2009年10月20日 (火)

巾着田のコスモス

S2009_1011_143923imgp8038 昨年、彼岸花を見そびれて、時期がはずれてから行ったらコスモスがきれいだったということがありました。今年はしっかり彼岸花も見ましたが、今回は実家に行ったついでに、父母、妹と一緒に、天気がいいのでちょっと行って散歩をしてきました。実は、これは先週のことですので、今ではもうコスモスは終わってしまったでしょうね。S2009_1011_143506imgp8030

ことしは近所の昭和記念公園には行っていません。なかなか見に行く時間がなくて。昭和記念公園のほうはいろんな種類を、時期も変えて植えているので、まだまだ見れると思いますが。

こちらは1種類だけなので、多分もう終わりです。今年は丈の低いタイプが一面に植えてありました。山に囲まれた静かな田舎の秋の風景です。S2009_1011_144358imgp8043

一週間前ですが、もう稲刈りも半分以上済んでいました。正面に見える山は日和田山です。本当に雲ひとつないいい天気でした。

田舎の空気は乾いた稲のにおいと土のにおい。それから用水路を流れる水の音。のどかですね~happy01S2009_1011_144904imgp8055

親子連れで来て、1日遊んでいくのものんびりできていいですね。本当に何もないのだけれど、何もないところでゆったり過ごすのは最高のぜいたくのような気がします。

彼岸花の時期はもっと人も車もいっぱいで、特産品や食べ物を売るテントも出ていてにぎやかでしたが、今はもう何もありません。ただただ田舎の風景があるだけです。

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彼岸花が咲いて真っ赤なじゅうたんのようだった林の中もこのとおり。何もありません。もう少し深まってひんやりした秋の空気があるだけです。

彼岸花は花が終わったあと、「龍のひげ」みたいな葉っぱが出てくるんですね。その葉っぱはいつごろまであるんでしょうか?冬場や春先に行ったことがないのでわかりませんが、彼岸花は確か葉っぱも何もないところから突然柄が伸びて、真っ赤な花を咲かせるんですよね。それが不気味で、あまり好きではなかったけれど、なぜかここのところ毎年見に行くようになって、少し親しみがわいてきました。また来年。

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2008年12月19日 (金)

すっかり冬ですが

バレエ公演通いをしているうちに、まわりの風景はすっかり冬になっていました。S2008_1130_142318imgp6622_2 

これはシュツットガルト・バレエの「オネーギン」を見に行ったとき、少し早く家を出て、11月末までの国立博物館の日本庭園の一般公開に行った時の写真です。この銀杏の木は日本庭園ではなくて、入って左側の法隆寺宝物館に行く途中にあった木ですが。S2008_1130_142404imgp6625

すっかり季節はずれになってしまいましたが、バレエ鑑賞が一段落したので、そのときの写真をいくつかアップしてみようと思います。

金色のちいさき鳥の形して
銀杏散るなり夕陽の丘に

なんて短歌がありましたが、銀杏には夕陽が似合いますね~。S2008_1130_140856imgp6609

といっても、3時からの公演の前に行ったのに、もう日が傾いて夕方みたいな感じだったのです。秋の夕暮れは早いんですね。

本館裏の庭園は、バルコニーから眺めるとなかなかきれいだったのですが、歩いてみるとそんなにつくり込まれたような庭園ではなくて、ごく自然な感じの公園っぽいお庭でした。S2008_1130_141227imgp6615

園内には何ヵ所かお茶室の建物があったのですが、この日は貸し切りのお茶会があって、見学はできませんでした。

外国の方も来られていましたが、和服姿の年配の女性たちが大勢集まって、園内の古くてみすぼらしい(由緒正しい文化財なのでしょうがsweat02)掘っ建て小屋のような?お茶室に入っていく姿を、物珍しそうに写真に撮っていました。S2008_1130_144314imgp6636

こちらは法隆寺宝物館です。実は私、ここは好きな場所の一つなんです。本館に入ってしまうと、もう時間もないのでこちらを見ることにしました。

このガラスに緑のドーム屋根が映っている「表慶館」(ここも明治チックで好きだったけど)、昔そこにあったものが、今は平成になってつくられたこの近代的な建物に展示されています。

明治時代に奈良の法隆寺から皇室に献上された宝物を展示している場所です。

特に、四十八体仏と呼ばれる小さい仏像が大好きで、学生時代から上野に行く機会があるたびに見ていました。朝鮮半島から渡来した仏像を飛鳥時代の日本の仏師が真似て作ったものが大半ですが、純粋な渡来仏よりもどこかおおらかな飛鳥の、古代日本人の気風が満ち満ちているようで、バランスなどは不細工なのですが見ているとほっとして、かわいらしささえ感じてしまいます。

庭園でまぶしい午後の日差しを受けた眼で中に入ると‥‥真っ暗。目が慣れるまで暗くてよく見えませんでした。1階の入ってすぐの部屋に、ずらっと一つ一つガラスケースに入れられて並んでいるミニチュア仏たちを一体一体眺めて、静かな気持ちになって東京文化会館に向かいました。

私ったら、11月の末から12月初め(シュツットガルト、ボリショイ、東バ)で、合計7回上野に通ったんですね。何か自分でもすごいことになっているようなsweat01家族には有無を言わせず(もう子供も大きいし)友人にはあきれられていますが、世の中にはもっと凄いバレエファンがいるのよ。。

でも、東京文化会館はいいなあ。見やすいし、駅から近いし。ことしはあと新国立劇場に1回行ってバレエ鑑賞は終わりです。年開けて1月にはレニングラード国立バレエが来るけれど、今度は私の嫌いな国際フォーラムとオーチャードホールが続きます‥‥‥。

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2008年10月12日 (日)

10月の巾着田

S2008_1010_140402imgp6391_2 9月の彼岸花の時期に毎年「巾着田」に行っています。私の実家に近いので、知人一行をご案内するのが毎年恒例になってしまったものです。ことしは行く予定にしていた日に雨が降って中止になり、一昨日行ってきました。S2008_1010_133312imgp6381

埼玉県日高市の「巾着田」 は彼岸花の群生で有名な場所です。川が蛇行している真ん中の、ちょうど巾着のような形になっているところが一面の田んぼだったので、昔から「巾着田」といわれていましたが、私が子供の頃にはもうすでにほとんど田んぼはなくなって、グラウンドや資材置き場などになっていました。

小学校の遠足などで行かされましたが、「巾着田」といってもどこがどう巾着なのかわからず、全然面白くありませんでした。この正面の日和田山の上から見ると、見事に巾着の形になっているのがわかるんですけどね。当の巾着田からでは全くわかりません。S2008_1010_134741imgp6387

そこが今では、一部にまた田んぼも復活させて、のどかな観光地のようになっています。有名な彼岸花は、昔は川沿いの土手やあぜ道などに咲いていただけだと思いますが、10年ぐらい前からこんな雑木林の下に群生したのが有名になり、今ではかなり広い範囲に彼岸花エリアが広がりました。(写真は見事に花が終わっている彼岸花)

毎年9月半ばから9月末まで、かなりの人出でにぎわいます。昨年も、一昨年も行って、このブログにも写真を載せましたが、正直、毎年行くほどのものではないなと思っていました。でも、恒例の行事で他にお楽しみもあるので、花の終わった後でもいいからと行ってみたのです。S2008_1010_133815imgp6385

巾着の縁取りは彼岸花の群生する林になっていますが、真ん中は昔のように一部田んぼが復元されています。実った稲の穂を見るとやっぱり秋だな~と思いますね。この稲の香りが何だか懐かしいです。昔はきっと全面こんな風景だったんでしょうね。

今は付近の小学生の恰好の観察の場所になっているらしく、小学生の団体が来ていて、スケッチブックを持ってあぜ道や用水路で見つけたいろんなものを描いていました。勉強の一環で田植えや稲刈りもするのでしょうか。S2008_1010_121124imgp6371

お楽しみというのはこれです。日高市に行く手前の飯能市にあるお寿司屋さん。海のない埼玉県なのになぜかとてもおいしくて、値段も「特上」なのにお手頃。これが楽しみで彼岸花もないのに出かけてしまいましたbleah

でも、コスモスはありましたね。最初の写真のように、昭和記念公園のような丈の低いコスモスではなく、背の高い普通のコスモス。それも苗を植えたんじゃなくて直播きみたいで、雑草もかなり混じっていましたが、これがやっぱり 本来のコスモスの風情ですよね~。こちらは彼岸花に合わせて早播きにしているのか、早咲きの種類なのか、もうかなり広い範囲で花が終わってしまって、すでに刈り取られていました。彼岸花を見に来たときはコスモスなんてそんなに見てなかったけれど、改めてこんなに広い場所が全部コスモスだったなんて!とびっくりしました。今ではもうその3分の1ぐらいしか残っていませんが、それでもこれだけ広い場所にコスモス、まだいっぱい咲いていました。S2008_1010_132850imgp6376_2

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2008年8月16日 (土)

雨宿り

08_056 世間はお盆休みですが、夏バテもあってどこにも出かけていません。一昨日、車で40分の実家に行っただけ。

発表会が終わった娘は、塾も休みになったので、一足先に実家に行って泊まっていました。行ってみると私の妹の子どもも、弟の子どもも勢揃いしていたので、じゃあ近くの河原にでも遊びに行こうか、といってお昼を食べていたら、何だか雲行きが怪しくなってきました。08_049

すると父が雨が来る前にお寺に行って、卒塔婆を立ててこなくちゃというので、それなら車で、と急いで行きました。歩いてもたいした距離ではないのですが、ホントに一雨来そうな気配だったので。

そうしたら、案の定というか、思っていたよりもずっと早く雨が降り始めてしまいました。本堂で卒塔婆をいただいて、これから墓地に行こうというときに急な大雨!そして雷も鳴り始めました。08_052

結局、雷が遠ざかるまで30分以上、雨宿りをすることになりました。こんな経験は久しぶりです。

女の子たちの遊びにうんざりしたうちの息子は、もう一人の男の子(といっても小学生)の従兄弟と一緒についてきましたが、「こんなことなら来るんじゃなかった!」と文句タラタラ。何しろ電車に乗るときもイヤホンを耳に突っ込んでいるし、暇さえあればマンガ、ゲームですから、こんなに何もしない退屈な時間をどう過ごしていいかわからないのでしょうね。08_055

でも昔‥‥といったってせいぜい私が子どものときぐらいでも、こんな何もしないでボケッと雨の降るのを眺めているというような、そういうことは沢山あったと思います。そこで、いろいろなことを考えるのが、無駄などころかとても貴重な時間でした。そういうことがほとんどない今の子どもはかわいそう。

ここは埼玉県ですが、こうやって一部分だけ写すとまるで京都かどこかのお寺のようでもあります。それでも、田舎のように思えるけど、京都の東山などはもっと近くに山が迫っているんですよね。

お寺で土砂降りの雨にあった経験は、もう4~5年も前になりますが、山口の瑠璃光寺に行ったときがそうでした。既に雨が降っていたけれど、有名な五重塔だけでも見ようと無理して行ったのですが、もう身動きもままならずやはり東屋のようなところでじっとしているしかありませんでした。おかげで室町時代の五重塔を遠目ながら長時間鑑賞することができました。こんなことはめったにないのでいろいろなことを思い出します。08_053

雷が一段落すると、まだ雨は降っているのに我慢できず歩き始めました。この後すぐに雨も上がり、また夏空が帰ってきましたが、もう川遊びはできませんよね。

ことしも各地で河川の増水による水の事故が多く起こってしまいました。上流にダムができたり、コンクリートで護岸を施した都市型の河川が増えたりで、川も危ない場所になったのです。公園の水場で遊ぶ感覚では川遊びは危険。でも危険とばかり言っていて、子どもたちが自然に触れる機会がさらに少なくなっているのがとても残念です。08_060

ゲームやアニメにお守りをさせて、危険だからと自然の山や川で遊ばなくなった子どもたちは、明らかに違う人種になりつつあります。現代の、忙しい時代の子育てでは仕方ないのかもしれませんが、とても危機感を覚えます。また、自分の生活も自然から隔離されて、冷房漬けで夏バテなんて言って、日々疲れているのが気になります。

雨上がり、心なしがすがすがしいお顔の石の仏様。川遊びはできなかったけれど、思いがけず自然に目をやる機会を得ることができてよかったです。

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2006年11月18日 (土)

秋祭り

Photo_26 またまたちょっと古いけど、何年ぶりかで「飯能まつり」に行って、写真を撮ったので載せることにします。

ことしは11月5日でした。毎年この祭が終わると秋も深まって急に寒くなるのですが、ことしは2、3日前まで、結構暖かかったですよね。ここ数年、実家に帰っても、寒かったり天気が悪かったりで、お祭は見ていなかったのですが(子供が射的をしたり、くじを引いたりして遊ぶ程度)ことしは、子供たちと一緒に「引き合わせ」を見に行きました。Photo_27  

町内ごとに山車があって、全部で10台だったかな。お囃子にあわせて、狐、獅子、ひょっとこなどが踊ります。中でもこの「外道」は、独特な雰囲気があって面白いです。外道とは、人の道を外れたものという意味で、鬼のような存在ですが、どこか憎めなくて、人気があります。各町内で、それぞれの面や衣装、踊りがあり、いろいろ見比べたいのですが、とにかく狭い通りに人が多くて、目の前のを見るのがやっとという感じでした。Photo_28

山車の上に、こんな人形が乗っているのがあります。私は川越の祭は見たことがないのですが、川越にはこんなのがたくさんあるようですね。(川越には山車が29台もある。さすが城下町!)飯能ではこのスサノオの尊と、もう一つ、神武天皇の人形が乗ってるものがあります。これは、通りを練り歩くときは電線に引っかからないように、低くなっていて、引き合わせになると、上へせり上がってきます。Photo_29 

こちらが神武天皇。なんだかどこかの教団の教祖みたい?なんて言ったらバチが当たるかな。

今回デジカメで写真を撮っていて感じたのは、夜はだめ!ということ。シャッターがうまく押せないというか、ストロボが思ったように光らないとか、連写が出来ないとかで、動きのあるものは全然撮れませんでした。バレエの発表会を撮ったときもそうだったけど、やっぱり一眼レフでなきゃだめかな~。Photo_30

私の子供のときは、女の子はお稚児さんか(金棒引きというやつ)、昼間の山車(「底抜け」といって、床がない簡単なもの)を引っ張るぐらいしか出来ませんでしたが、今はさすがに時代が違うのですね。この町の山車は女性が大太鼓、小太鼓をたたいていました。大体どこの町内でも、女の子の親衛隊?がついていて、とにかく女性がすごく元気で楽しそうでした。

埼玉県では、10月の「川越まつり」と、このあとの12月3日の「秩父夜祭り」が有名です。こちらもとても面白いけど、何しろ寒いし、人が多いので、もう10年以上行っていません。「飯能まつり」はこの二つの有名な祭りの間で、手軽にちょこっと祭りの雰囲気を味わうことができる規模なのかもしれません。適度に歴史もあるし、華麗な山車やお囃子を楽しめます。(私はこっちに来てからびっくりしたんですが、立川なんか、トラックの荷台の上でお囃子をやってるんですよ。何か悲しいかも~)秋祭りを何年ぶりかで見に行ったので、ご紹介しました。

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2006年7月22日 (土)

「カメラ」を買いました。

4年ぶりにカメラを買いました。カメラといえばもちろんデジタルですよね。でも「デジカメ」って言葉は何か変で、使いたくないんだけど‥‥‥。「デパ地下」とか「ファミレス」なんておかしな言葉も市民権を得てきているので、もう仕方ないか。06072210imgp0039

最初に撮るのはやっぱりルル姫でしょう。アップもちゃんとピントが合っています。今までのものは接写がうまくできなかったし、何しろ大きくて重いので、気軽に持ち歩くという感じではありませんでした。最近のはみんな小さくて軽い!それで画素数も200万画素から600万画素になったけど、ここに載せるには一番小さいサイズでないとだめなので、画質は大して変わらないと思います。06072210imgp0040_1

もう大分前になるけど、子供と一緒に昭和記念公園にコスモスを見に行ったとき、「すみませ~ん、シャッター押してください」と言われて、シャッターを押してあげた人たちのカメラがみんなデジカメだったので、え~っもうそんな時代なんだ、と思ったものです。それからしばらくしてデジカメを買ったけど、何か重くて(同じ大きさならフィルムのカメラの方がずっと軽いよね)あまり使っていませんでした。06072210imgp0042

本格的に使い出したのは、去年ぐらいからで、フィルムのカメラでは慎重に撮っていたのに、デジカメではとにかくいっぱい撮って、あとでいらないのを捨てればいいんだということで、すごく気軽に写すようになったことが始まりです。その気軽さを生かすには、やっぱり小さくて軽いほうがいいよね。ただ、カード型のようにあまり小さすぎても使いにくいので、ほどほどにしましたけど。

写真は、小学生のとき、父からいらなくなった「蛇腹式のカメラ」と「露光計(?)」をもらってからです。白黒で、フィルムの大きさも違うやつで、明るさを測って露出(シャッタースピードと絞り)を決める、とても小学生には扱えないような代物でした。それで最初にとった作品?が、庭の石灯籠の上に乗っている当時飼っていた猫。見事にピンボケでした。

でも、それが子供なりにかなり使えるようになって、次に(中学生ごろか)一眼レフをもらいました。(その「蛇腹式」はかなりあとになって「超レア」となっていたらしく、カメラの収集をしている人にあげたらすごく喜ばれました)それは、ファインダーをのぞくと、露光計の針が動いていて、絞りの数字を指しているようなものでした。(シャッタースピードはあらかじめ決める)すごーい!と思ったものです。

高校になって、運動部を1年半で挫折したあと、誘われて入ったのが写真部。撮影旅行に行ったり、自分で現像をしたり、大きく引き伸ばしてパネルを作ったり、すごく楽しかったです。その頃はもうシャッターも絞りも焦点も自動の一眼レフが当たり前になっていたので、初めて新しいカメラを買うことになりました。広角レンズや望遠レンズも揃え、どこかに行くときには大きなカメラバッグを背負って、三脚なんかも持って出かけました。今考えるとおかしいですね。どういう高校生だったんでしょう。

ずっとカメラのことを忘れていましたが、子供が幼稚園のとき、卒業アルバムを作る委員になったり、(大部分写真屋さんが撮ったものを使うのですが、日常の様子などは幼稚園に撮りに行きました)小学校の広報委員になったときなどは、その経験が役立ちました。子供のバレエの発表会も、本番はだめだけどリハーサルは撮れるので、舞台写真の経験はなかったけど、結構うまく撮れたと思います。

でも、さすがにもうデジタルの時代ですよね。このブログを始めて、ちょっとまた写真に目覚めました。これから、軽くなったデジカメでまたいろいろな写真を撮りたいと思います。

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2006年4月28日 (金)

野川公園

_009_1 昨日、仕事が一段落したので運転免許の書き換えに行って来ました。いつもはのんびりしているのですが、今回は初めて誕生日よりかなり前に行くことになりました。行ける時に行っておかないと、という感じになってきたので。

いつも気になっていた府中の試験場の隣にある大きな公園。早めに書き換えが済んだのでちょっと歩いてみることにしました。_001_1

以前は立川警察でよかったのに、6~7年前から優良ドライバー以外は府中に行かなければならなくなりました。私は駐車違反とか、一時停止とかで何年かに1回ぐらい必ずつかまっているので、優良ドライバーになったことがありません。大体優良ドライバーなんて、ペーパードライバー以外にいるのだろうかと思うくらい、私のようなまじめな?運転者までこまめに取り締まってくれるものです。_003_2

試験場の隣の公園は「武蔵野公園」という公園でした。真ん中を野川という川が流れていて、そのまま川に沿って歩くと「野川公園」に自然に入っていきます。

野川という川は、国木田独歩の「武蔵野」だったか、大岡昇平の「武蔵野夫人」だったかに出てきたような‥‥‥。定かではないけど、武蔵野を代表する川のように思っていました。_010_1

夏には子供たちが水遊びをするような川だとも聞いていましたが、何か水が少なくて、イメージとは大分違うものでした。写真の左側のがけの上が国際基督教大学のキャンパスになっていて、この段差が多摩川の河岸段丘のひとつ、国分寺崖線といわれるものです。崖の上に降った雨が土にしみ込んで、崖の下のあちこちから湧き水となって現れる、その水を集めたのがこの野川ということですが、崖の上も宅地化が進んで湧き水が少なくなり、川の水も少なくなっているのでしょう。_011_1

新緑がとてもきれいです。すぐそばに東八道路という大きな道路があるのですが、車の騒音も少し感じる程度。鳥の声が聞こえます。_013_2

ここは自然観察園という囲われたスペースで、人はほとんどいませんでした。小さな草花か何種類か花をつけていて、カメラマンの人が写真をとっているくらい。森林浴にはとてもいい場所でした。それにしても広い。ここまででも結構歩きました。_018

ところが、何と地図上に「近藤勇生家跡」というのを発見してしまいました。大昔、高校時代に一度行ったことがありましたが、それって、この近くだったんですね。ちょっと意外でした。それで、またさらに歩くことになりました。_025

_026 全部で1時間くらい歩いたでしょうか。昔行った近藤勇の生家跡は、覚えていないくらい変わっていました。道路ができたのか、それとも?こんなに大きな公園の門の前にあったなんて、全然知りませんでした。

また少し歩くと龍源寺という、近藤勇の墓がある寺があります。ここはこんなに明るかったかな?門前の木を切ったのでしょうか。でも、寺の裏手にあるお墓は変わっていませんでした。思いがけず懐かしい人に出会った気がしました。

すぐそこまでのつもりがずいぶん歩いてしまって、きょうはすごい筋肉痛。でも、ちょっとした旅のようで楽しかったです。免許の書き換えに行ったら、ついでに歩いてみませんか。おすすめします♡

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2005年12月 1日 (木)

もう冬ですね。

_006 12月になってしまいました。一年たつのは早いものです。今年はいつまでも暑かったので、(10月の子供の運動会など、夏みたいな日でした)急に寒くなって、秋は短かったなという感じです。

ここはどこ?昭和記念公園の昭島口のところです。道路の方から見ると、どこかにタイムスリップしたような世界が広がっています。_008

イチョウは大好きです。タイムスリップ先は、神宮外苑のイチョウ並木かな。ヤクルトスワローズのファンだったので昔よく行きました。何でシーズンオフに?と思いますが、ミーハーのファンは一年中通うのです。絵画館前のグラウンドや、室内練習場など、懐かしいです。今シーズン、何十年ぶりかで行きましたが、女学生たちが前でいつもたむろしていたクラブハウスがどこだったかちょっとわかりませんでした。キャラクターグッズの売店のあたりだったかな。_002イチョウの散るのを見ると、野球ファンだったころのシーズンオフの、ちょっぴり淋しい感じを思い出します。

今度は北海道の紅葉?といきたいところだけど、こちらは元立川基地の、未使用になっている部分の外側です。今、雑木が色とりどりのグラデーションを作って、とてもきれいです。どうしても金網のフェンスが写ってしまうので北海道?という写真は撮れませんね。_003

こんな広大な土地を放っておくなんてと思いますが、これでもなかなか四季折々楽しめるのです。春は何種類もの山桜が、それぞれ違った色合いで、新緑の木々の芽吹きとともにぼおっと霞がかかったように咲き、ちょっとした原生林の趣です。

ノバラが多く自生していて初夏には白い花も見えます。葛の花が咲くと、道路の方にも甘い香りがただよってきます。

夏は、木にはちょっとかわいそうなのですが、ツタや葛が絡みつき、もこもことした巨大な怪獣のトピアリーの展示会のようでとてもおもしろい。これじゃ、木が枯れちゃうよと思いますが、確かに毎年何本かは枯れているようです。_013夏はセミの大合唱、と思いきや、以外にセミは少ないのです。基地だったところだし、その前は畑だったようなので、何年も地中で過ごすセミはまだ代が浅い?のでしょう。

再び、ここはどこ?私は誰?

立川はとても変わりました。南口もですが、北口の高島屋の裏から立飛にかけて、モノレールと、まだ何もない広い空間が空をとても高く見せています。

デジカメは子供がいじっている程度でしたが、普段持って歩くととても面白いことに気がつきました。(この間の写真も今日の写真も左上がぼやけているのは、子供がレンズを触って汚れていたためでした。でももう子供のおもちゃにしておくのはもったいない。)

かなり前ですが、普通のおばあさんが、バ○○○カメラ(差別用語ですよね。でも何と言ったら?「誰でも簡単カメラ」?)を持って毎日いろんな写真を撮って、それがけっこう面白くて写真集になったというのを見たことがあります。何気ない生活の一場面。見過ごしてしまうような、普段気づかないようなことの中にも面白いものはあるといったような、そういう写真でした。私のデジカメも「誰でも簡単」ですが、けっこうはまるかもー。と思いました。

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2005年11月28日 (月)

京都の紅葉?

_027 ほんとに久しぶりの更新になってしまいました。八白吉方の停止作用の影響を受けていたのか(気学の上の話なので聞き流してください)まったく暇だった仕事が、ここへ来て急に入ってきて、締め切り等もあり、家事も子供のこともあってなかなかブログのことまでまわりませんでした。ほんと、ブログを続けていらっしゃる多くの方が、毎日楽しい記事を更新されているので、驚くばかりです。大変だと思うんですよ、毎日続けるっていうのは。でも、どんなに暇でも日記は三日坊主という私では話にならないかな。

_013 いきなり、京都の紅葉?ときてしまいましたが、このところ毎日朝のテレビで紅葉中継というのをやってますよね。それを見ると、わあ~、京都!行きたいなあ。と思ってしまいます。昔の私なら、もうすぐに次の日は東山の東福寺の通天橋の上に立ってるとか、嵯峨野の祇王寺の丸窓から、緑の苔の上に散り敷く紅葉をみているとか、そういう人だったのですが、(それで社会人失敗した?)どうも子供がいるとそういうわけにはいかないので。実はこれは埼玉の実家の近くの弁天様の周辺です。 この時期だけ、まるで京都?というような光景が楽しめるというのを、昨日散歩してて初めて知りました。角度を間違えると、建物や駐車場が写ってしまい、田舎くさくなってしまうのですが、写し方によってはきれいでしょう?

_047 高校のとき、写真部にいたので、写真の楽しみはわかっていたのですが、カメラを持ち歩くのは重くて面倒だし、その後の人生で役に立ったのは、子供の幼稚園の卒園アルバムの委員になったときと、小学校の広報委員になった ときぐらいでした。運動会など、望遠レンズを使って、手持ちでぶれないのはさすが昔とった何とやらだと自分で思うくらいでしたが、それだけで、あとは一眼レフは押入れに眠ったまま。でも意外に、あれ、これは面白いぞ。フィルムだとフイルム代や現像代がかかるのでそんなにめったやたらに撮れないけど、デジカメなら気に入らなかったら捨てられるし。ということで、新たな楽しみを見つけてしまいました。

_049 気をよくして、もう一つの寺に足をのばすと、山茶花が花盛り。日曜日なのに誰もいません。 いいですね、こういうの。

京都といえば、学生時代は京都が大好きでした。高校・大学とカメラを持って京都に何度も行きました。それくらいならいっそ京都の大学に行けばよかったのに、何で行かなかったのかなと思うくらい。京都では一木一草、道端の小石までゆかしいような気がしていましたが、身近なところにも撮るべきものはあったという感じです。

また、デジカメ持って出かけてみようっと。

_053 でも、あまり趣味の範囲を広げてしまうと大変です。気学の先生の、来年の展望を書いた本が出ましたが、来年の私は、捨てるところは捨てないと、次のステップにはいけないというようなことがありました。難しいことですがそのとおりなのかもしれません。

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