2009年10月29日 (木)

「新選組血風録」終了

時代劇専門チャンネルで9月半ばから放送していた「新選組血風録」が終了しました。前回、2年前の放送の時はまだうちでは見られなかったので、今回の放送はとてもうれしかったです。

「新選組血風録」は1965年、昭和40年に放送された白黒のテレビ時代劇。私はもちろんリアルタイムでは知りません。私が覚えている一番古いテレビの記憶というのは、多分東京オリンピックです。4本のコタツの足みたいなのがついたテレビが奥の座敷の床の間に据え付けてあってsweat02家族全員集合というか、うちは商売をやっていましたから、住み込みで働いていた人とかもみんな一緒に、マラソンとか重量挙げとかを手に汗握って見ていました。見たというだけで内容は全く覚えていないのですが。「血風録」はその翌年の作品だったんですね。

1970年の「燃えよ剣」はカラーになっていました。でも、それも私はリアルタイムで見ていません。当時夜は9時までに寝かされていましたからcoldsweats01 あの頃、小学校の友達同士で「キイハンターごっこ」というのをやっていて、その夜9時台の人気番組を見せてもらえない私は、蚊帳の外で悔しい思いをしていましたっけbearing

そして、私が「燃えよ剣」を見たのは、多分関東では地上波最期の再放送だと思われる夜11時台にやっていたもの。ギリギリ間に合ったという感じです。それを高校時代に、それこそ食らいつくように見ました。カセットテープに録音までして。(爆!)だから、私はずっと「燃えよ剣」派。「血風録」は知らないので語りようがありませんでした。

10年ほど前「血風録」のビデオが発売されて、それをレンタル店で見つけて初めて見たというのは前回書いたとおりです。その頃は私も子育てで苦労している真っ最中で、そんなにじっくり見ている暇もなく、ただ何となくこんなものかな?という程度だったんですよね。多分白黒の作品というのをあまり見慣れていなかったのだと思います。

ところが‥‥今見たら何と「新選組血風録」はすごく面白いじゃないですか。何というか、もしかしたら「燃えよ剣」以上に面白い。第一、栗塚旭も島田順司も若い~!もう栗塚さんなんて超素敵ですheart04 それと、島田さんの沖田総司はちょっとヤバいくらいかわいくて、見るたび胸キュンもの!昔見たときは、何かキモイ沖田‥(ごめんなさい!)もっとカッコいい人だったらよかったのになんて思っていたけれど、彼らの年齢をはるかに追い越した今になってみると、いや、もう激萌え状態というか、やばいですsweat01今はもう彼しか沖田総司は考えられないほど。え?遅いって‥そうですね~coldsweats01

折しも、時代劇というものが映画からテレビへ移行していく真っ最中の時期。これから新しい時代の新しい時代劇をつくっていくんだという「志」がすごく感じられる作品だったんですね。単なる勧善懲悪の娯楽時代劇とは完全に一線を画すものでした。演じる役者さんも、それまでの白塗りの美男役者ではなくて、栗塚さんのような一度見たら忘れないくらいの濃いキャラクターを主役に据えたところが斬新だったのでしょう。おまけに左右田さんとか、島田さんとか、もう超個性派ぞろい。どこの馬の骨ともつかない新劇の俳優を発掘してきたのは、予算の関係もあったのだろうけれど、これがまた映像に思わぬリアリズムを吹き込んでいったのですね。

その新しいものをつくろうという「志」と、今までどこにもなかった最強の組織をつくっていこうという新選組の「志」とがオーバーラップしているんだというのも新しい発見でした。前半はそんな「志」がいろんなところに見られます。浪士隊に加わって京に上るにあたって、自分の「志」に匹敵するくらいの立派な刀がほしいという近藤勇。新選組の「誠」の旗を自分たちの「志」の象徴にしようと、こだわりを持って注文する土方歳三。その「志」はもう、「血風録」をつくっているスタッフ、俳優、すべての人たちの「志」と重なって、私たちの心を捉えるのだと思いました。

そしてまた「志」の低いものに対しては容赦ない。楽しいだけの作品ではなく、最初から重苦しいのです。食いぶちだけを求めて入隊してきた者、身の安泰のみを図る者、なりゆきで間者になってしまった者、そういう人間はすべて無残な運命をたどることになり、それがまた彼らの「志」を際立てています。これって当時のサラリーマン(気楽な稼業と思われていた頃の)とか、マイホーム族とか、そんな時代の風潮とは真反対をいくものだったんじゃないでしょうか?事実彼らは、この間の対談(新選組交友録)でも語っていたけれど、それこそ休日も労働基準もなく、低予算の中、24時間フル稼働でテレビ時代劇をつくり続けていたのですから。

あと、「鬼副長」といわれていた土方歳三なのに、栗塚さんの演じる土方というか、この脚本の土方にはなぜかとても優しさを感じるんですよね。隊士一人一人を暖かく見守っているというか、そんな目線が感じられるのです。同じ栗塚さんでも、「燃えよ剣」の土方に比べて「血風録」の土方は甘い(「鬼」度が)という人がいますが、甘いというより優しくて暖かい。そして魅力的でした。意外なようだけれど、これは栗塚さんの持つ(本来明るいという)素の雰囲気からくるものもあったでしょうね。ビジュアルも、何という美しさなんでしょうlovely画面がアップになるところで、やはりこちらもすう~っと画面に吸い込まれるように見惚れてしまう‥‥まあ、そんなミーハーですcoldsweats01

後半ではだんだん情勢が厳しくなってくるけれど、彼ら新選組は信念を変えない。時代は変わっても「志」は変わることがない。そういうところがまたさわやかで胸を打つのです。京を去るあたりから、みんなとても切ない。特にラスト3本はもう涙なくしては見られない、号泣ものでした。前にレンタルビデオで見たときは一体何を見ていたのかしら。特に近藤勇の描かれ方が素晴らしいです。こんなに偉くて立派な近藤勇は見たことがありません。まさに将たる器というのを、船橋さんという人は少しの気負いもなく演じていました。私もつい土方さんと一緒に泣きながら「こんどう~!」と叫んでしまいましたよcrying

沖田総司も、島田さんの演じる沖田はきれいごとじゃない、まさに等身大のリアルな沖田総司像でしたね。それから左右田さんの斎藤一。これがまた漂々として、朴訥で、飾らなくて素敵でした。「燃えよ剣」の「裏通り先生」も味があっていい役だったけれど、この無表情で触れれば切れるみたいな斎藤一を、口数少なく心は見せないけれど裏表がなくて実直、そういうふうに演じた左右田さんがとてもよかったと思います。

思いがけず長々と語ってしまいました。語れば尽きないけれどまたの機会にとっておきましょう。あと、「血風録」の放送終了後に放映された「新選組交友録」のことも少し。あれはほんとに信じられない企画でしたね。何せ、40年前のテレビ時代劇の出演者が時を経て再会するという‥‥。こちらまで胸が熱くなりました。

一連のテレビ時代劇は「燃えよ剣」で一応の終止符を打たれます。(なぜここでこのプロジェクトが終わったのか、私は知りません。誰か知っている人に聞いてみたいです。「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」みたいに何十年も続く長寿番組もあるのにね。)そしてその後の長い長い間、栗塚、島田、左右田のお三方は一度も三人一緒に会ったことはなかったと言っていました。そんな三人が、まるでずっと一緒にいたみたいに、昨日のことみたいに、いつまでも話が尽きない様子に感動してしまいました。

あの「血風録」から「燃えよ剣」までの5年間は本当に、人生の中で一番濃縮された時間だったことでしょう。これもまた新選組の京都での華々しい5年間とかぶってきます。ずっと同じ業界にいてあれ以来会うことがなかったというのは不思議な気もしますが、何となくわかる気もします。皆さん、脇目も振らずずっと走り続けてきたんですね。そしてあの年齢になられたからこそ、懐かしくまた語り合える時間がやってきたんだと。お三人のうれしそうな表情に、ただただ感動、感動、でした。

今は同じ放送枠で、見慣れた「燃えよ剣」を放送しています。こちらはもうカセットテープで何度も聴いていたくらいですから私も懐かしい。時を経てこんなに愛される作品はめったにないでしょうね。また「燃えよ剣」も楽しみたいと思います。

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2009年9月14日 (月)

「新選組血風録」スタート

時代劇専門チャンネルでは、きょうから1965年制作のテレビ時代劇「新選組血風録」がスタートしました。もちろん私はこの作品、リアルタイムでは知らないし、白黒なので、カラーの時代になってからは再放送もされなかったのか、ずっと見たことがありませんでした。10年ほど前にレンタルビデオ屋にあるのを借りて一通り見ただけです。

一昨年の夏に、時代劇専門チャンネルで「栗塚旭特集」をやったときは、うちはまだ見れなくて、ケーブルテレビのデジタル化で契約が変わって見れるようになった時にはもう終わっていたのですcrying 「燃えよ剣」の途中からと「用心棒シリーズ」はずっと録画していましたが、この「血風録」は録画できませんでした。だから、今回の放送はちょっと楽しみにしているのです。

今朝、早速見ましたよ~。「燃えよ剣」の5年前の作品だから、栗塚さんも島田さんも、そして近藤勇役の船橋さんも見るからに若いです~!改めて驚いてしまいました。

第1話「虎徹という名の剣」。いきなり真夏の池田屋事変から始まるけれど、この裏話は確かどこかで聞いたことがありました‥‥みんながっちり鎧の胴を付けて、羽織も着て暑苦しそうで、顔に噴き出す汗はいかにも夏の京都を思わせるけれど、実はあの撮影は真冬に行われたということ。あの汗は霧吹きで顔に水を吹きかけていて、おまけに吐く息が白くならないように口の中に氷を入れてたとかcoldsweats02 何か白黒なのにやけにリアルなあの池田屋の映像を見た瞬間、そんなこといきなり思い出してしまうなんて、不思議ですね~。

最近、栗塚さん関連でいろんな方と知り合って、その方たちの活動を知るにつけ、自分でもまた忘れていたことを思い出しつつあります。そういえば私は土方歳三が好きだったなあ~とか、昔、新選組に興味を持っていろんな本を読みあさったなあ~とか。よく思いがけないことをひょっこり知っていたりする人のことを「たくさんの引き出しを持っている」と言ったりするけれど、私の場合、閉まっていた引き出しがひょんなことから開いて、今中からいろんなものが出かかってきているような状態です。

お友達の千華さんが運営するサイトで、何と今度「藤堂平助特集」をするそうです。それを聞いた拍子に、また何かがぽろっと出そうになりました。私はそういえば、藤堂平助も好きだったんだっけ。千華さんはゲームから藤堂平助に夢中になったそうですが、その勢いは今どんどんヒートアップしているみたいです。それで掲示板までつくっちゃったhappy01 11月の平助の命日の前後に投稿を募集するというので、私も参加させてもらお!何か、昔好きだったものをもう一度見直すって、その頃に戻ったような気がしてウキウキしてしまいます。これも同好の皆さんのおかげですね~。

さて、きょうは京都で「栗塚旭トークショー」が行われていたはずです。参加された皆様は楽しい時間をすごし、夢心地でお家に帰られた頃かな?いいな~。

また、時代劇専門チャンネルでは「新選組交友録」と題して、栗塚さん、島田さん、左右田さんの三人が勢ぞろいする特別番組というのを放送するそうで、もう既に今日の番組のあとに発表されていました。10月22日に決定したとのこと。あれも、時専の掲示板のファンの要望から生まれた企画でした。「数十年の時を経て、再び集う剣士たち」‥‥とかなんとか宣伝文句を言ってましたが、ほんとに実現してくれたんですねぇ~。それもちょっとコワ?楽しみ。またひとつ楽しみがふえました~lovely

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2009年8月22日 (土)

つくってみました‥(?)

夏休みの工作‥‥なんて書いたらきっと検索に引っかかってしまうでしょうね。申し訳ありません。もう夏休みも終わりに近づいて、工作のアイデアに苦しんでいる親御さん(子供の宿題なのにsweat02)が、何かないかと検索を始める頃ですものね。何年か前に庭の雑草とか、帰化植物のことを子どもの自由研究にすすめたことを書いたら、結構「自由研究」などという検索ワードに引っかかってしまいましたから。ごめんなさい、今回もあまり参考にはならないと思います。090819_115801_2

実は、これが私の夏休みの工作です。5月の京都でのイベント「土方歳三の愛した京都」でお会いした百太郎さんから画像をいただいてつくったものです。つくったといってもただ紙を貼っただけですが、あまり上手にできたのでうれしくて写真まで撮ってしまいましたcoldsweats01

なぜつくる気になったかというと、ちょうど街を歩いていたら、街頭でうちわを配っていたんですね。マンションの広告と、パチンコ屋の宣伝。くださった広告主の方には申しわけないけど、家に帰ってふと思いついてバリバリと紙をはがしてしまったわけです。そして出来上がったのがこれ。素敵でしょ?‥‥って、この画像をつくった百太郎さんがすごいだけで、私はただプリントアウトして貼っただけなのでした。

百太郎さんは、前に書いた「栗塚旭カレンダー」をくださった方です。カレンダーの他にもすばらしい作品があるのですが、先日、百太郎さんのブログを見たら、何と「夏休みの工作」と称して、縦横50センチ?大のペーパークラフトの写真がアップされていました。それがポケモンジェットならぬ「燃えよ剣」ジェットなのです!すばらしい~。

それは飛行機のペーパークラフトなのですが、そのボディに、私のつくった団扇にあるような「燃えよ剣」の出演者の方々の画像が貼り込まれているのです。それも、つくったあとに貼ったのではなく、展開図の段階から‥‥一体どうやったら完成後ぴったり合うようにできるんでしょうね~?気の遠くなる作業です。すごすぎます。

実は私は前に、品川のエプソン・アクアスタジアムに行ったときに、ペンギンやイルカのペーパークラフトが展示されていて、それを家でもダウンロードして作れるというので、面白そうだなと思ってやってみたことがあったのです。そのあと、ほかにもいろんな企業のサイト(キャノンとかヤマハとか)で無料で型紙?がダウンロードできることを知り、それをクラフトペーパー(厚手マット紙など)に印刷してつくるのにはまりました。(私は途中で放り出すので、主に息子が完成させていましたがcoldsweats01)そんなこともあって、小さいものでも結構手が込んでいて、つくるのは大変だということを知っていたものですから、その百太郎さんの写真を見て本当にびっくりしました。

以前、大河ドラマ「新選組!」を放送していた時、期間限定で香取・勇だの、山本・歳三だののでっかい顔写真がついたモノレール(高幡不動などを通る多摩都市モノレール)の車両が登場したことがありましたが、あんな感じでしょうか。時空を超えて登場した「燃えよ剣」ジェットで、栗塚・歳三さまや、島田・総司さまたちと函館ツアーとかに行けたらなあ~lovely

ということで、ペーパークラフトなんかも子どもの夏休みの工作のアイデアとしては、無料で気軽にダウンロードできるので、いいのではないでしょうか。(ただし、大人でも難しいものが結構あります!)オリジナル性を出したかったら切り出したものを型にして白いものをつくって彩色するとか。いくつかつくってジオラマ風にするとか。

そんなに難しいものはできないならやっぱり団扇かな。団扇のキットも売っているらしいけど、私のように街頭でもらったものでも十分。紙をはがしてきれいな和紙を張ったり、障子紙などを張った上に切り絵風に色紙を貼ったり、いろいろ工夫できると思います。まあ、先生に受けるかどうかわかりませんが、一応つくればよいという宿題なら簡単ですよ~。

などといって、うちの子どもはもう高校生ですから、こんな宿題はありませんが、それもちょっと淋しい。これからは百太郎さんを見習って、自分でオリジナルをつくってみるか‥‥(!)という、それだけのことでした。すみません、これがなぜ「新選組&栗塚旭」カテゴリーなんでしょうねえ。ただ、団扇の写真を見せたかっただけ?‥‥ことしはなぜかそんなに暑くなくて過ごしやすい夏だけれど、40年前の時代劇スターのひしめく団扇に逆に熱くなって、あと少しになった夏休みを乗り切りたいと思いますsign01どうも失礼しましたcoldsweats01

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2009年8月21日 (金)

レキジョ?

最近は空前の歴史ブームだとかで、そういえば最近、歴史ミステリーとか、再現型のワイドショーみたいな歴史番組がよくありますね。私は余り見たことはないけれど、ずいぶん大胆な仮説を出す番組もあるみたいです。この歴史ブームの担い手の大半は若い女性。それを「レキジョ」というそうですが、何だそれ??「烈女」じゃないでしょ?と思ったら「歴女」なのだそうです。変な日本語が横行しているのでもう驚きもしないけど、「レキジョ」って聞くとやっぱり響きがとんがってて過激な感じがします。

歴史好きの女性というなら、私や私の昔の友達はみんな「元祖歴女」かもしれませんが、歴史小説を読みあさっていた昔の「歴女」とは違って、今の「歴女」は入り方が違うそうで‥‥何と入口はほとんどゲームからですって。そういえば戦国ものや三国志もののゲーム多いですよね。そこから興味を持つそうですけど、何か世の中変わった‥‥という感じですね。

私は子供にゲームを制限している手前、自分では全くやらないのですが、中にはとてもよくできていて面白いものもあるようで、特に新選組を題材にした「薄桜鬼」というのは、はまっている友人の話を聞くにつけ面白そうだな~と思ったりします。happy01 「女性向け恋愛アドベンチャー」?だそうで、土方さんや沖田さんと何かあるのかしら?‥‥(全然知らない私ですsweat02)ちょっとやってみたい気もするけど、残念ながらそんな時間を捻出できそうにありません。

とりとめのないことばかりですが、ここに一つまた驚く事実が‥‥!何と、このブログの検索ワードナンバーワンに、ここのところまた「栗塚旭」がトップになっているのです。一時期ちょっと別のキーワードに変わった時もあったけれど、今は新たに何も書いていないのに、どうしてこんなに?‥‥といっても、検索で来る人はそんなに多くないので、1日3~4件もあったらもうトップになるのですが、それにしても栗塚さんへの世間の関心が強いということなのでしょうか?

栗塚さんはまた9月に京都でトークショーをされるそうですね。5月のイベントで知り合った方でまた行かれる人もいるし、私も行きたいのだけれど、9月に入ると学校行事などでもう手いっぱい。残念です~crying 今回は「ことばで語る、ことばで伝える」というテーマで、栗塚さんの言葉についての思いを聞かせてもらえるそうです。

トークショーには行けませんが、この間友人に教えてもらったYou Tube の栗様の動画でも見て元気になりましょう!歴女の方々や現代に生きる若者へのメッセージ、そして自分はもう若くはないけれど、いつまでも夢や希望を持ち続けたいと締めくくる栗様。短いけれど、何度見てもいいこと言ってるなあ~と感動してしまいます。

そのトークショーの日、9月14日から、いよいよ時代劇専門チャンネルで「栗塚旭の土方歳三」完全放送!というのが始まりますね。最初の「新選組血風録」が栗塚さんの土方歳三の原点になっていると思うので、また見られるのを楽しみにしています。

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2009年7月17日 (金)

時代劇好き。

最近、また時代劇専門チャンネルをときどき見ています。実家に行くと父が一日中見ているのですが、私は自宅ではほとんど見たことがありませんでした。あれもね~、いつも「暴れん坊将軍」や「鬼平犯科帳」ばっかりで、よく飽きないなあと思っていたのですが、その「暴れん坊将軍」に栗塚さんが出演されていたのですね。

以前、時代劇専門チャンネルの特集で、栗塚さんがゲスト出演した回を何本か続けて放送したものを見たことがあったけれど、あれ以外にも時々山田浅右エ門役(準レギュラー?)で活躍していたようです。あるときは介錯役、あるときは刀の鑑定士、そしてあるときは隠密‥‥と思っていたら、今週の回を見たら、唐突に薬箱を持って登場し、怪我人を治療する医者?になってました!はたして、その実態は??

シンさん(松平健)いわく「山田殿は居合の使い手、刀傷にも精通しています」‥‥そうなんですか~!?まるで多羅尾伴内並みの多彩さです。私はめちゃくちゃミーハーなので、こんなこともツボなのですが、誰もわかってくれないsweat02‥‥ですね。

私は昔、ごく若いころのマツケンのファンになり、「暴れん坊将軍」の最初のシリーズはよく見ていました。でも、今放送している第6シリーズ(94年)、というより、80年以降は全く見たことがないといってもいいのだけれど、意外なところで栗塚さんが活躍されていたんですね。90年代といえば、すでに50代半ばだったと思うけれど(現在のマツケンぐらい?)いや~「俺は用心棒」の野良犬を演じていた頃と少しも変わらぬ素敵なご浪人ぶり。あの誰にも真似の出来ない渋いお声を聞くだけでしびれます。今月から来月にかけて、ぽつぽつと登場する回があるのを教えていただいたので(まゆこさん、ありがとうございます!)しっかりチェックして、しばらく「暴れん坊将軍」で楽しむことができますlovely

最近の時代劇というのは見ていないのですが、昔の時代劇ってなかなか面白かったんですね。ばかばかしいし、これどっかで見た?みたいな同じような話も多いのに、それでも見てしまう。江戸時代にこんなことはありっこないということだって暗黙の了解で許しちゃうのはどうしてでしょうね。

この間も、録画予約をするのでちょっとチャンネルを切り替えたら、ちょうど「大江戸捜査網」の、松方弘樹が登場するところをやっていました。1970年といったら40年前。「燃えよ剣」と同じ年です。「燃えよ剣」が、司馬遼太郎の独特の歴史観に基づいて、半ばリアルな幕末の群像劇を描いているのに対し、こちらはまるっきり荒唐無稽な娯楽作品だけど、今見ると目新しいこともあって、ついそのまま1本見てしまいましたsweat02

大体、隠密同心がさ~あんなに目立つ白頭巾姿になってどうするのよ?(この感覚信じられないsweat02)それも仮面ライダー並みのスピード変身!(着付けに時間がかかるだろうに‥)それにせっかく変装しても子供にだってばれてる(爆!)この放送当時、私は小学生だったけれど、もし見ていたらやっぱり突っ込んでいたかも。。。でも、ものすごく若い松方弘樹がかっこいい。流暢な江戸弁も粋だわ~。私のタイプじゃないけど、あの人こそ、町人でも、博徒でも、鳶頭でも(番組中では“板前”だった)はたまた殿様でも、浪人でも、何でもさまになっちゃう人ですね。一方栗塚さんのほうは、殿様はともかく、鳶頭や板前など軽い役はやっぱりキャラじゃないでしょう。そこがいいんですけど。

それから、舞台では八面六臂でも、テレビ時代劇ではずっと単一イメージの、仁左さまの「眠狂四郎」。あれもいよいよ新シリーズですが、もう見なくてもいいかな‥‥。何か、暗いのよsweat02仁左さまはとても美しいけれど、暗すぎる!何人も人を斬って、ニヒルだけど、見終わった時にどよ~んと暗い気持ちになるのはいかがなものでしょうね。やっぱり時代劇は単純な勧善懲悪のほうが爽快で、気が楽です。それにしては「冥土の土産に円月殺法をごらんにいれよう‥」なんてセリフを真似して、一人で悦に入っているんですけどsweat01

「燃えよ剣」はじめ新選組ものは歴史を下敷きにしているから、もちろん暗い面もあります。敗者の歴史だから、結局最後は滅びるのだし。でも、「燃えよ剣」などは特に、演じる人の体当たりのリアルさが、この時代を懸命に生きた人々の姿と重なって、言いようのない感動を覚える作品です。その栗塚さん主演の新選組シリーズが、何とまたこの秋から時代劇専門チャンネルで放送されるとか。特に9月予定の「新選組血風録」は楽しみです。

65年の放送当時はもちろん見たことがなく、白黒作品ですから、その後、私が新選組に興味を持ってからも再放送はありませんでした。初めて見たのは90年代になって、ビデオシリーズが発売されてから。それをレンタル店で借りて一通り見ただけです。一昨年に時代劇専門チャンネルで「栗塚旭特集」をやったときも、うちはまだ映らなかったので見られませんでした。(後半だけ実家に頼んで録画しましたけど)あれがもう一度見られるなんてうれしいですlovely

それから順番に、10月は「燃えよ剣」、11月は、今年4月にも放送した73年版「新選組」、12月には81年の「いのち燃ゆ」だそうです。全部栗塚さんの土方歳三で!すごいですね。きっとリクエストもたくさんあったのでしょうね。

「いのち燃ゆ」は今年3月に放送していて、私も後半から見ていましたが、時代劇としては斬新でなかなか面白かったです。ただ、17話から登場する栗塚さんの土方歳三は、どちらかというと敵役で、「燃えよ剣」のイメージの土方とは全然違うので、ちょっと悲しかった。。時代の流れに翻弄され、流転する人々を描くこの作品の中で、どんな状況になっても節を曲げることのない人物として終われたのがせめてもの救いだったかな。

というわけで、5月に突然、栗塚さんのイベントに参加して以来、いろいろな人から情報を教えていただけるので、節操無く時代劇もまた見ています。来週からはまたしばらくバレエ鑑賞が続いてしまいますが、見に行くのはバレエ、家で見るのは時代劇?と、何だか変なとりあわせだけど、またこの夏も楽しみたいと思います。

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2009年6月28日 (日)

時代劇、映画、あれこれ。

先月の栗塚さんのイベント以来いろんな人と知り合い、中にはこのブログに訪問してくださった方もいて、本当にうれしいです。ですが、せっかく来てくれたのにトップページが私の現在の趣味?であるバレエの話ばかりでは申しわけないので、わかりやすいように「新選組or栗塚旭」などというカテゴリーをつくってしまいました。だけど‥‥もしかしてcoldsweats01つくったからには、これからそのカテゴリーも時々は更新していかなきゃいけなくなった?sweat02ような気がしています。

実を言うとここ1か月以上、このブログの「週間検索ランキング」では、「栗塚旭」がベスト1記録を更新中なのです。お気づきの方はあまりいらっしゃらないと思いますが、このページの左下に「検索フレーズランキング」という欄があります。このブログの訪問者が、どんな検索ワードで来てくれたかというのが出ているのですが、私が先月の京都イベントのことを書いて以来、常に「栗塚旭」がトップなのです。(トップといっても5~6件もあったらもうトップかもしれませんがsweat02)どうしてでしょうね。ほかにあまり書いている人がいないのかな?と思ったけれど、私がお会いした栗塚ファンの多くはご自身のブログに書いていらっしゃいますし。これは純粋に、世間の関心が高いということなのでしょうか。

それでも現実、私のまわりには「燃えよ剣」はおろか、栗塚さんのことを知っている人はほとんどいないと思っていました。ところが、昨日たまたまランチをした人で、息子の学校で一緒にコーラスをやっている仲間が、なんと昔からの時代劇ファンで、栗塚さんを知っているというではないですか。すごい偶然!‥というのも、子どもの学校関係のお母さんとは長い付き合いの割に、PTA活動などの話意外には、学校や子どもの話、部活や試験の話、先生の悪口?ぐらいしか話をしたことがなかったのです。

それが、偶然そんな話で盛り上がって、私もびっくりしてしまいました。彼女いわく「燃えよ剣」は名作よね~happy01 そして、ちゃんと見たのは私と同じく再放送だったけれど、リアルタイムでもちらほら見ているそうです。それで、私ったらそのあと娘の学校のPTAに行かなきゃいけないのに、かなり長い時間、彼女と話し込んでしまったのでした。

共通の認識としては、栗塚さんみたいな独特な雰囲気を持った役者はその後出てきてないということでした。そうなんですよねっ!特に演技らしい演技はしていなくても、ひと言もセリフを言わなくても、ただそこにいるだけで何かを語ってしまうんです!ある意味大根役者(ごめんなさい!)と言ってもいいかもしれませんが、あの独特な存在感は一体何なんでしょうね~。演技も何もない、セリフもボソボソっと言うだけなのに、顔どアップで、大きなギョロっとした目が右から左へ動いていくカットのみで、すべての状況を語ってしまう!

今、「時代劇専門チャンネル」では「眠狂四郎 円月殺法」というのがスタートしていて、主演が片岡孝夫(仁左衛門)なので、私も録画して3本ほどを見たところです。30年近く前の仁左衛門さんはさすがに若くて端正な美しさ。実は、昨年11月の「盟三五大切」を見て以来、仁左さまはかなり気になる存在になりました。その決定打は3月の「元禄忠臣蔵」の「御浜御殿」の綱豊卿です。よどみなくたたみかけるような長ゼりフの嵐!すごい!感動!それで「仁左さま」などと言っていたら「何で今頃!」と言われてしまいましたけどねcoldsweats01(私って、ルジ様もそうだけど、何で今頃‥‥ってことが多いです) 

その仁左さまの若いころの作品ということで見始めたのですが‥‥う~ん確かに歌舞伎役者だけあって、着流し姿が超似合うし、立居振舞いも美しいし、刀の扱いもさまになっていて、殺陣もすばらしい。だけど何だろう‥‥あの転びバテレンの子で「無頼の徒」という設定は、何だかそぐわない感じ。同じ眠狂四郎役で、その10年前にテレビに登場した(私は知らないのだけれど)田村正和のほうがずっとニヒルで、バタ臭くて合っているような気がしてしまいました。

仁左衛門さんは歌舞伎役者ですから、本業では毎月多彩な役を演じています。二枚目役以外にも「伽羅先代萩」の八潮とかsweat01「義経千本桜」の藤太まで、実に変幻自在です。演技もこれでもかというくらい濃いし!

だけど、歌舞伎の世界とテレビの世界は違うんですね。30年前ではありますがテレビに登場した仁左さまは、とても美しいけれど何だか無色透明な感じで、色気?‥‥も感じないではないけど、どこか人畜無害という感じ。ノックアウト!とか、かぶりつきたいほどの魅力ではありません。歌舞伎役者というのはあの白塗りや隈取りの化粧をしてなんぼというか、常にさまざまな役を演じるために、素の色というのはあまりないのかもしれません。

それに対し栗塚さんが演じるのは、野良犬でも、土方歳三でも、すべてぞくぞくするような存在感。そこにいるだけで迫力というか、スターオーラというか、本当にあれは何なんでしょうね~?テレビ映像ならではというか、もう画面にむしゃぶりつきたい感じ!栗塚さんの魅力はそういうものだったのだと改めて思いました。

それで、さらに話は飛んで、この間の「オフ会」でのことですが、「燃えよ剣」で山崎丞役を演じた中野誠也さんについて、私は皆さんよく御存じかと思ってちょっと聞いてみたのです。あの山崎さんはなかなか渋くてカッコイイ役でした。演じる中野さんもまた乙女心に(?)栗様の次ぐらいに素敵lovelyと思っていましたが、どういう人なのか、またその後どうしているのか何も知らなかったのです。

それで、ファンの方がつくっているHPを教えていただきました。あとで見てみると‥‥何と、中野さんは昔私がたまたまテレビで見て、とても印象に残っていた「忍ぶ糸」という映画に出演されていたではないですか。

「忍ぶ糸」をテレビで見たのは全くの偶然で、中学生ぐらいのときだったかな?題名のごとく中学生が見るには古臭くて地味な映画だったと思います。だけど、あそこに出てきた伊賀上野の街や、室生寺や赤目四十八滝などの近鉄沿線の名所はとても美しくて、私のあこがれの地(?)になりました。それから何年後かに伊賀上野に行く機会があって、ロケ地の一つである「俳聖殿」の前に立ったときは本当に感動したものです。(昔から渋い趣味だったのかも??)

あの後半に登場した陶芸家の青年が中野さんだったのか~。そう思ったらすごく「忍ぶ糸」が見たくなって、レンタルビデオ店に走ったのですが、「忍ぶ糸」はDVD化はされていないんですね。レンタル店はここ1年ほどで大きく様変わりし、もう今では100%DVD。ビデオはすべての棚から消えてしまいましたcrying でも、もしかしてどこか場末のビデオ屋にでもひょっこり残ってないかしら?と思い、最近あちこちのぞいていたのですが‥‥やっぱりないですね。

普段あまりレンタル店には行かないのですが、そのときに、また別のものを見つけてしまいました!!何と栗塚さんが出演されている「小津の秋」があったのです。DVD出てたんだ~。2007年?「二人日和」に続く野村惠一監督の作品です。昨年、東京でも公開されていたようですが、私は何も知らなかったので見逃してしまい、残念な思いをしていたので、早速借りてきて見ました!

蓼科というところは、私も夏休みや冬のスキーなどでよく行っていたので、なじみの深い場所です。その美しい秋の風景が描かれているのですが、藤村志保さんといい、栗塚さんといい、役者さんが同じなのでどうしても「二人日和」と比較してしまいます。でもなぜか「二人日和」みたいなしっとりとした感動はありませんでした。主人公の沢口靖子の役が、全然魅力がなくて‥‥やっぱり恨みとか、そういうものが根底にあるものはダメですね。最初に登場した縄文のヴィーナス、そして女神湖‥‥女神は許すことができるというのがテーマかと思いましたが‥‥よくわかりませんでした。

で、栗塚さんですよ!脇役ながら栗塚さんの重厚な存在感が、このほとんどぱっとしない作品の中で、またまたいぶし銀の光を放っているのです。もう何十年も、幼馴染みの女性をつかず離れずおだやかに見守っているだけの、ホテルの支配人役。それから沢口靖子演じる女性ライターの不安定な心の動きも、不思議に暖かく包み込んでしまう存在‥‥。ほとんどセリフもないのに、じっと釣竿を垂れる姿、夜中に趣味のフライを黙々とつくっている姿‥‥そんな一つ一つのカットが心にしみこんでいきます。映画自体は何かにえきらない内容なんだけれど、栗塚さんの端正な紳士ぶりが全体を格調高いものに変えているのです。映像の中で、幾つになっても稀有な存在でいつづける栗塚さん。本当にすばらしいheart01

まだあと何日かレンタル期間があるので、もう一度じっくり見てみようと思っています。
とりとめのないお話でした。

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2009年6月19日 (金)

昔取った何とやら。

ここのところ頭の中が非日常なものでいっぱいです。まず、あのルジ様が、来年また全幕を踊るって!!きゃ~heart04もう~すごいビッグニュースに舞い上がっています。これが最後の「バヤデルカ」だそうですが‥‥ルジマトフのソロルがまた見られる!lovelyもう見られないと思っていたから感無量~heart04と、このことはまたあとでしつこく書くでしょうから、今回は置いておいて。

そのほかのものというのは、何と昔の時代劇のこと。1か月前にふとした思いつきで参加した「土方歳三の愛した京都」ですが(‥‥内容的には「栗塚旭とロケ地巡り」でしたけどね。)ただ単に楽しかったというだけでなく、その縁でいろんな方と知り合うことができ、あれ以来飛躍的に世界が広がった思いがしています。

それが、さらに先週、弥次喜多コンビと言われている?大阪の愛好家のお二人が東京にいらっしゃるということで、オフ会のお誘いがありました。もちろん参加しました。そのときに、いろんな話が出たのですが、私はどうせ聞く専門で、彼らのマニアックなお話にはついていけないだろうと思っていました。だって、テーマである結束信二作品の数々は、一昨年「時代劇専門チャンネル」で録画はしたけれど、実はところどころしか見ていなかったのです。「燃えよ剣」にしても、昔見たという以外は、10年ぐらい前にビデオが出てから、レンタル店で1本ずつ借りて見た程度でした。

それでも、何とお話についていけたんですよ。それはなぜかと考えると‥‥‥。

まず、お二人からいろんなお土産をもらいました。ひとつは自家製の卓上カレンダーです。これは映像から静止画を取り込んでつくった、それこそ新旧の栗様のいろんなお役大集合のすごいものでした。そんな素晴らしいものをタダでいただけるなんて感激noteというか、売ったら肖像権や著作権の問題が出てきますものね。あくまでも個人的につくったものを個人的にいただいたわけです。今、その素敵な栗様のカレンダーを机の上に置き、一人でにんまりとしています。

もう一つは「名言集」なるCD。これがまたすごいの。「新選組血風録」と「燃えよ剣」の名セリフの音声だけを集めたもの。これは家で、家族のいるところでは聞けないので(爆)きょう仕事で出かけた時に車の中でずっと聞いていました。そうしたら何と、セリフとBGMだけなのに、その情景がありありと目の前に現れてくるじゃありませんか。

「血風録」は最近になって見たものなのでともかくとして、「燃えよ剣」のほうは、高校生の時に深夜の再放送で見て以来はまって、実は後半から、ずっと音声をテープに録音していたのです。昔のことですから家庭用のビデオデッキなんてまだうちにはありませんでした。だからラジカセに120分テープを入れて(片面60分で2本入る。途中でひっくり返さなくてもいいように)見ながら、コマーシャルになったら止めるなんていう芸の細かいこともしていました。

もちろん当時はオンライン録音なんてできませんから、テレビのスピーカー部にラジカセのマイク部分をくっつけて‥‥だから時々「いつまで起きてるの!早く寝なさい!」なんて親の声も入っていましたcoldsweats01 その録音したテープを、私ったら四六時中聞いていたような気がします。あのテープ自体はもう十分聞いて納得したので、確かほかの新選組ファンの友達に気前よくあげてしまったと思いますが。(もらった方は迷惑だったでしょう‥‥sweat02

そんなふうにただ聞いていただけなのですが、一度しか見ていない映像を頭の中で反芻しながら(恥ずかしながらテレビの前で三脚を立てて、画面をカメラで写したりもしていました!)音声を聞くことで、それが深層の記憶としてず~っと私の頭の中に残されていたんでしょうね。ビデオのなかった時代も捨てたものではありません。ないからこそ、好きだと思ったものを必死で記憶の中に押しとどめようとしていたのです。録画しただけで安心してしまっている今とは大違いです。

「総司、今度生まれてくるときは、俺はお前のような人間に生まれてきたいと思っているんだ」
「いやだなあ。だって私は、今度生まれてくる時も、土方さんのような人に出会いたいと思っているんですから」
ああ、そんなセリフに激萌えsweat01

それから流山で近藤勇と別れた土方が、山の上から「近藤~っ!!」と叫ぶところ。車の中で聞きながらその情景が思い浮かんで思わず泣いてしまいました。運転しながら大昔の時代劇のセリフを聞いて、感極まって涙ぐんでいるなんて、どう考えてもおかしい。。。変なおばさんです。

でも、それはその昔音声だけを何回も聞いて、頭の中に映像が残っているからですよね。そして、ここ何年も見ていなくても、ちゃんとマニアックな方々のお話に難なくついていけたのは、きっとこの経験のおかげだと思います。あはは。。coldsweats01

子どもが小さいとき、七田式教育というものに取り組んでいた時期がありました。それはまだ乳幼児のわけもわからない時期にひたすら高速でカードを見せたり、英語のテープを繰り返し聞かせたりする、いわゆる右脳教育というやつです。しばらくやってもあまり効果が見られないので、そのうち熱心さがなくなってやめてしまいましたが、何だかわからないけど、種はうずめてあるのですね。それが大人になって、ひょんなことで芽が出てくるかもわかりません。私の「燃えよ剣」のように(??)

ということで、今頭の中はお祭り状態で、勢いあまって思わず「新選組or栗塚旭」などという新規カテゴリーをつくってしまいました。でも、このカテゴリーをつくったからといってこれからガンガン新選組や栗様のことを書く予定というわけでは全くありません。今までのインデックスとして昔の記事にもこれを付けてみましたが、昔書いた記事はカテゴリーのことなどろくに考えもせずごちゃごちゃとさまざまなことを続けて書いているので、ほとんど意味のない作業でした。ともあれ、また何か違うところにスイッチが入ってしまったみたいですsweat02

バレエも、映像記録に残している一部を除き、ほとんどが1回限りで消えてしまう一期一会の舞台。頭の中で映像化する能力があって、音楽を聴いただけですべてが思い出せるようになれたら素晴らしいのにな~などと思ってしまいます。そうしたらルジマトフの最後のソロルを、永久に頭に焼き付けておけるのに。今から来年に向け、また右脳開発でもしてみましょうかね~?

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2009年5月15日 (金)

栗塚旭と歩いた京都散歩!

前回の続きです。いよいよ今回のメイン・イベント。下鴨神社からバスに乗って集合場所、岡崎神社隣の「ホテル平安の森」に向かいました。2009_0510_142205imgp7451

この日(5月10日)は各地で真夏日になるなど、すごく暑い1日。また参加者も栗塚ファン一色の熱~いイベントとなりました。

主催はNPO法人「遊悠舎京すずめ」というところで、京都の文化を見つめ直し、次世代に伝えるという目的で、毎月講座や歴史散歩などを行っているそうです。もともと栗塚さんはここの会員第1号だそうで、普段の催しにもぶらりと参加されることがあるのだとか。

その栗塚さんが案内役を務める今回は、もう栗塚ファンで大盛況。当日の参加者60名、スタッフを含めて70名以上の人がぞろぞろと移動をするというすごいことになりました。(1枚目の写真はこのあと行った真如堂の三重の塔です。)2009_0510_140307imgp7443

まず、岡崎神社横の坂道を登り、黒谷の金戒光明寺へ。黒谷は、文久2年に会津藩主松平容保が京都の治安維持のために守護職に任命されたとき、本陣を置いた場所です。当時の京都には千本に所司代屋敷、伏見に奉行所がありましたが、容保公がここを選んだということ自体、もう臨戦態勢だったのだと思います。

金戒光明寺には多くの塔頭があり、そこに千人もの人数が分宿できたそうです。そしてこの地は天然の要害。白川通り側は、バスで通ってもわかるけれど険しい崖になっていて、とても攻め込めそうもありません。この山の上から見ると京の街は一望のもと。東海道から京に入る蹴上から粟田口、奈良方面の伏見、竹田街道、西は丹波口、山崎街道まで丸見えです。昔の人は目がよかったから(?)ここから見ると軍勢が何百とか、すぐわかったんでしょうね。2009_0510_135552imgp7440

東映の時代劇「燃えよ剣」は、この周辺で数多くのロケを行っています。もちろん会津本陣は、本物の会津本陣だったこの金戒光明寺の建物を使っています。この石畳の坂道は、「用心棒」シリーズでも、栗塚さん自身が「一体何百回往復したことか」というくらい頻繁に使われた場所でした。足袋をはいて草履で、または素足で下駄といういでたちでここを行ったり来たりするのはとても大変だったそうです。特に下りは足が前に前にいってただでさえつんのめりそうなのに、敵を追って駆け下りたり、上ったり、ここで殺陣を演じたり、さぞすごかったでしょうね~。2009_0510_140653imgp7446

今でも歴史的景観が多く残っていて、一見ロケにも使えそうですが、やはり砂利道がアスファルトになってしまったり、電柱が立ったり、石段に手すりができたり、土塀がブロック塀になたりと、少しずつ変わってしまって、もうほとんど時代劇に使えるようなところは残ってないそうです。

40年前はそれこそ、あそこもここもロケで使われた場所かと思うと、何だかちょっと残念な気がします。ロケもそうだけど、実際守護職の本陣があった所には、近藤も土方もきっと足しげく通ったことでしょう。金戒光明寺は、観光コースではないけれど、まさに隠れた歴史名所ですね。2009_0510_142353imgp7455

しかし、栗塚さんの歩くのが速いこと!もう最初からついて行くのに必死でした。というのも、70名もいたらこんなメガホンでお話しされていても、離れていたら聞こえやしない!だから、必死で先頭集団をキープする体制に。栗塚さんは姿勢がよく、歩き方も 重心が引きあがっていてダンスをする人のよう。その軽い足取りですいすい歩き、途中もしゃべりっぱなし。それでも全然平気な顔なんです。ついて行く私たちのほうがゼーゼーいっていました。

うしろの集団はまたうしろで、スタッフの方の丁寧な説明を聞きながら歩いていたはずですが、とにかく私は一生懸命頑張って栗塚さんのお取り巻きの一団の中を歩きました。このあたりは栗塚さんのご自宅も近く、日々のお散歩コースなのだそうです。さすが歩き慣れていらっしゃる感じ。ほんとにスタスタと行ってしまいます。写真なんか撮っていたらおいて行かれてしまうsweat02

栗塚さんは名門洛北高校を卒業されてから、ご本人いわく大学受験に失敗し、19歳で劇団くるみ座の主催者毛利菊枝の門をたたきました。その師匠の住んでいたのがこの道沿い。ちょうど金戒光明寺を出て真如堂へさしかかるところの、少し引っ込んだところに、今はもう家も違う家になってしまったけれど、「ここに門があって、そこを入ると師匠の自宅とお稽古場があって‥‥本当に毎日のようにここに通いました。」と話す栗塚さん。2009_0510_143030imgp7457

そして、これは真如堂の境内に昨年できた「京都・映画誕生の碑」というものです。シネマトグラフ(映写機)の形をしているのだそうですが、私にはよくわかりません。「ここにハンドルがあって、それをこう回して‥‥」と栗塚さんが解説してくださいました。

映画の歴史は諸説あるけれど1893年にエジソンが映写機を発明してから、最初の映画はその翌年といわれています。日本初の上映は1896年。日本初の国産映画は1899年(もちろん「活動写真」といわれる無声映画)そして京都では1908年に日本映画の父と言われる牧野省三氏によって、ここ真如堂の境内で「本能寺合戦」という、日本初の時代劇映画が撮影されました。いわばここは時代劇発祥の地。時代劇ロケ地第一号だったんですね~。その100周年を記念して、昨年この碑が建てられたのだそうです。2009_0510_143741imgp7459

コースはそこから宗忠神社の階段を上って吉田神社のほうへ降りて行きます。ここでちょっとびっくりしたのが、栗塚さんがお散歩中の知人と遭遇。それが、何と映画「二人日和」を撮った野村惠一監督でした。野村さんはご近所にお住まいで、よくこのあたりを散歩されているので、栗塚さんもこの企画のことを話して来てもらおうかなと一瞬思ったそうです。でもわざわざお呼び立てするのも申し訳ないし、と思ってやめたそうですが、タイミングよくばったり会ってしまいました。「これも何かの縁ですね」と、お二人とも笑っていました。2009_0510_144939imgp7468

参加者にあいさつをされる野村さん。栗塚ファンからは「また絶対(栗塚さんの出演作品を)お願いしますっ!」の声が飛ぶ!そういえば「二人日和」はいい映画でしたね。

このあと京都大学のカフェテリアで一休み。といっても、ここまでで私をはじめほとんどの人が暑さと、歩くスピードの速さでもうバテバテでした。一生懸命ついてきていた人たちも、だんだん脱落していって、70人の列は長~く続くようになりましたが、先頭の栗塚さんは何ともない。一番元気で、途中、幼稚園児の落としていったうさぎさんのお面を拾って、かぶっておどけていました。「お茶目~heart04」ファンの女性たちはもう大騒ぎ。え?私ですか?多分騒ぐ気力もないほど疲れていたと思いますsweat012009_0510_160204imgp7475

後半は‥‥えっ?後半?まだあるの?いやいや、まだあるどころじゃなく、後半のほうが坂はないものの距離はありました。京都大学から荒神橋で鴨川を渡り、梨木神社へ。

荒神橋は安政2年、御所の火災の時に孝明天皇が聖護院の仮御所に避難したときにかけられた橋ということでした。それ以前は重い牛車などは橋の上を通行できずに浅瀬を渡っていたそうで、その牛車が河原へ降りる道が残っているということでしたが、よくわかりませんでした。御所と仮御所を最短距離で結ぶ橋なので、天皇が牛車で往復できるようにつくったということなのか、もうこの辺では歩くのがやっとで、説明を聞く気力も、写真を撮る気力もありませんでしたwobblyとにかく暑くて!

このあたりの河川敷は公園としてよく整備されていて、「二人日和」でもここのお散歩シーンがありましたね。河原では初夏の陽光の中、たくさんの親子連れが水遊びを楽しんでいました。ここには飛び石が置かれ、鴨川を渡れるようになっています。わ~あそこで足を水につけて休みたい~!とにかくもう足が痛いのです。2009_0510_160707imgp7478

梨木神社に着きました。木陰が涼しい!街中に出てからはとにかく暑かったです。ここはどこかで見たことがあると思ったら、「二人日和」の中に頻繁に登場した場所だったのですね。ひとつ前の写真も、映画の中で栗塚さんと京大生が出会う場所ですよね。

ここにある「染井」の水は京都三名水の一つといわれ、宮中御用の染め物に使われたため、明治まで庶民はこの水を飲むことができなかったそうです。今では毎日大勢の人がペットボトルを持って水をもらいに来ています。「二人日和」でも、早朝にこの水を汲んで帰って、それでコーヒーを入れるという、そんな静かな生活を描いていましたね。私もお水をいただいて少し元気になりました。2009_0510_160744imgp7479

梨木神社というのは、明治18年に創建されたという新しい神社です。祀られているのは明治維新の功労者三条実万、実美父子。ということは敵方じゃないですか~!おまけに歳さんの時代にはこれ、ないでしょっ!!って、こんなツッコミを入れるのは多分私だけだと思うけど‥‥何か変だなとは思っていたけれど、やっぱりこれは「土方歳三の愛した京都」という題名からはかなり外れた設定ですよね。「栗塚旭のロケ地巡り」という題名にしたらズバリだったのにsmile

時間の都合で中には入らなかったけれど、門の奥の社殿との間にある舞殿は、やはり「二人日和」で、栗塚さん扮する装束司のつくった舞装束をつけて稚児が舞う幻想的なシーンの撮影に使われたそうですが、私はその場面をよく覚えていないのです。もう一度見てみなくちゃね。ここは秋には萩の名所として賑わうそうです。

それからはどこをどう歩いたのか、また鴨川に戻って、丸太町橋のところの頼山陽が晩年を過ごしたという書斎「山紫水明処」を河川敷のところから外観だけを見学。藁ぶき屋根の小さな百姓家のような感じだったけれど、ここから鴨川に釣り糸を垂れたりして、風流に暮らしていたのでしょうか?よく風光明媚というような意味で使われる「山紫水明」ですが、これは頼山陽の造語で、この場所から見る鴨川と東山の風景からできたもので、夕刻、西日が当たって川がキラキラ輝き、東山が紫色に見える頃、そういう時刻を表した言葉なのだそうです。

頼山陽は江戸後期の儒学者、「日本外史」の著作で有名です。幕末に尊王思想のバイブルとして多くの人々に影響を与えた「日本外史」は、わが近藤局長の愛読書でもありました。頼山陽は1832年に亡くなっていますが、それから30年もあとの時代の青年たちにまで影響を与えているなんて、すごいなあ。ここは普段は非公開ですが、事前に申し込めば見学可だそうです。2009_0510_163907imgp7483

そしてまた少し鴨川を下って、今度は木戸孝允の別邸へ。木戸孝允って桂小五郎でしょ!あの池田屋事変を逃げおおせて明治政府の高官になった「逃げの小五郎」!やっぱりこの歴史散歩のテーマ、おかしいわよ~coldsweats01

木戸孝允は維新後、この地にあった公家屋敷を買い取り、京都の別邸にしたそうです。小さな2階建ての母屋ですが、座敷にいながら鴨川の山紫水明と、それから真正面に大文字が見えるという、絶好の場所だったのでしょう。ちょっと前までは中に入れたそうですが、耐震性の問題から現在は外から見るだけになっていました。明治10年、木戸はここで病が悪化し、明治天皇が見舞いに行幸するも、45歳でこの別邸で没しました。

そういえば東京の神宮外苑の絵画館に、明治天皇が病気見舞いをしている絵があったなあ‥‥と思って調べてみたら、あれは岩倉具視でしたね。ちょうど同じような庭に面した縁側のある座敷で、病床の傍らに、なぜか大きな氷のかたまりが置かれているのが印象的な絵でした。明治天皇は維新で帝王の座に押し上げてくれた功臣たちを、一人一人直々に見舞っていたんですね。2009_0510_164519imgp7486

こちらは京都府に寄贈され、今は敷地内に職員の厚生施設が建っています。その入口には木戸の息子だかのだるまのコレクションを展示した蔵がありました。中に入るともうダルマ、ダルマ、ダルマ!日本各地、世界各地のだるまが勢ぞろいしてました。これが意外に面白かったです。

ということで、もう足の痛さも限界~!一体何キロ歩いたんだろう?あとは懇親会の会場に倒れ込むだけだけれど、本当にこんなに長距離をいっぺんに歩いたことはありませんでした。2009_0510_165350imgp7489

終点、懇親会の会場であるお店にたどり着いたときはもう5時過ぎていました。本当によく歩いた~!あとはいよいよお待ちかね、前日72歳の誕生日を迎えられた栗塚さんの誕生日会を兼ねたファンの懇親会です。

‥‥と入口を見ると、何と「山縣有朋の第二無燐庵跡」とあるじゃないですか!もう何なの~!これじゃ「土方歳三の敵が愛した京都」じゃない。題名変えなさいっ!(私得意のツッコミのつもり)

前半は必死で先頭集団をキープしていましたが、後半は遅れがちで、ほとんど最後の方に到着。栗塚さんは途中はしょったのか、すでにお着きになって、素晴らしい庭園でファンのご婦人方と写真撮影会をしていらっしゃいました。あ~私はひたすら足が痛いsweat01普段の運動不足がもろたたっていますね。

お庭に出てみましたが、とてもきれいに手入れされた日本庭園でした。(私も栗様と一緒に写真を撮っていただきましたlovely)南禅寺のそばの「無燐庵」もそうですが、山縣有朋という人はよほど豪華な庭園好みだったんでしょうね。

ともあれ、懇親会はとても盛大でした。栗塚さんも30年来、40年来の熱烈なファンに囲まれ、「誠」と書かれたケーキのろうそくを吹き消してとてもうれしそうでした。よかったよかった。でも、私の周りには純粋な土方ファンもいて「このどこが『土方歳三の愛した京都』だったの?」「土方歳三というから参加したのに」と言っている人もやっぱり少ないけどいました。そうだよね~。土方ファンにはちょっと‥‥だったかもしれません。

それでも、天下の土方歳三俳優である栗塚旭さんと過ごした夢のような1日。あり得ない距離歩いちゃったけれど、信じられないことに、けっこう年齢層も高かったのに、誰一人脱落者も、気分の悪くなった人もいなかったのです。(そのかわり後で筋肉痛がひどかったでしょうねsmile)本当に忘れられない素敵な1日になりました。主催者の「京すずめ」のスタッフの皆様、どうもありがとうございました。

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2009年1月 4日 (日)

初詣

明けましておめでとうございます。
このブログもおかげさまで4度目のお正月を迎えました。

去年の1月の記事を見直したら「2度目のお正月」とありましたが、違うよね~!
いきなり1年前の間違いを発見してしまいました。そういえば最近、いろんなところ間違いだらけなんでS2009_0103_142931imgp6678す。(あとで最近の間違いを訂正しますsweat01

ことしは私にとって、気学的にみると夏過ぎまでどん底のようです。まあ気学は星のめぐりですから、時間がたてば変わってきます。それはそれとわかった上で覚悟を決め、地味にしのいでいけばいいかなと。
ことしもバレエに歌舞伎に、その他日々の小さなことに感動できたらいいなと思っています。

初詣は、1日はどこも込んでいると思ったので、3日に行ってきました。ことしは日野の高幡不動。モノレールに乗るとすぐなのですが、混雑を敬遠してここのところ何年も行っていませんでした。3日なのにやっぱりすごい人でした。

日野は、新選組に興味を持った高校生の頃からときどき訪れていた場所です。今は多摩川の対岸の近い所に住んでいるのに、行く機会はなくなりましたけど。S2009_0103_141106imgp6676

昔は京王線の高幡不動駅から歩くか、立川駅からバスに乗るかして行っていた土方歳三の生家や、墓のある石田寺も、今では多摩都市モノレールの「万願寺」駅で降りるとすぐです。あのあたりも歩いてみると30年前とはまるで違ってしまいましたけどね。

高幡不動には、多摩出身の近藤勇と土方歳三の両雄を記念した顕彰碑があります。明治時代に、いくら地元の人々の熱い思いがあったとはいえ、逆賊とされた人々の碑を建てるのは容易ではなかったと思うのですが。その題字を書いたのはもと会津藩主の松平容保公だそうです。題字を頼まれた容保公にも複雑な思いがあったことでしょう。この碑を前にするととても感慨深いです。S2009_0103_153749imgp6690

昔はこの顕彰碑ぐらいしか見るものはありませんでしたが、今ではちゃんと土方歳三の銅像まであります。

碑があったのは確か本堂の右手隅だったという記憶がありますが、この銅像ができたときに現在の場所に移されたのでしょう。ほんと、何年か前に久しぶりに来てみたら銅像ができていたのでびっくりしました。似てるとは思いませんけどねsweat02

そういえば、私がときどき行っていた頃は五重塔も「新選組まつり」もありませんでした。もっとずっと地味な田舎のお寺だったように思います。S2009_0103_153950imgp6692

懐かしさはそれぐらいにして。境内は人が多いうえに所狭しといろんな露店が出ています。食べ物は珍しいものもあって、初めて見た「スープたこ焼き」というのを食べました。明石焼きはスープに浸して食べるけれど、明石焼きのように卵焼き風ではなく、どう見ても普通の小麦粉のたこ焼き。まるですいとん!でも結構おいしかったです。

境内の一番奥に、何やら裏山に上る道がありました。それで、冬休みでゴロゴロしている子どもたちも連れて来ていたので、ついでに登ってみました。ところが、これがちょっとのつもりがかなり先まで上り坂が続いていたのです。新年早々、思わぬ運動をしてしまいました。S2009_0103_153150imgp6688

裏山は「高幡城跡」とあって、中世の城があったそうです。ハイキングコースのように道が整備されていて、ところどころに番号を振った石仏が置かれていました。よく見ると一体一体みんな顔が違って面白い。

これは四国88か所と同じ88の石仏があって、全部巡ると88か所巡りと同じご利益があるらしいです。ハイキングがてらお参りしている人もいました。

写真は裏山を降りてきたところから見た五重塔。また表からとは違った雰囲気です。冬だから見えるけど、普通なら木の葉が茂っていて見えないでしょうね。S2009_0103_143208imgp6679

人がたくさんいて混雑するところは嫌いだけれど、初詣ぐらいは人が多いほうが気分が出るようなきがします。

実は、息子は31日の夜行バスで京都へ行き、同級生の親戚の家というのに泊めてもらい、昨日の朝にまた夜行バスで帰ってきたところでした。さすがに往復夜行バスは疲れたらしく、昼ごろまで寝ていましたが、また今日からは娘の塾が始まるし、いい天気だったのでたたき起こして連れてきました。

息子曰く、京都は意外にもすいていたそうです。だから人が多いのにびっくりしていました。京都はほかにも行くところがたくさんあるので、こんなふうに一か所に集中することはないのでしょうか?それでもNHKの「行く年くる年」に写った清水寺などは、舞台が落っこちないか心配になるほど人があふれていたけれど、息子が撮ってきた写真を見ると、1日の朝というのに、その清水の舞台には5~6人しか人が乗っていないのです。時間帯によってそんなに違うのでしょうか?何だか不思議な気がしました。S2009_0103_144534imgp6683

さて、冒頭で書いた間違い探し。すぐ気がついたのは昨年最後の記事の、「アラジン」のランプの精は「ジニ―」じゃなくて「ジーン」。それから、「シンデレラ」の姉役の一人は、私の見た日は保坂さんじゃなくて井口さんでしたね。どの公演でもその日ごとの配役表をくれるのに、新国は全部同じ1枚の紙なので紛らわしいのです!これは一応私の備忘録でもあるので、あとで訂正させていただきます。

それから、こんなことはどうでもいいけど、その前の28日の記事では「トシちゃん35歳」じゃなくて「トシちゃん25歳」でしたね!これは70年代後半のギャグマンガの傑作?「マカロニほうれん荘」の登場人物、落第10回の高校1年生のトシちゃん(膝方歳三)でした。35歳というのは、モデルになった(だろう?)土方さんが享年35歳だったので、思わずそう書いちゃったのでしょう。あとで子どもとの会話(そんなに昔のマンガの話題が頻繁にでてくるのか?!)で「トシちゃん25歳!‥あれ?25歳だった」ということで発見。ほんとにどうでもいい話です・・・ごめんなさい。

そんなわけで結構間違いもありますが、このブログは話題の続く限り続けていきたいと思っています。ことしもよろしくお願いいたします。

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2007年9月12日 (水)

久々にテレビの話題?

「地デジ」って最初聞いたときはびっくりしましたよ。何だかいやな響き。略すのもほどほどにしてほしいと思ったけど、前に聞いて絶対変!と思った「ファミレス」だの「デパ地下」だのが今では普通になってしまっているから、そのうち慣れるのかな?日本語の乱れもここまで来ると何も感じなくなるのでしょうか。

この前、2011年に「地デジ」に完全移行する際、かなりの数の「地デジ」難民が出るとかいうニュースが出ていました。一瞬何のことかわからなかったけど、移行の際、テレビを買い換えられない人たちが高齢者を中心にかなりいて、テレビを見られなくなるということらしいです。放送業界には設備費の補助などで何百億も予算が出て、家電業界は買換え需要で潤う、そういう影で「買えないやつは見るな」といっているみたいで、ひどい話です。第一、今のテレビやビデオが使えなくなったら、それは大量のゴミになるわけで、ゴミ問題としても一体どうするのでしょう。安価な簡易型のチューナーを、という話もあるらしいけど、そんなの開発したら家電業界は儲からないから、本気で取り組むわけないよ。

なんてガラにもないことを言ってしまいましたが、我が家ではもう15年以上前のテレビを使っています。ちょうど4年後ぐらいには壊れる予定?になっているから、多少調子悪くても(接触不良で時々音声がすっとぶ)我慢しています。大型液晶もそのうち安くなる、かも?ということで。もともと私はテレビはそんなに見ないほうなので、「難民」になってもどうってことはないのですが。

そうしたら、私の実家のテレビが壊れ(本当に壊れたかどうかは定かではない)、買い替えを機にCATVに加入しました。これで実家は難民にはならずに済んだようですが。父も母も価格や性能を検討して量販店に足を運ぶような人ではないので、出入りの電気屋がいきなりデーン!と最新式の液晶テレビを持ってきたというだけ。一体幾らしたのよ??値段はともかく、それは高齢者2人の世帯にはおよそ似合わない代物でした。CATVでいろんなチャンネルが見られるけれど、リモコンが3つもあって、複雑すぎて何が何だかわからない。最初のころ、子どもが遊びに行ってアニメとかいろんなチャンネルを見て、元に戻しておかないと「NHKを出せ!」とすごく怒られた。わかりますけどね。

最近では母は見たいドラマをDVDに予約録画できる程度にはなったみたいですが、父は何と、チャンネル変えるのも面倒くさい?のか、毎日同じチャンネルばかり見るようになってしまいました。その名も「時代劇専門チャンネル」そう、朝から晩まで時代劇だけをやっているチャンネルです。中高年を中心に、かなり人気のあるチャンネルだとか。けっこう同じものを繰り返しやっているようなのに、よく飽きもせず見るものですね~。そんなに時代劇が好きだったかなあ。

そういえば、私の子どものころのテレビの記憶って、「銭形平次」「水戸黄門」「大岡越前」etc.と時代劇ばかり。少し大きくなって自分で見てたのは「破れ傘刀舟」「暴れん坊将軍」「桃太郎侍」などでした。思えば私の時代劇好き?は多分に父の影響だったのですね。Cocolog_008

ところで、この「時代劇専門チャンネル」に、何と「栗塚旭特集」が登場したのです!7月から主な主演作品を次々に放送しているのです。栗塚旭さんは、「燃えよ剣」の土方歳三役で一世を風靡した伝説の人です。あれだけ子どものころから時代劇を見ていたのに、私が初めて知ったのは高校生のとき。多分あれが「燃えよ剣」の最後の再放送でした。ほんと、あの中の栗塚歳三のかっこよかったこと!

それならと、さっそく実家に行って録画予約してきました。その後HDDにたまったのをダビングしようとしたら、え~?!ダビングできないの??これはデジタル放送ならではの著作権保護?で「1回限り録画可能」というものだそうです。CPRM対応というちょっと高いディスクを使えばいいのだとわかりましたが、これってダビングすると、もとのHDDのが消えるようになってるんですね。なんだかいやな感じ!

そうこうしているうちに、何と9月から、うちでもこの「時代劇専門チャンネル」が見られるようになったのです。加入しているCATV会社が順次デジタル化を進めるため、営業の人が1軒1軒説明に回ってきました。デジタルにすると基本料金は月1000円高くなるけど、今なら工事費が無料ですよ、と。年間12000円も高くなるじゃない!と言うと、このままでもどうせ3年ぐらいで全部切り替える予定で、そのときには工事費が3万円ぐらいかかると思いますよ。だって!それでどうせなら、ということでデジタルにしたのですが、だまされちゃったかなあ?

というわけで9月からうちではいきなりチャンネル数が3倍になりました。といっても実家と同様、そんなにいろいろ見ているわけではありません。「栗塚旭特集」はまだ続いています♡どうして昔の時代劇はあんなに情緒豊かなんでしょうね~。セットだけじゃなく、ロケもふんだんに使って、カメラワークも凝っているし。

ところが、新たな「戦争」が始まりました。うちでは娘がアニメ、ドラマ大好きで、週に何本も録画しています。そこに「韓国ドラマ」にはまったダンナが加わって、すごいことに。予約が重なると、うちの機械では1本しかとれないので、もう大変です。HDDには大量の録画がたまり、(いくら何でもそんなに見る時間ないだろう!!)子どもが帰るとアニメ、夜はずっとテレビから韓国語が流れているありさま。これじゃせっかく録画した栗塚さんも見られないよ。昼間見ればいいと言うけど、昼間は私も仕事してるんですけど!

こんな状態いつまで続くんでしょうね~。そのうち飽きるとは思うけど。

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2006年8月25日 (金)

壬生・新選組

20068_067! ?いきなりこの写真は何なんでしょうね。実は京都霊山歴史館にある池田屋事変のジオラマなんです。ちょうど大河ドラマをやってた頃に集めていたお菓子のおまけ(食玩というんですよね)と同じぐらいの大きさのフィギュアが使われていて、「あ、いいな~」と思って見ていました。うちのコレクションは本棚の上に飾られ、猫に落とされて刀が折れたり、ほこりを取ろうとして掃除機で部品を吸ってしまったり、さんざんでしたが。20068_069

この霊山歴史館は、清水寺から三年坂、ニ年坂を下りていくと目前に大きな白い観音様が現れますが、そこの坂を右にまた上っていったところにあります。さらにその山の上には坂本竜馬ほかの勤皇の志士と呼ばれる人たちの墓があるのですが、何だかちょっと政治的な感じがして、昔一度行っただけです。この日、清水寺は余りに暑く、冷房が効いた歴史館に入ったときは本当に生き返ったような感じがしました。でもDVDを見たり、展示を見たりして、1時間近くいたら、汗が冷えて寒くなってしまいました。

ここの坂の下には、秀吉の正室ねねが開いた高台寺があります。そこの塔中の月真院は、高台寺党と呼ばれた伊東甲子太郎一派が屯所としていたところで、今は宿坊となっているようですが、藤堂さんも一時住んでいたこの建物に一度泊まってみたいような、みたくないような。20068_115

次の日、いよいよ新選組発祥の地、壬生へ行きました。四条大宮から壬生寺に向かって歩いていく道は、左右に小さい寺がたくさんあるのですが、そのうちの一つ、光縁寺という寺に山南敬助の墓があります。昔は門の横の木戸から裏手の墓地に自由に入ることができたのですが、3年前に来たときは入れなくなっていました。それが今回行ったら、何と100円の香華料を払って見せてもらえるようになっていました。

入ると、すごく早口のお坊さんがいて、いろいろ説明してくれました。この寺はあるときから新選組御用達のようになって、死人が出るとここに運べみたいな寺だったのです。このあたりは寺がいっぱいあって、もっと屯所に近い寺もあるのにどうして?と聞いたら、面白いことをおしえてくれました。写真の瓦の家紋は,この寺の紋ですが、これは山南さんの家紋と同じなんだそうです。毎日この道を通っていた山南さんは、ふとこの寺の屋根瓦にある家紋を見上げて、「あ、自分と同じだ」と思ったそうです。その山南さんの縁で、新選組の供養をすることになったとか。うっそ~!という顔をしたら、ほかの人はみんな一緒の墓石に名前が刻まれているけど、山南さんだけ一つの墓石になってるだろうって、そうかな。山南さんは総長だったからじゃ‥‥?でも、昔けっこう問題になった山南さんの墓の隣の「沖田氏縁者」という墓石。これって明里さんの墓だって。ほんと~?いろいろ面白い話を聞かせてもらいました。20068_117

これは屯所となった建物の一つ、前川邸です。ここも人が住んでいるので、今まで非公開だったのですが、玄関先で新選組グッズを扱う売店を始められたので、門から中、土間まで入ることができるようになりました。以前、朝日新聞に三谷幸喜さんの文章があったのですが、大河ドラマの脚本を書くため、特別にこの前川邸の中を見せてもらったそうです。「ここが山南切腹の部屋です」という部屋は子供部屋だったとか、雨戸の裏に大書した近藤勇の落書きの話だとか、興味深く読みました。オリジナルの扇子を売っていたので思わず買ってしまいました。その近藤さんの落書きの「努力・勤勉・前進・発展」と書かれた扇子。まるで共産主義か何かのスローガンみたい。文字も子供のお習字のよう。センスない?でも、何だか近藤さんらしくてかわいいじゃないですか。20068_124

もう一つの屯所、八木邸は、昔はやっぱり人が住んでいて非公開だったのですが、3年前に来たときはもう公開されていました。そのときは時間がなかったので見なかったのですが、今回は見るつもりで来ました。1000円はちょっと高いけど、中を説明してくれたあと、庭先にある店の中でお抹茶と「屯所餅」というお菓子がいただけるので、まあいいかな。壬生菜を練りこんだ「屯所餅」は結構おいしかったです。

庭先から入るといきなり芹沢鴨の暗殺された部屋。芹沢が逃げ込んだ次の間の入り口の鴨居には、ざっくりと深い刀傷が残っています。芹沢がこの机につまずいて倒れたというその机もありました。でも何より、この高い天窓のある土間でつながった京都の町屋の建築はとても興味深いものでした。20068_129

このあたりはまだまだ格子窓のある町屋が残っていて、面白いところです。壬生寺もまた行きましたが、昔と違ってきれいに整備され、近藤勇像の横には絵馬なども飾られていました。近藤さんに何をお願いするのでしょうね。合格祈願もありましたが、やっぱり必要なのはいつの世も「努力・勤勉」じゃないでしょうか。私も近藤さんの扇子を愛用して、心して「努力・勤勉」の人になるようにしましょうか。

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2006年1月25日 (水)

久々に見た映画

20061_034  最初に、この間のブーゲンビリアの、本当の花が咲いたので見てください!
 ピンクの花びらに見えるのは苞(ほう)という葉が変化した部分で、そこから出ている細長い、先に白く小さく開いているのが花です。あまり気にしなかったけど、よく見るとかわいいですね。咲いているのは多分1日だけ。

 さて、先週見た映画ですが、わざわざ神保町まで行って、吉方のはずなのに、映画は満席、並んだキャッシュコーナーは故障、3時間待った映画館に座ったとたん、まん前に特別座高の高い人が‥‥‥。どうして?でも、まあいいか。待ったおかげで超久々にあの辺を探索できたし。

 まず、御茶ノ水界隈の変わりようはすごい。明治大学が新しい高層ビルになって、浦島太郎、ここはどこ状態。昔よく行った「主婦の友ビル」の有料の図書館はなくなってしまったのですね。学生のふりして利用してた学食や大学生協など、懐かしいものは何一つありませんでした。
 それにくらべ神保町から水道橋にかけてはあまり変わっていない。バブルの頃、地上げで古本屋街は風前の灯と聞いたけど、昔ながらの古本屋がまだいっぱいありました。郊外にブックオフとか、そんなものがたくさんできた今、本当に商売が成り立つのか心配になりますが、そこは各店の専門性で頑張っているのでしょう。
 気学関係の本を扱っているという「原書房」、すぐ見つかりました。入ってみると、普通の人はびっくりしてそそくさと店を出てしまうような独特な雰囲気ですね~。面白かったです。
 すずらん通りの東方書店は昔中国語をやってたので行ったことがありますが、向かいの内山書店とともに健在です。 
 食べもの屋では、スマトラカレーの店とか、スイートポーツという怪しげな餃子の店とかがまだあってうれしくなってしまった。反対に消えた店もたくさんありますけど。
 お昼はちょっとおしゃれなベジタリアン?の店に行きました。何と、100%女性客です。玄米に根菜の料理じゃ男性はよりつかないのかも。バイキングなのですが、野菜だけでこんなにたくさんの種類が、と感動するほどバリエーションが豊富でした。さらに驚いたのは、一人で入る人が多く、みんな山盛りお皿にとっていること。すごい、こんなに食べるのかなあ、この人、と思って見ていると、しっかりお代わりまでしてる。2回目も山盛りです。若い人も、同年代の人も、みんな一人で黙々と食べる食べる!ちょっと異様な光景。一人暮らしの都会の女性たち、お昼に思いっきり食べて、夜はもう食べない。そんな感じでした。

20061_047  岩波ホールで連日満員の超人気の映画というのは、とても地味な映画です。京都の町屋に住む伝統的な職人夫婦。老老介護というかそんな日々の中に、明るさをもたらすマジック好きの青年。???何と入れ替えで出て行く人、並んでいる人、見渡す限り年配の方です。中高年なんてものじゃない。全部高齢者。うそじゃなくて私より若い人は一人も見当たりませんでした。大体女性は年を聞いたらびっくりするような(若く見える)人がいるものですが、その辺を差し引いても、まず60以下はいないだろうという感じ。

 どうしてそんな映画を見ることになったのかというと、栗塚旭さんですよ~♡一昨年の大河ドラマ「新選組!」で、土方歳三の兄役で、健在振りを見せてくれました。
 栗塚さんは1965年「新選組血風録」で土方歳三を演じて一世を風靡した?元祖土方ともいわれる人です。もちろんそんな時代は知りませんが、私が知ったのは何回も再放送された「燃えよ剣」の、たぶん最後の再放送を高校のときに見てからです。私はそれから突如として新選組ファンになりました。かっこよかったのよ♡栗塚歳さんが。

 一昨年、日野の「新選組フェスタ」というイベントで、「栗塚旭トークショー」があったので行きました。予想通りオールドファンでいっぱい。下の子を連れて行ったのですが、うちの子は大河ドラマを見ていたので、新選組のことはわかるのに、話の中で古いエピソードに会場がどっと沸くのを理解できない。「どうして受けてるの??」ふっふ、子供は知らなくてよろしい!

 そのときに栗塚さんが、今、来年公開予定のこういう映画を撮っていると紹介したのがこの作品でした。岩波ホールでは昨年の11月末から上映しているのですが、連日満席だそうです。主演は藤村志保さん。

 最初、レトロなダンスホールで、アコーディオンの演奏でタンゴを踊るカップルが現れる。一見無関係なシーンと思いきや、あとでこの老夫婦は昔ダンスホールで知り合い、駆け落ちまでした仲ということがわかる。それなのにその後の45年の生活はというと、寡黙で職人気質の夫は「おい」とか言うだけで名前も呼んでくれたことがない。そんな中、妻は筋肉が次第に麻痺する難病にかかってしまう。

 それからの甲斐甲斐しく世話をする夫の姿は本当に愛情にあふれていました。でも、介護される妻は、苛立ち、わがままになったりする。そんな姿も藤村志保さんだととてもかわいらしく見えてしまいます。
 マジックを教える大学院生、これがまたさわやかな好青年で、ちょっと「ヨン様」にポーっとするような感覚で、闘病生活にひと時の明るさをもたらしてくれるのですが、留学が決まった彼と、何年も待ってられないというその恋人とのくだりがもう少しはっきりしない。この老夫婦との出会いが、「待つわ」という結果をもたらしたなら、もうちょっと印象に残ってもいいと思うのに。

後半からあちこちですすり泣きの声が‥‥‥。やっぱりその年代の方には、身につまされることもあるのでしょう。私にはもう一つ、そこまで泣けなかったです。栗塚さんのいれたコーヒーがおいしそうだなーとか、そんな程度で。でも、この夫の優しさが、仕事一筋に、一見妻をないがしろにして過ごしてきた日々と全然矛盾しないのは、あのタンゴを踊ってた昔の輝きと重なるからでしょうね。よい映画でした。

 最近では、映画といっても子供と見るのは宮崎アニメとか、ハリーポッターとか、ロード・オブ・ザ・リングとかそんなものばっかりだったので、こういう映画もいいですね。

 栗塚さんは、トークショーのとき67歳だと言ってたけど、本当にダンスでもやっている人にように背筋がすっと伸び、立ち居振る舞いもスマートでかっこよかったです。映画での老人ぶりは演技です。そういえば、昔、京都の哲学の道のところに「若王子」というおしゃれな喫茶店があって、(栗塚さんが経営してるので、みんな行くのですが、めったに会えないということでした)お会いしたことがあります。そのとき40歳前後だったでしょうか、にこやかにお店の中を行き来する姿は、あの鬼副長の土方歳三とはうって変わって素敵でした。

それからまた20年以上たっているのに、トークショーのとき見た姿はそのときの感じそのままだったのに驚きました。その後、握手会とサイン会があったけど、並んでいたら子どもがぶつぶつ言うのであきらめて帰りました。いまだに「あのときは‥‥」なんて子どもに言っていやがられているアホな母です。

 「二人日和」東京では2月10日までだそうです。

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