バレエ大好き2009前半

2009年7月 5日 (日)

新国立劇場 「コッペリア」

先週、2月の「ライモンダ」以来の新国立劇場に行ってきました。去年は「カルメン」「アラジン」「シンデレラ」と見たし、最近は割と、私にしては新国、見ているほうです。会場の大きさもそんなに大きすぎず、後ろの方でも見やすいというのがいいところ。オーチャード・ホールや国際フォーラム・ホールAなどは「これでS席??」と言いたくなる、遠い遠い席までSであきれてしまいますよね。それから、新国は前の方でも傾斜があるので(フォーラムAなんか、11列目までまっ平よ!)人の頭が気になることもなくて見やすくて好きです。また、ゲスト公演でもチケットの値段は同じで、割安感があるのもうれしいです。Img

またまた大分時間がたってしまいましたが、29日にタマラ・ロホ&ホセ・カレーニョで、ローラン・プティの「コッペリア」を見ました。プティ作品は昔、熊哲とデュランテの「カルメン」と、テレビで「ノートルダム・ド・パリ」、あとは小品をいくつか見た程度でしたが、何となく敬遠気味でした。それでも、この「コッペリア」は古典を下敷きにうまく構成してあり、小粋でおしゃれな雰囲気もあって面白かったです。

≪第1幕≫
まず、舞台がとてもシンプル。1幕の街の広場は、普通の、スワニルダの家とコッペリウスの家が左右に向かい合っているような舞台ではありません。何か都会の路地裏のような雰囲気で、グレーの石造りの建物が正面にあり、上手に小さなドア、そして石のバルコニー(というより、ちょっとコワイ、落っこちそうなところ)そこがアパートのコッペリウスの部屋のようです。一般的な「コッペリア」に比べるとずいぶん無機質な感じがします。

正面の建物は兵舎なのか、その右半分からぞろぞろと同じ制服姿の兵隊さんが出てきたり、左半分からはピンクやブルーグレーのロングスカートの街の女たちが出てきます。街の女たちは頬に赤い丸を描いたおふざけメイクで、まるでフレンチカンカンみたい。スワニルダのお友達6人はボディ部分が花柄のチュチュ姿で、ロングスカートの女性たちに比べると、ちょっと若い女の子、という感じです。

チャルダッシュは、ここでは兵隊さんたちとドレスの女たちの踊り。これが、生身の人間というよりまるでお人形さんのような、人形劇を見ているような踊りなんですよね。あれをきっちり正確にそろえて踊るのは大変だと思います。それがすごく楽しそうで、踊りもピタッとそろっていて、こういうのって新国バレエ団の得意技かなと思いました。珍しく群舞に対する拍手がすごかったです。

街の人たちがおもちゃの兵隊とフランス人形のようなのに、なぜかバルコニーの正真正銘人形(人が人形を演じているのではなく、本物の人形)のコッペリアは、逆にドキッとするほどリアルでなまめかしい。黒いチュチュと赤いリボン、赤い唇が印象的。時折ぜんまい仕掛け、というよりラジコン?のように扇が動いたりします。

そう、主役の二人は‥‥タマラ・ロホのスワニルダは、めちゃくちゃ気が強そうな感じがしたけれど、意外にもかわいらしく素敵でした。カレーニョのフランツも、しょうもない浮気者なんだけれど、本人のどこか生真面目そうな雰囲気もあって、なかなか憎めない好青年になっていました。この二人のやり取りに、普通はマイムが多く使われるのだけれど、プティの振付けは踊りとマイムとに分けずに、マイムの部分も全部踊りに組み込まれていて、踊り=言語のように延々と続きます。スワニルダが麦の穂を持って踊る部分の曲が、二人で踊るパ・ド・ドゥになっているのだけれど、ここで二人の関係がはっきり見えるのです。

スワニルダはフランツが好き。何とか振り向いてもらおうとしますが、フランツはバルコニーにいるコッペリアの方に気を取られっぱなし。せっかくいいところまでいくのに、フランツにがくっとはずされます。そしてやきもちやきっぽく怒ってみたりするのですが、そういうやりとりがパ・ド・ドゥの中に表現されていて、ちょっと面白い。

そして、二人を見つめるコッペリウス。ルイジ・ボニーノのコッペリウスは、普通の偏屈な老職人とか、うさんくさい老科学者?ではなく、洒落者で上品な紳士といったところ。展開は同じように、若い兵隊たちにからかわれたりするうちに、部屋の鍵を落としてしまいます。そして、そのカギを拾って、スワニルダたちはコッペリウスの部屋に忍び込み‥‥一方フランツはコッペリアのいるバルコニーへ。こちらは梯子なんかかけたりせず、直接ロッククライミングみたいに壁をよじ登っていく!のでした。

≪第2幕≫
コッペリウスの部屋に忍び込んだスワニルダと友人たち。部屋の中はがらんとしているのだけれど、正面の棚には不気味な人形のパーツが‥‥。スワニルダたちがコッペリアを見つけ、こわごわ近づいてみると、それは何とスワニルダそっくりにつくられた人形でした。そのあと、コッペリウスが帰ってきて、みんな逃げていき、逃げ遅れたスワニルダはコッペリアのあった場所に隠れるのです。

実は、コッペリウスは近所に住む若いスワニルダに恋していたのか?そんなアクションも1幕にはありました。それが古典にちょこっとスパイスを加えている感じがします。それで、コッペリウスはスワニルダそっくりの人形をつくって、夜毎テーブルをしつらえ、キャンドルに火をともし、自分は黒いフロックコートに盛装して、人形を相手にシャンパンを飲んだりする秘かな生活を楽しんでいたのです。このろうそくの火も、シャンパンも本物。舞台上でシャンパンをポンと開け、ビシャビシャこぼれるのもおかまいなし。1幕の街の人たちはお人形のような動きで現実感なく踊るのに、こういうところはすごくリアリティがあるのです。

そして、シャンパンを二つのグラスに注ぎ、コッペリアにも飲ませ、丁寧に口元をぬぐってやるコッペリウス。さらに、人形と一緒にワルツまで踊っちゃう!‥‥おしゃれ、というか、おかしいけどよく考えるとすっごく不気味ですよね。超キモいオヤジ!

この「時のワルツ」の曲を使ったコッペリウスと人形コッペリアの踊りがまた面白かった。よく見ると肩に斜めに人形を支えるひもが掛かっていて、足と手もゴム紐のようなものでコッペリウスの手足にくっついているんだけれど、それが時にリアルに、時にあり得ないような動きをして、すごく面白かったです。結構長く、終わりの方はかなりのスピード感もあって、びっくりするくらい。ここが一つの見せ場だったのかな。人形とボニーノさんに拍手!

そのあとはフランツが忍び込んできて、眠り薬の入った酒で眠らされ、ふとした思いつきでフランツの生気?を人形に移そうという秘術?を始めるのは同じ。人形に化けたロホが本当に人形みたいで、大きな瞳を見開いたまま瞬きひとつしないのがまた驚きでした。

人形のふりをしてコッペリウスの魔術につきあうスワニルダと、本当に人形に命が宿ったと喜ぶコッペリウス‥‥それも古典と同じ。コッペリウスの部屋にはコッペリアのほかには人形は見当たらないのだけれど、ちゃんとスペイン風の踊りと、スコットランド風?の踊りも踊り、この場面はいつも感心するけど、スワニルダの独断場ですね。演技達者のロホが過剰演技にならずに、ごく自然に演じていたのがかえってすごかったです。

でも、だんだんとつきあうのも面倒になって、早くフランツを助けなければと思うスワニルダは本性を現します。無残にも衣装を脱がされたコッペリアを見て、フランツは本当に自分が好きだったのはスワニルダだったと悟り(?プログラムにこう書いてあった。ずいぶん調子いいのね)二人手をつないで逃げていってしまいます。残されたコッペリウスは、部屋の中をめちゃくちゃにされた上に大事な人形まで壊されて呆然。

古典では3幕になりますが、ここで場面転換があって、もとの1幕の広場になります。街の女達と兵隊さんたちが踊る中に、今逃げて来たばかりのフランツとスワニルダが加わって大騒ぎのうちの大団円。そう、あけぼのとか、祈りとか、仕事とかいうディベルディスマンは一切ありませんでした。まあ、鐘落成のセレモニー自体がないわけだから必要ないといえば必要ないですけど。

スワニルダとフランツのパ・ド・ドゥは、通常スワニルダのヴァリエーションとして踊られる曲だったかな。そのあとすぐにコーダになり男女のヴァリエーションはありませんでした。でも、それまでも結構主役二人が踊る場面があったので、もの足りない気はそれほどしませんでした。

ロホはスタイルはそれほどよくないので、新国のメンバーの中に入ってもザハロワほど飛びぬけて目立つことはないのだけれど、やはり「押し出し」というのか、そういうものが強く、確かなテクニックも加わって、ちょっと小柄にもかかわらずどっしりした存在感を感じさせました。

カレーニョはもう、よく飛びよく回る。それも一生懸命というのではなく、軽~くやっている感じなのに、一つ一つが丁寧だし、正確なのがすばらしい。もうかなりベテラン?マラーホフと同じくらいだと思うけれど、全然まだまだ大丈夫!という感じがしました。大柄で、どちらかというとがっちり体型なのにちっとも重く感じない。何年か前に見たゼレンスキーもそうだったなあ~なんて思い出していました。ゼレちゃん、あなたは今いずこ??

スワニルダとフランツもおさまるところにおさまってめでたしめでたしなのだけれど、最後、お祭り騒ぎのような喧噪が去ったあと、舞台の片隅で、壊れた人形を抱えているコッペリウスに、ちょっとホロッときてしまいました。それまでのスピード感あふれた展開が、ここでちょっとしんみりするのです。若さという特権を持った連中に置いてきぼりをくった初老の紳士。何だか自分も置いてきぼりを食うほうの年代になってきているので、こんなせつない終わり方は涙が出ちゃう

ボニーノ演じるコッペリウスは、粋でおしゃれだけれど、何だかいじらしいんですよ。そりゃ好きな女の子そっくりの人形なんかつくって、夜ごとダンスをしたりするのは変態っぽいけど、それは孤独で気ままな彼の生活の中だけのことで、誰にも迷惑はかけていない。それなのに、若いというだけの奴らにその甘い生活をめちゃくちゃにされ、大事な人形まで壊されて、おまけにひそかに思いを寄せていたスワニルダには見事振られちゃって、もう踏んだり蹴ったり。でも、それが哀れっぽくならないで「ホロリ」程度に笑い飛ばせちゃうのは、ボニーノの演技ならではか、この作品の持つエスプリ?なんですね。

そう、古典の「コッペリア」は、スワニルダが性格悪そうで、余り好きではありません。踊り満載で音楽も楽しいし、バレエということでは面白い作品なんだけれど、その根底にあるものを思うと不気味だったり、残酷だったりします。何で孤独な老人を偏屈だというだけでいじめるのか。音楽もダンスもひたすら明るいけど、そこには若さのもつ傲慢さにあふれています。その辺が、プティ版ではコッペリウスのリアルで暖かい生活ぶりと、まったく現実味がなく、コッペリアよりも人形っぽい街の若者たちとの対比によって表現され、ちょっぴりのアイロニーも感じられます。

それから、ほろ苦い結末も、古典版の、お金をもらってまあいいか‥みたいな終わり方より、ずっと心に残りました。ピーターライト版の、最後に奇跡が起こるようなファンタジーでもない、酷な現実のまま‥‥こんな「コッペリア」もあったのね~。最後、一人たたずむコッペリウスに、ちょっと涙しながら感動してしまったのでした。

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2009年7月 1日 (水)

バレエフェス「秘蔵記録映像上映会」

昨日は、ココログのメンテナンスをやっていたようでログインできず、終了後も写真がアップできなかったり、絵文字が入らなかったりといろいろありました。その中でショックだったのは、延々と書いたのに、アップしようとしたらいきなりのトラブル!
それで全部消えちゃった

前は変なところをいじってページが戻って消えたりしたけど、最近ではページ移動する時に「まだ保存していませんがどうしますか」みたいな警告が出るので、いきなり消えちゃうことはなくなっていました。でも、何かメンテナンスがらみのトラブルだったのでしょうか?久々に大ショックでした もう立ち直れない と言いつつ懲りずにまた書いているのですが。

さて、行きたいけどチケット高いし、見たい人もいるけどけど、見たくないような演目もあるし、まだ迷っているけど、たぶん行かないだろうと思うことしの第12回世界バレエフェス‥‥ そう思っていたら、バレエフェスの過去の記録映像を集めた1日限りのこんな企画があったのです。私は昔のことはわからないから懐かしくもないので、そんなに行く気はなかったのだけれど、誘われたので見てきました。090628_155202

ロビーには衣装や今までのプログラム、出場者のサインなどが展示されていました。見ていたら私の好きなルジマトフも、ニーナ・アナニアシヴィリも、91年開催の第6回に出演していたのですね。ルジマトフはAプロに「ドン・キ」、Bプロに「海賊」を踊っているようです。あ~私がバレエのバの字も知らなかった時代、さぞや華々しかったでしょうね。当時28歳のルジマトフ、そしてニーナ‥‥見たかったなあ~。

上映会が始まってすぐに気が付いたのですが、これって結構つらいかも‥‥というのも、音量が極端に小さいのです。もちろんシ~ンと静まり返っているので音楽は聞こえます。でも、それ以外の音も聞こえてしまう。姿勢を変えたりするとガタガタいうから、じっと前を見るだけで微動だにできない感じ。咳が出そうで苦しくなるし、おなかが鳴りそうで心配だし、かなりつらい鑑賞となりました。

それと全27演目と、数だけはたくさんあるけれど、全部が2~3分に編集されていて、いいところでブチッとキレて次にいってしまうんですよ。見入っているところで「はい次!」とばかりに変わってしまう。これにはかなり欲求不満になりました。

それでも「秘蔵」というだけあって面白かったです。ただ、前回の第11回が5演目もあったんですよ!これって「秘蔵」?一緒に行った友人は、きっと今回の宣伝のためだろうと言ってましたが、セレクトした出演者を見てもそんな感じがしました。どうせ「秘蔵」というなら、もっと昔の、珍しいもののほうを多く見せてほしかったです。

特に印象に残っているものをいくつか。
まず1976年の第1回、何と33年前ですね。既に歴史上の人物のようになっているマーゴフォンティーンの「ロミオとジュリエット」。聞き慣れない曲だと思ったらベルリオーズの曲でした。このときもう結構な年齢だったと思うけれど、フォンティーンという人がどういう魅力をもってバレエ界に君臨していたのか、何となくわかる気がしました。夢みるような表情が素敵でした。

それから、第2回(79年)のプリセツカヤとジョルジュ・ドンの「レダ」。ベジャールの作品です。和楽器の音楽、バックには大きな丸い鏡。この異質な二人と、異質な背景の組み合わせがすごかったです。プリセツカヤはレオタード姿で「瀕死の白鳥」を踊ります。その腕の動きのすごいこと。それからドンの圧倒的な存在感。あれは一体何だったんでしょうね。

マクシーモワとワシーリエフの「ドン・キホーテ」も印象に残っています。小柄なマクシーモワが可愛い顔をしてきっちりとした技を繰り出す。ワシーリエフも負けずに、力強くダイナミックな踊り。何か今の人たちとはスピード感が全然違うみたい。これって早送り?と思っちゃうくらいでした。

第3回(82年)の圧巻はジョルジュ・ドンの「ボレロ」。本当に、ドンの爆発的なエネルギーはすさまじい。伝説ですね~。生で見ていたらどんなだったんでしょう。「愛と哀しみのボレロ」という映画を見て、私の友人がドンの大ファンになり、当時「ジョルジュ・ドンを見に行かない?」と誘われたことがあったのです。でも、私もまだ学生だったし、バレエといえば高校の芸術鑑賞会で松山バレエ団を見ただけだったし、特に興味もなかったので「バレエなんて、私はいいよ~」と断ってしまったのが、今となっては本当にうらめしい 

第3回はもう一つ、エヴァ・エフドキモワとペーター・シャウプスの「海賊」。まず、エフドキモワという人を見て、いきなり「何者!?」と思いました。ヴァリエーションは普通のメドーラのヴァリではなくて、ちょっと聞きなれない曲でしたが、最初のアチチュードのところでもう、その思いきりのよさと現代的なほっそりとしたプロポーションに目を奪われました。一瞬キラキラっと光ったような気がしたくらいです。あとでどういう人が調べたら、何と今年4月に60歳で亡くなられていたのですね。日本のバレエ教室にも招かれて教えたりしていたようで、この夏、ご縁のあった団体では追悼公演なども催されるようです。本当に素敵なバレリーナだったと思います。

第4回(85年)のマリシア・ハイデとリチャード・クラガンの「オネーギン」も素晴らしかった。例の、タチアーナが手紙を書きながら眠ってしまったときの夢で、鏡の中から現れるオネーギンと踊る情熱的なパ・ド・ドゥです。このときのハイデも、年齢的にはかなりベテランだったと思うけれど、本当に初々しい少女の、何も知らないだけに空想だけは大胆になるような、そんな少女そのものなのです。これも、短く編集されていたのが残念。せめてこれだけでも全部見たかったです。

同じく第4回、モニク・ルディエールとパトリック・デュポンの「ドン・キホーテ」。これが一番受けたと思います。素晴らしいバランスを見せるルディエールもさることながら、何といってもデュポンの、笑っちゃうぐらいの超絶パフォーマンス!これには映像であるにもかかわらず会場から拍手が起こりました。とにかくスピードがすごい!びっくりしました。デュポンって、ブルメイステル版の「白鳥の湖」の映像でしか知らなかったけれど、すごい人だったんですね。パリオペには珍しいタイプの人だったのではないでしょうか。

第5回(88年)のシルヴィ・ギエムとマニュエル・ルグリの「グラン・パ・クラシック」もよかったですが、残念ながら伝説の黒いレースの衣装のものではありませんでした。ギエムもちょっとすごさが足りないような‥‥。ルグリとの組み合わせもまだ「優等生」という域を出ない感じ。このときどちらも25歳ぐらいだったんじゃないでしょうか。

そして第5回の「特別プログラム」という「白鳥の湖」。出演者が主要な役を交代で演じているもの。ここでもまたデュポンがすごかった!道化役で踊っているのだけれど、これ見よがしの超高速回転!さらに回転中に手を上げ下げしたりするまたまた笑っちゃうくらいの超絶パフォーマンスにまたもや大拍手。私はご縁がなくて、デュポンもまた「見られなかったのが残念!」という人の一人になりました。

ルジマトフも出演した91年の第6回からはニーナ・アナニアシヴィリとアンドリュス・リエパの「ライモンダ」でした。当時28歳のニーナはまだまだかわいらしい。そして白マント激似合い、サラサラ金髪のリエパは見るからに王子様で 本当にうっとりしちゃいました。

ほかには、私がバレエを見始めた頃の2000年の第9回、フェリとマラーホフの「マノン」とか、第10回(03年)コジョカルとコレーラの「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」ギエム&ル・リッシュの「優しい嘘」などがよかったです。あとは、ちょっと眠くなるようなものもあったり‥‥ギエムの「TWO」は見たことがあるけど、四角いライトの中で踊る、後半手だけが光って見えるような、ああいうパフォーマンスは生舞台ならではのもので、映像で見ると暗くて何が何だかわかりませんでした。あと、ルグリとオレリー・デュポンの「扉は必ず」も、確かルグリガラで見ましたが、あのスローモーションのような演目も、生ならいいけど、映像で見ると退屈でした。

終わってから誘ってくれた友人と長々と話しました。実はそれがメインだったのです。私のまわりにはバレエファン皆無状態だったのですが、最近ひょんなことで知り合った方で、もう昔からバレエを見ている人。当然私は知識面で太刀打ちできそうもないし、また好みもちょっと違うようなのですけど、話していくうちにだんだん共通の見解?が見えてきました。

それはやっぱり、私は知らないけれど、バレエブームの1つのピークは90年代だったということ。今回の上映会ではちょうどその辺りが少なくて残念だったのです。ギエムやルグリが一世を風靡した時代。マラーホフが、フェリが最前線で輝いていた時代。私にとってはニーナやルジマトフの全盛期。また、ソ連が崩壊したこともあって、ロシアのバレエ団が次々に来日した贅沢な時代。日本の熊川さんや吉田さんが海外で華々しく活躍し、一般人のバレエに対する認知度も上がった時代。何かそのすごい時代に、私は何も知らなかったことが返す返すも残念です。まあ、私がバレエを見始めたきっかけは、そんなバレエブームに乗って友人の子供がバレエを習い始め、それを見てうちの娘もバレエをやりたいと言い出した‥‥そんなわけで私にも、その90年代の余波が回ってきたと思えば納得できるような気もするのですが。

その頃活躍した人は、すでに引退したり、大ベテランの域に入っている人ばかりですが、これに代わるものを持っている人はなかなか見当たりません。こんな人たちが綺羅星のごとく揃っていた時代なんて、これからまた来るのでしょうか。ギエム、マラーホフ、ルグリ‥‥これからはこういう人たちの引き際を見守っていくことになるんでしょうね。

それで、8月のバレエフェスですが、私はどうも触手が動かない。その友人はもうクラシックを踊らなくなった彼らを淋しく思いながらも、昔のよしみで?見に行くそうです。もうすぐ第2次発売ですね~

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2009年6月20日 (土)

ルジマトフ 最後の「バヤデルカ」‥だって?!

Simg_2 あ、あ、あ、こんなことがあっていいのでしょうか?
まだ7月の公演もあるというのに、気持ちはすっかり来年のお正月明けにすっ飛んでしまいました。来年1月、何と
あのルジマトフが再び全幕を踊るのです!うれしい~!

7月に予定の「シェヘラザード」も素敵ですよ。「阿修羅」だって、もうこの上なく美しい。でも、やはり彼の真骨頂は全幕物で紡ぎ出す物語。演技とも素とも区別できない役への深い入り込み具合だと思うから、また日本で「バヤデルカ」のソロルの物語を奏でてくれること、それはファンにとってはこの上なくうれしいビッグニュースでした!

芸術監督になって、クラシックを踊らなくなって何が一番淋しかったかというと、この全幕を演じる姿がもう見られないのかということでした。だから、この知らせを耳にした時はもう夢かと思いましたよ。DM、私のところにはまた届くのがとても遅かったのです。先週から届いている人もいるのにやっぱり話に聞いていていても、HPにアップされていても、手元にお知らせを見るまでは‥‥(?)こんなに待ち望んだDMというのもなかったかも‥‥!?昨日、無事届きました待ってたよ~。

2年前(というか、3シーズン前)に、私が見て完全に陥落してしまった舞台の数々は、あれが最後の「海賊」、最後の「白鳥の湖」、最後の「ジゼル」、最後の「バヤデルカ」になってしまったのかと淋しく思っていたけれど、そうじゃなかったんですね。これはやはりプロモーター側が相当努力というか、説得をされたんじゃないでしょうか??一昨年の芸監就任時に「もうクラシックを踊るのは難しいだろう」などと本人が宣言したときは、本当にショックでした。

確かに、「海賊」も「白鳥」も、すでにそれより何年も前から日本でしか踊っていないという状態だったようですし。「海賊」のアリは若手花形の踊る役だし、「白鳥」のジークフリート王子も20歳の誕生日という設定です。だから、というわけではないだろうけど、ご本人も‥どうだったんでしょうね?何だか複雑な気がします。かといって、コンラッドやロットバルトをやれるかというと、そうもいかないでしょうし。

やっぱり今、何か一つ全幕で踊るとなると「バヤデルカ」なんでしょうね。「バヤデルカ」のソロルは、「海賊」のアリ、「シェヘラザード」の金の奴隷と並んで、はまり役ですからね。「栗塚旭=土方歳三」みたいなものです。彼はプライベートでもインドを旅しているということですから、この役に対する思い入れはまた格別なものがあるのでしょう。

事実、私は生ではルジマトフのソロルしか見たことがありませんが、映像ではいろいろ出ています。イレールとか、ムハメドフとか。あと、ボッレみたいなヴィジュアル的にも美しいソロルはいます。だけど、どれを見てもソロルってほんとに情けない男なのよね。その超情けない男を、人間の業や愚かさも含めて、この上なくせつなく、哀しく、この上なく美しい愛の物語として演じきるルジマトフ。。。あ~ほめすぎ?

一方、「バヤデルカ」のソロルは演技的にも難役だけれど、踊り的にも1幕から出ずっぱりでかなりハード。特に2幕の婚約式の華やかなヴァリエーションは、もうブルーバード以上にジャンプの連続で‥‥正直大丈夫かなという思いはあります。何か、私って見ていても全く気付かなかったのだけれど、前回の「バヤデルカ」のときにはこのヴァリエーションを省略したということで非難もあったといいます。そんなことまでして主役を踊るのか‥‥というか、ファンとしてはそれでも見たい!というのがホントのところですけどね。

自分で満足するものが見せられないなら、省略するのが潔いのか?それもわかりません。事実、好きなダンサーで、もう引退したほうがよくない?‥‥なんていう踊りを見るのはたまらないと思います。まあ、ルジマトフの場合はそんなことは絶対ない!これを受けてくれたということは、やはり彼にとっても大きな挑戦だろうし、きっと奇跡のような舞台を見せてくれることを信じています。

あと、私の希望としては「ジゼル」をぜひもう一度見たい。あの、ジゼルが花をバラバラ落とすところで涙があふれて何が何だかわからなくなっちゃった2年前の「ジゼル」。あの感動をもう一度!でも、踊ってくれるなら本当に何でもいいです。チラシにも最後の「バヤデルカ」とは書いてあるけれど、これが最後の全幕主演とは書いてないみたいですから。まだ期待はできるのかな?

ファンとしてごく新参者の私が言うことではないと思いますが、過去の映像などを見るにつけ、ルジマトフは技術的にはものすごく若いうちにピークを迎えてしまったダンサーだと思うのです。DVDになっている86年(26歳?)の「ドン・キホーテ」の3幕のヴァリエーションなどは本当に見事と言うしかない。天才的!パの正確さ、ジャンプの高さ、のびやかさ、ダイナミックさなど目を見張るばかりです。だけど、30代になるともう既にピークを過ぎた人のような言われ方をして、私が初めて見た2000年(37歳)でも、こんなものかなあ(超ごめん!!)と思ったくらいでした。

でも、「ルジマトフ四大傑作選」というDVDには、2000年以降の舞台が断片的に入っているのですが、それを見るとまた違った感動を覚えます。月並みに「表現力」といったらいいのか、独特の雰囲気といったらいいのか、全身から匂い立つような香気というのか、いわゆるオーラですね。そんなものをそれこそ何重にも身にまとって神々しいばかり!

以前テレビで放送されたイヴリン・ハートとの「ジゼル」なんて、ハートは当時50近い大ベテランだったと思うし、ルジマトフも調子はおもわしくなくてヴァリエーションの振り付けも変えていたりしますが、そこから醸し出される詩情というか、魂の物語は何度見ても引き込まれます。技術的にすごい人はこれからもたくさん出てくるだろうけど、こういう心を打つ物語を踊れる人はそうそう出てこない‥‥私はそう思います。

来年はニーナも「ロミオとジュリエット」をひっさげてやってくるし、本当に楽しみルジ様ももうすぐ46歳の誕生日ですね~。ニーナも同い年。思えば私がバレエのバの字も知らない頃に、この大好きな二人がペアになって「ドン・キ」のグラン・パなどを日本で踊っていた夢のような時代があったんですね。あ~何だかわからないけど、見れなかった時間が恨めしい。その分、大ベテランになった彼らを絶対に見逃したくないと思っています。

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2009年6月 5日 (金)

ときどきつぶやきたくなるもので‥‥。

ついくだらないバレエの話が多くなってしまっていますが、それは私がバレエが好きだからというのもあるけれど、周りにバレエについて話す人がそんなにいないからです。娘の教室のお母さんとか、ママさんバレエの仲間に気の合う人もいるけれど、何というか、そんなに皆さん公演を見たりしないのですよね。逆に私があれも見た、これも見たというと「よくそんなに行けるわね」と言われる始末。

だから、たまに「見るほうのバレエ」について話せる友人に会うと、お互いに止まりません。この間も半年ぶりに会ったバレエ友達と、ちょっとランチのつもりが何時間も(半年分?)しゃべってしまいました。あ~楽しかった。でもそれはごくたまにだからいいので、日常的には、くだらないことをだらだらとここに書いているわけです

周りの人にはバレエばっかり見ているように思われているけれど、世の中のバレエファンに比べれば全然見てないほうですよね~。現に、今手元にあるチケットは、7月の「ルジマトフ&レニングラード国立バレエのソリストとサンクトペテルブルクのダンサーたち」(って、いつの間にこんなに長い題名になったの?)と、親子バレエ祭りだけなんです。

きょう、NBSからDMがきました。「世界バレエフェスティバル」は、顔触れは超豪華だけれどチケットは高嶺の花!どうしようかと躊躇していたら出遅れてしまいました。それが、もう各出演者の踊る演目も決まって、7月4日から第2次発売をするそうです。各前売り所からの回収分とキャンセル分を集めて発売するそうですが、予定プログラムを見ても何だかいまひとつ、「これがどうしても見たい!」というのがありません。

もう今年絶対見なくちゃというのがルグリとギエム。でも、演目を見るといまいち触手が動かない。マラーホフもね~。それでしばらくチラシとにらめっこをしていたのですが、なぜかそのあと衝動的にパソコンに向かい、ついチケット買ってしまったのがNBAバレエ団の「ゴールデン・バレエ・コー・スターガラ」でした!

どんな公演か全然知りません。何か、前に見た人の話だと、NBA系の教室の生徒たちも出て発表会のようだったということですが‥‥。だけど、よく見ると出演者の中にエフゲーニャ・オブラスツォーワと、オクサーナ・クチュルクがいるではないですか。

オブラスツォーワは昨年の「ルジマトフのすべて」に登場して、コルプとチャイコフスキー・パ・ド・ドゥを踊りました。あのコルプがかわいらしく見えちゃうほど、一緒に踊ったオブラスツォーワの愛らしさに釘付けそしてそのあと「マリインスキー・バレエのミューズたち」というDVDを見てますます好きになっちゃいました。あのDVDに出てくるファンのおばちゃんたちみたいに楽屋におしかけて、お花を渡して抱きしめたいわ~。

それからクチュルクは、レニングラード国立バレエにいた頃から見ているけれど、昨年「中越沖地震チャリティ・ガラ」で踊った「ロミオとジュリエット」に本当に感動してしまいました。

その、今大好きなバレリーナの二人までが出るのだから、そっちをまず見なくちゃと思い、どんな公演か調べていたら‥‥何とSS席で2日見てもバレエフェスより安い!見たらまだそこそこの席があったので衝動買いしてしまいました 知らないぞ‥‥友人が言ってたみたいに発表会みたいでも、目的はこの二人のバレリーナだから、文句は言うまい。。。

ということで何も考えずに買ってしまったのですが、よく考えたら「ルジマトフ&レニ国」の2日間の直後の2日間。この連日の外出が主婦に工面できるのか‥‥まあ、夏休みも始まっていることだし、何とかなるでしょう(かな?)

夏休みには、ことしは娘の発表会がないかわりに、相模湖のイベントがあります。もうオーディションは昨年12月に済んでしまっているので、その時受験生だった娘は参加できませんでした。でも、知り合いが何人か出るし、たぶん教室でまとめてチケットを売るので行くことになると思います。

最近になってまた検索で、私の過去の記事にヒットした方がぽつぽつといらっしゃるようなのでご紹介しておきます。ことしは8月8日(土)、9日(日)の2日間。演目は「眠れる森の美女」です。
「さがみこ野外バレエフェスティバル」
2年に1回ということで、一昨年始まった、夏の相模湖畔の公園の特設ステージで行われるイベント。バレエ衣裳のレンタルで有名なアトリエヨシノさんの本拠地が相模湖町(現在は相模原市)にあることから、アトリエヨシノさんの提唱で一昨年は行われ、これを地元の文化の活性化、まちおこしとして定着させようということで続けることになったということです。

何といっても夜の相模湖をバックにした幻想的なステージがいいです。さすがに衣裳屋さんの地元だけあって、出演者の衣装は全部この公演のための新作で、一昨年の「白鳥の湖」のときは、野外で空気が澄んでいることもあるのでしょうが、照明に映える衣裳の美しさにただただ見とれてしまいました。

出演は酒井はな、李波、その他です。ソリスト級はプロのダンサー。コールドは地元または関連教室からのオーディションの生徒が勤めます。プロのダンサーと同じ舞台に立つことで、出演が決まった子には本当に良い勉強の場が与えられることでしょうね。

ただ、私は見なかったけれど3月のバレエ協会の「眠れる森の美女」で、最終日のキャストがこれと同じ酒井はな、李波だったのですが、さすがに40代半ばに入った李波さんの出来はいまいちだったそうです。ほんとに立っているだけで王子様という、うっとり見入ってしまうような存在だったのですが。私もファンだっただけに、そういう評判を聞くのは残念です。8月はどうかなあ。確かまた李波さんの振付・演出になるはずです。振付・演出・そして主役も演じる頼もしさはうれしいけれど、大丈夫かな?というのもあります。これはお祭りだから、細かい技術を云々する人もいないとは思いますけどね。

それから、まだチケットは買っていませんが、8月21日~23日に「国際ファミリーフェスティヴァル」として日生劇場で行われるスターダンサーズバレエ団の「シンデレラ」。今回は新しいキャストも登場するそうです。でも、よくわからないけれど、チケットは幼稚園や小学校を通してチラシが配布されでいるようで、そちらが優先?なのか、バレエ団のほうからのご案内は何も来ていません。もし行くなら早くチケット買わないと!とは思っています。

夏もまた楽しみなことがたくさんありそうです。まずはルジマトフが見られるのが本当に待ち遠しいです!それから、とりあえず7月3日までに「世界バレエフェス」に行くか決めなくては。プログラムと、日程と、それからお財布とよく相談して!

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2009年6月 2日 (火)

「ロミオとジュリエット」 2

順番に思い出していたらこんなに長くなってしまいましたが、実際どの程度覚えているか怪しいところもあります。旅芸人の劇中劇も、1幕だったか2幕だったかほんとのところ自信がありません。(前回、1幕と書いてしまったけれど、あとでプログラム見るとどうやら2幕みたい‥)でも、2幕の最後、キャピュレット夫人がティボルトにすがって、まるで狂人のように嘆き、泣き崩れ、それをキャピュレット公に抱え込まれ、引き離される場面だけは本当にすごい迫力で、一番印象に残っていました。「ロミオとジュリエット」でこの場面が一番印象に残ったなんてちょっと異常かもしれませんが、実は前にクランコ版を見たときも、同じ場面が強烈な印象で残っていたのです。あのときのキャピュレット夫人は確かマリシア・ハイデでした。

≪第3幕≫
舞台を無言で通り過ぎる黒いシルエットのようなティボルトの葬送。今までの世界が一転してしまったことを表しているようです。

ジュリエットの部屋では、追放されたはずのロミオが秘かに訪れ、別れを惜しんでいます。これからしばらく別れて暮らさなければならない。辛い中での一瞬の輝き。ロミオは心を残しながら、意を決して去って行きます。

ティボルトが死んだことでにわかに、ジュリエットはキャピュレット家の後継ぎとしてパリスとの結婚を急がされる立場になってしまいました。もう恋に夢見る少女ではいられない。普通多くの版では、最初の無垢な少女から、愛を知って大人の女性に変貌していく様子を描きますが、このノイマイヤー版では、ジュリエットはあくまでも少女のままです。ジュリエット役のスザンネ・グリンデルは透明感のある美しさで、16歳の少女のままのジュリエットを好演していました。

パリスとの結婚は絶対できない!拒絶されるパリス役の人もルックスかなりいい人(数少ないイケメンですもの)だけにかわいそう。どうしたらいいの?両親とパリスが去った後、ジュリエットはものすごい勢いでぐるぐると舞台を走ります。もう、ただ走らずにはいられないというように。それだけでジュリエットのせっぱつまった心の叫びが伝わってきます。そして走って、走って、そのスピード感のままロレンスのもとへ倒れ込みます。そう、若くて美しい、ロミオの親友のロレンス神父に。

ロレンスはしばらく考え、ためらいながらもジュリエットに(自分が開発した??)秘薬を授けます。その薬の効能の説明として、後方で例の旅芸人たちが何かを演じています。これは全くの幻想なわけですが。薬を飲んで倒れる女。そのあと男がやってきて、女を抱き起し、女は目覚めハッピーエンド。‥‥いや、そんなにうまくはいかないでしょう?怖い!でももうそれしかない。ジュリエットは意を決して薬を受け取ります。一縷の望みに微笑みさえ浮かべて。

帰ったジュリエットは、相変わらずパリスには触られるのも嫌という感じ。普通、ほかの版のこの場面は、薬を飲む決心をした後はかなり大人の分別になって、親の言うとおり結婚すると言い、パリスにもそれなりに接していたように思うけれど、ノイマイヤー版のジュリエットはあくまでも少女のままで嫌なものは嫌。それがやっぱり若さ、未熟さなんだよね‥‥。

どこの場所だったか記憶が定かではありませんが、このあたりに入っていたと思われるジュリエットとロミオの踊り。(プログラムには「ロング・ディスタンス・パ・ド・ドゥ」と書かれていました)ソロでもなく、パ・ド・ドゥでもない不思議な心象世界を描いています。遠くにいるロミオを思って、不安の中で踊るジュリエット。その後ろを影のようにシンクロして踊るロミオ。遠く離れた二人が、魂のレベルでそっと寄り添っているのを見せる印象的な演出がすばらしい。このあとのすれ違い、悲劇的な結末を思うと、この淡々とした、静かな美しさに涙が出てしまいました。

いよいよ物語はクライマックスへなだれ込みます。ドラマチックだ~。ジュリエットは薬を飲み倒れる。朝が来て、両親、乳母、パリスがやってくる。その後の展開は急激にスピードを増してきます。

旅芸人の一座に紛れ込んで、幌馬車で失意の旅を続けるロミオ。そこへジュリエットの死を知らせる使いが‥!ロミオは動転して道を引き返すため走り去る。その直後に慌てふためいたロレンスが息せき切ってロミオを探すけれど、もうロミオはどこにもいない。とんでもないことになってしまった!ロレンスの書いたシナリオは不幸にもすれ違ってしまったのでした。ロレンスが若く設定されていて、この過ちが若気の至りのようになってしまったことがまた何ともせつないです

埋葬されたばかりの墓場にやってきたロミオ。眠るようなジュリエットを抱き起そうとするけれど、虚しく手の中から崩れ落ちるジュリエットの身体。何かこの場面はどの版でも、何度見ても泣けますね。この場面をだらだら長く踊りのようにやるのもありますが、今回のは割とあっさりしている方だったかな。もう少し、もう少し、せめて一晩そのまま待っていてくれればいいのに、これも若さということなのでしょう。一刻も早くジュリエットの後を追いたいロミオは、何と毒薬ではなく、短剣で胸を刺して、性急に死んでしまったのです。

墓場中央の冷たい石の寝台、ジュリエットはそこで目覚めます。パリスとの婚礼の衣装を着せられた姿。その上の死者を弔うしつらえを忌わしいもののようにかなぐり捨てて、ジュリエットはまず出口に向かい、扉を開けて出ようとします。これも、ほかの版にはない、ジュリエットの若さや生きる意志を表しているよう。そして、改めてそこが暗く封印された墓所であることを知るのです。まわりを見ると最近死んだばかりのティボルトもいる。そして、あろうことかロミオも!一体なぜ?

何らかのすれ違いがあって、うまくいかなかったのだとすぐに悟る。絶望‥‥もあるけれど、そのあとの潔さは、これもやっぱり若さの表現なんですね。ロミオの胸を貫いた同じ短剣で、あっという間に逝ってしまったジュリエット。何かあっさりしすぎて逆に悲しい。すごく短い間にグワ~っとクライマックスに持っていく展開。これも全速力で駆け抜けるような若い恋人たちの物語にふさわしいスピード感で、見る者の目の前を通り過ぎていった感じでした。

一つ一つの踊りがどうとか、技術がどうとか、そういうものには目がいかずに、純粋に物語の中に引き込まれていった作品でした。登場人物の一人一人が印象的に描かれ、またトータルでバレエ団全体が一つの世界を見せていて感動しました。最終日に見るというのも考えものですね。もう一度見たくてももう後がない。

パリスの方がカッコいいなんて言っちゃいましたが、ロミオ役のセバスティアン・クロボ―は、見慣れると(?)なかなかよくて、ストーカーもやる、血気にはやってバカもやる、そして恋におちるともう有頂天。そんな飾らない、ごく普通の青年としての等身大のロミオを好演していたようです。

念願かなってノイマイヤーの全幕作品を見ることができてよかったです。大変遅い覚書になってしまいました

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2009年5月30日 (土)

ノイマイヤーの「ロミオとジュリエット」 1

何かと忙しいせいか、なかなか書けなくて忘れてしまいそうですが、デンマーク・ロイヤル・バレエの最終日(24日)の「ロミオとジュリエット」を見ました。「ナポリ」は、「感動」という面ではいまいちだったけれど、こちらはもう、すごく感動しました。「ロミオとジュリエット」は好きな演目で、DVDもあわせていろんな版を見ているけれど、このノイマイヤーのものは表現が自然で、現代的で、直接心に響くものがありました。

2月のハンブルク・バレエ(ノイマイヤーの「人魚姫」と「椿姫」)を見なかったことを後悔しています。まあ、私は1月に舞台を見すぎたせいもあるし、子どもの受験もあったので仕方がなかったけれど、あとで見た人たちにその素晴らしさを聞かされて、しまったと思ってしまいました。「椿姫」のほうはガラで部分的に見ているので大体想像はつくのですが、「人魚姫」はあの不気味な白塗りメイクのチラシ写真で引いてしまったので、あれがそんなに感動的だったなんて‥‥!

「人魚姫」を見た友人が言うには(その人から聞いた感想です。私は見ていないので。)いわく、バレエというのは人間の理想の肉体、理想の美しさを表すものだと思っていた。それが、それまで自由に海の中を泳ぎまわっていた人魚姫が、人間の足をもらったとたんに、醜くてぎこちなくて、滑稽で、かわいそうな存在になってしまったことに衝撃を受けた‥と。それから、人間たちのきれいな色彩にあふれた活気ある世界とは対照的な、静かだけど暗く冷たい単色の海の世界。その鮮やかな対比がすごく印象に残ったということでした。愛ゆえに、安住の地を捨てて、ぶざまな姿になってまで飛び込んで行ったのに、結局受け入れられなかったなんて、そんな話聞いただけで涙出ちゃいますよね。

同じノイマイヤーの作品でも2005年の「人魚姫」と違い、「ロミオとジュリエット」は1971年で30年以上も前。ノイマイヤーがまだ29歳の時の作品だそうです。当時、ノイマイヤー自身もクランコ版の「ロミオとジュリエット」を(何の役かわからないけど)踊っていたらしいし、とにかく若く、振付家としてもまだ駆け出し時代のものだったと思います。それなのに、これを見ながら友人の言っていたずっと後年の作品、「人魚姫」の感想を思い出して、やっぱり共通するものがあるように思いました。あ~見ればよかった

≪第1幕≫
幕が開くと、舞台奥の階段の下でロミオが眠り込んでいます。早朝、ロレンス神父は薬草を摘んで帰ってきたところで、ロミオを見つけて揺り起こします。

まず驚いたのはロレンスの若いこと!普通は分別ある中年男か、老神父だよね。それがここでは神父じゃなくて修行僧みたいです。そしてロミオの親友という設定のせいか、やけにべたべたと仲良し。(神の道に外れるんじゃ‥?というくらい)そして、目覚めたロミオの様子を見てまずあれっ?と思いました。動きがバレエじゃないんです。普通の、演劇のようなというよりも、さらに自然な若者らしい動き。そうですよね~寝込みを起こされたばかりの若者が、いきなりバレエ的な引きあがった立ち居振る舞いというのは不自然です。へろへろしてたりぎこちなかったりするのは当然でしょう。

「ナポリ」のときは見渡す限り美形ダンサー(!)は見当たらなかったのに、このロレンスはムダに美形。不思議ですね~。この若さと美しさで、ロレンスは神に身を捧げ、精進潔斎して薬草を摘む毎日。薬草って、このあとジュリエットを怪しい薬の実験台にする伏線なんでしょうね~。一方ロミオはというとそれほどハンサムじゃなく、ごく普通のボンボン。名家の御曹司のくせに、敵対関係の家のロザライン(ジュリエットの従姉妹)に熱を上げて、朝までキャピュレット家の階段の下でストーカー行為をしているという情けない奴‥‥

街には旅芸人の一座がやってきて、馬車の荷台を舞台に芝居をしています。ロミオの親友マキューシオは旅芸人の一人?おどろおどろしい死神の扮装は何か意味ありげです。一座が演じているのは恋人同士が引き裂かれ、最後にお互い刺し違えて死んでしまうという悲劇でした。まるでこれからの運命を暗示するような‥‥‥。以後、この旅芸人たちの寸劇が、ストーリーテラーとしてずっとこの物語を引っ張っていくことになります。

広場には人がいっぱい、ごちゃごちゃとあっちこっちでいろんなことをしています。これも「ナポリ」同様、どこを見ていいかわからないくらい。ほんとに一度じゃ細かい所がよくわかりませんね。その群衆の中にジュリエットの乳母もいて、何か手紙のようなものを持っていますが、これがいろんな人を経て、最後にロミオの手に渡ります。それには、今夜キャピュレット家で舞踏会があって、お目当てのロザラインも出席するというようなことが書かれていたのでしょうか?その後広場で両家の人々のいざこざ、ヴェローナ大公に戒められるシーンに続きます。

一方、ジュリエットの家では一人娘ジュリエットが、翌日の舞踏会で社交界デビューするためか、はたまた婚約者のパリスと引き合わされるのか、入浴中なのに、母のキャピュレット夫人がやってきます。ここで登場したジュリエットのみずみずしさといったら!タオルを身体に巻いただけの姿で、裸足で従姉妹たちとはしゃぎまわるジュリエットは、少女というよりまだほんの子供。キャピュレット夫人は、ジュリエットにペンダントのようなものを渡し、早速レディ(淑女)指南?を始めます。

このキャピュレット夫人は若くて美しく、ものすごい存在感がありました。それもそのはず、プリンシパルのギッテ・リンストロムという人でした。キャピュレット夫人役にプリンシパルなんて、そんなの聞いたことがありません。これがまたたくさん踊る!洗練されて無駄のない動き。正確で鋭いステップは、強く、威圧的でさえあります。

一方ジュリエットは身体にタオルを巻いただけ、髪はバラバラ、ほんとに生まれたままのピュアな存在として描かれています。彼女の自由で無垢な魂は、まだ何の穢れも知らない。キャピュレット夫人と同じ動きをしようとしても、ぎこちなくてぶざまで、よろけてしまったりしてうまくできません。まだ何にも縛られない、限りなく自由なジュリエットには、このきっちり型どおりの、キャピュレット夫人の踊りの真似はとてもできないのです。この風呂場のシーンだけで、そういうことをはっきり印象付けてしまうところがすごい。

そして、舞踏会の日。紛れ込んだロミオは、そこでジュリエットに出会い、お互いに惹かれあうことになるのですが、ロザラインはどうなったの?このいい加減な軽い男!ここで登場したパリスがまたとても若くて美形なんです。ロミオよりパリスの方がいい男なんて、その時点で物語が崩壊していません?私は何度も「パリスの方がいいじゃん‥」と思ってしまいましたよ。

舞踏会のシーンはちょっと異様でした。キャピュレット家の人々、貴族の人々はほとんどが黒を基調にした衣装。最初の街のシーンは、みんな柔らかいベージュや茶、グレー、エンジなどのアースカラーでしたが、ここは全く対照的に重々しい黒の世界です。それがあの有名な曲に合わせて、しゃちこばったような踊りを踊るのです。街の自由さに比べ、型にはまったような貴族の世界。中でも、ティボルトとキャピュレット公の間で踊る美しいキャピュレット夫人が、攻撃的なまでに脚を高々と上げ、無表情に踊るのがちょっと怖かったです。

このまま重厚な貴族の世界で押しつぶされてしまうのかしら。ときどきつまづきそうになりながら父母と同じステップを、パリスと型どおり踊るジュリエットはまさにそんな感じ。そこへ突然ロミオが現れるのです。

バルコニーのシーンは本当に若々しいスピード感にあふれていて感動的でした。あの重苦しい貴族の踊りと比べ、何という対比。ジュリエットを自由な世界にはばたかせてくれる人が今現れた。このまま二人でどこへでも飛んで行けそうな、そんな感情の高まりを感じる素敵なパ・ド・ドゥに涙~

≪第2幕≫
幕が開いてもしばらく音楽がない無言劇。まず音楽あり、というバレエでこういうシーンは何か新鮮です。広場で子供たちが遊んでいるところをたしなめられ、そこにぞろぞろと神に祈る人々が入ってくる。そして、音楽とともにお祭りが始まったのでした。このお祭りの最中、ロミオにジュリエットの手紙が渡され、二人はロレンスのもとで秘密の結婚式を挙げる。その帰り道に、また広場のシーンがあり、ここで事件は起きるのですが。全くロミオって何て軽率な奴なんだ

ここでも旅芸人たちが大活躍。賑やかな音楽とともに広場奥の回廊の上から無数のビラがまかれます。これから一大芝居の始まり始まり!それが、現実もまるで芝居の中かと思われるような、混沌とした舞台なのです。

下手ではずっとティボルトが娼婦を相手に酒を飲み、酔っ払い、昼日中からいちゃいちゃしていて、通りかかったロミオにも因縁をつけます。ティボルトだって貴族だし、良家の跡とりでしょ??それがまるでヤクザみたいなんだよね‥‥ロミオは、このジュリエットの従兄弟に、今までと違ってなるべく平和的に接しようとするのですが‥。

マキューシオとティボルトが喧嘩になり、マキューシオが倒れるところ、ここは一つの見せ場ですね。先ほどまかれたビラが足もとにざわざわと舞い上がり、埃っぽいほどの臨場感。そして、マキューシオはまるで劇中劇のように、いや、誰もお芝居だと思って疑わないくらい、満場の観客の中彼一流の冗談のように死んでいく。(ちょっとオジサンなマキューシオでしたが)それがまたロミオにはたまらなかったのでしょうか。いきなり現実に戻された広場で悲劇は起こります。

迫力ある剣戟の末、ティボルトは倒れますが、そこへ駆けつけたキャピュレット夫人の、ありえないくらいの嘆きよう!前にクランコ版を見たときに、同じく尋常じゃないキャピュレット夫人の様子に、ティボルトは息子じゃなくて甥でしょ。大事な跡とりを失ったから?と不思議に思いましたが、やっぱり1幕の舞踏会のシーンなどで暗示されているように、ティボルトとは愛人関係にあったと考えるのが自然なのかな?(それにしちゃこのティボルトは安っぽいごろつきみたいだし‥。夫人は悪趣味だったのか)この人ももとはジュリエットと同じように情熱的な女性で、それを押し殺して貴族の奥方に収まるために、ティボルトのような愛人を持つことで精神的な均衡を保っていたのでしょうか?

ロミオは即刻追放になって、旅芸人の一座にまぎれて街を去るのですが、ここまでが一気に進み、ほんとに見入ってしまって、あっという間でした。
長くなってしまったので、いったん終わりにします。続きはこの次に。

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2009年5月27日 (水)

ナポリ!

S2009_0525_142148imgp7629 デンマーク・ロイヤル・バレエの「ナポリ」の初日(15日)を見てきました。今さらという感じですが、少しでも何か残しておかないと、また「ロミオとジュリエット」を見たらきっと全部すっ飛んでしまいそうなので、気づいたことを書いておくことにします。(と、思って書きかけのまま放っておいたらもう「ロミジュリ」も見てしまいました!)

デンマーク・ロイヤル・バレエは9年ぶりの来日だそうです。9年前というと私がバレエを見始めたころ。その時に見たという友人は、1度見たからもういいと言っていましたが、私は見たことのない演目だし、舞台写真などを見ると「ドン・キホーテ」みたいで、賑やかそうなのでちょっと楽しみにしていました。

だけど、何と言うか、私にはブルノンヴィル・スタイルというのはあまり好みじゃなかったです。あの無意味にパタパタっとする脚技だらけなのが、いったい何を表しているのか?シソンヌとか、アントルシャとか、細かいジャンプが多くとても大変そうな踊りなのですが、難しいことをやっている割には美しくもないし「すごい」っていう感じもしない。

もしそれが「シルフィード」なら、人間離れした妖精の軽やかさを表すものだとわかるんですよ。多分愛らしい妖精たちがふわふわと飛び交っているように見えるでしょう。だけど、街の人々が踊る場面が全部この手の踊りってきれいに合わせるのは難しいし、同じ振りばかりで単調だし、何だかとてもうるさい感じ。そしてマイムが多くて演劇的というのだけれど、マイムの内容は単なる説明やドタバタ劇で、残念ながらどこが面白いのかよくわかりませんでした。

1幕は港町、2幕が海の王の洞窟、3幕が村の広場と、舞台自体は場面に変化があったし、舞台に乗りきれないほどの人があふれるパワー。そして例の忙しい踊りのため、見た目にはとても陽気で華やかでした。でも、私ももしかして1回見ればもういいかな??

というのも、主役ペアがかなりベテランでいい味は出しているものの、やっぱりヴィジュアルが‥ テレシ―ナ役のティナ・ホイルンドはバレリーナとしてはスタイルいまいち‥でも、気が強そうな明るいお姉さんタイプで、まあいいです。だけど恋人のジェンナロ(配役表にも「若い漁師」と書いてあるのに!)役のトマス・ルンドは、出てきた瞬間おでこ激広のおっさんだったので一気に盛り下がってしまいました。遠目にはルグリ‥(ちょっと苦しい?)か、レニ国のプロームくんの顔を長くしたような‥‥ごめんなさい!この方は世界各地を回ってブルノンヴィル・スタイルを伝えている人のようで、さすがに本家本元。忙しいステップでもつま先がとてもきれい。動きが正確で踊りがぶれない。悪くないんですけど、せめて衣装をどうにかして~!オヤジのショートパンツ姿なんて!(最近ルックスで判断する悪い傾向が‥‥)

≪第1幕≫
ヒロインのテレシ―ナは港町で母と一緒に暮らしています。愛らしいテレシ―ナは人気者で街の男二人に言い寄られているけど、この男二人というのが「ドン・キホーテ」のキトリの父みたいなおっさんなんですよ。テレシ―ナには漁師のジェンナロという恋人がいる。でも、このオヤジたちはそれが気に入らないみたい。ジェンナロが漁から帰ってきて、とってきた魚を皆に分け与えたりするのだけれど、オヤジ二人は結託してジェンナロを悪く言い、街の人たちもそれを本気にしてしまう。

こういうことがみんなマイムで進行し、舞台上はいろんな登場人物であふれかえっていて、それぞれの芝居を展開しているので、どこを見たらいいかわからないような状態。楽しいといえば楽しいけど、どうでもいいといえばどうでもいい。よく見ると子役も本国から連れてきたような子たちなので、ちょっとびっくり。後ろにいる踊らない人たちもエキストラじゃないみたいでした。一体何人いるんだろう?

旅芸人?がやってきてビラをまきます。そして一人が歌を歌い、もう一人が太鼓をたたくのだけれど、この歌の部分がトランペット(‥いや、ヴァイオリン?)で、歌は口パク。これがかなり変で違和感がありました。いくらバレエでも人が歌う声が楽器なんて。その歌い手さんと太鼓の人とのおどけたやりとりに、街の人たちは夢中になりますが、突然嵐がやってきて人々は急いで家に逃げ帰ります。(舞台上部の洗濯物には笑えた

街の人たちが旅芸人に夢中になっていた時、テレシ―ナとジェンナロはこっそり海に出てデートを楽しんでいたのですが、急に嵐になって船が壊れ、テレシ―ナは行方不明。ジェンナロだけが港に泳ぎ着いて、とんでもないことになってしまったと嘆きます。そこへ神父が現れ、お守りのメダルを渡して励ますと、ジェンナロはテレシ―ナを探して再び海に出る決心をします。

いろんなところに目移りするほど、とても賑やかで楽しい舞台なのですが、特に踊りの見どころがないまま1幕は終わりました。

≪第2幕≫
2幕はうってかわってブルーの世界。カプリ島の「青の洞窟」の中なんですね。実はこれ、初演が1842年なのです。「白鳥の湖」の初演が1877年なので、それより35年も前。日本で言えば天保の改革の時代ですよ!改訂を重ね時代とともに新しくなっていった「白鳥」などとは違い、そんな頃の作品をそのまま大事に伝えているのはある意味すごいことです。ただ、この2幕だけは間延びしてつまらなかったらしく、席を立って3幕に備えてレストランに行っちゃう観客が多かった(え~!?)そうで、そのうち大幅にカットされてしまったので、2幕にはブルノンヴィルのもともとの振付はほとんど残っていないそうです。

ブルノンヴィルという人は、このデンマーク王立劇場のダンサーだったそうですが、問題を起こして国外追放になったときにヨーロッパ各地を旅し、ナポリの街や「青の洞窟」を見て、この作品のインスピレーションを得たのだといいます。確かに、長く厳しい冬に閉じ込められる北欧と違い、太陽がいっぱいの明るく陽気なイタリアの風景には心洗われるものがあったんでしょうね。

嵐にあって行方不明になったテレシ―ナは、海の王ゴルフォに助けられて青の洞窟の中の宮殿?にいました。ゴルフォはテレシ―ナを好きになり、彼女に迫りますがもちろん拒絶されてしまいます。テレシ―ナは元の街に帰してと嘆願するばかり。そこで、彼女の記憶を奪い、海の精の一人にしてしまいます。この時の変身シーンが、もうほんの一瞬。上に着ていた町娘の衣装を後ろからぱっと引き抜いていました。衣装が変わるとともに記憶も消えてしまって、美しい海の精達の中に入って踊るテレシ―ナ。

そして海の王ゴルフォとのパ・ド・ドゥ。1幕では結構後ろの方のダンサーまでオペラグラスで見ていたんだけれど、もう!デンマークにはイケメンはおらんのか!という状態‥‥その中でゴルフォ役のフェルナンド・モラは唯一の美男子でした。が、いかんせんあの青ヒゲと、まるでコールプのような目のまわり真っ黒メイクで、いかにも「悪役」という感じになっていたのがもったいない。

これって浦島太郎の竜宮城みたいな話ですよね~?だから、異界にたどり着き、記憶まで消されてしまったテレシ―ナは、海の王の誘惑を受け、さぞや官能的な世界が展開するのかと思いきや、この見せ場と思っていたパ・ド・ドゥはかなりもの足りない気がしました。海の王はイケメンなのに、何か圧倒的な魅力というかそういうものに欠けて、単なる振られ役の男になっちゃって面白みがないんですよ。もっとセクシーで、人間離れした妖しい魅力があって、それでさすがのヒロインも抵抗できずにグラグラいっちゃうぐらいになれば面白かったのに。(また、おばさんのたわごと

せっかく記憶を消したのに、テレシ―ナの心の動きが何もなく、「何だかわからないけど、この不気味な男、やだわ!」ってだけだったのが残念でした。それでも、この海の精達が踊る洞窟のシーンはなかなか幻想的で美しかったです。暗いからちょっと眠くなったけれど。しかし‥‥女性はきれいな人が多いのに、男性はな~。海の王の手下なんて、あのワカメが貼りついたみたいなひどい衣装は何?

ジェンナロがボートで洞窟の中に入ってくる場面はとても印象的でした。ここで彼はテレシ―ナのギターを見つけ、彼女が無事でいることが分かってホッとするのですが、彼女は海の精となり、記憶を失っていたのです。絶望するジェンナロ。そのとき、神父が貸してくれたお守りのメダルを思い出し、一心に祈ると‥‥もう一度衣装の引き抜きがあって、テレシ―ナは一瞬で元の姿に戻り、記憶も取り戻します。神の力には勝てないとあきらめた海の王は、快く二人を祝福し、お土産まで与えて(玉手箱じゃないよ)あっさりと送り出すのでした。(振られたのに

≪第3幕≫
もう記憶がかなりあいまいなのだけれど、1幕の遠くに火山の見える港町とはうって変わって山の中の聖母の祠?がある広場のようなところ。このお祭りに集まった人たちが、嵐の日にいなくなった二人の噂をしています。相変わらずジェンナロのことを悪くいう二人のバカオヤジ。ところがそこへ二人が帰還。驚く人々に神父が聖母のご加護で助かったことを伝えて大団円となりました。

ここで踊られる踊りが、これでもかという感じで続き、楽しかったけれど、やっぱり細かいジャンプの多い忙しいもので、華やかだけれど何か同じような動きばかり。古い時代の振付を大事にして、そのまま受け継いでいるものだと思うので、現代人の目には単調かもしれません。でも、当時のイタリアのバレエにしても、その後のプティパの振り付けにしても、もともとはかなりシンプルなものだったことを考えると、たぶん初演当初は見る人の度肝を抜くような、テクニック満載のものだったのではと想像できます。

私はよくわからないけれど、ブルノンヴィル・スタイルというのはそれ独自のメソッドがあって、小さい頃からそれで育てられるというようなものなのでしょうか?みんなさすがにつま先がきれいで、早い小技の効いたステップも実に正確にこなします。そしてスタミナもあるのか疲れも見せず踊る踊る!でも、何というか、普通に見られるような回転技がほとんど入ってないし、またちょっとした回転でももしかして苦手?というような人が多いように感じました。

パ・ド・シスの一人のヤオ・ウェイが回るのうまい!と思ったけれど、よく考えればこれが普通ですよね~。上半身の優雅な動きも、本来だとこっちがホントだろうと思うけれど、この中にいると他の人とは踊りのタイプが違っています。中国系で、清楚な雰囲気をまとっていて好感を持ちました。ほかはちょっと印象に残っていない‥‥。音楽も明るく楽しい音楽だったと思うけど、ほとんど印象に残ってなくて、舞台を見た感動とかそういうものはあまりなかったのです。

マイムが多くて演劇的といわれればそうかもしれないけれど、ストーリーが単調なんですよね。違う世界の強い誘惑にうちかってまたこの世界に帰ってくる。そういうお話ではあるけれど、それが主人公の意志や感情の動きで表されるのではなくて、すべてが神のご加護ということで片付いちゃったのが「な~んだ」という感じでした。

あと、おかしかったのは正面の大きな橋の上にいる子どもたち。本国から連れてきたような子もいたけれど、半分以上は日本のエキストラの子たちでした。かわいいんだけど、その子たちが3幕の間じゅうず~っと橋の上に立たされたままなんですよ。踊りとともに手をあげたり、手拍子を打ったり、手を振ったり。それがまるで北朝鮮か何かの少年少女合唱団といった感じでね~。あるいは、中国雑技団?ここは人民公社か??みたいな、かなり違和感ありました

というわけで私、「ナポリ」はあまり好みじゃなかったみたい。2幕はともかく、1幕と3幕にブルノンヴィルの元振付を忠実に残しているということで、それは歴史的に価値のあることだと思うけれど、現代の観客には博物館の展示物のようなものだったかもしれません。

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2009年5月 7日 (木)

「ザハーロワのすべて」(Bプロ) 2

2月に新国立劇場の「ライモンダ」を見て以来の3か月ぶりのバレエ鑑賞。あの時もザハロワ、そして今回もザハーロワ 本当にザハロワは今の日本で(世界でも)一番活躍しているバレリーナでしょうね。2009_0505_125505imgp7391

それなのに、得チケが出たのはなぜだろうと考えると、やっぱりAプロとBプロの違いがなさすぎたんだと思います。私もプログラムの演目を見たとき、どっちか一つでいいやと思ってしまいましたから。まず半分は「カルメン組曲」で同じです。あとはお目当てのワシーリエフくんが「海賊」を踊るか「パリの炎」を踊るか。ザハロワとメルクリエフの「ブラック」と、ワシーリエフの「クレイジー」はどちらにもあり、おまけに、キエフバレエのペアが踊る「エスメラルダ」と「黒鳥のパ・ド・ドゥ」は演目変更でどちらも「エスメラルダ」になってしまっていました。(私は3日でしたが1日もそうだったそうです)AプロとBプロの両方を見た人は同じものばかり見ることになってしまったでしょうね。

それで、Aプロにあるメルクリエフの「アダージョ」とコバヒーゼ&シュピレフスキーの「マグリットマニア」は前に見たことがあったので、必然的に私はBプロを選択 連休中ということもあるかもしれないけれど、チケットの売れ行きはこの変化に乏しいプログラムがちょっとわざわいしてるのかもと思いました。でも、得チケが出たせいか1階は隅までほとんど埋まっていました。

≪パリの炎≫第2幕のパ・ド・ドゥ(ニーナ・カプツォーワ&イワン・ワシーリエフ)
実は、ザハロワファンには怒られちゃうかもしれませんが、私のお目当てはまずウヴァーロフと、そして去年のボリショイ公演でソリストとしてどこに出てきても好印象だったコバヒーゼ、それからこのワシーリエフくんでした

それが‥‥ワシーリエフくんは最初に見た「かわいい」という印象と違って、去年のボリショイ公演の「ドン・キホーテ」でも「明るい小川」でも、かわいいけど力強くて男っぽい、そんな印象に変わっていました。そして今回は‥‥何っ??

登場の瞬間ええっ?という感じ。髪はくちゃくちゃ伸び放題、そして不精髭。それから踊りも、荒削りでダイナミックだけどどこか端正なところもあった一昨年の「パリ炎」に比べて、何だかことさら力強さを強調しているようで、まるで「ゴパック」みたいな感じで驚きました。そりゃ、よく知らないけれどこれは革命の話で、民衆が勝利をうたいあげる場面なのでしょうけどね。

実は、先月下旬に出たばかりの「グラン・ガラ」~ロシア・バレエの輝けるスターたち~というDVDを見たのですが、それに出てきたオシポワ&ワシーリエフの「パリの炎」がまさにこの路線でした。髪くちゃくちゃ、不精髭の力強い労働者風のワシーリエフくん!このDVDは昨年の9月に収録されたものだそうですが、その円形のコロシアムみたいな劇場といい、バレエ学校の生徒たちがフランス国旗を振りながら客席から入ってくる演出といい、ちょっと斬新な感じのガラ公演だったので、それに合わせたイメージづくりだったのかな?と思っていました。

ところが、今回もそのときのまんまというか、さらにむさくるしさが増し、脚も腕もまた一回り太くたくましくなったような感じで‥‥もはやクラシックバレエの世界から逸脱してる?みたいな雰囲気になってしまっていました。いくら民衆のお話でも、労働者でもねぇ~一応クラシックバレエなんだから(でも、彼は好きです)

力を誇るようなガッツポーズ、仁王立ちのまま腰に左手を当てて、右手は手のひらを大きく開いて振り上げるルベランス。ワイルドな?表情。それなりにかっこいいんだけれど、ほかの男性の出演者がみんな長身で優雅な雰囲気をもっているので、ことさらにつくりこまれたような感じになっていました。これは彼自身が決めた方向性なんでしょうかね?それともラトマンスキーが復活させたという全幕「パリ炎」のイメージ?ワシーリエフくん、あんなにかわいかったのに~ そりゃ、いつまでもかわいい路線のままではいられません。そういう意味では新たなオンリーワンを目指し始めた?確かにものすごく個性的ではあります。

そう、踊りは相変わらず素晴らしかったです。三連続斜めスクリュードライバーに空中1回転半ひねり(よくわからない説明ですみません)などは、もう口をあんぐり開けちゃうほどすごかったし、身長以上に高く浮かんでいるようなジャンプも大いに会場を熱狂させました。これで相手がオシポワちゃんだとジャンプや回転の応酬になるのでしょうが、カプツォーワは反対にきれいで優雅な雰囲気でまとめていたのが印象的でした。

≪トリスタン≫よりデュエット(スヴェトラーナ・ザハーロワ&アンドレイ・メルクーリエフ)
主催者によって人名の表記が変わるのは仕方ないのかな?ジャパンアーツさんは何かと長音記号(ー)を使いたがるのかしら。それにしても「メルクーリエフ」はまだるっこしくて。。違う人みたい。秋のマリインスキーもジャパンアーツさんなので、また「コルプ」を「コールプ」と書かなくちゃいけないし(?)‥脱線です

プログラムによると、「トリスタン」はワーグナーのオペラから題材をとった2幕のバレエで、2006年にスウェーデン王立バレエによって初演された作品。これはその中のアダージョの部分だそうです。「カルメン」のときの大胆に脚を出した衣装から一転、ブルーっぽい薄手のロングドレスをまとったザハロワはまたひときわロマンティックで、なめらかな動きがきれいでした。メルクリエフもこういう雰囲気は合っていて、情熱的だけどどこかせつないパ・ド・ドゥ。素敵でした。

≪エスメラルダ≫よりパ・ド・ドゥ(オリガ・キフャーク&ヤン・ヴァーニャ)
こちらはあの脚でタンバリンを打つヴァリエーションの入ったグラン・パではなくて、1月に「ミハイロフスキー・ガラ」で見た、フェブ隊長(フェビュス)の婚約を祝う場面の、悲しみで踊るどころじゃないエスメラルダと、彼女を励ましながら踊る詩人のパ・ド・ドゥでした。

キフャークは「カルメン」のとき、遠目でステパネンコ似に見えたほうの人。黒髪で、ザハロワの「カルメン」よりず~っとジプシーらしい雰囲気を出しています。演技も濃くて、エスメラルダの絶望感を強く表現していました。舞台下手にフェビュスが婚約者と座っているという設定で、そちらの方が気になって、ともすれば踊りが止まってしまいがちなエスメラルダ。それをけなげに支え、踊りに向かわせる詩人役のヴァーニャ。ガラ公演で一部だけなのに、ちゃんとその物語の世界をつくっています。ちょっと全幕を見てみたいような気がしました。

≪ブラック≫(スヴェトラーナ・ザハロワ&アンドレイ・メルクリエフ)
うん、こちらの表記↑のほうがすっきりします。実際どう発音されるのかわかりませんけどね。(聞くところによると「コルプ」より「コールプ」のほうが、本来の発音に近いそうですが。また脱線!)

この「ブラック」と、ワシーリエフの「クレイジー」はどちらのプログラムにも入っていたのですが、やはりこの二つがこの公演の白眉。どちらもすごくかっこよかったです。アップテンポの音楽にのった、速い動きのちょっと危うげな現代作品。だけどメルクリエフとの息がぴったり合って、難しいリフトもサポートもしっかり決まっていました。ザハロワのまた違った一面を見ることができた気がします。

≪ジゼル≫第2幕のパ・ド・ドゥ(ネッリ・コバヒーゼ&アルテム・シュピレフスキー)
シュピレフスキーもコバヒーゼも、いずれ劣らぬ美男美女。二人ともクールビューティーという感じで、この「ジゼル」なんかはすごく似合うだろうなと思っていました。でも、これって「ジゼル」だったかしら??

まず、音楽(テープ)が早すぎるのか、彼らの長い手足が優雅に見える前に次に流れていく感じ。私の好きな、空中を漂っているような低いリフトの連続の部分は、リフトが高すぎて?連続して見えなかったし、空中をふわふわと漂っているようには見えませんでした。また、ガラだからというのではないでしょうが、アルブレヒトの後悔も、ジゼルの深い思いも伝わってこなくて、ただ「ジゼル」の踊りを踊っただけというところで終わってしまったのが残念でした。ヴィジュアル的には申し分のない二人だったんですけどね。

コバヒーゼのソロ部分の足さばきはきれいでした。元気よすぎ?のような気もしなくもありませんでしたけど。シュピレフスキーは闘牛士よりはいい?でもやっぱりアルブレヒトにしては元気よすぎでとても倒れそうにない!‥‥って、見るほうの勝手な注文はいろいろあるけど、やっぱり難しいですね。これがこの二人の今の「ジゼル」なのでしょう。

≪クレイジー≫(イワン・ワシーリエフ)
すごく楽しかった。相変わらず髪くちゃくちゃ不精髭のままなんだけど、ピアソラの音楽をバックに椅子に座っているピンクのシャツ(だった?)のワシーリエフくんはなぜか、雰囲気マッドサイエンティスト。それがとってもラブリ~ 何でもないような顔をして、サラっとすごいことをする。それが「クレイジー」な今の彼の姿なのかもしれませんね。

現代作品だけれど、随所に回転やジャンプが入って、かなりスピード感もある作品。歳がいってからコンテンポラリーにシフトする人が多いけど、この作品は年齢がいってからではできないでしょう。ホントにコンテンポラリーとしては珍しく、派手なジャンプや回転技に会場が興奮の渦でした。演技的にはちょっと目が座っているような「クレイジー」さ加減で、また別の彼のキャラを見たような気がします。

≪ヴォイス≫(スヴェトラーナ・ザハロワ)
短いけれどとても素敵な作品でした。オペラのアリアにのって、ゴールドのクラシックチュチュ姿で登場したザハロワは、本当に無敵のプリマ!最強の「姫」!「カルメン」や「ブラック」でまた新しい面を見せてくれたけれど、やっぱりザハロワはクラシックの「姫」をやらせたら、そのスターオーラといい、美しさといい、向かうところ敵なしなんじゃないでしょうか。その天下一のプリマが‥‥あれあれ?

くるくる得意げに回ってよろけたり、ちょっとしたところでつまづいたり、あれ、これってまるで「ザ・グラン・パ・ド・ドゥ」みたい。そういえばゴールドのチュチュのスカートの裏は真っ赤なチュールが重なっていて、一歩間違えれば下品にもなりかねない。だけど、優雅な肢体と表情でそのギリギリの線を綱渡りしていくみたい。

こういうユーモラスな雰囲気も、また違った彼女の姿なんですね。これはやっぱり、本物のプリマでないとしゃれにもなりませんから。いかんせん短いので、もうちょっと続きが見たかったなあと思っていました。すると、全員登場のフィナーレのあとの拍手にこたえて、また同じ振りを一通りやってくれました。そしてまた全員同じフィナーレ。

とても素敵な顔ぶれで、楽しくて、いいガラ公演でした。「ザハーロワのすべて」と題するガラはこれが最初だと思うけれど、また次があればぜひ見てみたいです。私はどちらかというと、今まであまり縁がなかったけれど、ボリショイの人が好きかもという気がしました。

前にも書いたけれど、私はザハロワというバレリーナはちょっと苦手系でした。とにかく最初に見た時の印象が「何これ!?」だったのです。長すぎる手足、首、すごすぎる甲、超X脚、そしてすごい柔軟性もさることながら、反り返るとボコッと出る「あばら」がまるで宇宙人みたいで‥‥ありゃ人間じゃない!って。でも、最近ではそんな体型の人がたくさん出てきたし、見慣れたのか(慣れというのはコワいですね)私も全然平気になりました。もっととんでもなくグニャグニャで、曲がった脚のプリマもマリインスキーあたりにはいるしね~。

だけど慣れというよりも、そんな特異な体型や超人的な身体能力で目を引く以上に、表現力や存在感が増してきたからなのだと思うのです。「何をやってもザハロワはザハロワ。」それはちょっと前にはけなし言葉みたいだったけれど、今は違う‥‥「何をやってもザハロワ」って、それはオンリー・ワンに対する究極のほめ言葉じゃないでしょうか。あ、こんなふうにみると私っていつの間にかザハロワのファン(?!)みたいですね。新国立劇場の演目も、どうせ見るならザハロワで、と思うし。な~んて、ほんとのザハロワファンに怒られてしまいそうなのでこの辺で終わりにします。

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2009年5月 6日 (水)

「ザハーロワのすべて」(Bプロ) 1

およそ3か月ぶりのバレエの生舞台。しばらくバレエから離れていましたが、久々に見るとやっぱりバレエはいいな~ ここのところ忙しくて、多少疲れてもいたけれど、またバレエファン感覚がよみがえってきてわくわくしました。

4月の舞台は歌舞伎座の昼の部(先代萩)を見ただけです。その感想もなかなか書けないうち、それを通り越して「ザハロワのすべて」まあ、いいですね。090503_155001

久々の東京文化会館のマチネは窓から見える新緑がきれいです。しばらく行かないうちに、ホワイエには喫茶コーナーが出現?それと幕間にテラスに出るのが好きだったのですが、テラスの半分が外から入れるようになっていて、中からは半分だけしか行けなくなっていました。(毎年この季節はこうなるんだっけ?)おまけに喫煙コーナーになっていて、ちょっとがっかり。それでも外に出ると5月の風が気持ちよく、目の前の西洋美術館ではルーブル美術館展の入場待ちの人たちが長い列をつくって並んでいるのが見えました。

≪第1部「カルメン組曲」≫
アロンソ版の「カルメン」は、東京バレエ団で2度ほど見たことがあります。(カルメン役はどちらも斎藤さんでした。)これはもともとプリセツカヤのために振りつけられたもので、だいぶ前にテレビか何かで、プリセツカヤがまだ若い頃のフィリピエワに振りうつしをしているところを見たことがあります。そのときは、どう見ても若いフィリピエワより、少ししか動かないのにプリセツカヤのど迫力がすごくて、「この人が踊ればいいのに‥」なんて思ったことを覚えています。

「カルメン」はローラン・プティの「カルメン」や、新国立劇場の「カルメンby石井潤」、それから去年のルジマトフのロメロ版?「カルメン」などを見ましたが、どちらかというとこの「カルメン組曲」は泥臭い感じがしていました。それはプログラムの解説に、「既成のモラルや常識をはねのけ、みずからの情熱、欲望のおもむくままに生きる女、カルメンは、生きる方向や考え方まで押しつけようとする体制や組織に対し、激しい戦いを挑んだプリセツカヤそのものだった。」とあるように、これを踊ったプリセツカヤの時代と、その思いがこの作品に込められているように思うからなのでしょうね。

でも~結論から言えば全く別物でした。ザハロワがきれいだ~特に、この振付で特徴的な脚を前に振り上げるポーズは、ザハロワの脚の美しさを強調して、まさに物語よりもとにかくきれいなザハロワを鑑賞する「ザハロワ・オン・ステージ」だったでしょうか。彼女のカルメンはアクのない、硬質で透明感のある、強さの半面にはかなさも見えるカルメン?でした。言いかえればジプシー(反体制)でもスパニッシュでも、はたまたコケティッシュでも悪女でも何でもない。それで悪いかといえばそうでもなく、こういうのもありかなと。泥臭いと思っていたこの作品が、何だかとてもきれいな夢物語のようでした。

ホセ役のウヴァーロフ。私は去年のボリショイ来日公演ではウヴァちゃんを見ていないので、一昨年のグルジア国立バレエのニーナの時以来です。私のかつての「白い王子様」も、顔だけ見ると結構なオジサンになってしまいました。でも、ひとたび踊りだすとそのシャープな動きに息をのみます。ホセの上役であるコレヒドール役の、キエフバレエのヤン・ヴァーニャと同じ動きをシンクロして踊るところがあるのですが、その方も決して悪くないのに、やっぱり体のキレなど差がついちゃってお気の毒という感じ。ウヴァちゃんももう結構な年齢なのかもしれないけど、踊りはまだまだ全然、かっこよかったです

それが、ウヴァちゃんは「ホセ」じゃなくてやっぱり王子入ってるというか(この人もかなりの大根だった?)あのクラシックじゃない振り付けを踊っていても、やっぱり優雅な雰囲気はそのまんまなのです。もっとドロドロした感情がもつれにもつれて悩む役どころだろうに~!今までホセ役で感動した大嶋さんや山本さんに比べたらちっとも悩んでないし、ドロドロもしてない~!(ルジ様は別格です

それがザハロワ姫をさらに「カルメン」じゃなくしていた要因かもしれません。でも、けなしているんじゃなくて、それはそれでとても素敵でした。アダージョもとても美しかったです。

泥臭くない原因、ほかには「たばこ売りの女たち」という女性二人が登場するのですが、この二人がまたザハロワに負けず劣らずのスタイルのよさなのです。ザハロワと比べたら誰が出てきても見劣りすると思うのに、踊りも特に見劣りせず美しかったです。キエフ・バレエのタチヤーナ・リョーゾワとオリガ・キフャークという人で、知人の話では一昨年のキエフ・バレエの公演にもソリストとして出ていたそうですが、ほとんど印象にありませんでした。この二人誰かに似てる‥遠目にはステパネンコとフィリピエワという感じ?プログラムの写真は全然違いますけどね。

それと、ウヴァーロフ、先ほどのヤン・ヴァーニャ、それからエスカミーリョ役のシュピレフスキーの男性3人が揃って長身でスタイル良し。なので、全体的にヴィジュアル重視のクリスタルな「カルメン」になっていたのですね。

シュピレフスキーは、ボリショイの「ドン・キホーテ」のエスパーダ役で見ましたが、何でこの人が「闘牛士」でないといけないんでしょうね?確かに背は高いし、超イケメンだし、闘牛士の衣装が超似合って素敵ですよ~ でも闘牛士に必要なのはキレキレ感というか、一種の圧倒的なスターオーラなのに、踊りだすとあの重たいもっさり感。全然太ってないのに恰幅よく見えてしまうのはなぜ?それでも一応顔がカッコイイから許します。(別に私に許されなくてもいいと思うけど

そのヴィジュアル重視の中にあって、唯一「運命」(牛?)役のオクサーナ・グリャーエワが怪しい存在感で光っていました。メイクで顔はよくわからないけれど、スリムな体なのに不気味な威圧感がありました。

そして、一番の突っ込みどころは‥何とウヴァちゃんで、後半の登場の瞬間、絶句!

衣装が、黒タイツの上に、袖が膨らんだ赤の水玉模様のシャツ!それを胸のところでキュっと結んでいるラヴリーないでたち!!この衣装は昨年の「マラーホフの贈り物」で、「カルメン」を踊ったセルゲイ・フィーリンも着ていました。。。フィー様はそれなりにかわいらしく似合っていたのだけれど、ウヴァちゃんの似合わないことはなはだしい!どうしてこういう衣装なのか不明ですが。日本では水玉はかわいいイメージか、あるいは60年代のサイケデリックなイメージでしょう?ああ、私の白王子は‥‥はからずもウヴァ王子の別の面を見ることになりました。

感想のつもりが、くだらないことばかりですみません。久々のバレエのせいか、「カルメン」だけに突っ込みすぎて長くなってしまいました。他の演目はまたこの続きに。

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2009年4月30日 (木)

バレエマンガも好き 4 

バレエに関するマンガはいくつかありますが、今月初めまでに現在進行中のもののコミック新刊が出そろいました。私は連載読者ではなくてコミックだけですが、不思議なことに大体同じような時期に新刊が出るんですよね。連載のペースが一緒?ということでしょうか。(というより、私が勝手にそう思っているだけね。)2009_0422_171239imgp7357

マンガは子どものころはよく読んでいて、本当にマンガからいろんなことを教わったように思います。でも、私は一番はまりそうな中学・高校の頃にぱったり読まなくなってしまったので、その後のマンガ史もわからなければ、有名作品もごく古いものしか知りません。要するにマンガに詳しくはありませんが、バレエ好きということで、バレエのマンガだけは大体読んでいます。

バレエマンガって、身体で表現するものがテーマになっているわけだから、デッサンが正確でないと話にならないですよね。だから、バレエを題材にしているマンガはみんな丁寧できれいな絵を楽しむことができます。へたくそできたない絵のマンガは見る気がしないのですが、その点バレエマンガは絵だけでも十分鑑賞にたえるし、ストーリーも面白かったらいうことありません。

そんなわけで、新刊が出るとちょっとした感想を残したりしていましたが、何と、それも早くも4回目だったんですね。3回目は昨年の9月でした。引き続き、また備忘録的感想を書いておこうと思います。

有吉京子「まいあ」 3 (1月30日発行)
言わずと知れた名作「SWAN」の後続の物語。絵は「SWAN」同様きれいでいうことないんだけれど、何かもうひとつ読んでいてのりきれないのはやっぱり主人公に魅力が乏しいのかな。読んだのはもうだいぶ前で、時間がたって忘れてしまったので、ちょっと読み返してみたけれど、忘れちゃう程度のものかな~という感じ。

主人公のまいあは、本編「SWAN」の真澄とレオンの娘で、パリ・オペラ座バレエ学校の生徒。バレエは大好きだけれど、おっとりした性格で、それがすごく甘いと友達からも言われ、自分でも思い悩んで一生懸命変わろうとしている。それがずっと続くのでまだるっこしいというか‥‥何でそんなに変わらなきゃいけないのか、はたから見ててわからない。周りはガンガン自己主張する奴らばかり。そんな同級生と同じにならなくてもいいと思うんだけど。

学校公演の「二羽の鳩」で思ったような役をもらえなくて落ち込んだり、また友達に刺激を受けて「少女の友人」役を頑張ったり、コールドの大切さに気付いたり。ずっと主人公まいやの目線だけで描かれているのがちょっと単調。

後半は型破りな転入生が現れたり、日本公演があったりで気分が変わってよかったけれど、ず~っとこのまま、まいやがくよくよ考えたり、それじゃダメっ!と突然しゃかりきに自己主張をしてみたりするようなストーリーが続くのかな~と思ったら、この作品やっぱり苦手かも‥‥‥。前号みたいにレオンや葵さんが登場してくれたらいいのにね~

現実のパリ・オペラ座バレエ学校は、今まさに日本公演のまっ最中です。私は見に行かないけれど、写真で見る限り本当に天使のような、何の曇りもない、素直でピュアな子どもたちですよね。あの子たちもこんなふうに思いきり自己主張したり、友達にあらぬ忠告をしたり、ウジウジ思い悩んだりしているんだろうか??選び抜かれた未来のスターたちの公演を、やっぱり見ておけばよかったかな?今回は演目が地味なせいか、あまり見たいと思わなかったのが残念です。

槇村さとる「ドゥダダンシン!」ヴェネチア国際編 5 (3月24日発行)
前回も、前々回もハラハラドキドキの展開でしたが、やっと落ち着くところに落ち着いた感じですね。3巻、4巻と続いたコンクールもいよいよ決着がついて、主人公鯛子は新たなステージへと飛び立ちます。

この作品が面白いのは、いろんな人の目線で描かれているところです。本人目線はもとより、コンクールを取材している記者の目線、愛子先生や冴子先生、鳴海先生などの先生目線、そしてなにより観客の目線。これがあるから本当にこのコンクールを一緒になって見ているような気になってわくわくしてしまうんですよね。

また、ウォン・リエ、小泉レナ、倉田真理、静香さん、容子さん、そして三上くんなど、登場人物一人一人の境遇も丁寧に描かれているので、その人物の変化や成長ぶりもまた生き生きと伝わってきます。そしてみんな何て魅力的な人たちなんでしょう!

コンクールの審査は難航を極め、決着がつかなかったため、受賞者が出場するガラ・コンサートにまで持ち込まれました。龍一王子と組んでいた鯛子はパートナーをウォン・リエに替え、決戦に挑みます。二人、それぞれの人生、それぞれの思いを込めて踊る「白鳥の湖」のグラン・アダージョ。ダンサーの身体を通り越して観客に伝わる熱い思い。それを言葉のない絵だけの大きなコマ割りで延々12ページも続くところが、動かないのに、まるで動いてるような臨場感ですばらしい! 

一方、天才少女小泉レナは、母の「どんなことをしてでも」という思いを知り、突然思いもよらなかった行動に出ます。家族の庇護から解放され、自らのハンディを隠さず、ありのままの自分を試してみたくなったのか‥‥。

この作品で素敵なのは、いわゆる敵役的な位置づけの人まで、登場人物のほとんどがバレエを通して何らかの気づきを得ているところだと思います。このレナちゃんしかり。三上くんに謝る倉田真理しかり。。誰もおろそかにしていないところに、作者の登場人物全部に対する愛を感じます。コンクールが終わり、それぞれの道が決まり、みんなまた新たな道を歩み始めて行く。今後の展開もすご~く楽しみです。(龍一王子だけがちょっとかわいそう~

山岸涼子「テレプシコーラ」第2部 2 (3月29日発行)
あっと驚く幕切れで終わった第1部の続編。16歳になった六花(ゆき)がローザンヌ国際バレエコンクールに参加するところから始まる第2部の2巻目です。アクシデント続きでローザンヌに着き、やっとレッスンが始まりました。ここではバーに着くのも勝負のうち。だけど六花は出遅れて隅っこの場所しか残っていません。。。こんなことで泣かなくても‥‥。ま、1巻からずっとこんな調子だったのですが。

謎の東洋系アメリカ人のローラ・チャンがいよいよ前面に出てきます。すごい存在感があって身体能力も抜群だけど、一言もしゃべらず無愛想。巷の噂だと、これは第1部のはじめに重要な位置にいながら途中で消えていった、あの空美ちゃんが整形(!)して再登場したものだという話があるらしいけど(!?)まさかね~。あのときは小6で、現在は高1。4年たっているけれど、いくら顔が変わってもあそこまで特異な身体能力があったわけだから、もしそうなら踊りを見ればわかるのではないかな‥‥?それともさらに進化していて、子どもにはわからないのかな。いずれにしても、ミステリアスではあります。

相変わらず主人公はちょっとのことですぐ不安になって、焦ったりめそめそしたりするんだけれど、そのたびに姉の千花ちゃんのことを思い出し、しっかりしなくちゃと自分に言い聞かせます。千花ちゃんならこうするだろうとか。しっかり者でバレエでも超優等生だった姉の影を背負い、六花ちゃんはどこまで頑張れるのか。また、振り付けや即興などで、既成概念にとらわれない自由な発想ができる彼女のよさが、これからどう花開いていくのか楽しみです。

まだ本格的な審査は始まらなくて、本当にゆっくりのペースなんだけれど、丁寧に取材したと思われるコンクールの舞台裏の詳細部分、コンテンポラリーや即興などの教授法、ヴァリエーションの解説など、ストーリー以外にも興味ある内容が盛り込まれていて面白いです。ただ、この調子でいくと予選、決戦を経てコンクールが終わるまで、まだあと何冊も(何年も?)かかりそうですよ。

ちょうどこの間の日曜日に、ローザンヌ国際バレエコンクールの決戦の模様が放送されましたね。私は録画したまま、まだクラシックヴァリエーションの最初の方しか見ていないのですが、ことしは日本人や中国人、韓国人など、東洋系の人がたくさん決戦に残っていました。去年は確か日本人は一人だったような。その年によって大分違うのでしょうが、何かことしは「ラ・バヤデール」のガムザッティと「コッペリア」のスワニルダのヴァリエーションがやたら多かったですね。この「テレプシコーラ」の中にあった、「難易度が高くてもその分、成功すれば上位を狙える」という先生の独白部分そのまんまなので、へぇ~と思ってしまいました。テレビの録画は、この連休中にゆっくりと見ようと思います。

曽田正人「MOON」 3 (4月4日発行)
こちらは現在映画が公開中の「昴」の続編です。映画はまだ見ていないのですが、やはり連休中に見てみたいと思っています。(何か突っ込みどころ多そうに思うけど‥

前巻のいや~な終わり方で傷ついたすばるのもとに母が訪れて、さらに追い打ちをかける。。。この母は何の悪気もないのに、最初から微妙にすれ違っていて、前作の「昴」にもあまり登場しませんでした。今回、母に会うことでさらにすばるの孤独が深まってしまう皮肉。傷ついて踊れる状態ではないはずなのに、やはり踊ることを選択したすばると、何やかやあって舞台リハができないまま臨む盲目のパートナー。その「椿姫」が始まります。

しかし‥‥公演名が「ミハイロフの贈り物」で、ミハイロフ本人が踊るのが「ヴォヤージュ」って、モデルまるわかり。ま、いいか。踊り終わったばかりのミハイロフが舞台袖ですばるを元気づけるところ、いい人だ~。

今回はとんでもないこともなく淡々と進んできたなと思いきや、踊りが始まり、いよいよクライマックスというところで、何と雷で場内が停電し、舞台照明も落ちるというアクシデントが‥!!突然真っ暗になったのに、舞台上の二人はまだ踊り続けているという、この作品らしいあり得ない展開にびっくり。。そして、真っ暗なのにオーケストラは演奏を続けられる不思議。(ノイマイヤーの「椿姫」ってピアノだけじゃなかったっけ?)

主催者はありったけの懐中電灯をもってこさせ(真っ暗なのにどうやって)舞台を照らします。照らし出されたその様子に観客唖然。(私も唖然!)盲目のニコと、子どものころ、明かりもない暗い病室で踊っていたというすばるならではの暗闇の超絶パフォーマンスだったのでした!

日本公演も終わって、最後のすばるの言葉がまたふるってる。「いっつも何かあってさあ‥‥そういうのバネにしてがんばるの、もう飽きたんだよね」ですって。そしてまた新たな局面に向かって進んでいくのでした。あは、も~勝手にやってください。次の段階で待っていそうな有名振付家というエリクソン氏も実在の誰かに酷似ですね~突っ込みどころたくさんあるけれど、一応期待しています。

バレエマンガにしては作画が荒くて、線もきれいではないんだけれど、そのためにかえって迫力が伝わってきて、いつもあり得な~い!とかウッソ~!と思うのにぐいぐい引き込んでくる何かがこの作品にはありますね。でなきゃこんなにいつまでも読んでないわという、そんなマンガだと思います。

マンガと侮ることなかれ。どの作品もすごく面白かったです。(わたし的には「まいや」を除いて

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