音楽

2007年11月30日 (金)

エレクトーンのコンサート

ちょっと前のことですが、先週、友人のプロデュースするエレクトーンのコンサートがありました。

彼女は今はただの主婦(とご本人は言っています)で、元エレクトーン講師です。そして、プロのデモンストレーターの「師匠」という人と、それから彼女の家に集まる生徒さん。といってもコンクールに挑戦するくらいのレベルの方がお二人。このメンバーで定期的に彼女の家で「勉強会」をやっているそうなのですが、それがあんまり楽しいので、この雰囲気をそのまま舞台にのせたら面白いんじゃないかということで企画されたコンサートでした。

その日のお客さんはほとんど、子どもたちにエレクトーンを教えているような講師の先生たちだったそうです。みんなただ音楽を聞きに来たということではなく、演奏法とかアレンジとか、そういうことに興味がある人たちのようで、ただならぬ熱気を感じました。

内容はそれぞれの好きな分野のソロと、トーク、それからアンサンブル、楽譜などの紹介でした。「師匠」はプロですから当たり前だけど、意外に友人のトークがコンセプトのとおりアットホームな感じで面白かったです。それから演奏はもちろんとても楽しめました。

うちの子もエレクトーン、いまだにやめずに(という程度です)たらたらと続けていますが、毎年の発表会が苦痛です。出るほうはいいけど、おつきあいで聞かされるほうは大変。子どもの演奏って全然面白くないんですよ。

楽器といっても所詮は機械。今のエレクトーンはデータを買って、そのデータで楽譜どおりに弾けば、みんな同じ演奏ができる。「表現」する内容のない子どもだと、いくらうまくてもただ機械に弾かされているだけ。大体、子どもがジャズやフュージョンを弾いて面白いわけがないじゃないですか。ああいう「大人」の音楽は表現したいものがないと、ただの物まねです。

だけど、楽しむことを知っている大人の演奏は、そんなにうまくなくても聞けるんだと、ことし子どもの行ってる教室の大人の発表会を見に行って知りました。楽器自体が「機械」ですから、それを操って表現したいものがあるのとないのとでは雲泥の差になってしまうんでしょうね。

そんなことをその友人に話したことがありました。だから今回のコンサートも、来る人は講師の人たちばかりという中に、特に誘ってくれたのだと思います。演奏は、それは発表会クラスの人とは全然違って、プロ、セミプロ級の人たちですから、すばらしかったですよ。

選曲がとにかく面白い。めちゃくちゃマニアックなのです。普通コンサートではある程度聴衆受けのする曲とか、みんなの知っていそうな曲とか、そういうものを間に入れながら進めていくことが多いのですが、そんなことお構いなしの構成。まず、ああ、この人たち、ものすごい演奏オタクなんだ~!と思いました。

それからエレクトーンという楽器の表現の可能性というものにも驚かされました。今のエレクトーンは指のタッチの違いをそのまま音で表すことができます。強く弾けば強い音、柔らかく弾けば繊細な音、音を長く伸ばすときも、徐々に鍵盤に力を加えるとそのとおり音が大きくなります。(これを「入れ込む」と言っていました。)

昔、私がやっていたときは、フットペダルで強弱をつけていたけれど、これだと旋律だけじゃなく全体(リズムとかベースとかまで)がボワーッと大きくなって、すごくわざとらしかったのです。それが今はペダルも使えますが、それよりも指の力で強弱を表現するほうが普通だそうです。また、音色の種類によって、例えばバイオリンとかフルートとかによって奏法を変えていくと、本当にその生楽器の音のような表現ができます。左手はストリングス、右手は管楽器なんてなった場合、私だったら頭がこんがらがってしまいそうですけどね~。

実際、フルートの音などは頭に息の音まで入っていて、たたくように弾くとそれが強調されたりして、とてもよくできているなと思いました。あと、鍵盤を左右に揺らしてビブラートもできるんですよ。バイオリンなんて、ほんとに弾いているように聞こえるのです。

ほかの出演者の方はみな自分で編曲したものを弾いていました。今のエレクトーンは操作が複雑で、とても素人が1から音を作るなんてできません。昔のエレクトーンは音色を自分で決めたり、曲をアレンジしたりというのが普通でしたが、今習っている人はほとんど市販された楽譜に市販されたデータでやっていると思います。だから、自分の好きな曲を好きなようにアレンジができるレベルの人というのはすごい!

でも、友人はあえて市販の楽譜をつかっての演奏でした。前はアレンジも音作りもしていたそうですが、それにたくさんの時間をとられて弾く時間が少なくなるのはもったいない、もっぱら弾くほうに専念したいということで。市販の楽譜でも弾き方によっては、うちの子がやっている6級~7級クラスの楽譜でも全然違う曲になるそうですよ。そういう表現の幅があることを伝えたい、特に子どもを教えている講師の人たちにそれを伝えたかったと、あとで話してくれました。

そのとおり、とても表現豊かな楽しい演奏でした。この曲、こんなふうにも弾けるんだ~とか。ほかの出演者も、コンクールなどで弾いた曲もまた演奏していたそうですが、コンクールではいろいろ規定があったり、演奏の時間が決まっていたりして、なかなか思うような曲作りができないそうです。そんな決まりを全部取り払って、存分に表現できる場所をつくってあげる。そうするとみんな水を得た魚のようになっていくんだなあと、本当に出演者がみんな楽しんでやっているのが伝わってくるいいコンサートでした。それに、エレクトーンって、ただの指先の芸じゃなくって、両手両足、全身を使って表現するものなんだと改めて感じました。

いいなあ、私もやりたくなった?いえいえ、とても‥‥。。数年前に私も、誘われて○十年ぶりに「大人のグループレッスン」というのに1年ぐらい通ったのですが、情けないことに今の機械についていけない!昔のエレクトーンのように曲の途中でばたばたとレバーを操作したりということはなくて、とても便利!と思う半面、リズムなども全部データに打ち込まれているので、一度始まったら止まらない!ついていくのに必死!ということで、機械に弾かされてるみたいで面白くなくて(というより、置いていかれてばかりで頭にくるので)やめてしまいました。昔の機種と微妙にフットペダルの位置が変わっていて、いまだにベースを踏み外すし!(昔の機種を体で覚えているというのはすごくない?)

だけど今回のコンサートでまた少し見方がかわりました。どんな楽器でも極めるのは大変!でも、楽しみ方も無限にあると。楽しいコンサート、どうもありがとうね!

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2007年2月13日 (火)

大人のエレクトーン

昨日は娘のエレクトーンの発表会がありました。

幼稚園のとき、ヤマハのグループレッスンから始めたのですが、小学校低学年でもうグループが続かず、うちの子一人残ってしまい、個人レッスンに切り替えました。うちの子は音楽よりバレエの方が合っているようなので、まあやめるまで、と思っていましたが、なぜか今まで続いています。それも先生の好意でピアノとエレクトーンの両方やってもらっているので(本当は1コマずつ別々の先生につかなきゃダメだそうですが)飽きないけど、進むのは超遅い。プレッシャーないから続いているのかな。発表会は、先生がヤマハの登録上、エレクトーンの先生なので、エレクトーンの発表会なんですが。

ピアノの場合はレベルによって弾く曲が決まってくるので、大体曲目でその子が何年ぐらいやってるかわかるものですが、エレクトーンは全然わかりません。アレンジによってやさしくも難しくもなるし、コードを押さえるだけの自動伴奏はあたりまえ、曲の最初から最後までプログラミングしてあるので、どこまで本人が弾いているのか、聞いてるだけじゃ判別できないほどです。音色も、私が昔やってたときは曲の途中でレバーをバタバタ切り替えていたのに、今は何もやらなくても全部機械がやってくれるんだから、楽といえば楽だけど、どこに弾いてる人のオリジナリティがあるの?という疑問もあります。それに最新の機種は音もリアルで迫力があって、うまいか下手か正直よくわかりません。

「子供の部」はペダルに足が届かないような子から、中学生まで。うちの子はとうとう最年長の部類になってしまいました。でも、最近何だか変なんですよ。ちっとも子供らしい曲がないの。小さな子がフュージョンとかを弾くのはどうも違和感があります。「かっこいい曲だから、自分で選びました」とコメントしてるんだけど、うそでしょ‥!小学生がその曲をどの程度理解して「かっこいい」と思っているのか、はなはだ疑問ではあります。かといって、宮崎アニメとディズニーソングのオンパレードはいい加減辟易!ですけど。(すみません、うちの子はそれをさんざんやりました!)ジャズやフュージョンはやっぱり大人の音楽だよね。子供が弾いてるの聴いてもつまらない。

そんなことを考えていて、自分の子が出ているのに、「子供の部」は余り面白味はありませんでした。ところが「大人の部」はすごく面白かった。一時期、私も誘われて、大人のグループレッスンに通っていたことがあります。昔やっていたから簡単、と思いきや、今の機種は微妙にペダルの幅とかが違っていて、1年やっても踏み外してばっかりでした。楽しかったけど、家で練習する時間が余り取れないし、バレエの方が(ママさんバレエ)楽しくなってしまったので、1年半でやめてしまいました。昨日はそのころ一緒にやってた人が出るので、「大人の部」も見ることにしたのです。

うまい人ばかりかな?と思ったら大間違い。すごくうまい人もいるけど、うまくない人も‥!でも、みんなとても楽しそう。大人はグループレッスンが基本なので、アンサンブルもあるし、子供と違って本当に楽しげに演奏しているのです。仕事帰りにレッスンに通ってるという男性も何人かいて、性別も年齢層もバラエティに富んでいました。選曲も面白い!ビートルズから、スタンダードナンバー、日本の歌メドレーなど。「銀河鉄道999」とか、「君の瞳に恋してる」とか、わあ、懐かしいというような曲もあったりして。特に「シェリーにくちづけ」は私もこれ弾きたい!と思ってしまいました。

友人は、ちょっとあがってしまっていたかな?でも、一生懸命練習したんでしょうね。音楽を楽しみたい、そんな気持ちが伝わってきて、こちらも楽しくなりました。やっぱり、うまい下手じゃない、表現力でしょうか。テクニックは子供のほうがあっても、面白みが違います。子供たちが弾いてるのを聴いて、どうせ機械がやってるんだから、と思っていたのに、大人が楽しんで弾いてるのは、たとえもともとプログラムが組まれていて、メロディーとコードしか弾いていないってわかっていても、ちゃんと伝わってくるものなのですね。面白かったです。私もまたやろうかな?いえいえ、今は自宅練習の要らないバレエで十分ですよ。

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2006年11月30日 (木)

どうしてこんなに夢中になれたの?

最近になって子供たちが、音楽に興味を持つようになったらしく、家にいるといつもイヤホンで聴いています。あれを耳に突っ込んでいれば私の怒鳴り声も聞こえないし、子供にとっては便利な道具かも?冗談じゃない、音楽聴きながら勉強なんかできるか!「聞こえないふりするな、はずせ~!」と言っています。

今はとても便利な世の中ですが、音楽の世界もすっかり様変わりですね。昔買って、あまりの使いづらさにすぐ放り出したカード電卓。(小さすぎてキーが押しにくい!)あれそっくりな薄いカード型の器械に200曲も入るなんて、信じられません。それに、クリックすれば1曲200円で買えるなんて。ばら売り可、ですか?昔はシングルレコードでも600円ぐらいしていたと思うので、音楽も安くなったものです。子供は使えるお金が限られているので、ほとんど好きな曲だけばらばらに買っています。音楽の聴き方もずいぶん変わってきたんですね。

昔は、というか、私が中学・高校ぐらいのとき、音楽を聴くといえばラジオかレコードでした。日曜の朝のポップスベストテンというのを欠かさず聞いていました。それで、ランクに入った曲が気に入ると、そのアーティストのLPレコードを買うことになります。LPレコードは「アルバム」と言ってましたね。時はちょうどサイモン&ガーファンクルとか、カーペンターズとかの時代。でも私はアメリカンポップスよりも、なぜかプリティッシュロックって言ったっけ?前に書いたミッシェル・ポルナレフは別として、Tレックスとか、エルトン・ジョン、ギルバート・オサリバンなんかが好きでした。それでも中学生ではそう何枚もLPを買えるわけはないので、1枚のレコードをそれこそ擦り切れるまでという言葉がぴったりなくらい聴きました。朝起きて聴き、学校から帰って聴き、食後に聞き、寝る前に聞く。同じものを!だからインチキフランス語やにせ英語で歌えるくらい、すっかり覚えてしまったのです

「アルバム」には必ず起承転結があって、A面はこの曲で始まり、B面の何曲目で盛り上がり、ラストはこの曲でしめる。というようにストーリーがありました。それがまた面白かったのです。その構成にもアーティスト独自の個性が光っていましたし、ジャケットや歌詞カードに至るまで、音楽だけじゃない、一つの総合芸術みたいでした。1曲ずつばら売りで買ってたら、この面白さはわからないでしょう?

そのうちウオークマンというものが登場しました。これが結構私たちの音楽ライフを変えました。レコードからテープに録音し、好きな曲を選んで自分なりに構成するなんてこともやるようになりました。家で聞くというより、電車の中や道を歩きながら、今思うと何もそこまでしなくてもというほど夢中で聞いてましたね。バッグの中はいつも数本のカセットテープでカシャカシャいってました。それから貸しレコード屋も登場し、300円ぐらいで、それまでは予算がなくて我慢していたものまで聴けるようになりました。テープの本数も飛躍的に増えました。でもその頃からかなあ、以前の擦り切れるまで同じものを聴くっていうことがなくなりました。

Photo_31 つい最近子供が棚のCDを見つけ、何これ?というので見たら、あれあれ?浜田省吾のCDこんなにあったのか~。でも、これ買ったあと、多分数回しか聴いてない。みんな初めて聴く曲みたい。

その昔、といっても80年代ですが、外国のポップスばかり聴いていた私が、突如当時ニューミュージックといわれていた今で言うJポップ?に夢中になったのです。きっかけは浜田省吾。あのなんともいえない歌詞と、切ない?歌い方。それから深夜放送でのトークに惚れました。レコードを買い集め、やっぱり全曲そらで歌えるぐらい聴きましたよ。コンサートにも行ったし!コンサートに集まったファンはちょっと年齢層が上で、入社数年目の社会人という感じだったでしょうか。みんな心の中にある鬱屈した思いをぶつけるような感じで音楽と一体になっていました。あの時代、何であんなに夢中になれたんでしょうね!

その後社会人になり、いろいろ忙しくなると音楽のこともすっかり遠のいてしまいました。時代もレコードからCDの時代へ。なぜか余り聴かなくなっても、昔好きだったアーティストのCDは、出るたびに買っていたみたいです。浜省のほかにも、山下達郎とか、南佳孝も何枚かありますが、レコード時代と比べると全然聴いてないに等しいんじゃない?CDって買っただけで満足しちゃうのか、単に私の興味が薄れたのか、昔ほど聴かなくなって、それで今はほとんど買わなくなってしまったのです。棚のCDは何か悲しい忘れ物みたいです。

ラジオの深夜放送に一生懸命ハガキを書いて送ったり、コンサートに行って皆で立ち上がって踊ったり、何回も同じものを聞かされてたまらないと家族に文句を言われたり、昔は音楽は直接的でした。今の子供たちの世代はどうでしょうか。ネットでダウンロードしたものをあのカード型の極小の器械にコレクションして、一人でイヤホンで聴くんですから、正直どんな曲を聴いてるのかわかりません。それに、漫画を読みながらとか、宿題をしながら、全部「ながら」で、じっくり聞いているわけではないようです。便利にはなったけど、この間のクイーンのミュージカルの「ガガキッズ」の世界みたい。何か違う!音楽ってそんなものじゃなかったのにね。

181113_022 かつて一緒に浜省ファンやってたMayumiちゃんが、とんでもない写真を送ってくれました。カセットテープのラベルに私が描いたイラスト?すごい!まだこんなものが残っていたなんて。感動!というより恥ずかしいですが。こんなへたくそなマンガもたくさん描いていたんだっけ。本当に取っておいてくれてありがとう。でもやっぱり、どうしてこんなに夢中になれたのでしょうね。

ずいぶん前にNHK-BSで浜省のドキュメンタリー番組をやっていました。ああ、この人まだ頑張って歌ってるんだなあってちょっと感動しました。そこで出てきた90何年の昭和記念公園の野外コンサート。何万人もの人が「みんなのはらっぱ」で、大きなスクリーンに映し出される浜省に熱狂していました。(あの時、行きたいな~と思いつつ、子供が小さかったので断念しました。私の家は近いので、ガンガン音が聞こえていましたよ。)

ことし「つま恋」コンサートを(吉田拓郎とかかぐや姫が出てた)やっぱりBSで放送していましたが、観客はみんな50前後のおじさんおばさんです。あれを見ると、かつての「若者」はあんなふうに音楽だけじゃなくて、合間のおしゃべりとか、一緒に行った友達とか、世代の共感とか、そういうものを求めていたんだなあと思います。イヤホンを耳に突っ込んでいる子供に、一度そんなコンサート見せてやりたいと思うけど、ううん‥‥やっぱりそういうものは自分の金で行け!ですよね。

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2006年11月26日 (日)

QUEEN「ボヘミアン・ラプソディ」に涙しました。

11月24日はクイーンのフレディ・マーキュリーの命日、没後15年だそうですね。あのフレディも生きていればもう還暦だとか。う~ん、何か複雑な心境です。

ラジオのベストテン番組から流れてくる「キラークイーン」や「マイ・ベストフレンド」に、今までにない新鮮さを感じ、「何、これ?」と思ったのが、およそ30年前。私は特別なファンではなかったけれど、同時代を歩いていたという感覚はすごくあるのです。あの人が60なら、当時高校生の私は‥‥‥なあんてね。

そのクイーンの大ファンだったMakotoさんに、突然「招待券があるから」と誘われて、新宿コマ劇場でやっている、ロックミュージカル「WE WILL ROCK YOU」を、フレディの命日の翌日に見てきました。

新宿コマ劇場というと、昔あの前の噴水か何かがあった広場で待ち合わせして、あの辺のディスコなんかに行ったなあ~と思うけど、コマ劇場自体は入ったことがありませんでした。普段は北島三郎とか、マツケンとか、そういう人のショーをやってるところでしょ?余り縁がなかったのですが、今回初めて行きました。

舞台を中心に扇形に広がっている客席。1階2階の区別なく階段状になった客席は、どこの場所もとても見やすく、舞台と会場全体に一体感があって、とてもいいと思いました。何と歌舞伎座みたいに、食べ物・飲物持ち込みOK。「アイスモナカいかがですか~」なんて、「おせんにキャラメル」じゃないけど、客席まで売りに来る売り子さんがいたりして、(あの野球場の「ビールいかあっすかあ~」というノリ)ここは芸術を鑑賞しに来るところだから、会場内での飲食はもってのほか、なんていう一般のホールに比べ、ものすごく庶民的。これもいいなあと思いました。

お客さんは、う~ん、やっぱり同年代というか、少し上というか、オールドファンのおじさんおばさんが大集合という感じでした。中には若い人もいたけど、そのおじさんおばさんに連れられてきた子供だったりとかね。(小学生もたくさんいました)そういう意味では年齢層は幅広かったです。

ストーリーはロックが反逆の音楽として完全に封印され、忘れ去られ、伝説でしかなくなった未来のお話。コンピュータが配信するあらゆるものをそのまま受け入れる人々。何も考えたり迷ったりことがなく、すべてをオンラインでダウンロードして手に入れることのできる世界。一見とても健全そうだけど、画一的で生気のない若者たち。その未来世界に君臨するキラー・クイーン。そんな中で「何かおかしい、自分の言葉で表現したいのに」と思い始める主人公と、ボヘミアンたち。でもどうしたらそれができるんだろう。ロックの伝説を研究している?おじいさんに聞けば、弾圧されてこの世から消えた幻の楽器がどこかにあるという‥‥‥。そして反逆と戦い。

話はちょっとそれるけど、なんと今朝(26日)の朝日新聞を見てびっくり。1面で「ウエブが変える」と題して、アマゾンのネット販売のやり方を紹介していました。ワンクリックで便利に本やCDが買えるのはいいけれど、その購買履歴がデータとして蓄積され、類似分野の商品とか、「これを買った人は一緒にこういうものも買ってます」といった紹介がされるシステムは、知らず知らずのうちにそういった情報にコントロールされてしまうことになって、「いつの間にか膨大なデータを蓄え、そこからしか購買や行動を選択できなくなった個人は画一化していく」ですって!これって全く「キラークイーン」が支配する世界じゃない!「WE WILL ROCK YOU」のメッセージは決して遠い未来のことじゃなく、今現在、進行しつつある現実の私たちの世界のことだったんだと思いました。

そこで語られた若くして死んだロックンローラーの系譜、スクリーンに映し出された人々は、プレスリー、ジョンレノン、(他にもいろいろいたけれど)マークボラン、そして尾崎豊。最後に廃墟の水の中から現れたフレディの象。後半に進むにつれだんだん泣けてきて、最後は総立ちになって「チャンピオン」や「WE WILL ROCK YOU」を大合唱しました。フィナーレの「ボヘミアンラプソディ」を聞いたら、涙、涙。前の席のおじさん(子連れでペンライトを振っていた)や、後ろの席の“昔お姉さん”(しきりに連れに解説をしていた)たちと手を取り合いたいような気持ちになりました。本当にいい時代に青春期を過ごせたんだなあと。

私は高校時代、一緒に聞いた友人たちや学校のことを思い出し、少し年上のMakotoさんは、東京に出てきて仕事を始めたばかりの頃のいろいろなことを思い出し(た、のだろう?)、終わってからしばし言葉はありませんでした。でも、そのあと、あのキラークイーン、オペラ歌手みたいに太めだったよねとか、みんなすごくいい体格で、ショートパンツの衣装から出た足はムチムチ。おなかの部分が開いた衣装からお肉がはみ出してたとか、胸の谷間がすごい人ばかりとか、スレンダーなバレリーナばかり見慣れている私には、この人たちは異質の世界だった、などということを話しました。

そして、渋谷のMakotoさんの行きつけのお店へ。そこのマスターは何と私も高校時代からのお知り合い。最初はロック喫茶で(Makotoさんに連れられて行った)、次はピアノ演奏なんかが聴けるしゃれたラウンジ、そして今は常連さんが集まる楽しいお店をご家族でやっています。今は何年かに一回しか行かないのですが、「子供は幾つになった?」などとそのたびに聞いてくれます。「やっと二人とも中学生になった~」「これからが大変だよ、お金かかるし!」‥‥‥。昔からの友達って、気がおけなくていいですね。

クイーンも、マスターのやってたロック喫茶も、思えばあれから30年かあ~、と感無量の1日でした。

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2006年2月20日 (月)

今でも、好きです♡

 昔、というか10代でも20代でも、音楽というものがいつも身近にあったような気がするんですが、うちの子供たちはそうではないようです。
 「何か好きな曲はないの?」「CD買ってあげようか?」といって娘に買ったCDは大塚愛とか関ジャニ8?とかって、よくわからないけど。でも、買ったのに何回も聞かないうちに終わってしまった。私が聞いてみると、‥‥‥。そんなに何回も聞けるものではないのかも。2006_014

前回のコメント欄で出たミッシェル・ポルナレフ。今でもレコード持ってますよ。プレイヤーの接続がめんどくさいので聞いてないけど、これこそ青春の何とかで、お嫁に行くときタンスに入れて?持って来た、のではないけれど。

実家にあったレコード類は、邪魔だから何とかしてと言われて、ずいぶん「ハンター」とかに持ってったけど、これだけは捨てられないというのがありますよね。昔は一枚レコードを買うと、朝聞いて、学校から帰って聞いて、塾から帰って聞いて、それで勉強するときも聞いて、寝る前にも聞いて、一日何回も、まるで生活の一部のようになって、擦り切れるほどというのは本当でした。意味がわからないフランス語の歌詞を、口真似カタカナ語で全曲歌えるようになるのは時間の問題。恥ずかしいけど今でもインチキフランス語で歌えます。

その後、大学の第2外国語でフランス語を選択したけど、この経験は全然役に立ちませんでした。第一、フランス語の成績はとってもよかったのに、今では全く、一言も覚えてないし。今、バレエが好きで、バレエ用語はフランス語が多いけど、この一つ一つはつながっていないんですね。人生って無駄が多い!2006_016

中学生になったばかりのある日、どこからか流れてくる「哀しみの終わるとき」という曲を聴き、こんな美しい曲がこの世の中にあったのかというくらい感動しました。
カトリーヌ・ドヌーブとマルチェロ・マストロヤンニの、渋い大人の恋の映画の主題歌だったそうですが、子供の私にはそんなことどうでもいい。聞いてるだけで涙が出そうなこの曲が、小学生のころ「トゥートゥープマ・シェリー♪」なんて歌ってた(今の「ノマノマイェイ」というのと同じ)あの曲と同じ人?というのもびっくりだったし、その人の風貌がまたとんでもなく宇宙人のようで、歌手といえば「にしきのあきら」とか「フォーリーブス」とか(まだ新御三家のデビュー前だったような?)そういうかっこいい人とばかり思っていたので、本当に新しい世界に頭を突っ込んだ感じがしました。それ以来「愛のコレクション」「渚の思い出」「愛の休日」と、次々に夢中になりました。

5年前ぐらいに中学時代の同窓会があったのですが、その時に私の顔を見るなり「ミッシェル何とかに夢中だったんだよね」なんて、いろんな人に言われました。(特に男の子に。いや、“男の子”じゃないよね、オジサンだよね)私のイメージってそうだったんだ~。恥ずかしい。
フォーク全盛の時代に、舞台に上がって、1曲でもポルナレフの曲を歌ったら(日本語で?インチキフランス語で?)それは印象に残るかも。
「恥の多い人生を送ってきました。」(太宰治)という感じです。

CDは数年前、自分の中でリバイバルがあって、輸入版を探して買いました。
あんなに美しいメロディを数多く世に送り出しておきながら、彼は今では活動していないのでしょうか。
今朝、テレビでミック・ジャガーを見ましたが、同じくらいの年代でしょう?まだまだ活躍していてほしいのに。彗星のように現れて消えたという感じです。
何か、私生活ははちゃめちゃで自滅型だったとか聞いたことがありますけど、もったいないです。

初来日のとき、実は私はコンサートに行ったのです。チケットは自分で電話して買って、お金も現金書留で送ったのを覚えています。でも一人で都内に行くなんて、ということで当時独身OLだった叔母に付き添われて、忘れもしない郵便貯金ホール(今のメルパルクホール)のコンサート。なぜか本人の気が乗らない?ということで開演がかなり遅れて、でも始まるや否やすごい熱狂、最後は多くの人が舞台に押し寄せて、アンコール曲でみんな踊ってました。中1で知ったすごい世界でした。

今、自分の子供を考えると、自分で好きなものを見つけたり、コンサートのチケットを自分で取ったりできるかというと、どうかな?と思います。私の親は商売をやってたり、大家族だったり、3人子供がいたりで結構ほったらかしにされていたので、案外何でも自分でやれる環境だったのかも。今の子供たちはある意味満たされているので、夢中になるものを貪欲に探し回るということがないのでしょうか。でも、大人になって振り返って「これが大好きだったよね!」ってものがないと淋しいのでは。うちの子は一生懸命バスケットやったりバレエやったりしてますが、それ以外に何かあってもいいよねと思うのは余計なお世話なのかなあ。 

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2006年2月 9日 (木)

ピアノ

 20061_019 きのう娘が、「ねえ、見て。こんなにいっぱい曲が入ってるのに600円なんだよ~」と言うので、何のことかと思ったら、「ブルグミュラー25の練習曲」の本。
 「へ~懐かしい」と思ってみると、昔と全然変わらない表紙。あれ、でも「25のやさしい練習曲」だったような。中を見ると、え?「小さなつどい」何これ?「子供の集会」だったんじゃない?見ると「清い流れ」(たしか)は「清らかな小川」に「優美」は「やさしく美しく」と、なんとなく現代調になっている。あ、でもこれは許せない。「貴婦人の乗馬」がただの「乗馬」に!
 これじゃイメージが全然違うじゃない。昔私がピアノやってたとき(小学生で挫折したけど)、何か、ルノワールの絵に出てくるような、優雅な帽子をかぶって、襟元に白いレースがある青いドレスを着た、金髪の美しいマダムが白い馬に‥‥‥。そんなイメージを思い浮かべていたのに。これじゃ、昨年前半の朝ドラ、「ファイト」の主人公が乗馬の練習をしてるって、その程度のイメージしかわかないよ。音楽ってイメージが大切なのに。

 うちの子は、実家にあったピアノを持ってきて、ヤマハの音楽教室で「幼児科」というグループレッスンから始めました。でもだんだん人数が減ってグループが崩壊し、これからは個人レッスンでというとき、普通はピアノかエレクトーンかを選ぶのですが、(結局エレクトーンも買った)たまたま子供の通いたい曜日・時間帯にはエレクトーンの先生しかいなくて、どっちか決めかねていた娘に、「それなら両方やりましょう」と言ってくれる先生がいて、それが今の先生との出会いでした。
 
半々ですから、進みは非常に遅くて、おまけにうちの子はパレエもやってるので、本当にマイペースでやってきました。ひとしきりエレクトーンで好きなアニメの主題歌などを弾いていましたが、もともとポップミュージックというかそんなものに疎くて、あまりやりたい曲がなくなってきたようで、じゃあしばらくはピアノでということになったのかな?

ブルグミュラーって、私もやったけど、もっと小さいときだったような。超退屈な「バイエル」が終わって、これも超いやな「ツェルニー○○番」とかいうののサブテキストで。やさしいけど、どれもとてもメロディーがきれいで、楽しかったような気がします。こういうのだけをやってたら、私もいやにならずに続けられたかもしれない。いいなあ、これ借りて私もまたピアノ、弾いてみようかな。

エレクトーンの楽譜は5曲ぐらいしか入ってないのに2000円以上します。音色やリズムがプログラムされたフロッピーがついているので、そうなっちゃうのかもしれませんが、やりたい曲を見つけても、ほかの4曲が全然知らない曲だったりすると、買うのを躊躇してしまいます。(今の最新のエレクトーンはフロッピー付いてなくて、ネットでデータを1曲づつ買うそうですね。世の中進歩してる。)そこいくとこのピアノの楽譜は25曲も入ってるのに何と600円!お買い得。しばらくそれでやってください。私もついでに楽しませてもらいます。

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