澤瀉屋ファン

2013年4月12日 (金)

こんぴら歌舞伎初日

Photo 前日の「お練り」見学に続いて、こんぴら歌舞伎の初日の舞台を昼夜で楽しみました。

最近では初日に観劇するなんてあまりなくて久しぶりだったのですが、やはり初日の緊張感はいいですね。特に、私にとっても初めてのこんぴら歌舞伎。当日は大荒れの天気予報ながら、琴平は曇り空に小雨が時折という感じで風もなく比較的おだやかな朝でした。

10時開場ということだったので、本当はその前から並んでいたほうがよかったのかもしれませんが、せっかく来たので朝から本宮まで登ってお参り。その帰りに、途中にあったお洒落なカフェで遅めの朝ごはん。かなりのんびりしてしまいました。

石段を下っていくと偶然にも、毎年こんぴら歌舞伎に来ている人で、この日は夜の部から見ると聞いていた友人にバッタリ。今到着したばかりでこれから奥の院まで行くとのことでした。もう開場している時間なのにのんびり歩いていた私を見て怪訝そうな顔。マス席の中は早いもの順だから早くから並んで場所を確保したほうがいいよというアドバイスをせっかくもらっていたのに‥‥ごめんなさ~い!

金丸座に行くとまだ長蛇の列。その最後に並んで中に入りました。前述の通り、一枠5人はかなり狭くてびっくりしましたが、脚のやり場に困りながらもお芝居はとても楽しめました。

昼の部
「鳥辺山心中」

タイトルに「心中」と付くと近松の心中ものを思い浮かべますが、こちらは大正4年に初演された岡本綺堂作の新歌舞伎。義太夫が付いて所作をする場面など古典的な趣もありますが、古典と違って「家」や「忠義」にがんじがらめになるようなことはなく、「純愛」を描いているところが新歌舞伎らしいところです。

ときは江戸時代初期の寛永年間。将軍家光とともに上洛した旗本の半九郎(愛之助)は、祇園の遊郭でその日初めて廓に出たばかりのお染(春猿)と出会って一目惚れ。以来逢瀬を重ねてきたのですが、将軍が江戸へ戻ることに決まり、半九郎も京を去らなければならなくなります。このまま京を去れば、お染は今度こそ本当に遊女になってしまう。家宝の刀を手放してもお染を自由にしてやりたいと思う半九郎でしたが‥‥。

ふとしたことで同僚の弟の源三郎(猿弥)と口論になった挙句、鴨川の河原で決闘となり、ついには源三郎を斬ってしまったのでした。そこへ駆けつけたお染。切腹するか、源三郎の兄に討たれるしかないという半九郎に、それなら自分も一緒に死ぬと告げ、二人で正月用に誂えた晴れ着を着て、鳥辺山へと向かって行くのでした。

という、あらすじだけだと非常に単純な物語なのだけれど、お芝居はこれだけではありません。最初に二人の晴れ着を持ってやってくるお染の父の与兵衛を寿猿さんが好演していました。親のために遊里に出されてしまった娘だけれど、幸いにもお客とはいえ相思相愛の人に巡り合い、おそろいの晴れ着も用意することができた。そんな娘の幸せそうな顔を見て心から喜ぶ姿。いいなあ寿猿さん。遊女ではあるけれど、清らかな娘心を残した春猿さんの美しさ。そして終始酔っ払ってる感じだったけど、愛之助さんの若々しいかっこよさ。

彼の純粋さに対比させるように、世慣れた遊び人の右近さんと、無粋で血気盛んな猿弥さんの兄弟。またウブな春猿さんに対して先輩遊女の笑三郎さんの老成した雰囲気など、脇役まで適材適所の澤瀉屋ならではでうれしくなってしまいます。

家宝の刀も惜しくない、ただ京の鶯を自由にしてやりたいだけ。一見いい加減な男のように思えるけど、半九郎のこの思いは、たとえ身請けしても江戸に連れ帰って奥方にすることなんかできっこない時代、お染に対する精いっぱいの「純愛」だったと思うのです。それを痛いほどわかっているお染。ならば私も一緒に死にましょうというのは当然だったかもしれない。でも、お父さんのことを考えなかったのかなあ。二人にとってはそれがすべてだけれど、観客には最初のうれしそうなお父さんの姿が印象的に残っているから、お父さんのことまで考えちゃって涙・涙の道行ですよね。四国の田舎町の小屋全体が、完全に鳥辺野を望む京都の鴨川のほとりになっていました。

美男美女の道行は美しいですねえ~ でもこんなにビジュアルがよすぎると歌舞伎というより(春猿さんは今や新派の花形だし、ラブリンは商業演劇にも出るスターだし)どこか大衆演劇っぽくて、私にはそこがかえってツボでした。いいお芝居でした。

Rimg1621 幕間、客席があまりに狭いので、少し運動したほうがいいかなと思って外へ出ました。休憩中も花道の上は通れないので、平均台のような板の上を歩いて仮花道まで出て、そこから外へ出ます。外はかなり雨が降ってきていました。トイレは外なので雨が降ると困ります。建物は文化財なので、建物に続けてトイレをつくったりはできないのでしょうね。

何と、気がついたら一番後ろの二階席の下にはちょっと殺気立つぐらいにカメラの三脚が林立し、報道陣がひしめいていました。外ではお客さんをつかまえてインタビューしていたり。こういうのも初日ならではなのでしょうね。

「義経千本桜~川連法眼館の場」
前回の御園座では2回見ながら何だかあまり感動がなかった「四の切」でしたが、今回は全然違いました。
劇場の持つ特性というのでしょうか、それが新・猿之助の芸風とぴったりとマッチした感じで、増幅エネルギーがすごかった!

とにかく、ちょっとしたことですぐ笑いが出たり拍手がわいたりで客席の反応がストレートなのです。もうこうなったら四代目の独壇場でしょう。舞台と客席が近いというのはこういうことなんですね。彼の一挙手一投足に客席が大きく反応して、一体となって盛り上がっていく楽しさはここでしか味わうことができないものでした。演じるほうも役者冥利というか、それはそれはやりがいがあったのではないでしょうか。

先月の御園座には姿を見せていた川連法眼役の段四郎さんですが、今月は休演だそうで心配です。かわりを寿猿さんが務められました。寿猿さんと竹三郎さん、ぴったりのいいご夫婦です(笑)義経は愛之助さん。イケメンなので義経は合いそうに思ったけれど、貴種流離譚の主人公としてはその気品・哀愁が不足気味。まあ初日なので仕方ないでしょうか。静御前はもうおなじみの秀太郎さん。静役は昨年6月からの襲名披露で初めて演じたそうですが、見るたびに深まって、心に沁み入る、まさに名静御前になっていました。

今回駿河二郎が月乃助さんで亀井六郎は弘太郎さん。毎回少しずつ配役が変わっているんですね。一旦御簾が降りて腰元たちが現れて後半へのつなぎとなりますが、この腰元たちが今回は笑野さん、喜昇さん、猿紫さんなどのおなじみの「オモダカ’s」(勝手に言ってます)登場でうれしかったです。それも今回の演出は花道と仮花道の両方に別れて、手燭を持って「探索」に出てこられたので、会場からも拍手が。お客さんからすれば、とにかくすぐ近くまで顔を見せに来てくれたという感じ。腰元たちが盛大に拍手をもらうのは珍しいですよね。これも金丸座ならではのことでしょう。

再び御簾が上がって後半へと移りますが、ここはもう先ほど書いたように源九郎狐の独壇場。も~う、いつもの何倍もノリノリでいらっしゃいました そして、江戸時代からある仕掛で、この金丸座にも残っていた「かけすじ」という機構を使っての古風な宙乗りは本当に感動しました。下から見上げると、上に二人の黒子さんがいて操っているのがわかります。ワイヤーを操ったりコマを押して進めたりするのが全部人力。(復元の際、安全上縄からワイヤーにせざるを得ず、それを巻きとるのはモーターだそうですが、それが金丸座唯一電動の舞台装置ということでした)それも天井に渡した狭い板の上でやっているのですよ。移動するのは花道の上だけだし、それほどの高さもないのですが、こんなに興奮した宙乗りは今までなかったんじゃないかなと思うくらい、感動しました。そして、会場もわきにわきました。最後は花道揚幕から布の囲いが出てきてそこからたくさんの桜吹雪が吹き出す中、狐さんは満面の笑みで去っていきました。あ~楽しかった!

小屋を出ると雨が上がって空は明るくなっていました。外には夜の部を待つ人の長蛇の列。これはもう早く並ぶとかの話ではありません。幸い今度は2階席。ゆっくりと敷地内のお土産コーナーなどを見ながら時間を過ごして、列が短くなってから後ろに並んでまた入場しました。

夜の部
「京人形」

一昨年の10月に新橋演舞場で見た「京人形」が面白かったので、何とかしてもう一度見れないものかと思っていましたが、ここ金丸座で実現。小さな芝居小屋には向いている演目かもしれませんね。奴照平(月乃助)以外は多分同じキャスト。

日光東照宮などの彫刻で有名な左甚五郎のお話です。島原の太夫に一目ぼれした甚五郎ですが、まだ無名の職人の身では廓に上がって太夫に会うことなど夢のまた夢。とうとう甚五郎は太夫そっくりの人形をつくってしまいました。花道から登場する甚五郎は花を持っていますが、何とそれは自分で作った人形のため。家に帰ったら早速、大事にしまってある太夫の人形のふたを開けて酒を飲もうというところでした。

女房役は笑三郎さん。こんな変態(?)ダンナを怒りもせずに、自ら仲居役をひきうけて自宅を廓に見立てて太夫との酒宴をもりあげようとする、いい女房ですよねえ。そして、女房が引っ込むと、何が起きたのか、人形が動きだすというファンタジー。

笑也さんの美しい京人形がまた見られて幸せハート達(複数ハート)演舞場のときは、ふたが開いたとたんに客席がざわざわっとなり、「ジワ」と呼ばれるような現象が起こったものでしたが、今回はそれはなかったものの相変わらずびっくりするほどきれいでした コミカルな動きは先月の御園座でのおばあちゃんになった「るん」を思い出しちゃう。変だけどかわいいの(笑)

人形を相手に酒を飲むシチュエーションは、ローラン・プティ版の「コッペリア」でコッペリウスが人形をテーブルに座らせてシャンパンをあけて乾杯したり、人形と一緒に踊ったりするのとよく似ています。(あれは本物の人形だったけど)「京人形」はまさに「和製コッペリア」ですね。そうそう、人形振りというのは日舞でもバレエでも何となく共通点があるのを前回発見しました。

甚五郎の動きをまねて男っぽく踊ったり、太夫の魂が入ったときは急に女っぽくなったり、メリハリがあって楽しい踊りです。上手くても下手でもわからないお得な踊り(?)それにしても、まばたきをしない笑也さんはすごいです。前に見たピーターライト版の「コッペリア」では、人形のふりをしてる吉田都さんのスワニルダが全くまばたきをしないので驚いたことがありましたが、それに匹敵するすごさ。(まばたきって無意識にやっちゃうけれど、訓練でやらないようにできるのかしら?)まさに名匠のつくった「京人形」そのものでした。

後半、突然お家騒動ものに切りかわり、甚五郎の家に匿われていたお姫様(春猿)のピンチ。お姫様を助けに来た奴(月乃助)が誤って甚五郎の大事な右手を傷つけてしまい‥‥それでも左手で器用に大工道具を使いながらユーモラスに追手をやっつけるという場面。甚五郎は左利きだった、ということかも。猿若さんや猿琉さんなど「チームおもだか」(勝手に言ってます)の息の合った立ち廻りがテンポよく演じられます。人間カンナがけやのこぎりのまた裂きなど(初めてこれを見た友人はそりゃないぜと言ってましたが・笑)そんな笑いも随所にあって楽しかったです。しかし‥‥美しい春猿さんとカッコいい月乃助さんの出番はこれだけ?‥‥って、みんな思ったでしょうね。

Rimg1630 口上
金丸座にもこのおなじみの祝い幕が登場しました。あれ?と思ったら、今まで見た襲名披露の幕は猿之助さんだけでなく中車さんと猿翁さんの名前もありましたよね。こちらは猿之助さんだけの一人ヴァージョンなんですね。

それほど広くない金丸座の舞台に座りきれないほどずらっと並んだ役者さんたち。今回は秀太郎さんが紹介役です。新顔は愛之助さんだけであとはおなじみの面々。

寿猿さんが「この金丸座がまだ琴平の町中にあったときに子役で出演したことがあります」と言ったら、さすがに客席のあちこちから「ほぉ~」という声が。そうですよね。50年前の先代猿之助の襲名披露のときにもいたという寿猿さん。まさに澤瀉屋の生き字引です。

「奥州安達ヶ原~袖萩祭文」
先代猿之助が地芝居に残る型を取材し取り入れたという作品。昨年BSで再放送された1980年の「猿之助奮闘」という番組にその時の様子が出ていました。地芝居の師匠がやって見せている型を見ながら、三代目は小型テープレコーダーを回しながら逐一その動きを言葉にして実況中継みたいにしてマイクに入れている‥‥そんなのを見ていたのでとても楽しみにしていたのですが、ここでついに眠気がきてしまいましたあせあせ(飛び散る汗) 昼の部の窮屈な枡席と違い、二階の椅子席で楽になったこともあるのでしょうが‥‥二階はよく見えるけど臨場感という点ではやっぱり‥‥だったかもしれません。

眠くなったのはよくわからなかったということでもあります 難しいお話なんですよ。時は平安時代の前九年の役とか後三年の役とかの時代。頼朝から数えると5代前ぐらいの八幡太郎義家が奥州の豪族安倍氏を討伐した時代のお話です。源平時代と比べるともともと馴染みの薄い時代かもしれませんね。

場所は帝の弟宮である環宮の邸宅。雪は降っているけど奥州?ではないみたいです。平傔仗直方(猿弥)は環宮の養育係でしたが、宮が誘拐された責任をとって切腹しなければならない状況に陥っていました。それをどこで聞いたのか、娘の袖萩(猿之助)が一目会いたいと父の元を訪れます。

袖萩は親の反対を押し切って浪人と駆け落ちし、勘当されているという状況のようです。夫ともはぐれ目も見えなくなり、家々の門口で祭文を唱えてわずかな銭をもらって歩くような境遇に身を落としていますが、それでもせめて切腹する前に父親に会いたくて、幼い娘に手をひかれてやってくるのですよ。しかし、やっとの思いでやってきた袖萩を、傔仗は会おうとしないばかりか、冷たく追い返します。母(竹三郎)は娘の変わり果てた姿を見て悲しみ、中に入れるよう夫に頼みますが、聞き入れられません。

降りしきる雪の中、寒さに耐えながら三味線を弾き、祭文を歌い、今までの親不幸をわびる袖萩。それを甲斐甲斐しく世話する娘のお君。そう、この子役のお君ちゃんが大活躍なの。セリフもたくさんあるし、とにかく舞台の上でいろんなことをしなければならない。そのけなげさがばっちり観客を泣かせます。プログラムを見ると子役は二人交代で務めているようですが、何てかわいくて賢い子役ちゃんなんでしょう。癪をおこした母親に、自分の着ていたものを脱いで掛けてやるシーンなど涙・涙。

そして、何と客席の天井、網状に組まれた「ブドウ棚」から客席にまで雪が降ってきたと思ったら、あとからあとから観客の上に降り積もります。ああ、こんな時こそ二階席じゃなくて平場にいたかったわ(笑)‥‥古い芝居小屋でも、客席の上にまでブドウ棚があるのは珍しいということです。その珍しい金丸座の特性を生かした雪の演出は、まさに客席まで全部悲劇の舞台になったみたいで圧巻でした。

猿之助さんのコッテリ濃い芝居はここでも冴えわたり。。。しかし二階から見ると(平場より客観的に見える)やっぱり演技過剰に思えてしまう。けなげな子役、父も母も娘に、孫に会いたい、中に入れてやりたい、それなのに立場上できないその状況。寒さに震えながら雪は降る降る雪は降る、あとからあとからどっさりと‥‥こんなただでさえ「泣ける」芝居をさらに泣かせようとするやる気満々の猿之助さんでした。

で、いつの間にか眠気がきて‥‥知らないうちに場面はすっかり変わっていました(爆)その間のことを「筋書き」から拾うと‥‥袖萩のところに夫の弟である安倍宗任(愛之助)がやってきて父を討つようにと懐剣を渡す‥‥ほっといても父はこれから切腹するんじゃないの?という突っ込みは寝ていた私にはできませんね(爆)

そう、袖萩の夫というのは戦いに敗れ行方知れずになった安倍貞任だったのです。父を討たれた復讐と安倍家の再興のために環宮を誘拐したのはまさに彼の仕業。傔仗が切腹しなければならないのはそのためで、完全に敵味方に分かれてしまった親子。しかし、袖萩は夫のためとはいえ自分の親を殺すことなどできません。思いあまった袖萩はとうとうその懐剣で自害するのでした。(お君ちゃんかわいそう

その、いつの間にかやってきた宗任ですが、なぜか館の奥から義家(門之助)が現れて手形を与えて逃がし‥‥そして父傔仗は梅の枝で切腹()そこへ傔仗の切腹を見届けにきたという桂中納言教氏(猿之助)が登場。貴族の格好をしているのですが、これが実は安倍貞任だったのです。義家に見破られて正体を現すところは派手な衣装のぶっ返りでまた会場が沸きました。後日の戦場で雌雄を決しようといって全員そろって華やかに「さらば、さら~ば」で見得を切って終わるラストはいかにも地芝居っぽくてかっこよかったです。最後は何が何だかわからなかったけれど、ま、いいか。二度三度見ればわかるようになるかも‥‥でした(爆)

外へ出たら雨はやんでいました。タクシーを拾う人、ぞろぞろと駅や旅館へ向かって歩く人。まだ6時過ぎというのに、もうお店は閉まっているところばかりで、私も早くどこかで夕ご飯を食べなきゃ食いっぱぐれてしまいます。それくらい琴平の夜は早いのでした。

そう、ここでは絶対食事付きの温泉旅館に泊まるべきでした。それが私はいつも通り(大阪や名古屋に行った時みたいに)安いビジネスホテルにしてしまったのです。町の中ならどこでも外食できるだろうと思いきや、ここではそうはいかないみたい。幸いうどん屋さんが一軒開いていておいしい讃岐うどんにありつくことができましたが、今度来るときは高くても温泉旅館にしようと思いました。 澤瀉屋の皆さん、また近い将来ぜひぜひこんぴら歌舞伎やってくださいね!!初日見た後にもう「次」のことなんて気が早すぎですが、金丸座はいいな~。またここで澤瀉屋の芝居が見られるのを楽しみにしています。昼夜通しはちょっと疲れたけど、遠征した甲斐あって本当に楽しい芝居見物でした。

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2013年4月 9日 (火)

こんぴら歌舞伎に行ってきました。

Rimg1524念願のこんぴら歌舞伎に行ってきました。7~8年前に琴平を訪れたときに金丸座の内部を見学し、ここで行われるお芝居をぜひ見たいものだとずっと思っていましたが、やはり遠いしチケットもとりにくいので、なかなか「よし、行こう!」と決断するまでにはなれませんでした。それが、今年は猿之助の襲名披露で大好きな澤瀉屋の方々が出演するので、いよいよ私にもこんぴら歌舞伎を見る機会が巡ってきたわけです(笑)

銀座には新しい歌舞伎座がオープンし、こけら落としの興行が賑々しく行われている真っ最中、現存する日本最古の芝居小屋でも年に一度の「こんぴら歌舞伎」。最新の劇場と最古の劇場で同時に歌舞伎が行われているって素晴らしいことですよね。

その初日の前日の「お練り」を見てきました。まあその前のごたごたを話せば長くなるのでほどほどにしますが、私はこのお練りをベストポジションで見学するため、午前中の早い時間の飛行機で出かける予定でした。しかし、解放感でぼ~っとしていたのか(爆)前に並んでいた人のちょっとしたトラブルで時間がかかり、保安検査場で私の番が回ってきたのが出発時間の15分前を過ぎてしまったところでした。え~!?飛行機に乗れないの?めちゃくちゃショック(バカです)次の便に振り替えてもらいましたが‥‥お練りの出発時間には間に合いそうにありません。

羽田空港で茫然としながら考えました。思えば今までどこへ行くにも家族連れ、子ども連れで、もしかして一人で飛行機に乗って出かけるのは20数年ぶり?‥‥旅行に行くにもダンナの実家に行くにも、いつも子どもがちょろちょろしないか監視していて、ボ~っとしたりする余裕は全くなかったのです。なので、一人の気安さから失敗してしまいました。まあこれも何かの縁と思って観念しましょうか。焦る気持ちを抑えて、屋上の展望デッキに出たり、空港内のお店を見て回ったりしてのんびり2時間過ごすことにしました。

そんなこんなはありましたが無事高松空港に着いて、そこからバスに乗り琴平へ。そのバスが、きょうは街中の混雑が予想されるので迂回しますというので、あ~到着が遅れるのかとあきらめモードだったのですが、街中に入ると、何とお練りに遭遇してバスは立ち往生。そこですかさず「すみません!ここで降ります!」といって降ろしてもらいました。

お練りはちょうど「金陵」を出発して街中の人込みを抜けたばかりのところ、そこへうまく行き当たることができたのです。澤瀉屋の方々は今回が初めてのこんぴら歌舞伎という方ばかりなので、その晴れ姿を何としても見たいと思っていましたが‥‥思わぬトラブルで一時はどうなるかと思ったけれど結局しっかり見れました。それもちょうど人の少なくなったいい場所で至近距離で見ることができたのです。もし予定通り早く行っていたら、多分一番混雑した中で身動きもできずに見ていたことでしょう。怪我の功名とはこのことです。日頃影ながら細々と彼らを応援している私を金毘羅様は見捨てなかったのね。ご利益ご利益

お練りは、賑やかな地元の方々の露払いのあと、最初が猿之助さん、それから秀太郎さん、愛之助さん、門之助さんの順で人力車が通りました。その次が右近さん、笑也さん、猿弥さん、竹三郎さんと続きます。そして最後にだんじり(舟型の車)に乗った笑三郎さん、春猿さん、月乃助さん、弘太郎さん、寿猿さん。皆さん笑顔で手を振っていました。

荷物をそこら辺に放り出して夢中で写真を撮っていましたが(写真は沿道のいろんな人が写り込んでいるのでここには出せず、すみません)通り過ぎてから荷物を持って追いかけ、途中に琴電の琴平駅があったのでそこのコインロッカーに荷物を放り込み、今度は裏道を先回りして商店街の手前のすいているところで待ち伏せし、ちゃっかり二回目のお練り見物(笑) 今度は写真ではなく、秀太郎さんや門之助さん、右近さん、笑也さん、竹三郎さんなどに握手してもらったりして、もうファンにはこたえられない楽しいお練りでした。

Rimg1537そのあとはすごい人込みの商店街を抜け、「金陵」の中庭に戻って皆さんのご挨拶、鏡開きなどがありました。皆さん本当に晴れ晴れとしたいいお顔をされていました。ご挨拶も楽しくて、右近さんが「歌舞伎座こけら落としの出演を断ってやってきました」と言うと、他の方々も同じように言って笑いをとっていました。そう、私だって歌舞伎座のこけら落としを見ないではるばると遠いこんぴらに来たんですよ~!いやあ、大好きな役者さんたちが笑顔で並んでいる姿はいいものですね。

後で聞いたのですが、今年のお練りは過去最高の人出だったそうです。またチケットも一般発売は1時間で完売だったとか。新年度、お天気も良く汗ばむような暖かい一日。猿之助一門の華やかないい門出となりました。Rimg1617_2

翌日は初日の舞台を昼夜で観劇。内容はまたあとで書こうと思いますが、日本最古の芝居小屋で見る歌舞伎は格別でした。

金丸座へ行く道には、東京では散ってしまった桜がまだ残っていて出迎えてくれました。前日とは一転して雨模様でしたが、しっとりとした雰囲気はまたよかったです。

Rimg1625

好きな役者さんたちの「まねき」が上がった芝居小屋。それを見上げるのはファンとしてもうれしい気分。狭い「ねずみ木戸」を腰をかがめて入るスタイルは、入ったとたんに別世界、江戸時代にタイムスリップするみたいでいいですねえ。

もともと琴平町の街中にあった旧金毘羅大芝居(金丸座)ですが、戦後は廃れてしまっていたところ、国の文化財に指定されて現在の場所に移築・復元されたのが1976年。そして現在のように年に一度の歌舞伎の興行が始まったのが1985年だそうです。それが今年で29回目。

Rimg1618劇場の内部は、7~8年前に家族で来た時に見学しました。そのときは花道も舞台も歩くことができ、裏側の楽屋、回り舞台の機構のある奈落も見ました。私も普段地元の地芝居のお手伝いをしたりしているので、そのときは上演するほうの立場で「素敵な舞台~」と思いましたが、今度はそこでお客さんとして大好きな澤瀉屋のお芝居を見るのです。

天井から下げられた、皆さんの紋どころ(おもだかばっかりですね・笑)を描いた提灯も誇らしげです。芝居の始まる前のこのワクワク感がたまりません。

しかし、席に着いたら途端に状況が‥‥せ、せまい!何これ?座布団一枚のスペースしかないじゃないですか。こんな狭い所に座るの?一マスに5人。回りの人を見るとさほど狭そうにも思えないのですが‥‥何と私と同じマスには既にでっかいオヤジが二人もどっか~んと胡坐をかいているではありませんか。そりゃあ小柄なご婦人だけ5人という席とは全然違うはずです。(オヤジ席とかオヤジ料金とか設けてほしいわ)そのお二人のおじさまは二組のご夫婦で、荷物もやたらたくさんお持ちで‥‥すごい窮屈な思いをしてしまいました。

毎年こんぴらに行っている友人に、マスの中は早いもの順だからできるだけ早く行ったほうがいいよと言われていたのです。それでも、一緒のマスの中なら後ろでも前でもいいやと思っていたのですが、そういうことじゃなかったみたい 少しでもスペースを確保しておけということだったんですね。参りました。

脚は伸ばせないし、狭いマス内は荷物でいっぱいで身動きもできません。辛かった~。でもそのつらさも忘れてしまうくらいお芝居もよかったんですけどね。午後の第二部は二階の最前列の椅子席でほっとしましたが、楽になればなったでやっぱり臨場感には欠けるなと思いました。あの狭い中でひしめき合って見るのもまた一興だったんですね。折しも日本列島を爆弾低気圧の通過するというこの日、初日のためか狭い中にも報道陣がいっぱい。そんな中での初めてのこんぴら歌舞伎見物でした。

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2013年4月 3日 (水)

名古屋市内、ちょこっと散歩(2日目その1~猿之助への軌跡展)

御園座の歌舞伎を見に行った1泊2日の小旅行で歩いた名古屋市内の覚書です。Rimg1444

さすがに2日目は11時からの昼の部、16時からの夜の部を続けて見るし、夜の部終了後すぐに新幹線で帰らなければならないので、街歩きする時間なんてないでしょう‥‥と普通は思いますが、違ったんですねえ(笑) 名古屋というのは東京とは違ってつながった一つの街という感じ。地下鉄で1駅か2駅行っても、帰りは15分か20分で歩いて帰れます。なので、この日も朝地下鉄に乗って栄まで行きました。

栄の三越でこの期間「猿之助への軌跡展」というのをやっていたので、それを見に。しかし、いくら何でも10時の開店と同時に入り、40分ほど展示を見て、それからぎりぎり御園座昼の部に滑り込むなんて、我ながらすごいスケジュールでしたね(爆)Rimg1445

三越前で開店を待っていると‥‥そう、向かい側は中日劇場のある中日ビル。「新・水滸伝」に熱狂した懐かしい2年前がよみがえります。あのときはどうしてももう一度見たくて、とうとう前楽に日帰りでまた行ってしまった。。。あの頃の私のおもだかファミリー熱は、その後の一連の襲名劇や襲名披露興行を経ても変わることなく今に至っています。私は先代の育ててきたお弟子さんたちがみんな好き。ことしの夏にまた大阪で「新・水滸伝」が見られるのは本当にうれしいです。また「熱狂」します(笑)Photo

「猿之助への軌跡展」は、舞台写真の大型パネルや、本物の「ヤマトタケル」の衣装などが展示されていましたが、一番の目玉は「四の切」の稽古から本番までを収めたドキュメンタリーフィルムの上演だったでしょうか。残念ながら私は時間の関係で見ることができませんでした。それこそまさに「猿之助」になるためには避けて通れない「軌跡」だったことでしょうね。DVDにもなっているようなので、またそのうち見る機会はあるかな。

展示されている写真は、昨年の襲名披露の「ヤマトタケル」や「黒塚」「四の切」もあったけれど、亀治郎時代の明治座や浅草公会堂での写真もたくさんありました。そういえば「黒手組曲輪達引」や「敵討天下茶屋聚」「金幣猿島郡」など‥‥私は澤瀉ファン(自称)といっても弟子たちのファンだから気がつかなかったけれど(すみません)私の知らないところで(すみません)亀ちゃんはしっかりと「猿之助四十八撰」を継承していたのですねえ。もう何年も前から着々と

猿翁さんはやっぱり最初から甥に「猿之助」を継がせるつもりだったのでしょう。そのつもりで一度外に出して修業させ、地味に(?)家の芸を経験させてきた。また一方で右近さんをはじめとした弟子たちと、2系統を育てていた。いやはやすごい策士です。この二つの系統が今めでたく合体し、中車さん・團子ちゃんという最強の後継者まで加わった。そしてまた弟子たちには弟子たちで「新・水滸伝」などの新しいことをやらせ‥‥猿翁さんは病床でもずっと澤瀉屋の未来を見据えていらしたんですね。駆け足で新・猿之助の展示を巡りながら先代・猿之助の偉大さを改めて思ったことでした。Rimg1450

で、早くも時間です(笑)三越を出て広小路通りを足早に西へ。この途中でギョッとする光景が‥‥何これ?ビルの谷間に宇宙船が挟まってる??

あとでこの裏側に行ってみてわかったのですが、名古屋市科学館の建物でした。Rimg1447Rimg1453_2

それから、この通りはレトロビルの宝庫だったんですね。左が旧・貨幣資料館(三菱東京UFJ銀行)で、右が三井住友銀行名古屋支店。銀行らしく四角張っていかにも堅牢そうな建物ですねえ‥‥って、時間は大丈夫? 全然平気でしたよ。よほど急いで歩いたのか、意外に早く御園座に着きました。

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2013年4月 1日 (月)

御名残御園座三月大歌舞伎

Rimg1455 名古屋の御園座に行ってきました。初めて行ったのですが、建て替えのためこの3月公演が最後になるのだそうです。劇場自体は旧歌舞伎座や南座ほど老朽化しているようには思えず、とても見やすいいい劇場だと思ったのだけれど‥‥昭和38年に開業ということなので、かれこれ50年。新しい歌舞伎座のように再開発して多目的ビルにでもするのでしょうか。最初で最後でも、行くことができてよかったです。Rimg1459

昨年6月の新橋演舞場からスタートした猿之助・中車・猿翁の襲名披露興行は、1月の松竹座の次がこの3月の御園座。千本桜の「四の切」や「小栗栖の長兵衛」など、この襲名披露でおなじみになった演目が並んでいますが、その中で今回初お目見えだったのは中車さんと笑也さんがともに初役で臨んだ「ぢいさんばあさん」‥‥もう、とにかくこれが見たい一心で行きました。

Rimg1460 しかしながら、予定が決まってからチケットをとろうとしたら、御園座は他とは方式が違うようで、web松竹では席が選べないばかりか全然いい席が出てこない。迷っているうちに完売(涙)そうこうするうちに御園座のオンラインチケットも夜の部は完売になってしまい‥‥結局昼の部だけ手配して、夜の部は当日券で見ることになってしまいました。迷わずにweb松竹で出た席を買っていればもう少しいいところで見れたのにというような、一等席なのにほとんど末席に近いような感じの席しかありませんでしたが、ともあれ見れてよかったです。

もう忘れてしまったことも多いのですが、一応どんなものだったかだけの感想です。

昼の部
「小栗栖の長兵衛」

これを見るのは昨年6月の演舞場、ことし1月の松竹座、そして今回ともう3回目です。これだけやっているので、中車さんはじめ回りの面々もかなり手慣れてきた感じで、テンポよく進みます。中車さんも自在に暴れ者を演じていました。脇を固める人たちもほとんど全部(月乃助さんだけ1月はお休み)一緒で、息の合ったところを見せてくれました。皆さんの適材適所ぶり、キャラ立ちっぷりが改めて素晴らしく、澤瀉ファンには楽しくうれしい一幕でした。昨年はみんなで一生懸命中車さんを盛りたてているように見えたけれど、今回はすっかり溶け込み、よりパワーアップした長兵衛になっているのがわかりました。

「黒塚」
去年の7月に東京でこれを上演したときは、阿闍梨役は團十郎さんだったんだ‥‥あの、そこにいるだけで周囲を威圧するような存在感なのに、懐の大きさ、優しさが漂う姿は忘れることができません‥‥合掌。

私は舞踊や能ベースの演目がもともと苦手なのだけれど、「黒塚」はストーリー性があり、変化に富んだ舞踊や、ひな壇に並んだ「邦楽オーケストラ」のような演奏が面白くて、好きな作品でした。が‥‥今回この「黒塚」で爆睡してしまって、我ながらショック。猿之助さんは熱演しているのだけれど、何か引き込まれるものがなかった気がします。なぜなんでしょう?鬼になってからの迫力も、身体能力もすごいと思ったけれど‥‥眠けには勝てず、ごめんなさい

「楼門五三桐」
久吉役は猿翁さんでしたが、初日よりずっと休演で、とうとう千秋楽まで中車さんがつとめました。しかしねえ‥‥何て薄っぺらい久吉‥‥(ごめん)中車さんは「小栗栖」のような新歌舞伎ではあんなにいい味を出しているのに、時代ものとなるととたんに借りてきた猫のように(すみません)なっちゃうのはどういうわけか。そういえば発声もやっぱり違うし、姿もさまになってない。理屈ではない古典歌舞伎の雰囲気というのがあるんでしょうか。古典の雰囲気を身にまとえるのはどのくらいの年月必要なんでしょうかねえ。ただ、顔はさすがに親子、よく似ていてびっくりです。だけど猿翁さんがこのくらいの歳のときはもっときれいな顔してたよね(爆)

右近さんの五右衛門はさすがの貫録。安心して見ていられました。天下に名をはせた国崩しの大悪人が山門の上で悠々と春の眺めを楽しんでいる、まさにその大きさが出ていました。

夜の部
「春調娘七種」

舞台中央から三人がせりあがってくると、まずその美しさに目を見張ります。右近の曽我五郎、笑三郎の曽我十郎、そして中央に春猿の静御前。曽我兄弟+静御前?と不思議に思うけど突っ込んではいけないようです。舞踊ファンタジーですからね(笑)静御前はカゴを持って若菜を摘んでいます。一方五郎は早くかたき討ちをしようといきり立っている。それを止めて心を鎮めようとする静御前。

やがて三人でかわるがわる若菜を叩くしぐさをします。お正月に春の七草を摘んで、それを粥に入れて食べる、その七草粥ですが、叩くというしぐさで天下泰平・五穀豊穣を願うおめでたい踊りなのだと思います。目にも美しく一服の清涼剤となりました。

「ぢいさんばあさん」
号泣です。これを見るためにチケットもないのに名古屋に行ったのですが、本当に行ってよかった。当日券は高いのに(一等席のみで安い席はなかった)全然よくない席で、それをカバーするため(?)2日連続で見てしまいました。最初は1階最後列、翌日は2階サイド。でも、どんな場所から見てもいい作品だなあ~。素晴らしかったです。

このデフォルトは玉三郎&仁左衛門だから、すごくハードルが高いのですよ。中車さんの伊織は、そりゃニザさまに比べればひどく不細工(爆) 笑也さんのるんは、最初の若い頃は、ちょっと剣のある感じの玉さまよりもかなり温かみのある雰囲気で、弟を諭す姉としても優しくて、柔らかでかわいい若妻って感じがありました。でも、ばあさんになってからがやっぱり‥‥。

まず、じいさんもばあさんも異様に老け過ぎ。そもそも若夫婦のときは、最初の子が生まれたばかりなら、昔だったら二十歳そこそこじゃないでしょうか?多く見積もっても20代後半。それから37年たったといってもまだ60代。いくら江戸時代でもあのよぼよぼさ加減はないでしょう。ニザ&玉はあそこまでよぼよぼじゃなかったし(笑)その辺は役者の演じ方というよりも、演出としてそうしたのかもしれないけれど。

それに、るんはただのおばあさんじゃないですよ。歳をとったとはいえ黒田家に奉公して二代の奥方に仕えたキャリアウーマンです。玉さまのるんはそのあたりの気丈さや気品、きりっとした感じを上手く出していました。笑也さんのは‥‥ただのかわいいおばあさん しかも90か100ぐらいの(爆)

曲がった腰を伸ばすしぐさ、縁側から座敷に上がるときの大仰すぎる様子、いちいちメガネを取り出さなきゃ字も読めない。まるでコントみたいな二人のすごい老けっぷりに会場から始終笑いがたらーっ(汗)‥‥でも、その決して上手くないおかしな芝居の中から真実が見えてくるのです。

年月とは何と残酷なものなのか。若いおしどり夫婦だった二人が引き裂かれ、再会したのは37年後。祝言の年に植えたという庭の桜は見事な大木となったけれど、二人の姿はすっかり変わってしまった。この木の下で満開の桜を二人で何度となく眺められたはずなのに‥せつないね。

でも、留守中にこの家を守ってきた甥夫婦は、二人を見て言うのです。
「私たちも変わるまい、いくつになっても」
「あのおじさまとおばさまのように‥」
もう、その前から泣ける台詞満載なんだけれど、この一言で我慢していた涙線が決壊

甥夫婦は若かりし日の二人を彷彿させる美しい二人でなければいけません。そのとおり、笑野さんと月乃助さんの爽やかな美しさといったら。特に月さまハート達(複数ハート) ああもう、彼の歌舞伎らしからぬ宝塚調の台詞に超萌え。たまりませんわ(爆) 古風な笑野さんの声とは全くちぐはぐなんだけれど、そんなところもまた素敵。柱にもたれかかって短冊に歌を書くくつろいだ姿。満開の桜の枝に短冊を結ぶ‥‥その指先に散りかかる桜。甘美な春爛漫の月乃助ワールドでしたわハート達(複数ハート)

そんな何気ない日常が美しくいとおしい。るんと伊織みたいに、会わないまま年月が過ぎてしまっても、これからまたそんな美しい日常をかさねていけばよい。希望とともに幕が閉まる‥‥涙、涙。

中車さんと笑也さん、そりゃニザ玉に比べてしまったら学芸会レベルかもしれないけれど、芝居は決して上手くなくても感動はもらえるのですよ。「両澤瀉!」という珍しい大向こうもかかっていました。私も叫びたかったです。見てよかった、行ってよかった。心のこもった、あたたかい、いいお芝居でした。

Rimg1482 「口上」
御園座にも福山雅治さんから贈られた祝い幕が掲げられました。みんな携帯やら何やらで撮影しているので私もパチリ。ついでに御園座の客席も記念に。私がいるのはこの写真の真正面の壁にへばりついているようなところのちょうど反対側です。こんなところでも一等席なの?と思いましたが、意外に舞台に近くて花道も全部見えるいい場所。同じ当日券の一等席でも、1階席後ろよりいいかもと思いました。Rimg1483

2階席と3階席はつながっていて大きく広がっているので見やすそうです。特に宙乗りは見ごたえがあるでしょうね~。

さて口上ですが、相変わらず役者さんたちが大勢並んだ様は圧巻。最初に藤十郎さんが猿之助と中車の襲名を披露。次に秀太郎さんが中車の名跡の重要さと、亀ちゃんとの仲の良さを語りました(笑) 門之助さんは初舞台以来の亀ちゃんをよく知っていて「芝居好きのやんちゃな子どもでした」と言った後、「ちなみに私は芝居好きの大人しい子どもでした」と言って笑いを取る。寿猿さんが50年前の三代目猿之助の襲名披露に列座したことを話すと、「大番頭!」という大向こうが飛んでいました。竹三郎さんは、亀ちゃんと共演するときは大抵おばあさんの役で、亀ちゃんからは「竹ばあ」と呼ばれていますなんてかわいくお話されていました。梅玉さんは襲名披露では今回が初めての共演。まるでアナウンサーのように軽快にペラペラしゃべる口上は意外でした(笑)

下手側に並んだ弟子のほうは短めの挨拶。右近さん、猿弥さん、春猿さん、月乃助さん、笑三郎さん、笑也さんの順でした。月乃助さんは膝が治って口上の席にも列座することができて、本当に晴れ晴れとしたいい姿でした。笑也さんは、何と「笑也」を名乗ってからの初舞台が三十数年前のこの御園座、腰元役でのデビューだったそうです。皆さんとてもいい口上でした。

「義経千本桜~川連法眼館の場」
これももう3度目です。新猿之助はこの公演中に狐忠信の宙乗り100回目を迎えたそうです。亀治郎時代に「亀治郎の会」と明治座で上演したのを入れて早くも100回。これこそ「猿之助」の代表的な演目。先代はこの役を1000回以上上演しているので、それでもやっと一合目なんですね。

最初見たときは何か嫌だな~源九郎狐はこんなドヤ顔じゃないよなんて思ったけれど(爆)だんだん見ているうちに慣れてきて、1月の松竹座ではまあまあ私の中では亀ちゃんの「猿之助」を受け入れた‥‥と思っていました。しかし「黒塚」同様、これもなぜか今回、2回見たのに2回とも全然感動がなかったんですよ。やっぱり技巧に走りすぎ?というか、私の好みのタイプじゃないのかも。

先代は平気で何役も早替わりとかをやって見せていたけれど、はっきり言えばどこを切っても金太郎、じゃなくって猿之助(笑)だったような。でも、観客はそれを承知で熱狂していました。新猿之助はそんなことなくとても器用だし、細部へのこだわりもすごいし、何でもそつなくやってのけ、既に先代を超えてるような部分もある。でも、何だろうな、人に感動を与えるのはそういう所じゃないと思うのです。

上手いけど、計算が感じられて引き込まれない。理が勝ち過ぎるとそれはやはり「お芝居」(つくりもの)であり、そこから語られるべき「真実」からは遠くなってしまう。肝心なのは役の心なのに。一般的には下手と言われている(爆)笑也&中車の「ぢいさんばあさん」であれだけ感動してしまったあとなので、余計にそう感じられたのかもしれません。

一方で、藤十郎さんの義経は素晴らしかった。お声がだいぶ細くなっているのは心配だけど、情感のこもった素晴らしい義経でした。幼くして両親と別れ、頼みとしていた兄頼朝にも疎まれ、肉親の縁薄い義経が、狐の親を思う情に心を打たれて涙する、その心がしっかりと伝わってくるのです。一度狐が去ってから、静に向かって「それ呼び返せ、鼓、鼓」というところも、あんなに狐を思ってくれてたのね~と涙。。。

また秀太郎さんの静も、何て優しい静なの~!狐の身の上話に同情し、鼓が別れの悲しさに鳴らなくなったことを悲しみ、そして義経が鼓をやると言った瞬間に我がことのように喜ぶ‥‥誰の静を見てもそこまで「情」を見せることはなかったと思うような。計算ではない心情、それが人を感動させるのだと思うのです。

大御所お二人に見送られて飛び立っていく新猿之助。素晴らしい身体能力と、細部にまで行きとどいた緻密な演技力を持っているのだから、どうかそれがこのお二人のように、役の心となって深く人の心に届く、そんな役者さんになられますように。それを観客としてどこまでも見届けていけたらうれしいです。

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2013年2月 1日 (金)

松竹座1月「壽初春大歌舞伎」(ファンの覚書)

25_2  大阪まで遠征してきました。道中携帯でもアップしたとおり、行ってよかった見てよかった素晴らしい公演でした。

昨年の東京で見逃した襲名披露公演の千穐楽を大阪でぜひとも!と思ったのだけれど、チケットを買うタイミングが少し遅れたら、土曜日ということもあってもう千穐楽の26日はそれほどいい席は残っていませんでした。しかし、一日前の平日なら花道横の最高の席が!

何を隠そう私は市川笑也さんのファンなので、とにかく笑也さんの出る演目を見るのがまず第一の目的。それで昼の部だけでもその最高の席にしようと、休みをとって行くことにしたんですよ。千穐楽の興奮は夜の部で味わえればいいと思って。それが‥‥何と千穐楽昼の部のカーテンコールに体調不良で休演していた猿翁さんが出てきたというじゃないですか。(こちら)昨年7月以来の團子ちゃんも!うわあ~失敗したぁ

写真には載ってないけど、「五三桐」のあとだから多分舞台上には澤瀉屋の美女腰元三人衆、黒四天姿の立役衆もいてさぞ賑やかだったことでしょう。それに比べると夜の部のカーテンコールは地味だったかも。とはいえ、写真で見るようなお痩せになられた猿翁さんの姿をまのあたりにしたら、私はきっと涙・涙だったかもしれません。‥‥まあ高額チケットですから、昼の部と夜の部を一度に続けて見て居眠りでもしたらもったいなかったし、その時間友人たちにも会うことができたのでいいとするか

それより、私は思いもかけないことで前日青くなっていました。天気予報を見たら岐阜県と滋賀県に雪マークが付いてるじゃないですか この時期雪で新幹線が遅れることがよくあるのですよね。一昨年のバレエ遠征のときも、ちょうど関ヶ原のあたりが雪で徐行運転になっていたのです。私は朝早い新幹線だったので1時間ぐらい遅れてもどうということはなかったのですが、ゆっくり出て来た人は開演に間に合わなかったでしょう。冬の道中の天候は要注意でしたね。

今回、うかつにもそれをすっかり忘れていました。バレエだったら大抵夕方からだからいいけれど、歌舞伎で出かけたすぐその日の昼の部なんて、朝早く出ても万が一1時間以上遅れたりしたら11時の開演に間に合いません。笑也さんが出るのは昼の部の最初の演目で(夜の部は口上のみ)しかも20分と短いのです。これを見るためにいい席を選び、休みまでとったのに、見逃したらもともこもありませんものね。かなりヒヤヒヤものだったのですが、幸い天気予報ははずれて雪は降らず、無事時間通りに大阪に着きました。ほっ(笑)

≪昼の部≫(25日)
「正札附根元草摺」
その期待の演目。松竹座の昼の部はお正月らしい華やかな舞踊で始まりました。血気にはやって敵討ちに向かおうとする曽我五郎を、小林朝比奈の妹舞鶴が止めに入る場面だそうです。舞鶴は女ながらに大力の持ち主で、頭には触角みたいな「力紙」を付けています。そう「暫」の鎌倉権五郎が挿してるみたいなやつです。その怪力女が五郎の持つ赤い鎧(胴には「逆さ澤瀉」の紋)の「草摺」という、裾のピラピラした部分を引っ張って、五郎と引き合いをする舞踊です。ものを引っ張り合う「
引合事」というのはおめでたいものだそうで、「曽我もの」ということもあいまって「壽初春大歌舞伎」の幕開けにふさわしい演目でした。

しかし‥‥こんなにコロコロして福々しい五郎って初めて見た(笑) 二つに分かれた独特な前髪の鬘にむきみ隈‥‥猿弥さんのお顔はもっとすごい筋隈でもまだまだ描くところ(面積)がいっぱいあるぞって感じ。姿はコロンとしていても、きびきびした動きが気持ちのいい五郎でした。五郎って「寿曽我対面」などでもいきりたつばかりの役だけれど、その勢いの中でも見せるところはたっぷり見せる余裕が感じられるのはさすが。

笑也さんは立派なこしらえに負けないくらい美しい!昨年の「女伊達」に続いて、最近は「強い女系」なのでしょうか?もう少し笑顔を見せてほしいんだけれど、力比べはあきらめて色気でくどく段になっても相変わらずのツンツンおすまし顔で、「女伊達」同様観客へのアピールが足りない感じ。いつも思うけど、舞踊って飛びぬけて上手いか飛びぬけて下手なら私にもわかるのだけれど、笑也さんの踊りは正直上手いのか下手なのかわからない。下手でも大衆演劇みたいに観客へのアピールがふんだんにあれば(流し目とか)楽しめるものになるのでしょうが‥‥そんなお下品なことはなさらず、笑也さんはどこまでもお上品でちょっとつまんない(爆)一体何年歌舞伎界にいるの?‥‥って、ファンだから言うけど(すみません)きっと何年いてもこのまんまなんだと思う。その何物にも染まらないクリスタルのような硬質の美しさがきっと笑也さんなんだ。私はそういうところがたまらなく好きなんですよ、きっと。

と思っているうちにあっという間に終わってしまいました。うふふことし初めての笑也さんを前列花横の手が届きそうなところで堪能いたしました。

歌舞伎十八番の内「毛抜」
右近さんが初役で臨んだ粂寺弾正は、最初かなり硬い印象だったけれど、美形とみれば男でも女でも手当たり次第にちょっかいを出すあたりから何だかかわいいオヤジ風になってきました。春猿さんに振られ、笑三郎さんに「びびびびび~」と言われ、「面目ない面目ない」というところがまたかわいい 昨年は「熊谷陣屋」や「傾城反魂香」など古典演目の主役が続き、今回はまた古典中の古典の歌舞伎十八番。これは右近さんの持ち味なのか、古典の味わいの上にまるで探偵ものでも見るような、次々と謎を解き明かす名探偵弾正‥みたいな面白さがあって飽きずに楽しめました。

今回名題披露の笑野さんのお姫様がきれい。同じく名題に昇進した喜昇さんも独特な存在感で光っていました。逆にえ?今まで名題じゃなかったの?と思った弘太郎さんもお似合いの赤っ面で出ていましたね。澤瀉屋の層は厚い!

え~、私今回発見したんですが(真面目に読んでくださっている方には申しわけないけど、実は全編単なるミーハー話です)秦民部役の坂東薪車さんが超かっこいい!今まで澤瀉屋の芝居にもよく出演されていましたが、初めてみめうるわしい歌舞伎王子として認識しました。竹三郎さんのご養子とか。私は下手側に座っていたので、ホントに真ん前。なので薪車さんに目は釘付け(右近さんごめんなさい)今回は月乃助さんが出ていないので、完全にポスト月乃助でしたわ。知的で涼しげで古風な雰囲気、台詞がないときもいるだけで存在感があって素敵でした。思わず舞台写真買ってしまいました(笑)

この話をしたら友人たちに爆笑されちゃったのですが、私は舞台写真買うのは一回に4枚までと決めているんですよ。歯止めがないといけないから。その厳選の4枚のうちの一枚が薪車さんでした(爆)笑也さんの写真は今回1枚。(何枚買っても同じ顔で違うのは着物の模様だけと娘に言われている)あとは春猿さんに迫っている右近さんと、それから猿弥さんのどアップ写真を買いました。(むきみ隈の参考になればと思って)‥‥いや、しょうもない話ですみませんすっきり美形の薪車さん、今後の活躍が楽しみな役者さんだと思います。舞台写真は見染めた記念に‥‥なりました(笑)

義経千本桜「吉野山」
藤十郎さんの静は花道の登場ではありませんでした。以前観た「吉野山」では、花道から出てきた芝翫さんの静が遠くの桜を眺めるように客席を見渡して‥‥あのときは不思議、歌舞伎座全体が満開の桜の谷に見えました。玉三郎の静を見たときは海老蔵との並びがすごく美しくて「歌舞伎はヴィジュアルだ!」と思ったことでした。右近&笑三郎でも見たことがあったっけ。舞踊の演目って眠くなって意識が朦朧として覚えてないことが多いのです。だから大昔に観た三代目猿之助の「吉野山」を覚えているはずもないのですが、きりりとした四代目の忠信を見ると、ああそうそう、こんなだった!と思って、改めて「血」のすごさを感じました。

四代目の踊りはとにかく手が美しい。描く軌跡がすっきり一つの線に決まっていて無駄がなく端正。そしてスピード感。立ち廻りも素晴らしい。静に見えないところで狐の本性がチラリチラリと出るのも面白く、目が離せません。以前、海老・玉で見たときは主従でありながら恋人同士のような艶っぽい感じがまるで「海賊」のアリとメドーラねと思ったけれど、今回はメルヘンチックな、昔話の絵本を見るような春爛漫の世界が広がっていました。

驚いたのは藤十郎さんの静御前。ほとんど動かないときでも、そのたたずまいだけでじわじわと思いが伝わってくるのがすごい。もう1年も義経に会っていないんだなとわかる全身に漂う淋しさと心もとなさ。そして義経が吉野にいると聞けば、女の身で深い山奥まで分け入る気丈さとひたむきさ。それでいてとても柔らかで可憐なのです。何だかいじらしくて涙が出てきちゃう。これが芸の力というものでしょうか。きょう藤十郎さんの静が見られて本当によかった‥‥そんなふうに思った貴重な「吉野山」でした。

「楼門五三桐」
「絶景かな、絶景かな~!春の眺めが値千金とはちいせえちいせえ」いいねえ~。昔?この演目の通しをテレビで放送したことがあったと思うのですが‥‥当時はビデオなどは持っておらず、役者が一体誰だったのか記憶がさだかでないのが残念です。確か五右衛門と久吉が幼馴染ということがわかって、二人で仲良く腹這いになって話をする場面があったような‥‥あれは三代目猿之助だった?もう一度見てみたいです。

石川五右衛門は実は明国の臣宋蘇卿の子で、父は久吉に殺されるという‥‥何だか昨年11月に上演した「天竺徳兵衛」と似たような話ですねえ。同じような山門の場面もありましたが、こちらが本家本元でしょう。私も昨年・一昨年と二年続けて南禅寺山門に登りましたが、思わず「絶景かな」なんて言ってしまいたくなるような眺めでした。でも、実際の南禅寺山門は五右衛門の時代より後にできたものだそうですよ。

短いけれど印象的な一幕です。7月の新橋演舞場で上演されたときは海老蔵の五右衛門でした。極色彩の楼門の上にビロードのどてらと大百日の鬘という、このハデハデさに負けないくらいの役者の貫録が必要な場面。中車さんはどうかというと、枯れてかすれた声がこのひと月の頑張りを物語っているよう。テレビで見た初日のガチガチの様子からすればずいぶんと慣れてきた感じがしました。猿翁さんは休演。今回は体調がおもわしくないのでしょうか?残念ですが、代役の新猿之助の久吉の、五右衛門と好対照のすっきりとした姿もまたよかったです。

楼門の五右衛門のもとへ一羽の鷹が血で文字の書かれた片袖をくわえてきます。それによって養父光秀の仇である久吉が、また実父である宗蘇卿の仇でもあったことを知り‥‥折しもそのとき、山門がせりあがり、下には巡礼姿に身をやつした久吉が現れます。久吉は手水鉢の水に楼上の五右衛門が映っているのを見、五右衛門の投げた小柄を柄杓で受け止め「石川や、浜の真砂は尽きぬとも、世に盗人の種は尽きまじ」という五右衛門の歌を口ずさみ「巡礼に御奉謝~」で天地の見栄を見せて華やかに終わります。

前楽でもカーテンコールが1回ありました。見ごたえのある昼の部でした。

≪夜の部≫(26日)
「操り三番叟」

いろんなパターンがある三番叟ものの中でも、これは初めて見ましたが、面白いです。お人形になりきって踊るものだけれど、後見に動かされているような「人形振り」というのとは違って、手足に糸がついた操り人形の振りなのです。ふわふわと体重がないような軽い動き、手と足の糸が同じ棒についているかのような連動感などが絶品。

最初に藤十郎さんの「翁」が登場してゆったりとした典雅な舞を、次に吉太郎くんのかわいらしい「千歳」が面の入った箱を持って現れ、さわやかな舞を披露。それから、下手側に置かれた大きな箱から後見(薪車)が翫雀さんの三番叟人形を取り出して操り始めます。途中で糸が絡まって後見がそれを直したりする場面もあるのですが、最後は後見の肩に手をかけ、葛桶の上に片足で立って決まり。本当に糸に吊られているような浮遊感がすごい。楽しい舞踊でした。

「小栗栖の長兵衛」
中車さんは昼の部の「楼門五三桐」では
初めての古典演目、しかもただただその威容と存在感だけが求められる(得意の演技力はいらない)石川五右衛門役。あの緊張感は演じるほうも見るほうも大変なものでしたが、それに比べるとこういう新歌舞伎ならお手のもの。2度目の上演とあって縦横無尽に暴れまくっていました。

何が楽しいって、周りを固めるのはほとんどが父猿翁の育ててきた澤瀉屋の役者さんたち。彼らのキャラ立ち加減というか、配役の適材適所というか、その多彩さ層の厚さはすばらしい。それが全員一丸となって主役の中車さんを盛りたてているのだからいいですよね~。澤瀉屋一人一人の活躍は見ていて楽しく、やたらテンション上がってしまいました。

お話の内容は、村の迷惑ものの長兵衛をみんなでこらしめようとするのだけれど、そこへ久吉の家臣堀尾茂助(翫雀)が現れ、前日の合戦で敵の大将光秀を竹槍で仕留めた者を探しにやってきます。それが長兵衛だとわかると村の人たちの態度がコロリと変わるというお話。権力に弱い民衆を風刺したものというけれど、チームワークのよい澤瀉屋の面々が演じるとまた違った味わいがあります。新しい看板である中車さんをみんなで盛りたて、中車さんもその中に溶け込んでいくという‥‥最後の「ひとっ走りだ~!」はそんな新しい澤瀉屋の未来図を想像させてファンにはうれしい一幕だったと思います。

「口上」
昨年6月の東京での襲名披露のときと同様、最初に藤十郎さんが襲名の運びとなったことを披露。今回は新猿之助には大学の先輩にあたるという扇雀さん、翫雀さんも加わり華を添えていました。「竹ばあ」と呼ばれているという竹三郎さん、「秀太郎のことは嫌いになっても猿之助を嫌いにならないでください」なんて珍しい?挨拶をされた秀太郎さん、それぞれの愛情が込められた言葉に、居並ぶ一同の打ち解けたあたたかさを感じる口上でした。

「義経千本桜~川連法眼館の場」
先代が宙乗りの演出を加えて有名になったこの演目、新猿之助はこれを襲名披露の間ずっと上演し続けるということです。2010年の「亀治郎の会」で初めて四の切を上演し、2011年の明治座、そして昨年6月の襲名披露と狐忠信を演じてきて、これから3月の御園座、4月のこんぴらと続くので、そのうち「またか」ということになるかもしれませんが(笑)

上演記録を見ると昭和42年から平成12年まで、この演目は先代猿之助がぶっちぎりで上演し続け、猿之助といえば四の切、四の切といえば猿之助というくらい大切な演目なのですよね。これを襲名披露にもってきて上演し続けるというのは、やはり「猿之助」になるための儀式のようなものだと思うのです。事実、これで4回目だと思いますが、もうすっかり狐忠信が新猿之助のものになったような気がしました。

WOWOWで放送していた一昨年の明治座の「四の切」を見ましたが‥‥失礼ながら、あの妙なカメラワークのせいもありますが、第一印象は「何かヤだな」(笑)‥‥なんて思っちゃったりしました

これはいちファンの勝手な思いですが、私って多分「上手すぎる人」が好きではないのです。うまい人は理が勝って嘘っぽく見えるというか、ここで人が感動するだろうというツボをちゃんと知って押さえているでしょっていうあざとさが見えるというか。先代の狐はもっとじかに心に迫ってきたと思うのですが。姿はとても似ていながら、右近さんが、師匠が好きで好きでたまらずについそっくりになってしまうというのとは違って、あまりに簡単に、器用に似させているように思えて。

でも、今月の狐忠信は全く違いました。余分なものがとれたというか、力が抜けてきたというか。やはりこちらの勝手な見方にすぎないのでしょうが、狐の思いがストレートに伝わってくるように思いました。そして、その狐がかわいいというかいじらしいというか、特に「あ~」とか「はぁ~」とかため息ともつかぬ声をあげるところとか、「牡狐、雌狐」というところでプルっと鼻先を振るところとか‥‥かなりの萌え系狐ですねえ(爆) そうなると今まであまり好きではなかったこの人得意の「ドヤ顔」とやらまでが小気味よく思えるから不思議です。今までことさら「私は三代目猿之助のファンです」とか、「先代の弟子のファンです」とか言っていたけれど、わはは、これでついに四代目に陥落か(笑)

襲名とは、名前を背負うということはすごいことなんだと思いました。役者は芸の成長に応じてその名前を変えていく。一生この名前でいいと思っても周囲がそれを許さないこともあるし、一旦名前を背負ったからには、名前だけで中身は変わらないと本人が思っても、その名前にふさわしい姿におのずとなっていくんだなと。それは生まれ変わるのと同じぐらいにすごいことじゃないでしょうか。そして、他の誰の襲名よりも猿之助の襲名でそれを強く感じました。観客の反応をみてもわかります。みんな長い間、こんなにも「猿之助」の登場を待ち望んでいたんだ!‥‥今「猿之助」という名前は「ヒーロー」と同義語かもしれません。素晴らしい襲名披露公演でした。

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2013年1月27日 (日)

大阪2日目

前日に続いて友人たちと待ち合わせてのオフ会で始まった1日。
いつもは時代劇のロケ地巡りをするメンバーなのだけれど、時間がそれほどない?のと寒いのとで、夜の部の始まる時間までランチを挟んでずっとおしゃべり三昧。
時間になって松竹座の前で5人で記念写真を撮って別れました。(またまたお付き合いいただき本当にありがとうございました)

千穐楽夜の部、どの演目も素晴らしかったです。
「小栗栖の長兵衛」と「千本桜四の切」は東京でも上演されたけれど、さらに磨きがかかって見応えのあるものになっていました。

中車さんは新歌舞伎で本領発揮。
所々で笑いをとってのびのびと暴れまわっていました。
それもこれも脇を固める面々のキャラ立ち加減が素晴らしく、一丸となって主役を盛り立てているからです。
そのチームワークのよさに改めて感動した一幕でした。
澤潟屋大好き!

「四の切」は新猿之助の工夫が随所に見られ、以前はいかにも狙ったように思えたところが消えてより自然に、見るほうもストレートに感情移入できるかわいい狐忠信になっていました。

それにしてもあの回転の回数とスピード、ジャンプの高さ、ブレない無駄のない動きの美しさはすごいです。
バレエでいえばサラファーノフかワシーリエフか、はたまたシムキンか。
そして化かされ法師の背中にひらりと飛び乗る身の軽さ。
まさに人間技ではない「狐」そのものです。
役者にはその時々の「花」があるのでしょうが、身体能力という点では四代目は今が旬なのでしょうね。

桜吹雪の中、宙乗りして去った猿之助が3階の鳥屋に再び現れたときはびっくり。
歓声が上がり、割れんばかりの拍手。そのあと2度のカーテンコール。
最後は観客総立ちで松竹座の「壽初春大歌舞伎」は終わりました。

先代猿之助が倒れて以来、こんなにも観客は「猿之助」を待っていた、まさにそんな感じ!
行ってよかった、ファンでよかった澤潟屋(笑)…と思った大阪遠征でした。

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2013年1月26日 (土)

大阪1日目

心配していた雪もなく無事時間通り到着し松竹座の昼の部を見ました。
さすが澤潟屋のワクワクするような舞台を堪能。

「楼門五三桐」
テレビで見た初日の舞台では、めちゃくちゃ張り切っているのはわかるが硬くて鬼瓦のようだった中車さん。
かれてかすれた声が今までの奮闘を物語っています。
ひと月の間に貫禄が生まれ、春爛漫の絶景を我がものとして愛でる余裕も感じられました。
猿翁さんは休演で猿之助さんの代役でしたが、同じ拵えをするととてもよく似ていてびっくり。
従兄弟同士の共演に先代が育てたよりすぐりの弟子たちか華を添え、短い演目ですが一門のファンにとってはたまらない一幕でした。

そのあと出口でまってくれていた友人とおしゃべりしながら船場センタービルまで歩き、ディープな大阪ショッピングを楽しみました。
夕方から他の友人たちと合流してトーク大会(笑)お好み焼きも食べ素敵な時間を過ごすことができました。
お付き合いいただいた皆さまに感謝。

本日はまた友人たちとランチ会のあといよいよ千穐楽の夜の部観劇予定です。
東京では見逃してしまった念願の千穐楽が楽しみ。

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2012年8月11日 (土)

6月、7月、猿之助襲名披露公演を見て

6月7月は新橋演舞場で二か月にわたって猿翁・猿之助・中車・團子の襲名披露公演が行われていました。昨年9月の突然の発表から10ヵ月、本当にこんな日がくるとは‥‥それも連日にわたって満員御礼というすごい興行だったのですよね。

あとから知ったのですが、千秋楽は何度もカーテンコールがあって大変な盛り上がりだったとか。昼の部の「ヤマトタケル」では猿翁さんと原作者の梅原猛さんが手を取り合って涙するという感動の1シーンあり。そして夜の部では観客総立ち、投げキッスの嵐だったそうで、本当に素晴らしい千秋楽だったようです。役者さんたちと観客の皆さんがお互いに心の高まりを共有することができて、感動もまたひとしおだったことでしょう。その場に居合わせることができた幸運な方々をとてもうらやましく思います。

こちらのブログも長いことおろそかになってしまって、もうずっと歌舞伎の感想などは書いていないのですけれど、やっぱりおこがましくも「澤瀉屋ファン」を自称する一人として、これだけは書かなきゃいけないだろうと思い、今頃ではありますが、重い腰を上げて書き始めました。最近ちょっと心浮かない日々なのですが、そんな私が無理やり書こうと思ったのも、これもすべて澤瀉一門に対する「愛」だと思います。(笑)

2ヵ月にわたる公演ですが、私は6月も7月も昼夜それぞれ1回ずつの観劇でした。いつもは面白かったら追加で見に行ったりするのですが、今回ばかりはチケットがとれず、とても残念な思いをしました。(特に千秋楽)そしてまたチケットが高い!仕事辞めてしまったのでそうそう高額チケットは買えません(バレエフェスもあったし)だから、1回ずつしか見ていないのです。それでも本当に密度の濃い、毎回が真剣勝負のような舞台だったと思います。

昨年9月に襲名が発表されたとき、ファンとしてやっぱり違和感がありました。あの猿之助でも、やっぱり「血」が大切だったのか‥‥なんて。しかしそれも時間が経つうちにだんだんと薄れてきて、6月の舞台を見に行く頃にはまさに「嬉しさ100%」 私は忙しい時期だったのでその前の「お練り」などには行くことができませんでしたが、テレビで放映される様子を見るにしたがって、だんだんと期待が高まってきたのです。特に初日のワイドショーでは、本当に歴史的な瞬間だったのかなと思うほど感動の場面を伝えていましたね。

新・猿之助さんは若々しくて、身が軽く、身体能力といい、実力といい、猛優と言われた三代目猿之助の後継者として、誰もがふさわしいと思える活躍をしていました。そして、中車さんの父に対する思い、歌舞伎に対する真剣な思いと並々ならぬ決意に心を打たれ、口上を聞いては毎回泣きました。そして團子ちゃんの頼もしいこと!先代が病に倒れた後のつらい日々を思うと、この一門に一度に素晴らしい光明が射してきた思いです。こんなことを書くのはおこがましいようですが、同じ思いのファンの方々がたくさんいたこと、猿之助復活をこんなにも待ち望んでいる方々がいたことをひしひしと感じ、本当に嬉しい2ヵ月でした。

ただ、私がちょっと違うのは、同じ澤瀉ファンでも、主に先代猿之助の「弟子の方々のファン」だということでしょうか。もちろん三代目猿之助さんのファンでもありました。先代は若い頃から「異端」とされ、一人でこの世界をわたってきたような方だったのですよね。世間をあっと驚かせる奇抜なことをやったりして、その斬新さについては賛否両論あったようですが、そんなことはお構いなしにただただ目の前のお客さんにめいっぱいの感動を与えるべく、それこそ獅子奮迅の働きで倒れる寸前まで舞台に立ち続けた人だったと思います。すさまじいまでのパワーとオーラで。その忙しい間にも、数々の復活狂言や新作、スーパー歌舞伎などを手掛けてきたのですからすごいとしか言いようがない。

また、たくさんの個性的な弟子を育て、門閥に関わらずに抜擢してきたこと。それもなかなかできないすごいことだと思います。本当に、こんなに素敵な役者さんたちを見出してくれてありがとうという感謝の気持ちでいっぱいです。こんなに素敵なメンバーがそろった一門はほかにはないって、ただのミーハーファンの私でさえ(だから‥か?)そう思います。

私は4年前の「ヤマトタケル」で改めて澤瀉屋一門のファンになりました。そんなにわかファンではありますが、そのあとは一門の方々がバラバラに活動していても出来る限りあちこちの公演を細々ながら追っかけてきたつもりです。ファンとして「もっと見たい」「この人たちはもっとできるのに」という気持ちはとてもありました。でも、やっぱり一門だけの公演だと観客動員に苦労していたような気がします。

新・猿之助さんは本当に素晴らしいものを持っていると思います。でも、今回の襲名披露までこれたのは、やはり大変な中、弟子の方たちが苦労して先代の演目を上演し続け、引き継いできたからこそだと思うのです。「ヤマトタケル」にしても「黒塚」にしても、初役であそこまで出来たのは新・猿之助さんの才能と努力には違いありませんが、やっぱりそれを絶やさず上演していた方々、まわりを固める方々がいてこそのことだと思っています。

先日、衛星劇場の「デジカメニュース」で、九月巡業の制作発表の様子を放送していましたが、その中の右近さんの言葉に感動してしまいました。右近さんは12歳のときから内弟子に入られて、それこそ先代の子同然に育ってきた人だと思うのです。だから今回の襲名を聞いた時も、さぞ複雑な心境かなと思いきや‥‥その会見では「今まで師匠から受け継いできたものを伝えていく対象が明確になった」「これで師匠にご恩返しができ、澤瀉屋、歌舞伎の発展にもつながればうれしい」ということを言っていたのです。この人偉い。何て素晴らしい人なんでしょう!思わずテレビの前で号泣してしまいましたよ。

右近さんはミーハー的にはあまり、というかミーハーの琴線に触れない人なんですが(余計なお世話ですよねえ)私はこの言葉を聞いて一度に右近さんのファンになりました。もちろんミーハーとしてではなく、真に好きな役者さんとしてファンになってしまいましたよ。

そして、今回の襲名披露で演じたこの人のタケヒコを思い出しました。今までの段治郎さんが相手だったときと違って、そこにはヤマトタケルを見守る保護者のような大きな暖かさを感じたんですよね。だって、最後のシーン、タケヒコがガシッと力強くヤマトタケルを抱きしめるんですよ!あんなことって、今までやっていたっけ?タケヒコに抱かれたヤマトタケルは、まるで幼い少年のように安心しきった顔で息をひきとるのです。あれほど故郷へ帰りたいと言いながら、タケヒコの腕の中でもう故郷を見ているような半分幸せそうな泣き笑い。悲しいばかりの最期じゃなかったんです。そんなことを思い出して再び感動してしまいました。

これからが楽しみな澤瀉一門、右近さん、笑也さん、月乃助さん、春猿さん、笑三郎さん、弘太郎さん、猿弥さん、あと、猿四郎さんとか猿紫さんとか、そのほかたくさん、みんな大好きです。実は私、ずらっと並んだ花四天の中でもチーム澤瀉(勝手に言ってます)は誰が誰だか大体わかるんですよ。(オペラグラスでその他大勢を注視している変な人が客席にいたら、それは私です)そして、その中心に新・猿之助さん、中車さん、團子ちゃん、猿翁さんがいる。そんな素敵な澤潟屋をこれからもずっと見続けていきたいと思います。澤瀉屋万歳!

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2011年12月18日 (日)

2011年後半観賞記録(歌舞伎編その1)

歌舞伎の観賞記録、どこまで書いたんでしたっけ?確か6月まで書いたはずです。だから7月から。ああ、ずいぶん長い間感想も何も書いていなかったんですね。しかし、時のたつのは早いです。7月なんてついこの間のような気もするし、遥か昔のような気もするし(笑)この半年ほどで見たのは以下のとおりです。私はバレエを見る人だったはずなのに、ことしはなぜか歌舞伎熱が出てきてしまったようでこのありさま。といってもミーハーな私は広く何でも見るわけではなくて、特定の役者さんが出るときしか見ていないのですが

7月 新橋演舞場「七月大歌舞伎」昼の部
    新橋演舞場「七月大歌舞伎」夜の部 

8月  国立劇場「稚魚の会・歌舞伎会合同公演」 

9月  松竹座「九月大歌舞伎」昼の部
    
松竹座「九月大歌舞伎」夜の部
    
新歌舞伎座「九月松竹大歌舞伎」昼の部
    巡業「松竹大歌舞伎」(アミュー立川)
 

10月 新橋演舞場「芸術祭十月花形歌舞伎」昼の部
    新橋演舞場「芸術祭十月花形歌舞伎」夜の部
 

11月 巡業「松竹花形歌舞伎」(日本青年館&町田市民ホール)
    平成中村座「十一月大歌舞伎」昼の部

12月 平成中村座「十二月大歌舞伎」昼の部
    国立劇場「元禄忠臣蔵」
    日生劇場「十二月歌舞伎公演」夜の部(予定)

この中でも、やはり一番わくわくして一番楽しんだのは10月の新橋演舞場でした。このときばかりは昼2回、夜3回見てしまいました そして、ああ~やっぱり私は澤潟屋が好きなんだなあ~と実感しました。すりこみ?と言うべきか、三つ子の魂百までと言うべきか。

はるか昔の高校時代、農協だか信用金庫だかのバスで行く観劇会に、母のお供で行ったのが「猿之助奮闘公演」。その後も何回か同じ観劇会に便乗して行かせてもらったけれど、それがいつも7月の歌舞伎座でした。歌舞伎ってこんなに面白いものだったんだと思いましたよ。あの頃から私は猿之助の世界イコール歌舞伎と思い込んでいたのかもしれません。その後、叔父が勤務する学校の観劇会(保護者の?)で団体券を買ってもらって何年か続けて行ったけれど、それが12月の歌舞伎座。これも例年猿之助が出演する公演でした。

子育て中はほとんど歌舞伎など見ていなかったけれど、だんだん子どもの手が離れてきて、やっと最近見れるようになったと思ったら‥‥猿之助は病気に倒れ、猿之助一門の方々も、何だか見る機会が少なくなってしまっていたんですね。

それが何と、あの9月の突然の記者会見!あれは本当に驚きました。香川照之の歌舞伎界進出と、亀治郎の四代目猿之助襲名はダブルでびっくり。一体なぜ?どうして?猿之助ファンとしては嬉しいニュースのはずなのに、最初は釈然としませんでしたよ。

だって、猿之助といえば、家柄門閥問わず梨園の出身でない人の中からでも魅力のある人を見出して、チャンスを与え、育ててきた人なのですから。舞台で、いつも観客に持てるものすべてを惜しげもなく与えてきたように、自分のつくりだしてきた世界を、血縁にこだわらずあのお弟子さんたちに継承させていくんだろうなと勝手に思っていました。それが、やっぱりつまるところ血のほうが大事だったのか‥‥なんてね。

何より、私の大好きな「チーム澤潟」(勝手に言ってます)、右近さんや笑也さん、段治郎さんたちがどうなるのか、そればかりが心配でした。だけど、そんないちファンの心配など、あの10月の公演を見たらいっぺんにふっとんでしまったのです。以下、某SNSに書きこんだ、2日目を見てすぐの私のつぶやきです。

きょう新橋演舞場夜の部を見てきました。
もう、すっごく面白かった!
昔心躍らせた猿之助の時代が帰って来たような、嬉しいような懐かしいような気持ちです。早替わりや宙乗り、スペクタクルな演出、そしてスピーディーな展開。
猿之助の残そうとしている宝は大丈夫、ちゃんと次世代に伝わっていくと確信しました。
最後に澤潟屋の役者が勢揃いするのを見たらウルウルきてしまいました。
最高です!

今見ると節操無く舞い上がっていて恥ずかしいのですが。線が細く感じていた亀治郎も、小栗判官の衣装を着たら昔の猿之助そっくり。声も、馬に乗った時のあの得意顔も。そして、かなり無理して声を張り上げているなあ、あれで1ヵ月もつかしら?と思った漁師波七も、花道での見得を真横から見たとたん、私の中にずっとあったかつての猿之助のシルエットとピタッと重なってしまったんですね。これはもうしょうがないや。やっぱり「血」ってあるのかなあ。右近さんがどんなに師匠に傾倒してそっくりに演じても、それは「真似」としか見られないけれど、亀ちゃんは本当に姿かたち、声まで同質なんだもの。そしてそれだけではない「何か」も確かに感じられて、もうどうにも有無を言わせぬものを見せられてしまった気がしました。

また、右近さんも師匠のやっていない「京人形」のような演目で持ち味を生かした新境地を開いた感があり、笑也さんも次世代猿之助の相手役としてまずまずの及第点?笑三郎さん、猿弥さん、春猿さんなど芸達者で個性的な面々もそれぞれ持てる力を発揮していて、澤潟屋大好きな者としては本当にうれしい1ヵ月でした。

ああ、やっぱり歌舞伎好きだ~。ずっとファンでよかった(笑)
では、忘れていたことを思い出しながら順を追って。

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【新橋演舞場「七月大歌舞伎」】
Shinbashi201107b謹慎中だった御曹司の復帰公演ということでチケットは完売。特に私が行った日は有名人の方もちらほら見受けられて、とても華やいだ雰囲気でした。

昼の部
「義経千本桜~鳥居前」

よく見れば、門之助さんの義経以外は、前の月に名古屋で「新水滸伝」をやっていた方々ばかりで、澤潟ファンにはうれしい一幕でした。

笑也さんの静は、私は「鳥居前」では初見でしたが‥‥鳥居前の静って、密かに都落ちした義経をすぐさま追いかけてきて恨み事を言ったり、連れて行ってくれと駄々をこねたり、それが叶わぬと「死ぬる、死ぬる」と泣いたり、かなり「ウザい女」なんだけれど、笑也さんたらサラッとしたツンツンお姫様で、品はあるけれど、あまり義経への愛が感じられない(爆)ま、それでもいいじゃない。硬質な美しさだけ。それも個性で私は好きです。濃厚な「ウザい女」を見たいなら、やっぱり春猿さんが一番ね

猿弥さんの弁慶、寿猿さんの藤太、右近さんの忠信のほか、四天王にも花四天にも「チーム澤潟」(勝手に言ってます)の人がたくさん頑張っていて、私的にはかなりツボで、まるで運動会で自分の子どもを探すみたいにキョロキョロしてしまいましたよ。それも、どこを見ていいかわからず目がたくさんほしい~と思いました

歌舞伎十八番の内「勧進帳」
前の幕の「鳥居前」が義経の流浪の始まりとしたら、この「勧進帳」はその流浪の果ての緊張感高まる一番の見せ場。かたや義太夫ものの古典歌舞伎。かたや能をベースにした格調高い松羽目物。雰囲気は全然違うけれど「義経」ということでつながりがあるのですね。「鳥居前」は図らずも海老蔵復帰の目玉の「勧進帳」の前座になってしまったみたいです。

流浪の旅の苦労のためか、休憩の間に義経はずいぶん老けてしまっていました(笑)海老蔵の富樫が出てくるともう会場騒然、拍手の嵐。「待ってました!」の声もかかりました。やっぱり見ばえがよくきれい。そして、スターなのですねえ。颯爽として美しい富樫でしたが、ただちょっと硬い感じがしました。この人、ルックスはとてもいいけど声がよくない。

團十郎の弁慶も、これはこれで完成品なのでしょうが、私にはロボットが動いているようにしか思えず‥‥台詞も相変わらず何言ってるのかわからなくて。すみません私は最初に書いたように特定の「すりこみ」があって、「歌舞伎とは」というそもそものところから違っているので、こういう演目は条件反射的に眠くなってしまうのです もちろん、これがこの「七月大歌舞伎」の目玉で、皆さんこれを見に来ているのだから寝ている人なんか私以外一人もいなかったでしょう。ごめんなさ~い!

大佛次郎作「楊貴妃」
最近、新歌舞伎や新作歌舞伎がよく上演されますが、流行なのでしょうか。しかし‥‥これってギャグ?というくらい面白かったです。楊家の4人姉妹の一番下の妹である楊貴妃がなぜか一番ふけてる(爆)‥‥3人の姉にきれいどころを集めてしまったので(笑三郎、春猿、芝のぶ)期せずしてハードルが上がってしまったんですねちょっとお気の毒。目の周り真っピンクの中国雑技団みたいな化粧も、新作ものならあれでもありなのか?妖艶は妖艶でしょう、毒々しいくらい濃厚に(笑)

それに対する海老蔵の高力士(宦官)が意外にすごくよかった。美しくて冷たくて、従順でいながら心の底にやりどころのない恨みを抱えているような。何を考えているかわからないあの屈折した不気味な美しさを出せる人はそうそういないのではないでしょうか。

細かいことはもうよく覚えてないけれど、楊貴妃は最初は彼が好きだったのに、彼女は皇帝の目にとまってしまい、輿入れの使者となってしまった高力士。二人の複雑な愛憎劇はその後、楊貴妃が皇帝の寵妃として栄華を極めたあとも続きます。自らの権勢と美貌で高力士を誘惑し、その困る顔を楽しみ、もてあそび、突き放し、なぶりものにする楊貴妃。そのおごりたかぶった姿は(まあ「美貌」というところには「?」が3個ぐらいついてしまうのだけれど)福助さん、威厳があってとてもよかったです。

そして、安禄山の乱で都を追われた後、国を傾けた張本人として民衆が楊貴妃を差し出せと騒ぐ中、自ら謀反人たちの前に赴こうとする楊貴妃。高力士は、獣のような奴らに踏みにじられ、辱められるぐらいなら、いっそ皇帝の手で殺すのが情けだと進言します。しかし皇帝は最愛の楊貴妃を殺すことなどできないといって、高力士に殺害を頼む(‥なんて情けない皇帝)。このときの海老蔵は生きた人間とは思えないほど妖気が漂っていて、すごかったです。

民衆に引き渡すこともできず、自ら手を下すこともできず苦しむ皇帝をよそに、楊貴妃に対しても、皇帝に対しても、まるで今までさげすまれてきたことへの復讐でもあるかのように、「あなたを誰の手にも渡したくない」と言いながら、逃げる楊貴妃を追いかけていって抱きしめ、さもいとしげにとどめを刺す。薄笑いさえ浮かべながらああ、この人は古典歌舞伎より絶対こういうほうがいい!親譲り?の「怪優」ぶりに驚いた、鬼気迫るラストでした。

夜の部
「吉例寿曽我」

澤潟屋の方々が多数出ていて、私の夜の部の目玉だったはずでしたが、何か華やかさに欠けてぱっとしない‥‥背景が地味だから?いや、やっぱりストーリー性が薄いからでしょうか。
それでも幕前での猿三郎さんと猿四郎さんの古風なやりとり、石段前での右近さんと猿弥さんの立廻りとがんどう返しの大仕掛けは面白く、笑也、笑三郎、春猿、弘太郎と澤潟屋の面々がずらっと並んだだんまりも目に美しかったのですが‥‥‥。

一番まずいのは中心である工藤(梅玉)に全然覇気がなかったこと。敵役なのに、この方はどこまでも品のよい貴公子なのですよ。そして、肝心の曽我五郎と十郎に全く華がない。十郎は笑也さんですたらーっ(汗)確かにすっきりと美しくて和事系の二枚目もOKかもしれないけれど、この人の立役はおとなしすぎです。五郎(松江)に至っては終始ボール投げの標的の鬼みたいに突っ立っててたらーっ(汗)ただ力んでいればいいってもんじゃないと思うのですが。そろって貧弱でした(ごめん)

五郎十郎が全くかすんでしまったのには理由があって、笑三郎さんと春猿さんの二人の花魁があでやかで、華やかで、妖艶で、とにかく素敵でしたハート達(複数ハート)楊貴妃の姉たちの役もよかったけれど、この花魁も美しい。立派すぎる女形の面々に食われてしまいましたね。

歌舞伎十八番の内「春興鏡獅子」
舞踊ものは苦手であまり覚えてないのですが、海老蔵の白拍子はとにかく「デカイ」‥‥でも何だかかわいい。(?)いつもの目をむいた見得の顔とは違って、始終伏し目がちで目が開いてるんだか閉じてるんだか。それでも、獅子頭を持って踊り始めると、突然獅子の精が乗り移る、このあたりのスピード感はよかったです。

一度引っ込んだときに出てくる子役の「胡蝶の精」の二人がとても器用に踊るので感心してしまいました。平成二桁生まれの玉太郎くんと吉太郎くん。かわいい

後シテの獅子の拵えはさすがに立派でカッコよかったです。毛振りは雑な感じもしたけれど、ダイナミックでスピードがありました。100回とか?数えていた人もいたみたい(笑)

大佛次郎作「江戸の夕映」
これも「楊貴妃」と同じく大佛次郎の戦後の新作歌舞伎。これはとても感動的でした。

明治維新直後の江戸、突然入ってきた薩長新政府の横暴を腹立たしく思い、旗本八万騎がいながら何もできなかったことを不甲斐なく思う民衆はまた、町人ながら江戸っ子としての誇りを持ち続けている人々でもありました。一方、旗本の中でも、時代の変化に適応していく者、馴染めずに抗おうとする者、そして時代が変わっても何も変わることなく人としてのまことを貫こうとする者。そんな人間模様が暖かく描かれている作品でした。

團十郎扮する旗本、堂前大吉は早々と武士を捨て、芸者のヒモ?になって調子よく暮らしています。一方同じ旗本でも海老蔵扮する本田小六は、あくまでも幕府に殉じようと、沖に停泊する軍艦に乗って蝦夷に向かいます。そして大吉の伯父(左團次)と、その娘で小六の許婚であるお登勢(壱太郎)は、困窮しても武家としての誇りを忘れず、一家でつましく暮らしています。

何か、海老蔵はこういう役がすご~くいい。黒羽二重の浪人姿もカッコいいし。もともと見栄えがいいから映えるのです。変な声で古典歌舞伎なんかやってないで(ごめん)合った役だけやっていても十分、そのほうが素敵だと素人は思うのですが、何分御曹司ですから「家の芸」を守っていかなきゃいけない立場があって、やっぱり大変なんですね。時にはグレたくもなるというものなのでしょう。(すみません、個人の感想です)

左團次さんがいいですね~。痩せても枯れても大身のお旗本。そして壱太郎さんはなぜか一人だけ古典歌舞伎みたいな堅いセリフ回しなんだけれど、それがまた武家娘らしい節度ある雰囲気をつくっていて、せつなく、いじらしい。この父娘が、離縁状を残して蝦夷に行ってしまった小六のことを「冬になったら寒かろうと思い、夏になったら暑かろうと思って、いつも気にかけていてやろうよ」などと話しているところなど、思わずうるうるきてしまいました。

そして後の場面、蝦夷から帰ってきた小六に思いがけなく会った大吉は、「おめおめ生き残って、去り状やった許婚のところへ今さら帰ってきましたなどど、どの面下げて行けというのだ」という小六を必死の思いで説得します。そのうちに、話を聞いた芸者おりきがお登勢を連れて大急ぎでやってくる‥‥。

新歌舞伎に多い理屈っぽさや説教臭さが一切なくて、ただただ情緒で見せるところがいいなあ~。雨上がりの夕映えの中、何も言わず、ただ見つめ合っているだけのラストには、涙、涙。静かな感動がありました。この月の演目ではこれが一番よかったです。

【8月国立劇場「第17回稚魚の会、歌舞伎会合同公演」B班】
澤潟屋ファンとすればA班を見るべきだった?のでしょうが、イヤホンガイド主催の「合同公演応援倶楽部 イヤホン付き観劇会」に参加したので、申し込む時点でもう既にA班はいっぱいだったのです。
何か、とても暑い日でボーっとしてしまって公演自体はよく覚えてないのだけれど(こらこら)開演前の楽屋訪問、終演後の座談会など、普段目にすることのできない楽屋裏や、公演を終えたばかりの役者さんたちのお話が聞けて、とても有意義な一日となりました。

「稚魚の会、歌舞伎会合同公演」というのは、国立劇場の養成コース出身者をはじめ、歌舞伎の世界で活躍している若いお弟子さんたち、普段は縁の下の力持ちの方々の勉強のための会なのだそうです。毎年この時期に国立劇場で行われているのですが、行ったのは今回が初めてでした。私はたまたまイヤホンガイドのイベントを知って「面白そう」と思って参加したのですが、とてもよかったので毎年こういう会があるならまた見てみたいと思いました。

演目は「寿曽我対面」「一條大蔵譚」「戻駕色相肩」の3本。どれも熱演でした。最初に出てきた渡り台詞の大名たちは現在研修中の人たちだったそうですが、見て思ったのは、農村歌舞伎のほうが上手いじゃん(爆!)‥‥でも、こういう若い人たちが、伝統芸能の保存と発展に貢献する一人前の役者さんに育っていくんだなあと思ったら感無量でした。

歌舞伎というのは世襲の世界だから、主役級はほとんどいい家柄の御曹司です。でもそれだけじゃ芝居はできません。立ち回りの場面で次々とトンボを切って活躍する花四天や僧兵たち、御殿の場面で後ろに控える華やかな腰元たち、そういう、バレエでいえばコールド・バレエのような「その他大勢」がいるからこそ、歌舞伎の舞台は豪華絢爛なものとなるのです。そういう方たちも、実際は出ずっぱりでとてもハードな舞台生活を送っているようですが、その忙しい中でも、やはり大きな役を経験して研鑽を積むこのような機会が必要なんですね。

実は私は、歌舞伎を見ていてもこの「その他大勢」の子たちを片端からオペラグラスで眺めているようなおかしな観客なのです。(結構なイケメンくんもいますし)だから私にはまたとない機会(笑)で、とっても楽しみにしていました。

参加者は20名ほどだったでしょうか?集合場所に集まって説明を聞き、国立劇場の楽屋口から入りました。案内された楽屋へ入ると、5~6人の役者さんが化粧をしているところでした。何と市川猿琉さんが化粧のことや衣装のことなどいろいろ説明をしてくれました。短い時間でしたが質疑応答などもあって、その場にいた役者さんたちとの交流が楽しかったです。

終わったあとの茶話会では、今出演したばかりの5人の役者さんがスーツ姿に着替えて参加されました。残念ながら澤潟屋の人はいませんでしたが、みな20代の若手です。あらかじめ募集した質問事項を中心に話が進みましたが、話の端々から皆さんの芝居好きが伝わってきました。世襲ではないのにあえてこの世界に入って、人一倍の努力をしてきている方々ですから、本当に好きでなくてはできないと思います。好きだからこそ、大きな役をする機会さえあれば立派にその役を務めることができるのですよね。中にはとてもうまくて華のある役者さんもいました。

それでも謙虚というか何というか、ある意味現代っ子なんですね。言うことがとても現実的。「これからどんな役がやりたいですか」という質問に、皆さん欲がないわけじゃないだろうけど、真面目なんですかね?今の自分の立場でできる範囲のことしか言わないのですよ。

もっとでっかいこと言う子はいないの?一人ぐらい大ボラ吹く奴がいてもいいのにと思っていたら、いましたっ 何と「女殺油地獄の与兵衛をやりたい!」って言ったんですよ。それこそ選ばれた家の選ばれた御曹司でもなきゃできない役ですよ。それも、言ったのはその中では一番新米の一番どうでもいい役だった(ごめん)子で、確か研修所出身じゃなくて「何かカッコいいことやりたい」といって直接役者さんに弟子入りしたという子でした。その一言をきいて何かスカ~っとしましたね。こういうことを言う子がもっといてもいいと思うのです。彼がカッコよく主役を張れるような開かれた歌舞伎界にぜひなってほしいなと思いました。(一応お弟子さんですから、師匠の手前お名前は伏せますが、私はしっかり記憶しましたよ。頑張ってください!)

普段は縁の下の力持ちですが、歌舞伎を愛することにかけてはひけをとらない、礼儀正しく謙虚で爽やかな若者たちと交流した1時間あまり、本当に楽しかったです。

9月以降は、いよいよ私の歌舞伎熱炎上?続きはまた次にて。

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2011年7月12日 (火)

6月中日劇場「新・水滸伝」

Shinsuikoden_ll 今年前半の観劇記録を書いて、やっとこれが書けます。といってももうかれこれ1ヵ月近くたってしまったんですね‥早い!

もう~すっごく面白かった!3年前「ヤマトタケル」を見て「この面白さヤバい!」と思ったその感覚がまたよみがえってきたようでした。あの「ヤマトタケル」で本当にはまっちゃったんですよねえ、私。こんな面白いもの何でもっと早く知らなかったんだろうと、今でも後悔しきりです。

それでこの「新・水滸伝」も同年の初演のときに見ていたのですが、「ヤマトタケル」ほどは面白くなかった‥‥というか、あのときはまず段治郎さんにやられていたので、段治郎さんが出ない二十一世紀歌舞伎組なんて‥‥というのがありました。

もう一つ、笑也さんと猿弥さんの美女と野獣カップルに激しく拒否反応を起こしてしまい‥‥(爆!)だって、だって、あの設定は絶対男性側のくそくらえな理屈で(男は顔じゃない、心だ!とか、一生懸命アタックすれば気持ちは通じるとかいう)あれって女性の夢とは全く違うところのものなんですよね(わはは)また、男以上にきりっとかっこよく勇ましかったくせに、いきなりかわいこぶりっこに豹変する笑也さんにも耐えられなくて‥‥それほど見て満足できる作品とは思えなかったのです。

でも、ここのところの澤潟渇望症で、もう何でもいいからとにかく見たいと思って名古屋行きを決めて見に行ったのが初日あけてすぐ。そうしたら‥‥何とすご~く面白いじゃないですか。絶対もう一回見たい!と、一般公演の最終日に日帰りで2回目を見てしまいました。

何だろう、彼らの会場いっぱいのパワーに、今一番ほしいものをもらった!そんな気がします。元気とか勇気とかそういうありきたりな言葉でもいいんだけれど、何かこの閉塞感漂う時代の中で、最初に首領の晁蓋(ちょうがい)が言う言葉は「こんな国はぶっ潰してやる!」ですよ!痛快じゃないですか。思わず「そうだ!そうだ!」って、一気に物語の世界に引き込まれました。初演のときとは見違えるほどパワーアップして、血湧き肉踊る作品に生まれ変わっていたと思います。

1幕の最初は初演時になかった部分、今にも首をはねられようとしている林中(右近)を、梁山泊の晁蓋一味が救い出す場面から始まります。晁蓋(笠原章)は林中をムササビという大凧に乗せて逃がし、縁があれば梁山泊に訪ねて来いと言うのです。アクロバットも交えたスピード感あふれる殺陣がまず痛快でした。

初演のときの林中は、ただの飲んだくれたすね者のいや~な奴だったけれど、この最初のシーンが付け加えられたことで、罪を着せられてはいるけれど、かつては国を憂える有能な人材だったということがわかり、存在が重みを増していました。助けられた林中が故郷に帰ってみると、帰る家も妻も既になく、絶望の中、とにかく晁蓋に礼を言うために梁山泊にやってきたのでした。

しかし、晁蓋は留守。飲まずに正気でいられようかという林中の気持ちは前回ははっきりわからなかったけれど、今回はよくわかりました。林中は「官」のエリートだったのです。兵学校の教官を務め、正義とは何か、国を守るとは何かを説いてきたのです。だからどんなに腐りきった世の中でも「賊」となり「国をぶっ潰す」という気にはどうしてもなれなかった。今回はそんな林中の苦悩と、それを気遣い、軽々しく「仲間になれ」などと言わない晁蓋の将としての思いやりをとても感じました。

そしてもう一つ初演のときと違うのは、皇帝の右腕として権力をほしいままにしている高俅(こうきゅう/欣弥)が、最初から梁山泊に林中がいると知っていて、皇帝の意にそむいてまでも私的に軍を動かして林中を討とうとしかけてくるところですね。これで悪のスケールも一周り大きくなったようです。

衣装や化粧が派手になったとか、各登場人物のキャラがグレードアップしたとかのマイナーチェンジはいっぱいありましたが、骨組みは初演のときと変わらず、それに前後のエピソードが加わった構成になっていました。廻り舞台を使った場面展開がスピーディーで、会場の左右の出入口を使って、通路まで役者さんが通る演出で、会場全体が戦場になったような臨場感が楽しめました。

物語は、最初の林中を凧で逃がしたシーンのあとに、初演ときの始まりのシーン、姫虎(笑三郎)とお夜叉(春猿)が湖を眺めるシーンに続いていきます。対岸の独龍岡との小競り合いで朝廷軍が加わっていることを知り、危ないところを退却してきた梁山泊軍ですが、その中で、敵将の許婚という青華(笑也)に出会った王英(猿弥)は、こともあろうに一目ぼれをしてしまいます。

今の状態ではここを守りきれないと、姫虎は林中に協力してくれるように申し入れますが、林中は相変わらず飲んだくれたまま。そんな中で、王英とお夜叉は青華に捕えられてしまいます。二人と引き換えに林中を差し出せという敵方に、林中は自ら出向いていくのでした。ところが‥‥それは敵の罠で、独龍岡に来ていた朝廷軍というのは、林中の宿敵である高俅が率いていたのです。

梁山泊の仲間たちは3人を救出するための戦いに出ます。林中の働きによって敵を殲滅し、ついに高俅を追い詰めますが‥‥林中は梁山泊を守るために復讐を断念してしまうのでした。林中はこれを境に梁山泊の仲間たちの信頼を得ていくのですが‥‥。

このあとは初演にはなかった部分になります。梁山泊といっても所詮はあぶれ者の吹き溜まり。人数がふえていけば明日の食糧にも事欠く始末。そうなったらまた盗賊を働くしかありません。飢えて盗みを働いた子どもを見て、林中は自から盗賊になることを決意します。折しも、朝廷への貢物を積んだ隊列が通ると聞き、晁蓋らはそれを襲いに出かけます。しかし、それは罠で、実は朝廷軍の精鋭がついていたのでした。

危機を救いにやってきたのは大凧に乗った林中!見る間に敵をやっつけ、そして今度こそ憎っくき高俅を倒した林中は、梁山泊の仲間とともに生きることを「替天行道」の旗のもとに誓うのでした!

ざっとこんなストーリーでしたが、初演の時よりスピード感が増し、皆さんのキャラクターがとても光っていました。クライマックスはやっぱり猿紫さん扮する楽和(がくわ)が、出陣前にいきなりミュージカルのように歌い出し、それが大合唱になっていくところでしょう。あれは初演にはなく、本当に会場全体のボルテージがどんどん上がっていくのがわかりました。そこがクライマックスになっちゃったので、最後のほうで林中が宙乗りで現れるところがちょっと‥‥何か、あの宙乗りはあまりイケてなかったかな。右近さん5等身(ごめんなさい)で何だかギャグマンガみたいだったし、あの飛び道具はガドリング砲かっ?!というツッコミも‥‥いやツッコミはともかく、本当に楽しかったですよ。

初演のときのテーマは、一人の英雄、林中が梁山泊の仲間を得て、閉ざされた心を開き、再び生きる情熱を取り戻していく再生の物語だったと思うのです。今回もその大枠は変わらないと思うのだけれど、全体を流れるもっと大きなテーマ‥‥最初のところで湖に映った梁山泊を見て「何かが始まる気がする」と姫虎が言った、その何だか大きなことが始まる予感。そしてファンとしては、ここからまた何かが始まってくれたらいいなという期待。それから、今のこの停滞した世の中もどこかで何かが始まって変わっていくんじゃないかという希望。そんなもろもろが一緒になって力強く訴えかけてきた今回の舞台でした。

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ここまでは普通の感想で、このあとはミーハー話ですが‥‥申しわけありません とにかく何が面白いって、皆さん本当にキャラが立っていて素晴らしいの一言でした。ではお一人お一人見ていきましょう。(いらないって?)なお、文中に出てくる台詞などは、うろ覚えなので実際と違うかもしれませんがお許しください。

春猿さんのお夜叉は威勢がいいばっかりと思っていたら、結構かわいかったんですね。「あんたは心が縛られちまってるんだよっ!」という青華(笑也)への啖呵、「ありがとうございます、お月さま」と手を合わせる、王英(猿弥)に対する姐御肌な心遣いなど、いろんな場面でジ~ンと来てしまいました。いい味あるなあ~。それから姫虎姐御のかっこいいこと!前回もかっこよかったけれど、今回は女ボスとしての存在感が増し、輪をかけてかっこよかったです。最前列で思わず「えみさぶろ~っ!」って叫んでしまいましたよ。

笑也さんは、何か最近時々立役も見るので、私の中でそのイメージも入ってしまったのか「正義を貫きたいのじゃ!」なんて叫ぶところは男に見えちゃって‥‥男のように育った女といっても、単なる「オスカルさま」じゃなくって、女としての引け目や虚勢の裏返しのりりしさだから、難しい役ですよねえ。逆に、笑三郎さんなどはどんなに凄みのある太い声を出しても女にしか見えないのはすごいななんて感心してしまいました。

変わったといえば、弘太郎さんが演じる彭玘(ほうき/この字、ちゃんと表示されるかわかりません‥)が、同じ路線だけど今回は全然違っていました。「先生が悪党の巣窟である梁山泊にいらっしゃるなんて、信じられません!」なんて、事情も汲み取らずにひたすら言いたいことだけ叫ぶキャラはそのまま。「大和はうそつきの国だ~!」と絶叫するヘタルべに相当するような、結構うるさくて面倒くさい奴なんだけど、これが、牢に入れられた林中が身の上を語るのを陰で聞いていて‥‥そして、あとで悪者に囲まれてピンチのときに飛び出して、林中を守って敵の刃に倒れるという、超カッコいい役に大変身。このあと師弟の泣き場になって感動シーンをつくりだしているんだけれど‥‥ここで死んじゃうことになったので、その後の彼の台詞は大幅カットで、同じ内容は別の教え子たちが言うことになるんですよね。

猿紫さんも前回とはかなり変わった一人。琵琶を奏で、そのバチが武器にもなって戦うカッコいい役。歌もすごくうまかったです。仲間のために、力を合わせて権力に抵抗しようというみんなの気持ちが一つになるいい場面でした。

猿琉さんも変わりましたね。最初、わからなかった。せっかくのイケメンが赤っ面で、しかも林中の伝言も覚えきれないようなボケキャラなんだもの。だけど、林中にはとっても忠実で「動くな!」と言われればお座りしたまま「兄貴~!」と叫んで追って行くこともできない(笑)これ、超ツボでした。一番の笑いは、最後のほうで、いきなり矢が刺さって「なんじゃこりゃ~!」こんな古いギャグ高校生とかにわかるの?と娘に聞いたら「一般常識」ということでした。恐れ入りました。今回高校生の貸切も何回かあったようで、うちの娘などはしきりに羨ましがっていました。

あと、メイクがすごくなったのが喜昇さん。見るも恐ろしい怪獣のようなおばちゃんになっていました「こうなりゃぶっ殺してでも花嫁にしてやる」ってとっても怖いです。もともと愛嬌あるキャラだったんですけどね同じくおばちゃんず(?)の笑子さんも、どの演目のどこにいてもすぐわかる強烈な個性の持ち主で、実はひそかにファンなんですけど2役ともとっても素敵なおばちゃんを演じていました。

前回許せなかった笑也さんと猿弥さんの「美女と野獣カップル」ですが、この王英と青華(扈三娘・こさんじょう)の話はちゃんと原作にあるそうですね。私は原作なんて読んでなくて、昔、横山光輝の漫画で読んでも右から左に抜けて頭に入ってこなかったし、3年前に北方水滸伝を読み始めるも途中でギブアップだったので、全然知りませんでした。

今回も「まったく、何でこの二人くっつくの~」だったけれど、最終日のお客さんのノリはちょっと違っていました。
「王英様といるとなぜだか心が落ち着くんです」
「それはわしが不細工だからじゃろう。人に安らぎを与える姿形なのじゃ」
ここで普通は笑ってあげるはずですが、誰も笑いません。何で?
「いいえ、王英様は男前にございます」
ここでどっと笑いが‥‥え~っ?そんなところで笑ったらギャグになっちゃうじゃない。
続く、青華が王英の膝に手をのせ、王英がその手をとるところでまた笑いが。そうなんです、ギャグとして見れば全然OKだったんですね。そのあと二人で手を取り合って階段を駆け下りて、青春ドラマよろしくぱあ~っと走って行っちゃうところは、最初見たときは唖然としたけれど、最終日は私も他のお客さんとともに心おきなく笑ってしまいました。(ごめんなさい

最後に主役の右近さん。萌え対象じゃないということもあると思うのですが、何か主役としては地味なんだよね。それでも、3月の「獨道中~」のときは勝手に一人でどんどん突っ走っちゃう感があったけれど、今回は一人のヒーローをほかの個性豊かな仲間たちがみんなで盛りたてていくという構図になっていて、とても感動的でした。

お芝居以外ではちょっと言いたいこともありました。まずプログラムですが、3年前と同じ写真じゃん‥。あの全員黒シャツのプロフィール写真は、黒スーツ姿で並んだ若手歌舞伎俳優のポスターとかのように、最近流行りのスタイルなのかもしれませんが、やっぱり役の扮装をした写真がメインにほしかったです。今回脇役の方々がとても光っていたので、その全員の役の姿と名前が一致するように。それから、前回上演時の舞台写真ももう少したくさん載せてほしかった。それに、何で会場で舞台写真を売らないんでしょうか?あれが楽しみで行くというのもあるのに。

あと、お土産売り場。やっぱり観劇の記念に何かほしいじゃないですか。今回来れなかった友人に何かお土産をと思っても、あまり欲しいものがない。澤潟屋の役者さんたちの名前を書いた手拭いとクリアファイルぐらい。あと、役者さん別の紋の入ったミニタオルとティッシュケースがありましたが、あれは普通に見たら何だかわからないし、おばさんっぽくてNG。ミーハーが欲しいのは各キャラのフィギュアとか(爆)写真入りの団扇とか、メモ帳とか卓上カレンダーとか‥‥そうそう、DVDは絶対欲しいですよね!ぜひいろんな作品をDVD化してほしい。東宝ミュージカルや宝塚のお土産売り場のめくるめく世界に比べれば全然インパクトなくてちょっとがっかりでした。

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一般公演最終日にカーテンコールがあり、猿之助さんが舞台に現れました。かつて舞台狭しとほとんど出ずっぱりで駆けまわっていた猿之助さん。私も昔、その全盛期の姿を見ていたからこそ、今の歌舞伎好きにつながっているのです。今、弟子たちとともに一つの舞台を完成させ、満面の笑みで客席に花を投げる猿之助さんを見ることができて、うれしくてうるうるきてしまいました。名古屋まで行って本当によかった。こんな素敵な作品が、これからまたいくつも生まれますように。この二十一世紀歌舞伎組の舞台がもっともっと見られますように。                

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