その他観劇記

2010年12月13日 (月)

「オーケストラが奏でる歌舞伎の舞」(11月27日)

日本ニューフィルハーモニック管弦楽団の「オーケストラが奏でる歌舞伎の舞」というコンサートに行ってきました。何と!市川笑也さんが東京文化会館で華麗に舞ったのですハート達(複数ハート) Img

クラシックのコンサートの中で、2曲を笑也さんが踊るというものでしたが、最初聞いた時はびっくりしましたよ。それも東京文化会館といったら、私はそこではほとんどバレエしか見ないので、勝手に「バレエの殿堂」と思っている場所です。そんなところで笑也さんが一人で?どうして?‥‥すごい!というよりは、申しわけないけど大丈夫?という感じでしたが、珍しく売り出し日の売り出し時刻にチケットをとって、とても楽しみにしていました。

クラシック音楽のコンサートなんて何年ぶりだろう?多分子どもが生まれてからは熊哲がプティ振付の「ボレロ」を踊った「スーパーワールドオーケストラ」というのしか行っていないと思います。 (約10年前?)あのときは育児疲れもあったのか、その「ボレロ」以外はほとんど撃沈していたのですが、それがとても気持ちよかったんですよね そのとき演奏されていたのはラフマニノフの曲で、以来ラフマニノフとは私にとってヒーリング・ミュージックという認識になりました。それ以来のコンサートでした。

≪第1部≫
内容は2部構成で、最初は演奏のみ。「宇宙からのスーパーサウンド」と題した1部は、ホルストの「ジュピター」で始まりました。この曲は歌詞がついてヒットしましたが、歌のメロディにならなかった部分のほうが私は好きなのです。力強い行進曲のようなところとか、牧歌的な広がりのあるところとか。もしかして、生でこの曲を聴くのは初めて‥‥と楽しみでした。しかし頑張ってとったチケットは最前列ということもあったのか、前列のストリングスばかりが大きく聞こえて、後ろにいる肝心の金管の音がよく聞こえず(全然見えなかったし)ちょっとがっかり。ホルンの音がとても素敵な曲なのに。

そのあとは「くるみ割り人形」から「行進曲」「トレパック」「葦笛の踊り」「花のワルツ」と続きました。娘がバレエをやっているので、これらの曲は小さい頃から今まで、どれも一度や二度は踊っているので、親の私も耳にタコができるくらい聞いています。でも、改めて曲だけ聞くととても懐かしい気持ちになりました。こんなにキラキラした曲だったかなあ~生の音っていいですね。「花のワルツ」は、バレエの舞台を見ていても眠くなる場所なのですが‥‥最初のハープの音をきいただけでこれはヤバい‥‥すると、後ろの席からオジサンの派手ないびきが聞こえてきて、それがとても気になって、おかげで私は眠らずにすみました。

1部の最後はチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲第一楽章」で、これはすごくよかったです。行ったことないけど、ゴージャスな帝政ロシアの宮殿や「琥珀の間」などが目に浮かぶようで‥(何て幼稚な空想)うっとり。10月の「COLD SLEEP」のときの川井郁子さんのマイクを通した演奏と違って、生の繊細なヴァイオリンの音を近くでそのまま聞くことができてよかったです。(あたりまえか‥)ヴァイオリン奏者の漆原さんという方は、女性ですが繊細さと力強さを併せ持っていて、弓の糸(何と言うかわからない)を何本も切って、途中でそれをブチブチ抜きながらの熱演でした。1部でアンコールというのも変ですが、そのあとプログラムにはない「タイスの瞑想曲」を演奏してくれました。これもとても素敵でした。

≪第2部≫
2部の最初はマーラーの「アダージェット」‥‥ダメダメ!この曲は!好きすぎて‥もう目を閉じれば頭の中でルジさまが勝手に踊りだしてしまうという条件反射付きなので、一生懸命目を閉じないようにしていました(爆)2部は1部と違って舞台を暗くして、舞台の上なのに譜面灯をつけての演奏で、それだけで幻想的な感じになっていました。

「アダージェット」のあと、続けてこの日のために作曲されたという舞踊曲「龍神天の舞」という曲が始まりました。いよいよ「市川笑也オーケストラに舞う」です!音楽は、特に和楽器は使われていないのに、木管の不協和音が何だか雅楽のような不思議な響き。そして‥‥ゴーっと音がして、何とオーケストラボックスから床全体がせり上がってきました!こんな構造になっていたんですね!!知らなかった。それが歌舞伎のセリというより、音がすごくて、まるでサンダーバード基地のようで(古っ‥)ちょっと笑えましたが、すごい! いきなりブルーの半透明な布を被った笑也さんが目の前に!

何しろオーケストラボックスの上が舞台‥‥そして私は最前列!本当にドキッとするほど近いところで笑也さんを見ていきなり目がハート達(複数ハート)になりました 最初は「龍神」ということで、水色のオーガンジーの裾を波のように長く引いたようなガウンに、細かくプリーツをとった袴?のスーパー歌舞伎みたいな派手な衣装で、頭には銀色の烏帽子のようなかぶりもの。でも‥‥それが今までのオーケストラの演奏とはかなりのミスマッチで、見ていて何か気恥ずかしい感じもしてしまいました。

それに踊りも、そのオーガンジーの長いガウンを脱いで、それを獅子頭のように扱ったり、波のように扱ったり、はたまた龍がとぐろを巻くように身体に巻き付けたりするのだけれど、最前列だから空間をどう使っているかなんてわからなくて、振付としては陳腐なつまらない振付のようで、うう~んと思ってしまいました。でも、遠くから見れば幻想的で美しかったかもしれません。笑也さんは、白塗りの女性のお顔でとても美しかったです。

そのあと1曲「タンホイザー序曲」の演奏があって、次に「トリスタンとイゾルデ」の「愛の死」で登場したときはあでやかな赤姫姿。美しい~ハート達(複数ハート) でも、なぜか手に脇差と男物の小袖を持ち、何かを思い詰めたような、仇討ちでもするような形相なのです。

「トリスタンとイゾルデ」の物語は古代ケルト民話が起源で、のちにアーサー王伝説とともに中世の騎士物語として広まったという有名な話なのだそうです。シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」のもとになった話だとも。よく知らないのですが、イギリスのコーンウォールの王と、海を隔てたアイルランドの王女との政略結婚の影で、王の腹心の騎士トリスタンが、王の妃となるイゾルデと愛し合ってしまったという、許されない愛を描いた悲劇なのだとか。

ここで踊られた「愛の死」は、ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」の最後の場面で、瀕死のトリスタンを腕の中で見送ったイゾルデが、彼の後を追って自害するという‥‥そういう場面だったそうです。すると、笑也さんが手に持った小袖は愛するトリスタンを象徴していて、最後はそれを床に敷いて脇差で喉元を掻き切り、小袖の上に崩れるように倒れるという結末はうなづけます。でも見ているときは、美しいけど何で死んじゃうの??って‥‥どうせ見るなら少しぐらい予習をしておけばよかったです。

しかし‥‥これからは超ミーハー話になりますが(いや、私のは全部ミーハー話だけど)‥‥正直なところ私は歌舞伎でも舞踊の部分はよく寝ているし、自分でも日舞をほんのちょっと体験してみたけれどとても駄目だったし、見ても一向にわからないのです。だから笑也さんの踊りが上手いか下手かなんて私にはよくわからない。実際この公演も何を意図しているのかわからない曲の組み合わせだったし(だって「くるみ」なんだもの)初めてこのコンサートで笑也さんの踊りを見た人がどう感じたかもわからないです。

だけど、私はやっぱり笑也さんのファンなんだな~と、いや、これが大好きっていうことなんだな~と実感してしまいましたハート達(複数ハート)大体笑也さんという人は、姿もですが、お声がとても美しい人なのです。それが一言の台詞もないのに、踊りもいいか悪いかわからないのに、もう近くで見たというだけで帰り道もルンルンで(バカ)気をつけてないと思わずニヤニヤしてしまう変な人になり下がっていました。こんなことルジさま以外ではなかったことです。ああ、私ったらあきれたミーハーだなあ。

笑也さんは12月は南座の顔見世に御出演ですが、大好きでも忙しい年末、京都までは残念ながら行けません。願わくば来年もまたぜひ多くの歌舞伎の舞台で美しいお姿を拝見し、その美しいお声に酔いたいと思います。今回ファンを自覚したので、いっそのことファンクラブ入っちゃおうかしら‥‥本当にアホですみません。

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2010年12月12日 (日)

段治郎名作語り(11月23日)

Img_0001 8月に語りもののステージを見て面白かったので、また行ってみました。というより、澤潟屋欠乏症‥ 何でもいいから行ってみたかったのです。

渋谷のセルリアンタワー能楽堂というところに初めて行ってきました。渋谷駅から行くと高速道路の向こう側の高層ビル、ホテルを中心とした複合施設のようです。その地下2階に能楽堂はありました。

能楽堂といえば、学生時代にレポートを書くために何度か行ったことがありました。宝生能楽堂、観世能楽堂‥確か昔は学生席といって、柱が邪魔になる中正面といったあたりなら1,000円前後で見られたのではないかしら。まわりは学生‥‥というより、謡曲や仕舞を習っている?おばさま方が多かったような。おばさま方といったって、もしかしたら今の私ぐらいの年齢だったかもしれません。若い頃はずいぶんオバサンのように思ったけど、よく考えてみるとそんなものですね。今思うと高尚な習い事をなさっているセレブな方々だったと思います。

なぜ周りのおばさま方を思い出したかというと、私は、実は能を見に行ってよく寝ていたのですよ。そうすると隣に座った方が、「これを見ながら見れば眠くならないわよ」と言って謡いの本を貸してくれたり、薄荷の飴をくれたりしたのです。そんな優しい方々でした。

で、実は私、せっかく行ったこの公演で寝てしまったのですよ 近代的でとてもきれいな場所だったけれど能楽堂は能楽堂。あの空間の雰囲気は条件反射のように眠くなるのかもしれません。能舞台には幕はありません。舞台セットも特にありません。シンプルな正方形の舞台、松が描かれただけのバック、そして橋掛り‥‥その場に入るだけで幽玄の世界に踏み込んでしまうような場所‥‥そんなことで眠くなったことの言い訳をしているのですが、う~ん 大好きな段治郎さんを見に行ったのに、自分でもショックでした。

内容は、まず茶室のにじり口のような、小さな「切り戸口」から三味線の奏者が現れ、静かに演奏を始めます。間もなくふわっと揚げ幕が上がって、袴姿の段治郎さんが、白足袋ですり足をしながら静々と現れ、中央に置かれた葛桶(かずらおけ)に腰をかけて、持っていた本を開いて朗読を始めます。

「第一夜」の「女」が現れたところで、同じく袴姿の春猿さんが登場します。春猿さんは1の松のところで立ち止まり「女」の部分を読みます。‥‥「第二夜」以降は段治郎さんと春猿さん、かわるがわる葛桶に座って朗読をされていました。

お客様はもちろん段治郎さんと春猿さんの熱烈なファンの方ばかりのようで、絶対に寝たりなどせずに、じ~っとお二方のお顔を眺め、その様子に見入っておられるようでした。雰囲気から、皆さんお知り合い同士のような‥‥もしかしたらファンクラブか何かの方々だったのかしら?

一方、私ときたら「第二夜」以降、ところどころ意識が飛んでしまい、休憩ではっと我に返ったものの‥‥休憩後もちょっとうつらうつらしてしまったという そんな不届き者はどうやら私だけだったようです。申しわけありません でも、それだけ心地よい朗読だったということですね。(ということにしておこう

朗読というのは、やはりもともとの「本」の内容も大事なのですよね。今回の夏目漱石の「夢十夜」は、お話としては変わっていて面白いけれど、私としては特にイマジネーションを刺激されるようなものではなく‥‥。(これも「明治」という時代のせいかしら?)きのう、きょうと行われた第2弾は太宰治の「お伽草子」だったようで、内容的にはそちらの方がずっとよかったでしょうね。

朗読劇も、同じく段治郎さんと春猿さんが出演されている「優雅な秘密」というDVDを見ましたが、書き下ろしという作品の内容そのものがとてもよかったのです。段治郎さんの少年の声、春猿さんの少女の声は聞いているだけで創造力をかきたて、不思議な懐かしさを覚えて涙が出ました。中にはそんなものもあるので、多分また企画があれば行くと思いますが‥‥でもこのときはやはり、漱石苦手の上に、能楽堂という場所も私には鬼門のようでしたね(申しわけありません)もちろん、段治郎さんも春猿さんもとても素敵でしたよ。。だけど、やっぱり彼らは歌舞伎の舞台で見たいなあ~と思いました。

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2010年12月 2日 (木)

10月新派「滝の白糸」

前回の記事のあとに、10月末に見たバレエの記事を日付を変えて目立たないようにアップしてみました これも同様に見てから時間がたってしまったので、またこっそりアップしようとしたのだけれど、やっぱりそれも立て続けだと不自然な気がして今度はやめました。ずいぶん遅い感想になってしまいました。

実は、歌舞伎が好きで、好きな役者さんは市川笑也さんと市川段治郎さんです。もともと猿之助さんが好きで、笑也さんもきれいだなあ~くらいに思っていたのですが、一昨年の「ヤマトタケル」を見て、笑也さんのつややかなお声と段治郎さんの圧倒的なカッコよさに陥落しました その後、猿之助のお弟子さんみんなを応援したくなってきました。それで、このブログにもいつのまにやら「澤潟屋ファン」などというカテゴリーが‥‥ (それにしちゃ、記事のほうは全然充実してませんけど。。)

しかしファンになってみると、彼らを見る機会はそれほど多くはないようで、勢い、2回も大阪まで行ってしまったり、歌舞伎じゃない舞台まで見に行くことになってしまいました。今までよく知らなかったけれど、歌舞伎以外にもいろんなことに挑戦されていたのですね。ことしになってから、5月の笑也さんの「神埼与五郎東下り」や、8月には笑也さん、段治郎さんが出演された朗読劇などを見ましたが、おかげで今まで見たことがないジャンルの舞台を楽しむ機会ができました。Img

さて、この「滝の白糸」ですが、泉鏡花原作の新派の名作だそうです。新派の舞台を見るのはこれが初めてでした。春猿さんは新派初主演、ほかに笑三郎さん、猿弥さん、弘太郎さんも出演されていました。得チケが出たし、試験休み中の娘も見に行きたいというので一緒に行きました。

初めて行った三越劇場はレトロな雰囲気というか、老舗デパートの上階にある古色蒼然な劇場にびっくり‥‥場末の映画館みたいでしたよ。よく見ると豪華なシャンデリアや、壁や天井の装飾、ドアの装飾などとても凝っていていいなと思う一方、ロビーなどがせせこましく、客席もまっ平らで見づらいことこの上ない。前の席に特に大きな人がいなくても、人の頭の間から覗き見る感じでした。

「滝の白糸」というお芝居そのものも、う~ん‥‥わからないこれはきっと明治という時代を理解しないとわからないと思うのですが、それに輪をかけて鏡花の独特な世界が好きでないとついていけないものだったようです。江戸時代というのはわかりやすいですよね。忠義、義理人情、お家のため、もうそれだけです。でも明治時代というのは、昔国語の時間に苦労(漱石とか鴎外とか)したように、全く一筋縄ではいきません。西洋の新しい文化や考え方が次々に入ってきた一方で、人々の意識はまだまだ男尊女卑だったり、家とか士族、華族などの身分に縛られていた時代ですものね。近代文学は西洋的「自我」と実社会との葛藤をテーマにしたものが多いと習ったのを思い出しました。

それにしてもあのラストはどうにも納得がいかず、観客の反応もしらけた感じで、終わったあとも拍手がまばら。まるで映画でも見た後のように皆さんさっさと席をお立ちになっていたのがショックでした。今まで舞台とは感動を呼び起こすものだと思っていたのに、こんなのってあり?

簡単にストーリーを書きますと、水芸の一座の人気太夫である滝の白糸(春猿)は、地方回りの公演(北国街道というから富山県か石川県?)のときに、馬車の馬丁をしていた村越欣弥と出会います。幕が開く前には馬の蹄の音だけで、幕が開いてからは茶店の蚊帳の中で寝ている白糸の場面から始まるので、欣弥はまだ登場しないのだけれど、プログラムではそれまでのいきさつが長々と書いてあります。

当時としては新しい乗合馬車というのに乗ったけれど、人力車に追い越されて癪にさわるので文句を言ったら、いきなり馬丁が白糸を抱きかかえてひらりと馬に乗り、あっという間に到着してしまったということだったらしいです。あとから一座の人々が到着し、事の顛末に一同あっけにとられるのだけれど、その馬丁って馬車を置き去りにしてきちゃったんでしょう?そこに商売敵の南京出刃打ちの芸人の寅吉(猿弥)も乗っていたんじゃ、そりゃ怒るはずです。

場面は変わって、小屋がはねたあとの河原の夕涼みの場面。ここで欣弥と再会した白糸は、彼の身の上話を聞きます。そして馬丁をやりながら勉強する欣弥のために、自分が学費を援助するから(‥普通、身の上話でそこまで発展する?)ということになり、白糸の説得に欣弥は東京へ行くことになったのでした。

三年の月日が流れました。水芸というのは夏のものらしく、半年興行して歩けば1年食べていけるようなものだったそうですが、欣弥への仕送りのため、1年中興行をすることになった上に人気も下火になり、一座の資金繰りも苦しくなってしまいました。そしてやむにやまれず太夫元から借金をして帰る途中のこと、賊に襲われお金を奪われてしまいます。そして、ここが一番不可解なのだけれど、大事なお金を取られ、仕送りができないことのショックなのか、白糸は意識がはっきりしないまま近くの屋敷に強盗に入り(!!!)殺人まで犯してしまったのでした。

そしてまた月日が流れ(?)‥‥欣也と出会った懐かしい場所、最初の茶店に戻ってきたのでした。ところが、懐かしがる間もなく刑事がやってきて、白糸は興行を一座に託し、出廷しなければならなくなってしまいました。そしてそして、さらにびっくりなのが、何と白糸の援助で立派な検事となって帰ってきた欣弥が、その裁判を受け持つことになっていたのです。そして、法廷に立った白糸は欣弥に諭されて殺人を自白し、さらに欣弥とのことが明らかになって彼の出世の妨げになるのを恐れてか、その場で舌を噛み切ってしまいます。その直後、裏に下がった欣弥がピストル自殺をする‥‥何でよ~!?

何というか、このモヤモヤ感。わけのわからないまま帰りたくない~と思ったけれど、前の席にいたおばさまのグループなどは、さっさと帰り支度をしながら「結局結ばれなかったのね、かわいそうね」なんて言って、ワイワイとお食事にでも行かれるご様子。待ってよ~!私は今まで舞台を見終わってそんなにあっさり帰ったことがないので、すごく面食らいました。

娘に言わせれば、これは澤潟屋の役者さんを見るためのお芝居だからこれでいいのよって‥‥そうかなあ~。そういう面では、猿弥さんや弘太郎さんのキャラの立ちっぷりとか、笑三郎さんの芸達者ぶり、そして何より春猿さんの女形としてのかわいさ、美しさを十分堪能できたと思います。

春猿さんの見せる多様な表情は素晴らしかった。早替わりして扮装が変わっても全然一緒みたいな役者もいる中で、白糸という一人の女性を演じるのにもいろんな色を使い分けていて驚きました。まず最初の場面で、起きてきた白糸が夢見心地に語る様子が、まるで少女のように生き生きとしていたのです。寝起きの姿はとても妖艶なのだけれど、その妖艶な外見からは意外なほどのかわいらしさがありました。それでいて言葉は芸人っぽくちょっと蓮っ葉で無鉄砲な感じもして、いい味出していました。

夕涼みの場面で、自分で髪を結い直すシーンにはちょっとドッキリ。水芸の場面では、人気太夫らしい風格があり、裁判の場面では終始後ろ向きにもかかわらず、愛する人に諭され、やむにやまれぬことだったにせよ自分の行いを恥じ、悔い入る心情が見てとれてさすがだなと思いました。

ただ、いかんせん新派の方たちの中に入ると、ほかは本物の女性ですから(それも小柄な人が多いようですし)とっても大きく見えるのです。そして一番大事な河原でのデートの場面で欣弥役の井上さんと並んでも、相手が高下駄をはいているにもかかわらず春猿さんのほうが背が高い 笑三郎さんも三味線の腕を披露したり、芸の指導をする場面が最高でしたが、すごい迫力の大女になっちゃっていて‥‥

お芝居は皆さんすごくうまいのです。「神崎~」のときの笑也さんのような素人っぽい浮き加減はなくて、みんなこのお話の登場人物として、この時代の人として溶け込んでいました。だけど、やっぱりわからないことが多すぎて全然感情移入ができないのはつらかったです。だって、一番大事なのは二人の想い、絆でしょう?

白糸が欣弥に惚れたのはよくわかります。だけど欣弥が白糸を好きになったのがわからない。ただ一つの二人のシーンである河原の場面でも、ちっともドキドキすることがなく、欣弥の気持ちがわかりませんでした。そして裁判のシーンも、やっぱりあれはポーカーフェイスでやらなきゃいけないのだろうけれど、それにしても何かリアクションがあったっていいじゃない?自分がここまでになれたのは、この人がずっと学費を出してくれていたおかげなのだから。それを受けてきたのはやはり恩以上の感情があったのではないですか?‥‥それを語らずにいきなりの自殺。愛に殉じたというより、せっかくここまできたのに、お母さんを残して‥‥という身勝手さが気になってしまいましたよ。

最後に、銃声を聞いた白糸が、うっすらと笑みを浮かべて死んでいくところが、少しですが見ていて救いになりました。でも、欣弥があまりにも杓子定規で、若くてイケメンな俳優さんが演じていたにもかかわらず萌えポイントがちっともないというのが、ミーハーな私としては全く残念でした。これが、何度も上演されている新派の代表的な人気演目?難しいんですね、新派って(!)

親子して何だかわからない~という気持ちで劇場をあとにしました。実は娘は突っ込み好きで、「白鳥の湖」を見ても「オデットが湖に身を投げても死なないよね~白鳥だもん」などと言う奴なのです。今回も親子突っ込み合戦で笑いながら帰りました。これでいいの~?って気はしましたけどね。

日本橋三越は、前にも何かの展覧会で行ったことがありましたが、天然記念物的なデパートなのですよね。中央に7階までぶっ通しの吹き抜けのあるゴージャスな空間づくり。その真ん中にはキッチュな「天女像」がましまし、偉容を放っています。建物全体が東京都選定の歴史的建造物に指定されているそうで、それだけでも見る価値はあると思いました。

来年1月にはまた三越劇場で、今度は段治郎さんが主演の「日本橋」が上演されます。これも鏡花ものなので理解できるか心配ですが、この建物といい、三越劇場といい、レトロな雰囲気にまた浸りに行きたいと思っています。

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2010年9月27日 (月)

「総司恋歌」~沖田総司の青春~

先日書いたとおり、大阪に行ってきました。目的は新歌舞伎座のこけら落としと、大阪在住の友人に会うためでしたが、せっかく大阪に行くんだから何かほかにないかなと思っていたら、こんな公演があったんですね。Img

OSK日本歌劇団の「総司恋歌」を見ました。OSKは大正時代に創設され、かつては宝塚歌劇団、松竹歌劇団(SKD)と並ぶ三大少女歌劇といわれていたそうですが、2003年に解散。その後有志により再結成されたということです。私はもちろん見るのは初めて。全く知識はありません。だけど舞台が好きだし、宝塚っぽくて面白そうだし、新選組のお話だしということで、大阪に行くならOSK見なくっちゃというノリで行きました。

会場のABCホールは、東京でいえば座・高円寺ぐらいの大きさ(250席~)のホール。形状も座・高円寺とよく似ていて、高低差のある階段状の客席は、どの席からも見やすそうでした。ステージはちょっと狭くて、あまり大きなセットは乗せられないという感じ。お客目線でいえばロビーが狭いのが難点かもしれません。

ちょっとびっくりしたのは男性のお客さんが多かったこと。前に宝塚を見たときはバレエ以上に女性ばっかりで男性は珍しかったのですが、こちらは若い男性も年配の男性も、比率はバレエや歌舞伎よりずっと高かったです。この公演の一つの目玉として、先斗町の本物の芸妓さん、舞妓さんとのコラボレーションがあったので、そういう関係からかしら?お座敷シーンになったときに「待ってました!」と掛け声がかかりましたからね。

1時間半のノンストップの舞台。幕はなく、開演前のスクリーンには浅黄色のバックに白字で「総司恋歌」とだけ書かれた映像が映し出され、祇園囃子がずっと流れていました。何だかとても懐かしい雰囲気‥‥何が懐かしいのか、私は祇園祭なんて見たことないのにね。沖田総司といえば新選組、新選組といえば池田屋、池田屋といえばやっぱり祇園祭だからかな~

いよいよ開演というときに、宝塚と同じように本日の主役(男役トップ)の方の声で「これより開演します」とのアナウンス。登場した総司役の高世麻央さんは、さわやかで透明感のある「少年総司」を演じていました。よくある少女漫画的で宝塚チックな感じです。が、土方役の桐生麻耶さんのほうは、宝塚でもこんな人見たことないというほど男性役がはまっていてカッコいいじゃないですか。そのオーラたるや、もうこの人に釘付けでした!何か一人ですっごく「傾(かぶ)いて」いるんですよ。失礼ながら、前に温泉場で見た大衆演劇みたいな、めっちゃ二枚目なのに、総司をからかったりするところなどちょっと三枚目的なところもあって、会場の人の笑いをとったりするんですよね。また、会場の人もノリがよくて、ちょっとの台詞で反応するのです。

台詞といえば‥‥昔、新選組ファンだった高校生のときに、友達と台本をつくって朗読劇みたいにして遊んでいたことがあるんだけれど、そんなふうな、ちょっと聞いてて恥ずかしくなるような少女趣味でステレオタイプな言葉が並んでるようで‥‥最初はうわ~大変なところへ来ちゃったなあと思いました(すみません)でも、これが「舞台鑑賞をする私」じゃなくて、あるところで「ミーハーで乙女な私」というところへストンと落ちたんですね。そのあとからはとても楽しく見ることができました。やっぱりこういうものを見るときは「乙女の心」にならないといけないですね。

(あらすじ1‥忘れているかもしれないけど
天才剣士沖田総司は、ふところに竹トンボを入れているような少年的なところが消えない明るく元気な21歳。いつも近所の子どもと遊んでいる。ある日、子どもと遊んだ後、不逞浪士たちに囲まれて斬り合いになるが、その斬り合いの最中に、毬を追って飛び出してしまった女の子(おきぬ)を守ろうとして、手に傷を負ってしまった。その傷の手当てをしたのが医者の娘で女医でもある環。環は総司が妙な咳をするので、あとで診察に来るようにと言う。

頓所ではいつまでも夏風邪が抜けない総司を心配して、八木家の女房みねが近藤や土方に総司を医者に連れて行くようにうるさく言うので、近藤は部下の加納新三郎を供に付けて環のところへ行かせる。診察の結果は労咳であった。近藤・土方は、江戸に帰って姉のところで養生するようにいうが、総司は頑として聞き入れない。どうせ短い命なら、その命のある限り近藤さんや土方さんについていきたい、新選組のために働きたいと涙ながらに訴える総司であった。

土方には先斗町の芸妓、芳松という恋人がいた。芳松は土方に勤皇の志士たちの動向を伝えていた。芳松の妹分の芸妓、姫菊は総司に惹かれている。一方総司は環のところに通っているが、隊務を続けているのでなかなか病状がよくならない。薬を飲むのもいい加減なので、環は総司の態度に激怒?してしまう。総司は驚くが、まるで姉のように本気で心配してくれる環にいつしか‥‥。

そうなんですよ~最初は土方の恋人の芸妓さんの妹分と恋仲になるのかな?と思っていたのだけれど、何とお相手は女医の環さんだったんですよ。環さんは総司よりずっと年上だと思っていたけれど、あとのほうにいくと急に女の子みたいな声になっちゃってあれれ??ちょっと驚きました。

先斗町のお座敷シーンとして披露される踊り。市宏さんの唄と三味線に乗せて芸妓の市さよさん(姫菊役)と舞妓のもみ寿さん、そして芳松役の方は芸妓さんじゃなくて団員の方だそうですが、その3人の舞はさすがに見ごたえがありました。市さよさんがうまい‥!(日本舞踊ってほとんどわからないのだけれど)それから、舞妓さんの踊りのほうは、しなや笑みをつくらないで品よく踊ることになっているというのを聞いたことがありますが、もみ寿さんはすまし顔も清楚で可憐でした。日本髪が、カツラではなくて自毛で結っているんですよね。それから舞台衣装でない本物の舞妓のこしらえも美しくて、思わず見入ってしまいました。

皆さん歌もうまいのです。ときどきミュージカル風に歌が入って、客席の中の通路に出てきて歌ったりするのですが、間近に見る高世さんや桐生さんは素敵でした。(特に桐生さんは歌っていても男にしか見えない‥)また踊りもスピード感があってよかったです。市宏さんの笛にあわせて踊る総司のソロは、病の恐怖と戦うような場面で、彼の心情がひしひしと伝わってきました。新選組隊士たちの刀を使った踊り(といっても近藤・土方・沖田・加納だけなんだけれど)は勇壮ですごくカッコよかったです。

(あらすじ2)
深まる秋‥‥郊外の紅葉の名所に出かけた土方と芳松。あとから総司と環がやってくるのを見つけ、隠れて様子を見ることに。仲の良い二人に喜ぶ土方。ところが、頓所の西本願寺への移転に伴い、幕府から御典医を紹介されたからといって、近藤は総司にもう環のところへは行くなという。わざわざ壬生まで行くのは遠いし(遠くないけど?‥)幕府のはからいを断るのはまずいという近藤に、総司は素直に「もう環さんとは会いません」と言うのだった。

そこへ、同じ労咳を患っていた少女おきぬの母が駆け込んできて、おきぬが亡くなったと告げる。壬生に駆けつける総司。そこでまた環と会うが、おきぬの母は、おきぬが以前総司に渡したのと色違いのお守り(だったよね?記憶があやしい)を環に渡し「実はこれは病気が治るお守りというよりは、夫婦になれるお守りのつもりでおきぬは持っていたのです。死ぬまぎわにこれを環先生に渡してほしいと‥」

いや、本当に記憶があやしいんです。何だか紅葉を見に行ったあたりでちょっと泣けてしまって、それからよく覚えていない。多分総司は環に、もう会えないかもしれないけれど、ずっとあなたのことを思っていますよみたいなことを言ったんだと思うのです。二人で歌を歌ったのかな?そのあとはフィナーレの踊りになって、皆出てきて華やかに終わる‥‥だったと思うのです。ストーリー的には尻切れとんぼのようだけれど、懐かしくも乙女チックな「沖田総司」の世界にどっぷり浸ることができました。突込みどころは多々あったけれど、こうやって楽しめたのは、私にもまだ「乙女になる」才能があったからでしょうね

ちょっとだけ気になったのはカツラ。おきぬちゃんのお母さんも、八木家の女房も、明治時代ならともかく、幕末にあんな髪型はありえないでしょうって‥‥あと、沖田、土方など新選組隊士も何だか変‥‥というか、少女漫画風の髪型をそのまんまカツラにしたような感じでしたねえ。まあ、女性が演じるんだから青々とした月代というわけにはいかないからまあいいか。あと近藤さんはどう見ても役不足。といったって「少女歌劇」に近藤さんという役はやっぱりかわいそうかな(笑)

こじんまりした会場、シンプルな舞台で、宝塚のような豪華さはなかったけれど、歌も踊りも上手で、お芝居もよかったです。とってつけたみたいだったけれど、本物の芸妓さん、舞妓さんの踊りも堪能できました。OSKの舞台。文句なくカッコいい桐生麻耶さん。また機会があったらぜひ見てみたいと思いました。

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2010年8月12日 (木)

「夏の夜の夢語り」(8日昼)

201007_natsunoyonoyumegatari01thumb‥‥という公演を見てきました。朗読劇?というのか、この手の公演は初めてで、ちょっと驚きました。見る前はラジオドラマみたいなものかなと思っていたけれど、実際は違いました。読まれるものの内容の一つ一つにはあまり脈絡がなくて、どうも「劇」というよりはオムニバスみたいな、やっぱり「朗読」だったんですよね。

すみません、最初にお断りしておきますが、検索で来て下さった方はとてもがっかりすると思います。だって、この公演の内容については何もわからないただのミーハーのたわごとですから

何で突然そんなのを見る(聴く)気になったのかというと‥‥笑也さんと段治郎さんが出演されていたからです 私は今まで、ファンとは言いながら、こと笑也さんに関しては白塗り以外の笑也さんにはほとんど興味がなかったんですよね。あの声も姿も美しい笑也さんが、昨年の大河ドラマの武田勝頼役では年相応のオジサンだったことに軽くショックで‥別に素顔なんて見なくていいやって(爆)

でも、そんな片手落ちのファンも、だんだんとのめり込んでいって、5月の扉座の「神崎与五郎東下り」を見てしまったわけです。あのときは茶髪で「おやまルンバ」を踊る笑也さんを見てさらにショックでした そしてそのお茶目な雰囲気がとても好きになりました。実は‥‥笑也さんが初めて映画に出演したという「筆子・その愛~天使のピアノ」という映画も先月、見てきちゃったんですよ。また来週上映会があるというので、2度目行きま~す!‥‥というくらい、実は今、素顔系笑也にはまってしまったのです。

とてつもなく脱線しましたが、そういうわけで笑也さんと段治郎さん目当てに見に行きました。出演者はどんなメンバーだったかというと、歌舞伎界からはこのお二人のほかに、おなじ澤潟屋の市川猿琉さんがご出演。猿琉さんは5月の横浜の段治郎さんの講演会のときに、段治郎さん、喜猿さんとの立ち回りの実演を近くで見ることができました。なかなかのイケメンさんです。

イケメンといえば、こんなバカ話にへたに検索で引っかかると申し訳ないのであえてフルネームはやめておきますが、この日の出演者は皆さんイケメンぞろいだったのです。ダンサー&俳優の舘形さん、ダンサー?の中塚さん、歌手&俳優の加藤さん‥‥私は全然知らなかったけれど、これがとてもカッコ良い方々で、みんな段治郎さんと同じぐらい身長があるんですよね。特に加藤さんはオールバックにした髪型といい、その雰囲気といい、超かっこよかったです

そのせいかこんな地味な公演にもかかわらず、何とうちの娘ぐらいの若い女の子がいっぱい来ていたのにはびっくりしました。え~っ、これってこういうアイドル系?の公演だったんだ?何と、観客の年齢層をぐっと引き上げていたのは笑也さんと段治郎さんのファンだったようで‥‥つまり私!も完全にその一人でしたね 

ほかに、女性では元宝塚という初風緑さんと、俳優座のベテラン女優&声優の岩崎加根子さんのお二人でした。総勢8名が椅子に座り、順番になると前に出て、かわるがわる朗読をするというスタイルだったのです。いや、こんな若いイケメンたちの中に段治郎さんや笑也さんが入っても、何ら違和感を感じなかったのがすごいと思いました。

まず、猿琉さんは立派な若手イケメンですものね。5月の横浜のときは端正な袴姿でしたが、この日は何とヒゲなどはやしていて、かなりワイルドに崩した感じになっていました。王子様っぽい雰囲気の人ばかりの中で、ただ一人チョイ悪風で、それがまた光っていたのです。一人だけ朗読でないお芝居っぽい絡みも演じていたりして、良いアクセントになっていました。

段治郎さんは文句なくカッコよかった歌舞伎の舞台ではもちろん、この間も美しい色男を演じていたわけですが、長身小顔なので、純粋な歌舞伎の衣装よりは、スーパー歌舞伎の衣装のほうが似合う人なのですよね。あのゴテゴテとしたスーパー歌舞伎の衣装をモデルさんのように着こなしてしまう段治郎さんだから、黒のスーツ姿も素敵でした。それも中のシャツは赤で、赤のポケットチーフを覗かせているという‥‥街でこういう人を見たらかなり引きますが‥‥長髪、金髪の王子様たちに混じって、黒髪の歌舞伎王子といった雰囲気で舞台ではとても映えていました。特に、脚を組んで座っている姿のカッコよさには参りました

さて、笑也さんは‥‥外見はまたまたびっくりで何と1部は赤いジャケットなんですよ~!それもサイズが合ってないような。そして髪伸びた?まだ茶髪でした第2部はちょっとよれたような白の上下‥何となく三枚目風のキャラになっていました。2部の最初のほうで少しだけダンスシーンがあったのですが、皆さんさすがにダンスはかっこいい。男性では一番年上の笑也さんだけ、ちょっとおどけて腰を振ったりしてかわいかったです

何だか内容のことはさっぱりですね。‥‥これはイギリスのロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの作品の翻訳だそうで、本来2夜に分けて上演する2本を、抜粋して一度に上演するというものだったようです。だから脈絡がないというのは当たっていました。

PART 1 「虚ろな王冠」
イギリスの歴代の王たちについてのいろいろな物語、書簡、日記、回想録などを集めたものだったのでしょうか。私は歴史的背景を全く知らないのですが、その賢かったり愚かだったりする王たちの栄枯盛衰がオムニバス的に語られていきます。ほとんどが、ろくでもない王だったかな(笑)段治郎さんの威厳のある英雄の声が印象に残っています。笑也さんの声はやはり素晴らしい!即位したばかりの初々しい女王の声、しっとりとした大人の女の声、処刑されようとしている王のふてぶてしい声と、いろいろな声を魔法のように操っておられました。内容的には馴染みがなく、ちょっと難解なところも。もう少し知識があればもっと楽しめたのかな。

PART 2 「歓喜と悔恨」
「愛とは何ですか」という問いかけに対するいろいろな答え、さまざまな恋愛模様を描いた文章、詩、などをちりばめた、ちょっとコミカルで楽しい作品?でした。面白かったのは段治郎さんが読んだ「蚤」‥‥蚤の身体の中で自分の血と、彼女の血が混ざり合う不思議‥‥そんなこと考えたことなかったので笑ってしまいました。それから、加藤さんが客席の通路から登場した「欲求不満」。これってローリング・ストーンズとあるから、歌詞なんでしょうか?ジェスチャーも加わって楽しかったです。あと、段治郎さんと初風さんの「さわってもいいかと彼は言った」は二人のやりとりにドキドキしてしまいました。爆笑は「既婚者の行動に対する独身者の苦情」のコミカルな笑也さん!あ~、ちょっと前までこんな笑也さんの姿、想像ができたでしょうか?すごく楽しかったです。

Rimg0211 実は、この公演に行こうと思ったもう一つの理由がありました。会場の日本青年館です。この千駄ヶ谷と信濃町の間、国立競技場や神宮球場、絵画館などの一帯が私にとって青春の1ページだったときがあって、とても懐かしい場所だったのです。

その昔、大変なヤクルトスワローズのファンだったときがあって、高校~大学時代にずいぶん通いました。神宮球場に通って試合を見たり、クラブハウスというところの前で選手の出待ち入り待ち‥‥あ~そんな前から私ってひどいミーハーだったんですね。Rimg0213

初めて神宮球場で試合を見たのは中3のとき。何と、一人で出かけて行ったのです。その日、小学生までしか入れない子供向けのファンクラブに年を偽って(ばればれだろうと思うのに)入会して、特典の帽子をもらいました。確か、その帽子をかぶって行くと、外野席にはタダで入場できたような‥‥。

高校に入るとカメラを持って練習中の選手を撮りまくりました。そのうちに、常連のファン仲間ができたりして、楽しかったなあ~。Rimg0215

何年か前に娘とこのあたりを歩いたときがあって、そのときに当時のクラブハウスを探したけれど、もう当時の面影というか、建物自体がなくなったのか、どこだかわからなくなっていたのはちょっとショックでした

この日は、公演の行き帰りに通るだけだったけれど、懐かしい場所に再び立って感無量で帰ってきました。  

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2009年10月19日 (月)

舞台稽古見学(前進座)

先週、歌舞伎保存会の関係で10人ほどで出かけて行って、前進座の舞台稽古を見学させていただきました。

舞台稽古といっても、途中で止めてダメ出ししたりはせず、本番の舞台と同じにカーテンコールまで全部やっていました。ほかに来ていた方々を見ると、多分支援者向けの内覧のような?映画でいえば試写会のようなものだったと思います。演目は「さんしょう太夫」といい、よく知られた「安寿と厨子王」のお話です。これは本拠地の前進座で公演を行うのではなく、これから11月12月と地方公演に持って行くものだそうです。今までも前進座の代表的レパートリーとして各地で公演を行っていた演目のようでした。

舞台は最初から幕が開いたまま。中央にお堂のようなものがありますが、これが山椒大夫の屋敷になったり、国分寺になったり、いろいろと変化します。会場の後ろから左右の通路を通って笠をかぶり旅装した僧侶の行列が声明のようなものを唱えながら入ってきます。やがて舞台に差し掛かると、照明に浮かび上がった経典の文字が、僧侶の衣、背景などに写って一種異様な雰囲気を醸し出します。僧侶がそろうと、みな衣を脱ぎ、ある者は登場人物に、ある者は左右に並んだ楽器を演奏する楽員になります。

そんな印象的な演出で始まりました。というのも、これは中世の説教節から出たお話なのだそうです。説教節というのは、経典を理解できない庶民のために、わかりやすい民話の形で仏教の教えを説いたものなのだそうで、その説教節の語りのように物語が始まっていったのでした。

左右にいる楽師が、太鼓や鉦などの古楽器を奏でながら、出番になったら役者になり、役がすんだらまた楽器の所に戻るという面白いスタイル。また、能や狂言のように、具体的な小道具・大道具がなくて、見えないけれどそこにその「もの」があるとして演じることが多く、例えば一行を別れ別れにした二艘の船なども、実際船はないのに、その船に揺られている演技で船があるように見せる手法をうまく使っていました。

お話は人買いに騙されて親と別れ別れにされ、丹後の山椒大夫のもとに売られた安寿と厨子王の兄弟が、慣れぬ潮汲みや芝刈りにこき使われながらもお互いにいたわり合って耐え忍ぶ物語。やがて他の奴婢たちの協力で厨子王を京へ逃がし、そのかどで姉は責められて死んでしまう。京にのぼった厨子王は、のちに出世して帝に丹後の国をもらい、国司として赴任して今までの敵を討つ。そして、佐渡に売られた母を訪ねて再開するという、簡単に言えばそんなお話です。

お話としてはかなりありがちな話で、「おしん」よろしく、これでもかこれでもかというほどいじめ抜かれるんですよ。それが微に入り細に入りですごくかわいそう。あと、火責め水責めで安寿を殺すところも残酷だし、山椒大夫を竹ののこぎりで首をひいて処刑するのも妙にリアル。「さんしょう太夫」ってひらがなの題名だから子供向け?かと思ったら、うわ~というくらい怖いシーンもありました。また演じる役者さんの熱演ぶりも真に迫ってすごかったです。突込みどころもあったけれど、ご好意で見せていただいたのに申しわけないのでやめておきます 最後の変わり果てた母との再会は、さすがにちょっと泣けました。

地元前進座でやらないのはなぜでしょうね?でもこういうものは地方のほうが受けるのだと思います。昔子供のころに親しんだ物語で、懐かしがる御年配の方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。ベタではあるけれど大衆演劇とはまた一線を画す端正なせりふ回し、文学的な香りもあり、楽器や歌の使われ方もよくて、久々に歌舞伎以外の演劇を楽しむことができました。本番さながらの役者の皆様の迫力、奮闘ぶりにも圧倒されました。

「説教節」ということから、もともとは因果応報とか、一心に仏を信仰すれば救われるという「教え」がこのお話のもともとのテーマだったと思いますが、奴婢に落ちてみて初めて奴婢の辛さがわかったという安寿の言葉のように、現代にも通じるものがあると思いました。凄惨ないじめ、虐待のシーンは世の不条理を写すものとして。そして、自分が犠牲になっても一人を救うことで、のちにその一人がみんなを救ってくれるかもしれない。そんな、辛くても希望を持って懸命に生きようとする人々が報われるお話はいいものです。劇中では命からがら逃げて行った厨子王が、あまりに早く出世して、すぐに舞い戻ってきて山椒大夫を成敗するので「うっそ~!」と思ったりもするのですが、そこはお話だからまあいいか 単なる勧善懲悪ではない、人間のはかなさや運命の哀しさもよく出ていました。

HPに名古屋(16~18日、既に終了)以外の地方公演の予定が書かれていないのは、クローズドの「芸術鑑賞会」とかが多いからでしょうか?今までの様子ではかなりいろいろなところで連日公演をされているようです。前進座の皆様、どうもありがとうございました。これから2か月の長い地方公演、気をつけて行ってらっしゃいませ

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2007年9月22日 (土)

宝塚、初めて見ました。

070920_1517001_2 先日、初めて宝塚の舞台を見てきました。テレビでは何度か見たことがあったけど、生の舞台を見るのはこれが初めて!いろいろ聞いてはいたけれど、へ~ぇ!こういう世界があったんだ~!

なかなか見る機会もなかったのですが、今月末まで東京宝塚劇場でやっている「バレンシアの熱い花」は高校時代の思い出があって懐かしかったので、思わず見に行ってしまいました。何と30年ぶりの再演だそうです。懐かしいというのはその30年前の高校時代、宝塚ファンの同好会のようなものがあって、文化祭でこれを上演したのです。

その当時は「ベルばら」ブームで宝塚ファンも多く、親子三代ファンという人もいて、同好会には結構人数がいました。私は宝塚のことは何も知らなかったし、そのときまでその会の人とそれほどつながりもなかったのですが、当時ちょっと変な高校生で、学校でよくふざけて時代劇の真似をしたりしてたのです。桃太郎侍とか、旗本退屈男とか(高橋英樹ファン?)が好きで、「三つ醜い浮世の鬼を、退治てくれよう桃太郎!」などとやっていたら、突然スカウト?されたのです。

宝塚ファンというのは面白くて、全くの「清く正しく美しく」の世界で、悪役は絶対やりたがらない。自分たちで好きな役を取っていって悪役だけが残ってしまった。それを中学生の後輩にやらせようとしたけど、貫禄不足だし、演技できる子がいないので私にお声がかかったというわけです。もう一人、いつも義太夫を口ずさんでいる、もう一段上の変わった子がいて、その子が仇役のルカノール公爵になり、私はその部下の大佐になりました。実際の舞台を見たら悪役はもっとたくさんいるのですが、多分どうでもいいので省略して、公爵と大佐だけ。それから手下の衛兵は確か2~3人(後輩)しかいなかったかなあ?ひどい。。

主役級の人は豪華な貸衣装を着ていたけれど、そのほかは見よう見まねで、ものすごく苦労して手作りしました。指導は、確か卒業生の先輩が来てくれていたと思います。主だった人には厳しく指導していたようですが、悪役その他大勢はやっぱりどうでもよかったのね~。仕方ないので自分たちで、ここはこうしようなどと話し合っていろいろ研究したりしました。剣で戦うシーンがあるので、基本の動作を習いに、フェンシング部のある他の学校に行ったりもしました。本当に半年ほど夢中で練習をしたと思います。実際、全然期待されていなかったけど、私たち悪いほうもかっこよかったとほめられたのを覚えています。とても面白い経験でした。Takarazuka_002

あれから30年たって見た本物の舞台は、それなりに面白かったです。30年前でも聞くのが恥ずかしくなるくらい、きざで歯の浮くような台詞だったけど、今見ても本当に一昔前の少女漫画のような、超古典的な言い回しが多くて、一人で受けていました。台詞も覚えているような部分が多く、「ひゃ~これ、これ!」と言いたくなるようなものもあって、とても楽しみました。

この宙組のトップ(大和悠河さん)は、ちょっと線が細い現代的なイケメン風で、いかにも宝塚!というような(鳳蘭みたいな!)古典的な人ではありません。私はどっちかというとラモン役の蘭寿とむさんみたいな方が好みかな‥。まあそんな感じ、というだけで。あの男役の声の出し方とか、本物の男でもやらないだろうという男らしさを強調した派手な身のこなし。はまる人ははまるかも~でした。

最後、シルビアが死ぬシーンが確かあったような気がするんだけど、あれは私たち(先輩?)の創作だったのかなあ。ロドリーゴがシルビアを抱き上げて「シルビア~!」と叫ぶの。ここではただ「シルビアが死んだ!」というだけだったのがちょっと物足りなかった?かなあ。フェルナンドが主人公だから、別にそのシーンは必要ないとは思うけど。確かそこですごく盛り上がった記憶があったので。ああ、でも、忘れていたことをいろいろ思い出して、とても楽しかったです。070920_1518001

第2部「宙ファンタジア」は歌と踊り。確かに皆さんダンスは上手い。だけどやっぱりバレエのほうが好きかなあ。男役さんは厚底のブーツをはいているので、高く上げた足がフレックスになっちゃって、ちょっと違和感。

こちらは新作のはずなのに、やっぱりいろいろお約束のものがあるので何だか古いような‥‥。大体、見ている人はバレエ以上に女性ばかりなのに、その女性客を前に超ハイレグ&網タイツ姿でラインダンスなんてね~。何考えてるのかよくわかりません。お決まりの大階段をリボン持って降りてくるやつも、あの羽根を背負った姿はとてもとても、趣味がいいとか悪いとかを超越している世界ですね~。いや、すごい!美しいとか豪華だとかいう前に、ただただ、ここまでやるか、すごい!と。

またトップの方のお召換えの回数は半端じゃありません。あれでは舞台裏は戦場のようでしょうね。他の人も、あ、この人はあの役をやった人だ~と気が付く間もなく、すぐお着替えをしてしまうので覚える暇もありません。化粧がすごいのでなかなか顔の区別がつかないのですよ。

本当に一種現実離れした、夢の世界なんですね~。いろいろ突っ込みたかったけど、そういうのを一切しないのがお作法のような気がしました。客観的に見たりはしない。とにかく全面肯定。すごい世界です。女が男の役を演じるうそっぽい特殊性も、そういえば歌舞伎だって、おじいさんが娘役を演じてたりして、とてもおかしなものだし、バレエも、知らない人が見れば呪いをかけられたお姫様だの、もっこりタイツの王子様だの、勘弁してよ!の世界なんだろうなと思います。

だけど歌舞伎もバレエも、多少なりとも批判眼というか、そういう視点が普通にありますが、宝塚は違う。批評はいらない!とにかくその世界でたっぷり楽しむこと。その辺がもともと温泉場の娯楽として始まったという、そういう種類のものだということなんですね。

ちょうど今、文化祭のシーズンです。母校にはあの同好会はまだ続いているのかしら?それともあれっきりだったのかなあ。あのときのグループ名は「劇団・黒い天使」、数年後に集まった同窓会は奇しくも「エル・パティオ」という名前の店でした。30年ぶりの再演を、あのときの仲間で他にも見た人がいるでしょうか。今の若いジェンヌさんたちが、こんな古典的な愛の物語を昔のまんまに演じるのを、タイムスリップのような気分で楽しませてもらいました。

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