助の「伊達の十役」とか、いろんなバージョンがあるし、他のお家騒動ものともごっちゃになって何だかよくわからなかったけど、通しで見ることで、すっきりしました。

お家乗っ取りをたくらむ仁木弾正一味が、殿様を廓通いに夢中にさせて失脚させる。その廓通いの殿様は、敵の刺客に囲まれても風流にのんびりと鷹揚に扇子でかわし、(あんなんでどうしてやられないのか不思議!)その鷹揚な殿様らしさを見せるのが見せ場の「花水橋」の場。(普通のストーリーを追った演劇を見る感覚だと理解できないかも!)殿様の脱ぎ捨てた、伽羅(香木)で作った超贅沢な下駄を「なんていい香り」とばかりに嗅ぐ悪者がユーモラスでした。この下駄の伽羅と、もとは仙台伊達家のお話ということで「伽羅(めいぼく)先代萩」という題名なんですね。

続く「竹の間」と「御殿」の場は、隠居させられた殿様の跡目を継いで君主となるはずの若君をめぐるお話です。若君の乳母である政岡は女形における由良の介(忠臣蔵の)といわれるぐらいの大役。あの手この手でおとしいれようとする八汐のいじめにじ~っと耐え、若君を守り抜く「竹の間」と、自分の子供が若君の身代わりになって毒まんじゅうを食べて死ぬ「御殿」。ちょっと、菊五郎さんの政岡(若い母親のはず?)は年がいりすぎという感じだったけど、実の子の死にも動揺を見せず、若君を守るのを優先しなければならないところと、あとで母にかえって息子の死を悲しむ場面の対比がすごく、本当に泣けました。義太夫が入るのは退屈と思ってたけど、こういう泣き場の義太夫は感情表現が豊かでいいですね。

仁左衛門の八汐が怖かった。(眉毛のない白塗りにお歯黒で、表情も怖い!)でも、まるで見え見えの因縁のつけ方で、かえって表情の変化が面白くて憎めないようなところもありました。ホントは悪者に徹しなきゃいけないんじゃ?だけどああいう役って楽しいだろうな

女の世界から一転して、荒事を見せる「床下」。そして仁木弾正の登場。一言もせりふがないのに、その風格で見るものを圧倒する場面。これも通常の演劇を見る感覚だと、何のことかさっぱり分からないと思います。こういうところが歌舞伎独特、という世界なんでしょうね。去年の「絵本太功記」光秀役を降りて以来、病気療養の後1年ぶりの團十郎。妖気ただよう花道の引っ込みでした。

そして「あきる野座」でことし上演した、問注所対決の場。これは弾正一味の悪を訴え出た忠臣と、ピンチになった彼らを立て板に水の弁舌で救うヒーロー細川勝元のお話です。動きの変化のないせりふ劇で、しかも緊迫した場面。へたくそだとお客さんは寝ちゃう。こんな難しい出し物によくぞ挑戦したものです。(そんな私も「長々しき講釈」のところで一瞬寝てしまいましたが)さすがプロ!と感心したことは、つまらないことですが、このずーっと正座で座ってなきゃいけない場面。みんなちゃんと座っているではないか!「あきる野座」の人々は誰一人長い正座ができなくて、みんな“あいびき”(正座のとき足の間に入れてお尻を乗せる箱)を使っていたのに。

私も「絵本~」の十段目光秀の母役で、ず~っと座ってなきゃいけないのを(結構つらいです)やったことがありますが、あれは座布団の上だったからまだいいし、最後に死んで倒れこんで終わりなので、いくら足がしびれてもどうということはなかったのです。だけど、これは板間に正座で、長時間座ったあと最後に立って歩いて引っ込まなきゃいけない。これがみんな大変でした。現代人は長時間の正座が必要になることって、日常生活の中でそんなにないですからね。さすがプロの役者さん、と変なところで関心してしまいました。

が、山名公役の人、あまりせりふが入ってないようで、上手側の桟敷席からだと、屏風の陰のプロンプターがせりふを読んでるのが丸わかり!プロでもこういうことはあったんですね。

さいごの「刃傷」は立ち回りといい、弾正のかっこよさ(悪者がかっこいいという歌舞伎の不思議)はさすがでした。

今回、普段細切れで(ひとつひとつ独立してというべきか)上演されるものを通しで見て、このお家騒動のストーリーの全容がよくわかりました。でも、他のものもそうですが、歌舞伎ではどうして通しで上演されることが少ないのでしょうね。バレエだったらいやじゃないですか。白鳥の湖のオデットと王子の出会いのシーンのあとに、いきなり休憩はさんでドンキホーテのキトリとバジルの結婚式の場を見せられたら!あの話はどうなったのよ!って思いません?三幕構成で、ジゼル1幕と、くるみ割り人形2幕と、シンデレラの3幕なんて、そんなごちゃ混ぜ見たくないですよ。

今回も、このあとにまだ三津五郎の舞踊があったのですが、一体なぜ??通しでやるならこんな舞踊(失礼、でも内容のことじゃなく)入れないで、カットした「ままたき」の場面を入れたらよかったんじゃ??どうもよくわかりませんが、歌舞伎の世界って、筋を通すとか、筋をつなぐとか、そういうことは余り考えていない世界なんでしょうか。その時々の役者さんの華やかさとか、そういうものを中心に見せる世界で。でも、現代人向けに、もっと筋書きがよくわかるような通し上演をたくさんやってほしいと思いました。

ほんとに余談ですが、その前に息子の学校の芸術鑑賞会で、歌舞伎座に同じものを見に行っていたのです。「どうだった?みんな寝てなかった?」と聞いたら、イヤホンガイドのおかげで、みんな真剣に見ていたよとのことでした。「でもさすがに最後の舞踊は寝たでしょ」と言ったら、何と、その舞踊を一番真剣に見ていたというのです。それで、普段は使わないのですが、イヤホンガイドを久々に借りてみました。

聞いてびっくり!その舞踊の解説といったら、常磐津のちょっと色っぽい歌詞をそのまま現代語に訳してずーっとくそまじめに語っているのです。くるわ通いでなじみになった遊女との痴話げんかの内容とか、色事に身を滅ぼした男の身の上話で、14のときに隣の人妻から手ほどきを受け、それから裏のかみさんむこうのおばさんという遍歴の話。聞いていてふき出しそうになりました。子供たちにしたら、寝ているどころじゃなく、きっとびっくりして大きな目を開けて三津五郎さんの軽妙な踊りを見ていたんでしょうね。想像するとおかしくて仕方がありませんでした。先生方もきっと驚いたことでしょう。バレエでいえばロミオとジュリエット全幕のあとに、何かモダンのおちゃらけたやつを見せられたような感じで、もういいよってところですが、歌舞伎ではこういうのもありで、面白い世界なんでしょうか。

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2006年6月21日 (水)

国性爺合戦見ましたけど~。

国立劇場では6月、7月に毎年恒例の歌舞伎鑑賞教室というのがあります。これは私が学生のころからあったので、すごく歴史が長いものなんでしょう。特に7月後半は「夏休み親子鑑賞教室」ということで、とても安く見られるので結構利用していました。今年は、何だか今ひとつぱっとしない演目で、6月の方が面白いかなと思っていたら、「中学生のための」何たらかんたらでご案内が来たので行くことにしました。

国性爺合戦って、聞いたことがあるけど見たことはありませんでした。異国を舞台にスケールの大きい、血わき肉踊る感じを想像していたら、???もともと浄瑠璃なので、義太夫さんの語りにあわせて進行するものでした。一部が義太夫になるのならいいけれど、こう最初から最後まで純粋な義太夫狂言だとね~。おまけにご丁寧に舞台両脇に字幕が付くんですよ。(ちょっと慣れればわかるんだけど)後ろの席の高校生?大学生?の女の子たちが「字幕読むのに手一杯で舞台あまり見れなかった」などと言っているのが聞こえました。正直言って眠くなりました。楼門の場面も場内の場面も動きがあまりなく、細かい所作事も同じように見え、義太夫さんだけが熱演しているような。

それでボーっとしているうちに終わってしまい、うちの子が「えーっもう終わりなの」と言ったくらい、あまり迫るものがないままでした。歌舞伎をよく知る人ならともかく、多くの人がこういう状態だったのでは‥‥‥。大体「鑑賞教室」というのだから、しろうとの人に歌舞伎の楽しさを知ってもらおうというものでしょう。「初めて見た歌舞伎がこれなら、きっと退屈なものだって思っちゃうよね」というのが娘の言。もっとも兄の方は最初から寝ていましたが。

そのあと、場所を変えて例の「中学生のための‥‥」に参加しました。主演の松緑さんと、芝雀さんを迎えてのトークショーというか、こちらは結構面白かったです。素顔の歌舞伎役者を見るのは初めてでしたが、芝雀さんはいかにも歌舞伎役者という感じのソフトな物腰。一方の松緑さんは、そのまま秋葉原あたりを歩いている現代の若者という感じ(キャップを後ろ向きにかぶり、アロハシャツ姿)で、今さっき勇壮な飛び六法を演じた役者さんには見えず、驚きました。それに、本当によくしゃべる。歌舞伎は本来「傾く(かぶく)」という言葉からきたもので、奇抜な格好をする、とんでもなく目立つという意味だったとか、「今の暴走族とかギャルサーなんかの方が僕らよりよっぽど傾(かぶ)いてるよね~」とか。中学生向けにくだけて話してくれているのですが、その場にいた中学生はみんなまじめな雰囲気の“お子ちゃま”ばかりで(親にむりやり連れられて来たような)この傾いた「お兄さん」の話をぽか~ンと聞いている感じでした。

奇しくもここで聞いたのは、もともとの脚本の話。近松の原作では、当時の大陸に対する知識の乏しさからか、中国に対して差別的な表現があちこちに入っていて、(テレビのトーク番組だったら「ピーッ」っと鳴って発言が消されるような状態?)現代の日中関係を配慮して、そういうところを大幅にカットしてあるということでした。へー、それで何か平板なものになっちゃったんだ。現代的にするのはいいことだけど、原作の持つパワーというものがあるわけだし。

現代的というなら、何かよくわからないことがいっぱいあるのはどうするのでしょう。最初の楼門にしても、生き別れになった実のお父さんが現れたとき、階下の父の姿を手鏡に映し、絵図と見比べるシーンなんか、現代の感覚ではいらいらしちゃうよね。どうして「お父さ~ん!」といって身をのり出さないのでしょう。義太夫の言葉は尽くしても、身もだえするぐらいの所作では今の中高生には伝わりません。

それと、館の場面で錦祥女が自害するのはわかるけど、何でお母さんまで死ななきゃいけないかがわからない。(この会ったばかりの義理の娘を必死でかばう母が一番よかったんだけど)わかったとしても、自分の母が死にそうなのに平然と明朝再興を誓い合う主人公の気が知れない。その前に、死にそうな妹を放っておいてお着替えをするのも変だし、何よりお着替えの時間稼ぎの“チャリ場”は面白かったけど、よく考えると、この館の奥様が倒れているのには目もくれず、ひたすらユーモラスに演じるのは絶対おかしい!歌舞伎は写実じゃなくて様式だというのはわかるけど、理解に苦しみます。

長年やっている「歌舞伎鑑賞教室」で、どれだけの人が歌舞伎に親しんだか、それは数知れないと思います。でも、その中でどれだけの人が歌舞伎ファンになったかというと、現状は私が学生で見ていた頃とあまり変わっていないのではないでしょうか。「こんなものか」というのがわかっただけで、相変わらず「通の人の見る世界」という意識なのではと思ってしまいます。

実は3月に国立劇場でやった「小栗判官」、市川笑也さんの照手姫が見たくて、昼夜通しで行ったのです。でも、何だか期待はずれで‥‥‥。昼夜通しでと言いながら、昼の部と夜の部の間が2時間以上もあくのは許せない!歌舞伎座と違って国立劇場は回りに何もないじゃないですか。さんざん時間をつぶして見たのにいまひとつ。笑也さんは相変わらずきれいで、ちょっと冷たい感じがするものの、いかにもお姫様の気品を感じさせ、ファンとしてはよかったのですが。

やっぱりこれも現代の感覚とかけ離れているのです。もう大方忘れましたが、照手姫と小栗判官の絆が薄い気がする。そんなことはもうご存知、ということでしょうか。そういう表現なしでは、この二人が流浪しながらも添い遂げようとする必然性がわからない。それといいなずけを探しているのに何で居候になった家の娘と結婚するのよ!それで姫が見つかり破談になった娘がいやだと駄々をこねると、お母さんがその娘を殺してしまう。(いくら照手姫の家に恩があるとはいえ、ねぇ。)その娘はお化けになってやたら観客を怖がらせる、ってまるで変。最後の馬に乗っての宙乗りも精神の高揚がなく、別に宙乗りしなくても、という感じでした。

12月の歌舞伎座はすごく面白かったのに、国立劇場、しっかりしろよ、という感じ。3月のはともかく、もっとしろうとの感覚で見て演目を選ばないと「鑑賞教室」と銘打ってチケットを安くしたって逆効果じゃないでしょうか。何でも最初に見たイメージで決まるのだから。初めての人や中高生が見てもよくわかって、もっともっと面白い演目はたくさんあるはずです。伝統芸能とはいえ歌舞伎自身も多少は現代の感覚やテンポに変わっていってもいいと思います。歌舞伎座でも時々すごい斬新なのをやるようなので、歌舞伎座が「鑑賞教室」をやってくれればいいのに~。チケットを思いっきり安くして、ね。

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2005年12月 7日 (水)

12月歌舞伎座夜の部、見ました。

何かと忙しく、更新したくてもできない状態が続いています。12月3日、この日もあ~歌舞伎どころじゃないのにと思いながら、でも行きました。毎年12月は叔父が勤務する学校の貸切券の余りを譲ってもらって、親戚一同、年に一度の芝居見物をするのです。学校の貸切といっても2階席の一部だけでしょうか。それにしても回りに女子学生らしき姿はみたことがないのですが。

午前中立川に出かけると、街にはダウンを着た人がたくさんいて、そうだ、帰りは寒くなるからダウンのコートでも出そうかなと思いましたが、座席に置くことを考えてやめました。案の定都内に行ってみると、ダウンなんか誰も着ていないじゃない。銀座で浮かなくてよかった!帰りはとても寒かったけど。自転車のサドルが凍っていたのには驚きました。多摩地区との気候の差は、特に冬に顕著です。夏は都内も多摩も暑いのは同じなので。

歌舞伎座、やっぱり華やかでいいですね。国立劇場より、何か見る前から、華やかな気分がします。歌舞伎文字で演目が掲げられている入り口もそうですし、ロビーや階段の赤じゅうたん、見るだけでも楽しい売店、提灯が飾られた左右の桟敷席、何より客席でお弁当やお菓子が食べられるのがいいです。建て替えになるそうですが、この雰囲気はなくならないでほしい、そう思います。

さて、最初は「恋女房染分手綱」。子役の児太郎に感動。かわいさと、いじらしさと、馬子として育った多少世間ずれした賢さと、元は武士の子という気品とがみな備わっていて(解説書より。)、感動しました。子役独特の、一音づつ区切って言うせりふも、いつもはかったるいと思うのに、張り上げた声がかすれがちなのに涙し、一生懸命演じているのにも涙でした。農村歌舞伎みたいにおひねりでも投げたいような。もちろん重の井の福助もよかった。みているほうももどかしく、思い切り感情移入してしまった!現代でもあるよね。一緒に暮らしたくてもできない親子。重の井はバツイチのキャリアウーマンだから、つらいよね。

次の船弁慶ですが、何だかよく覚えてないのです。いつも舞踊ものは眠くなってしまうのですが、そして去年もとても楽しみにしていた玉三郎の「出雲の阿国」だったのに、眠ったのか全然覚えてない、これはいけない。今年こそよく目を開けて玉三郎の静御前を見ようと思っていたのに、たぶん寝たのです。静があまり幻想的だったから?というより能がベースになっているので、動きがあまりないんですね。特に新演出ということで、より能の幽玄の世界に近づけようとしているようで、高尚そうだけど物足りないような。母も叔母も、玉三郎が楽しみといってた割には寝てました。左右の二階三階の席の人も寝ているのが見えました。中盤で勘三郎の船頭がやってきて目が覚めました。

後シテの知盛の霊は、きっと凄いんだろうなーと期待していたら、やっぱり能っぽくあっさりしていて、恨みというよりは滅んだ平家の悲しみをすごく感じました。というのも、船という結界を作ってあるので、船に乗っている人は亡霊が現れても怖がる様子もなく、義経はただ勇敢に立ち向かい、弁慶に調伏された知盛の亡霊が去っていくときも、もうちょっと自分たちが滅ぼした平家に同情してよといいたいくらい平然としていたからです。去っていく亡霊が悲しそうに見えました。

玉三郎さんでよく覚えているのは、やっぱり舞踊ものじゃなくて、3年位前の12月の「椿説弓張月」の白縫姫。美しい白縫姫が琴を弾きながら雪の中、夫を裏切った武藤太の折檻をする場面、凄惨というか、美しいだけに身震いする程すごかったです。(それなのに、その後に出てきた、当時の勘九郎演ずるおばあさんが、あばらが見えて胸も垂れ下がっている老婆の肉を着ているのに、そこから出ている二の腕が妙にむっちりしていて、おかしくてたまらなかったのが「椿説弓張月」の印象になってしまいました。)

12月といえば、昨年の勘九郎としての最後の公演、「今昔ももたろう?」をみて、ぶっ飛びました。歌舞伎は伝統芸能といいながらすごい進化の可能性を秘めた演劇なんだと。ただただ笑い、うちの子供たちはあの鬼の踊りを家に帰ってもしばらく踊りまくってました。歌舞伎は本来民衆の娯楽のはずで、いくら芸術性が、といっても、今回のように見回すとあちこちで寝てる人がいるというのはちょっと‥‥‥。と思いました。

そうやって毎年12月に見ているわけですが、最後の「松浦の太鼓」はこの時期にはぴったりの忠臣蔵もの。勘三郎さんのおちゃらけたキャラクターが、どんな風に殿様を演じるのかなと思っていたら、意外にものすごく抑えているのか、さすが、大名の風格、気品を感じました。馬鹿殿様でなくてちょっと残念。

驚いたのは勘太郎です。すごくきれいじゃないですか。昨年の大河ドラマで超さわやかな藤堂平助を演じて、へ~と思ったのですが、女形も美しい。きれいだけど顔の細い七之助くんより、ふっくらしもぶくれで女形向きかも。そして何より声がきれい。歌舞伎の女形で閉口するのは、若い女を演じているのに、声ばかりはどうしようもないというか、それじゃ年増か老女でしょというようなお声の方が多いので。そのきれいな声でこれから女形もたくさんやってほしいです。

橋之助の大高源吾はほんとかっこよかった。この間の光秀といい、かっこいい役に恵まれていますね。事実かっこいいんだけど。でも、何か威勢がよすぎるというか、臥薪嘗胆の末、本懐を遂げたというふうには見えなくて、軽めでした。でも、妙にまじめな殿様が、笑ったり怒ったり、感じ入ったり。そしてそれに振り回される周りの人たち。見事かたきを討ち取った忠臣蔵のヒーローと、年末にふさわしい華やかな舞台でした。

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2005年11月10日 (木)

絵本太功記も見てしまった。

七赤吉方の効果が出たのでしょうか。年に1回くらいしか行く機会のなかった歌舞伎公演にまた行ってしまいました。しかも今度は家族で。国立劇場2階の一等B席だったけど、右端だったのが幸いして、花道の真ん中あたりまでばっちり見えました。もう一つ上の二等席(2500円)でもよかったくらい。今度からは二等にしようかな。何だか通になったみたい。歌舞伎座では通は三階席なんていうけど、実際歌舞伎座の三階は花道とかよく見えないじゃないですか。そこいくと国立劇場はよく見えると思います。

絵本太功記は、「あきる野座」で取り組んでいる演目の一つで、特に十段目は二宮歌舞伎から継承された型があり、旗揚げ以来上演を繰り返している演目です。他に、歌舞伎マニアの座長が浄瑠璃本から起こし自ら脚本を手がけた、発端、序段、二段、五段、十三段、があり、地歌舞伎としては全国的に見ても珍しい取り組みをしていると思います。昨年は私も、二段目に出演させていただきました。プロの歌舞伎では十段目以外は上演されていないと聞いていましたので、この通し上演を知ったときはもうぜひ見なくちゃと思っていたところだったのです。でも、せっかくだから実際「あきる野座」に参加している子供たちにも見せなくちゃということになったのですが、何せ上の子は日曜日も部活部活で、いつ空いているかわからない。それで結局、この日部活を休めるという前日になって、急に行くことになったのでした。家族で何か見に行くなんて何年ぶりだろう‥‥‥。子供が小さい頃は劇団飛行船とか、ぴっかり座なんていうのによく行ったけど、バレエを見始めたらそういうのはぱったり行かなくなったから。バレエはチケット代が高いので家族でなんて行ったことはありません。歌舞伎も今回が初めてです。まあそんなことはどうでもいいか。

序幕の二条城配膳の場から本能寺の場までは本当に息もつかせず、余分なことはなしに筋だけをストレートにいったので大変わかりやすい展開でした。(あきる野座では序段、二段の場面ですが、地歌舞伎らしくその部分だけでも何とか楽しめるように、ほかにいろいろな虚構・エピソードが盛り込んであるのです。)光秀が春長にいじめられ、謀反を決意するところから、本能寺の乱まで。ちゃんばらシーンまであって、すごい、これは地歌舞伎ではできないなと思ってしまいましたが、まあ別になくてもよかったりして。

そのあとの妙心寺の場というのがちょっと???でした。あれほど決意して天下のため横暴な君主を誅したのに、母親に責められると(その母はまるで乞食のおばあさんのようなかっこうでさっさと出て行ってしまった!)衝立に辞世文を書き、(実際に書いているのはすごいんだけど、書き終わるのを待っている側は退屈でした)切腹しようとしたりして。それを家臣と息子に止められ、改めてこれは世のためなんだと、また天下を治める決意を固めるわけです。衣装を改め、颯爽と馬上の人になった橋之助の光秀は、それはそれはかっこいいんですが、そこまでがスピーディーな展開だっただけに何で?という感じでした。

その後の瓜献上の場というのがまたちょっと何で?だったけど、息抜きとすればまあいいかな。でも、悪いけどあの久吉はやめてほしかった。もともと若輩者じゃないですか。学のある光秀に対して、アイデアと機転の秀吉であるはずなんだから、もうちょっと軽めの人がよかったです。というより、いくら歌舞伎でも年相応の人にしてよ。申し訳ないのですが。

いよいよ十段目、尼ケ崎閑居の場。これはよかったです。改めて太十といわれるこの段のすばらしさを感じました。そしてこんなに難しい演目だったのかということも。素人歌舞伎とはいえ知らずにやっていたのが恐ろしい!二宮歌舞伎の型では、農村歌舞伎らしくせりふにしてわかりやすくしたところが多いのですが、大歌舞伎では、とにかく義太夫をたっぷり聞かせて、所作で見せるのですね。十次郎と初菊のところとか、所作で心が伝わるというのが素人ではなかなかできないなと思ってしまいました。

特に出陣の準備をする初菊の兜引きのところ。あれは、十次郎のお着替えの時間稼ぎだと思っていましたが、とんでもない。(そうですよね、プロは早着替えなんてお手のものでしょうから。あきる野座では大変なんですよ。ここの裏方やったことありますが、おばさん4人がかりでてんやわんや。見ている方は延々と兜を引いている初菊をまだー、なんて超退屈な場面です)鎧櫃の中の小物や、太刀などを一つ一つさも重そうに、大事そうに取り出して奥へ運ぶ初菊。最後に兜をむせび泣きながら引きずるシーンは、やっぱりこの兜の重さは出陣させたくない初菊の気持なんだ、なんて今さらのように思ったりして泣けました。(最初にあきる野座で見たときは、いやいやというかだるそうというか、もういつまでやってんのよと思いましたが。あのシーンは退屈だからもう少し短くしませんかと提案しても裏方から反対されるので。)退屈どころか一番泣けるところだったじゃないですか。目からうろこというのはこのことでした。その後登場する光秀は、またかっこよかったのですが、最後に現れた久吉にまたがっくり。ここはあきる野座では一番決まるところですから。勇猛な加藤正清と、小さい子供たちが軍兵姿で槍を持って登場し、えいっとばかりにでんぐり返しをするところは、かわいいと評判のシーンです。そして正清、光秀、久吉の三人が見栄をきって幕となるところ、ここになんであの春長から譲り受けた赤い旗がないの?颯爽と旗をぱあっと広げる若々しい久吉がすてきなのに。ぶつぶつ。

それでも、よかったです。おもしろかったです。夫と子供たちは、あの初菊と十次郎がひどかったといってましたが。あきる野座ではこの若い二人は中学生か高校生が演じるのが普通なので、確かに顔を見るといくら白塗りしても、やっているのはおじさんだから仕方ありません。顔より義太夫の語りにそって身体で表現される心情を見てほしいのですが、そういう私もバレエをよく見るようになってやっと培われてきた部分なので、やっぱ双眼鏡で見ると年相応の役者さんがやってくれた方がなんちゃって。でも、さすがにみごたえがありました。4時間半も全然長くありませんでした。

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2005年11月 4日 (金)

貞操花鳥羽恋塚を見ました。

しばらく仕事と、その他いろいろなことに追われていたら、早くも11月になってしまいました。けっこうこれを書き続けるのも大変です。先月、書こうと思っていたのはまず国立劇場に歌舞伎公演を見に行ったこと。前に、年に1回ぐらいと書いたけど、今年はなぜかこれで2回目になります。

1回目は7月の親と子の歌舞伎教室で、義経千本桜の川連法眼館の場。この7月の歌舞伎教室は、とても安い値段で見られるので、子供連れにはうれしい企画です。ちょうど先週の日曜日にNHKの芸術劇場で放映していました。私の大好きな市川笑也さんの凛として美しい静御前をまた見ることができて幸せでした。狐の超人的な動きを仕掛けやアクロバットで見せる娯楽性の強い演目と思っていましたが、(その昔は猿之助さんの宙乗りがブレイクしましたね)このときは前から3番目という表情がばっちり見える席だったこともあるかもしれませんが、市川右近さんの狐忠信が切々と胸に迫り、泣けました。千本桜で泣けたのは初めてです。今回、またテレビで見たら、あのきりりとした静御前が、狐の一途な思いに触れ、途中からとても優しい柔らかな表情に変化していくんですね。2度感動しました。

それからこの間、国立劇場の10月公演の貞操花鳥羽恋塚の千秋楽に行きました。テレビで尾上松緑さんの崇徳上皇が天狗になって宙乗りをしているところをやっていました。斜交い?筋交い?の宙乗りとかで、客席を斜めに横切るのは珍しいそうです。それと、この演目は25年前に復活上演されて以来、通しではこれで2度目という非常に珍しい演目で、実はその25年前に、私は学生のときに見ているのです。平家物語に取材した奇想天外な物語と、鶴屋南北の舞台装置を駆使した怪奇の世界が思い起こされ、あ、これは見なくちゃ、と思っていると、何と半額の「得チケ」があって、超ラッキー。(これって七赤吉方の効果かなと思いつつ)

でも、行ってみると最終日にもかかわらず、けっこう空席がありました。長い興行だと、後半はリピーターが多くなると思うのですが、ということはあまり面白くないのかな、とまず思ってしまいました。内容は、例の25年前と、長い原作の通し狂言の中の、とる部分が違っていて、え、こんなお話だった?まあよく覚えていないこともあるけど‥‥‥。頼豪阿闍梨のくだりといい、崇徳院といい、何かテーマが、現代の感覚とそぐわないんじゃないかなと思ってしまいました。私個人でいうと、船井オープンに行って以来、EVAモードというか、この世はすばらしい愛の時代になりつつあると、そんな意識になってきていたところだったので、ちょっと違和感があって、感情移入ができませんでした。確かに屋台崩しから宙乗りまでの息もつかせない面白さというのはあります。隣の席の小母様方はしきりに「すごーい」を連発していました。でも、今の私としては、「この怨みはらさでおくべきか~」という情念がちょっとピントが外れていたので、ただのこけおどし的なものに感じてしまったわけです。

確かに、今の世の中、犯罪とか、虐待とか、25年前には考えられなかった乱れた世の中になっていると思います。でも、江戸時代の庶民や、歴史上の政治的弱者と違って、やり直しができない世の中ではない。それと、船井オープンとかにやって来るたくさんの人たち。明らかに、新しい、すばらしい世界を希求する人たちがふえているこの時代に、恨みとか怨念とかが、どの程度受け入れられるかというと??じゃないでしょうか。それよりは、親を慕い身もだえする子狐に泣ける方が自然だと思います。また、この宙乗りで終わればすご~い!ですんでいたのに、そのあとでとってつけたような表題の物語。さすがに5時間は長かったです。面白くなかったとはいわないけど、何か今の感覚にはそぐわないなと思い、改めて自分自身の姿勢の変化にも気づかされました。

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